「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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外資系証券なるもの (19) 「戦士の休息」  

外資系証券なるもの (19) 「戦士の休息」

私が社会人になって最初に入り14年間勤めたソロモン・ブラザーズ証券でも仕事は忙しかったのですが、クレディ・スイス証券に移ってからの仕事の量はその比ではありませんでした。

印象としてはクレディ・スイス証券では、ソロモン・ブラザーズ証券にいた頃の倍は働いたような気がします。勿論、一日の時間が限られている以上、倍ということはありえないのですが、それだけクレディ・スイス証券では忙しかったし、働くのが楽しかったものです。そして、これが不思議な事に、この後ベアー・スターンズ証券に移籍した後は、クレディ・スイス証券の更に倍とは言わないまでも五割増しで働いたような印象でした。昇進して会社でのランクが上がれば上がるほど忙しくなるのが外資系証券の世界です。

その忙しさの感覚はボクサーの減量のように、ぎりぎりまで体重を落とすとそれからの数百グラムの減量が大変なことと近いものです。それでも最終的にはそれを可能にするのですから、人間のポテンシャルというのは自分で限界を決めているように感じます。

一口に忙しいといっても、私が従事していたトレーダーという仕事は、一日の中でその忙しさに波があります。取り引きの瞬間は、否応なくそれに集中せざるをえないのですが、それ以外の時間も暇ということではなく、自分で考えて有効に使わなければなりません。それはあたかも狩猟で、獲物が現れた瞬間は目の前の獲物に集中しますが、それ以外の時間は槍を研いだり、けもの道を研究したりすることに似ています。

一日の中でも精神的にもいつも緊張しているわけにはいかず、弛緩する時間も必要でした。私の最高の気分転換が仕事中の歯医者通いでした。ソロモン・ブラザーズ証券のオフィスと同じ赤坂のビル内にオフィスを構えていた歯医者に私は毎週のように通い、会社を変わっても同じ歯医者に通い続けました。歯医者というのは、問題が生じたから行くわけでなくとも、日頃のメンテナンスや、噛み合わせの調整など案外通う理由があるものです。

香港ノワール映画の代表作の一つに『インファナル・アフェア』があります。ハリウッドでもマーティン・スコセッシ監督によりリメイクされた映画です(オスカーを受賞したハリウッド・リメイク版の『ディパーテッド』はひどい出来でしたが)。マフィア組織に潜入捜査していたトニー・レオン演じる捜査官が、ケリー・チャン演じるセラピストに、極度の緊張から逃れるつかの間の休息のために通うというシーンが出てきます。毎週通った歯医者の診療台は、私にとってはまさに映画のセラピストのベッドでした。ドリルの振動が心地よいバイブレーションとなって響き、診療台に備えられたテンピュールの枕が頭の中の澱を吸い取ってくれるかのように深い眠りに落ちるのです。

院長の福田原先生(今は私のゴルフの好敵手)も最初の頃は「八田さん、頑張って起きていて下さい」と言っていたのですが、そのうち心得たもので、私の診療の時は口を開けたままにしておくマウスピースをつけてくれるようになりました。

そうして一時間近くぐっすり休んで英気を養って、私はまた仕事ができるのでした。













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外資系証券なるもの (18) 「モーゲージ証券のカスタマー・トレーディング」 

外資系証券なるもの (18) 「モーゲージ証券のカスタマー・トレーディング」

私が外資系証券で稼働していた21年間のほとんどの期間は、モーゲージ証券と呼ばれる米国債券のカスタマー・トレーダーでした。

債券とは、つまるところ債券を発行した者による借金です。例えば日本国債といえば、日本が、その債券の投資家に借金をしている証書です。借金であるからには、返済期限としての償還日があり、ただで借りているわけにもいかないので、貸してくれた人に払う利息として債券の利子があるというわけです。

債券と普通の借金・ローンとの大きな違いは、前者は有価証券の一種で売買が容易にできるのに対し、後者は転売が容易ではないという点です。普通の借金・ローンを転売できるように有価証券に作り替えることを「証券化」といいます。

