FC2ブログ

「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

10« 2018 / 11 »12
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.

#検察なう (560) 「美濃加茂市長事件で上告棄却~虚構の治安維持こそが司法の暗黒の闇」 12/14/2017 

#検察なう (560) 「美濃加茂市長事件で上告棄却~虚構の治安維持こそが司法の暗黒の闇」 12/14/2017

美濃加茂市長事件で刑事被告人とされていた藤井浩人氏の上告が棄却され、彼の有罪が確定するという、社会正義の観点からはあってはならないことが起きてしまいました。

冤罪被害者の端くれとして当事者感覚は持ち合わせていても、やはり当人の悔しさは想像を絶するものであろうとしか言いようがありません。知人からフェイスブックのメッセンジャーで第一報を知らされた時には、「言葉がありません」としか答えられませんでした。そしてその直後に、ニュースを添付してツイートした私の言葉は、以下のようなものでした。

「日本の刑事司法の闇は奥深いとしか言いようがない」

しかし、なぜこのような真実に反する選択を最高裁が選んだかの構図は容易に想像できます。

藤井浩人氏の一審無罪が維持された場合、どういうことが起こるかを考えてみます。彼の掛けられた嫌疑は収賄罪でした。収賄罪には対向犯として贈賄罪があります。彼の一審無罪判決(2015年3月5日)に先立ち、贈賄犯に有罪判決が言い渡されています(2015年1月16日)。その贈賄犯は控訴することなく、有罪が確定しました。もし藤井氏が無罪となれば、贈収賄という本来セットの事案で、片方は有罪、片方は無罪、つまりどちらかの判決が間違っている、即ちいずれの判決が間違っているにせよ裁判所が間違いを犯したということになります。

藤井氏の収賄罪の一審無罪判決は、手元の証拠を精査した上で一審裁判体が判断したものであり、単独の判決で言えば、それに先立つ贈賄罪の有罪判決はむしろ判断の材料とはされるべきものではないという至極正当な判断の結果でした。刑事訴訟法第317条で定める「事実の認定は、証拠による。」という証拠裁判主義に忠実に即したものだと言えます。

しかし、裁判所全体の論理としてはそうはいかなかったということです。

それでは、真実通り「贈賄罪も無罪、収賄罪も無罪(贈収賄の事実がなければその通りになります)」でいいかと言えば、その場合は捜査権力である警察・検察が間違いを犯したということになります。

つまり、国民の大多数が冤罪に興味も関心もなく、また(メディアの怠慢により)真実を知り得ることがないとすれば、治安維持の観点からは、いかに真実とはかけ離れていたとしても、また藤井浩人氏個人や彼の身近にいる人々を不幸に陥れようとも、公権力が取る小賢しいけれども彼らが考える「最良」の選択肢が現実となったものです。

そもそもボタンの掛け違いは、贈賄者の有罪判決にあるのですが、それは如何ともし難いものがあります。それは贈賄側の被告人本人も弁護人も一切弁護を放棄しているからです。いかに裁判体が「この被告人は虚偽の自白により自分のありもしない罪を認めている」と理解していても、本人が「私はやりました」と言い、弁護人が全く無罪主張の証拠を提出しなければ、有罪としかしようがありません。刑事司法においては、遠山の金さんが自ら現場にふらりと現われて自分で証拠を探す「職権主義」は認められておらず、あくまで公判に提出された証拠においてのみ判断しなければいけないという「当事者主義」があるからです。

藤井浩人氏の上告棄却=有罪確定は、「公権力は間違いを犯さない」という虚構の治安維持による要請が背景にあることを我々は理解する必要があります。

そしてこの結果は、藤井浩人氏個人の悲劇だけではなく、国民我々全体にとっての悲劇であることは強調してし過ぎることはありません。

冤罪が看過されることは、いずれはその冤罪が自分や周りの自分の愛する人に降りかかるリスクを高めます。そしてこの事件の結果は、司法取引という最近捜査権力が手に入れた強力な武器が猛威を振るった結果であり、それは今後冤罪を増やすことが確実視されているからです。

