「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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外資系証券なるもの (8) 「入社初日のできごと」 

外資系証券なるもの (8) 「入社初日のできごと」

入社初日の朝のことでした。新調したベルトのサイズをアジャストしようと、はさみでベルト革を切ろうとしたのですが、なかなか切れません。うりゃー!と力を入れて切ったところが、ばちーんと持っていた指の股を切ってしまいました。ピアニストが指を広げるためにやるあれです。

ひょえー!と大出血。でも病院に行っているひまがありません。なんとか自分で処置をして会社に向かうことにしました。その時の傷は20年以上経つ今でも残っています。

その時に丁度部屋でかけていた曲が映画「ビギナーズ」の主題歌、デビッド・ボウイの"Absolute Beginners"でした。映画の監督はミュージック・ビデオを数多く手がけたジュリアン・テンプル。エイス・ワンダーのパッツィ・ケンジットがヒロインで、ボウイ本人も出演ということで楽しみにして観に行ったのですが、ちょーつまんなかったことを覚えています。

「それって俺のこと?これって出来過ぎかも」とちょっとたそがれてしまいました。

それでは80年代の雰囲気を少し味わって下さい(このミュージック・ビデオもジュリアン・テンプルの作品です)。

ここをクリック→David Bowie "Absolute Beginners"

入社以前の面接時、ソロモン・ブラザーズは内幸町の富国生命ビルにありました。それが入社時には、既に六本木アークヒルズのアーク森ビルに移転。会社が急拡大していた時分で、面接時200人程度の社員数が、わずか半年経った入社時にはその倍ほどになっていました。

私の入社年度の新卒の新入社員は12人。400人近い社員の9割以上が日本の会社からの中途採用で、新卒で入った社員は当時、我ら12人を入れても20人足らずでした。

富国生命ビルの時には、受付といってもセクレタリーのような方が兼任で、入口を入ればすぐオフィスという感じだったのですが、アーク森ビルのオフィスは違いました。

まさに威風堂々としたマホガニー調の壁に看板がかかって、フルタイムのレセプショニストもいました。

「おー、外資系!」といった感じのレセプションでした。

とにかく朝からあわただしい雰囲気で、何の心の準備もなく出社したのですが、初日から社会人の洗礼を浴びることになります。

新入社員全員が会議室に集められました。

「朝、おまえらの中で会社に来て受付に挨拶した時に『~大学の』と言った奴がいる。ばかやろー!いつまで学生気分でいるんだ!」と怒鳴られました。

これが最初で、それから毎日のように怒鳴られる初っ端だったのですが、当時は思う由もありませんでした。

今は、社会人になってもかつての時代ほど怒鳴られるなんてことはないんじゃないでしょうか。少なくとも外資の証券では考えられないですね。自分もマネージャーになってから、あまり下の者に怒鳴った記憶がないので、やはり時代は変わったのかなと思います。ただ、当時自分が受けた先輩社員のきつい「しごき」は絶対、自分の糧になったように思います。今の若い人はその分、後から苦労するんじゃないかな、と感じたりします。

初日に新入社員に雷を落とした先輩社員が、その後大いにお世話になる糸瀬さんでした。彼は新人をしごく鬼軍曹の一人でした(何人もいたんですよー。それこそ4人くらい)。

懐かしいなあと、一人回顧にひたる今日のブログでした。

(続く)


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category: 外資系証券なるもの

2012/04/30 Mon. 16:12 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『ドライヴ』 ニコラス・ウィンディング・レフン監督 

フィルム・レビュー 『ドライヴ』 ニコラス・ウィンディング・レフン監督

ドライヴ

映画『ドライヴ』鑑賞。

ライアン・ゴズリンとキャリー・マリガン​という旬な役者二人の共演。

極端に少ないセリフと頻繁に使われるスローモーションが緊張感を保ちます。

とにかくクール。かっこよすぎてちょっとリアリティーに欠けるかも、くらいです。欲を言えばもう少し二人の恋愛感情の描写を深めてほしかったな。きれい過ぎる感じ。

ただ予告のナレーションのセンスのなさは映画配給会社もどうにかしてほしいです。予告だと単なるアクション物のように見えるんですけど。

カメラワークや音楽の使い方などかなり現代的な感覚。かなりバイオレントで、それも今の流行りっぽいです(別に暴力を肯定するわけではありませんが)。観て損はないかと。

ここをクリック→『ドライヴ』予告編


(Facebook 4/29/2012から転載)

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category: フィルム・レビュー

2012/04/29 Sun. 17:04 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (60) 

#検察なう T-shirt @天拝山社 「世の中から冤罪がなくなりますように」

天拝山社

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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/04/28 Sat. 17:21 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (126) 「氷山の一角 パート2 『ロボスクエア贈賄冤罪事件』」 4/27/2012 

#検察なう (126) 「氷山の一角 パート2 『ロボスクエア贈賄冤罪事件』」 4/27/2012

失意のうちに福岡から戻りました。また冤罪の被害者が救われることなく、刑事裁判における有罪率99.9%という司法の矛盾を感じただけでした。

事件は「ロボスクエア贈賄冤罪事件」。

ロボスクエアとは福岡市博多区にあるロボット体験スペースです。この市が運営する施設にパソコンをリースする契約において贈収賄があったとするのが、警察・検察の主張するストーリーです。以前に私が#検察なう (115) 「氷山の一角」で紹介したものです。

ここをクリック→#検察なう (115) 「氷山の一角」

冤罪の被害者は永末康子さんとその上司の方で、彼らは逮捕・起訴の時点で実名報道されています。

ここをクリック→ロボスクエア贈賄冤罪事件報道

本日、一審判決があり、私は福岡地裁まで傍聴に行きました。裁判の前後に、永末さんとはかなりの時間話をすることができました。

裁判の前にはかなり緊張が見て取れましたが(そりゃそうです)、「私には有罪になるということは考えられないんです」と言っていたことが印象的でした。自分が無実であることは彼女自身が一番よく知っており、「有罪」ということが全く現実感を持って感じられないというのは、冤罪被害者に特徴的なものです。私は誰よりもその感覚が分かります。

判決は求刑通りの懲役1年6ヵ月(執行猶予3年)。判決理由は詭弁山盛りで、明らかに結論ありきのものでした。一般常識が司法の手にかかるとここまで歪められてしまうのか、と今更ながら理不尽かつ厳しい現実を再認識したものです。無罪を書ける能力・気力がある裁判官はそうそういないということも再確認しました。

事件は複数のリース契約を巡ってのもので、そのリース契約の内容に立ち入ると、一見複雑なように見えます。しかしその本質は至ってシンプルなものです。複雑に見えるものほど、その実、本質はシンプルであるというのはよくある話です。

この事件においても、「リース業者が市の施設に納入したはずのパソコンが市職員の家にあった」という争うことのない事実に関し、その市職員とリース会社営業の永末さんの主張が真っ向から相反します。片や「賄賂として受け取った」、片や「通常のリース契約で市の施設に納入した」というものです。

本日の判決においては、永末さんの主張は不合理であると全て排斥されたのに対し、市職員の主張は全面的に認められました。

被告本人の供述の信用性は全く無視され、第三者の供述内容は全面的に信用される、ということは裁判では一般的です。それは被告本人は罪を免れるため言い逃れをするものであり、第三者にはその被告を罪に陥れる必要性がない、とされるためです。

しかし、今回の場合、パソコンの利益供与=贈賄を受けたとされる市職員には、永末さんを陥れる利益がありました。それは業務上横領の場合懲役10年以下であるのに対し、収賄の場合懲役5年以下と刑が軽くなる可能性があるからです。それをもって弁護側も市職員の供述内容は信用できないと主張しました。

これに対する裁判官の判断は、「取り調べ当初より市職員は収賄を認めていたが、当時、彼には適用される罪状によって法定刑期が違うといった法律知識があったとは認めがたい」とするものでした。単純横領事件よりも、贈収賄事件の方が警察にとって「おいしい」事案であれば、警察が取り調べにおいてそれを示唆することを想像するのはそれ程難しくないにも関わらずなのにです。

想像してみて下さい。もし悪いことが発覚した場合に、「自分一人が悪かったんです」というより「ほかにも悪い人がいて、私はその中の一人なんです」と虚偽の供述をする方が気が楽だということはあるでしょう。そして、それは法律的な概念でも「ひっぱり込み」と呼ばれて、十分にありうるという認識は裁判官も持っているはずです。

また、判決では、今回の「贈収賄」が通常のリース契約と異なるとする理由には次のようなものが述べられました。

「市職員はリースしたはずのパソコンを家に持っていたが、『パソコンの調子が悪いので見てほしい』と被告人(永末さん)に話しており、市職員の家に当該パソコンがあることを被告人は不審に思わなかった」

「通常のリース契約の場合、保証書は会社が保管した上でメンテナンス契約をするものであるが、保証書は市職員にそのまま渡されていた」

「市職員が受け取ったパソコンには花柄のデザインのものもあり、市施設に提供されるパソコンとしてはありえない」

かなりこじつけもいいところの理由です。業者にすれば、リースしたパソコンを市職員が家に持って帰っても「仕事で持って帰ったのかな」と思ったところでそれほど不自然ではないと思います。保証書に関しては「箱を開けずにそのまま納入した」、花柄のパソコンに関しては「オープンスペースの施設であり、花柄であっても特段不自然ではない」というのが、永末さんの説明でした。納得できるものだと思います。

