「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (534) 「私の国賠審は、国民全体の利益のためにあると考えています」 4/14/2016 

#検察なう (534) 「私の国賠審は、国民全体の利益のためにあると考えています」 4/14/2016

先日、私の国賠審の第10回口頭弁論が行われました。佳境を迎えた私の国賠審の状況をアップデートさせて頂きます。

我々原告の主張は、国税局のリーク違法、告発違法、そして検察の起訴違法、控訴違法です。私は当事者の感覚として、国税局と検察は、私の無実を知りながら引き返すことなくそれらのアクションを起こしたと理解しています。捜査権力によるアクションの段階が進めば進むほど、本来、真実に近づくはずであり、それと逆のアクションを取っている以上、違法性の度合いは強まっていると言うことができます。

その最たる控訴違法に焦点を当てて、代理人チームのメンバーである郷原信郎氏が、彼のブログで的確な論評をしています。インターネット新聞のハフィントン・ポストに転載され大拡散しているブログを是非、ご一読下さい。

ここをクリック→ 「八田氏国賠訴訟、「控訴違法」で窮地に追い込まれた国・検察」

重要なポイントは、検察の控訴が、平成24年の最高裁判例(注)に反しているという点です。

平成24年の最高裁判例では、控訴できるストライク・ゾーンをかなり狭めています。その判例では、控訴する場合には、一審判決が「論理則・経験則違背である場合に限る」としています。言葉は難しいのですが簡単に言えば、一審判決が、一般常識に照らして誰が考えてもおかしいという場合以外は控訴できず、控訴する場合には、どこが一般常識に反しているかを具体的に示さなければならないというものです。

ところが、検察はそうした要件を全く満たさない控訴を行ったゆえに、控訴審では完全に門前払いされ、控訴審第1回公判はわずか6分で結審し、次回期日で私の一審無罪判決が維持されました。

こうした控訴が違法であるという原告の主張に対し、被告である国の主張は、それはあくまで裁判所のストライク・ゾーンであって、検察のストライク・ゾーンは違ってもいい、検察は起訴と同じストライク・ゾーンで控訴してもいいのだというものです。つまり、より広いストライク・ゾーンで控訴しているということは、初めから有罪になるということを期待できなくても、彼らが主観的に怪しいと思えば控訴していいという主張です。

なぜ検察の代理人である国は、このようなとんでもない主張をしているのでしょうか。そこには、国賠審では国が必ず勝つという状況を利して、検察が横車を押そうという意図が透けて見えます。

私の国賠審代理人チームには元裁判官の森炎弁護士が加わっていますが、彼は私に「国を負かして、個人を勝たせようなんて考える裁判官は一人もいませんよ」と言っています。元裁判官だけに重みのある言葉です。そのようにレフリーがアンフェアである上に、国の賠償責任を定めた法律も、国が「違法行為を行った場合のみ」賠償責任が生じるというアンフェアなものです。

国賠審で個人が国に対して勝つことは、不可能に近いほどハードルは高いとされますが、検察はそれを利用しようとしています。それは、平成24年の最高裁判例を気に食わない検察が、この国賠審を利用して、最高裁判例を骨抜きにしようという目論見です。

ここで私が負け、それが判例となれば、検察はフリーハンドで控訴できることになります。それは今後、国民全体に多大なる不利益となることは言うまでもないことです。それを阻止するため、私の代理人チームは使命感を持って臨んでいます。

今後、裁判官がどのような判断をするか、是非ともご注目頂き、引き続きご支援のほどをお願いします。

(注)
ここをクリック→ #検察なう (318) 「「チョコレート缶事件」と論理則・経験則違背」

4/14/2016
















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2016/04/14 Thu. 01:09 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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#検察なう (532) 「大詰めを迎えた国賠審 Part2~控訴違法に関する国側の言い分を認めることは国民全体の不利益」 2/15/2016 

#検察なう (532) 「大詰めを迎えた国賠審 Part2~控訴違法に関する国側の言い分を認めることは国民全体の不利益」 2/15/2016

海外から中世並みと揶揄される日本の刑事司法には、問題が山積しています。その中で、私がもしフリーハンドで何か一つ改革できるとすれば、私が選ぶのは検察上訴権の廃止です。