贈賄者がなぜ自分の無実を争わなかったか。それは彼にとって贈賄罪で有罪になっても、それ以上のメリットがあったからです。彼は3億7800万円にも上る融資詐欺を行っていました。その事実がありながら、検察が起訴したのは2000万円にしか過ぎません。そして贈賄の供述はその融資詐欺の取調べの最中になされたものです。「バッジを挙げる」ことに血道を上げる捜査権力が、億単位の融資詐欺を不問に付しても「たかだか」30万円の贈賄事件を捏造することに躍起になったというのは私の荒唐無稽な想像ではないと思っています。2000万円の詐欺であれば、多少の弁済をすることにより執行猶予がつく事案です。その捜査権力と贈賄者の(「阿吽の呼吸」によると想像される)目論見は、藤井弁護団による4100万円の詐欺告発により追加起訴となることで実刑となり潰えました。

しかし、私は(藤井氏の深い悲しみは理解しながらも)悲観ばかりしているわけではありません。そしてこの事件が、歴史のターニングポイントになることすら期待しています。個人的には数度しかお会いしていない藤井浩人氏ですが、彼の清廉なイメージは、いかに捜査権力が貶めようとしてもダメージを与え切れなかったものであり、執行猶予明けの3年後に被選挙権を回復して政治の世界にカムバックすることは私が保証するまでもないことです。

郵便不正事件の村木厚子氏の例を取るまでもなく、社会的認知度の高い者が冤罪被害者として発言力を高めることは、刑事司法が正しくあれと望む者にとっては願ったり叶ったりという状況が必ずや来ることを期待しています。刑事司法が正しくあることを心から望み、藤井浩人氏を応援し続けようと思っています。

ここをクリック→ #検察なう (418) 「美濃加茂市長事件、藤井浩人氏今週初公判!」

ここをクリック→ #検察なう (422) 「美濃加茂市長事件、第2回、第3回公判で贈賄供述者の証人尋問」

ここをクリック→ #検察なう (428) 「美濃加茂市長事件藤井氏被告人質問傍聴記」

ここをクリック→ #検察なう (438) 「美濃加茂市長事件アップデート~贈賄供述者の判決の重要性」

ここをクリック→ #検察なう (441) 「美濃加茂市長事件~藤井浩人氏公判結審」

ここをクリック→ #検察なう (442) 「美濃加茂市長事件の構図」

ここをクリック→ #検察なう (443) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part1 『贈賄供述の信用性』」

ここをクリック→ #検察なう (444) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part2 『藤井氏の無罪性』」

ここをクリック→ #検察なう (456) 「美濃加茂市長事件藤井氏無罪判決公判傍聴記」

ここをクリック→ #検察なう (459) 「検察に引き返す勇気はないのか~検察、美濃加茂市長事件で藤井市長無罪判決を控訴」

12/14/2017













ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2017/12/14 Thu. 16:27 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (533) 「美濃加茂市長事件控訴審で異例の展開 ~ 「証人テスト」とはどういったものか」 2/25/2016 

#検察なう (533) 「美濃加茂市長事件控訴審で異例の展開 ~ 「証人テスト」とはどういったものか」 2/25/2016

注目の美濃加茂市長事件控訴審が異例の展開となっています。昨年8月に行われた控訴審初公判で検察官請求の証人尋問が採用され、一回結審とはならなかったことは以前にブログで書いたところです。

ここをクリック→ #検察なう (493) 「美濃加茂市長事件控訴審で1回結審ならず」

そこで採用された検察官請求の証人とは、取調べを行った警察官と検察官でした。異例の展開とは、裁判官が「私たちも別の証人を呼びたいと思ってるんですがね」と言い出したことです。それは第一審で、検察側証人であった贈賄者です。