また利益供与とされる単年契約から複数年契約への変更に関しては、以前に説明したように、元々が市条例で複数年契約であっても契約上は、同じ内容の契約を毎年更改するだけで、ある時点の契約更改の際に、市条例が変更されて、実態通り複数年契約の契約書を交わしたものでした。何ら業者としての利益はなく、それが動機となることは考えられません。

これに関して、裁判所の判決内容は「利益がなくても、『契約をしてほしい』ということ自体、動機となりうる」という訳の分からないものでした。私も金融というサービス業に従事していたので、顧客の取り込みには随分努力したものです。私が永末さんに聞いたのは、「競合する相手がいたのですか」でした。もし蹴落としたい商売敵がいるのであれば、少し無理をすることもあるだろうと思ったからです。彼女の答えは「特にいません。うちの会社のサービスの良さを先方も理解していたので」でした。

更に私が決定的な証拠として考えていたことに、パソコンの受取場所に関しての市職員の供述内容の変遷があります。市職員は、当初自宅でパソコンを受け取ったと主張していましたが、施設から市職員自宅へのパソコンの送り状が証拠として見つかり、その主張内容を変更しています。こうした「供述の変遷」は、市職員の主張内容が事実とは異なることを強く示唆するものです。

小沢氏の無罪判決でも、裁判官の判決の中に小沢氏を批判するものとして、「供述に変遷や不自然な点があり、信用性に乏しい」としていたところは記憶に新しいところです。

ところが、今日の判決では、「時間が経過していることもあり、記憶の違いから供述が変遷することも不自然ではない」として、パソコンの納入場所が市施設であったことすら問題とされませんでした。驚くばかりです。

市職員は既に収賄で刑が確定しており、想像するに、その時点で裁判所としては、贈賄も新たな証拠を丹念に検討することなく決めていたというものだったと思います。

永末さんからは、彼女が友人に送った事件に関する一連のミクシィのメッセージと、公判の度に書き綴った公判日記をUSBメモリーでもらい(なぜかスタバのアクセサリ付)、帰りの飛行機+電車と家に帰ってから全て読みました。これまでメールをやり取りして、また、今日数時間話すことができた内容と変わらないものでした。

普通のOLが会社の仕事をしていただけなのに、突然犯罪者とされ、7か月も勾留された恐怖とご家族の方々の苦悩には計り知れないものがあります。

彼女は判決を聞いた後も前を見据えていました。彼女の精一杯の頑張りだったと思います。

今日、彼女のご両親と挨拶させて頂きましたが、実に心やさしい方々という印象を受けました。法廷では私は彼らより後ろに座っていたため、彼らの姿が目に入りましたが、不当な判決を受け止める姿が目に焼き付いています。私にはどうすることもできずに本当に残念でした。

彼女の前回の公判で行った最終弁論を引用させて頂きます。

「私はxxxx(会社名)での営業が好きでした。

一番下っ端ではありましたが、上司・先輩ともに上下関係など関係なく、仲間として一緒に仕事していました。 給料は安かったし、毎晩夜遅い上、時には土日まで、自分の時間を削って仕事をすることがあっても、好きだからこそやっていけたと思います。

今回、私が担当した契約でこのような事件となってしまい、本当に皆様にもご迷惑をおかけしたことを、深くお詫びしたいと思います。 私の仕事の記録があまりなかったため、会社の皆が散々な取調べをされていることも聞いて、本当に申し訳なかったと思います。

ただ私は、警察や検察が言うような、賄賂としてパソコンを渡してはいません。

警察や検察には、法廷で証言したとおりの話をしてまいりました。しかし、彼らは何度もxx氏(収賄したとされる市職員)の証言に沿う調書に署名するよう求めてきました。その都度私が拒否すると、『あなたは反省していない。どうやって責任をとるんだ』と言われました。

論告でも検察官は『否認し続け、反省の情は皆無である』と言いました。 否認することは悪いことなのでしょうか。

『反省していない』と言われ続けることは、本当に辛かったです。一体、何を反省すれば良かったのでしょう。

皆様にご迷惑をおかけしたことは、本当に申し訳なかったと思います。特に両親には、散々迷惑をかけてしまいました。でも、私は両親の前で嘘をつくことはしません。

私は、賄賂としてパソコンを渡してはいません。

公正かつ適切なご判断をお願い申し上げます。 」

彼女と弁護団は即日控訴しました。新たな戦いの幕開けです。裁判後に話した彼女からは、「やるしかない」という決意が感じられました。

認めてしまえば勾留されることなく、裁判も早く終わるとする捜査権力の甘言に屈することは冤罪の温床となります。

「冤罪に関心を持たない者は、冤罪の加害者と同じだ」とするのは、フランスのエミール・ゾラです。是非、こうした現実を認識して頂き、永末さんの勇気が無駄にならないようにしないといけないと思います。

4/27/2012












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category: 冤罪事件に関して

2012/04/27 Fri. 10:20 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (125) 「天拝山登頂記」 4/26/2012 

#検察なう (125) 「天拝山登頂記」 4/26/2012

今日、福岡入りしました。#検察なう (115) 「氷山の一角」で紹介した事件の判決が明日あり、その傍聴のためですが、もう一つの目的は天拝山に登ることでした。

ここをクリック→#検察なう (115)

天拝山は、福岡地裁がある福岡市内から電車とバスを乗り継いで1時間ほどのところにある、標高258Mの山です。登頂と言っても、山というよりは小高い丘といった感じです。

その名は、大宰府に流刑された菅原道真が自らの無実を訴えるべく幾度も登頂し天を拝したという伝記に由来しています。その菅原道真にならって、福岡を訪れる機会があれば、登ってみたいと思っていたものです。

ふもとに立つ道真を歌った歌碑です。
「清らけき 身をば証さむ菅公の 祈りはるけし 天拝の山」

歌碑

登山口です。犬を散歩させるのどかな雰囲気。

登山口

緑の中のつつじがきれいでした。

つつじ

散歩気分だったのですが、都会派の私には結構しんどいっす。「いつも登ってます」雰囲気のおじいさん、おばあさんがすいすい追い抜いて行きます。

なんと九合目から最後のホームストレッチは350段を超える階段でした。こんな感じ。

階段(1)

階段 (2)

はい、頑張ります。

階段 (3)

え~~。

途中には歌碑がいくつか立っています。

歌碑2

「いつまでか 花の契りの深からし 去年(こそ)を今年に 思ひ合せん」
と鑑賞しつつ一休み。

階段 (5)

まだまだ続きます。

階段 (4)

階段 (6)

おっしゃあ、あと一息やー。

階段 終

やったあ、着きました。

天拝山説明。

天拝山

山頂神社。

山頂神社

ともだちを大切に。

山頂看板

山頂から望む街並み。

街並み

ここから菅原道真は天を仰いで雪冤を誓ったんだなあ。時間を超えてその気持ちに思いを馳せてみました。

そして明日の判決に正義あらんことを。また報告します。

いつもご支援ありがとうございます。



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category: 支援者の方へ、支援者の方から

2012/04/26 Thu. 08:04 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (番外) 

#検察なう Tシャツ・プロジェクトも50作品に到達しました(+特別編8作品)。これを機に、これまで#検察なう Tシャツ・プロジェクトに参加・投稿頂いた作品の中からベスト3を独断と偏見で選ばせて頂きました。

まずは第三位。

「#検察なう T-shirt ボホール島の夕日をバックに」 (by Y.K ♀)

ここをクリック→#検察なう Tシャツ・プロジェクト (44)

そして第二位。

「#検察なう T-shirt @ベジタブルマラソン in 夢の島 ハーフマラソン (完走!走破タイム1時間59分24秒。二回目のチャレンジで立派、立派....多分)」 (by H.N ♂)

ここをクリック→#検察なう Tシャツ・プロジェクト (53)

そして第一位は.......ダララララララ(ここドラムロールね)、ジャーン!

