「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (555) 「刑事司法の歴史が動く日、来る9月11日の私の国賠審口頭弁論にご注目下さい」 5/26/2017 

#検察なう (555) 「刑事司法の歴史が動く日、来る9月11日の私の国賠審口頭弁論にご注目下さい」 5/26/2017

国家機関(=国税局及び検察)が犯した過ちを、同じ国家機関(=裁判所)に、「違法性あり」と認定させるという、ほぼ不可能なハードルに挑戦してきた私の国賠審も大詰めを迎えています。

国家賠償法という公務員の不法行為に対しての損害賠償請求権を認めた法律は、一見、日本国憲法第17条「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる」に基づき、「国家無答責の法理」を排斥しているかのように見えます。しかし実態は、「公務員の不法行為」の認定のハードルのあまりの高さに、それは形骸化し、イギリス中世において「Crown can do no wrong. (国王は悪をなし得ない)」という法格言があった時代同様、やはり国家権力が国民に対し何をしようがお咎めなしという状況が現実となっています。

私は、反則を犯したプレイヤーが笛を吹かれても、何のペナルティもないのであれば、「今度はもっとうまく反則すればいいや」と何の反省もしない今日の刑事司法に大きな危機感を持ち、ほとんど不可能と言われている国賠審に挑戦することを決めました。

その決意は、国賠審を戦うことを決めた後のブログを是非ご参照下さい。

ここをクリック→ #検察なう (392) 「国家賠償に関して (1) ~国家賠償訴訟に懸ける思い」 

私の刑事裁判は、まさに降りかかる火の粉を払わざるを得ない、やむにやまれぬ事情があったものです。勿論多くの冤罪被害者が、可能性ほぼゼロの挑戦を諦めるということはあるでしょうが、諦めが極端に悪い私にその選択肢はありませんでした。しかし、同じ「勝率ゼロへの挑戦」であっても、国賠審に臨んではいささか違う心持ちでした。自分の刑事裁判以上に、義憤がモチベーションと言っていいと思います。

「こんなふざけたことがまかり通っている世の中っておかしくね?」という気持ちは、刑事裁判の頃から持ち続けていますが、国税局、検察には私の無罪判決よりもきついお灸が必要だと感じています。「もっとうまく反則すること」を許さず、将来の冤罪を少しでもなくすためです。

そして、歴史が大きく動こうとしています。来る9月11日、国賠審第19回口頭弁論(14時30分、東京地裁第611号法廷)において、控訴違法に関し、刑事裁判一審の公判検事の証人尋問が行われることになりました。

これがいかに異例中の異例であるかは、私の代理人チームの一人である郷原信郎氏の最新ブログをご参照ください。

ここをクリック→ 『郷原信郎が斬る』「現職検察官が国賠審の法廷に立たされる前代未聞の事態」

国(検察)側の主張は、「一審裁判体の判断は、常識に照らして異常なものであった(=論理則・経験則違背)」というものになります。しかし、彼らがやったことは「何が何でも控訴してやる」という無理筋の控訴であることは明らかです。

刑事裁判においては、上級審は「レフリーを代えて、もう一回チャレンジ!」ではありません。刑事裁判の上級審が「事後審」と呼ばれるように、審理を継続して新たに心証を形成するのではなく、原審の訴訟記録に基づいて原判決の当否について事後的に審査することが大原則です。しかし、私の刑事裁判における検察官控訴は、「控訴審の裁判体は我々検察の肩を持った判断をしてくれるだろう」という愚かな期待に基づいた控訴であり、刑事裁判を「続審」化する、刑事司法に携わる法曹の一員として恥ずべき行為です。

同じ愚行が繰り返されないよう、私と私の代理人チーム(喜田村洋一弁護士、郷原信郎弁護士、森炎弁護士、小松正和弁護士)は戦っています。是非ともご注目頂き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。

5/26/2017










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2017/05/26 Fri. 14:17 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (554) 「奇跡、再び!?国賠審で証人請求が認められる」 5/13/2017 

