「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (549) 「大崎事件現地調査会に参加しました」 10/23/2016  

#検察なう (549) 「大崎事件現地調査会に参加しました」 10/23/2016

1979年10月15日に大崎事件は起こりました。毎年、その日前後の週末に鹿児島県曽於郡大崎町の事件現場で現地調査会が行われています。佳境を迎えた第三次再審請求にはかなりの手応えが感じられ、再審開始前に現地調査会に参加するのも最後のチャンスではないかと思い、鹿児島入りしました。

大崎町は鹿児島市から高速で約2時間。かなりの田舎町です。近くの大きな町と言えば、車で15分の志布志市(「志布志事件で有名」というのは、現地の人にとっては不名誉なことかもしれません)。志布志に行ったら、ビアマーレでパスタを食べなければと足を運びました。冤罪関係者(だけ)には有名な店です(注)。ちなみに、この店の住所は「鹿児島県志布志市志布志町志布志2-25-1」とシブシブ何回言えばいいんだというものです。

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集合後、まず会議室で弁護団団長の森雅美弁護士による挨拶。

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再審請求のポイントは、大崎事件被害者中村邦夫の死因と、検察有罪立証の大きな柱である中村家次男妻のちり氏の供述の信用性です。

前者に関して、元東京大学大学院医学系研究科教授の吉田謙一氏の鑑定を基に、弁護団の増山洋平弁護士が解説をしてくれました。

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確定判決では、邦夫氏の死因はタオルによる絞殺とされていますが、遺体の状況がそれと矛盾することを法医学の専門用語が分からない素人であっても理解できるよう、実に丁寧に説明してくれました。絞殺であれば頭部にうっ血が生じる理由を、動脈が体の内側にあって絞められても血流が止まらないのに、静脈は体の外側にあって絞められれば止まると説明された時には「なるほろー。」と感じました。

そして、うっ血した状態で腐敗が進めば、見た目の色はどす黒くなるのに、邦夫氏の遺体は白かったということを実際の画像を示して説明していました。

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(当日、プロジェクターの不具合でパワーポイントのプレゼンテーションが使えなかったのですが、この写真だけは是非見てほしいと画像を示してくれました。パソコンの画像の黒い色と白い色がそれです)

また絞殺のような「一般急性死」の場合、死斑あるいは血液就下(死後、血液が重力に従って沈んでいき、体表から見えるものが「死斑」、体内で起こり解剖の結果分かるものを「血液就下」と言います)が顕著に見られるのが特徴ですが、遺体にはそれらがなかったことから、死因は絞殺とは矛盾し、体内出血による出血性ショック死が強く疑われるということが説明されました。

これは以前に、私もブログで触れたところです。

ここをクリック→ #検察なう (524) 「大崎事件の真相に迫る (3) ~ 被害者死因について」

私は2点質問しました。1点目は「出血多量の失血死はイメージしやすいが(血液は体重の約8%で、その半量を失えば死に至るといわれています)、出血性ショック死の場合にはどれだけの血液が失われると起こるのか」と、2点目は「検死を担当した法医学の専門家が、出血性ショック死を起こすような大量の内出血を見逃すことがあり得るのか」でした。

1点目に関しては、増山弁護士も同じ質問を吉田氏にしたそうですが、ショック死には複雑な要因がからむため、全くのケースバイケースで、量は特定しずらいということでした。また2点目に関しては、「後腹膜下内出血が疑われるが、それを確認するには臓器を取り出す必要があり、本件の1時間程度の検死では見逃す可能性が高い」との説明でした。そして、森弁護士が付け加えた「最初の鑑定の際には、『犯行によって殺害された遺体』と警察から知らされていたため、予断があった」には説得力がありました。