ここをクリック→ #検察なう (267) 「刑事司法改革のためにすべきこと」

先進諸外国では、「二重の危険」を招くとして認められていない検察官控訴(一審無罪判決に対する控訴)がなぜか日本では認められています。

私の刑事裁判でも、一審無罪判決(3/1/2013)に対して検察は破廉恥にも控訴しています。それにより翌年の無罪確定(2/14/2014)まで、更に精神的苦痛が延長したことは言うまでもありません。その検察官控訴のあり方に関して、私は自分の国賠審を通して、検察の指定代理人である東京法務局訴訟部の主張を注視してきました。

それは、あまりにもとんでもないものであり、彼らの主張が通るようであれば、私個人の問題ではなく、日本国民全体の不利益になるとすら感じる不合理さです。

説明させて頂きます。

本来、刑事裁判においては一審中心主義が取られています。刑事裁判の控訴審が事後審であることから、直接主義・口頭主義を一審において徹底させるために第一審の審理にエネルギーを割くべきだという考え方です。

事後審においては、審理の対象は事件の事実認定ではなく、あくまで下級審の判決そのものであり、審理をイチから「やり直し」をするものではありません。そして原判決が誤りであるという控訴理由は厳しく限定されています。その控訴理由の一つが「事実認定の誤り」ですが、その場合の取り決めが、刑事訴訟法第382条(注1)にあります。

素人的には当初、イチから審理し直して事実認定をし、原判決と違う結論を導き出すことと、原判決の事実認定が誤りであると指摘することには大差がないように感じたものですが、それは大違いなんだよ、と最高裁が判じたのが「チョコレート缶事件」(注2)と呼ばれる事件の判決でした。この最高裁第一小法廷平成24年2月13日判決の意義は、刑訴法第382条の事実誤認の定義を明らかにしたものです。

その判決にはこうあります。
「控訴審が第一審判決に事実誤認があるというためには、第一審判決の事実誤認が論理則、経験則に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである」

つまり、「原判決が間違っている!」と言うからには、その判決のどの部分が不合理であるかを具体的に示す必要があり、その不合理というハードルが「論理則・経験則違背」という非常に高いハードルだということです。

ぶっちゃけて言えば、一審の判決を読んで一般常識からして誰が考えても「そりゃおかしいだろう」というものだけが事実認定に誤りがあるとしたのがその最高裁判決です。

野球で言えば、打たれたピッチャーにもう一度チャンスをやるからには、ストライクゾーンを狭くするよと言っているようなものです。審判はその狭いストライクゾーンじゃないとストライクを取らないと宣言したのが、チョコレート缶事件での最高裁判決でした。

そこでは、反対仮説を完全消去できているかを検討し論証せよ、ということでもあると考えます。判決は、シロないしクロをサポートする両方の証拠を基に判断されている以上、その一方の証拠だけを持ち出したのみで、反対仮説を完全消去する論証ができていない場合、原判決が間違っているという主張は誤りです。

しかも、その判決はこうも言っています。
「第一審判決に事実誤認があるとした原判断には刑訴法第382条の解釈適用を誤った違法がある」

つまり、不合理であることを具体的に示せという要請は、単なる事実上の要請に止まるものではなく、法的要請なのであり、この要請に応じないことが法令違反、刑訴法第382条違反となることをはっきり述べています。それに従わないことは法に触れるとまで強く言っています。

私の国賠審において控訴違法は争点の一つですが、それに関する彼らの主張は、
「平成24年最高裁判決は刑事事件における控訴審の審査の在り方を示したものであり、検察官による控訴申立ての判断基準を示したものでもなければ、検察官による控訴申立ての国賠法上の違法性判断基準を示したものでもない」
「検察官による控訴申立てが国賠法上違法と評価されるか否かの判断基準についても、公訴提起におけると同様、検察官において、控訴申立て時における各種証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りる」
というものです。

先の最高裁判決にもかかわらず、法の番人である検察が、「最高裁が何と言おうと、俺たちは俺たちのルール=起訴と同じスタンダードで控訴するし、それが法令違反だとは考えてない」というのが、私の国賠審での国側の主張です。

