「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (335) 「ブログ『蟷螂の斧となろうとも』訪問者10万人突破しました」 10/7/2013 

#検察なう (335) 「ブログ『蟷螂の斧となろうとも』訪問者10万人突破しました」 10/7/2013

(強制捜査から1756日、控訴審まで39日)

『#検察なう』も今回で335回目。ブログの訪問者数が累計10万人を突破しました(10/7/2013現在10万2539人)。訪問者数のカウンターが5桁しかなかったので、10万人になったらゼロに戻るのかなと思っていたところ、10万人を越えた時点で6桁になりました。メデタシ、メデタシ。

当初このブログは、嘆願書(注)を書いて下さった支援者の方々に状況を報告するため、『経過報告』と題してメールで送っていたものです。そのため、73回まではタイトルも『経過報告』となっています。それを起訴やむなしとなった時点から、それ以前の経過報告を一気に転載し、以降ブログとして発信しています。

郵便不正事件をまたいで私の事件の告発と検察特捜部の取調べが行われたため、私も弁護団も検察特捜部の「引く勇気」に期待したものですが、そうした自浄作用は結局ありえず、起訴されました。誘拐犯と交渉決裂の結果公開捜査に乗り出すように、それまで非公開のものを公開に踏み切ったというのは、「冤罪はこのようにして作られる」という実況中継を見る特等席に一人でも多くの人に座ってもらおうと思ったためです。

そして刑事司法のことを知れば知るほど、市民感覚ではありえないことが起こっていることを目の当たりにして、どうにかしたいと思いここまで書き続けてきました。自分が冤罪に巻き込まれるまで、仕事に忙殺され全く社会の現実に目を向けていなかった自戒も込め、一人でも多くの人に刑事司法の矛盾や問題点を知ってもらいたいと思っています。それらは特殊な事柄や知識ではなく、義務教育の一部にしても何らおかしくない、一般人の素養だと思えるものです。

これまで書いてきたアーカイブを検索しやすくするため、カテゴリを分けました。是非、過去のブログも閲覧してみて下さい。ブログの右欄にリンクがありますが、ここでそのリンクを紹介します。

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ここをクリック→ #検察なう 支援者の方へ、支援者の方から

ここをクリック→ #検察なう 冤罪事件に関して

ここをクリック→ #検察なう 刑事事件一般その他

多くの方々の支援の声も頂き、その都度勇気を得ています。控訴審もあと1ヶ月あまりで開始します。変わらぬご支援をお願いします。

と、アップビートで今回のブログを締めくくろうと思っていました。神保哲生氏出演のラジオ番組を聞くまでは。その番組は9月30日にTBSラジオで放送されたものです。

彼の主張するところは、検察は社会の「暴力装置」であり、彼らの腐敗は民主主義の根幹に関わる問題であるとするものです。12分の番組です。お時間のある方は全編、ない方は終わり3分だけでも是非聞いてみて下さい。

ここをクリック→ TBSラジオ 『荻上チキ Session22 神保哲生の注目ニュース』 9/30/2013

(sorano mukouさんの動画より)

彼のコメントの最後の部分を以下に引用します。
「あそこまで(検察組織の)力が集中してしまうと、捕まって自分がやったような情報がリークして流される、しかもそこで自分が抵抗しても、そのような形で証拠を押さえられて、実際、起訴されたら有罪になる可能性が99%を越える。ということは、むしろ自白をしてしまった方が罪は軽くなるわけでしょ。最後まで認めなければ、当然罪は重くなるわけですよ。で、どっちみち有罪になるんだったら、やってなくてもやったって言った方が合理的になってしまっている。よっぽどついていて、やってないって言った結果、無罪を勝ち取ることが万に一つなんだけど、それは文字通り本当に万に一つなんだけど、でもその間戦っている間、ずっと向こうは控訴してきますよ。最高裁まで行きますよ。その間ずっと被告人ですよ。社会的な地位も何にもないですよ。日本のおかしな司法、あるいは日本の民主主義を正すために、自分がそれこそ捨て石となってですね、最後まで戦って無罪を勝ち取ったとして、それが果たしてどの程度意味があるかということを絶対考えちゃうはず。」