その後、2番目のポイントである中村家次男妻のちり氏の供述の信用性に関し、弁護団事務局長も務める鴨志田祐美弁護士から説明がありました。

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この件には関しては、弁護側から供述心理学鑑定人(大橋靖史・高木光太郎氏)の鑑定書が裁判所に提出されていますが、再審審理で彼らの証人尋問もされたそうです。供述心理学鑑定の証人尋問が行われたのは、日本の再審審理で初めてのことのようです。証拠開示に全く無関心で、門前払いにした第二回再審請求審の中牟田博章裁判体との大きな違いを感じます。

この件に関しても、以前、ブログで触れたところです。

ここをクリック→ #検察なう (526) 「大崎事件の真相に迫る (5) ~ 関係者供述の信用性」

その後、バスを連ねて、現場に移動しました。

最初の現場は、中村邦夫氏が落ちた側溝の場所です。

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その場では、邦夫氏が側溝に落ちる模様の再現をデモンストレーションしました。

ここをクリック→ 動画「邦夫氏が側溝に落ちる模様を再現」

その後、遺体の発見現場である、中村家の居宅跡に移動しました。今は誰も住んでおらず、竹藪と化して一部残った建物も朽ち果てていました。

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やはり現場に足を運ぶと、臨場感が違います。そしてそれで分かることもあれば、想像とは違って、更に真実が遠くなったと感じることもありました。

例えば、酔って自転車に乗っていた邦夫氏が、自ら側溝に落ちたか、あるいは自動車にはねられ側溝に落ちた(しかし、自転車に大きな損傷は認められなかったようなので、自動車との衝突の衝撃ではなく)、その衝撃で出血性ショック死が死因であると疑われています。想像では、両側コンクリートで幅の広い側溝をイメージしていたのですが、現場は片側が雑草に覆われた土手であり、そこに落ちて、それほどの衝撃があるのだろうかと感じました。

しかし、落ちた時刻は午後6時頃であり、その場で邦夫氏が臨家の知人に拾われるのが約3時間後ですから、いくら酔っていたとはいえ、3時間も動けないというのは、相当重篤であったと考えられます。10月のこの季節に濡れ落ち葉で3時間も夕方から夜にかけて放置されていれば、具合が悪化するのは明らかです。

また、落ちた側溝から自宅までの距離が思いのほか近かったことにも驚きました。臨家の知人が邦夫氏を拾った時には虫の息だった邦夫氏が、運ばれた時には息を引き取っていたとするには、あまりにもタイミングがよすぎるように感じました。

しかし、これに関しても、拾った時には既に息を引き取っていたが、酔いつぶれているだけだと誤認しても矛盾はないと言えます。

これに関して、以前のブログで考察を加えています。

ここをクリック→ #検察なう (525) 「大崎事件の真相に迫る (4) ~ 誰が死体を遺棄したのか」

地元紙が現地調査会を報じた記事の写真に、側溝を見下ろす私の姿がばっちり納まっていました。

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翌日、鹿児島観光をして帰ってきました。加治木まんじゅうと龍門滝がお勧めです。

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第二次再審請求審の裁判体とは異なり、今回の裁判体(冨田敦史裁判長)は証拠開示にも積極的であり、検察が37年間「ない」と言い続けてきたネガが新たに18本開示されたというニュースも入っています。

ここをクリック→ NHK動画ニュース「大崎事件 検察新たな証拠開示」10.21.2016

今年89歳を迎えた原口アヤ子氏の無罪に期待を持って、支援し続けようと思っています。

(注)
桜井昌司氏ブログ『獄外記』に何度となく登場。獄中で「パスタと言えば、不味いもの」という思い出しかなかった彼が、志布志のこの店を訪れて以来のファン。

ここをクリック→ 桜井昌司氏ブログ『獄外記』

10/23/2016







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category: 大崎事件

2016/10/22 Sat. 11:04 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (526) 「大崎事件の真相に迫る (5) ~ 関係者供述の信用性」 1/7/2016 

