「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

05« 2017 / 06 »07
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.

#検察なう (527)「「前科者差別が再犯率を上げている」 by 堀江貴文氏」 1/14/2016 

#検察なう (527)「「前科者差別が再犯率を上げている」 by 堀江貴文氏」 1/14/2016

先日のHORIEMON.COMの記事のタイトルは「私が前科者差別と徹底的に闘う理由」。前科者に対する社会の目の厳しさが再犯率上昇につながっており、彼らに対する寛容さがより良い社会を実現すると主張しています。

ここをクリック→ HORIEMON.COM「私が前科者差別と徹底的に闘う理由」

前科とは、広義には、有罪判決を受けた事実を指します。検察庁の作成・管理している前科調書には、実刑及び執行猶予付き判決だけではなく、罰金刑も記録されているため、それら軽微な罪も広義の前科になります。

例えば、車のスピード違反の場合、一般道で30km/h、高速道路で40km/h以上の速度超過で、「6か月以下の懲役または10万円以下の罰金」の道路交通法違反となり、罰金刑で終わったとしても前科となります。

前科が付くと、法律上・行政上の権利・資格制限など、様々な不利益を受けることになります。

こうしたオフィシャルな「差別」以外に、人の認識もあります。一般に「前科者」のイメージは、懲役刑・禁固刑の執行を受けて出所した者を指すものと思われます。それらの人を、いかに罪を償ったとしても「悪い人」と烙印を押して見下すという差別は、世の中に厳然として存在しているものです。

その是非を考えるにはまず、罰はなぜ科されるのかという「罰の存在意義」を考えることが一助になると感じます。

「罪を犯した者は罰せられるべきだ」

それを、疑問をはさむ余地のない命題と受け取る人もいると思います。そうした人に「なぜ」と問うても、「自然の摂理だから」くらいのリアクションしか返ってこないかもしれません。

私は、利己的に捉えて、自分にとって何がベネフィットであるかを考えると多くの場合、すっきりと答えが導き出せるように感じます。

「犯罪者をどう対処することが自分にとってベネフィシャルか」と考えるということです。

私は、人権活動家でもなければ、それほど慈愛の心が大きいわけでもないので、極論すれば、犯罪者がどうなろうとも自分には関係がないと考えますし、また被害者や被害者家族をかわいそうだとは思っても、だからといって積極的に救いの手を差し伸べようとも思いません。

犯罪に対しては、やはり、自分や自分の家族、愛する人が、同種の犯罪の犠牲者、被害者にならないことを望むものです。

もし、犯罪者を罰することがその抑止になるのであれば、(また冤罪の可能性がもしゼロであれば、そしてそれは自分の経験上、大きな「if」ではあるのですが)、厳罰化はやむなしと考えると思います。

しかし、死刑囚を除けば、彼らは必ず社会に帰還します。もし彼らを罰することで、彼らが再犯する可能性が高くなる、即ち罰することがむしろ犯罪を生み出すとしたらどうでしょうか。

ある類型の犯罪、ある類型の犯罪者にはそうした傾向が認められ、彼らを収監するよりは、より実効的に犯罪の抑止となる方策があるのではないか、というのが堀江氏の主張だと私は理解します。

前科者を差別することで、彼らを生きにくくするということが、自分に対してベネフィットがあるのかどうか。是非皆さんも考えて下さい。

先日、堀江氏の講演に参加した模様がこちらです。

ここをクリック→ #検察なう (520) 「堀江貴文氏講演~ホリエモンがモノ申す~「これでいいのか刑事司法」」

1/14/2016











ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 刑事事件一般

2016/01/14 Thu. 11:19 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (520) 「堀江貴文氏講演 ~ホリエモンがモノ申す~「これでいいのか刑事司法」」 12/7/2015 

#検察なう (520) 「堀江貴文氏講演 ~ホリエモンがモノ申す~「これでいいのか刑事司法」」 12/7/2015

先日、自由人権協会主催の堀江貴文氏の講演があり、参加しました。講演の紹介文は「刑務所内の人権から更生保護支援、そして刑事司法改革まで、“ホリエモン”が持論、提言を本音で語ります」というものでした。