この12月で強制捜査から5年間になります。その間、私は多くのものを失ってきました。故意を認めた同僚は告発されず、告発された後でも否認することで捜査、公判に失われた時間。その間の経済的損失だけでも少なくありません。金の亡者というのが検察の描く私の人物像ですが、否認は脱税犯としては到底合理的な行動ではないと思われます。

そして単に貨幣価値だけではなく、それ以上に重要なことは、仕事という生きがいや多くの友人を失う結果になったことです。事件の真実を知ろうとしない人からの中傷もブログのコメントに書かれることもあります。

この戦いにどれだけの意味があるのか。神保氏の言っていることは正鵠を射ています。そしてそれは私の胸も貫きました。その答えを私は残りの人生を懸けて探し求めるのだと思います。

(注)
ここをクリック→ 嘆願書まとめ

10/7/2013















法廷画が冊子化されました。正(第2回公判~第7回公判、400円)、続(第8回公判~第11回公判無罪判決、500円)の2冊です。代金(実費)は、無償で法廷画を描いてくれた漫画家にカンパされます。ご希望の方は sienhatta@gmail.com までご連絡下さい(送料9冊まで80円、10冊以上160円)。

#検察なう


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2013/10/07 Mon. 03:13 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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#検察なう (276) 「陳情書ありがとうございました+ハイライトPart3」 3/12/2013 

#検察なう (276) 「陳情書ありがとうございました+ハイライトPart3」 3/12/2013

(強制捜査から1547日、無罪判決から11日)

陳情書、昨日締め切らせて頂きました。わずかの募集期間の間に、なんと249通もの陳情書が寄せられました。

嘆願書は1年で146通、上申書は1ヶ月で60通、陳情書は1週間で249通と、皆さんの声がクレッシェンドで、フォルテッシモになっていることがよく分かります。

検察組織は国益の代表者でありながら、なかなか民意を知る機会がないと思われますので、皆さまの正義を希求する声、変化を求める声を、是非とも彼らに伝えたいと思い、昨日全249通をそのまま検察に提出し、受理されております。

特に今回の陳情書では、私と直接の知り合いでない方々(ブログを読んで事件を知った等)の、身内の身贔屓でない、客観的な視点が注目されます。

震災から2年。日本は今、復興の真っ只中です。そして、一連の不祥事後、検察改革は待ったなしの状況です。この重大な時期に、国家権力の精鋭が、もし民意とかけ離れた保身と私利のために税金と彼らの英知を無駄に浪費するというのであれば、全くもって嘆かわしくゆゆしいことだと思われます。

昨日はこの動画を見て、そんなことを思いました。

ここをクリック→ ハナちゃんにまけるな。

私もハナちゃんに負けないよう頑張りたいと思います。

陳情書ハイライトのPart3を掲載します。

陳情書Y ハイライト

「被告人の裁判に対する私の考えは、恐らく勝てないだろうとのあきらめ感が支配的でした。そして、実際の裁判を傍聴する事無く、 判決を迎えたのですが、その判決内容には、正直かなり驚きました。何の先入観も無ければ、正しい事を正しいと述べた至極全うな判決と思われます が、医療裁判での様々な判決を知ってバイアスの架かった私の脳は、かなり驚いたのでした。そして、感激さえしたのでした。

この正しい事を正しいと述べた至極全うな判決を、このままの姿で残して、後生に残る判決にして頂きたいと切に願います。」

陳情書Z ハイライト

「保身と建前だけの控訴はしないで下さい。これ以上は税金の無駄使いです。」

陳情書い ハイライト

「不毛な裁判はやめようではありませんか。検察は税金を使っているのです。八田氏は経済生産性の高い人物です。再び裁判が始まれば、それは全く国益を損なっているとしか思えません。」

陳情書ろ ハイライト

「実際検察におられる方は組織の論理で「何が正しいか」ではなかなか自分の立場もあり取りずらいのだと思いますがそこに働いている良心ある人にとっては辛いと思います。正しいことを強いながら自分はそれを主張出来ない。不幸なのだと思います。これ以上本来は社会秩序を守るべき立場にある司法がガバナンスが機能せず自己保身で誤った行動を取ってはいけないし思いとどまって頂きたいです。」

