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「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (574) 「国賠控訴審敗訴「裁判所よ、刑事司法が検察司法でもいいのか」」 9/13/2018  

#検察なう (574) 「国賠控訴審敗訴「裁判所よ、刑事司法が検察司法でもいいのか」」 9/13/2018

本日行われた、私の国賠控訴審では原告の私の敗訴となりました。ここまでのいきさつをかいつまみ、かつ判決について論じたいと思います。

国賠審を戦うことにした当初の理由は、非常にシンプルです。それは、反則に対するペナルティがない刑事司法のあり方に疑問を感じたからです。

日本の検察や国税局、特にそのエリートである特捜部や査察部は非常に優秀です。彼らが捜査段階で真実に到達しないわけはなく、私に対する告発や起訴は、当初の筋の読み違いに対して引き返す勇気を持たず、彼らの組織の論理が「無辜の者であっても、告発、起訴したからには犯罪者に仕立て上げる」という帰結であったに過ぎません。それが、犯罪行為以外の何物でもないことは明らかです。

しかし、国賠審のハードルは非常に高いものです。役人である裁判官が、同じ役人の不法行為を認定し、税金を源資として個人に経済補償をするという可能性はほぼないと言わざるを得ないのが現実です。つまり、「無罪にしてやったんだからいいだろ。それでお前がどんな不利益、経済的損失を被ろうがそんなことは知ったこっちゃない」ということが刑事司法の厳しい現状です。

それでも国賠審を戦うべきだと思ったのは、捜査権力に全くお咎めなしということは、彼らに反省を促す契機にはなり得ないと感じたからです。

数多くの冤罪被害者が涙を飲んできた歴史の中で、冤罪被害者の端くれとして、無罪判決という奇跡を得た責任もあります。少しでも同じ冤罪被害者を出さないよう、刑事司法の前進につながればいいという思いがありました。

そして、国賠審の一審の過程で局面は大きく展開します。それは被告である国(そしてその後ろにいるのが検察です)がとんでもない主張を始めたからです。

平成24年の最高裁判例(チョコレート缶事件:注1)で、控訴審のストライクゾーンは、一審のストライクゾーンよりも狭いことが判ぜられました。それは、刑事裁判における上級審が「事後審」であることを確認する重要な判例でした(「事後審」とは、原審の判決のみを対象に審理するもの。それに対して、民事裁判は「続審」と呼ばれ、上級審においても下級審同様、一から審理をやり直すというものです)。

しかし、私の国賠審での国(検察)の主張は、「それは裁判所が勝手に言ってるだけのこと。検察は、控訴においても起訴と同じストライクゾーンで投げていいんだ」というものでした。

その主張がとんでもないのは、彼らが言っていることは「有罪になる可能性がないとしても、自分たちが控訴したければしてもいい」ということだからです。先進諸国においては、「二重の危険」として認められていない検察官控訴がこの国では認められています。それだけでもおかしいのに、検察は裁判所の判断など気にすることなく好き勝手していいという主張は、全くもって言語道断の暴論だと感じます。

さすがにこの国(検察)の主張には国賠審一審の裁判官もあわてたようで、裁判は長期化し、そして異例中の異例とも言える、現職検察官の証人尋問も行われました(注2)。

国賠審は、長期化すればするほど原告の個人には有利になります。なぜなら、裁判官の人事考査は処理件数に基づくため、国を勝たせるならさっさとすればいいものを、時間が掛かり過ぎることは裁判官の訴訟指揮に問題ありと内部で判断されるからです。

国賠審の一審は実に3年半に及び、先に述べた異例中の異例の現職検察官の証人尋問もあり、代理人チームと私は勝利を確信して、判決に臨みました。しかし結局、最後の最後で裁判官は日和って、国を勝たせたというのが一審の展開でした。

こうなると、控訴審は全く期待できません。そして予想通りの一回結審、そして敗訴という結果でした。

控訴審の判決文を読むと、結論ありきの全くセンスがないことにあきれるほどです。控訴審において、我々は争点を控訴違法一点に絞ったのですが(一審では、国税局のリーク違法、告発違法、検察の起訴違法、控訴違法の4点が争点)、それは先に述べた国(検察)の主張が最高裁判例を骨抜きにする狡知に長けた暴論だと認識したためです。

