「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

10« 2017 / 11 »12
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.

#検察なう (533) 「美濃加茂市長事件控訴審で異例の展開 ~ 「証人テスト」とはどういったものか」 2/25/2016 

#検察なう (533) 「美濃加茂市長事件控訴審で異例の展開 ~ 「証人テスト」とはどういったものか」 2/25/2016

注目の美濃加茂市長事件控訴審が異例の展開となっています。昨年8月に行われた控訴審初公判で検察官請求の証人尋問が採用され、一回結審とはならなかったことは以前にブログで書いたところです。

ここをクリック→ #検察なう (493) 「美濃加茂市長事件控訴審で1回結審ならず」

そこで採用された検察官請求の証人とは、取調べを行った警察官と検察官でした。異例の展開とは、裁判官が「私たちも別の証人を呼びたいと思ってるんですがね」と言い出したことです。それは第一審で、検察側証人であった贈賄者です。

裁判官は憲法で以下に定められているように、彼らの「職権」を行使することができます。

「全て裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(憲法第76条3項)

裁判官が証人尋問を主導したことがなぜ異例かということを理解するには、「当事者主義」を理解する必要があります。裁判においては、事案の解明や証拠の提出に関する主導権を当事者(即ち検察官や被告人・弁護人)に委ねる「当事者主義」が取られています。つまり、確かに裁判官の職権は憲法で認められているものの、実際上の運用では、彼らはあくまで局外のレフリーに徹して、自ら積極的に事案の解明や証拠の追求をするものではないということです(裁判官にそれらを認めるものを「当事者主義」に対して「職権主義」と呼びます)。

なぜこのような展開になり、それをどう解釈すべきかについては、ヤメ検の落合洋司弁護士とヤメ判の木谷明弁護士のコメントを引用しつつ、的確にまとめた江川紹子氏の次のブログをご参照下さい。

ここをクリック→ Yahoo!ニュース「高裁が職権で最重要証人を尋問へ~美濃加茂市長の事件で異例の展開」

ここでは、一般になじみが薄い「証人テスト」についてそれがどういったものであったかを私の経験を交えて説明させて頂きます。

刑事裁判公判が盛り上がる場面は何と言っても証人尋問であり、そのクライマックスが被告人質問です。

証人は検察側ないし弁護側のいずれかが証人請求し、その請求が裁判官に認められると公判で尋問が行われることになります。そして請求した側と認められた証人が事前に打ち合わせをすることを「証人テスト」と呼び、それは一般に認められています。つまり検察側請求の証人は、証人尋問において検察官が何を聞くか、逆に弁護側請求の証人は、証人尋問において弁護人が何を聞くかということは事前に分かっており、答えを用意しているということになります。

なぜそういったことが認められているかというと、刑事訴訟規則に次のように定められているからです。

「証人の尋問を請求した検察官又は弁護人は、証人その他の関係者に事実を確かめる等の方法によって、適切な尋問をすることができるように準備しなければならない」(刑事訴訟規則191条の3)

限られた時間内にスムーズに記憶を喚起させ、要点を押さえた回答をするには、それなりの準備が必要であることは言うまでのないことです。例えば、私の被告人質問は3回の公判に亘って、計10時間行われましたが、そのうち4時間は弁護人の質問で、弁護人との問答に関しては、あらかじめ原稿ができ上がっていました。

問題はその原稿をいかに作るかということです。例えば、私の場合、弁護人の質問をまず弁護団が作成し、それに対する答えは全て私が用意しました。打ち合わせの段階で、その答えを弁護団が手直ししたり、あるいは聞いて欲しい質問を私が追加したり、随分と擦り合わせを繰り返しましたが、結局、答えるのは自分であるため、被告人質問の答えは、私が自分の言葉で、自分の考えを書いたものを原稿として用意しました。私の被告人質問から3年半経過した今となっても、同じ趣旨の答えをすることに何の問題もありません。言い回しを考えることでもたつく場合もあるでしょうが、最終的には同じ回答はできるものです。つまり「限られた時間内にスムーズに答えるための準備をする」というのが証人テストの意義です。

裁判官もそうした証人テストが行われていることは、重々承知しているため、証人が用意できない反対尋問(検察側証人に対する弁護人及び弁護側証人に対する検察側の尋問)や、裁判官が自ら聞く補充尋問とに齟齬がないかを注目しているものです。