陳情書は ハイライト

「私は法律に関しては、詳しくありません。だからこそ、法の裁きというのは、一般人にとり、脅威と感じている部分があります。私自身、造り出す作業の中で、人間としてのマナーは守っていますが、マナーと法律は似ているとこともあり、そうでないことが多々あると感じています。「知らないことはいけないこと」かもしれませんが、「知りえないこと」はいけないのでしょうか。この複雑な現代社会には、素人では知りえないことが沢山あります。知りえるとしたら、みなが法の仕事につけるはずです。人は得意不得意な分野があり、それぞれがその役割を果たしながら社会を形成していると思います。社会人として、最低限の共通マナーと、プロトコールは身につけるべきです。しかし、全てを知ること、学ぶことは現実的に無理です。ロボットではない、人間らしさが、そこにあるのではないでしょうか。」

陳情書に ハイライト

「無罪判決の後の世論も「判決は民意として納得されるものであった」と示されているように感じます。民意からかけ離れた司法では、我々国民は何を指針に生活すればいいのか分からなくなってしまいます。控訴を「断念」するのではなく、「国民とともにある司法」という観点から「無罪確定」という判断をお願いしたくここに陳情するものです。」

陳情書ほ ハイライト

「100年後に日本の刑事司法システムが、”あの時”機能していなかったと後世の人から総括されないよう大局観に基づいて正しく慎重なご判断を重ねてお願いする次第でございます。」

陳情書へ ハイライト

「私にはもうすぐ1歳になる娘がいます。つい先々月1型糖尿病という一生インスリン治療を続けなくてはいけない病を発症し、現在も入院治療中です。連日の病院通いで忙しく、娘の病状が安定していないということもあり、今の状態で陳情書を書くことができるだろうかと少し悩みました。(自分には伝えたいことを素早く文章にする能力があまりないので…)しかし娘のために私ができることは全てしてやりたい、そう思ってこの陳情書を書くことにしました。娘が生きていく社会はより良いものであって欲しいと思うからです。

どうかお願いです。控訴することなく、無実の罪を着せられ4年半も戦ってこられた八田さんをいい加減解放してください。この願いは、娘のためにも、幼い子供たちのためにも、未来は明るいものであって欲しいという願いと同義であります。どうか正しい判断が下されますように。ご英断を切に願います。」

陳情書と ハイライト

「検察の方々にとっては、「無罪判決=敗北」となるような報道を見聞きすることもありますが、そうした見方はおかしいと思います。裁判とは双方の当事者が証拠・証言をもとに「真実を明らかにする。」ことが目的のはずであり、双方が努力して真実を見出す場なのだと思います。

裁判を傍聴した者として、今回の裁判を通じて「真実がどこにあるのか」は、検察、被告・弁護人の双方にとって明らかになったと思います。

今回の裁判の目標は達成されました。これ以上無意味に税金を浪費する必要もないし、優秀な人材の時間を浪費する必要もありません。さらに言えば、これ以上八田氏の自由を拘束することは人権侵害にもなりかねないと思っています。

「無罪=敗北だから、当然控訴」といった慣習が今まであったのかもしれませんが、それを断ち切る現検察関係者の英断を強く期待しております。」

陳情書ち ハイライト

「当該の裁判を傍聴してきましたが、判決は貴庁が集められ法廷に提出された証拠を、たいへん公平に概観した上で下されたものという印象を持っています。弁護側の求めに応じて追加で証拠を提出された貴庁の行動は、法の精神に則った極めてフェアなものであり、これからの日本の司法が進むべき道を示す、優れたお仕事であったと考えます。

今回の判決は、貴庁の主張とは異なる内容かもしれませんが、上記の一点においてまた検察も勝利したのだと、一連の冤罪事件等を通じて日本の司法制度の在り方に関心を抱いてきた私は考えます。

強制捜査以来の年月で被告人が被った、回復不能なさまざまの不利益にも鑑み、なにとぞ今回の判決を受け入れ、控訴を断念されることで上記検察の勝利を確実にされんことを、心より願っております。」

