「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (521) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (7) ~風間博子死刑囚の無罪性に関する疑問」 12/10/2015 

#検察なう (521) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (7) ~風間博子死刑囚の無罪性に関する疑問」 12/10/2015

これまで埼玉愛犬家連続殺人事件で死刑判決を受けた2人のうちの一人、風間博子死刑囚の無罪性を検証してきました。

ここをクリック→ #検察なう (512) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (1) ~風間博子死刑囚は殺人犯なのか」

ここをクリック→ #検察なう (513) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (2) ~山崎永幸氏供述の経緯」 

ここをクリック→ #検察なう (516) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (3) ~山崎永幸氏供述の信用性」

ここをクリック→ #検察なう (517) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (4) ~山崎氏が風間博子被告人の公判で無実の証言」

ここをクリック→ #検察なう (518) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (5) ~風間博子死刑囚の無罪性の検証 (1)」

ここをクリック→ #検察なう (519) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (6) ~風間博子死刑囚の無罪性の検証 (2)」

ここまで検証した通り、私は風間博子死刑囚の有罪立証には合理的な疑いが入ると感じていますが、疑問が全くないわけではありません。それは、もし私が裁判員であれば、必ず質問するであろう事柄です。公判の資料を全て閲覧したわけではないので、つぶれた論点かもしれませんが、ここで私の感ずる疑問点をもって、このシリーズは一旦終わりとしたいと思います。

まず、山崎氏に関しても全く同じことが言えるのですが、なぜ関根元死刑囚の殺人行為の事実を知った時に、警察に届けたり、彼から逃げようとしたりしなかったのかという点です。

風間死刑囚が関与したとされる第一の殺人である川崎明男氏殺害後、風間死刑囚は、山崎氏と共に彼所有の車を、「川崎氏が殺害されたことを知った上で」東京駅地下の駐車場に「捨て」に行ったと裁判所に認定されています。

それに対し、風間死刑囚は、車を東京駅地下駐車場に「置き」に行った時に「川崎氏が殺害されていたことは知らなかった」と供述しています。

彼女が川崎氏の殺害を知らされたのは、殺害のあった翌日の午後6時頃、関根死刑囚と山崎氏がペットショップに現れ、関根死刑囚が次のように言ったことによるものだとしています。

「夕べ持っていった車は川崎の車だ。川崎は車庫で山崎に殺らせた。お前も川崎の車を運んだのだから、殺人の共犯だ。お前さえ黙っていれば大丈夫だ。一切何も言うな」

何の事情も知らされず、車の移動を手伝っただけで「殺人の共犯」であることをにわかに信ずることには疑問が生じます。

それ以前から、風間死刑囚は、関根死刑囚のDV、特に彼女の連れ子に対する凄まじい虐待(注)から逃れるべく、離婚し別居していました(裁判所の認定は「税金対策の偽装離婚」)。関根死刑囚から逃れるためには、彼の殺人の事実を警察に届けることが最も有効であると考えなかったのでしょうか。

彼女が関根死刑囚を警察に差し出すチャンスはいつでもあったと思われます。その最大のチャンスは、彼女が関与したとされる第二・第三の遠藤安亘氏・和久井奨氏の殺害の後に訪れます。2人の遺体を車に積み、殺害現場から片品村の死体損壊現場に運搬する途中です。

車は2台。1台を運転していたのは山崎氏。2人の遺体と関根死刑囚を乗せた車を運転していたのは風間死刑囚であったとされます。そして片品村に向かう途中の関越自動車道の沼田インターチェンジで彼らは検問に出遭わせます。

先を走っていた山崎氏はとっさに車を料金所の手前で転回させ、反対車線のランプに合流します。私が、山崎氏の行動に関して一番不審に感じた場面ですが、同じことは風間死刑囚に関しても言えます。まして彼女の運転する車には、遺体という殺人の絶対的証拠があります。なぜ山崎氏の後を追ってその場から逃げ去ったのでしょうか。

その後、片品村に着いてから風間死刑囚は、呆然自失の体で別室にへたり込み死体解体は見てもいないとしていますが、おぞましい死体解体が行われている現場に(その場面を直視していないとしても)居合わせる感覚は理解できないものです。