しかしその原稿が、答えも他人が100%用意した「台本」であったとしたらどうでしょうか。その場合、「台本」を頭に入れた直後であれば、問題なくその台本通りの受け答えができたとしても、その「台本」の読み合わせから時間が経過してしまえば、全く違う受け答えをする可能性が出てくることは明らかです。

今回、美濃加茂市長事件での証言で、一審の際に検察側証人であった贈賄側の証人が新たに尋問をされるという事態で、検察側証人であった者が証人になるのであれば、当然有利に考えるべき検察が、躍起になって記憶の「鍛え直し」にこだわっていることが何を意味するかは明らかだと思われます。

以前のブログで、証人テストの問題点とその対抗策を弁護人の立場で書いています。合わせてお読み頂ければ幸いです。

ここをクリック→ #検察なう (362) 「検察「証人テスト」の問題点と対抗策」 

また、こちらは前田恒彦氏の証人テストに関する記事です。

ここをクリック→ Yahoo!ニュース「美濃加茂市長無罪判決でも問題とされた 検察が刑事裁判で行っている「証人テスト」って、どんなもの?」

真実は必ず正しい者に味方することが期待されてしかるべきです。その期待を裁判所は往々にして裏切ってきましたが、この村山浩昭裁判長の訴訟指揮にはその期待を懸けてもいいと感じさせます。依然、注目の美濃加茂市長事件です。

2/25/2016











ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2016/02/25 Thu. 07:46 [edit]   TB: 0 | CM: 1

go page top

#検察なう (493) 「美濃加茂市長事件控訴審で1回結審ならず」 8/27/2015 

#検察なう (493) 「美濃加茂市長事件控訴審で1回結審ならず」 8/27/2015

注目の美濃加茂市長事件控訴審の初公判が先日8月25日に行われました。

検察がしょーもない証拠を並べ立てて証拠調べ請求をするというのは、私の控訴審でもそうであったように、当然のことでした。刑事司法のルールとして、控訴審においては、一審の段階で証拠調べ請求ができなかったやむを得ない事情がある証拠の採用が認められなければ、一審の判決を維持しなければならないと定められているからです。

ここをクリック→ #検察なう (317) 「控訴審とは」

美濃加茂市長事件控訴審では、検察官は捜査段階の事実調べに関するメモなど十数点の証拠と贈賄供述者の取調べを担当した警察官と検察官の証人尋問を請求しました。これらしょーもない証拠の全てが却下され、1回結審であればゲームセットでしたが、裁判所は検察官請求の証拠は「留保」、証人尋問を採用し、第二回以降に勝負は持ち越されることとなりました。

ここをクリック→ 弁護士ドットコムNEWS「美濃加茂市長VS検察」名古屋高裁で「二審」がスタート―ふたたび全面対決

検察官控訴の場合、1回結審は異例中の異例であり(注)、検察官請求の証拠採用はある意味当然のことではあるのですが、やはり過去のデータを紐解くと、検察官控訴の場合の一審判決破棄率は異常というほど高く(これは日本の刑事司法において、推定無罪原則が軽視されていることの表れだと考えられます)憂慮すべきことではあります。

ここをクリック→ #検察なう (284) 「検察控訴における一審判決破棄率」

しかし採用された証拠が、贈賄供述者を取り調べた警察官・検察官の証人尋問ということが、今回の1回結審とならなかったことの鍵だと感じます。

収賄罪と贈賄罪は、収賄行為と贈賄行為の両方の行為が犯罪となることが必要である必要的共犯(対向犯)とされながら、美濃加茂市長事件においては、贈賄側と収賄側の主張が真っ向から対立し、先に審理された贈賄者が有罪となりながら、後に審理された藤井市長は無罪となったのが美濃加茂市長事件の一審でした。藤井市長の無罪判決は、贈賄供述者の信用性が否定されたことを意味します。

新たな事実審理の門戸が開かれたかのように思える検察官請求の証拠採用ですが、その証人は、贈賄供述者あるいは藤井市長その人ではなく、贈賄供述者を取り調べた捜査官であるということは、控訴審裁判体は一審裁判体が認定した、信用ならない供述がどのようにして取られたかに興味を持っているというように感じられます。