野球の例で言えば、アンパイアがストライクゾーンを狭くするよと言っているにもかかわらず、「そんなことは知ったこっちゃない。俺は俺のストライクゾーンがあるから、それに従って投げるまでだっつーの。それのどこが悪いんじゃ!」と開き直っているということです。

控訴違法に関する私の代理人チームの主張が、原告第10準備書面として提出されました。
ここをクリック→ 原告第10準備書面

先日2月8日の第9回口頭弁論で、この準備書面に対する被告の主張は「反論の必要なし」というものでした。「それって「反論できない」だろ」と出廷していた私は、代理人チームの先生方と思わず顔を見合わせて苦笑してしまいました。

検察が有罪になる可能性のない控訴をしてもいいというのは、どうみても国家権力による個人の人権の蹂躙です。これが違法ではないとは、一体全体どうしたらそういう主張ができるのでしょうか。またそうした控訴を許すことは、税金を湯水のように使っている検察による税金の無駄遣いを看過すること以外の何物でもありません。

誰しもが刑事被告人になる可能性がある社会で、検察のこのような控訴の判断を許すことは、国民全体の不利益です。もし「自分だけは刑事被告人になることはない」と思われても(それは、自分の経験から大きな間違いだと思いますが)、税金の無駄遣いがこのようになされているということはご理解頂ければと思います。

今後の刑事司法改革の前進を阻む大きな禍根を残さないよう、私の代理人チームは使命感を持って臨んでいます。是非とも変わらぬご支援をお願いします。

(注1)
刑事訴訟法第382条
「事実の誤認があってその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実であって明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。」

(注2)
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2/15/2016










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2016/02/15 Mon. 02:05 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (531) 「大詰めを迎えた国賠審 Part1 ~これまでの流れ」 2/13/2016 

#検察なう (531) 「大詰めを迎えた国賠審 Part1 ~これまでの流れ」 2/13/2016

先日2月8日、私の国賠審の第9回口頭弁論が行われました。2014年7月に始まった私の国賠審も1年半を経て、大詰めを迎えています。

まず、これまでの流れをおさらいします。

国賠審のハードルが相当高いことはこれまでも述べてきたことです。2008年12月の強制捜査から2014年2月の無罪確定まで、5年以上の長きに亘って、精神的苦痛にさらされ、その後も再就職の道を絶たれて多大な経済的損失をこうむっても、「無罪になったからいいじゃないか」というのが国のスタンスです。

個人間では無過失補償が認められても、国が相手となると、「国が違法なことをした場合のみ」補償が認められるという非常に厳しい条件が加えられます。私に対する捜査、告発、起訴、控訴が「違法であった」ということを裁判所に認めてもらおうというのが、私の国賠審です。

査察部、特捜部でそれぞれ100時間を越える取調べを経て、証拠がないことを分かっていながら「マルサが告発して、特捜が起訴をすれば有罪率100%」という奢りから行われた告発、起訴、控訴が公訴権濫用であり、人権を著しく侵害する違法行為であることは、火を見るより明らかなのですが、その「国の役人の違法行為」を同じ国の役人である裁判官が認定するかどうかということがキモになっています。

日本の刑事裁判の有罪率は99.9%を越えていますが、この数字が異常とまでは言えない理由に、起訴便宜主義が挙げられます(勿論、検察は彼らが優秀であることを最大の理由にしたいところでしょうが)。犯罪の嫌疑があっても、検察が訴追を必要としないと判断する場合には、公訴を提起しなくてもよいとするのが「起訴便宜主義」です。それに対し、検察官に裁量を認めず、嫌疑があれば全て公訴提起をさせることは「起訴法定主義」と呼ばれます。

日本においては、諸外国に比して、起訴便宜主義が徹底され、かなりの事案を「嫌疑はあっても、起訴・処罰の必要なし」とする起訴猶予として処分しています。

平成27年度の犯罪白書によれば、平成26年における検察庁新規受理人数123.8万人のうち、起訴猶予は70.1万人と57%もの対象者を嫌疑はあっても、起訴しないとしています(注)。