「裁判官よ、国(検察)の主張は最高裁判例などクソ食らえというものですよ。それでも国を勝たせるのですか?」

という我々の強いメッセージを、三下り半で却下したのが控訴審判決でした。

しかもそれは、控訴が違法ではなかったという論拠が、証拠の評価の問題であるという、刑事裁判が事後審であることを無視するかのような論じ方でした。

以下、判決を抜粋します。

「しかしながら、刑訴法上、検察官からの控訴を制限する規定はなく、証拠の証明力が裁判官の自由な判断に委ねられているため、控訴審における証拠の信用性の評価や総合判断も第1審におけるそれらの評価や判断と同一になるとは限らないことに照らすと、より適正な刑事裁判の実現のために検察官が行使する控訴の権限が制限されるべきものではなく」

「控訴人(引用者注:=私)のほ脱の故意ないし株式報酬が源泉徴収されていないとの認識があったことを推認させる間接事実や控訴人の弁解に沿う間接事実の評価や総合判断について、控訴審において、本件1審判決とは異なる評価や総合判断をし、その結果、控訴人のほ脱の故意を認める可能性がおよそなかったということはできず、本件控訴につき、本件1審の判断を覆し有罪判決を得る見込みがあるとの控訴申立検察官の判断に明らかに合理性がないということはできない」

「全く刑事裁判の控訴審が事後審であることを理解してないやんけ!続審ちっくに、新たな証拠の評価による実質審理を認めとるやんけ!」という、素人目にも全くセンスのない判決文でした。

ただ、刑事訴訟法上の問題が争点になっているのに、そこに勘どころのない民事系裁判官が国賠審では裁判官となっているという制度上の問題は当事者となって気付かされました。今まで発症例のない心臓疾患の診断を、皮膚科や眼科の医者に聞いているようなものです。それで正しい判決を期待しろという方が、そもそも無理なのかもしれません。

しかし、最高裁判例を無下にする主張を裁判官が認めるとはとどういうこっちゃという思いもあります。刑事司法は、検察官の言いなりになっている「検察司法」であると揶揄されることが少なくありませんが、このような状況だと、裁判官はさぞかし検察官になめられるだろうなあと思わざるを得ない判決でした。

今の気分は、映画『真昼の暗黒』(注3)で主人公がエンディングで叫んだ「まだ最高裁があるんだ!」というものです。判決後の代理人チームとのミーティングでも、日本の刑事司法の将来のためにも、上告すべき事案であるという意思確認をしました。

私の国賠審を奇貨として焼け太りを狙う検察の奸計を許さないためにも、引き続きご注目頂き、ご支援のほどよろしくお願いします。

国賠審敗訴

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (318) 「「チョコレート缶事件」と論理則・経験則違背」

(注2)
ここをクリック→ #検察なう (559) 「第19回口頭弁論報告~変わらぬ検察、変わりつつある裁判所」

(注3)
ここをクリック→ フィルム・レビュー 『真昼の暗黒』

『真昼の暗黒』は、冤罪事件の「八海(やかい)事件」を扱った作品。単独犯の殺人犯が、捜査権力の複数犯という見込みに迎合して、自分を従犯に、そして無実の者を主犯としてでっちあげた、典型的な「ひっぱり込み」による冤罪事件。この映画は、主犯とされた冤罪被害者が一審、控訴審ともに死刑判決を受けた後に作成された。そして事件の公判は、最高裁差し戻し、高裁差し戻し審で無罪、検察官上告、最高裁差し戻し、高裁差し戻し審で死刑判決、被告人上告、最高裁が自判し無罪確定という、「死刑→死刑→無罪→死刑→無罪」という異例の展開を経た前代未聞の事件。

9/13/2018










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category: 国家賠償請求訴訟

2018/09/13 Thu. 22:55 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (573) 「栃木小1女児殺害事件「無罪判決をめざす緊急集会」」 7/18/2018 

#検察なう (573) 「栃木小1女児殺害事件「無罪判決をめざす緊急集会」」 7/19/2018

一昨日、東京都文京区で行われた、えん罪今市事件・勝又拓哉さんを守る会、日本国民救援会主催の「無罪判決をめざす緊急集会」に参加しました。

栃木小1女児殺害事件では、勝又拓哉氏は、一審の裁判員裁判で無期懲役の判決を受け、来る8月3日に控訴審判決が下されます。

資料のパンフレット。

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弁護団報告として、今村核弁護士から「東京高裁の審理で明らかになった事実」の説明が1時間ありました。

IMG_0312.jpg

控訴審で注目されているのは、検察による訴因変更です。

一審有罪判決で認定された事実は、勝又氏が当時7歳の女児を、「2005年12月2日午前4時頃」「茨城県常陸大宮市三美字泉沢1727番65所在の山林西側山道」で殺害したというものです。その場所は、遺体が発見された場所であり、その時刻は遺体発見のしばらく前の時刻です。