#検察なう (526) 「大崎事件の真相に迫る (5) ~ 関係者供述の信用性」 1/7/2016

大崎事件の冤罪被害者原口アヤ子さんは、逮捕以来、一貫して自らの無実を訴え続けました。しかし、確定判決に至るまで、彼女の訴えを裁判所が聞かないということにはある事情がありました。

それは殺害の共犯者とされた中村善三氏、喜作氏及び死体遺棄に関与した善則氏が彼らの公判では自らの罪を認めかつアヤ子さんが主導したことを供述し、彼らを裁いた同じ裁判体がアヤ子さんを審理したためです。「他人を罪に陥れる」供述は、本来その信用性が問われる性格のものですが、彼らの供述には同時に「自分の罪を認める自白」という特殊性がありました。彼らは、自分たちの公判では、その自白を翻さなかったものの、分離して審理されたアヤ子さんの公判では、自白・供述は虚偽であったと述べています。

この事件には物的証拠らしい物的証拠は全く存在せず、確定判決では、殺害及び死体遺棄の共犯者とされた3人の供述のみによりアヤ子さんの有罪の事実認定が行われています。しかし、彼ら3人は知的障害者でした。喜作氏は収容時「精神薄弱者及びこれに準じて処遇する必要のある者」に分類され、善則氏は受刑中の分類調査表に「IQ=64」とされています。

刑事事件の判例では、知的障害者の自白や目撃証言は慎重に扱われます。

ここをクリック→ 知的障害者の証言能力をめぐる判例の傾向

大崎事件においても、第一次再審請求審で、3人の供述の信用性は再評価して否定され、一旦は再審開始が決定されました。しかし、彼らの供述の信用性は、即時抗告審における棄却決定でも、やはり大きく揺らいだものの、犯行の前後にアヤ子さんと喜作氏の会話を聞いたとする喜作氏の妻であるちり氏(「ちり」とは変わった名前ですが、今で言うキラキラネームの走りかもしれません)の供述によってその信用性が増強され、肯定されました。

そのちり氏の供述は、確定判決時には、ほとんど問題とされなかったものですが、3人の供述の信用性が問題となった時に突然浮上してきたものです。

彼女が警察の取調べで語ったところは次の通りです。

「私が小便をするために外に出たところ、ちょうどかま屋の前の庭のところに主人とアヤ子さんが立っていましたので、私も側へ行ったところ、アヤ子さんが主人に「邦夫をうっころすので加勢しやんせ」と言いました。主人は「うん」と言いましたが、その話を聞いても、私は止めることができませんでした。アヤ子さんに逆らったらどんな目に会うかわからなかったからです」

これは典型的な伝聞証拠であり、証拠能力が否定されるべきものです。更に重要なのは、ちり氏には既に逮捕されていた彼女の夫の罪を軽くすべく、アヤ子さんが主犯であり、彼女の主導で夫は犯罪に巻き込まれたと証言するインセンティブがあったという点です。この点に関しての裁判所の判断は、「自分の夫が殺害に関与したという不利な証言ゆえ信用に足る」というものでした。「物は言いよう」です。

第二次再審請求棄却に際し、突如浮上したちり氏の供述の信用性を問うべく(注1)、第三次再審請求では、新証拠としてちり氏の供述の心理学鑑定が提出されています。

親族の殺害というとんでもない状況下の会話でありながら、躊躇なく何らの異議も唱えず、また同意するにしても、その具体的な内容に一切踏み込まない二人の言葉を聞いたとする供述は虚構である(心理学的に言えば「相互行為調整局面での著しく不自然なコミュニケーション不全が認められる」)とするものです。ちり氏が二人の言葉を聞いた後、それを自分の夫に問い質すことなく当たり前のように就寝したと供述していることからも、彼女の供述はあまりに不合理と言えます。

極めて信用性の疑わしい共犯者及び関係者の供述のみにより有罪とされたアヤ子さんの再審開始決定が、現在継続中の第三次再審請求で認められることは正義であると強く感じます。是非、ご注目下さい。

