「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (144) 「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会動画ダイジェスト版」 6/1/2012 

#検察なう (144) 「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会動画ダイジェスト版」 6/1/2012

先日私がゲストとして招かれた、第45回日本の司法を正す会の動画のダイジェスト版です。元々の動画は1時間程度でしたが、20分に編集しました。是非ご覧下さい。

2012年5月24日
「日本の司法を正す会」 ワークショップ

インタビュー及び進行 青木理氏 (ジャーナリスト)
パネリスト      村上正邦氏 (元参議院議員)
パネリスト      早川忠孝氏 (弁護士)

ここをクリック→ 日本の司法を正す会動画ダイジェスト版


6/1/2012



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category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2012/05/31 Thu. 12:27 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (66)  

#検察なう T-shirt @ハワイ灯籠流し (by M.K ♂)

灯籠流し

ここをクリック→アラモアナ・ビーチ灯籠流し(昨年の映像)

アラモアナ・ビーチでの灯籠流しは、今年で14回目を迎え、毎年数万人の観光客を集めるハワイの大イベントです。そのイベントに参加した友人からの応援メッセージでした(と、解説せな、後ろの灯籠が全く分からんね)。





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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/05/30 Wed. 14:23 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (143) 「『蟷螂の斧となろうとも』解題」 5/29/2012 

#検察なう (143) 「『蟷螂の斧となろうとも』解題」 5/29/2012

ブログのタイトルについて。

「読めない」「意味が分からない」「変えた方がいいんでね?」と言われますが、ご説明をば。

漢字は偏(へん)と旁(つくり)から成り立ち、偏が意味、旁が音を表すということはご存知ですね(知らない方は小学校から入り直して下さい)。

まず「蟷螂」の読みに関しては、「當」が「当」の旧仮名ということを知らなければちょっと辛いですね。私は、原典が旧仮名の場合はなるべく旧仮名で読みたい「旧仮名温存派」なので、すんなり読めます。それが分かれば「蟷螂」の読みは「とうろう」となることはお分かりになるはずです。

意味は虫の一種だろうという類推が働きますが、その後に斧がありますから、斧をもつ虫といえば.......そうです、かまきりです。

「蟷螂の斧」は中国の故事成語から来ています。

「韓詩外伝」に次のような話があります。
 
「或る時、斉の荘公が猟に出たが、一匹の蟷螂が、あわや踏みつぶされそうになりながら、その両足を振るって荘公の車を撃とうとした。いち早くそれを眼にとめた荘公は、
 
『ほほう、元気な奴じゃ、これは何という虫かな?』
 
と左右の者に訊ねた。
 
荘公の御者が答えた。
 
『これはカマキリという虫でございますが、この虫は進むことしか知らなくて、一向に退くことを知りませんし、自分の力のほども弁えずに、一途に敵に当る奴めでございます。』
 
荘公はこの言葉を聞いて、
 
『この虫がもし人間であったとすれば、それは必ず天下に並びなき勇士であったろう。』
 
といって車を戻させ、わざわざ蟷螂を避けて進んだという。」

それで、その意味は「弱者が、自分の弱さをかえりみず、強敵に立ち向かうことのたとえ」となります。私がこのタイトルを使う心意気がお分かり頂ければ幸いです。

国家権力の前に、個人の力は余りにも無力です。しかし、不正に対し屈することなく、正義を貫くため 精一杯生きようと思っています。

引き続き応援お願いします。

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5/29/2012



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category: 刑事事件一般

2012/05/28 Mon. 14:42 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (65) 

「ショージとケイコ in #検察なう T-shirt」 (by K.S ♀)

ショージとケイコ

ここをクリック→ ショージ(桜井昌司)のブログ

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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/05/27 Sun. 14:27 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (142) 「『明るく楽しい布川事件』 桜井・杉山さんを守る会解散集会」 5/27/2012 

#検察なう (142) 「『明るく楽しい布川事件』 桜井・杉山さんを守る会解散集会」 5/27/2012

先日、ショージさんからメッセージを頂きました。「今度、守る会の解散集会あるんだけど、それに来てくれれば、なぜ私が『明るく楽しい布川事件』って言ってきたか分かると思うから」というものでした。

それで昨日、お茶の水で行われた「守る会」の解散集会に行って参りました。

これまで雪冤のため、彼らを支援してきた「守る会」は昨年5月24日の無罪確定で役目を終え、解散することになりました。これからは、国家賠償を勝ち取る彼らの新しい戦いが始まります。