これは一審無罪で判じられた藤井市長の無罪に異議を唱えるものではなく、なぜ捜査権力の意向に沿うような供述が取られたかというこの事件の本質に迫ろうという努力なのではないかと私は推測します。

その点について、藤井市長の主任弁護人郷原信郎氏が、ブログ『郷原信郎が斬る』において「美濃加茂市長事件控訴審、事実審理開始で重大なリスクを抱え込むことになった検察」として論じていますので、是非ご一読下さい。私は郷原氏の視点を支持し、引き続き藤井市長を支援したいと思っています。

ここをクリック→ 『郷原信郎が斬る』「美濃加茂市長事件控訴審、事実審理開始で重大なリスクを抱え込むことになった検察」

(注)
その異例中の異例のことが起こったのが私の控訴審でした。

ここをクリック→ #検察なう (347) 「控訴審初公判報告~検察官控訴で門前払いの一回結審」

ここをクリック→ #検察なう (349) 「控訴審初公判法廷画 by 高杉ナツメ」

8/27/2015















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2015/08/27 Thu. 02:30 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (459) 「検察に引き返す勇気はないのか~検察、美濃加茂市長事件で藤井市長無罪判決を控訴」 3/19/2015  

#検察なう (459) 「検察に引き返す勇気はないのか~検察、美濃加茂市長事件で藤井市長無罪判決を控訴」 3/19/2015

美濃加茂市長事件において、検察は一審無罪判決を不服として、本日19日が期限の控訴をすると報じられています。

この報道を目にした時、私は激しく動揺してしまいました。それは自分が検察官控訴された時のことがフラッシュバックしたからです。

私の一審無罪判決はおととし3月1日でした。控訴の期限は2週間後の3月15日。控訴の判断は期限一杯と思っていた私の携帯が鳴ったのは3月12日のことでした。その電話は大手メディアの記者からでした(私は積極的に情報開示に努め、取材をしてくれた記者には私の個人用の携帯番号を渡し、常に取材に応じる旨伝えていました)。

「八田さん、検察は控訴を決めました。今のお気持ちをお聞かせ願えますか」

3月1日の無罪判決以降、支援の気運は盛り上がり、検察控訴を阻止すべく陳情書が寄せられました。それは1週間で249通に達していました(注)。その矢先であったため、私は地に叩きのめされたように感じました。

しかし一晩寝た後はファイティングスピリットに再点火、冷静に状況を判断できたものです。検察官控訴が報じられた翌日に書いたブログをお読み頂ければ、今回の美濃加茂市長事件での検察官控訴と共通項を見出すことができると思います。

ここをクリック→ #検察なう (277) 「検察控訴の背景を探る」

一般人の感覚からすると「ありえない」と感じる控訴が、検察内部の者あるいは検察の事情に通じた者からすると当然至極であろうことに私は危惧を覚えます。

この「控訴は避け得ない」という彼らの感覚は、検察が一方当事者であることによります。つまり、無罪判決は「負け」という感覚です。我々一般人の感覚からすると、検察は公益の代表者であり、悪を許さない正義の擁護者です。そして過ちを正す者のあるべき姿勢として、自らが過ちを犯した場合には、潔くそれを認める真摯な態度が求められます。その一般人の感覚と現実(=検察の感覚)とに乖離があるということをこの検察官控訴は物語っています。

今回の暴挙とも言うべき検察官控訴によって、絶対に自らの過ちを認めようとせず、それが結果、国民の信頼を失うことになることを検察が理解していないかのようであることを国民の一人として憂うものです。それは、あたかもレミングが川に集団自殺するのを見るようです。自分たちの判断の誤りを裁判所に責任転嫁し、「自分たちは間違っていない。裁判所が間違っている」という情けない言い訳に、国民が騙されると思っているのでしょうか。そうした目先だけの問題回避を図ることは、長期的には検察に対する信頼を大きく損なうものです。

捜査権力、司法権力の権威はつまるところ国民の信頼に裏打ちされてこそのものです。そして彼らの権威が損なわれて、結局損をするのは我々国民です。

最後に私は、冤罪回避の刑事司法改革の最も有効な手段が、検察上訴権の廃止であると考え、そもそも検察上訴は憲法違反ないし過去の判例の不当な拡大解釈であると考えていることを述べたいと思います。詳しくは以下添付の過去のブログをご参照頂ければ幸いです。