#検察なう (554) 「奇跡、再び!?国賠審で証人請求が認められる」 5/13/2017

先日の5月8日、私が国を相手取って戦っている国賠審の第17回口頭弁論が行われました。私は出廷していませんでしたが、傍聴していた友人・知人からメールやメッセンジャーで速報が届きました。彼らが伝えてきたのは、原告請求の証人が認められたということでした。これがどういう意味を持つのかは法曹関係者でなければなかなか分かりにくいことだと思われます。しかし、これは非常に重要な意味を持ちます。

ここをクリック→ #検察なう (553) 「私の国賠審のこれまでのおさらいと第16回口頭弁論報告」

私の国賠審は2014年の7月に始まりました。しかし、ここまでの約3年間表立った進展はなく、水面下で(期日間に「準備書面」と呼ばれる書面をやり取りして)原告の私と被告の国の主張の応酬が続いていました。

鍵は、原告請求の証人が認められるかどうかでした。「原告と被告の主張が真っ向から対立している争点があるのであれば、関係者を呼んでその証言を聞いてみよう」とする実質的な審理が法廷でなされることが、原告の私が勝つ必要条件です。勿論、十分条件ではありませんが、それがなければ、結論は「門前払い」です。

今回認められたのは、控訴違法に関する証人です。私は、「告発も違法になされた。起訴も違法になされた。控訴も違法になされた」と主張していますが、その最後の控訴違法に関する証人として、第一審の公判検事が証人として認められました(起訴違法に関しての証人は今回「留保」とされ、次回口頭弁論期日でその可否が決定される予定ですが、一旦留保しておいて認めることはほぼ考えにくいと思われます)。

一審公判検事は控訴に関する決定責任者ではありませんが、彼のインプットは非常に重要であったと考えられます。そして彼が控訴に関して消極論を述べたということは、考えにくいものです。野球で、9回を終わった時点で負けているチームのピッチャーが、もし延長戦が許されるなら、延長戦を望まないわけはないのと同じ理由です。証拠を熟知して、真実をかなりの確度で知っていたはずの彼が、「有罪にできる」というプレゼンテーションを検察内部でどのようにしたかは非常に興味深いところです。それが今後の口頭弁論期日で明らかにされるものと思われます。

控訴に関して、国はこの国賠審において、検察控訴は起訴と同じ判断基準でいいのだという主張をしています。そもそも刑事裁判は「事後審」と言って、控訴審では審理を初めからやり直すのではなく、一審の判決が常識に照らしておかしいかどうかのみを審理します。そのハードルが「論理則・経験則違背」と呼ばれるものであり、控訴審において一審判決を破棄するハードルはかなり厳しいことが最高裁判決(平24年2月13日判決)で確認されています。例えて言えば、負けているチームのピッチャーに延長戦を認める代わりに、延長戦においてストライクゾーンは狭くするよと言っているようなものです。

しかし私の国賠審における国の主張は、「それは裁判所が言っているだけで、検察はそんなこっちゃ知ったことじゃない。控訴する場合のストライクゾーンも、起訴する場合のストライクゾーンと同じでいいんだ」というものでした。

これは実に興味深いものです。検察は、明らかにボール球と分かっているボールを投げることがあることになりますが、彼らも全く有罪の可能性がないものを控訴するはずがありません。つまりこのことは、「ボール球を投げても、アンパイアによってはストライクに取ってくれるんだ」と検察自ら認めていることを意味します。

控訴違法に関する証人尋問では、この点が非常に重要になると思われます。

代理人チームの元検事郷原氏によれば、現職検事が国賠審の証人台に立つことは極めて異例のことだそうです。そもそも国賠審で国が負けることはほぼあり得ないので、ケース自体考えにくいのでしょうが。

次回期日は7月31日(月)です。そこで証人尋問の期日が決定します。現時点では、9月4日(月)あるいは11日(月)のいずれかが予定されています。奇跡が再度起こることを期待して、是非ご注目下さい。