陳情書り ハイライト

「この判決を聞き 日本にも正しい事を正しいと分かる言える人がいるのだと思い、まだ日本も捨てたものではないと希望が少し持てました。

これからの日本、それを作っていく若者達・子供の為にも 我々大人が色々な意味で作り示して行かなければいけないと強く思います。」

陳情書ぬ ハイライト

「このような、合理的に無罪と考えられる状態で、検察が控訴をし裁判を続け、被告の貴重な時間を奪い続けることを行うのであれば、それが自分の身に突然降りかかる可能性があるということであり、その点に一市民としてとても恐怖を感じます。制度としては三審制がありますが、現実的には、その間に、被告の貴重な時間を奪っているのが現実です。特に本件は無罪が第一審で明らかであり、控訴はただの時間とコストの浪費でしかありません。

無罪の人間が有罪とされ、人生を奪われることほど不幸なことはありません。どうか、善良な一般市民が普通に幸福に過ごせる社会になりますよう、よろしくお願いします。」

陳情書ち ハイライト

「無罪が「白い紙」だとすると、八田氏が起訴された時点では、黒や灰色の「色」が塗られていたのではないでしょうか。その色を、八田氏は多くの資料、証拠、自分の気持ちを示し、少しずつ色を剥ぎ取ってきたのです。それを裁判長も認め、最終的に「白」という判断を下したのです。

それは、数多くの資料や証拠が、無実であるという事実を示していたからであり、それらが「白」だと語っていたからです。

その事実を、検察側も認めるべきだと考えます。事実は「白」なのであるから、それをいかに取り繕っても、黒にはならないのです。裁判とはそうゆうものではないのでしょうか。

ある意味では、検察のさまざまな証拠も、それが、八田氏が無罪であることを証明するための証拠となっていたのではないでしょうか。無実の者を無実であると証明すること、それは弁護士だけの仕事ではなく、検察の仕事でもあるのです。」

陳情書り ハイライト

「そろそろ、司法システム全体を再構築する必要があるのではないでしょうか。八田君の裁判は一つの良い契機だと思います。世界から尊敬される冤罪を生まない司法システムを皆で作ろうではありませんか。」

そのほかの陳情書はこちら。

ここをクリック→ #検察なう (271) 「陳情書一例」

ここをクリック→ #検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」

ここをクリック→ #検察なう (275) 「陳情書最後のお願い+ハイライトPart2」

3/12/2013








ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会ダイジェスト版」(動画)


ここをクリック→ 嘆願書まとめ

ここをクリック→ 上申書まとめ






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2013/03/12 Tue. 07:53 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (275) 「陳情書ハイライトPart2」 3/11/2013 

#検察なう (275) 「陳情書ハイライトPart2」 3/11/2013

(強制捜査から1546日、無罪判決から10日)

奇跡の一審無罪判決から10日が経過しました。検察の自浄作用を促すべく、皆様に検察上訴を踏み止まらせるよう陳情書をお願いしています。陳情書は全て東京地検特捜部に提出させて頂きます。これまでに皆様から届けられた陳情書のハイライトを掲載します。

陳情書K ハイライト

「不毛な裁判はやめようではありませんか。検察は税金を使っているのです。八田氏は経済生産性の高い人物です。 再び裁判が始まれば、それは全く国益を損なっているとしか思えません。」

陳情書L ハイライト

「私には6歳になる娘がいますが、娘が過ごすこれからの社会をつくるのは今を生きる私たちであると感じています。どうか、正しいことを正しいといえる社会であってほしい、真実を真実として受け止める社会であってほしいと切に願っております。」

陳情書M ハイライト

「本件の社会的注目が更に増せば、政府間議論に発展する可能性があります。国際問題となった場合、相手が先進国であろうが途上国であろうが外交交渉のカードとして悪用され、日本の国益を大きく損なう恐れがあります。これが世界に貢献出来る能力ある日本の姿には思えません。」