ここをクリック→ #検察なう (87) 「司法改革 (2) 『二重の危険』」

刑事被告人の汚名を着せ続けられる藤井氏の悔しさは、痛いほどよく分かります。彼には是非それをはねのけてほしいと思います。美濃加茂市長事件の検察官控訴のテクニカルな面に関しては、主任弁護人郷原信郎氏の以下のブログを参照下さい。

ここをクリック→ 『郷原信郎が斬る』「「美濃加茂市長事件無罪判決に検察控訴の方針」は、「妄想」か「狂気」か」

(注)
陳情書のハイライトを紹介します。これが私の支援者の声でした。藤井氏の支援者の方々も今、同じような気持ちであることと思います。

ここをクリック→ #検察なう (271) 「陳情書一例」

ここをクリック→ #検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」

ここをクリック→ #検察なう (275) 「陳情書ハイライトPart2」

ここをクリック→ #検察なう (276) 「陳情書ありがとうございました+ハイライトPart3」

3/19/2015








好評発売中!
ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1




ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2015/03/19 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 2

go page top

#検察なう (456) 「美濃加茂市長事件藤井氏無罪判決公判傍聴記」 3/9/2015 

#検察なう (456) 「美濃加茂市長事件藤井氏無罪判決公判傍聴記」 3/9/2015

3月7日に弁護士会主催の前田恒彦元特捜部主任検事と私の講演&パネルディスカッションが名古屋であり、どうせ名古屋に行くのならと、これまで支援してきた藤井氏の判決を傍聴しに3月5日の判決当日名古屋入りしました。

彼の主任弁護人の郷原信郎氏は、私の国賠審代理人チームのメンバーでもあり、私の国賠審の弁護士ミーティングでもよく美濃加茂市長事件のことは話題になります。先日もミーティングの際に、郷原氏が「3月5日の判決言い渡しは、2時間以上となりそうです」と言ったところ、元判事の森炎氏が「なら無罪でしょ(笑)有罪なら理由の言い渡しにそんなに時間かからないし」と言っていました。しかし、刑事裁判は有罪率が99.9%超えというとんでもない世界なので、「試合に勝って勝負に負ける」ということは十分ありえます。

当日は見事な晴天。でも寒っ!

裁判所

開廷前の藤井氏です。余裕の笑顔かな?

藤井市長

傍聴券を無事ゲットして入廷しました。

傍聴券

開廷前に撮影が入るのは、東京地裁でも経験しているのですが、名古屋地裁では、撮影後に裁判官の方々は一旦退廷します。そしてすぐさま再入廷(東京地裁では撮影後そのまま開廷)。ところ変われば品変わるなんですね。

緊張する間もなく、裁判長の判決読み上げです。

「主文、被告人は無罪。」

うーん、やはり「被告人『は』」と聞くのはいいですねえ。「を」は聞きたくないもんね。記者が速報を伝えるべく、雪崩を打って飛び出して行きます。

判決理由読み上げが始まって、「おっ!」と思ったのは、ディスプレイに判決理由の項目を、箇条書きで映し出したことです。注目されていた事件だけに、裁判官も気配りがあるようです。

それから延々と判決理由の読み上げが続きました。これが長い!事実関係の確認に2時間はありました。それからようやく判断の核心に入るのですが、これが短い!(といっても40分くらいでしたか)裁判長、もう少し時間配分を考えてくれればパーフェクトなんですが。まあ、そんな贅沢は言えません。貴重な無罪判決です。

これまで事件の経緯については、散々ブログで書いてきたので(下に添付の「過去の美濃加茂市長事件関連ブログ記事」参照)、敢えて無罪判決理由の詳細に踏み込みませんが、一番強調されていたのは、贈賄供述者の供述内容の変遷が不合理であり信用性に疑問があるとされたことです。

賄賂を渡すという「非日常的」な行為を、記憶が混同するほど度重なるほどやっていたならまだしも、わずか2回であれば、核心的な事実は克明に覚えているはずです。初めて賄賂を渡したとされたガストでの現金授受の現場に、同席者がいたことを忘れていたというのはやはり不自然極まりないとしか裁判官にも思えなかったものです。