訴因変更は、殺害時刻を「2005年12月1日午後2時38分から同月2日午前4時頃」、殺害場所を「栃木県か茨城県内とその周辺」とするものです。「2005年12月1日午後2時38分」とは女児が最後に目撃された時刻であり、その場所は、栃木県内の彼女の学校からの帰り道でした。つまり、検察の訴因変更は、「何でもあり」というものです。

そもそもこの事件では、客観的物証がないに等しく、勝又氏の自供の模様を録画したビデオが裁判員の心証を決定したということがあります。その自供内容により一審判決にある事実が特定されていたにもかかわらず、控訴審でのいきさつから、検察は自供の信用性を自ら否定する暴挙に出たという印象があります。

今村弁護士の説明では、控訴審で明らかになった事実の最も重要なものが「現場性の否定」と「殺害様態の矛盾」でした。

刺創から血液が1L以上体外に流出したことが検死で明らかになっていますが、現場には血だまりのようなものはありませんでした。しかし、広範囲にルミノール反応が見られたとする警察写真が発見現場での殺害の証拠となりました。過酸化水素を分解する物質がルミノール反応の触媒であり、血液はその一つですが、血液だけがその触媒ではありません。そして、弁護団の実験で、現場の枯れ葉がルミノール試薬に反応することが示されました。

また、10ヶ所の刺創は、全て刃の向きが垂直方向に対して横向きであり、全てが同じ角度で、(1ヶ所を除き)胸部を貫通せずに背部に傷をつけただけで止まっていました。自供では「女児を立たせて、左手で肩をつかみ、正面から右手で刺し、5回くらい刺したときに女児が崩れて膝立ちになった以降も刺し続けた」とされます。正対する相手に刃物を片手で刺す場合、通常、刃は縦向きであると思われます。また、直立の状態から膝立ちに崩れた後も、刺創の角度が変わっていないのは不自然です。そして刺創が貫通していないのは、女児の体の後ろに硬いものがあったことを物語っています。女児は横たわった状態で横向きに刺されたとする方が合理的です。しかも、傷口からの血痕は体の足の方に流れたものはなく、体の上方や左右に流れる血痕のみであったことからも、それは決定的だと考えられます。

今村弁護士の説明後、私は挙手して質問を二つしました。

一つ目の質問は、
「この事件の鑑定でもあったように、鑑定人が細心の注意を払っても付着するのがDNAだと思われますが、勝又さんの自白通りのわいせつ行為が行われても、なおかつDNAが付着しなかったことに関して、一審判決が科学的客観事実と矛盾するという主張はなさらないのですか」

二つ目の質問は、
「「日常とは異なる特異な経路の走行」の証拠とされているNシステムに関してですが、勝又さんが事件日の4日後に撮ったと証言している、朝日の写真の証拠請求はなされたと思いますが、不見当という回答だったのでしょうか」
でした。

それらに関して今村弁護士の返答は、少々意外なものでした。

まず一つ目の質問に関しては、
「再現実験ができない。同じような状況の実験は人道的にも無理であり、そうなると科学的な実証は難しい。そうした主張だけはしているが、主張だけしているということに留まっている」
というものでした。裁判官が、いかに常識外れであるかを物語るものだと思います。

そして二つ目の質問に関しては、
「朝日の写真は、自分のブログのプロフィール写真にするつもりで撮ったと言っている。その写真が見つかれば、事件が「飛ぶ」との期待が当初あった。画像、動画のコピーを証拠開示請求したが、膨大な量を物理的にコピーすることがそれほど容易ではないらしく、時間が経ってしまった。ようやく最近になってそのコピーの開示がされて、現在作業中である。しかし、どうもその画像は見つからなそうな印象である」
とのことでした。その口ぶりから、あまり期待していないようでした。もし写真が存在しないとなれば、事件日に朝日を撮りに行ったが撮れずに帰ってきて、4日後に撮り直しに行ったという勝又氏の証言が微妙になると思っているのかもしれません。

当日資料の中にあった、この日の集会の参加者に向けての勝又拓哉氏のメッセージです。

ここをクリック→ 「今市事件・無罪判決をめざす緊急集会へのメッセージ」 勝又拓哉

8月3日の控訴審判決には注目したいと思います。

事件の詳細に関しては、こちらをご覧下さい。
ここをクリック→ 冤罪ファイル その16 「栃木小1女児殺害事件」

7/19/2018









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category: 冤罪事件に関して

2018/07/19 Thu. 21:03 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (572) 「東海テレビ制作『眠る村~名張毒ぶどう酒事件 57年目の真実~』上映会」 6/8/2018 