裁判官は憲法で以下に定められているように、彼らの「職権」を行使することができます。

「全て裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(憲法第76条3項)

裁判官が証人尋問を主導したことがなぜ異例かということを理解するには、「当事者主義」を理解する必要があります。裁判においては、事案の解明や証拠の提出に関する主導権を当事者(即ち検察官や被告人・弁護人)に委ねる「当事者主義」が取られています。つまり、確かに裁判官の職権は憲法で認められているものの、実際上の運用では、彼らはあくまで局外のレフリーに徹して、自ら積極的に事案の解明や証拠の追求をするものではないということです(裁判官にそれらを認めるものを「当事者主義」に対して「職権主義」と呼びます)。

なぜこのような展開になり、それをどう解釈すべきかについては、ヤメ検の落合洋司弁護士とヤメ判の木谷明弁護士のコメントを引用しつつ、的確にまとめた江川紹子氏の次のブログをご参照下さい。

ここをクリック→ Yahoo!ニュース「高裁が職権で最重要証人を尋問へ~美濃加茂市長の事件で異例の展開」

ここでは、一般になじみが薄い「証人テスト」についてそれがどういったものであったかを私の経験を交えて説明させて頂きます。

刑事裁判公判が盛り上がる場面は何と言っても証人尋問であり、そのクライマックスが被告人質問です。

証人は検察側ないし弁護側のいずれかが証人請求し、その請求が裁判官に認められると公判で尋問が行われることになります。そして請求した側と認められた証人が事前に打ち合わせをすることを「証人テスト」と呼び、それは一般に認められています。つまり検察側請求の証人は、証人尋問において検察官が何を聞くか、逆に弁護側請求の証人は、証人尋問において弁護人が何を聞くかということは事前に分かっており、答えを用意しているということになります。

なぜそういったことが認められているかというと、刑事訴訟規則に次のように定められているからです。

「証人の尋問を請求した検察官又は弁護人は、証人その他の関係者に事実を確かめる等の方法によって、適切な尋問をすることができるように準備しなければならない」(刑事訴訟規則191条の3)

限られた時間内にスムーズに記憶を喚起させ、要点を押さえた回答をするには、それなりの準備が必要であることは言うまでのないことです。例えば、私の被告人質問は3回の公判に亘って、計10時間行われましたが、そのうち4時間は弁護人の質問で、弁護人との問答に関しては、あらかじめ原稿ができ上がっていました。

問題はその原稿をいかに作るかということです。例えば、私の場合、弁護人の質問をまず弁護団が作成し、それに対する答えは全て私が用意しました。打ち合わせの段階で、その答えを弁護団が手直ししたり、あるいは聞いて欲しい質問を私が追加したり、随分と擦り合わせを繰り返しましたが、結局、答えるのは自分であるため、被告人質問の答えは、私が自分の言葉で、自分の考えを書いたものを原稿として用意しました。私の被告人質問から3年半経過した今となっても、同じ趣旨の答えをすることに何の問題もありません。言い回しを考えることでもたつく場合もあるでしょうが、最終的には同じ回答はできるものです。つまり「限られた時間内にスムーズに答えるための準備をする」というのが証人テストの意義です。

裁判官もそうした証人テストが行われていることは、重々承知しているため、証人が用意できない反対尋問(検察側証人に対する弁護人及び弁護側証人に対する検察側の尋問)や、裁判官が自ら聞く補充尋問とに齟齬がないかを注目しているものです。

しかしその原稿が、答えも他人が100%用意した「台本」であったとしたらどうでしょうか。その場合、「台本」を頭に入れた直後であれば、問題なくその台本通りの受け答えができたとしても、その「台本」の読み合わせから時間が経過してしまえば、全く違う受け答えをする可能性が出てくることは明らかです。

今回、美濃加茂市長事件での証言で、一審の際に検察側証人であった贈賄側の証人が新たに尋問をされるという事態で、検察側証人であった者が証人になるのであれば、当然有利に考えるべき検察が、躍起になって記憶の「鍛え直し」にこだわっていることが何を意味するかは明らかだと思われます。