また私が、異常だと感じ、大きな違和感を持つのは、和久井氏殺害の場面です。風間死刑囚の供述では、第一の川崎氏、第二の遠藤氏の殺害現場には居合わせていないとしていますが、和久井氏殺害の現場は、彼女が運転する車の助手席で絞殺されたとしています。

後部座席に座る関根死刑囚と山崎氏が、助手席に座る和久井氏の首に縄をかけ、「せーの」と声を合わせて引っ張ったと風間死刑囚は供述しています。どこの世の中に、通常の感覚の人間が、自分のすぐそばでまさに人が殺されようとしている時に傍観しているのでしょうか。泣き叫んでもそれを止めようとするのが普通の行動ではないでしょうか。

再審請求の行方も含め、今後もこの事件に注目し、新たな展開があればお伝えしたいと思います。

(注)
一審第96回公判 風間死刑囚の長男の証言
「関根を実の父と思ったことはない。小さい頃からお前は俺の子供じゃないと何回も言われ続け」「ボールペンで腹を刺され、血が少し出たこともあるし、竹刀や木刀でぶたれたり、服を説がされて玄関の外に出され、正座させられて足の上にブロックを乗せられたこともある、機嫌が悪いと頻繁に殴られた、橋の上から飛び降りて自殺しろと言われ、橋の所に連れて行かれたこともあり、すごく怖い人で父親になろうとしている感じはなく、関根との楽しい思い出は何もない」

控訴審第12回公判 風間死刑囚の供述
「離婚を切り出すときは命がけでした」「暴行を受けるかもしれない。しかし、ここで切り出さなければと思い、離婚届にハンを押してもらうことだけを考え、「別れてください。子供の親権は私にください」と言いました」「離婚するときには、私、初めて一生懸命頑張ったんですけど、その後事件に巻き込まれてしまってから、頑張った分が無力感というか敗北感みたいなのを感じてしまって、気持ちがなえてしまったというか、考えることを放棄してしまったというか、そういう感じで、言われるままに何も言わないで生きてきてしまいました」「もう、すごい自分で頑張って離婚できたと思っていたんですけど、それが一瞬で崩れちゃったという感じで、考えようがなくなってしまったという感じだったと思います」

参考文献
『冤罪File』第20号「冤罪疑惑が黙殺され続けた「埼玉愛犬家連続殺人事件」共犯者が被告人の無罪を証言!」 片岡健

『冤罪File』第21号「埼玉愛犬家連続殺人事件 女性死刑囚の子供たちが、知られざる事件の内幕を明かす!「それでも母はやっていない」」 片岡健

『女性死刑囚』 深笛義也

『悪魔を憐れむ歌』 蓮見圭一

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#検察なう (519) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (6) ~ 風間博子死刑囚の無罪性の検証(2)」 12/3/2015 

#検察なう (519) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (6) ~ 風間博子死刑囚の無罪性の検証(2)」 12/3/2015

前回ブログでは、風間死刑囚が関与したとされる第一の殺人に関し、彼女の無罪性を検証しました。

ここをクリック→ #検察なう (518) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (5) ~ 風間博子死刑囚の無罪性の検証(1)」

今回のブログでは、彼女が関与したとされる連続する第二・第三の殺人に関し、彼女の無罪性を検証します。

第二・第三の殺人の犠牲となったのは、関根元(はじめ)死刑囚の用心棒とでも言うべき稲川系高田組組長代行遠藤安亘氏と、その運転手であった和久井奨氏です。遠藤氏は、第一の殺人の川崎氏殺害に気付き、関根死刑囚を強請っていたところ、最後は殺されてしまったものです。

この第二・第三の殺人に関して、判決で採用されたところの山崎氏の供述と、風間死刑囚の供述は大きく食い違っています。それらを並べてみます(以下、敬称略。と書いたところで「死刑囚」が敬称であるのかよく分からんと気付きました)。