「#検察なう on セント・パトリックス・デー Go Green!」 (by H.P ♀)

ここをクリック→#検察なう Tシャツ・プロジェクト (47)

そして賞品は、これです。じゃじゃーん。

ここをクリック→優秀作品賞品

これからもたくさんの作品を送って下さい。今後ともご支持・ご支援をお願いします。



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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/04/25 Wed. 14:11 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (124) 「『常識』に対する挑戦」 4/23/2012 

#検察なう (124) 「『常識』に対する挑戦」 4/23/2012

「常識」を辞書で検索してみると、「普通、一般人が持ち、また、持っているべき知識。専門的知識でない一般的知識とともに理解力・判断力・思慮分別などを含む」とあります。

そうすると私が挑戦しているものは、常識とは言えないものだと私は考えますので、敢えてカギ括弧つきで「常識」と呼ばせて頂きます。

司法の世界には、世の中では常識でありえない「常識」が少なからずあるようです。

例えば#検察なう (85)で書いた「人質司法」。自分が無実である場合、人は当然その無実を主張すると思いますが、日本の司法においては、その無実の主張(=否認)をすると自動的に逮捕され、保釈がなかなかされないという「常識」があります。

私は、「奇跡的に」逮捕されることはありませんでしたが、その「常識」によれば、昨年9月の検察取調べのから、まだ小菅の拘置所に勾留されているはずです。逮捕されていたら、と思うと怖ろしくなります。私と同じような状況で、逮捕されることを避けて、無実の罪を諦めて受け入れてきた人の数は相当なものだと思います。

ここをクリック→#検察なう (85) 「人質司法」

また一旦国税局に告発されれば、どうあがいても起訴、そして一旦起訴されれば、どうあがいてもほぼ有罪となるという「常識」もあります。

私は刑事告発の際に、全国(全世界)に実名報道されましたが、その報道記事を書いた全国紙の記者と会って話をした際に言われました。

「八田さん、あなたの主張はよく分かりました。でもそんなことは関係ないんです。真実がどうあれあなたは起訴されます。そして有罪になることは間違いありません。そうでなければ私たち記者は怖くて記事なんて書けないですから」

それが「常識」のようです。これら「常識」が冤罪を作っています。

以前、この「人質司法+有罪率99.9%」が冤罪を生んでいるという話を友人とした際、私が使ったアナロジーは「致死率99.9%の癌に不幸にしてかかった場合、ものすごく辛い抗癌剤の治療を受けない人もいる。死ですら受け入れるのだから、俺のような状況で逮捕を避けて諦める方が普通なんじゃないか」というものでした。しかし、友人は冤罪と死の病を比較するのは病人に対して失礼だと言って、「それは冤罪の辛さ、悔しさを知らないからだ」とする私と大ケンカになり、今もケンカ別れした状態です。

私に言わせれば、東北震災で津波を恨む人よりも福島原発事故を恨む人の方が多いのは、前者が天災であるのに対し、後者は人災だからです。病気は天災のようなものとして受け入れることはできても、冤罪は人災であり、それを納得して受け入れることはできない、とする私の主張も理解してもらえませんでした。

「どうせ死ぬわけじゃないんだし」という言葉に対して、「そうそう、元気元気」と言える気持ちのときもあれば、「ふざけんな!」と言いたくなる気持ちのときもあります。

また先日、別の友人からメールをもらいました。その友人は嘆願書も書いてくれて応援してくれていますが、友人の弁護士に私の話をしたそうです。そしてメールには以下のような会話が記されていました。

「先日、私の大学の友人の弁護士に、八田氏のブログを紹介しておきました。

彼女はこんなことを言っていました。


以下引用*********

国家にとっては、市民どおしが殺しあうよりも、(故意か過失かを問わず)税金を払わないということの方が、ある意味、許せない犯罪なので、検察もここは100%勝ちたいところでしょう(笑)。

日本では、納得いかなくても有罪を認めると判決が軽くなり、自分の無罪を主張すると重い判決がでる傾向になるので、ホリエモン(獄中の人になってしまいましたが)とか、佐藤優(執行猶予付きの有罪判決)とか、そういう人で無いと、無罪の主張はしないので、八田氏には、日本の検察の在り方を変えるためにも頑張ってほしいと思っています。

**********引用終わり。

彼女にじかに会って八田氏のことを話していたときは、『そりゃ絶対に有罪にされるね。もちろん執行猶予はつくけどさ』などと言っていました。

『日本の検察の在り方』は変えなきゃいけないと、彼女も思っているようです」
(メール以上)

これも「常識」のようです。

真実とは関係なく「起訴したいものを起訴をするのが検察の仕事」という起訴至上主義が検察の「常識」です。また起訴をして有罪を取らなければ「負け」と考えるのも彼らの「常識」です。公益の代表者どころか、彼らは自分の利益しか考えていないかのようです。

そしてその友人の弁護士の方もおっしゃっているように、日本の検察の在り方は変えなければならず、そのために私はこうした「常識」に挑戦しています。

目先の辛さだけを回避するために泣き寝入りをすることで、冤罪は累々と作られていきます。

それは、みかじめ料を収奪する暴力団には徹底してNOと言わなければ彼らの圧力を排除できないのと同じ論理です。検察と暴力団を同列に論じることに眉をひそめる方もいるかもしれません。しかし、冤罪の被害者にとっては、見かけからして悪い暴力団よりも、正義の味方のように大義を振りかざし、国家権力という強大な力をもって個人の人生を何のためらいもなく踏みにじる検察の方がよほど恐ろしいものです。

ただ忘れてはいけないのは、検察が正しくあることが国民の利益であるということです。彼らは非常に優秀であり、検事になると決めた当初は多分、弁護士や裁判官志望の者よりも強い正義感を持っていたはずです。その正義感がすり減らされて、組織の論理の中で、あってはならない「常識」が彼らに染みついたのだと想像します。

その「常識」が一般人の思慮分別とは乖離していることを、我々国民は訴え続けるしかないのだと思います。



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2012/04/22 Sun. 16:51 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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外資系証券なるもの (7) 「Investment Bank 投資銀行とは」 

外資系証券なるもの (7) 「Investment Bank 投資銀行とは」

私が1987年に就職することになるソロモン・ブラザーズは、英語でInvestment Bank、日本語では投資銀行と呼ばれます。

この投資銀行とはどういう業態なのかを説明します。

企業が事業をする際には、資金が必要となります。無借金経営ということも可能ですが、通常は自己資金のほかに追加資金を調達して事業の創設あるいは拡大を行うものです。

そのお金をどうやって調達するかには二通りの方法があります。

一つは「銀行から借りる」です。これは比較的イメージしやすいですね。では銀行はその貸し付ける資金をどこから得ているのでしょうか。答えは「資金の提供者から借りる」です。例えば、個人の預金です。銀行は、預金として預けられた(預金者が銀行に対して貸した)資金を又貸ししているわけです。銀行が預金として借りる場合、その預金に利息を払う一方、その資金を利息をつけて貸し付け、利息を得ます。この利息の差が銀行の収益となります。

このように銀行が、資金の供給者と需要者の間にはいる金融の形態のことを「間接金融」といいます。

これに対して、企業の資金調達の方法としてあるもう一つの方法が「直接金融」と呼ばれるもので、資金の供給者と需要者の間に銀行が入らないものです。

どのようにしてお金を提供したい者と必要としている者を直接つなぐことができるのでしょうか。その媒体となるものが株式や債券といった有価証券です。

間接金融では銀行が資金の貸し手のリスクとなるのに対し、直接金融では資金の借り手それぞれが貸し手のリスクとなることが大きな違いです。

難しいですか?例えばみずほ銀行に預金していて、みずほ銀行がその資金をトヨタに貸し付けているとします。預金者の供給した資金は、最終的にはトヨタに行きつくことになりますが、預金者の取っているリスク(資金が返ってこない貸し倒れリスク)はトヨタではなくみずほ銀行ということになります。それに対し、トヨタの株や債券を買えば、そのリスクはトヨタのリスクということになります。前者が間接金融、後者が直接金融です。

その株式や債券を新規発行し、企業の資金調達を助ける業務を投資銀行業務と呼び、それを行う業態が投資銀行です。

ん?それって証券会社じゃないの、と思われました?そうですね。日本では証券会社がその業務を行いますが、日本の証券会社の場合、収益の多くの部分を個人を顧客とした株式・債券の取引で得ています。投資銀行は、取引相手を機関投資家(会社の財務部など個人ではない投資家)に限定して、資金の調達や企業買収の事業(それを扱うのがインベストメント・バンク部門)と株や債券の売買取引(それを扱うのがセールス&トレーディング部門)を収益の両輪としています。

細かなことを言わなければ、投資銀行も証券会社も同じようなもので、実際日本語では区別なく使っている場合もあります。

ソロモン・ブラザーズは後にシティ・グループに買収されて、その名前の歴史は終わりますが、そのほかの投資銀行も、リーマン・ショック後に全てなくなり、現在アメリカには投資銀行はなくなってしまいました(米五大投資銀行の一番手、二番手のゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーは商業銀行に転換、三番手のメリルリンチはバンク・オブ・アメリカに買収、四番手のリーマン・ブラザーズは倒産、五番手のベア―・スターンズはJPモルガン銀行に買収されました)。

ちなみに株式と債券の違いは分かりますか?一言で言えば、株式は経営権を案分した権利証書、債券は借金の証書と考えてもらえばいいと思います。債券は借金ですから(例えば国債は国がする借金)、返済期限があり(債券の「満期」)、借りている者(債券を発行した者)は利息を払うことになります(債券の「利子」)。株式は経営権の細分化したものですから、会社が倒産すれば紙くずになります。株主総会で、会社の経営に意見を言うことができるのも、株式が経営権(議決権)を表象するからです。

ソロモン・ブラザーズは、1910年にソロモン三兄弟によって設立され、攻撃的にリスクを引き受ける債券ブローカーとして、独自の地位を築いていきます。創業者の血を引くウィリアム・ソロモンが1978年に会長の座を退き、ジョン・グッドフレンドに実権を譲った頃から、急速に事業の幅が広がり、収益も増大しました。1981年、商品取引業者のファイブロ社に吸収合併され、ファイブロ・ソロモンと名前を変えます。ジョン・グッドフレンドは会長の椅子を売り渡し、自らは新会社の債券取引部門の長に納まりました。ところが1982年以降の債券市場の急成長で、ファイブロとソロモンの力関係が逆転し、84年に、ジョン・グッドフレンドは会長の座に返り咲きます。86年には、社名をソロモン・インクとして、完全に母屋を乗っ取りました。