証券化は、1970年台にアメリカで考案された金融イノベーションであり、代表的な商品として住宅ローン、商業用不動産ローン、クレジット・カード・ローン、自動車ローンなどを証券化したものがあります。そして、それらをまとめて「資産担保証券」と言います。

住宅を抵当として借り入れる住宅ローンは、アメリカでは「モーゲージ」と呼ばれます。私が外資系証券に勤務して扱っていた商品のモーゲージ証券は、住宅ローンを証券化した資産担保証券の一種です。

私は、そのモーゲージ証券のカスタマー・トレーダーをしていました。トレーダーの仕事は、売買の際に値段を決める役割ですが、敢えて「カスタマー」とつけるのは、カスタマー・トレーダーでないトレーダーも投資銀行(注1)にはいるからです。

投資銀行において、証券の売買をするトレーディング部門は、大きく分けて対顧客に対して取引を執行する部門と、顧客とは全く関係なく自己資本を投資して取引を執行する部門があります。前者をカスタマー・トレーディングといい、後者をプロプラエタリ―(自己勘定)・トレーディングと呼びます。

人員の数から言えば、圧倒的に前者が多く、後者は少人数です。ところが収益的には、後者が高収益を上げ、会社の収益を押し上げることも少なくありません。

私が新卒として入社したソロモン・ブラザーズ証券は、1980年代当時、自己資本を投入して投資をするプロプラエタリ―・トレーディングでも一躍名を馳せていました。そのグループを仕切っていたのが、『ライアーズ・ポーカー』(注2)にも登場したジョン・メリウェザーでした。彼は、後にスピン・オフしてLTCM(Long Term Capital Management)という、ノーベル賞数学者らクウォンツを擁した伝説のヘッジ・ファンドを作り上げたことでも超有名な人物です。

対するカスタマー・トレーディングは、あくまで顧客がいて、彼らに対してマーケット・メーク(値付けして売買)するビジネスです。顧客が売りたいと言えば、買値を提示し、顧客が買いたいと言えば、売値を提示するのがカスタマー・トレーダーの仕事です。株式が取引所で取引され、どの業者に発注しても執行される値段が同じであるのに対し、債券の取引は、業者と相対で取引されるのが特徴です(これを「店頭取引」といいます)。

国債のように単純な証券であれば、トレーダーの仕事というのは売買の値付けと在庫管理だけが全てですが、私が扱っていたモーゲージ証券は、商品性の複雑さから、まず商品の説明をセールスや直接顧客に対してする必要がありました。いわゆるプロダクト・スペシャリストとしての仕事です。そうしたマーケティングもしながら、実際の取引となると値段を決めるというのが私の仕事でした。

(注1)
ここをクリック→ 外資系証券なるもの (7) 「Investment Bank 投資銀行とは」

(注2)
ここをクリック→ 外資系証券なるもの (14) 「ライアーズ・ポーカー」













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外資系証券なるもの (17) 「韓国中央銀行との接待」 

外資系証券なるもの (17) 「韓国中央銀行との接待」

私が、ソロモン・ブラザーズ証券からクレディ・スイス証券に移籍したのは2001年。移籍した当時のクレディ・スイス証券は惨憺たる状況でした。

私の移籍に先立つ1998年に、金融庁の検査忌避で業務停止処分を受けたことの影響でした。処分対象となったのは、デリバティブ商品を使った会計上のメリットを狙った取引だったようですが、その手の取引をやっていたのはクレディ・スイス証券だけではありませんでした。しかし、同じ取引をしていた外資系証券数社の中で飛び抜けてクレディ・スイス証券が厳しい処分を受けたのは、金融庁の検査が入るという段階で、関連書類を処分したり隠匿したりといった検査忌避が摘発されたからです。