(注1)
ちり氏の証言に関して、元判事の森炎氏は、彼の著書『教養としての冤罪論』の中で一定の重要性を認めていました。

ここをクリック→ #検察なう (522) 「大崎事件の真相に迫る (1) ~ 大崎事件の概要」

参考文献
鹿児島大学『法学論集』「再審の現在―大崎事件第三次再審請求で問われるもの―」中島宏
法学セミナー2012年3月号「大崎事件―つづら折りの事件史あるいは奮闘記」鴨志田祐美
法学セミナー2014年12月号「大崎事件第2次再審請求から見た刑事司法の課題」鴨志田祐美
『叫び 冤罪・大崎事件の真実』 入江秀子

1/7/2016















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category: 大崎事件

2016/01/07 Thu. 06:59 [edit]   TB: 0 | CM: 5

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#検察なう (525) 「大崎事件の真相に迫る (4) ~ 誰が死体を遺棄したのか」 12/31/2015 

#検察なう (525) 「大崎事件の真相に迫る (4) ~ 誰が死体を遺棄したのか」 12/31/2015

大崎事件の被害者が事故死であったことは前回のブログで述べたところです。

ここをクリック→ #検察なう (524) 「大崎事件の真相に迫る (3) ~ 被害者死因について」

それでは一体誰がその死体を遺棄したのでしょうか。そしてその動機は。それが大崎事件の最大のミステリーです。

死体遺棄罪(注1)の時効は3年であり、1979年の事件における死体遺棄罪の公訴時効は既に完成しています。また、大崎事件冤罪被害者の原口アヤ子さんの無罪の主張は、彼女が殺害に関与していないことが争点であり、誰が死体を遺棄したかという点は直接的に彼女に無罪性と関係するものではありません。しかし、このミステリーを解かずして、大崎事件の真相は明かされないと考えます。

大崎事件で、死体が発見されるまでの経緯を振り返ってみます。

死体発見の3日前の1979年10月12日、その日は、親類(原口アヤ子さんの夫であった長兄中村善三氏の甥)の結婚式が町の料亭で行われていました。四男の邦夫氏は、前日まで出席すると言っていながら、朝に善三氏が迎えに行くと、朝から飲んだくれていて行かないと言い出し、いくら諌めても聞かないので、皆は彼を置いて結婚式に行きました。

午後9時頃、アヤ子さん宅の南隣に住む部落の交通安全協会会長から電話が入りました。

「アヤ子ねえさんけ、いま小能部落の人から電話があってなあ、邦夫がまた酔っぱらって道で寝とるそうじゃ」

「じゃったですか、いつも迷惑ばかりおかけして、まこち、すみませんなあ。主人はもう寝とりますけん、すぐに私が行きもんで」

「よかよか、おまんさあも結婚式でだれやった(疲れた)ろで、あたいが行ってやるが、心配せんでもよかよか」

アヤ子さんは暫くして家を出て、迎えに行ってくれた人の家に行きました。彼は、近所の者と連れ立って軽トラックで邦夫氏を迎えに行った後でした。暫くの間、彼の奥さんと世間話をしていると、迎えに行った二人が連れ立って帰ってきました。

「アヤ子ねえさん来よったとな、わざわざ来んでもよかったとに」

「邦夫は家に下してきたで、心配せんでもよかよ」

という二人に、アヤ子さんは何度も頭を下げて礼を言い、

「それで邦夫の様子はどげんでしたか」

と尋ねました。

「金玉丸出しで、すっぽんぽんじゃ。溝にでもはまったとじゃろ。濡れたズボンが側にぬいじゃったど」

「まこちすまんことで」

「邦夫は土間に下してきた、濡れちょったで」

その後、アヤ子さんは邦夫氏の様子を見に行きます。

玄関の土間に下してきたと言われていた邦夫氏は土間にはいませんでした。アヤ子さんは「多分もう寝たのだろう」と思って、土間の小縁に手をつき、部屋の中を覗いてみました。二間続きの六畳の奥の間に布団が敷いてあり、薄暗い電灯の明りではっきりはしないものの、布団が微かに盛り上がり、こっち向きに頭らしいものが見えたので、アヤ子さんは、邦夫氏はもう寝たものと思いました。