ジョン・グッドフレンドは、85年にビジネス・ウィークの表紙を飾りますが、その時の特集のタイトルが「King of Wall Street」でした。当時、ソロモン・ブラザーズはウォール街の最大手投資銀行だったというわけです。

ライバル会社のゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーは、インベストメント・バンク部門が看板の会社ですが、ソロモン・ブラザーズは圧倒的にセールス&トレーディング部門が主導の会社であり、しかも「ボンド・ハウス」と異名を取ったように、(株ではなく)債券の取引を看板としていました。「Bond ボンド」とは007のことではなく、債券のことです(Fixed Income Securitiesと呼ばれることもありますが、市場ではBondの方が一般的です。また株はEquityあるいはStockと呼ばれます)。

当時、ソロモン・ブラザーズは、「彼がまばたきをすると、株価と為替相場が動く」と言われたエコノミストのヘンリー・カウフマンや、後にLTCMを率いることになるジョン・メリウェザーといった超有名人を擁していました。

このウォール街の巨人に、私は入社することとなりました。

(続く)


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category: 外資系証券なるもの

2012/04/21 Sat. 14:39 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (59) 

#検察なう T-shirt @天拝山 「雪冤を期してピース!」 (by Y.N ♀)

天拝山の名は、大宰府に流刑された菅原道真が自らの無実を訴えるべく幾度も登頂し天を拝したという伝記に由来します。私も福岡に行く機会があれば、是非登ってみたいと思います。

天拝山

次回の#検察なう Tシャツ・プロジェクトは、これまでの作品からベスト3を独断と偏見で選びたいと思います。乞うご期待!

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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/04/19 Thu. 13:47 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (123) 「元東京地検特捜部田代検事、不起訴の方向へ」 4/19/2012 

#検察なう (123) 「元東京地検特捜部田代検事、不起訴の方向へ」 4/19/2012

至極残念なことです。

身内に甘い組織に自浄作用は望むことはできないでしょう。秋霜烈日のバッジが泣いています。

友人がこの件に関し一連のツイッターをトゥギャりました。世間の関心の高さを物語るようにすさまじいスピードで拡散中です。是非ご覧下さい。


ここをクリック→田代元検事関連ツイッター

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category: 刑事司法改革への道

2012/04/18 Wed. 13:53 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (122) 「検察のストーリーの不合理さ」 4/18/2012 

#検察なう (122) 「検察のストーリーの不合理さ」 4/18/2012

検察のストーリーは至ってシンプルです。

それは、「どうせバレないと思っていたんでしょ」というものと、「バレたら謝れば済むと思っていたんでしょ」というストーリーです。

それがいかに不合理かを説明させて頂きます。

まず前者の「バレないと思っていた」という場合、2つのケースが考えられます。1つは「バレるかどうかの可能性の検討を全くしていなかった」というもの。もう1つは「バレるかどうかの可能性の検討をした結果、バレないと判断した」というものです。しかし後者であることはありえません。

可能性の検討をした結果、バレないと判断するためには、「会社は税務当局に報告することは絶対ない」かつ「税務当局は会社を調査することはない」としなければならないのですが、証拠を吟味すれば、それは容易に否定できます。会社は株式の受け渡し通知に「会社はあなたの承諾なしに税務当局に株式受け渡しの情報を提供する」と明記していますし、実際に税務当局が捜査したように、それは当然ありうる可能性です。

つまり「どうせバレないと思っていた」ということは「バレるかどうかの可能性の検討を全くしていなかった」ということになります。

私は、脱税をしていたとすればしたであろう仮装・隠蔽(そしてその準備も含みます)を一切していません。会社の給与をどのように隠せば分かりにくさが増えるのか考えが及びませんが、例えば他人名義の口座やナンバー・アカウントを使うとか、資金移動は現金で行うとかということになるのでしょうか。その準備である、「脱税の研究・調査」の方が重要かもしれません。インターネット検索、税関係の本の渉猟、第三者への相談・依頼といったことです。

それらを一切しないで、「どうせバレないだろう」というのは、パラシュートの点検をしないで(あるいはパラシュートをつけないで)スカイダイビングをするようなものです。

後者の「バレたら謝れば済むと思っていたんでしょ」という場合はどうでしょう。バレたらどういう結果になるかということを考えればすぐに「謝って済む問題ではない」ということに思い至ります。犯罪の代償が高くつくことくらいは誰でも容易に想像できます。

つまり「バレたら謝れば済むと思っていた」ということは、「バレたらどういう結果になるかということを考えなかった」ということになります。

検察が彼らのストーリーを立証するためには、私が「バレるかどうかの可能性の検討を全くしておらず」「バレたらどういう結果になるかということを考えなかった」ということを証明する必要があります。

即ち、私が「発覚の可能性及び発覚した場合のダウンサイド・リスクの評価を全くしない、あるいはできない『間抜けな者』である」ということを検察は言っているわけです。

違う側面からも説明してみましょう。

脱税をすることで得られるものは、ほ脱税額(払うべき税金の金額)の経済的効果のみです。これに対し、それが発覚することで失うものは、過少申告加算税・延滞税・重加算税といった追徴課税以外に、社会的信頼(親の顔に泥を塗る、子供の将来に大きなハンデを背負わせるといったことも含みます)、名誉、そして将来の雇用といったものがあります。

失うもののうち、追徴課税以外はまさにプライスレスです。損得勘定の天秤の片方にどーんとそれが乗っている以上、普通の理性があれば、犯罪行為に及ぶということは想像できないものです。

私も普通の理性を持っており、そうした常軌を逸した反社会的な行動を取ることはありえないのですが、一旦、天秤の片方からプライスレスのものを取り除いて、経済効果のみに注目してみます。

私が脱税をしたとして得られた「利益」は、ほ脱税額の1億3,000万円です。そして私はその本税に加えて、追徴課税を5,500万円支払っています。脱税を検討する際には、それぞれの金額に発覚しない可能性、発覚する可能性を掛け合わせ、期待値を求めて天秤に乗せることになります。

発覚する可能性が高ければ高いほど、脱税をしたとして得られる利益は小さくなり、どんどん割に合わないことになります。

発覚する可能性を五分五分と評価した場合でも、得られる利益の方が多い(1.3 x 50% > 0.55 x 50%) 、脱税をした方が得だということになるでしょうか。

自動車保険を使って修理をしようかどうかを考える場合を考えてみます。保険を使わず修理をすれば10万円、保険を使って修理をすれば免責額5万円という場合に、保険を使って修理をする人はいないでしょう。なぜなら保険の等級が下がることで将来の保険料が高くなるからです。

脱税をした場合も同じです。発覚した場合に失われる側の天秤に乗せるものには「将来の給与」も含まれます。1-2年働けば得られるであろう利益のために、将来の給与をリスクにさらすことがどれだけばかげているか、経済的価値のみに注目しても言えるのではないでしょうか。金の卵を産むガチョウを殺すようなものです。

しかし、時に人は全く不合理な行動を取ることはあります。

お金に関して言えば、法外な金利を払ってもサラ金からお金を借りるように、もし何らかの危急の資金需要があれば、「とりあえず今お金が必要だから」と目先の利益を追求することもあるでしょう。私には、そうした事情は一切ありませんでした。脱税をしてお金を得ようとするには、動機がいかにも薄弱です。

そしてそもそも、私は、「経済的価値を一番のプライオリティーとして、それを得るためには反社会的行為も辞さない『悪人』や『守銭奴』」ではありません。

私が、「間抜けな者」でもなければ「悪人」や「守銭奴」でもないことは、146通の嘆願書を読めば、事実と異なることとして明々白々です。

嘆願書は、私自身が「私はこういう人物だ」と言ったところで全く信憑性に欠けるため(人間とは自己弁護を図る存在だと検察・裁判所は判断します)、私の友人・知人に「あなたの知っている八田隆という人物を文章にして下さい」と頼んだものです。

依頼する際には、嘆願書という名称にはなっていますが、何も嘆願する必要はない、私を弁護する必要はない、ましてや私が巻き込まれたクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件の内容を知ることすら必要ではない、と説明しています。「打ち合わせなし、検閲なし」の私の人物評を、小・中・高校の友人から、仕事での同僚・部下、趣味を通じて知り合った友人達が書いてくれました。

146通集まった嘆願書のうち、33通をブログで公開していますので、是非ご覧になって下さい(カテゴリで「嘆願書」に分類されています)。そしてそれらをお読み頂ければ、検察が言うところの私が間抜けな悪人・守銭奴であるというストーリーが不合理極まりないことがご理解頂けると思います。

検察の想像力の豊かさには驚かされますが、それが一般の経験則に照らし合わせて合致しておらず、ましてやその犯罪のプロファイリングは私という人物像に全く合っていないことは明らかです。

真実と異なることは不合理なものです。「嘘はばれる」と同じことです。検察のストーリーは真実と異なるがゆえに全く不合理なものです。

引き続きご支援のほど、よろしくお願いします。


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category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2012/04/17 Tue. 13:55 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『僕達急行 A列車で行こう』 森田芳光監督 