#検察なう (572) 「東海テレビ制作『眠る村~名張毒ぶどう酒事件 57年目の真実~』上映会」 6/8/2018

この4月に東海地方で放送された東海テレビ制作のテレビ番組、『眠る村~名張毒ぶどう酒事件 57年目の真実~』の上映会に行って来ました。

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上映に先立ち、弁護団の野嶋真人弁護士から、第十次再審請求審(棄却)に関しての報告がありました。第十次再審請求審において弁護団が提出した新証拠は、ぶどう酒瓶の封緘紙に関するものでした。

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最新科学鑑定によれば、封緘紙にはぶどう酒製造時のものとは違う糊が上塗りされていたことが分かりました。それは奥西勝氏の自白とは異なるものです。確定判決の認定は、奥西氏が事件現場で毒物をぶどう酒に入れたことになっていますが、弁護団の提出した新事実は、事件現場とは別の場所でぶどう酒瓶が開栓され、偽装するために犯人が手持ちの糊で再封緘したことを意味します。

この科学鑑定に関し、再審棄却判決文はわずか三行しか言及しておらず、否定するのに全く科学的根拠はないものでした。弁護団は、更に精緻な封緘紙の鑑定を新事実として、次の再審請求を準備しているとのことでした。


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『眠る村~名張毒ぶどう酒事件 57年目の真実~』は、この事件についてそれなりに知っている自分にとっても興味深いものでした。それは、生存する関係者への直接の取材によって、彼らの生の姿を見て、生の言葉を聞くことができたからです。

特に、事件が起きた葛尾の村の人々のそれは印象的でした。村の多くの人々は、57年前の奥西氏の自白後から今日まで奥西氏が犯人であることを信じて疑わないとされています。名張毒ぶどう酒事件に関するこのような報道番組を見る人々の多くは、奥西氏が冤罪被害者であると思って見ていると思われます。奥西氏が冤罪被害者であることを伝えるこうした報道番組の質問に答える村の人々の気持ちはどのようなものであったか、改めて思いをはせる機会になりました。

奥西氏が犯人でなければ、真犯人はほかにいるという不安を打ち消すために、自分に言い聞かせるように奥西氏以外が犯人であることはあり得ないと繰り返す村の人々。しかし、自らの証言が警察・検察の取調べで変遷させられたこと(注)を身をもって知っている彼らこそが、奥西氏の自白は警察・検察の強要である可能性を理解していると思われます。

そして今日、当時の被害者が逝去して代替わりになっている村では、「もう終わりにしてほしい」という声が支配的です。彼らも、平穏な生活が常に脅かされている冤罪事件の被害者であり、そうした者の正直な気持ちであると理解します。「もう司法が判断したのだから、それでいいじゃないか。もうこれ以上蒸し返さないでほしい」というものです。

しかし、そうした声の中にただ一人、はっきりとは言明していませんでしたが、毒入りのぶどう酒を飲んだ被害者を母親に持つ男性が、その母親に「今まで一度として、奥西さんが犯人じゃないと、少しでも思ったことはない?」と繰り返し尋ねる様子は印象的でした。

そして、犯行の動機の弱さが、冤罪事件として立証の難しさであることも理解しました。奥西氏は三角関係の清算のため、妻と愛人殺害を企て、農薬を女性が飲むぶどう酒に入れた(死亡した5人の女性の中の二人が彼女たちでした)とされています。しかし、男女関係が実におおらかな素朴な村であり、全ての村人が彼らの関係を知っている中で、奥西氏が、なぜその関係を二人を殺害するという方法で清算する必要があったのか、大いに疑問が持たれるところです。そして動機が弱いところは、そのほかの考えられうる容疑者にも同じことであり、納得感のあるアナザー・ストーリーが考えにくいことが、この事件の難しさを物語っています(勿論、奥西氏以外の真犯人を推認するアナザー・ストーリーは、奥西氏の無罪立証には不必要ですが、それがあれば大いに納得感が増すところです)。

再審請求は本人ないし親族のみができますが、奥西氏が逝去した後は彼の妹が引き継いでいます。彼女も既に老齢(88歳)。請求権利者の死をもって幕引きとするかのような、この冤罪事件は、このままで終わるのであれば、日本の刑事司法における一つの大きな汚点となって語り継がれることと思います。弁護団や支援者の熱意に、裁判所が応えることを切に望みます。