その業務停止処分から3年が経過した、私が移籍した2001年時点でも、クレディ・スイス証券の東京支店はまさに開店休業状態の焼け野原でした。それが私の目にはビジネス・オポチュニティーと映ったことが、移籍先としてクレディ・スイス証券を選んだ大きな動機でした。しかし東京市場でビジネスが軌道に乗るまでには、相当な苦労と時間がかかりました。

東京市場での不評に比して、アジア市場ではクレディ・スイス証券の名前はヨーロッパ系金融機関の雰囲気を漂わせ、むしろイメージはよかったものです(クレディ・スイス証券はグループ本社こそスイスですが、証券会社の機能はアメリカのインベストメント・バンクを吸収合併して、そのカルチャーはアメリカのインベストメント・バンクのものでしたが)。例えば香港においての毎年行われる最大のスポーツイベントと言えば、「香港セブン」と呼ばれる7人制のラグビーですが、そのスポンサーはキャセイパシフィック航空とクレディ・スイス証券が行っていました。

そのアジアでの好印象を利用して、私は積極的に自分の担当商品であった米国モーゲージ債を売り込みに奔走しました。そして私のビジネスは、東京市場よりも先に、アジアで大きく飛躍することになります。

クレディ・スイス証券在籍の6年は、毎月、香港、北京、台北、ソウル、シンガポールといったアジアの拠点のどこかに出張という状況でした。一番行くことが多かったのは支店の規模が大きかった香港ですが、香港への出張は20回を越えたものです。

ソウルで私が一番多く訪問した投資家は、韓国の中央銀行である韓国銀行(Bank of Korea)でした。

一般に中央銀行は接待を受け付けてくれることはありませんが、韓国銀行とは一度だけ、勘定向こう持ちということで夕食会がありました。それは彼らの関係部署のスタッフ総勢約15人が参加という大宴会でした。

しかしタイミングが悪かったのは、その日が月曜日だったことです。もしビジネスで韓国に行き、接待をするのであれば、よほどの酒豪でない限り、週初は避け、木曜日や金曜日を選ぶのがよいと思います。

彼らはとにかく酒が強いのです。それが男の強さの証しだといわんばかりです。そしてビジネス・ディナーといえば、痛飲することがお約束。韓国のビジネス慣行では、月曜日が一番飲む日と言われています。土・日に静養して、元気一杯で飲めるからだそうです。そして毎日飲み続け、木曜や金曜あたりになると飲み疲れて比較的早めに上がるという、すさまじい酒豪文化です。

その晩も、ウイスキーのボトルが出てきました。それをショット・グラスに注ぎ、ビールのジョッキに沈めて飲む「ボイラー・メーカー」というカクテルでした。これを車座に座った一人一人順に一気飲みしていくという、日本では学生しかしないような飲み会でした。

女性スタッフも何人かいましたが、彼女たちの番では、代わりに誰かを指名して、その者が飲むという実に恐ろしい情景が繰り広げられました。

私も酒は嫌いではありませんが、それほど強い方ではありません。そして私は3周目が終わったところで撃沈しました。あとの記憶があまりないので、その場で何が起こったかを詳しく記すことができないのが残念です。

以降、韓国への出張は、必ず木曜ないし金曜に行くことにしたことは言うまでもありません。









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外資系証券なるもの (16) 「クリスマス・パーティー」 

外資系証券なるもの (16) 「クリスマス・パーティー」

外資系証券といえば、一匹狼が集まっているようなイメージがあるかもしれません。しかし成功している外資系証券は、例外なくチームワークが優れています。

「三本の矢」の教えは、一本だと容易に折れる弱い矢も三本集まると折れないという逸話ですが、その外資系証券バージョンの解釈は、そもそも弱い矢は役に立たないが、たとえどんなに強い矢であっても一本だと折れてしまうため、三本束ねて最強軍団を作ろうというものです。外資系証券では、一騎当千の個々の高い能力が必要とされますが、それを会社として集約して初めてビジネスの成功が得られるものです。