2回の現金授受ではいずれも同席者が離席した間に、現金が手渡されたとされましたが、その時の着座位置は、いずれも贈賄者が離席した者に背を向けるものであり、離席した者の動向に全く注意を払っていないかのようであるのも不自然だという理由を述べた時は、「ふうむ、かなり常識的な感覚だな」と感じました(非常識な感覚をお持ちの裁判官も多いので)。

そして注目の「闇取引」に関する裁判官の判断ですが、そこでの冒頭に「その可能性はない」とばっさり切っていながら、その後の説明は、ほとんど弁護側の主張を認めているかのようでした。

「融資詐欺などで既に起訴されていた贈賄供述者が自分の量刑に大きな関心を抱くのは至極当然である。捜査機関の関心を他の重大な事件に向けることにより融資詐欺の進展を止めたいと考えたり、刑事事件の情状を良くするために捜査機関に迎合する行動に出ようと考えることは十分にあり得る。贈賄供述者には虚偽供述をする理由・動機が存在した可能性があったと考えられる。」

最後に裁判長の説諭です。

「市政に尽くされることを期待しています。頑張って下さい。」

閉廷後、郷原氏と固い握手を交わしました。ひどい風邪をひいていて、開廷前はかなりしんどそうでしたが、その風邪も吹っ飛んだようでした。

今後、検察は控訴の判断をすることになります。相当無理筋であることは、火を見るよりも明らかですが、私の一審無罪も控訴したくらいですから、川に飛び込むレミングよろしく引き返すことはないような気もします。それを、完膚なきまで叩きのめすチャンスと考える意思の強さが藤井氏には求められ、彼にはそれが備わっていると信じます。

また、贈賄側が有罪であり、収賄側が無罪という、本来必要的共犯(対抗犯)とされる犯罪で、中心的な事実である現金の授受の存否に裁判所が真っ二つの判断をし、それが判決としてはあり得るというところから、「刑事裁判は真実追求の場ではない」ということを市民が理解する機会になればいいと思います。

帰り際、美濃加茂市に勝利報告に行く藤井氏に、「次は国賠ですね」と声を掛けると、「八田さんと並びました。頑張ります!」と元気に答えていました。やはり「やる男」です。俺も頑張ろうっと。

ここをクリック→ 藤井氏無罪判決後手記

ここをクリック→ 『郷原信郎が斬る』「美濃加茂市長無罪判決 ~極めて当然だが決して容易ではない司法判断~」

過去の美濃加茂市長事件関連ブログ記事

ここをクリック→ #検察なう (418) 「美濃加茂市長事件、藤井浩人氏今週初公判!」

ここをクリック→ #検察なう (422) 「美濃加茂市長事件、第2回、第3回公判で贈賄供述者の証人尋問」

ここをクリック→ #検察なう (428) 「美濃加茂市長事件藤井氏被告人質問傍聴記」

ここをクリック→ #検察なう (438) 「美濃加茂市長事件アップデート~贈賄供述者の判決の重要性」

ここをクリック→ #検察なう (441) 「美濃加茂市長事件~藤井浩人氏公判結審」

ここをクリック→ #検察なう (442) 「美濃加茂市長事件の構図」

ここをクリック→ #検察なう (443) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part1 『贈賄供述の信用性』」

ここをクリック→ #検察なう (444) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part2 『藤井氏の無罪性』」

3/9/2015














好評発売中!
ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1




ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2015/03/09 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 1

go page top

#検察なう (444) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part2 『藤井氏の無罪性』」 1/12/2015 

#検察なう (444) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part2 『藤井氏の無罪性』」 1/12/2015

前回ブログでは、美濃加茂市長事件の藤井弁護団の弁論を読み解くとして、最大の鍵である贈賄供述の信用性にフォーカスして述べました。

ここをクリック→ #検察なう (443) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part1 『贈賄供述の信用性』」

今回は「藤井氏の無罪性」と題して、そのほかの論点を拾ってみたいと思います。

この事件が贈収賄事件として非常に特殊であるのは、金銭授受が行われたとされる現場が、ファミリーレストラン(ガスト)や炉端焼き店(山家)といった公共の場であり、しかもその会食に第三者が同席しているという点です。

贈賄者としては勿論、収賄する者も、当然金銭授受の場は人目を避けるのが常識であり、そうした状況を作ることに何ら制約がなかったにもかかわらず、衆人環視の状況を選んだというのは異常であり、それ自体がそもそも無理筋と私は感じます。