ここをクリック→ #検察なう (92) 「名張毒ブドウ酒殺人事件」

ここをクリック→ #検察なう (278) 「映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』観賞」

ここをクリック→ #検察なう (339) 「司法の自殺~名張毒ぶどう酒事件で第7次再審請求棄却決定」

ここをクリック→ #検察なう (478) 「名張毒ぶどう酒事件弁護団、第9次再審請求で新証拠を提出」

ここをクリック→ #検察なう (504) 「巨星墜つ、奥西勝氏逝去」

ここをクリック→ #検察なう (505) 「「名張毒ぶどう酒事件」再審請求継続へ」

(注)
当初の証言では、村の懇親会のために、村の若者が酒屋でぶどう酒と清酒を買って村の会長宅に運んだ時間から、奥西氏がそれらを懇親会の会場に運ぶまで約3時間の空白があった。しかし、奥西氏の自白以降、村人の証言は変遷し、会長宅にぶどう酒と清酒が運び込まれたのは、奥西氏がそれらを運ぶ直前であるとされた。確定判決は、変遷後の証言を採用して、奥西氏以外に農薬をぶどう酒に混入できた者はいないとした。

6/8/2018












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category: 名張毒ぶどう酒事件

2018/06/08 Fri. 00:20 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (571) 「私の国賠審を報じる二つの記事」 3/18/2018 

#検察なう (571) 「私の国賠審を報じる二つの記事」 3/18/2018

私の国賠審を報じる記事が、『納税通信』(ウィークリーのオーナー社長向け財務・税務専門新聞)に掲載されました。記事の最後に引用された田中周紀氏のコメントにご注目下さい。
納税通信
田中周紀氏
「『判決に不満があれば、なんでも自由に上訴できる』という、裁判のルールを無視した検察の姿勢を改めさせるような大きな判決文を書くことは、1審の裁判所にはやはり無理。上訴することで、目的を達成できる可能性は出てくるだろう」


もう一つの記事は、江川紹子氏寄稿によるものです。是非ご一読下さい。
ここをクリック→ Yahoo!ニュース「無罪確定でも賠償ゼロ!~検察の控訴違法を訴える国賠訴訟の戦い」


こちらは私のブログ。
ここをクリック→ #検察なう (568) 「国賠審一審敗訴、訴訟指揮と判決文の異様な齟齬に裁判所の迷走を読む」

3/18/2018














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category: 国家賠償請求訴訟

2018/03/18 Sun. 08:43 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (570) 「大崎事件での検察特別抗告は著しい不正義」 3/17/2018 

#検察なう (570) 「大崎事件での検察特別抗告は著しい不正義」 3/17/2018

昨日、大阪での傍聴から帰る新幹線の中で目にしたのは大崎事件での検察特別抗告の報でした(3/17現在「特別抗告をする方向で検討」、期限は3/19)。

ここをクリック→ 毎日新聞「福岡高検が特別抗告へ 再審開始決定を不服に」

私は、長引く査察部の自分の取調べの際に、「証拠はない。ただ我々の仕事はあなたを告発することだ」と言った統括部長に、面と向かって「あなた方は仕事は真面目かもしれないが、人としては実に不真面目だ」と言いました。人一人の命を軽視する検察には、同様に、人間としてどうなんだという思いを禁じ得ません。

そもそも、不利益再審が認められていない(確定した無罪判決に対し、検察が再審請求することはできない)以上、再審制度は、無辜の冤罪被害者救済のための制度であることは明らかです。そして、裁判所が一度再審開始を決定したということは、有罪判決に合理的な疑いが生じたということに違いありません。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事司法の大原則からも、再審開始決定に対して検察が異議を唱えて抗告することは、権力の濫用です。

再審開始に対する検察官抗告を含めた、検察官上訴の当否の議論を深める必要があると強く感じます。

今年6月に91歳を迎える原口アヤ子さん。最近は、認知症が出始めたとも聞き、支援者の前にも姿を現す機会もめっきり減りました。写真で見る限り、老齢がその身に刻み込まれているようにも見受けられます。

「針の穴にらくだを通す」より困難だと言われる再審開始決定を三度もなしえた偉業を、アヤ子さんの存命中に無罪という有終の美で飾ってほしいと切に望みます。

ここをクリック→ #検察なう (522) 「大崎事件の真相に迫る(1) ~大崎事件の概要」

ここをクリック→ #検察なう (523) 「大崎事件の真相に迫る(2)~大崎事件の複雑性」

ここをクリック→ #検察なう (524) 「大崎事件の真相に迫る (3) ~ 被害者死因について」

ここをクリック→ #検察なう (525) 「大崎事件の真相に迫る (4) ~ 誰が死体を遺棄したのか」

ここをクリック→ #検察なう (526) 「大崎事件の真相に迫る (5) ~ 関係者供述の信用性」

3/17/2018











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category: 大崎事件

2018/03/17 Sat. 08:08 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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