<山崎バージョン>

1993年7月21日の夜。山崎は運転手を務め、関根の車が修理中だったため代車のトヨタ・カリーナバンで関根と風間を遠藤宅へ送った。関根と風間が遠藤宅へ入って行くのを、山崎は車の中から見送った。

30分ほどして、遠藤の付き人の和久井が家から出てきて、県道方向に走って行った。風間が出てきて、「代行の具合が悪くなって、救急車を呼んだ」と言う。和久井は救急車を迎えるために行ったのかと、山崎は思う。

続いて出てきた関根は、車を出せ、と山崎に言う。愛人を呼べと遠藤が言っているのだという。戻ってきた和久井が助手席に座り、後ろに関根と風間が乗り、山崎は車を走らせた。しばらくして、和久井が腹を押さえて、「病院に連れて行ってくれ」と呻き始める。和久井は唸りながら、ダッシュボードに足を乗せた。苦しみで脚を突っ張り、ミシッという音とともに、フロントガラスの二ヶ所にヒビが入り、みるみる蜘蛛の巣のように亀裂が広がる。

和久井が動かなくなると、関根と風間は、彼を引きずり出し、荷台に押し込んだ。体の上に、毛布を掛ける。

車は遠藤宅に戻った。3人が入っていくと、遠藤は一階の居間で、仰向けに大の字になって絶命している。3人がかりで遠藤を運び、車の荷台に押し込む。

そして彼らは埼玉県熊谷市万吉にある犬舎に寄り、駐車場に停めてあった風間のマツダ・クレフに分乗した。遺体を積んだカリーナバンに乗ったのは関根と風間、山崎はクレフを運転し、その後遺体を解体することになる群馬県片品村の山崎の家に向かった。

<風間バージョン>

1993年7月21日。午後6時半頃、関根と山崎がペットショップに来た。「遠藤んちに行ってるから、10時頃迎えに来てくれ」と関根が風間に言った。

午後10時半頃、遠藤宅前の路上にクレフを停車し、玄関から「こんばんわ」と声を掛けると、「おう入れよ」と遠藤に呼ばれ、風間は部屋に上がった。遠藤はソファに、関根と山崎は床に座り、和久井は立って動き回っている。

5分ほどして、「気持ち悪い」と遠藤が言って、ソファの背にもたれかかった。関根と和久井が「代行、大丈夫ですか」と声を掛ける。風間の知るところではなかったが、すでに硝酸ストリキニーネを飲まされていたのだ。

1、2分して和久井が玄関から外に出ていき、山崎も続いて出ていく。後で分かったことだが、山崎は、近くに停めたカリーナバンを取りに行ったのだ。遠藤が「水をくれ」と言うと、関根はコップに水を汲んで渡した。

遠藤が落ち着いたようなので、ヤクザの家に長居したくないと思い、「車の中で待っている」と言い置いて、風間はクレフに戻った。

5分くらいすると対向車が来たので、すれ違えるようにと、風間はクレフを動かした。その車はカリーナバンで、見ると運転しているのは山崎だった。山崎は、車を遠藤宅前に停める。

山崎が車で来ているのなら、帰りの足はあるのだから、自分は帰っていい、と風間は思った。関根にそれを伝えようと遠藤宅前に戻ると、関根と山崎が重そうなものを運びながら、出てきた。上には毛布が掛かっている。手伝おうと、荷物の下の真ん中あたりに手を入れると、人の尻と背中の感触があり、風間は「人間の体だ、死体だ」と思った。

カリーナバンの荷台にそれを積み終えると、関根に「おまえが運転しろ」と言われ、わけも分からず、「ハイ」と言って、風間は運転席に乗った。助手席には、背もたれを半分くらい倒して、和久井が寝ているような感じで横たわっている。和久井に続いて外に出た山崎が和久井を拾ったのだろう。関根に車を出せと言われて、風間は車を走らせる。