以前のブログで、証人テストの問題点とその対抗策を弁護人の立場で書いています。合わせてお読み頂ければ幸いです。

ここをクリック→ #検察なう (362) 「検察「証人テスト」の問題点と対抗策」 

また、こちらは前田恒彦氏の証人テストに関する記事です。

ここをクリック→ Yahoo!ニュース「美濃加茂市長無罪判決でも問題とされた 検察が刑事裁判で行っている「証人テスト」って、どんなもの?」

真実は必ず正しい者に味方することが期待されてしかるべきです。その期待を裁判所は往々にして裏切ってきましたが、この村山浩昭裁判長の訴訟指揮にはその期待を懸けてもいいと感じさせます。依然、注目の美濃加茂市長事件です。

2/25/2016











ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2016/02/25 Thu. 07:46 [edit]   TB: 0 | CM: 1

go page top

#検察なう (493) 「美濃加茂市長事件控訴審で1回結審ならず」 8/27/2015 

#検察なう (493) 「美濃加茂市長事件控訴審で1回結審ならず」 8/27/2015

注目の美濃加茂市長事件控訴審の初公判が先日8月25日に行われました。

検察がしょーもない証拠を並べ立てて証拠調べ請求をするというのは、私の控訴審でもそうであったように、当然のことでした。刑事司法のルールとして、控訴審においては、一審の段階で証拠調べ請求ができなかったやむを得ない事情がある証拠の採用が認められなければ、一審の判決を維持しなければならないと定められているからです。

ここをクリック→ #検察なう (317) 「控訴審とは」

美濃加茂市長事件控訴審では、検察官は捜査段階の事実調べに関するメモなど十数点の証拠と贈賄供述者の取調べを担当した警察官と検察官の証人尋問を請求しました。これらしょーもない証拠の全てが却下され、1回結審であればゲームセットでしたが、裁判所は検察官請求の証拠は「留保」、証人尋問を採用し、第二回以降に勝負は持ち越されることとなりました。

ここをクリック→ 弁護士ドットコムNEWS「美濃加茂市長VS検察」名古屋高裁で「二審」がスタート―ふたたび全面対決

検察官控訴の場合、1回結審は異例中の異例であり(注)、検察官請求の証拠採用はある意味当然のことではあるのですが、やはり過去のデータを紐解くと、検察官控訴の場合の一審判決破棄率は異常というほど高く(これは日本の刑事司法において、推定無罪原則が軽視されていることの表れだと考えられます)憂慮すべきことではあります。

ここをクリック→ #検察なう (284) 「検察控訴における一審判決破棄率」

しかし採用された証拠が、贈賄供述者を取り調べた警察官・検察官の証人尋問ということが、今回の1回結審とならなかったことの鍵だと感じます。

収賄罪と贈賄罪は、収賄行為と贈賄行為の両方の行為が犯罪となることが必要である必要的共犯(対向犯)とされながら、美濃加茂市長事件においては、贈賄側と収賄側の主張が真っ向から対立し、先に審理された贈賄者が有罪となりながら、後に審理された藤井市長は無罪となったのが美濃加茂市長事件の一審でした。藤井市長の無罪判決は、贈賄供述者の信用性が否定されたことを意味します。

新たな事実審理の門戸が開かれたかのように思える検察官請求の証拠採用ですが、その証人は、贈賄供述者あるいは藤井市長その人ではなく、贈賄供述者を取り調べた捜査官であるということは、控訴審裁判体は一審裁判体が認定した、信用ならない供述がどのようにして取られたかに興味を持っているというように感じられます。

これは一審無罪で判じられた藤井市長の無罪に異議を唱えるものではなく、なぜ捜査権力の意向に沿うような供述が取られたかというこの事件の本質に迫ろうという努力なのではないかと私は推測します。