その後、邦夫氏の姿を見た者はなく、3日後に邦夫氏宅の牛小屋の堆肥場の中から彼の死体が発見されます。

邦夫氏を迎えに行き、家に運び込んだ二人の検面調書は開示されています。家に戻って邦夫氏を運び込んだ際の、邦夫氏の様子に関する彼らの供述が全く食い違っていることは注目すべき点です。一人は、邦夫氏は意識が朦朧とし、受け答えもままならぬ状態だったとしたのに対し、もう一人は、邦夫氏は一人で歩いて家に入ったとしています。その食い違いは、彼らの少なくともいずれかは虚偽の供述をしていることを示しています。

また、邦夫氏が道端で酔っぱらって寝そべっていると目撃した者、そして彼からそのことを聞いて邦夫氏宅の近所の者(部落の交通安全協会会長)に電話をした両名のあるはずの員面調書は開示されていません。

これらはどのような意味があるのでしょうか。私は、大崎事件で起こったことは、映画『ハリーの災難』のようなものだと考えています。

映画『ハリーの災難』は1955年にアルフレッド・ヒッチコックが監督したもので、女優シャーリー・マクレーンのデビュー作として有名です。(注2)

『ハリーの災難』あらすじ (Wikipedia「ハリーの災難」より)
紅葉の季節を迎えたバーモント州のある小さな村。森の中でハリーという男の死体が見つかる。村では様々な理由で「自分がハリーを殺してしまったのでは?」と思い込む人物が何人もいたため、彼らはそれぞれの保身のためにハリーの死体を埋めたり掘り返したりすることになる。やがて村の保安官が動き出し、事態は意外な方向へ展開していく。

邦夫氏を迎えに行き、家に運び込んだ様子は誰にも目撃されていません。運び込んだ二人の供述は、邦夫氏の様子に関しては大きく食い違っているものの、「運び込んだ時には、邦夫氏はまだ生きていた」という点では一致しています。しかし、致命的な負傷をしていた邦夫氏が、もし家に到着していた時には、既に事切れていて、そして彼らがその死に直接的な関与があったと誤解したとしたら、パニックのうちに自分たちの関与を隠蔽するために死体を隠そうとしたという可能性は十分にあります。

死体を土間に放置した場合、彼らが最後に接触した人物であり、その死に関して疑われてしまう。それで死体を遺棄し、「自分たちが最後に見たのは、土間に置いた時であり、まだ邦夫氏は生きていた。自分たち以外の誰かが殺害し、死体を遺棄したのだ」と言い張れば、自分たちに嫌疑は掛からないと考えたというのは、冷静に考えれば愚かなことですが(土間に放置して自然死/事故死を装った方がより合理的)、人の死に際して、冷静な判断ができなかったと考えれば合点がいきます。

更に邦夫氏の死因に関しては、側溝に落ちた際のけがと考えられますが(側溝の深さは80㎝と相当あり、自転車で転落して致命傷を負うことは不思議なことではありません)、その現場を目撃した者はいません。もし彼が「道に寝そべっていた」のは、交通事故にあったためだとしたらどうでしょうか。邦夫氏が道に寝そべっていると目撃した者、それを聞いて電話を掛けた者、その電話を受け取って彼を迎えに行った者は全て親戚縁者でした。

映画『ハリーの災難』では、結局、ハリーの死因は心臓麻痺で、誰も彼の死因に関与していないのに、複数の人間が自分が殺したと勘違いしていたというストーリーです。大崎事件でも、誰も関与していない死を隠蔽しようとしたという可能性も考えられますが、交通事故死を隠蔽しようとしたという可能性も(推認に推認を重ねたものではありますが)ないとは言い切れないものです。