和久井は「気持ちが悪いから医者に行ってくれ」と言い、「すぐ行くから待っててね」と風間は答えた。

暗い道に入ったところで、3人がバタバタと動き出したので、風間は車を停めようとした。関根が「停めるな」と怒鳴ったので、そのまま車を走らせる。関根の「かかったか」、山崎の「うん」という声がし、「せーの」と2人の声が合わさった。和久井は全身が突っ張るように伸び、脚がダッシュボードの上に乗っかった。突っ張った脚で、フロントガラスに蜘蛛の巣状にひびが広がっていく。風間が見ると、和久井の首にはロープのようなものがかかっていた。

和久井の死体を荷台に移し、遠藤宅に戻った。風間のクレフを拾うためである。「後についてこい」と山崎が言ってクレフに乗り、風間はカリーナバンを運転して片品村に向かった。
(以上)

この2人の供述で大きく食い違っているのは何でしょうか。勿論、風間死刑囚が殺害に関与しているかどうか、殺害方法など重要な相違点がありますが、そのほかに「遠藤氏・和久井氏殺害時に、遠藤氏宅前に車はカリーナバンの1台だけだったか、それともクレフと2台あったか」という点が挙げられます。

それがなぜ重要かと言えば、「殺害時車は1台であり、犬舎にもう1台車を取りに行った」ということは全く不合理だからです。犬舎に向かうまで、カリーナバンに2人の死体を積み、3人が乗っているわけですから、そのまま片品村に向かえばいいだけです。わざわざ犬舎に寄って、もう1台の車を拾う必然性は全くありません。

なぜ不合理にももう1台の車を拾うというストーリーにせざるを得なかったのでしょうか。それは、片品村に向かったのは2台であり、真実は「遠藤宅前から、最初から2台だった」ということだと思われます。

それを裏付ける重要な証拠が、警察官による行動確認捜査日誌です。当時警察は、関根死刑囚に第一の川崎氏殺害の疑いをかけ、万吉にあった犬舎を監視していました。事件当日、2人の捜査官による視認が行われていたのは、午後2時47分から午後11時20分まで。

山崎氏の供述では、遠藤氏宅から、午後11時15分頃、カリーナバンで犬舎に戻り、クレフに分乗したとなっています。捜査官は、犯行現場から戻ってきたカリーナバンを見ることはありませんでした。もしそれがわずかな時間の差で、捜査官が引き揚げた後だったとしても、更に重要なことは、捜査官はその日、犬舎の駐車場にクレフがあったという事実を一度も確認していないことです。もし山崎氏供述が正しければ、昼頃からずっと駐車場にクレフがあったはずにもかかわらず。

風間死刑囚の供述では、当日の昼間、クレフは犬舎の駐車場ではなく、ペットショップの駐車場に停めていました。そして夜に一旦クレフで自宅に戻った後、遠藤氏宅に向かったとしています。それであれば、捜査官が犬舎の駐車場でクレフを見ていないとしても何ら不思議はありません。

この事実を争う重要部分について、判決では以下のようになっています。

「当日の万吉犬舎に対する監視は、概ね万吉犬舎から離れた定点から被告人らに気付かれないようにしつつ行われていたのであって、犬舎周辺の空き地等も含め隈無く監視しそこに生起ないし存在した事象の全てを把握しかつこれを右日誌に記載していたとはいい難い」

つまりクレフが視認されていないのは、捜査官の見落としだとしているのです。

行動確認捜査日誌には、人物の出入りの記載に伴って、服の縞模様やヒゲ、メガネなどの細かなことまで書き込まれています。それでいて、クレフを見落としていたというのはあまりにも不自然です。

事件当時、約120メートルの距離にある監視地点から、犬舎駐車場までは田畑ばかりで、見晴しはよかったとされています。風間死刑囚による再審請求に際し、新証拠として提出されたのは、航空写真や動画によって、犬舎駐車場周辺がどれだけ見通しのよい場所にあったかということを実証するDVDでした。

それでも結論ありきで、捜査官の見落としという主張を裁判所は固持するのでしょうか。今後の展開に注目したいと思います。

参考文献
『冤罪File』第20号「冤罪疑惑が黙殺され続けた「埼玉愛犬家連続殺人事件」共犯者が被告人の無罪を証言!」 片岡健

『冤罪File』第21号「埼玉愛犬家連続殺人事件 女性死刑囚の子供たちが、知られざる事件の内幕を明かす!「それでも母はやっていない」」 片岡健

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2015/12/03 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (518) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (5) ~ 風間博子死刑囚の無罪性の検証(1)」 11/26/2015 