その点について、藤井市長の主任弁護人郷原信郎氏が、ブログ『郷原信郎が斬る』において「美濃加茂市長事件控訴審、事実審理開始で重大なリスクを抱え込むことになった検察」として論じていますので、是非ご一読下さい。私は郷原氏の視点を支持し、引き続き藤井市長を支援したいと思っています。

ここをクリック→ 『郷原信郎が斬る』「美濃加茂市長事件控訴審、事実審理開始で重大なリスクを抱え込むことになった検察」

(注)
その異例中の異例のことが起こったのが私の控訴審でした。

ここをクリック→ #検察なう (347) 「控訴審初公判報告~検察官控訴で門前払いの一回結審」

ここをクリック→ #検察なう (349) 「控訴審初公判法廷画 by 高杉ナツメ」

8/27/2015















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2015/08/27 Thu. 02:30 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (459) 「検察に引き返す勇気はないのか~検察、美濃加茂市長事件で藤井市長無罪判決を控訴」 3/19/2015  

#検察なう (459) 「検察に引き返す勇気はないのか~検察、美濃加茂市長事件で藤井市長無罪判決を控訴」 3/19/2015

美濃加茂市長事件において、検察は一審無罪判決を不服として、本日19日が期限の控訴をすると報じられています。

この報道を目にした時、私は激しく動揺してしまいました。それは自分が検察官控訴された時のことがフラッシュバックしたからです。

私の一審無罪判決はおととし3月1日でした。控訴の期限は2週間後の3月15日。控訴の判断は期限一杯と思っていた私の携帯が鳴ったのは3月12日のことでした。その電話は大手メディアの記者からでした(私は積極的に情報開示に努め、取材をしてくれた記者には私の個人用の携帯番号を渡し、常に取材に応じる旨伝えていました)。

「八田さん、検察は控訴を決めました。今のお気持ちをお聞かせ願えますか」

3月1日の無罪判決以降、支援の気運は盛り上がり、検察控訴を阻止すべく陳情書が寄せられました。それは1週間で249通に達していました(注)。その矢先であったため、私は地に叩きのめされたように感じました。

しかし一晩寝た後はファイティングスピリットに再点火、冷静に状況を判断できたものです。検察官控訴が報じられた翌日に書いたブログをお読み頂ければ、今回の美濃加茂市長事件での検察官控訴と共通項を見出すことができると思います。

ここをクリック→ #検察なう (277) 「検察控訴の背景を探る」

一般人の感覚からすると「ありえない」と感じる控訴が、検察内部の者あるいは検察の事情に通じた者からすると当然至極であろうことに私は危惧を覚えます。

この「控訴は避け得ない」という彼らの感覚は、検察が一方当事者であることによります。つまり、無罪判決は「負け」という感覚です。我々一般人の感覚からすると、検察は公益の代表者であり、悪を許さない正義の擁護者です。そして過ちを正す者のあるべき姿勢として、自らが過ちを犯した場合には、潔くそれを認める真摯な態度が求められます。その一般人の感覚と現実(=検察の感覚)とに乖離があるということをこの検察官控訴は物語っています。

今回の暴挙とも言うべき検察官控訴によって、絶対に自らの過ちを認めようとせず、それが結果、国民の信頼を失うことになることを検察が理解していないかのようであることを国民の一人として憂うものです。それは、あたかもレミングが川に集団自殺するのを見るようです。自分たちの判断の誤りを裁判所に責任転嫁し、「自分たちは間違っていない。裁判所が間違っている」という情けない言い訳に、国民が騙されると思っているのでしょうか。そうした目先だけの問題回避を図ることは、長期的には検察に対する信頼を大きく損なうものです。