陳情書N ハイライト

「一旦振り上げた拳を胸に収めることは大変勇気のいることかもしれません。世間の大人達の場合、威信であるとか、費やしてきた膨大な時間や痛みや軋轢であるとか組織の存在意義とか、拳を下げられない理由を沢山内包しているのかもしれません。しかしながら今回、長い戦いの結果、御庁が佐藤裁判長の判決を尊重し受け入れ控訴を断念されるという尊く清廉な決断をされることは、決して皆様の尊厳を傷つけるものではなく、むしろ社会の多くの人々から温かく大きな拍手をもって受け入れられることだと信じます。

どうか原点に立ち戻り(これは社会全体、私達ひとりひとりにも言えることです)、今後は未来永劫、冤罪を1つでも減らし、常に本質と真実に迫ることを信条とし正義のために戦う検察庁として、皆様の知力を結集しご活躍くださいますよう切にお願い申し上げます。たとえば皆様のお子様が「君のパパはすごいね。正義のために戦う検察庁で働いているんだよね!」と言われるような、そんな検察庁に。いま歴史は、少しづつかもしれないけれど、動こうとしています。」

陳情書O ハイライト

「万が一控訴があった場合に、どれだけの新たな証拠と議論の展開が期待できるのでしょうか。佐藤裁判長の無罪判決を翻すだけの根拠がもしあるならば、4年半検察庁が国民の血税を注いで全力で当たってきたであろうこの案件について、この時点で既に国民のみなが納得できるよう十分説明され、それなりの判決がなされていたでしょう。裁判長の判決には有罪と断言できない事実関係があることを再度ご確認くだされば、おのずとこの件がここで終了することに納得されるでしょう。4年半有罪を疑って細部に渡り調べてみたが、最終結論は有罪ではなかったのだ、初期の判断、予想と事実が違った。それだけのことです。検察庁の存在、役割は国民の信頼の元にのみ成立することをもう一度ご確認ください。」

陳情書P ハイライト

「世界に向けて“日本の検察はこんなに優秀で凄いんだぜ!”と私達が胸を張って自慢出来る組織になって下さい。時間の猶予はありません、あなた達が変わらなければいけないのは“今でしょ!”。」

陳情書Q ハイライト

「今回の判決は、昨今の検察の不祥事を受け、裁判所が従来の検察との阿吽の呼吸から独立し、検察の調書を鵜呑みにすることなく出されたものだと理解しています。佐藤裁判長の勇気ある公平な判決は、日本の刑事司法の分岐点になる素晴らしいものだと感動しました。冤罪など、司法関係の暗いニュースが多い中、外地に住む日本人の一人としても、母国の法曹界にこのような素晴らしい人物がいることに希望を持ちました。裁判長の最後の言葉にもあったとおり、裁判官も検察官も、法曹を目指したときの初心に返り、日本の司法をよりよい方向にもって行ってほしいと願います。」

陳情書R ハイライト

「お願いは彼のためだけではありません。誰もが彼の立場になりうるのです。皆が納得できる公平な裁きがなければ国民は何を頼りに生活すればよいのでしょう?」

陳情書S ハイライト

「有罪判決が出ても当たり前として褒められることもなく、無罪判決だと冤罪だ捜査の過失だと非難される検察の皆さんは、大変損な役回りだと思います。人間である以上、非難されれば無罪判決に無念という感情を持たれるのも理解できます。しかし、検察の皆さんも裁判所も職責を全うしただけであり、その結果をどうこう非難する方が間違っているのではないでしょうか。」

陳情書T ハイライト

「検察官は本来、独任官の筈です。その原点に戻り、自分の頭で考え、自分の責任で間違いは間違いとお認めなさい。負けたときこそ、大いなる教訓をくみ取るべき時です。」

陳情書U ハイライト

「世界は常に進化しています。この見識ある判決を握り潰さないで下さい。勇気ある撤退を望みます。」

陳情書V ハイライト

「新証拠はないが控訴すると言うならば、これもまた不思議です。同じ証拠について、異なる裁判官による異なる判断を仰ごうということになります。極論を言えば、自分達に有利な判断をしてくれる裁判官に当たるまで何度も同じ内容の裁判を行うことが出来ることになってしまいます。現実的にはそのようなことが行われているのかもしれませんが、上訴制度の持つ本来の意義とは異なると思います。」