#検察なう (518) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (5) ~ 風間博子死刑囚の無罪性の検証(1)」 11/26/2015

2012年1月15日、風間死刑囚は、さいたま地方裁判所に対して再審請求を行いました。無罪獲得に向けて、弁護団、支援者共々奮闘しています。

言うまでもなく彼らの闘いは容易ではありません。これまで述べてきたように、風間死刑囚を殺人に関して有罪だとする根拠は、山崎氏の供述しかありません。通常の感覚であれば、その供述に信用性がないことを立証すればいいということになります。

彼女の一審、控訴審に出廷した山崎氏は、調書は検事の作文であり、彼女は無罪だと思うと明言しています。取調べ時の供述は真実ではないということを、その供述を行った本人が認めているわけです。これ以上、供述の信用性を揺るがす事実はないと思いますが、裁判所はそれでも死刑の判決を下しました。

再審への道を開くには、本人が自ら信用性がないと認めた供述に対して、改めて信用性がないと立証しなければならないということです。

裁判官を動かすには、無罪を客観的証拠で立証しなければならないということなのだと思います。勿論、(白鳥決定が判示するように、再審においても)被告人に立証責任がないことは言うまでもないことですが、残念ながら実際の運用は、被告人に無罪立証の責任を課しているということを私も自らの経験から痛いほど理解しています。

ここでは、風間死刑囚の無罪性を積極的に示唆する事柄を拾ってみます。それら論点は確定判決に至るまでに議論され、裁判官に無視された(「無視」という言葉が適当でなければ、無理やりこじつけの論法で却下された)ものです。

風間死刑囚は3人の殺害に関与されたとされています(4人目の殺害に関しては関根死刑囚の単独犯行という認定)。

まず一人目の川崎明男氏殺害に関しては、次の2点から無実である方が合理的であると考えます。

川崎氏が殺害された翌日の昼頃、前夜夫が帰宅しないため眠れぬ夜を過ごした彼の妻は、ペットショップに電話をかけました。彼女は、夫が心当たりのどこにも姿を見せていないことから、このところ続いていた犬のキャンセル話(川崎氏は、数十万円程度の価値しかないローデシアン・リッジバックを騙されて1千万円以上で買わされていました)によるもつれが、夫が帰宅しなかったことと関係があるのではないか、関根死刑囚が何らかの関与をしているのではないかと疑い、電話をしてきたものです。

風間死刑囚はその日は午前10時頃からペットショップに出勤していました(その前の晩、彼女は山崎氏と共に川崎氏の車を東京駅の地下駐車場に「置き」に行っています。判決では「捨て」に行ったとなっていますが、その違いは言葉以上のものがあります)。そして川崎氏の妻に関根死刑囚の居場所を尋ねられ、すぐに群馬県片品村の山崎氏宅の電話番号と住所を教えています。山崎氏宅は、風間・関根死刑囚の離婚後、関根死刑囚が一緒に住んでいたところであり、川崎氏の殺害に際してはその遺体の解体が行われた場所です。

その時点で、もし風間死刑囚が川崎氏の殺害に関与していたならば、事前に遺体解体が完了していないことを確認せずに、遺体の解体が行われている現場を教えることはありえません。それがまず1点。

次に、川崎氏の殺害当日風間死刑囚は、川崎氏とは別の顧客から発注のあったローデシアン・リッジバックの代金を、輸入元のアメリカの業者に送金しています。それ以前に川崎氏が購入し未輸入のローデシアン・リッジバックの代金は、その業者に送金済みです。もし風間死刑囚が川崎氏殺害を知っていたのであれば、川崎氏に犬を引き渡す必要はないため、川崎氏のものとして発注した犬をその顧客に回せばいいだけです。この新たな発注・送金の事実は、風間死刑囚が川崎氏の殺害を知らなかったことを如実に裏付ける事実だと思われます。