刑事裁判の有罪率の高さの理由は、このように検察が事件を厳選して起訴しているためと一般に説明されます。

私の国賠審での、告発違法、起訴違法、控訴違法の主張に対し、被告である国は、「有罪とするに足る証拠があろうがなかろうが、自分たちが怪しいと思ったから告発した。怪しいと思ったから起訴した。一審無罪でも、依然怪しいと思ったから控訴した。それは適法だ」と主張しています。

起訴違法に関する国の主張は、起訴法定主義のシステムであればある程度納得もいくものですが、散々、起訴便宜主義の下で、厳選したものを起訴しているのだから、起訴した以上は必ず有罪にすべしという暗黙のプレッシャーを裁判所に与えておきながら、この期に及んで「怪しいと思ったから起訴して何が悪いんだ」というのは、完全にダブル・スタンダードです。全国の裁判官の方々は、是非、この国の主張を肝に銘じて、起訴された被告人を有罪推定することは慎んでほしいと思います。

更に由々しいと思われるのが、控訴違法に対する国の主張です。次回ブログでは、それにフォーカスしてみたいと思います。

(注)
ここをクリック→ 法務省HP 「平成27年版犯罪白書のあらまし」

ここをクリック→ p.8 「犯罪者の処遇」

2/13/2016









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2016/02/13 Sat. 02:54 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (501) 「「思い込み」の検証~国賠審原告第5準備書面より」 9/24/2015 

#検察なう (501) 「「思い込み」の検証~国賠審原告第5準備書面より」 9/24/2015

私が過少申告となったのは、給与所得の所得税は会社が天引きしているという「サラリーマンの常識」を過信したからですが、前回ブログでは、会社が源泉徴収していなかったことの問題点を議論しました(注1)。捜査当局は、その問題点を重々理解していながら、会社側の責任を不問に付し、私個人を糾弾したものです。

刑事裁判において、捜査当局が私を有罪にするためには、私が思い込みをしていたという主張は嘘であるという立証が必要でした。無罪判決は、それが証拠上不合理だと、裁判所が捜査当局の無理筋捜査を一刀両断にしたものです。国賠審では、更に踏み込んで、そもそも告発・起訴に有罪を期待するだけの合理的根拠はなかったということが、我々原告側の主張になります。

先日私の代理人チームが提出した第5準備書面では、検察が公判に提出した証拠を丹念に分析し、それらはどこをどうひっくり返してもあまりにショボい証拠であり、これで有罪を期待するのは不合理極まりないという主張がなされました。

ここをクリック→ 原告第5準備書面

一読して頂ければ、いかに告発・起訴が客観的合理性に欠けるかということがお分かり頂けるものですが、特に読んで頂きたいのが、p.15以降の「原告の供述「この文章を読んで私が思い込みをしたのではない」」という最後の章です。重要部分を引用します。

(以下引用)
「本件刑事事件においては、原告の思い込み(「株式報酬も源泉徴収されている」)の真実性を強く窺わせる無罪方向の証拠や客観的状況が多々あった。

そして何よりも、原告(被疑者)の主任検事に対する次の供述が、その真実性を端的に示している。

東京地検五反田分室における主任検事の取り調べにおいて、誤解を招くメール(注:株式売却代金入金の詳細について知らせるものに「源泉徴収税がある場合には会社に送金され、残高があなたの口座に残ります」という記述があった)について、原告(被疑者)は、次のように吐露している。すなわち、「読んだはずです」としながら、「この文章を読んで私が思い込みをしていたということではない」「この文章を読んで株式報酬に関しても源泉徴収されているということを理解したというものであれば、それは知識であり、思い込みというほど強いものではなかったのではないでしょうか」と。

まさに、真実思い込みをしていた者ならではの表白である。主任検事は、この供述を聞いた瞬間、原告が心底思い込みをしていることを悟ったに違いないのである。だから、無辜と知りつつ、起訴した疑いが極めて強い。
(引用以上)