(補足)
国賠審がなぜそれほど大変かに関して専門的な資料を添付します。興味のある方は是非お目をお通し下さい。最初から読んでいくと、テクニカルタームが多く、ほとんどの方は挫折すると思われますが(「職務行為基準説」ってなんじゃ??みたいな)、「運がよい冤罪被害者は、無実を勝ち取ることができたとしても、冤罪者の多くが国(警察・検察・裁判所)に対して国家賠償を請求してきたとしても、国は冤罪作りの責任から逃げ切ってきた」と述べる第6章「本件国賠訴訟から読み取れるわが国の司法の在り方について」だけでもお読み頂ければと思います。

ここをクリック→ WLJ判例コラム「氷見冤罪国賠請求事件が司法に問うこと~冤罪被害者は、二度の責め苦を負わされる~」

5/13/2017













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2017/05/13 Sat. 06:02 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (553) 「私の国賠審のこれまでのおさらいと第16回口頭弁論報告」 3/31/2017 

#検察なう (553) 「私の国賠審のこれまでのおさらいと第16回口頭弁論報告」 3/31/2017

先の月曜日、3月27日、私を原告とする国賠審の第16回口頭弁論が行われました。国賠審が始まってから、もう既に2年半が経過していますが、ここまで大した進捗もなく時間のみが経過したかのようです。

ここまでのところを一度整理してみます。

国賠審は、私が受けた経済的不利益の補償を求めるものですが(私は国に5億円を請求しています)、経済的利得が目的ではありません。国賠審のコストも勘案すると、1億円が経費のブレイクイーブン・ポイントと思われますが、それ以上勝ち得た場合には、私のポケットに入れずに、刑事司法改革の基金設立の資金として提供することを約束しています。

また、もしお金が欲しいのであれば、社員の税務調査対象者約300人のほとんどが申告漏れであり、そのうち約100人が私と同じく株式報酬の無申告だった状況を生み出した会社をコンプライアンス違反として訴えれば、脛に傷をもつ彼らから和解金を得ることは容易です。ただ、それは弱い者いじめにしか過ぎません。

私が「強い者いじめ」にこだわる理由があります。それは、私のような冤罪被害者を生まないためです。

日本の刑事司法においては、警察あるいは国税局が告発し、検察が起訴をし、一般市民を刑事被告人としますが、裁判の結果無罪となっても、告発した警察・国税局、起訴をした検察は全くお咎めなしです。

私は刑事被告人とされ、その結果、失職し再就職の道を閉ざされましたが、それが補償されることはなく、「無罪になったんだから、それでいいだろ」というのが国のスタンスです。

それに対し経済補償を求めるのが国賠審です。しかし、そのハードルは著しく高く、それゆえ過去の冤罪被害者の、足利事件の菅谷利和さんや布川事件の杉山卓男さん、東電OL殺人事件のゴビンダ・マイナリさんは国賠審を諦めています。それはいかに不利益を被ろうとも、それが国の違法行為によるものという認定が必要だからです。

それは例えば交通事故で、人を轢き殺したとしても、殺すつもりがなかったとすれば、全くお咎めなしということと同じものです。そして国賠審で、裁判所が国の違法行為を認定することはほとんどありません。

しかし、私がそれでも諦めきれないのは、「無罪になったからいいだろ」と捜査権力の反省のないところから冤罪が生み出され続けるからです。

私は、私が無罪になったからといって国を訴えているのではありません。私が確信しているところは、国税局査察部は私がシロであることを理解しながら告発し、検察特捜部は私がシロであることを理解しながら起訴・控訴をしたというものです。それは明らかな違法行為です。

取調べを受けた私は、肌をもってそのことを確信していますが、合理的に考えてもそれは確かです。国税局査察部や検察特捜部といった日本のエリート捜査権力は、極めて優秀です。その優秀な彼らが、長期間に及び執拗な捜査の結果、真実に到達しないはずはなく、合理的な帰結は「真実を知りながらも、それに目をつぶった」というものです。

そうして始まった国賠審ですが、この2年半、ほとんど進捗はありませんでした。国賠審のハードルの高さは、私の代理人チームの一人、元裁判官森炎氏の「国を負かして、個人を勝たせようなんて裁判官はいませんよ」という言葉に表れています。そして通常門前払いの国賠審を、ここまで我々が押せ押せムードできているのは、被告の国の主張があまりにも弱いためです。