(注1)
刑法第190条
「死体、遺骨、遺髪又は納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の懲役に処する」

刑事訴訟法第250条 
「時効は、人を死亡させた罪であって禁固以上の刑に当たるもの以外の罪については、次に掲げる期間を経過することによって完成する。
第6項 長期5年未満の懲役若しくは禁固又は罰金に当たる罪については3年」

(注2)
ここをクリック→ 『ハリーの災難』予告編

参考文献
鹿児島大学『法学論集』「再審の現在―大崎事件第三次再審請求で問われるもの―」中島宏
法学セミナー2012年3月号「大崎事件―つづら折りの事件史あるいは奮闘記」鴨志田祐美
法学セミナー2014年12月号「大崎事件第2次再審請求から見た刑事司法の課題」鴨志田祐美
『叫び 冤罪・大崎事件の真実』 入江秀子

12/31/2015












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category: 大崎事件

2015/12/31 Thu. 01:24 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (524) 「大崎事件の真相に迫る (3) ~ 被害者死因について」 12/24/2015 

#検察なう (524) 「大崎事件の真相に迫る (3) ~ 被害者死因について」 12/24/2015

大崎事件の最大のポイントは、被害者の四男中村邦夫氏の死亡が他殺であるかどうか、そして死因が何かという点です。裁判所の認定では、彼は原口アヤ子さんの指示の下、長兄善三氏、次兄喜作氏により絞殺されたとされました。

確定判決の犯行様態は以下の通りです(敬称略)。

「アヤ子が「これで締めんや」と言って西洋タオルを善三に渡すとともに、仰向きに寝かせた邦夫の両足を両手で押さえつけ、喜作もまた、邦夫の上に馬乗りになってその両手を押さえつけ、善三において、西洋タオルを邦夫の頚部に1回巻いて交差させた上、アヤ子の「もっと力を入れんないかんぞ」との言葉に、両手でその両端を力一杯引いて締めつけ、よって、同人を窒息させて殺害した。」

この殺害の事実認定は、善三氏、喜作氏の自白を基礎としています。殺害方法も彼らの自白に基づくものです。彼らは、捜査段階の自白を自らの公判では否認することなく、刑にも服しましたが、アヤ子さんの再審請求審において証人として出廷した際、自白は虚偽であり、事件には一切関与していない旨証言しました。

善三氏、喜作氏には知的・精神的障害があり、捜査段階で獲得された自白の信用性には大きな疑問があります。

殺害方法は当初、「扼殺」(手で首を絞める)と思われていながら、善三氏、喜作氏の供述における殺害方法が「絞殺」であったことから、鑑定は「死因は頚部に外力が作用したことによる窒息死であり絞殺と矛盾しない」とされました。その鑑定をした城哲男鹿児島大医学部教授は、後にその鑑定が誤りであったことを認め、「頚椎前面の組織間出血はタオルによる絞殺では形成されない」と明言し,また「被害者が自転車ごと側溝に転落していたことは知らなかった」と述べています。

被害者の死体に、絞殺であれば認められるはずの索状痕がなかったことから、裁判所による鑑定解釈は、常に索状痕を生じさせない絞殺の可能性にバイアスがかかっており(例えば、「タオルのような幅の広い索状物では索溝を残さないケースもある」としたり「全く抵抗できないほどに身体を拘束すれば、あるいは被害者が全く抵抗しなければ、必ず索溝が形成されるとまでは言い難い」としたり)、かなり迷走しています。

この結論ありき的な裁判所の非科学的とも言える科学鑑定の解釈に引導を渡すのが、現在継続中の第三次再審請求において弁護側が新証拠として提出した吉田謙一東京医科大教授の法医学鑑定です。吉田鑑定は、「被害者の死体に死斑・血液就下が認められないことは、急性窒息死とは矛盾する」と指摘しています。死斑とは、血液就下により表皮から血液の色が確認できるようになったものを指しますが、「急性心臓病、窒息、脳出血などで死亡した場合、死斑は強く出現する」(Wikipedia「死斑」)とされています。死体写真のネガが再審請求に際して証拠開示されましたが、それからのより鮮明な画像の検証によって導き出されたものです。