今回提出の一連の準備書面は、元判事の森炎弁護士が起案したと聞いています。この特捜部取調べでの私の供述は、私本人ですら刑事裁判の際に気付いていなかった証拠でした。裁判官らしい視点、見解だと感じました。

準備書面は以下のように結んでいます。

(以下引用)
われわれ、代理人5名が本件国家賠償請求を提起したのは、本件刑事事件の記録を検討して、有罪判決を期待し得るだけの合理的根拠が存在していなかったことを確信したからではない。そう確信したのみならず、記録上、主任検事が原告(被疑者)の思い込みを知っていたことを証拠評価において確信したからである。原告代理人5名は、弁護士の中では、間違いなく、検察庁なかんずく東京地検特捜部に対して敬意と期待を抱いている方の部類に入るはずである。それでも、なお国家賠償請求を提起した理由は上記の点にある。

御庁におかれては、記録の精査、各証拠の分析、供述証拠の評価等々の実務能力は、われわれ、原告代理人5名よりも上回るのであるから、上記の点について見通せないはずはないと思われるが、願わくば、今後の審理において、ただ「有罪判決を期待し得るだけの合理的根拠が存在していたか否か」というだけでなく、主任検事が「原告(被疑者)が心底思い込みをしていることを知っていた」という観点から証拠を分析評価していただくことを切に希望する。

刑事裁判所においても、「本件では、被告人が過少申告の認識を有していなかったと解する方が自然である」と、その無辜性が、つとに強調されているところである。
(引用以上)

私は、国税局査察官、東京地検特捜部検事は私の無実を知りながら告発・起訴したと確信しています。それは当事者の感覚ですが、それが真実である以上、証拠に明らかになるということを代理人チームは証明してくれました。あとはその証拠を裁判官が見て見ぬ振りをするのかどうかだけです。是非、今後の展開にご注目下さい。

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (500) 「会社の源泉徴収義務再考~原告第4準備書面提出」

9/24/2015












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2015/09/24 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (500) 「会社の源泉徴収義務再考~原告第4準備書面提出」 9/21/2015 

#検察なう (500) 「会社の源泉徴収義務再考~原告第4準備書面提出」 9/21/2015

私の国賠審は粛々と進み、来る9月28日に第7回口頭弁論が開かれます。それに先立ち、私の代理人チームはその主張を記した準備書面を提出しました。しかも第4~第7準備書面を一気に提出という気合いの入れようです。やはり真実を味方にしているという強みがあるというのはいいものです。刑事裁判では私もフル稼働しましたが、国賠審は重量級代理人チームに全権委任しており、思う存分彼らの実力を発揮してほしいと考えています。

提出した準備書面の一つに、会社の源泉徴収義務についての議論がありました。会社に源泉徴収義務があったのではないかという点に関しては、私も以前、ブログで取り扱っています。

ここをクリック→ #検察なう (321) 「そもそも会社に源泉徴収義務はなかったのか」

税務調査開始当初から、私は過少申告に関しては、自分の税務に関する認識不足・知識不足による過失であり、自分の責任であるとしていました。そして、国税局が主張する「私がわざとやった」という故意に関しては、事実とは異なり、所得税法違反という犯罪自体が存在しないと主張しました。そこでは私は、責任を他人に転嫁するつもりは毛頭ありませんでした。

しかし、私が刑事告発されると、会社は「適正な指導をしていた」と責任回避を図り、税務調査対象者約300人のうち約100人が私と同じ株式報酬の無申告でありながら、その責任を社員に押し付けたものです。

刑事告発後、検察特捜部の取調べが始まっても、私は会社が悪いという主張を一切していません。私を無実の罪に陥れようとするのは、国税局・検察という捜査権力であり、彼らと対峙しなければ活路は見出せないと理解していたからです。会社がしたような責任のなすりつけ合いこそが、捜査権力の思うつぼだと考えました。

結局裁判では、会社も自らその責任の一端を認め、「会社は指導していない。なぜなら会社にその義務はないから」としました。裁判の流れが大きく変わった瞬間でした。

ここをクリック→ #検察なう (147) 「第三回公判報告 検察の主張崩れる!」

しかしそれでも、会社はオフィシャルに源泉徴収義務があったと非を認めたわけではありませんでした。証人に立った法務・コンプライアンス本部長が「会社は源泉徴収すべきだと思った」とあくまで個人的見解を述べたまでです。