それのみならず、被告の国はとんでもない主張をしています。それは、控訴違法に関する彼らの主張ですが、煎じ詰めれば「有罪の可能性がなかろうが、我々(=検察)が怪しいと思えば控訴してもいい」というものです。

平成24年2月13日最高裁判例は、一審の判決を不服とする控訴のハードルを格段に厳しくしたものです(注)。我々の主張は、私の一審無罪に対する検察官控訴はこの最高裁判例に反するものというものですが、国(そしてその背後にいるのは検察です)の主張は、「それは裁判所が勝手に言ってることであり、検察は、自分たちが怪しいと思えば、控訴も起訴と同じハードルで控訴していいんだ」というものです。

裁判所が上げたハードルを越える可能性がなかったとしても検察は控訴してもいいということは、有罪を得る可能性がない事案でも彼らの恣意的判断で控訴していいことになります。これが刑事被告人としての立場を、不必要に長引かせることになることは明らかです。

法務・検察官僚は、圧倒的に有利な国賠審を利用して、最高裁判例を骨抜きにする狙いだと思われます。郵便不正事件を発端とした刑事司法改革で、密告型司法取引導入や盗聴対象拡大という焼け太りを成し得た彼らの狡猾な戦略が透けて見えます。

こうした横紙破りの主張をする国に我々が負けるわけにはいきません。

2年半、大した進捗がなかったかに見えた私の国賠審ですが、先の第16回口頭弁論で動きが見えました。裁判長が次回期日(5月8日)で証人採用の可否の判断をすると宣言したからです。

国賠審で個人が勝つためには、関係者を証人として呼び実質的な審理を始めることが必須です。逆に国が勝つパターンは、原告が請求する証人尋問を裁判所が認めず、門前払いとするものです。次回期日で、私の国賠審が大きく動き出すことになります。

私の目的は、正しくあるべき捜査権力は正しくなければならないという社会正義の実現のためです。自己満足ではありますが、意義を感じています。是非ともご注目頂き、ご支援のほどよろしくお願いします。

(注)
ここをクリック→ #検察なう (318) 「「チョコレート缶事件」と論理則・経験則違背」

3/31/2017













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2017/03/31 Fri. 13:15 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (534) 「私の国賠審は、国民全体の利益のためにあると考えています」 4/14/2016 

#検察なう (534) 「私の国賠審は、国民全体の利益のためにあると考えています」 4/14/2016

先日、私の国賠審の第10回口頭弁論が行われました。佳境を迎えた私の国賠審の状況をアップデートさせて頂きます。

我々原告の主張は、国税局のリーク違法、告発違法、そして検察の起訴違法、控訴違法です。私は当事者の感覚として、国税局と検察は、私の無実を知りながら引き返すことなくそれらのアクションを起こしたと理解しています。捜査権力によるアクションの段階が進めば進むほど、本来、真実に近づくはずであり、それと逆のアクションを取っている以上、違法性の度合いは強まっていると言うことができます。

その最たる控訴違法に焦点を当てて、代理人チームのメンバーである郷原信郎氏が、彼のブログで的確な論評をしています。インターネット新聞のハフィントン・ポストに転載され大拡散しているブログを是非、ご一読下さい。

ここをクリック→ 「八田氏国賠訴訟、「控訴違法」で窮地に追い込まれた国・検察」

重要なポイントは、検察の控訴が、平成24年の最高裁判例(注)に反しているという点です。

平成24年の最高裁判例では、控訴できるストライク・ゾーンをかなり狭めています。その判例では、控訴する場合には、一審判決が「論理則・経験則違背である場合に限る」としています。言葉は難しいのですが簡単に言えば、一審判決が、一般常識に照らして誰が考えてもおかしいという場合以外は控訴できず、控訴する場合には、どこが一般常識に反しているかを具体的に示さなければならないというものです。

ところが、検察はそうした要件を全く満たさない控訴を行ったゆえに、控訴審では完全に門前払いされ、控訴審第1回公判はわずか6分で結審し、次回期日で私の一審無罪判決が維持されました。