第二・第三の殺害の関与に関しては、次回以降のブログで述べたいと思います。

参考文献
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2015/11/26 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (517) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (4) ~ 山崎氏が風間博子被告人の公判で無実の証言」 11/23/2015 

#検察なう (517) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (4) ~ 山崎氏が風間博子被告人の公判で無実の証言」 11/23/2015

埼玉愛犬家連続殺人事件は、複数の人間が殺害されながら物証はほとんどないという、捜査は困難を極めた事件です。殺害及び死体損壊・遺棄に関与する共犯者は三人。客観的事実を裏付ける物証が存在しないため、事件の有罪立証は共犯者のいずれかの証言に頼らざるを得ないという状況の下で公判は進行し判決が下されました。三人のうち最も動機が弱いと裁判官が判断したであろう山崎永幸氏の証言を元に、関根元(はじめ)死刑囚と風間博子死刑囚の有罪の立証がなされました。しかし、山崎氏の証言の信用性は、実際には極めて低いと考えられるということをこれまでのブログで述べてきました。

ここをクリック→ #検察なう (513) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (2) ~ 山崎永幸氏供述の経緯」

ここをクリック→ #検察なう (516) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (3) ~ 山崎氏供述の信用性」

そして、検察の取調べ段階では、風間死刑囚の殺害関与を供述しながら、驚くことに山崎氏は彼女の公判では彼女の無実の証言をしています。

風間死刑囚を被告人とする一審において、検察側証人として呼ばれているにもかかわらず、以下の証言をします。

弁護人 「もう一度聞きますが、川崎氏殺害事件に関して、風間被告人が車の運搬だけを認めて、殺人、死体損壊・遺棄については、自分はしていませんと、この裁判で言っているのです。その主張について、どう思いますか」

山崎  「本人が言ってんだから、間違いないでしょう。本人が言ってんだから、それで合ってるでしょう」

弁護人 「遠藤さん、和久井さんの方の事件...」

山崎  「私は、博子さんは無罪だと思います。言いたいことは、それだけです。」

そして風間死刑囚を被告人とする控訴審でも、山崎氏は一審同様風間死刑囚の無実を主張しました。

山崎  「人も殺してないのに何で死刑判決が出るの」

弁護人 「浦和の裁判所で話すことができなかった中身は今話せますか?」

山崎  「今話したらめちゃくちゃになります」
「何で博子がここにいんのですよ、問題は。殺人事件も何もやってないのに何でこの場にいるかですよ。それで釈放しないのはおかしいですよ。俺が出てるんだから。もうこの裁判は、そこから根本がおかしいですよ。」
「人を殺せる人かどうか、顔を見れば分かるでしょう。」

それら証言を裁判所は、なんと不合理であり信用性に欠けると一顧だにしませんでした。

風間死刑囚には殺害関与の物的証拠もなければ、自白もありません。殺人の有罪の根拠とされたのは、関根死刑囚・山崎氏という共犯者の証言だけです。それも、関根死刑囚は警察の取調べの初期段階では風間死刑囚の関与について何も述べてはいませんでしたが、その途中から彼女を主犯とする供述を始めています。一方、山崎氏は取り調べ段階では関根死刑囚と共に風間死刑囚を事件の主犯としていたのですが、風間死刑囚の公判では彼女の殺害関与を否定する証言を始めました。そしてその証言はその後一貫して変わっていません。つまり、風間死刑囚の場合、何らの証拠もなく死刑判決を下されているというのが実情ではないかと疑われるケースです。

しかも重要なことは山崎氏にとってみて風間死刑囚を擁護する理由は全くないということです。それどころかむしろ、風間死刑囚は第二、第三の殺人では、山崎氏が殺害の実行犯だと証言しています。自分を殺人犯だとする人間の足を引っ張るのであればまだしも、その人間を擁護するというのはよほどのことだと考えられます。