その会社としての求心力の創成に、私が社会人として最初に就職したソロモン・ブラザーズ証券は、全社を挙げてその価値を認めていたように思います。それが社員親睦の社内行事や本社における全新入社員の研修の意義でした。

ソロモン・ブラザーズ証券東京オフィスでの社内行事の中で、一番盛大だったのはクリスマス・パーティーでした。外資系証券のクリスマス・パーティーと言えば、とかくすかしたイメージがありますが、ことソロモン・ブラザーズ証券では違っていたと言えます。それはまさに「ザ・宴会」のノリだったからです。

ソロモン・ブラザーズ証券のクリスマス・パーティーでは、毎年、部署ごとに出し物を披露して、優劣を競っていました。数々の伝説の芸が生まれ、「あの年のあのチームの~はすごかったな。よし、今年は俺たちも負けないぞ」と、まるで全盛期の「スター新春かくし芸大会」の勢いでした。

どれだけすごいかと言うと、ニューヨーク本社でも、「東京オフィスのクリスマス・パーティーはすごいらしい」との噂が広まり、わざわざお偉いさんが出張をその時期に入れて、見に来るほどでした。

出し物の芸風を系統立てると、次の三つに分類されます。
①男どもの女装
②お色気路線
③本物の才能(楽器演奏等)

この中でも手堅いのは①の男の女装でした。私の所属していた外国債券チームは、ソロモン・ブラザーズ証券東京オフィスの看板部署でもあり、キャラも立っている者が多かったものです。その妙齢のオジサンたちに女装をさせるのです。年ごとにフラダンスやフレンチ・カンカンを彼らが真剣に踊る様は抱腹絶倒物でした。

ところが、年々クリスマス・パーティーもパワーダウンしてきたという批判が出るようになります。それは会社が大きくなったことの必然でした。やはり知っていない者がやるよりも、知っている者が馬鹿をやるからこそ盛り上がります。

1987年の私の入社当時たかだか100人程度だったオフィスも、500人を越えるようになると、仕事上関係のない部署の者は全く知らないという状況になっていきました。

そこで、司会として白羽の矢が立ったのが私でした。毎年、司会は男女ペアでやり、大概は紅白歌合戦の司会よろしく、男はタキシード、女はイブニング・ドレスです。その役目は順繰りに下の代にバトンタッチされていったのですが、ある年、いきなり年次を数年上がって私が抜擢されることになりました。

外資系証券での採用活動は、人事部ではなく現場のスタッフが面接をするため、人事部にとっての一年の一番の大仕事が年末のクリスマス・パーティーです。年々、徐々に新味に欠けていったクリスマス・パーティーに新風を吹き込むため、人事部からたっての頼みと乞われたものでした。

当日の私の衣装は、上半身裸で、アニマル・プリントのパンツ、ファーのコートにモデル風のどでかいサングラス。完全に気分はレニー・クラヴィッツ。相方は、セーラー服にルーズ・ソックスでした。私たちの登場から場内のボルテージは上がりっぱなし。

そして、例年の部署ごと対抗出し物という趣向を全くお蔵入りにして、私が仕切った企画は「ソロモン・ブラザーズ証券大運動会」。ホテル・オークラの大宴会場を借り切って、チーム対抗でガチの運動会をやったのです。

盛り上がった種目は例えば「食い物」競争リレー。宴会場のぐるりにテーブルを設置し、そこに食べ物を置いてリレーをしたのですが、食べ物というのが、普通のパン食い競争のようにパンではないところがミソです。例えば、外人指定のテーブルでは納豆とか、飲み物のテーブルではコーラ1リットルとかといった具合です。

そして最後のテーブルはピザを丸々1枚。会社を部署ごとに5~6チームに分けての対抗でしたが、見事に全チームが接戦で最後のテーブルに殺到し、勝敗はそのピザ早食いにかかっているという状況でした。観客の大勢が壇上のテーブルの周りに詰め掛けて「はよ食え!」「きゃー、早くー!」と場内大カオス状態でした。