捜査権力、司法権力の権威はつまるところ国民の信頼に裏打ちされてこそのものです。そして彼らの権威が損なわれて、結局損をするのは我々国民です。

最後に私は、冤罪回避の刑事司法改革の最も有効な手段が、検察上訴権の廃止であると考え、そもそも検察上訴は憲法違反ないし過去の判例の不当な拡大解釈であると考えていることを述べたいと思います。詳しくは以下添付の過去のブログをご参照頂ければ幸いです。

ここをクリック→ #検察なう (87) 「司法改革 (2) 『二重の危険』」

刑事被告人の汚名を着せ続けられる藤井氏の悔しさは、痛いほどよく分かります。彼には是非それをはねのけてほしいと思います。美濃加茂市長事件の検察官控訴のテクニカルな面に関しては、主任弁護人郷原信郎氏の以下のブログを参照下さい。

ここをクリック→ 『郷原信郎が斬る』「「美濃加茂市長事件無罪判決に検察控訴の方針」は、「妄想」か「狂気」か」

(注)
陳情書のハイライトを紹介します。これが私の支援者の声でした。藤井氏の支援者の方々も今、同じような気持ちであることと思います。

ここをクリック→ #検察なう (271) 「陳情書一例」

ここをクリック→ #検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」

ここをクリック→ #検察なう (275) 「陳情書ハイライトPart2」

ここをクリック→ #検察なう (276) 「陳情書ありがとうございました+ハイライトPart3」

3/19/2015








好評発売中!
ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1




ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2015/03/19 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 2

go page top

#検察なう (456) 「美濃加茂市長事件藤井氏無罪判決公判傍聴記」 3/9/2015 

#検察なう (456) 「美濃加茂市長事件藤井氏無罪判決公判傍聴記」 3/9/2015

3月7日に弁護士会主催の前田恒彦元特捜部主任検事と私の講演&パネルディスカッションが名古屋であり、どうせ名古屋に行くのならと、これまで支援してきた藤井氏の判決を傍聴しに3月5日の判決当日名古屋入りしました。

彼の主任弁護人の郷原信郎氏は、私の国賠審代理人チームのメンバーでもあり、私の国賠審の弁護士ミーティングでもよく美濃加茂市長事件のことは話題になります。先日もミーティングの際に、郷原氏が「3月5日の判決言い渡しは、2時間以上となりそうです」と言ったところ、元判事の森炎氏が「なら無罪でしょ(笑)有罪なら理由の言い渡しにそんなに時間かからないし」と言っていました。しかし、刑事裁判は有罪率が99.9%超えというとんでもない世界なので、「試合に勝って勝負に負ける」ということは十分ありえます。

当日は見事な晴天。でも寒っ!

裁判所

開廷前の藤井氏です。余裕の笑顔かな?

藤井市長

傍聴券を無事ゲットして入廷しました。

傍聴券

開廷前に撮影が入るのは、東京地裁でも経験しているのですが、名古屋地裁では、撮影後に裁判官の方々は一旦退廷します。そしてすぐさま再入廷(東京地裁では撮影後そのまま開廷)。ところ変われば品変わるなんですね。

緊張する間もなく、裁判長の判決読み上げです。

「主文、被告人は無罪。」

うーん、やはり「被告人『は』」と聞くのはいいですねえ。「を」は聞きたくないもんね。記者が速報を伝えるべく、雪崩を打って飛び出して行きます。

判決理由読み上げが始まって、「おっ!」と思ったのは、ディスプレイに判決理由の項目を、箇条書きで映し出したことです。注目されていた事件だけに、裁判官も気配りがあるようです。

それから延々と判決理由の読み上げが続きました。これが長い!事実関係の確認に2時間はありました。それからようやく判断の核心に入るのですが、これが短い!(といっても40分くらいでしたか)裁判長、もう少し時間配分を考えてくれればパーフェクトなんですが。まあ、そんな贅沢は言えません。貴重な無罪判決です。

これまで事件の経緯については、散々ブログで書いてきたので(下に添付の「過去の美濃加茂市長事件関連ブログ記事」参照)、敢えて無罪判決理由の詳細に踏み込みませんが、一番強調されていたのは、贈賄供述者の供述内容の変遷が不合理であり信用性に疑問があるとされたことです。