陳情書W ハイライト

「「検察の理念」にある通り、“真実”を、国民の良識を持って、判断を歪めることなく、どんな圧力にも左右されず、名誉や評価が傷つくことを恐れず、公正な立場で求めていただきたいです。より重い処分=成果、ではないし、控訴しない=面子を失う、でもありません。

司法は、国のためでも、検察のためでも、裁判所のためでもなく、どんな時も、国民ひとりひとりのためにあるべきものだと私は思います。」

陳情書X ハイライト

「人々から厚く信頼される組織、人というのは、都度、間違いを犯した時に起こした時に素直に反省し、自らを矯め正す姿勢を保てるか否かではないか、と考えています。

私は、検察というのは、世の中の悪をくじく、正義の味方、頼もしい組織であって欲しいと思います。

日本という国は素晴らしい国である、と胸を張って言える自信を我々に与えてくれるのは、このような正義心を持てるか否かだと信じます。」

3/11/2013








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2013/03/11 Mon. 00:32 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」 3/7/2013 

#検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」 3/7/2013

(強制捜査から1542日、無罪判決から6日)

来週月曜日午前中の締め切りまで今日が中日です。ここまで54通の陳情書が届いています。

その中からいくつかピックアップしてハイライトを掲載します。ご参考になさって下さい。

是非、一言でもよいので名前と住所に添えて、「陳情書」として

sienhatta@gmail.com

までご送付下さい。よろしくお願いします。

陳情書A ハイライト

「これ以上国民の血税をこの事件に注ぎ込むのは脱税に勝るとも劣らない大罪と考えます。」

陳情書B ハイライト

「今回、この真実は無罪ときまりました。検察の犯罪を憎む正義心は崇高であり国民等しく期待するところであります。しかし判断を間違えて個人の基本的人権を大きく侵害する不正義は検察が犯す犯罪ではないでしょうか。
真実の正義の達成のため、いまこそ御庁の大英断が待たれます。それが控訴断念の決定です。控訴断念の決定は刑事司法の一翼を担われる御庁が現下の国民の負託に応える重責であり検察の理念にかなうものであると思います。」

陳情書C ハイライト

「個人的には検察の方は最初の段階で彼の無罪を感じ取っていたであろうと思っています。それなのに、有能な証券会社社員として高額な税金を払ってきた八田さんを4年半仕事から遠ざけて納税させず、更に優秀な検察官・裁判官が膨大な時間と労力をかけて、これを調べ審議してきたのは、どれだけのエネルギーと税金の無駄遣いだったのだろうとため息がでます。それでもそれが日本の司法における真理と正義のために必要であったのならば、納得できます。今回無罪の判決を得られたことで、日本にも佐藤弘規さんという信頼できる裁判官がいらっしゃることを知って、本心から嬉しく安堵しました。日本の司法が正しく機能していることが証明されたのですから、これまでの労力と税金も無駄ではなかったと思っています。

どうか検察の皆様は今一度真実が何かをよく見て、佐藤弘規裁判官の判決の言葉の意味をよく考え、無意味な控訴で無実の者をこれ以上苦しませることがないように、強く強く望むものであります。」

陳情書D ハイライト

「先進国では類を見ない検察絶対優位の構造を改革し、真の民主的裁判を行うために、取調べの全面可視化、取調べ時の弁護士同席、収集証拠の全面開示、そして検察の上訴権の廃止を希望いたします。しかしその民主的裁判制度が実現するのを待つまでもなく、検察の方々には、間違いを認める勇気、引き返す勇気を持っていただきたい。そして裁判官の方々にも、今回、佐藤裁判長が言っておられた、「初心を忘れずに」判決を書く勇気を持っていただきたいと思います。そして二度と冤罪で人の人生が狂う事が無くなってほしいと思います。もう一度お願いします。これ以上八田さんを苦しめるような不毛な控訴はしないでください。控訴断念は、これこそ検察改革の第一歩となるはずです!もし控訴となったら検察改革はまた100年遅れることになるでしょう。」