風間死刑囚の一審最終弁論で弁護人は、山崎氏について、捜査段階では最小限度の刑事責任を負って切り抜けるため、自分の罪を風間死刑囚にかぶせるような供述をしたのだと主張しました。そして、そんな山崎氏が公判で風間死刑囚のことを無実だと証言したのは「ぎりぎりの良心」だったのだという見解を述べています。

日本の刑事司法では、公の開かれた場である公判での証言よりも、密室で検察官の作成した調書の方が信用されるという素人には到底理解できない決めごとがあります。やはり裁判所が直接取り調べた証拠のみを事実認定の基礎とする直接主義や、審理の際当事者及び裁判所の訴訟行為は口頭で行われなければならないという口頭主義を徹底し、結果、公判での証言を重視するという方向にあるべきなのではないでしょうか。

風間死刑囚は、司法取引や調書至上主義の犠牲になったのではないかと考えています。

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2015/11/23 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (516) 「埼玉愛犬家連続殺人事件(3)~山崎氏供述の信用性」 11/19/2015 

#検察なう (516) 「埼玉愛犬家連続殺人事件(3)~山崎氏供述の信用性」 11/19/2015

これまでのブログで述べたように、山崎永幸氏が供述をする経緯には、その信用性を疑問視するだけの重大な問題があるように伺えます。

ここをクリック→ #検察なう (513) 「埼玉愛犬家連続殺人事件(2)~山崎永幸氏供述の経緯」

裁判官はこうした事情を知りながらも、なぜ山崎氏の供述を信じるに至ったか。勿論、検察の主張を追認しただけという可能性もあります。彼の供述がなければ、事件全体の立件自体怪しくなるという事情から、「闇司法取引」を暗黙したという可能性もあるでしょう。

しかし私が考えるのは、裁判官は、山崎氏が殺害に関与したとするには共犯者3人の中で一番動機が弱いと考えたのだと思います。殺害の動機が弱い=虚偽供述の可能性が低いと考えたということです。

山崎氏の警察や検察での取調べの態度、あるいはその後の公判での態度を見ると、とても『冷たい熱帯魚』で吹越満氏が演じたような気弱な人物でないことは明らかです。彼自身(あるいはゴーストライター)の書いた事件に関する本の中でも、「死体遺棄は脅かされ、恐怖の中で手伝ってしまった」と書かれていますが、彼の人物像を伺い知る限りそれはないだろうと感じます。

そうであればこそ、山崎氏が殺害に関与したとなると、能動的な動機が必要であり、それは考えにくいと裁判官が考えたからこそ、彼の供述を採用したのだと思われます。

殺人の動機には一般的に、怨恨、金銭目的、愉快犯とありますが、関根元死刑囚、風間博子死刑囚には、金銭目的の動機が考えられるものの、山崎氏が殺しを手伝った報酬を受け取った形跡がなかったことから(勿論、怨恨や愉快犯でもないことから)、動機がないと考えたものだと思います。これが私にとって事件が不可解である一つの大きな要素です。

山崎氏の供述の概要は、彼自身の名前で書かれた本や、内容の全く同じであるゴーストライターが書いた本で伺うことができます(但し、後に公判で否定した箇所あり)。それらは、一読して一般人ではなく文章を書くことに手慣れた人間によって書かれた文章であることが分かります。そしてそのディテールがかなりフィクション交じりであると感じざるを得ないのは、それがあまりにも非現実的だからです。

(死体損壊に際し)「博子はTシャツと派手な花柄のスパッツに着替えていた。普段は地味な格好をしている博子だが、水商売の女でも履かないような派手なラメ入りのサンダルを履いている」「その時、久しぶりに博子の声を聞いた。正確に言うと、それは鼻歌だった。まな板の上で忙しく人肉を刻みながら、博子は鼻歌を歌っていた」(『悪魔を憐れむ歌』より)

勿論、殺人者の心理は常人には伺い知れないものがあるにしろ、普段全く地味な格好の風間死刑囚が、死体損壊の際してのみ「花柄のスパッツ、ラメ入りのサンダル」に着替えるなどや、人肉を刻みながら鼻歌を歌うなどということは、ドラマ性を高めるため筆が滑ったとしか考えられないものです。