そして最後の競技がチーム対抗大綱引きでした。日頃よほどフラストレーションがたまっているのでしょうか、皆の気合の入れ方は尋常ではありませんでした。特に、腕っぷしに自慢がある外人の盛り上がりたるや、映画で見るプロ・フットボールの試合前のロッカールームのごとくすさまじかったものです。

その翌年以降、ホテル・オークラでは、ソロモン・ブラザーズ証券のクリスマス・パーティーが出入り禁止になったことは言うまでもありません。













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外資系証券なるもの (15) 「9.11」 

外資系証券なるもの (15) 「9.11」

私の家にはテレビがありません。もともと広い家に住むことには憧れが全くなく、手狭な部屋ではスペースがもったいないという、実に消極的な理由でテレビを持っていませんでした。

ソロモン・ブラザーズ証券を辞めた2001年当時は、世田谷区用賀の六畳のワンルーム・マンションに住んでいました。部屋が少し広くなりビデオ観賞用のテレビを買ってもアンテナにつなげることはありませんでした。別にテレビが嫌いなわけではなく、子供の頃はドリフや『太陽にほえろ!』を毎週欠かさず見る普通のテレビっ子でした。今でも旅行で旅館の部屋にテレビがあると、テレビに見入ります。ただ、日常にテレビが介在することは全くありません。

仕事をしていた頃は、世界はニューヨークを中心に回っていたため、海外ニュースのアクセスはブルームバーグと言われる金融業界御用達のニュース端末やインターネットが重要なソースでした。日本の新聞は読む必要もなく、朝の通勤電車の中は、専ら小説を読む時間でした。

テレビがなくて唯一不便なことは、大きな事件が起こった時に、リアルタイムでフォローできないことです。私が、クレディ・スイス証券に入社して3ヶ月後に起こった9・11がまさにそうでした。

私はその頃は目黒区祐天寺に住んでいましたが、港区神谷町のオフィスまで、中目黒乗り換えの地下鉄日比谷線を使って通勤していました。ところが、月に一、二度朝寝坊をし、どうしても必要な時にはタクシーを使いました。タクシーだと車の中からニューヨークのトレーディング・デスクに電話ができるからです。

9・11の翌朝がたまたまそうでした。日本では夜のうちから大騒ぎになっていたようでしたが、私は全く知らず、朝寝坊をしてタクシーに飛び乗り、顧客の注文の状況を確認しようとニューヨーク・オフィスに電話をしました。

いつものように話し始める私に向かって、ニューヨークのトレーダーが言いました。
「何言ってるんだ。何が起こってるか分かってないのか。今どこだ」
「何かあったのか。今会社に向かってるところだけど」
「とにかく急いでオフィスに向かえ。そしたら分かるから」

朝の七時半頃オフィスに駆け込んで、ようやく状況が飲みこめました。かつてはソロモン・ブラザーズ証券の本社があり、ニューヨークに住んでいた頃は自分の部屋の窓から目の前にあったワールド・トレード・センターでした。その見なれたビルが崩壊する様は衝撃的でした。

市場は完全に機能を停止していました。それでもニューヨークのトレーダーは、顧客の注文の約定を執行しようと考えていました。電話でニューヨークと議論しながら、それは私にとっては大きなギャンブルとしか思えませんでした。

「客のリアクションを探ってから決めよう。もし彼らが緊急事態であることを理解して、我々がマーケットメークしないことに納得してくれたらこの取引はやるべきではない」

私は自分の考えをニューヨークのトレーダーに言いました。こうした状況で英雄になろうとすることは、大けがの元です。結局、顧客も事の重大さから、注文の執行ができなかったことに不満を唱えることはありませんでした。

この時ばかりは、テレビがあった方がいいかなと思ったものです。しかし、結局、それ以降も仕事や日常に忙殺される中、テレビをアンテナにつなげることはありませんでした。










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2014/08/24 Sun. 23:11 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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