陳情書E ハイライト

「日本はかつて、戦場や空襲で多くの人々が命を落としました。のちの世で言われることは「なぜ、間違っている闘いだとわかったときにやめなかったのか」「引き返せなかったのか」という幕僚への批判です。終戦の幕を引いた天皇を悪く言うものはおりません。それは天皇が絶対の教育を受けたからではなく、それが「英断」だったからです。聖書では「多く与えられたものは多く求められる」と教えられています。優秀な頭脳とさまざまな能力を神から与えられ、権限を付与されるお立場の検察官各位であればこそ、あえて、わたくしは、その与えられた能力を、「引き際の美しさ」にもお使いになることができる、と確信もし、お祈りもしています。」

陳情書F ハイライト

「控訴断念というはじめの一歩を歩みだすことで、国民の理解と承認を得てください。子供たちのために日本の司法をもう一度見直してください。日本人特有の正義 感と道徳感を正しく法に適用するのが本来の司法のあるべき姿なのではないでしょうか?

私たち国民は有罪率が高い司法を望んでいるのではなく、罰せられるべきものが法に照らされ、相応の償いをする、という安全な社会の基本理念を具現化した司法です。

国民を罰する権利を与えられた尊い仕事は組織単位の意向ではなく、個人の強い信念が集積することによって機能するということを再認識してください。良識ある行動を期待しております。」

陳情書G ハイライト

「検察の一連の不祥事を本件に結び付けての批判は、本陳情の中では致しません。しかしながら、最高検が自ら基本姿勢を定めた「検察の理念」や、伊藤鉄男元次長検事が辞職する際に語った「引き返す勇気」が今の検察が持つべき理念と規範であるとの認識をお持ちなら、本件の上訴を諦めていただきたい。そして、決して多くは無い検察の人材と時間を、真に糾弾すべき悪に対して費やしていただきたい。」

陳情書H ハイライト

「不良品発生率が0%の工場などありえないことはいうまでもありません。素朴な直感として、人々は組織的な隠ぺいの存在を疑うでしょう。今回、本件判決についての控訴を断念することにより不良品発生率は0.05%に上昇してしまいますが、この数字は直ちに検察の捜査・立証能力の低下を意味するものではありません。寧ろ、「検察は、極めて低い確率でエラーを生み出すもののエラーの発生は認め、是正することができる。決して無理筋を通して無から罪を作り出すことをしない、透明性のある組織である」ということを示す、価値のある数字となるでしょう。

「能力を持ったものには、それを正しく行使する責務がある」という言葉があります。当件においては、佐藤裁判長がまず能力を正しく行使されました。「次は検察組織に」と、期待せずにはいられません。どうか寛大な処置を八田氏に賜りますよう、伏してお願い申し上げます。」

陳情書I ハイライト

「 検察側にかかる諸費用は国庫から出ますが、被告人の裁判費用(弁護士費用を含む)は自腹です。結論が分かっている裁判に、これ以上、彼を拘束しないでほしい。」

陳情書J ハイライト

「この度の佐藤裁判長の言い渡しには、正に裁判官としてのdignityがあった、と感動しました。恐らく、そう感じた人たちは少なくないはずです。検察改革が叫ばれて暫くの時間が経ちました。国民の「どうせ検察は変わらない」と諦めている声も聞こえます。しかしながら、私はそうではないのでは、と思っています。

今まさに、日本の司法が変わろうとしているのではないか、過渡期ではないだろうか。検察もこれまでは、友人のような事件で無罪判決がたとえ出たとしても「必ず」控訴する、と思われていたけれど、いや、検察は「引き返す勇気」を持ち、振りかざした拳を下げる dignityを見せるのではないか、そう、私は期待しています。

一歩、これまでと違った方向に、正しい方向に、踏み出す。これを「改革」と呼ぶのではないでしょうか。私は、検察の改革、日本の正しい司法、を信じます。」

3/7/2013












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2013/03/07 Thu. 07:58 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (271) 「陳情書一例」 3/6/2013 

#検察なう (271) 「陳情書一例」 3/6/2013

(強制捜査から1541日、無罪判決から5日)

検察の自浄作用を促すべく、皆さんに検察上訴を踏み止まらせるよう陳情書をお願いしています.締め切りは来週月曜日ですが、この時点で続々と陳情書が集まっています。その中の一つを今日は紹介させてもらいます。