フィルム・レビュー 『僕達急行 A列車で行こう』 森田芳光監督

僕たち急行

森田芳光監督の遺作『僕達急行 A列車で行こう』鑑賞。

監督の訃報に触れた時、自分が森田監督の作品をほとんど観ていなかったことに気付きました(『家族ゲーム』『メインテーマ』『黒い家』くらいかな)。ということで観てみました。

でもこれはないかなあ。

コメディ・タッチですが、笑いのセンスが「いつの時代?」って感じ。アクションに効果音を入れるのもウザいし、噂話でクシャミするってどうなの?でした。

また鉄オタがもてないのはそうなのですが、男同士の親近感がホモっぽいのも難あり。今は、もてなければ二次元に走るのが常ですから、そこでもリアリティーが欠けているかも。

ほとんどノリが『釣りバカ日誌』なので、あの手の作風が心地よい人にはいいのかもしれません。

R.I.P 森田芳光さん


ここをクリック→ 『僕達急行 A列車で行こう』予告編

(Facebook 4/1/2012より転載)

category: フィルム・レビュー

2012/04/16 Mon. 13:28 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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外資系証券なるもの (6) 「就活 その5」 

外資系証券なるもの (6) 「就活 その5」

就活を通して実社会の学生生活とは違う厳しさを垣間見て、自分の電通の志望動機が単なる憧れであったことを思い知らされたことが、電通内定を断った理由でした。解禁日の拘束にほかの内定者を見て、彼らに自分の姿を見て取ったことが決定的でした。

バブルの絶頂期に、超一流企業の内定を蹴るとは、今考えても大胆だったと思います。就職協定の元では、ほかの日本の企業の採用活動はその時点で終わっており、結局そのため外資系企業に入ることになるので、運命とは実に偶然・奇妙なものです。

ただ不安というより、何か自由になったような気分だったのが不思議です。とはいえ就職浪人をするつもりも全くなく、鎌倉の電通の研修所から戻ってすぐにソロモン・ブラザーズ証券のリクルーターに連絡しました。

「石野さん、電通に入るの辞めました。ソロモンに入れて下さい」

石野さんは一年先輩の東大出身の方で、二年先輩の稲村さんと二人で東大のリクルーターをしていました。

「僕も稲村さんも八田のことはいいと思ってるんだけど、ほかの人の評価がみんな『すごくいいような気もするが、分からないから他の人の判断を優先して欲しい』ってのばっかりなんだよ。だからこれまで何人にも会ってもらったんだ。これから一人会ってもらうことになるけど、彼が採用決定では一番重要だと思ってもらってもいい」

私は常識にかからないということなのでしょうか。その後、面接をすることになったのが、当時の東京オフィスのドン、小嶋さんでした。

外資系証券では収益を上げる部門は大きく分けて、セールス&トレーディング部とインベストメント・バンク部に分かれます。前者は、株や債券の売買を、顧客相手に行ったり(「対顧客勘定」と呼ばれます)、会社の資本を使って行ったり(「自己勘定」と呼ばれます)する部署です。後者は、企業の資金調達を手伝う部署で、株式の新規発行や債券の起債、あるいは企業買収の仲介をしたりします。

企業買収は英語でMerger and Acquisitionと言われ、その頭文字を取って「M&A」と呼ばれることもあります。

小嶋さんの面接前は、こちらも背水の陣ですので、付け焼刃ながら「M&A」という言葉くらいはチェックして臨みました。「M&A」は外資系証券でも花形の事業と言われていたものです。

面接のやり取りはほとんど記憶にありませんが、一つだけ聞かれた事を覚えています。

「君は、入社したら何をやりたいと思っている」

「できればM&Aをやってみたいと思っています」

「一つの取引に何ヶ月もかかるようなM&Aは君には向かないな。君はセールス&トレーディング向きだ」

今考えると、その言葉が採用決定だったように思えます。

更に後日行われた最終面接は、英語での面接でした。こちらは純ジャパで日本の英語教育しか受けていないので、「英語での面接なんてどうすんだよ」という感じでした。就活期間に知り合った帰国子女の女の子に想定問答をいくつも用意してもらい、それを丸暗記して臨みました。

私は大学の第二外国語の選択はフランス語でしたが、全くちんぷんかんぷん。教科書はサン=テグジュペリの「夜間飛行」でした。試験には「夜間飛行」の翻訳全文を丸暗記して臨んだものです。問題文のいくつかの単語から対応する部分を類推して、全くフランス語本文を読まないで、記憶した文章をだーっと書いて試験を通りました。そのフランス語の試験での対応策を、ソロモン最終面接に応用したものです。

当然、想定外の質問が出ればしどろもどろ。今でも覚えているのが、明神さん(「シュガ―」の愛称で知られた業界では超有名な伝説のトレーダーです)に聞かれた「何でこんなに学校の成績が悪いの」でした。私の答えは「学業以外も勉強だと思っていました」(しどろもどろ)。それに対し、明神さんには「学業も勉強だ」と言われました。ごもっとも。

大学の成績は確かに褒められたものではありませんでした。成績優秀者は、選択科目を絞って「エビ固め」(成績をAとBで占める、東大の場合は「優」「良上」「良」「可」「不可」の五段階です)を狙っていましたが、私はとにかく卒業単位を取るため、他学部聴講も含め目一杯に科目選択し、成績は「コンパクト・ディスク」(CとDしかない)でした。

それでもなんとか最終面接も通ったようで(入社してるんですから当たり前ですが)、就活は終了とあいなりました。

(続く)


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category: 外資系証券なるもの

2012/04/15 Sun. 14:46 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (121) 「Victoriaの日記『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件 第2回公判 戦う男のダンディズム』」 4/15/2012 

#検察なう (121) 「Victoriaの日記『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件 第2回公判 戦う男のダンディズム』」 4/15/2012

やはりこれは取り上げざるをえないでしょ、という「Victoriaの日記」。

私の周りで圧倒的な支持を得ているカリスマ・ブロガーのVictoriaさんのブログです。

ここをクリック→Victoriaの日記

今回のタイトルは「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件 第2回公判 戦う男のダンディズム」。

Facebook上の「#検察なう 冤罪と戦う八田隆を支援する会」にもアップさせて頂きましたが、私の友人も私のブログより分かりやすいと絶賛(はいはい、私のは分かりにくくてすみませんでしたね)。

インパクト十分であり、かつ簡素にして十分な表現が読む人にアピールするのだと思います。

第2回公判の模様は、友人による法廷画やドキュメンタリー・ビデオでも紹介されましたが、Victoriaさんのブログでもそれらは、

「初公判から2ヶ月。
八田氏と、
八田氏を支えているチームのみなさん一丸となり、
日々研鑽を積まれた結果、
公判に臨むスタイルが格段にバージョンアップ」

と紹介されています。

真骨頂は、第2回公判の一つの目玉であった、弁護側の証拠開示命令申立の説明です。

第2回公判前に、我々弁護側は、相当量の証拠開示請求を検察に対ししています。検察が自ら提示する証拠は、彼らの手持ちの証拠のうち、彼らにとって有利、即ち私にとって不利なものだけを抽出しています。それに対して、「私にとって有利な証拠も手元にあるでしょ。それを正々堂々と出して下さい」と要求してきたものです。しかし、検察はその請求に100%応えるものではありません。検察が彼らの意志で提出しないのであれば、裁判所に命令を下してもらおうとするのが開示命令申立です。その多くの開示命令申立している証拠の中で、第2回公判ではただ一つの証拠にフォーカスしました。

それが「告発要否勘案協議会の議事録」です。

これに関して、#検察なう1回分のスペースを割いて説明しなければ分かりにくいかな、と思っていたのですが、Victoriaさんのブログで簡潔明快に説明されていますので、それを引用させてもらいます。

「検察が出し渋っている証拠の中で、
特に八田氏が求めているのは、

告発要否勘案協議会の議事録。

これは、
告発前に国税局と検察がいっしょになって、

八田を告発しようと思うがいけるだろうか?

という話し合いをした時の会議の議事録で、

本来なら、
国税局と検察は別組織なんだから、
国税局は独自の調査に基づいていけると判断してから告発し、
それを受けた検察は、
また検察独自の調査に基づいて起訴に持ち込むかどうか判断するっていうのが、
教科書通りのやり方のはずなんだけど、

大丈夫!
国税さんが告発してくれれば、
あとは検察があんじょうしますさかいに、
ここは思い切ってどど~んといってもらって
OK!
この勝負、
勝ったも同然!
イケ~イケ~~~!!!

というようなやりとりが、
あった疑い濃厚。

そういうやり方を
普通
談合と言いますが.......」

Victoriaさんのブログにはさらにこう書かれています。

「見たか!