死斑が生じにくい死因の一つとしては、失血死が挙げられます。それは邦夫氏が自転車で側溝に転落した際に、大量の内部出血を伴う致命的損傷を被ったことを意味しています。検死では、肋骨の骨折や大腿部に大きな打撲傷があったことが調べられていますが、その部位の開検まではされませんでした。吉田鑑定により邦夫氏の死因は、他殺ではなく事故死であることが決定的に明らかになったと言えます。

死体が遺棄されていたことから、その死は他殺とされ、初見で疑われた急性窒息死という見立てに沿って「絞殺」という自白が取られたことがこの冤罪の始まりでした。

弁護団事務局長の鴨志田弁護士は次のように述べます。

「冤罪を生む原因のひとつに「ジャンクサイエンス」が挙げられていることはご存じだと思います。大崎事件の冤罪被害者たちも「ジャンクサイエンス」の犠牲者なのです。」

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参考文献
鹿児島大学『法学論集』「再審の現在―大崎事件第三次再審請求で問われるもの―」中島宏
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法学セミナー2014年12月号「大崎事件第2次再審請求から見た刑事司法の課題」鴨志田祐美

12/24/2015










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category: 大崎事件

2015/12/24 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (523) 「大崎事件の真相に迫る(2)~大崎事件の複雑性」 12/17/2015 

#検察なう (523) 「大崎事件の真相に迫る(2)~大崎事件の複雑性」 12/17/2015

殺人事件の冤罪性には二類型あります。一つは、他殺で犯人を取り違えた「他殺犯人違い型」。そしてもう一つは、事故による死亡でそもそも事件そのものがない「事故死事件不存在型」です。

前者の例はごまんとありそうです。これまでブログで扱った中でも、鶴見事件(注1)や恵庭OL殺人事件(注2)はその類型に当てはまります。勿論、横綱級の冤罪である袴田事件や名張毒ぶどう酒事件も同様です。後者の例としては、北陵クリニック事件/仙台筋弛緩剤えん罪事件(注3)や東住吉放火殺人事件が挙げられます。

大崎事件の冤罪性は類型としては「事故死事件不存在型」に当たりますが、シンプルではありません。それは被害者の死体が発見された状況によるものです。

被害者の死体は、自宅牛小屋の堆肥に埋もれて発見されました。うつ伏せで両手を両側の股関節付近に置き、頚は極端に右向きに屈曲した不自然な恰好で、体のほとんど全体に20-40センチの深さの堆肥が覆いかぶさっていました。

誰かが堆肥の中に死体を遺棄したことは明らかです。死体遺棄の動機として一番有力なものは、言うまでもなく殺害の隠蔽です。

この死体遺棄の事実が、それに先立つ被害者の死亡の原因が他殺によるものではないかと推認させるものです。この事故死+死体遺棄という重層構造が、大崎事件の事実認定を複雑にしているものです。

つまり、被害者死亡の原因が事故によるものかあるいは他殺によるものかという判断の前に、死体遺棄の事実があることで、それに引きずられ、被害者の死因は他殺によるものだとする決めつけ、思い込みが生じ、それが冤罪の原因となっています。

次回以降のブログで、この事件の最重要ポイントである被害者の死因を探ってみたいと思います。

(注1)
ここをクリック→ 冤罪ファイル その12 「鶴見事件」

(注2)
ここをクリック→ 冤罪ファイル その13 「恵庭OL殺人事件」

(注3)
ここをクリック→ 冤罪ファイル その11 「北陵クリニック事件/仙台筋弛緩剤えん罪事件」 

12/17/2015
















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2015/12/17 Thu. 02:09 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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