2回の金銭授受があったとされた場に同席した、第三者T氏の供述は非常に重要です。彼は公判ではっきりと、金銭授受の現場は見ていないし、会食の間離席もしていないと証言しています。これは藤井氏の無罪性を証明するアリバイのようなものです。

彼の公判における供述は以下の通りです(弁論より)。

① 2回の会食で席を外したことはない。この点については、一貫して「席を外してない」と言ってきている。
② 会食の場で席を外す可能性としては、携帯電話がかかってきたり、トイレに行くであったり、ファミリーレストランであれば、ドリンクバーというのがあったりするが、2回の会食の際、いずれの理由でも席を外したことはない。
③ もともとトイレには余り行かない体質で、トイレに行くのは、平均して1日に2回か3回である。また、一般的に、大事な話の前にトイレに行く癖があることを理解したが、山家ではトイレに行っていない。山家には、5、6回行っているが、山家のトイレの位置を初めて知ったのは、平成26年8月頃のことである。
④ 被告人と一緒にいる時間は、Tにとって貴重な時間であるので、仮に大事な電話がかかってきたとしても、その場で出て、後でかけ直すことを伝えるまでで、電話を持って席を外してまでして、携帯電話での会話を被告人との会話より優先することはない。
⑤ 他人の分までドリンクバーに飲み物を取り に行ったことはない。4月2日に3人でガスト美濃加茂店に行った時も、最初に3人でドリンクバーに取りに行って、その後は取りに行ってない。

これは藤井氏の公判における以下の供述とも一致しています(弁論より)。

ファミレスに行った際に、ドリンクバーの飲み物を誰かに取りに行ってもらうとすれば学生時代の後輩と行ったときぐらいで、それ以外は自分で取りに行く。Tと一緒のときは、私が年上の Tの分を取りに行くことはあっても、Tが私の分を取りに行くということはあり得ない。

T氏は10歳以上年下の藤井氏を「藤井君」と呼んでいました。

これに対し、検察官は、1年以上前の会食に関し記憶と推測が混同されており、T氏が「席を外してない」と述べるのは、記憶でなく推測なのではないかと反論しますが、T氏は、「記憶というものは曖昧であろうとも、論理的にもそれであると、基本的に記憶があるというのは変わっていません」、推測ではなく「記憶に基づいた論理的な説明です」「記憶に基づいて、記憶の裏付けでトイレの場所すらも知らなかったということです」と公判で明確に述べています。

弁論でも、T氏の供述の信用性が高いことを評価しています(弁論より)。

Tとしては、限られた短い時間の中で、特に、山家に関しては、被告人と政策論議等を行うという重要な目的を有しつつ、被告人と会っているのであって、会食の際に Tが席を外していないとするのは、当時の状況からして、客観的にも主観的にも、至極当然の言動である。

公判では、離席したことを明確に否定したT氏でしたが、警察・検察の取り調べ段階では、T氏が「金銭授受の現場を目撃していない」と否認を貫いたことから、そのターゲットは離席したかどうかにシフトし、その可能性があったかのような供述調書を取られています。これに関して、弁論は以下のように述べます。

(以下抜粋引用)
検察官としては、Tの取調べを通じて、T自身より「Tが現金授受の現場を見た」という供述ではなく、「会食の際に、席を外した」という供述を引き出すことが最大の目的であったことは明白である。それ故、6月26日の取調べの際、検察官からTに対し「会食の際に、席を外したことがあるか」といった内容の質問自体がなされていないとは到底考えることはできない。にもかかわらず、同日取られた検察官調書には、これに真正面から回答する記載は存在せず、離席に関する記載としては、誤導紛いの卑劣な聴取方法を用いた結果得られた「仮に、Nが藤井にお金を渡しているとするなら、私がトイレや電話などで席を外した際に渡しているのではないかと思います」との記載のみである。

仮に、同日の取調べにおいて、Tが検察官に対し「席を外した」もしくは「席を外した可能性はあります」といった供述をしていたのであれば、それこそ、検察官がまさに獲得しようとしていた供述そのものであるから、そのままを検察官調書に記載したはずである。しかしながら、同調書にそのような記載が存在しないことからすれば、同取調べにおいて、Tは検察官に対し「席は外していない」と答えていたと考えるのが自然である。
(引用以上)

