「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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Pray For Paris 

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2015/11/16 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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「Autumnのこと」 4/27/2014 

「Autumnのこと」 4/27/2014


初七日を迎えました。

刻一刻と容体が悪くなって行く中、動物病院に連れて行った時には、まさか連れて帰ることができなくなるとは予想すらしていませんでした。

「医者として私は、彼女を返すわけにはいかない」と言う医者に、回復する可能性もあるのではとどうしても判断がつかず「一晩だけ一緒にいさせてくれ。彼女は生きたいと思っているのではないか」と言いました。医者は、「彼女は人間の言葉を話すことができないから、私が代弁するが、彼女はもう行かせてくれと言っている。もし連れて帰るなら、私はSPCA(動物虐待防止協会)に連絡しなくてはならない」と言われ、諦めざるを得ませんでした。

私に抱きかかえられ、薬物を注入するその瞬間まで、私は自分が取り返しのつかない恐ろしいことをしようとしているのではないかという思いに苛まれましたが、彼女が息を引き取る瞬間、医者の判断は正しかったと理解しました。彼女は全く苦しむことなく旅立つことができたからです。

彼女は19歳の天寿を全うしたと、私は思っています。

私にとっては、命の灯が消える瞬間を目の当たりにする初めての経験であり、以来、いろいろなことを思います。勿論、彼女が生きていた頃の思い出も。私は、バンクーバーにいる間はNYマーケットのオープン(バンクーバー時間で朝6時半)を見る習慣なので、早起きの勤勉な給仕係でした。それでも起きてこないとみると、ベッドに上がってきて、顔をぺしぺし叩いたり、それを無視しているとおでこに噛みついてきました。

それから、必ずや来る私の両親の死、あるいは自分の死といったことも考えました。死に目に会うことの意味や幸運さも分かった気がします。

また命を奪うことの責任も考えないわけにはいきません。私が裁判員になって、死刑を宣告しなくてはいけない時には、処刑に立ち会う覚悟をもって判断する心構えができました。存置派の方には是非考えてほしいと思います。アメリカで行われている薬物注射の処刑がいかに人道的であるかということも理解しました。

医者は若い女医でしたが、彼女の“All the living have right to die with dignity.(全ての生きとし生ける物は威厳をもって死ぬ権利を持っている)”という言葉は、最後の瞬間に私を見つめていたオータムのまなざしと共に忘れることはないと思います。

Rest in Peace, Autumn.

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4/27/2014

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2014/04/27 Sun. 09:40 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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Autumn 

R.I.P

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2014/04/20 Sun. 21:17 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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田原総一朗氏と生討論 

田原総一朗氏と生討論

田原総一朗氏と対談後

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2011/06/12 Sun. 13:16 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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