ここをクリック→ ~ホリエモンがモノ申す~「これでいいのか刑事司法」チラシ

始まりの挨拶が弘中惇一郎弁護士、終わりの挨拶が喜田村洋一弁護士(注1)という日本を代表する超重量「無罪請負人」弁護士コンビという豪華な顔ぶれでした。

弘中惇一郎 12-2-15

弘中惇一郎弁護士

喜田村洋一 12-2-15

喜田村洋一弁護士

前半約2/3は、堀江氏自身が収監された実体験に基づく「監獄論」。それは実にプラクティカルで、説得力がありました。

彼の意見は、ある類型に当てはまる犯罪者を現状の運営の刑務所に送り込むことはむしろ犯罪を増やし、社会を不安定にしているというものです。

彼の意見が説得力をもって響くのは、それが犯罪者の人権擁護(もしかすると主催者の立ち位置はそうかもしれませんが)という立場から語られているわけではないからです。彼の視点は常に、当事者以外の我々一般社会の利益を優先しています。

なぜ犯罪者を罰するかということを考える場合、彼らを罰することにより、我々にメリットがなければ、意味がないというのが彼の主張の大前提です。悪いことをすれば罰せられて当然だとは誰しも考えるところですが、彼はその先を考えています。

それら犯罪者を収監することによりなぜ犯罪が増えるのでしょうか。まず前科者を差別することが問題になります。そして少なからずの犯罪者は親族からも離縁され、収監されることにより社会から隔絶され、社会と決定的に疎遠になります。現在、刑務所で行われている刑務作業=職業訓練は時代遅れで、社会に出て役に立つものではありません。全く職能もない人間が、疎遠になっている社会に突然放り出され、差別されれば、彼らが再犯に走らざるを得ないということは想像に難くありません。

堀江氏の提言は、収監せずに社会にいながら更生させる方法を模索する必要があり、また刑務作業=職業訓練はより実践的であるべきだというものです。具体的には、再犯率の高い薬物犯罪には、化学療法を施して薬物依存を解消したり、同じく再犯率の高い性犯罪には、GPS監視を義務付けたり、ホルモン治療といった可能性も考えられるのではないかとします。

また刑務作業=職業訓練に関しては、社会に出てすぐ役に立ち、お金になり、そして人と接する機会が少ないものが有力だとしています。例えば、スマホ向けのアプリ開発や、付加価値を付けた作物を栽培する小規模農業といったものです。

犯罪者をただ刑務所にぶち込んでそれで終わりとするのではなく、結局、彼らは(死刑囚を除き)いずれは社会に還元されるのですから、再犯率の低下を目標とすることが、社会的コストの軽減に役立つとするものです。まさに慧眼だと感じました。

なぜ犯罪者を罰するかを、何が我々のメリットかという観点から考えてみる必要があるのではないでしょうか。

堀江貴文 12-2-15

堀江氏の講演の後半約1/3は、刑事司法の問題点に関する議論でした。

彼が強調したことは2点。一つは権力を持ち過ぎる検察改革の必要性、もう一つは冤罪の温床でもあり、あまりに不当な人質司法の是正の必要性でした。

時間の制約もあり、この刑事司法の問題点に関しては、具体的な方策の細かな議論が限定的だったことは若干残念でした。彼ほどの見識があれば、このテーマにおいても一家言あることは言うまでもありません(注2)。

講演の中で彼が指摘したことは、前者に関しては、地検特捜部の独自捜査権の廃止、判検交流の廃止(注3)、後者に関しては、保釈の要件を定めた刑事訴訟法第89条第4項の廃止(注4)でした。

郵便不正事件以降の検察改革が完全に失敗(法務・検察官僚にとっては大成功)に終わったのは、官僚主導では既得権の制約につながるはずもなく、官僚以外の第三者に委ねなければ刑事司法改革(それは即ち検察改革と言ってもよい)は立ち行かないという考えは、堀江氏も私も共有するところです。刑事司法の問題は、我々の生活に直結する問題だけに、是非とも一緒に考えて頂ければと思います。