贈収賄の金銭授受現場に同席した第三者に離席の供述を迫るのは、郷原氏がペンネーム由良秀之で著し、WOWOWでドラマ『トクソウ』として放映された『司法記者』の内容を彷彿とさせるものです。未来を予見していたかのような一致ですが、これはつまり、「金銭授受の現場で、第三者に目撃の供述を得られないのなら、離席していたことにすればいい」という検察マインドにおける常套パターンであることを意味していると思います。

あくまで「可能性」の議論ですが、「困難ではあるが、不可能とまでは言えない」という認定を裁判官にしてもらうためには、とにかくゴール前にパスだけは出すという発想です。パスを出さなければ、いかに検察に肩入れする裁判官であってもゴールできないためです。

そのほかの論点として、私は、藤井氏が請託の対象とされる浄水プラントにそもそも積極的であったことは重要だと考えます。藤井氏が、浄水プラントは市にとって有益であると理解し、その設置を働きかけていたということは、賄賂を渡す必要がないことを意味します。

藤井氏が中林氏と初めて会った時の記憶に関する弁論の記述です。

(以下抜粋引用)
被告人は、Nと最初に会った木曽路錦店でのことを比較的明確に記憶している。それは、大学時代から環境を専門分野とし、防災対策にも強い興味関心を持っていた被告人にとって、Nが提案する浄水プラントの性能や効果は興味を引くもので、高い関心を持ったからである。

そして、N から、浄水プラントがすでに岐阜県で2か所取り入れられていることを知って、当時、教育・地方活性化と並んで防災を市議の活動方針としていた被告人は、美濃加茂市でもこの浄水プラントを取り入れることが十分可能なのではないか、それを検討すべきでは
ないかということを、自身の議員活動として主体的に考えた。
(引用以上)

また、もし中林氏が賄賂を贈っていたのであれば、賄賂を贈りっぱなしということはなく、その見返りを求めて、藤井氏に積極的に働きかけるのがあるべき状況ではないでしょうか。

しかし、中林氏は藤井氏が市長に当選して以降、彼がより権限を持つ立場になったにもかかわらず、全く接触した形跡がありません。

(以下抜粋引用)
結局、Nは、浄水プラントの導入に関して、被告人が美濃加茂市会議員であったころには2回にわたって合計30万円を渡しているが、市長就任後にはほとんど接触すらなかったことになる。

Nがめざしていた美濃加茂市への浄水プラントの導入というのは、同市と水源との間でレンタル契約を締結し、同社が安定的な収入を得ることができるようにすることだったのであり、実験プラントを設置しただけでは、水源は先行投資しただけでほとんどメリットがない。

市議時代に、人に知られないように賄賂として30万円の現金を渡した目的が、市長就任後に浄水プラントの導入について便宜を図ってもらうことにあったのだとすれば、Nとしては、賄賂を受け取っていることの弱みに付け込んで様々な要求を行っていくのが当然であり、特に、市当局から、当面は水源がすべて費用を負担する実証実験しかできない、と言われた際には、何とかしてレンタル契約が締結できるよう被告人に働きかけるはずである。ところが、Nはそのような動きは全く行っていない。
(引用以上)

弁論は以下のように結ばれます。

結語
本件は、すべてが作り上げられた犯罪である。Nが被告人に30万円の賄賂を渡したという事実が作り上げられたことのみならず、N が贈賄を自白した動機について、「ゼロになって社会復帰するためにすべてを話そうと思った」などという話が作り上げられて法廷で涙ながらに語り、贈賄供述の経過については、客観的証拠との辻褄合せではなく、自ら記憶を喚起して供述したかのような話が作り上げられ、贈賄立証の支障になる賄賂授受の現場の同席者については供述の変遷が作り上げられ、被告人が行っていない市議会での議会質問が、検察官調書によって作り上げられたのである。

そして、具体的かつ自然で関係証拠と整合するとの贈賄供述の信用性は、連日朝から晩までの取調べや証人テストという、検察官と Nの異常な関係の中で作り上げられたものなのである。

こうして作り上げられた現職市長の収賄事件である本件に対して、裁判所の公正な判断が下され、被告人に対して無罪の判決が言い渡されることを確信するものである。

1/12/2015






















好評発売中!
ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1




ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2015/01/12 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 6

go page top