こうした控訴が違法であるという原告の主張に対し、被告である国の主張は、それはあくまで裁判所のストライク・ゾーンであって、検察のストライク・ゾーンは違ってもいい、検察は起訴と同じストライク・ゾーンで控訴してもいいのだというものです。つまり、より広いストライク・ゾーンで控訴しているということは、初めから有罪になるということを期待できなくても、彼らが主観的に怪しいと思えば控訴していいという主張です。

なぜ検察の代理人である国は、このようなとんでもない主張をしているのでしょうか。そこには、国賠審では国が必ず勝つという状況を利して、検察が横車を押そうという意図が透けて見えます。

私の国賠審代理人チームには元裁判官の森炎弁護士が加わっていますが、彼は私に「国を負かして、個人を勝たせようなんて考える裁判官は一人もいませんよ」と言っています。元裁判官だけに重みのある言葉です。そのようにレフリーがアンフェアである上に、国の賠償責任を定めた法律も、国が「違法行為を行った場合のみ」賠償責任が生じるというアンフェアなものです。

国賠審で個人が国に対して勝つことは、不可能に近いほどハードルは高いとされますが、検察はそれを利用しようとしています。それは、平成24年の最高裁判例を気に食わない検察が、この国賠審を利用して、最高裁判例を骨抜きにしようという目論見です。

ここで私が負け、それが判例となれば、検察はフリーハンドで控訴できることになります。それは今後、国民全体に多大なる不利益となることは言うまでもないことです。それを阻止するため、私の代理人チームは使命感を持って臨んでいます。

今後、裁判官がどのような判断をするか、是非ともご注目頂き、引き続きご支援のほどをお願いします。

(注)
ここをクリック→ #検察なう (318) 「「チョコレート缶事件」と論理則・経験則違背」

4/14/2016
















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2016/04/14 Thu. 01:09 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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#検察なう (532) 「大詰めを迎えた国賠審 Part2~控訴違法に関する国側の言い分を認めることは国民全体の不利益」 2/15/2016 

#検察なう (532) 「大詰めを迎えた国賠審 Part2~控訴違法に関する国側の言い分を認めることは国民全体の不利益」 2/15/2016

海外から中世並みと揶揄される日本の刑事司法には、問題が山積しています。その中で、私がもしフリーハンドで何か一つ改革できるとすれば、私が選ぶのは検察上訴権の廃止です。

ここをクリック→ #検察なう (267) 「刑事司法改革のためにすべきこと」

先進諸外国では、「二重の危険」を招くとして認められていない検察官控訴(一審無罪判決に対する控訴)がなぜか日本では認められています。

私の刑事裁判でも、一審無罪判決(3/1/2013)に対して検察は破廉恥にも控訴しています。それにより翌年の無罪確定(2/14/2014)まで、更に精神的苦痛が延長したことは言うまでもありません。その検察官控訴のあり方に関して、私は自分の国賠審を通して、検察の指定代理人である東京法務局訴訟部の主張を注視してきました。

それは、あまりにもとんでもないものであり、彼らの主張が通るようであれば、私個人の問題ではなく、日本国民全体の不利益になるとすら感じる不合理さです。

説明させて頂きます。

本来、刑事裁判においては一審中心主義が取られています。刑事裁判の控訴審が事後審であることから、直接主義・口頭主義を一審において徹底させるために第一審の審理にエネルギーを割くべきだという考え方です。

事後審においては、審理の対象は事件の事実認定ではなく、あくまで下級審の判決そのものであり、審理をイチから「やり直し」をするものではありません。そして原判決が誤りであるという控訴理由は厳しく限定されています。その控訴理由の一つが「事実認定の誤り」ですが、その場合の取り決めが、刑事訴訟法第382条(注1)にあります。

素人的には当初、イチから審理し直して事実認定をし、原判決と違う結論を導き出すことと、原判決の事実認定が誤りであると指摘することには大差がないように感じたものですが、それは大違いなんだよ、と最高裁が判じたのが「チョコレート缶事件」(注2)と呼ばれる事件の判決でした。この最高裁第一小法廷平成24年2月13日判決の意義は、刑訴法第382条の事実誤認の定義を明らかにしたものです。