別れ際に、拙著の帯を書いてもらったお礼を言って帰ってきました。

ホリエモン 12-2-15

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (313) 「レペタ裁判&刑事司法を喜田村洋一弁護士に聞く」

ここをクリック→ #検察なう (393) 「国家賠償訴訟に関して (2) ~代理人ドリーム・チーム結成!」

(注2)
ここをクリック→ #検察なう (483) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」 (3) 堀江貴文氏登場!」

(注3)
刑事裁判部門の判検交流は2012年以降廃止されたとされていますが、民事裁判部門のそれは依然行われているようです。

(注4)
刑事訴訟法第89条
「保釈の請求があったときは次の場合を除いては、これを許さなければならない」
第4項の「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」があまりに広範囲に適用されるため、原則と例外が逆転しているというのが堀江氏の主張です。

人質司法に関しては、裁判所(令状部)の運用が、より謙抑的であれば是正されうるものですが、法律を変えることにより決定的となります。

12/7/2015

















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 刑事事件一般

2015/12/07 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (496) 「もう一人の『勝率ゼロへの挑戦』」 9/7/2015  

#検察なう (496) 「もう一人の『勝率ゼロへの挑戦』」 9/7/2015

冤罪被害者の心情というのは、非常に特殊なものであり、人にはなかなか説明しきれないものがあります。敢えて一言で言えば、それは怒り・悔しさと恐怖・不安がないまぜになったものです。

自分を底なし沼に引きずり込もうとする何か得体のしれないものが、国家権力という一個人では到底太刀打ちができないものであると知れば知るほど、それは絶望となります。

濡れ衣を着せられる理不尽さが怒り・悔しさの要因ですが、それを除けば、恐怖・不安そして絶望というものは、冤罪被害者でなくても、例えば不治の病と闘う人でも経験するものだと思います。

先週初め、私の刑事裁判の主任弁護人であり、国賠審の代理人チームのメンバーでもある小松弁護士から電話がありました。国賠審の経過報告と今後の方針を簡単にブリーフィングした後、小松弁護士は切り出しました。

「八田さんにお願いがあるんです。実は、、、、親父が余命3ヵ月の宣告を受けまして。親父は八田さんのブログの大ファンだったものですから、手紙を書いてもらえないでしょうか。大喜びすると思うんです」

私は言葉を失いました。私にも「棺桶に片足突っ込んだ」といつもネタにしている両親がいます。親を思う子の気持ちは皆同じです。

「先生、手紙は勿論書きますが、それだけじゃなくてお見舞いに行かせて下さい」
「遠いですよ。西宮ですから」
「先生に受けた恩義からすれば、地球の裏側でも飛んでいきますよ」

数日後、私は小松弁護士の父である小松義明氏の入院する病院を訪ねました。病院の玄関先で私を迎えてくれた小松氏は、私の顔を見るなり晴れやかに破顔し、とてもうれしそうでした。病魔に襲われ憔悴した様子を想像していた私は、その元気な姿にほっとしたものです。

それから小一時間病棟の休憩室で、事件のことや小松弁護士の子供の頃の話など、小松氏といろいろなことを語り合いました。話し始めてすぐに私が感じたのは、性格的に私と似た部分でした。

「私は、権力におもねらずその理不尽さと闘う人を、自分の息子が助けたということが誇りなんです」

彼の、弱きを助け強きを挫く正義感には強く共感を覚え、それを貫き通そうとするあまり、ともすると不器用な生き方をしてしまうところもよく理解できました。そういう父を見て育った小松弁護士が、彼からのいい影響を受けながらも同時に彼を反面教師として成功したであろうことを想像しました。

私が最初に小松弁護士と電話で話した時に、「いい補完関係ができる」と直観したのも、納得がいったと感じました。小松弁護士の方でも、父と近い長所、弱点を持った人間のサポートはしやすかったに違いありません。