賄賂を渡すという「非日常的」な行為を、記憶が混同するほど度重なるほどやっていたならまだしも、わずか2回であれば、核心的な事実は克明に覚えているはずです。初めて賄賂を渡したとされたガストでの現金授受の現場に、同席者がいたことを忘れていたというのはやはり不自然極まりないとしか裁判官にも思えなかったものです。

2回の現金授受ではいずれも同席者が離席した間に、現金が手渡されたとされましたが、その時の着座位置は、いずれも贈賄者が離席した者に背を向けるものであり、離席した者の動向に全く注意を払っていないかのようであるのも不自然だという理由を述べた時は、「ふうむ、かなり常識的な感覚だな」と感じました(非常識な感覚をお持ちの裁判官も多いので)。

そして注目の「闇取引」に関する裁判官の判断ですが、そこでの冒頭に「その可能性はない」とばっさり切っていながら、その後の説明は、ほとんど弁護側の主張を認めているかのようでした。

「融資詐欺などで既に起訴されていた贈賄供述者が自分の量刑に大きな関心を抱くのは至極当然である。捜査機関の関心を他の重大な事件に向けることにより融資詐欺の進展を止めたいと考えたり、刑事事件の情状を良くするために捜査機関に迎合する行動に出ようと考えることは十分にあり得る。贈賄供述者には虚偽供述をする理由・動機が存在した可能性があったと考えられる。」

最後に裁判長の説諭です。

「市政に尽くされることを期待しています。頑張って下さい。」

閉廷後、郷原氏と固い握手を交わしました。ひどい風邪をひいていて、開廷前はかなりしんどそうでしたが、その風邪も吹っ飛んだようでした。

今後、検察は控訴の判断をすることになります。相当無理筋であることは、火を見るよりも明らかですが、私の一審無罪も控訴したくらいですから、川に飛び込むレミングよろしく引き返すことはないような気もします。それを、完膚なきまで叩きのめすチャンスと考える意思の強さが藤井氏には求められ、彼にはそれが備わっていると信じます。

また、贈賄側が有罪であり、収賄側が無罪という、本来必要的共犯(対抗犯)とされる犯罪で、中心的な事実である現金の授受の存否に裁判所が真っ二つの判断をし、それが判決としてはあり得るというところから、「刑事裁判は真実追求の場ではない」ということを市民が理解する機会になればいいと思います。

帰り際、美濃加茂市に勝利報告に行く藤井氏に、「次は国賠ですね」と声を掛けると、「八田さんと並びました。頑張ります!」と元気に答えていました。やはり「やる男」です。俺も頑張ろうっと。

ここをクリック→ 藤井氏無罪判決後手記

ここをクリック→ 『郷原信郎が斬る』「美濃加茂市長無罪判決 ~極めて当然だが決して容易ではない司法判断~」

過去の美濃加茂市長事件関連ブログ記事

ここをクリック→ #検察なう (418) 「美濃加茂市長事件、藤井浩人氏今週初公判!」

ここをクリック→ #検察なう (422) 「美濃加茂市長事件、第2回、第3回公判で贈賄供述者の証人尋問」

ここをクリック→ #検察なう (428) 「美濃加茂市長事件藤井氏被告人質問傍聴記」

ここをクリック→ #検察なう (438) 「美濃加茂市長事件アップデート~贈賄供述者の判決の重要性」

ここをクリック→ #検察なう (441) 「美濃加茂市長事件~藤井浩人氏公判結審」

ここをクリック→ #検察なう (442) 「美濃加茂市長事件の構図」

ここをクリック→ #検察なう (443) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part1 『贈賄供述の信用性』」

ここをクリック→ #検察なう (444) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part2 『藤井氏の無罪性』」

3/9/2015














好評発売中!
ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1




ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2015/03/09 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 1

go page top