チーム八田の底力を!」

Victoriaさんもチーム八田の名誉メンバーとして是非迎えたいところです。

戦う男のダンディズムかあ。よーし、更に頑張ろうっと。


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category: 支援者の方へ、支援者の方から

2012/04/14 Sat. 13:27 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (58) 

ビデオ撮影班 in #検察なう T-shirt @東京地裁

地裁前

第2回公判のドキュメンタリー・ビデオはこちら。


ここをクリック→第2回公判ドキュメンタリー・ビデオ


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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/04/13 Fri. 14:41 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (120) 「第二回公判 トゥギャッター&ドキュメンタリー・ビデオ」 4/13/2012 

#検察なう (120) 「第二回公判 トゥギャッター&ドキュメンタリー・ビデオ」 4/13/2012

第2回公判でもSNSの威力炸裂です。友人が一連のツイートをトゥギャりました。アクセス急増中です。

ここをクリック→第2回公判トゥギャッタ―

次回以降も、皆さん傍聴&ツイート是非お願いします。

そして法廷画に続き、なんとドキュメンタリー・ビデオも登場です。

ここをクリック→第2回公判ドキュメンタリー・ビデオ

めざせミニミニ「ショージとタカオ」です。撮影班は昨年夏に一緒に石巻にボランティアに行った面々でした。

ここで「そもそも無理筋だと思っている」というのは、「サラリーマンが会社の給与を脱税して、仮装・隠蔽工作も全くせずに『ばれないだろうと思っていた』」という検察の描く荒唐無稽なストーリーには「無理がある」ということを言っています。まさかそんなことがありえると、検察が本気で信じてるとは思えないんですけど。起訴をするための方便だと思っています。

やはりヴィジュアルは強い。次回公判以降もヴィジュアル面のサポートをお願いしたいと思います(と、人の善意にすがる私)。

大反響の法廷画(by 高杉ナツメ)アゲイン。

ここをクリック→第2回公判法廷画(マンガ)

冤罪との戦いはこれからも続きます。ご支援のほど、よろしくお願いします。

4/13/2012


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category: 刑事裁判公判報告

2012/04/12 Thu. 14:09 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (119) 「第二回公判報告」 4/11/2012 

#検察なう (119) 「第二回公判報告」 4/11/2012

本日、第2回公判が行われました。

10時半からの公判に備えて、9時から弁護士とミーティング。その後、東京地裁に向かうのですが、そこでちょっとしたアクシデント。

公判には毎回大部の資料を持参します。大型旅行トランクに入れて運ぶのですが、弁護士事務所のビルを出たところの段差で、小松弁護人の「おニュー」のTUMIのキャスターが破損。本来は着替えを中心に運ぶ用途の旅行トランクなので、想定外の使用に耐えかねたようです。

東京地裁の待合室では、「真っ直ぐ引けば、だいじょう......」ゴキッ!という状態で、「先生、それドリフみたいで緊張感なしですよ」と笑い転げていました。このトランクに関しては、閉廷後も書記官の方に「大丈夫ですか。裁判所のキャスターお貸しましょうか」と笑われていました。その書記官も和やかな雰囲気で「八田さんが新しいのを買ってくれますよ」とおっしゃっていました(買いません、キリッ)。

前回の初公判と今日の第2回公判の両方の傍聴に来られた方はお分かりでしょうが、初公判とは裁判長が代わっています。野口佳子裁判官に代わり、佐藤弘規裁判官。やはり裁判長が代わると雰囲気も変わります。柔和な物言いにほっとされた方も多かったのではないかと思います。

今回の目玉は2つ。

1つは私の陳述と、もう1つは弁護側の証拠開示命令申立です。

まず私の陳述に関しては、通常の手続外のことですが、裁判官に認めて頂き、機会を得ました。以下がその全文です。

「初公判の検察冒頭陳述において、検察は、国税局査察部、検察特捜部による3年以上の徹底調査の集大成として、その主張を明らかにしました。しかし、その内容は私の故意を立証するには程遠い瑣末な間接事実をつなぎあわせ、牽強付会的な推論を主張するものに過ぎませんでした。

この程度の薄弱な根拠で、国家権力が個人の人権を蹂躙できてしまうということを非常に残念に思い、捜査権力の恣意的な公訴権濫用に国民の一人として大きな危惧を抱いています。

検察の主張の柱は、会社の指導が、従業員の別途申告・納税義務を認識させるに十分であったというものですが、本日採用される検察側の請求する多くの証拠ですら、それと反する事実を示唆しています。

会社の文書に挿入された英文による税務に関する記述は、何ら明示的なものではなく、取るべき行動そのものを説明したものは一切ありません。

なぜならば、それら文言は、会社が従業員の申告漏れを防ぐために『指導』するといった性格のものではなく、会社が税務に関する責任を免れるための注記事項に過ぎないからです。即ち、本来、それら記述は、日本の税務を日本人職員に徹底周知させる目的のものではありません。

それを『指導』と呼んで責任逃れを図る会社と、追徴課税を多額に徴収したい税務当局の利害が一致して、彼らは『会社は十分に指導していたのに、従業員は故意に申告しなかった』とのストーリーを作り上げたものと想像します。

私は、郵便不正事件発生以前に告発されました。そして郵便不正事件発生以降に検察特捜部の取調べが開始しました。

取調べに際し、私は、再三、郵便不正事件の前後にまたがる私の事案こそが検察改革を自ら実証するよい機会であることを主張しましたが、やはり検察の自浄作用は望むらくもなく、旧態然とした検察の『結論ありき』の起訴至上主義は何ら変わらないことが実証されたのみでした。

そしてそれは、検察が自ら標榜する『検察の理念』に書かれた『あたかも常に有罪そのものを目的とし、より重い処分の実現自体を成果とみなすかのごとき姿勢となってはならない』という精神にもとる所作であることは明らかです。

国家権力の弾圧にも負けずに戦う我々弁護団の労苦を無駄にすることなく、この事案を、告発に至る経緯、起訴に至る経緯にまで踏み込んで審理して頂き、是非とも検察改革・司法改革の試金石として頂きたいと思っています。

正義、それだけが私の望むものです。」

子供の頃から本の虫で、大学受験も得意科目は現国・古文・漢文だった私ですが、最近は法曹関連の悪文に毒されて、「文章が分かりにくい」と言われることが多いので、反省したいところです。

その後は初公判で行われた検察の証拠調請求に対し、弁護側が留保していた「同意」「不同意」の意見と、それを受けて採用証拠に関する検察の「要旨の告知」が行われました。この「要旨の告知」とは証拠の全文読み上げに代わるものです。

「あまり意味のない儀式のようなもの」と聞いていたので、私の公判と同じ時刻に高裁で判決が下った市橋被告の公判の様子を見に行きたいと思っていたくらいだったのですが(「八田さん、被告の在席は義務ですから、だめです」と釘を刺されました)、思いのほか公判検事の「要旨の告知」はスムーズでした。

そして終了前に、本日2つ目の目玉の証拠開示命令申立。

我々弁護側は、検察が開示をしていない証拠の開示請求をしています。検察は随分なボリュームの証拠を任意で開示したものの、残念ながら肝になる証拠については依然開示請求に応じていません。そして、その中でも特に重要だと思われるものの一つにスポットライトを当てて、本日開示命令申立を行い、裁判所に「この証拠の開示をしなさい」という命令を出してもらうようお願いしたというものです。

その証拠とは、国税局と検察の間で行われた「告発要否勘案協議会」の議事録です。

素人感覚では、国税局は独自で調査、そして彼らが判断し、告発。そして告発を受けた検察は、国税局の資料を参考に、彼らも独自で取調べを行い、その後起訴・不起訴の判断をして起訴、というものだと思っていました。

ところが、実際は、国税局と検察は、告発段階で「告発要否勘案協議会」なるものを両者間で行い、既に起訴を前提として告発を決定するという実態が明らかになっています。そして国税局の告発を受けて検察が起訴をしなかったケースは過去に一つもありません。

検察が取調べをする前から、まさに「結論ありき」の決定がなされるということが実態のようです。また情報筋からは、私の事案では、国税局が「証拠はない」と躊躇するところを、検察が促して告発させたという状況も伝え聞いております。

この検察とは、郵便不正事件前の「超」傍若無人な「俺がルールブックだ」検察です。私や弁護士も、以前の検察はよしとして(よくは全くないのですが)、検察改革に期待して、検察の取調べに臨んだものです。

ところが、検察改革の掛け声も虚しく、結局のところ彼らは「結論ありき」の起訴至上主義の検察のままであったという残念な結果でした。

我々は、この「結論ありき」の起訴至上主義を「公訴権濫用」という主張をして批判しています。その裏付け資料となるものが、本日開示命令申立をした議事録です。

なんとか社会の暗部にメスを入れたいと頑張っています。この開示命令申立を受けて、検察がどう対応するか、裁判所がどう対応するか要注目です。


P.S.
高校の同級生のマンガ家高杉ナツメが法廷画家になってくれました。第2回公判の模様です。

そんな不満げだったかなあwww


ここをクリック→ 第2回公判法廷画

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category: 刑事裁判公判報告

2012/04/11 Wed. 06:23 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (57) 

#検察なう 応援クッキー (by H.P ♀)

応援クッキー

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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/04/07 Sat. 15:40 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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外資系証券なるもの (5) 「就活 その4」 