この会社の源泉徴収義務に関し、法律のプロである代理人チームの主張を、準備書面から拾ってみます。

準備書面では、租税刑法における誤信の扱いを過去の判例と照らし合わせた後、次のように述べます。

(以下引用)
株式報酬の法的性質は、雇用契約上の対価として支払われる「賞与」であることは疑いないところ、上記の見解(注:会社には源泉徴収義務はないとする見解)には少なからぬ問題があった。すなわち、雇用者とは別の法人格の外国法人が労務の対価を支払っているとすれば、その取扱いの根拠が問題とならざるを得ない。労働法その他関係法令上、雇用者ではない別法人(外国法人)が賞与を支払うという事態が適法視されるためには、法技術的には、その別法人が雇用者から委託を受けて賞与の支払い事務を行っているという構成を取るほかないとみられる。

しかし、そう構成した場合、別法人たる外国法人は委託を受けて支払い事務を行っているだけで、賞与の支払い主体は日本法人であるということになる(と言うより、ならざるを得ない)。反面、それだけ、賞与の支払い主体である日本法人に源泉徴収義務が生ずることに傾かざるを得ない。
(引用以上)

その後準備書面では、実際に株式報酬を源泉徴収していた二例を取り上げます。一つはドイツ証券、もう一つはゴールドマン・サックス証券です。その違いは、前者は「所轄税務署と協議をしたうえでの解釈」であり、後者は「源泉徴収義務の解釈にとらわれず」「自主的に会社側が源泉徴収」していたというものです。そして非常に重要なのは、これら両社の実状が明らかとなったのは、検察の証拠によるものであることです。それに対し、捜査当局のクレディ・スイス証券に対する調査は、証拠上明らかではありません。

もし捜査当局が、クレディ・スイス証券の源泉徴収義務に関わる捜査をしていないのであれば、それは国賠違法の程度に捜査の懈怠、即ち、なすべき捜査をしていなかったということが言えます。そして、もし捜査をしたのであれば、クレディ・スイス証券に株式報酬の源泉徴収義務や源泉徴収実務について深刻な問題があることに尽き当たったに違いなく、やはり、その上で会社ではなく私個人に責任があるとした捜査には相当慎重さに欠け、その判断には重大な瑕疵があると言えます。

準備書面の結びです。

(以下引用)
翻って、社会的に見た場合、株式報酬制度は、日本の給与源泉徴収制度を知りながら、あえて外国法人が日本法人の頭越しに株式報酬を供与する形を取るものであり、しかも、会社側が、受取口座(株式入庫口座)として外国口座を指定するなど、極めて恣意性の強いものである。

そもそも、国際的に金融証券事業を展開する外資系企業が日本に進出し、勝手に外国法人が頭越しに株式報酬を供与する形にしておいて、「国内において支払をする者」でないからとの理由を持ち出し、日本の所得税法上の源泉徴収義務を回避する(それで日本国に源泉所得税を納めない)のは、日本の租税高権に対する軽視とも言える。

わが国の租税高権を軽視する外資系企業を当然のように不問に付し、日本国民たる個人に矛先を向けるのは、本末転倒、国税・検察の自己矛盾とも思える。それでも、そこで敢えて個人に矛先を向けるのだとすれば、慎重なうえにも慎重な捜査が求められるのは当然である。

本件刑事事件における検察捜査並びに本国国家賠償請求における被告指定代理人の主張は、「甘えの構造」「公権力の庇いあい」の抗弁にすぎないばかりか、日本国としての方向をはき違えたものである。
(引用以上)

ふざけた外資系企業をかばって、日本国民個人に矛先を向けるのは、捜査権力の大いなる勘違いであると糾弾した、力強い主張だと感じます。裁判所がこの「甘えの構造」「公権力の庇いあい」に与するのかどうか、是非ご注目頂ければと思います。

ここをクリック→ 原告第4準備書面


9/21/2015














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2015/09/21 Mon. 01:02 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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