その判決にはこうあります。
「控訴審が第一審判決に事実誤認があるというためには、第一審判決の事実誤認が論理則、経験則に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである」

つまり、「原判決が間違っている!」と言うからには、その判決のどの部分が不合理であるかを具体的に示す必要があり、その不合理というハードルが「論理則・経験則違背」という非常に高いハードルだということです。

ぶっちゃけて言えば、一審の判決を読んで一般常識からして誰が考えても「そりゃおかしいだろう」というものだけが事実認定に誤りがあるとしたのがその最高裁判決です。

野球で言えば、打たれたピッチャーにもう一度チャンスをやるからには、ストライクゾーンを狭くするよと言っているようなものです。審判はその狭いストライクゾーンじゃないとストライクを取らないと宣言したのが、チョコレート缶事件での最高裁判決でした。

そこでは、反対仮説を完全消去できているかを検討し論証せよ、ということでもあると考えます。判決は、シロないしクロをサポートする両方の証拠を基に判断されている以上、その一方の証拠だけを持ち出したのみで、反対仮説を完全消去する論証ができていない場合、原判決が間違っているという主張は誤りです。

しかも、その判決はこうも言っています。
「第一審判決に事実誤認があるとした原判断には刑訴法第382条の解釈適用を誤った違法がある」

つまり、不合理であることを具体的に示せという要請は、単なる事実上の要請に止まるものではなく、法的要請なのであり、この要請に応じないことが法令違反、刑訴法第382条違反となることをはっきり述べています。それに従わないことは法に触れるとまで強く言っています。

私の国賠審において控訴違法は争点の一つですが、それに関する彼らの主張は、
「平成24年最高裁判決は刑事事件における控訴審の審査の在り方を示したものであり、検察官による控訴申立ての判断基準を示したものでもなければ、検察官による控訴申立ての国賠法上の違法性判断基準を示したものでもない」
「検察官による控訴申立てが国賠法上違法と評価されるか否かの判断基準についても、公訴提起におけると同様、検察官において、控訴申立て時における各種証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りる」
というものです。

先の最高裁判決にもかかわらず、法の番人である検察が、「最高裁が何と言おうと、俺たちは俺たちのルール=起訴と同じスタンダードで控訴するし、それが法令違反だとは考えてない」というのが、私の国賠審での国側の主張です。

野球の例で言えば、アンパイアがストライクゾーンを狭くするよと言っているにもかかわらず、「そんなことは知ったこっちゃない。俺は俺のストライクゾーンがあるから、それに従って投げるまでだっつーの。それのどこが悪いんじゃ!」と開き直っているということです。

控訴違法に関する私の代理人チームの主張が、原告第10準備書面として提出されました。
ここをクリック→ 原告第10準備書面

先日2月8日の第9回口頭弁論で、この準備書面に対する被告の主張は「反論の必要なし」というものでした。「それって「反論できない」だろ」と出廷していた私は、代理人チームの先生方と思わず顔を見合わせて苦笑してしまいました。

検察が有罪になる可能性のない控訴をしてもいいというのは、どうみても国家権力による個人の人権の蹂躙です。これが違法ではないとは、一体全体どうしたらそういう主張ができるのでしょうか。またそうした控訴を許すことは、税金を湯水のように使っている検察による税金の無駄遣いを看過すること以外の何物でもありません。

誰しもが刑事被告人になる可能性がある社会で、検察のこのような控訴の判断を許すことは、国民全体の不利益です。もし「自分だけは刑事被告人になることはない」と思われても(それは、自分の経験から大きな間違いだと思いますが)、税金の無駄遣いがこのようになされているということはご理解頂ければと思います。

今後の刑事司法改革の前進を阻む大きな禍根を残さないよう、私の代理人チームは使命感を持って臨んでいます。是非とも変わらぬご支援をお願いします。

(注1)
刑事訴訟法第382条
「事実の誤認があってその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実であって明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。」

(注2)
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2/15/2016










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2016/02/15 Mon. 02:05 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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