外資系証券なるもの (5) 「就活 その4」

後日、電通の内定者を集めてオリエンテーションがありました。

当日、オリエンテーション会場の築地本社会議室に入ると、内定者同士お互いの状況を喜び合う気軽さからか、かなり騒がしく歓談していました。

その時、次のような会話が私の耳に入ってきました。

「あのさ、最終の役員面接の時にとんでもない奴がいてさ。内定したら会社に入るかって聞かれてんのに、手挙げない奴がいたんだよ」

「それってバカ正直を越えてバカだな」

私は反射的に答えていました。

「あー、それ、俺」

「えー!君、受かったんだ」

複雑な表情の内定者を見て、内心「なんだ、こんな奴らと同期ってわけね」と若干しらけた感情をもったように記憶しています。

私が就職活動をした大学4年当時は、就職協定というものがあり、建前としては企業の採用活動は解禁日以降とされていました。ところが実態は、その就職協定は全く守られておらず、解禁日以前に採用活動を行って内定を出す「青田刈り」といったことが当然のように行われていました。そして内定者は、解禁日には郊外の研修所等に泊まりがけで「拉致」され、ほかの企業訪問ができないようにされます。

電通に内定した私は、その解禁日には、電通の鎌倉研修所にほかの内定者と共に研修に参加することとなっていました。「これでいいのかな」という若干の不安を抱えながらもその研修に参加したのですから、その時点ではまだ電通に入るつもりでした。

研修といっても、他の会社訪問ができないように拘束するだけなので、特に何もするわけでもなく、夜は当然のように宴会です。どんちゃん騒ぎをする内定者の輪に溶け込めず、どんどん気分は沈殿していきました。私に声を掛ける者もなく、私はぼーっと彼らを眺めていました。

次の日は朝から絶好の海水浴日和。みんな「ひゃっほーっ!」と海岸に出かけていきます。

前の晩から悩んでいた私は、この朝には意を決したものです。

「申し訳ありませんが、御社には入らないことにしました」

そういう私に対し、世話役の社員は驚いたようでしたが、特に慰留をすることもなく、ほかの内定者を引率するために彼も海岸に向かったようでした。

私は日当たりのいい食堂で、一人ポツンとお茶を飲んでいました。

給仕のおばさんが、「どうしたの。みんなと一緒に海岸に行かないの」と声を掛けてくれました。

「いや、会社に入るのやめたんです」

「あら、そう。人生いろいろあるからね。頑張ってね」

私は、そのままバイクで帰ってきました。当時の愛車はヤマハの2スト・クウォーターの伝説的名車RZ250でした。

社会人になって2回の離職も次の会社を決めることなく辞めたのですが、この時も次の行き先を決めての行動ではありませんでした。そのような私を評して会社の後輩は、「八田さんって、木から木へ、次の枝をつかまえてから移る猿とは違って、モモンガみたいにパーっと飛び立ちますよね」と言ったものです。

モモンガ一号ここに見参!ブロロロロロロ―ッ!

(続く)


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category: 外資系証券なるもの

2012/04/06 Fri. 22:03 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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ブック・レビュー 『えん罪入門』 再審・えん罪事件全国連絡会編集 

ブック・レビュー 『えん罪入門』 再審・えん罪事件全国連絡会編集

冤罪入門

再審・えん罪事件全国連絡会の編集による「えん罪入門」。ひまわり大学文学部1年の佐藤真美とテニスサークルの先輩法学部3年の鈴木公平が識者に問う形式になっており、非常に読みやすい。冤罪を知るための入門書としては良書。冤罪一覧表や年表といった資料も充実している。

冤罪がなぜ起こるかを解明・理解することは将来の冤罪を防ぐために不可欠。そのためにはこのような入門書がより多くの国民を啓蒙する役目を担ってる。

この本が発行された2001年7月時点では、足利事件や布川事件は依然解決されておらず、この10年の進展を感じる。それと共に、名張毒ぶどう酒事件や袴田事件のように依然人権が蹂躙されたままの事件も多い。なぜ冤罪が起こるかをみんなで考えたい。

特に私が共感したのは、浜田寿美男氏による「なぜ人はやってなくても自白するのか?」。私自身は、捜査権力の取調べにおいて自白はしていないが、ここで述べられている「無実の者には、事件のリアリティーが全くなく、自分の自白が導くであろう論理的な結論が、現実味を持って感じられない。それが自白の背景の一つである」というものは自分の体験を通しても実感できた。被疑者には、まさか国家権力が自分を陥れようとしているという発想は全くないものである。


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2012/04/05 Thu. 14:30 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (56) 

#検察なう T-shirt @宝当神社 (in 佐賀) 「ご利益あるといいね」 (by Y.N ♀)

福岡

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2012/04/04 Wed. 15:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』 フィリダ・ロイド監督 

フィルム・レビュー 『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』 フィリダ・ロイド監督

鉄の女

『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』鑑賞。

メリル・ストリープのメリル・ストリープによるメリル・ストリープのための映画。アカデミー主演女優賞にも輝いた彼女の演技がとにかく素晴らしい。特に老女の演技(特殊メークも出色)。

サッチャーのことを全く知らなくても退屈しない映画となっている(歴史的な人物を扱った最近の映画として「J.エドガー」と好対照。特殊メークも随分差がある)。

認知症となり(実際にサッチャーは現在そうらしい)ファースト・レディならぬファースト・ハズバンドの幻影との交流が心温まるシーンとして描かれている。

歴史を扱ったドキュメンタリーの要素としては、フォークランド紛争がサッチャーの人気に影響を与えたのは「そうだったのかあ」と興味深かった。

お勧め。


ここをクリック→『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』予告編

(Facebook 4/1/2012より転載)

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2012/04/03 Tue. 13:28 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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外資系証券なるもの (4) 「就活 その3」 

外資系証券なるもの (4) 「就活 その3」

電通の最終面接の話をする前に、ソロモン・ブラザーズ証券の面接の話をします。

ソロモン・ブラザーズ証券の面接を知ったのは、偶然のことでした。私の東大の友人が「アメリカの証券会社らしいんだけど、一緒に話聞いてみないか」と誘ってくれたことがきっかけでした。

当時、既にソロモン・ブラザーズ証券は新卒の学生を採用しており、私が入社する3年前に東大卒が1人、2年前に東大卒・慶応卒の2人、前年に東大・京大・慶応・早稲田卒の計6人の新卒採用実績がありました。2年上と1年上の東大卒の先輩がリクルーターとして窓口になり、面接が行われました。

当時は金融にさしたる知識も関心もなく、株と債券の違いも分かっていませんでした。正直なところ、ソロモン・ブラザーズ証券が、アメリカの超優良大証券会社であることを知ったのは入社してからだったと思います。

会社は当時、内幸町の富国生命ビルの中にあり、社員数は200人程度だったでしょうか。外資系証券で200人というのは、当時としては一番大きいサイズですが、日本の証券会社と伍してやっていくには、ぎりぎりのサイズです。その数の社員数でも機能できるのは、アメリカ本社のサポートがあることと、営業対象が個人ではなく、機関投資家(銀行・保険会社・一般事業会社の財務部)に限定しているからです。

その面接というのが、少し変わっていました。何度も面接を繰り返すのですが、「第~次面接」という感じではなく、ただ現場のスタッフと面通しを繰り返すだけです。これは外資系証券においては、人事部がリクルートに関与することは全くなく、あくまで現場のスタッフが将来一緒に働く部下・同僚をリクルートするというものだからです。

とにかく彼らがモーレツに忙しいのは分かりました。面接となると30分なりのまとまった時間が必要なのですが、彼ら現場の人間がそれだけの時間デスクを離れるというのはなかなか大変なようで、約束の時間にオフィスに行っても、平気で30分や1時間待たされることはざらでした。

面接の最初と最後はリクルーターの先輩と会うのですが、最後は決まって、「じゃ、また興味があったら電話してきて」と言われてその日の面接は終わりです。つまりこちらから連絡しなければ、面接はその時点で終了です。勿論、電話して「またお会いしたいのですが、次いつお伺いすればいいですか」と尋ねても、「あー、残念だけど今回は縁がなかったことで」と言われることもあるのでしょうが、私は結局そういうことはありませんでした。

電通の最終面接の段階では、面接を受けていたほかの企業で、話が進展していたところは全て断ったと前回書きましたが、ソロモン・ブラザーズ証券だけは「こちらからの連絡をしていない」という状態で、テクニカルにはまだつながっていたものです。ただ継続中というだけで、入れるという段階ではありませんでした。

さて、電通の最終面接。

部屋に入って驚いたのは、面接の場が、役員が目の前に10人ほどずらっと並び、学生もそれに向かい合って10人ほどずらっと並んでというものだったことです。

面接の内容はあまり記憶していません。役員の一人が全員に一言ずつ解答を求めたのか、それともアトランダムに学生に質問したものだったか、よく覚えていません。しかし、最後の質問だけは、忘れることはありません。

役員の一人の方が、「それでは弊社が内定を出したとして、入社して頂けますか。その方は挙手して下さい」というものでした。

「おい、踏み絵かよ。そりゃないんじゃないの」と私は思いましたが、私以外の学生は迷うことなくサッと手を挙げました。そりゃそうでしょうね。質問の意図は計りかねるものの、最終面接まで来て「入社しないかもしれない」という気弱なスタンスはネガティブに取られるかもしれません。