それと比較してこちらはどうでしょうか。

「車を走らせていたところ、関根と山崎が「掛かったか。」などと言いながら和久井の首に紐のような物を掛けて、二人で何度も「せえの。」などと声を掛けながら引っ張り合っていた。」(風間博子供述)

裁判所は、第三の殺人である和久井奨氏(遠藤安亘氏の運転手、関根死刑囚や山崎氏は彼の名前すら知らず「あんちゃんこ」と呼んでいた)殺害に関する風間博子死刑囚の証言を、「人を殺害する際に「せえの。」などと声を掛けることはゲーム的であり真実味に欠ける」と排除しています。勿論、結論ありきの詭弁なのでしょうが、事件の資料を読んでいて、この対比は興味深く感じました。

また、「死体遺棄は脅かされ、恐怖の中で手伝ってしまった」ということに対する違和感は、それほど恐れていたのであれば、なぜ警察に通報しなかったのだろうかということに尽きます。

山崎氏は、第一の殺人である川崎明男氏殺害の後、川崎氏の車の処分を関根死刑囚から指示されます。彼は、群馬県片品村の遺体損壊現場から一人で埼玉県熊谷市に向かい、そこで川崎氏の車に乗り換えた後、武蔵丘陵森林公園の駐車場で風間死刑囚と待ち合わせるまでやはり一人で運転しています。その間、逃げるチャンスがあったのに、なぜ山崎氏は警察に逃げ込まなかったか。

また、なぜ関根死刑囚は殺害を目撃されながら、山崎氏に車の処分を一人で行かせたか、その際に警察に通報されるという危惧はなかったのかという疑問が起こります。

それは連続した第二、第三の殺人の後、遠藤氏と和久井氏の遺体を片品村へ運ぶ際にも言えることです。遺体を積んだ車で遠藤氏宅から犬舎まで同乗したのは、関根死刑囚・風間死刑囚と山崎氏ですが、犬舎で車をもう一台拾った後、分乗したのは、関根死刑囚・風間死刑囚の二人が一台に、そして山崎氏一人がもう一台にというものでした。もし関根死刑囚が山崎氏を疑っており、脅かす必要があるのであれば、彼は山崎氏と同乗したはずです。

その道中、山崎氏が沼田インターチェンジで降りようとしたところ、検問を見て、とっさに逃げ、そのことによりその後関根死刑囚の信頼を得ることになったとしていますが、その前から関根死刑囚は山崎氏を信頼していたのではないかと考えられます。

その沼田インターチェンジの料金所手前で、検問を見て急旋回し折り返した後の叙述です。

「あのまま沼田インターで下りていれば、恐らく事件はそこで終わっていたはずだ。それなのに、どうして俺は検問を避けたりしたのだろう?裁判所でも散々訊かれたが、うまく答えることができなかった。正直に言えば、この時、俺は何も考えていなかったのだと思う。なぜ逃げたのか?高速隊員の姿が見えたからだ。そうとしか言いようがない。それは一つの条件反射だ。」(『悪魔を憐れむ歌』より)

この本の中でも一番不合理だと感じる部分です。このように山崎バージョンの(それは即ち捜査当局バージョンの)事件の様相ですが、かなり虚構に満ちていることが推認されます。

その山崎氏が、風間死刑囚の公判に証人として呼ばれ、衝撃的な証言をします。それについて次回以降のブログで取り上げたいと思います。

参考文献
『冤罪File』第20号「冤罪疑惑が黙殺され続けた「埼玉愛犬家連続殺人事件」共犯者が被告人の無罪を証言!」 片岡健

『冤罪File』第21号「埼玉愛犬家連続殺人事件 女性死刑囚の子供たちが、知られざる事件の内幕を明かす!「それでも母はやっていない」」 片岡健

『女性死刑囚』 深笛義也

『悪魔を憐れむ歌』 蓮見圭一

ブログ『横板に雨垂れ』
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『大きな愛に包まれて 無実を訴える死刑確定囚 風間博子の声』
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11/19/2015

























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category: 埼玉愛犬家連続殺人事件

2015/11/19 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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