東京地方検察庁御中

陳情書

私は医師であります。病理医という仕事をしています。被告人が妻の同窓であることから、今回の事例を知りました。

私は今回の事例の詳しい内容は知りませんし、控訴すべきか・すべきでないかを判断する法的知識はありません。したがって検察は絶対に控訴すべきでないという論旨ではありません。しかし、無罪の判決に対し安易に控訴することには断固反対します。

その理由を「病理医と検察官との類似性」をもとに述べさせていただきます。

病理医は、内科や外科などの臨床医が患者様から採取した臓器の一部を顕微鏡で観察し、病名を診断しています。これを病理診断とよびます。例えば大腸内視鏡検査で大腸ポリープが見つかると、内視鏡担当医師はポリープから組織を採取し病理医へ提出します。これを生検といい、大概の場合、提出される組織検体は2~3mmの大きさです。このわずかな検体で良性か悪性、つまり「がん」か、を診断します。基本的に良性か悪性かの最終診断は病理診断が決め手となります。病理医が「がん」と病理診断した場合には手術によって臓器が切除されることがしばしばです。病理診断はほぼ最終診断となるので間違ってはいけません。絶対に「がん」と確信した場合にのみ「がん」と病理診断して臨床の先生に報告します。

しかし、残念ながら間違えは稀に起こります。「がん」にきわめて類似する「がん」でない病気があります。「がん」と確信をもって診断したのに、手術で取り出した臓器に「がん」が見つからない場合があります。このような場合には、病理医はまず生検の病理診断が正しかったか確認します。その際は、「自分の病理診断は100%確実であり間違っているはずがない」とか、「しまった、間違った、でも間違ったと認めては権威にかかわる」などという態度はいけません。もう一度生検された組織を観察し、「がん」でなかった可能性、つまり間違えてしまった可能性を再検討します。そして間違えであったなら、間違えた原因を検証し、再び同じような病気に出会ったときに間違えないように学習します。

病理医も検察官も人の人生を左右する重大な判断をしなければなりません。

検察官は被告人(=組織)を有罪(=「がん」)と確信したからこそ起訴し裁判(=手術)に持ち込んだのだと思います。病理医の病理診断と同様に、検察官が有罪の判断し起訴しても無罪ばかりであっては困ります。しかし病理診断と同様に、人間の仕業である以上、必ず間違えは起こるでしょう。1審といえどもその判決は重視すべきです。裁判で無罪(=手術で「がん」がなかった)なら、「傲慢な自己過信」や「保身」ではなく、もう一度冷静に間違えたことを前提にして検討してみる態度が大事ではないでしょうか。

裁判が勝敗のゲームになってはいけません。勝つことが大事ではなく、間違えないことが大事です。「疑わしきは罰せず」とはそういうことだと理解しています。病理診断の間違えで切除された臓器はもとにもどりません。同様に、検察官の間違えで失われた被告人の時間はもとにもどりません。類似する仕事をする病理医として検察官のつらい心情は十分理解できます。繰り返しますが、私は今回の事例の詳しい内容は知りませんし、控訴すべきか・すべきでないかを判断する法的知識はありません。しかし、無罪の判決に対し安易に控訴することには反対します。

被告人無罪の判決は検察側の「負け」ではありません。病理医の診断ミスと同様に起訴判断のミスととらえるべきだと思います。そして控訴可能であるかを検討するのではなく、つまり、どうすれば「勝てる」のかを検討するのではなく、「間違えたことを前提として」どこに間違えがあったかを充分に再検討すべきと考えます。「間違え」と「負け」を混同することなく、間違えは間違えと認識し、そのリスクを減そうとする姿勢が検察の信頼へとつながるのではないでしょうか。どうか慎重なご判断にてご英断くださるようお願いいたします。

平成25年3月5日

自己の経験に基づいたバランス感覚あふれた陳情書だと思いました。

公正な判断をした一審裁判体の尊厳を踏みにじるような行為を未然に防ぐべく、是非とも陳情書のご協力をお願いします。

3/6/2013







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2013/03/06 Wed. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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