守秘義務があるからとあまり事件のことを話さない息子の活躍を、私のブログでずっとリアルタイムで追っかけてくれ、私は知らなかったのですが、一度私の刑事裁判を傍聴にもきてくれたそうです。そして、「是非サインお願いします」と私の本を3冊も持ってきてくれました。近々、セカンドオピニオンでより積極的な治療方針を提示した千葉の病院に転院されるそうです。

「私は、余命3ヵ月と聞いて、覚悟はできたんですわ。でも、八田さんから手紙をもろうて、そして今日、こうしてわざわざ来てもろうて、なんか生きる勇気をもらったような気がしてるんです。八田さんも勝率ゼロに挑戦したんやから、自分もやってみようかなって。自分もその勝率ゼロに挑戦ちゅうやつを」

私にできることは限られていると思いますが、勝率ゼロに挑戦する小松義明氏を心の中で応援したいと思います。

小松義明

9/7/2015
















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 刑事事件一般

2015/09/07 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (495) 「映画『HERO』を観て感じる違和感」 9/3/2015 

#検察なう (495) 「映画『HERO』を観て感じる違和感」 9/3/2015

hero.png

ドラマシリーズ『HERO』は正直言って好きです。「~ないの?」と聞かれて、シブく「あるよ」と答えてウケないとがっかりします。

家にテレビがないので、普段はテレビを全く見ない生活がもう何十年にもなり、勿論テレビドラマを見る機会もあまりないのですが、自分が冤罪に巻き込まれてからは、読むもの全て刑事司法物、見るものも好んで刑事司法物を選ぶようになりました。『HERO』も私が事件に巻き込まれる前の第1期(2001年)は、その存在すら知らなかったのですが、第2期(2014年)は友人に録画してもらいフォローしていました。

今年映画化された作品は、残念ながら映画としての出来栄えは今イチでしたが、日本に一時帰国してまっ先に観たものです。

ここをクリック→ 『HERO』 (2015) 鈴木雅之監督

実際には99.9%デスクワークの検察官が、常に現場検証をする時点で『HERO』の設定は現実離れしており、これは「そういう検察官がいたらいいなあ」という夢物語です。そのことを理解しながらも、やはり実際に検察官と切羽詰まったやり取りをし、彼らの行動原理をとことん考え抜いた者として、やはり違和感を感じる部分があります。

その最たるものが、久利生検事の口ぐせである「俺は真実が知りたいだけなんです」というものです。

それは「検察の理念」(注1)でも前文で、「真実を希求し(知力を尽くして真相解明に当たらなければならない)」と謳われていますが、「検察の理念」は実態がそうでないからこその訓示であり、検察官の実態とはかけ離れていると理解しています。

一部の検事あるいは裁判官は「自分は真実を知り得る」という傲慢かつ尊大な思想を持っていると想像しますが、同時に私が想像するのは、大部分の検事あるいは裁判官は、「真実を知り得ることは到底叶わない」という不可知論に立っているというものです。

真実に辿り着くことは、所詮は神以外にはできず(「自分は真実を知り得る」と信ずる者は、自分を神に擬する所作です)、証拠により何が「真実らしいか」という検証作業を淡々と遂行しているという感覚だと想像します。

勿論、結論ありきで証拠をその筋立てに当てはめる行為や、証拠の合理的な評価を放棄する行為は法曹の道に携わる者として下の下の存在ですが、それは例外だと思います(但し、そうした者がいるのも悲しいかな現実です)。

一人一人の検察官の心持ちとしては、少しでも真実に近づきたいという希望はありながら、それは所詮実現不可能であり、しかも組織の論理はむしろそれを否定する方向にあると思います。それは三浦友和演ずる特捜部副部長が、有罪立証に消極的な証拠を「そんなもの集めても何の役にも立たない」と切り捨てたドラマ『トクソウ』(注2)の方がより検察の実態に近いと思われます。

それは彼ら捜査当局、そして判決を下す裁判官の判断基準はあくまで証拠に基づくものであり、必ず犯人を見つけなければならないプレッシャーの下にある捜査当局や、シロクロをはっきり判じなければならない(「シロかクロか分かりません」という解答が許されない)裁判官にとっては、恣意的な判断による「真実」よりも証拠による「真実らしさ」の方が絶対であるということです。非常に微妙なところなので、私の考えるところがこの文章でうまく伝わるかは分かりませんが。