私以外の全員が手を挙げる中で、躊躇している私に、当然質問が来ました。

「あー、君は、八田君ね。なぜ手を挙げないのかな」

「御社が第一志望ではありますが、まだ決めたわけではないので、手を挙げることはできません」

「そうか、なるほど、結構」

これで電通の面接は全て終了です。

私の逡巡は、就活をしていくうちに、自分の電通志望が、学生の単なる憧れに基づくもので、自分にとってそれがベストな選択なのかを迷い始めたことによります。

また当時、非常に仲のよかった高校の同級生が博報堂で秘書をしており、彼女に「業界志望なんだね。でもどうかなあ。40過ぎて広告マンやってても仕方ないんじゃないの」と言われたことがどうしても引っ掛かっていました。

それでも電通に入るつもりだったので、最終面接まで辿り着いたのですが、「あの質問はないよなー」と自分に嘘をつけなかったことが手を挙げなかった理由です。

その後、数日は就活のことを忘れて過していました。

数日後、電通の人事部から電話をもらいました。

「~月~日に、鎌倉の弊社研修所で、研修を行いますので来て下さい」

電通内定の瞬間でした。

(続く)


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2012/04/02 Mon. 16:06 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (118) 「大坪弘道著『勾留百二十日 特捜部長はなぜ逮捕されたか』を読んで」 4/2/2012 

#検察なう (118) 「大坪弘道著『勾留百二十日 特捜部長はなぜ逮捕されたか』を読んで」 4/2/2012

遅ればせながら、郵便不正事件の陣頭指揮を執った元大阪特捜部長大坪弘道著の『勾留百二十日 特捜部長はなぜ逮捕されたか』を読みました。遅ればせながらというのも、この本には1円も払いたくなかったので、図書館の予約待ちで時間がかかったためです。

読後感を一言で言えば「怒りを禁じえない」、本の内容は「厚顔無恥」というものです。

極端な言い方をすれば、この著作は「連続殺人犯が捕まってから、反省することもなく死刑になることを恐れおののいて書いた手記」に通ずるものがあります。検察によって冤罪に陥れられた当事者の立場からすれば、「ふざけるな!」と言いたいところです。自己憐憫・美化に終始する内容に、かなり辟易としてしまいました。

彼は郵便不正事件で村木厚子氏を164日も勾留したいわば張本人であり、事件が完全に検察のストーリーによって作られた虚構のものであったことが認定されているにも関わらず、郵便不正事件に関して反省の弁が全くありません。

「(郵便不正事件は)無罪判決という最悪の結果となった」「私が精魂傾け指揮した事件に無罪の審判が下った。私は戦いに敗れたのである」

当事者からしてこの意識であれば、検察改革が進むわけはありません。

この著作は、彼が逮捕されてから、百二十日間勾留された間の手記です。検察の逮捕勾留は「人質司法」と外部から散々非難されているものですが、建前は「証拠隠滅、逃亡のおそれあり」として裁判所の令状をもって行うものです。彼はそれに関しこう書いています。

「否認する被疑者の保釈を阻み、長く拘置所に閉じ込めておくのは、検察の常套手段である。これを人質司法という。否認を続けると保釈が容易に認められず長く勾留されてしまうのでは......という被疑者の不安・恐怖心理を利用し、自供を迫る。それをほのめかすか、暗黙のうちにやるかは人それぞれだが、これは検察官の大きな武器である。弁護士接見の拡大、被疑者国選弁護人制度の導入など、検察に対して種々の掣肘(せいちゅう)が加えられる中にあって、ある意味で検察に残された唯一のカードがこの人質司法である」

検察内部の人間が開き直ってどうすんねん、という感じです。これを読んでも、裁判所はこれまで通り検察の逮捕勾留請求を許可し続けるのでしょうか。そうであれば、この国の司法は全くどうかしています。

また彼は、何度もこう繰り返します。

「なぜ歴代の検察官のなかで、私だけがこのような運命になったのか?」

検察官はみな同じことをしている、つまり証拠の捏造も辞さない起訴至上主義であるにも関わらず、なぜ自分だけが?という反省のかけらもないものです。

逮捕されるまでの気持ちをこのように述べています。

「今日逮捕もありうるのかと絶望的な気持ちに陥る。なぜ最高検は元特捜部長である私をこのような無理筋の容疑で逮捕しようとするのか?それを無慈悲に実行する組織の冷酷さと怖ろしさを思い知った」

また、勾留されている気持ちはこのように述べています。

「独房での気が狂いそうな拘禁の後遺症が私の心を弱くしてしまい、このような拘束生活に自分は長く耐えられそうにない。事実を曲げてでもこの事件に決着をつけたいと、最高検と正面から戦ったことを悔いた。このままではとうていこの拘禁生活に私の精神がもたないであろう、否認を続けたままでは保釈も許されずこれから続く長期間の勾留に耐えられないだろうと、大きな不安が重く私の心を支配していた」

彼は、検事として、また特捜部長として、これまで何百人もの人間を同じ状況に追いやったにも関わらず、この体たらくです。

またこのようにも述べています。

「今朝また生をいただいて目がさめました。今こうして生かされていることに感謝します。天の神様、ご先祖様どうか今日一日心乱れることなく、平穏にこの一日だけを無事過ごすことができますよう私をお守り下さい」

袴田巌氏が聞いたら何と思うか。袴田氏は死刑の恐怖にさらされ、今日も、これまで46年間獄中につながれています。上記のコメントは勾留わずか17日目のものです。天の神様も随分と迷惑に思ったのではないでしょうか。

さらに驚いたのは、大阪から東京に取調べを受けた旅費に関しての記述です。

「『私は参考人の形で上京しているのですから、旅費・日当は最高検が支払ってくれるんですね』とわざと念をおした」「だが結局、最高検からは今回の一泊二日と第二回目調査で上京した二泊三日の旅費・日当が支払われることはなく、逮捕後、帝国ホテルから宿泊代金の支払い請求書が自宅に届いた。私は今でもこの時の清算を最高検に求めたいと思っている」

私はこれまで、国税局・検察の取調べ、それから裁判の度ごとにカナダのバンクーバーから帰国しているのですが、それらの旅費を請求しようなどとは今まで思ったこともありませんでした。

検察がメディアを利用して、被疑者の悪いイメージを刷り込んだ上で、それを取り締まる「正義の味方」を演出することはよく知られたことです。そのメディアに対してはこのように書いています。

「マスコミというのはまことに苛烈な存在で、どんなに親しい記者であっても私情で追及の手を緩めてくれるということはなく、完全に会社組織の一機関になり切って私や家族の生活を監視し、容赦なく私生活にまで侵入してきました。私が逮捕されるまでそれが何十日かかろうとこの状態をずっと続ける構えで自宅を取り囲む彼らの姿を見て、人の心をもたないゾンビか爬虫類が蠢いているような印象をもちました」

「人の心をもたない」というのは検察のことだろう、と思わず突っ込みたくなるところです。

彼の著述の中で、「私は自己の魂を鎮魂させるため、『懺悔』と題する手記を書いた」という部分だけが、この書の中で浮いて違和感があります。その「懺悔」と題された手記は本の中では3ページ程度のもので、このように書かれています。

「司法というものは誠に恐ろしい権力である。人を極限に追い詰める権力である。人の生身を切りきざむ物理的な権力である。
私はこの囚われの身になって初めて、身を拘束される辛さ、地位も名誉も財産も一切をはく奪される苦しさ、家族と別離する淋しさ、そして私をここに追いやった権力に対する言い尽くし難い憤怒というものを知った」

「いつしか私自身が権力の魔力に取り憑かれていたのかも知れない」

「権力の行使によって相手がいかに苦しみ、悲しみ、生活の基盤を奪われ、それに伴い家族までも巻きこみ深刻な苦しみと別離の悲しみを与えることへのおののきと深い配慮を少しずつ薄れさせていったのではないだろうか」

この懺悔の気持ちが本物であれば、自分も含め検察を断罪して、検察改革の糧としたであろうと思います。しかし、そうではなさそうです。彼が取調べ中に、妻の取調べを示唆された際に激昂して、このように言っています。

「何だと!やるならやってみろ。もし妻に指一本でも触ってみろ。ただではおかないぞ!私が知っている全ての秘密をバラして検察をガタガタにしてやる。それによって自分も死ぬことになるが、覚悟の上だ。そのことを上に言っておけ!」

この一言だけでも、先日(3/30)の公判で彼が有罪判決を不服として控訴した、検察 vs 大坪・佐賀の裁判が全て茶番であることが伺えます。

私は、検察 vs 大坪・佐賀の裁判にはこれまでどうも興味がそそられませんでした。それは、大坪・佐賀が、もし「自分は誤ったことをした。有罪もやむなし。しかしそれが検察の行動論理そのものであり、やり方なのだ」と言っていれば、随分と私の感じ方も違ったと思います。しかし大坪・佐賀が自己弁護に走った時点で、結局、「悪者同士の仲間割れ」という印象しか持てなくなったからです。

先日の判決では、大坪・佐賀には執行猶予がつきました。いかにも丸く収めようというかの幕引きが非常に後味の悪いものです。大坪はそれでも不服のようで、記者会見で「最高検の主張に追従した、結論ありきの判決」と述べています。

彼の指揮した郵便不正事件それ自体が、「結論ありき」の捜査であったことは火を見るより明らかです。それは私の起訴も同じです。結局は、それが検察の体質です。結論ありきの起訴至上主義。これを変えなければ検察改革はなしえないものです。

4/2/2012











ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件







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category: 刑事事件一般

2012/04/01 Sun. 14:19 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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