引き続きこの問題は考えていきたいと思っています。

(注1) 
ここをクリック→ 「検察の理念」

ここをクリック→ 経過報告 (51) 「『検察の理念』発表」

ここをクリック→ #検察なう (248) 「新・検察の理念」

(注2)
ここをクリック→ ドラマ『トクソウ』

9/3/2015
















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 刑事事件一般

2015/09/03 Thu. 00:03 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (479) 「平成26年度査察の概要~史上初の無罪判決が変えたものとは」 7/9/2015 

#検察なう (479) 「平成26年度査察の概要~史上初の無罪判決が変えたものとは」 7/9/2015

今月、平成26年度の国税局査察部の活動を記した「査察の概要」が公表されました。

ここをクリック→ 平成26年度「査察の概要」

注目すべきは「6. 査察事件の一審判決の状況」です。平成24年度の判決件数120件に対し、無罪の1件は私の事案です。国税局査察部は、昭和23年発足(注)以来、告発の全てが有罪判決という輝かしい(忌むべき?)歴史を築いてきましたが、その65年間にも亘る不敗神話を覆したのが佐藤弘規裁判長が判じた無罪判決でした。

そして驚くなかれ、それ以来裁判所は呪縛から解かれたように、無罪判決をわずかながらも毎年出しています。平成25年度は116件の判決に対し1件、平成26年度は98件の判決に対し2件の無罪判決が出ています。

依然、有罪率は98%以上と高いものの、ゼロと1あるいは2の差は、それまで65年間無罪ゼロの歴史を考えると隔世の感があります。世の中が変わっていることを実感します。

札幌の電子新聞『北洋新聞』(7月8日付)の「国税査察部に異変 最強神話崩壊 裁判所の意識変化」と題する記事に私のコメントが掲載されていますので、是非ご覧下さい。

ここをクリック→ 『北洋新聞』「国税査察部に異変 最強神話崩壊 裁判所の意識変化」

平成26年度の「査察の概要」を目にし、私の刑事裁判主任弁護人であった小松正和弁護士に電話しました。私の危惧は「逆冤罪」、つまり有罪であるべきなのに無罪となりえる可能性でした。しかし小松弁護士の答えは、「いやあ、今の刑事司法はまだそこまで行ってないでしょう」でした。それは私の感覚とも一致するものでした。依然、裁判所が真に公平であり誤謬の振幅が双方向等価であるとは到底思えないというのが当事者の実感です。それでも確実に変化は起こっているという確信もあります。

少し前の記事になりますが、国税局査察部事案で3件目の無罪判決が出た後報じられたものを添付します。

ここをクリック→ 現代ビジネス『ニュースの深層』「国税3連敗!注目裁判で当局が負け続ける功罪とは」

この記事では、世の中の潮目が「裁量課税主義」から「租税法律主義」に移行したことを示唆しています。国家権力に対し絶対的弱者である個人の人権は法律で守られるべきであるという、あるべき方向への変化に言及したものです。

同じ題材を扱った「のとみいさん」のブログ『のとみいの金融日記』の記事「2015査察の概要」も紹介させて頂きます。のとみいさんにはツイッターでフォローしてもらっており、度々のとみいさんのブログに私も登場しています。

ここをクリック→ 『のとみいの金融日記』 「2015査察の概要」

今更ながら、弁護団と多くの支援者の方々と共に成し得たことの歴史的意義と責任を感じます。

現在は、更に高いハードルである国賠審で、再び歴史を塗り替えようと努力しています。経済的サンクションが実効的と証明されれば、国家の不法行為の抑止力になるのではないかと期待しています。引き続きご支援のほどよろしくお願いします。

(注)
強制力をもって脱税を摘発する査察制度は、戦後の昭和23年7月に設けられました。当時はまだ国税庁はなく、大蔵省主税局に査察部が置かれました。査察が国税庁に移ったのは、庁発足と同じ昭和24年6月です。

7/9/2015















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1




ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 刑事事件一般

2015/07/09 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top