まずは解散集会。


ST 開始

ショージさん挨拶。思わず涙ぐんでしまう熱い男です。

ST ショージ挨拶

タカオさん挨拶。こちらはいつもクール。この辺の凸凹具合が「ショージとタカオ」の妙。

ST タカオ挨拶

弁護士の先生方からの挨拶や、守る会の実行委員の方からの報告が一通り終わった後は、仕切りを取り払って、大宴会場となった会場でパーティーが始まりました。まずは鏡割り。

ST 鏡割り

解散集会には、足利事件の被害者菅家利和さんも来ていらっしゃいました。菅家さんとツーショット。

ST 菅家

こちらは布川事件弁護団長の柴田五郎弁護士です。柴田先生は布川事件の当初から弁護人を務めておられ、その弁護活動が44年後に実を結んだということになります。布川事件の弁護活動を始められた時は随分若かったんだろうなと思います。歳月を感じます。

ST 柴田

こちらは映画「ショージとタカオ」の監督、井手洋子さんです。先日も上映会&ワークショップでお会いしたばかりでした。

ST 井手

私も樽酒をちょっと頂いて。

ST 樽酒

宴もたけなわというところで、お約束のカラオケタイム。生演奏に合わせてショージさんが歌います。映画「ショージとタカオ」でもその様子が一部収録されていますが、ここではフルコーラスをお楽しみ下さい。

ここをクリック→ショ―ジさん熱唱

そしてショージさんとツーショット。

ST ショージ

タカオさんともツーショット。


ST タカオ

その後、ショージさんとタカオさんのご伴侶の挨拶と続き、最後は彼らから関係者への花束贈呈となりました。こちらはショージさんのご伴侶の恵子さん。彼女とはフェイスブックつながりです。私のブログには、彼女のブログのリンクを貼ってありますので、是非ご訪問下さい。

ST 恵子

ST タカオ&wife

これは彼らが街頭での支援運動をしていた時のビブ。長い間の支援活動は大変なものだったのだろうと想像します。やはり善意の力というのはすごいと感じました。

ST 無実

私も無実です。

ST 私も無実

それで一次会は終了。二次会へと会は流れます。私はそこで帰ろうとしたのですが、タカオさんに呼び止められました。「ちょっと、聞きたいことがあるからさ。二次会来てよ。帰っちゃったら、冤罪支援しないからね」と言われ、二次会に行かざるをえない状況となりました。タカオさんは、まったくやんちゃです。

二次会ではタカオさんと差し向かいで宴会。会話の内容はナイショです。守秘義務がありますんで。「また今度、酔ってない時に電話するわ」とのことでした。本当にしてきそうだからなあ、彼の場合。

ST タカオ宴会

一次会からエンジン全開の宴会は二次会も続きます。

ST ショージ&恵子

実行委員長の仕切りで、いろいろな方に挨拶が振られます。彼女は、支援者の方の娘さんなのですが、彼女の中学で布川事件を知る時間を生徒の間で持ったようです。最初は「めんどくせー」と言っていた生徒たちも、ビデオを見たり、話をした後はかなり布川事件や冤罪に興味を持って熱心に聞いていたそうです。支援者の方から「AKBに負けるな!」と声を掛けられていました。

ST AKB

こちらは大崎事件の支援者の方々。その中のお一人と隣になって話していたのですが、冤罪被害者の原口アヤ子さんは、刑を服役後、再審開始が一旦決定したものの、検察の特別抗告でそれが取り消されたケース。名張毒ブドウ酒殺人事件の被害者奥西勝さんの2つ下だと言っていたので、今年84歳のはずです。命あるうちに雪冤をという強い思いを支援する方々は伝えていました。こうして多くの方が冤罪と戦っているという事実を知ってほしいと思います。

ST 大崎

私もショージさんとタカオさんから挨拶を振られてしまいました。ところがこちらは冤罪被害者としてはかなり格下。冤罪と戦う大先輩達を前にして、事件の状況を語るのは若干の抵抗があったのですが、周りから「で、何をやったと言われてるの」とか、「えーと、会社の給与を脱税したと言われておりまして」と言えば、「そんなん会社が悪いんじゃん」とか、「ほかにも100人ほど同じく申告漏れだったんですけど」と言えば、「あー、一罰百戒ね」と、非常にレスポンスがよく、さすが冤罪には造詣が深い方たちでした。とにかく、その場にいる者の全てが、冤罪被害者 or それを支援する人たち or 弁護士&法学者 or ジャーナリストという、冤罪に理解がないと居心地が悪くなる、逆に冤罪の被害者というだけで暖かく迎え入れてくれる不思議な「冤罪クラブ」の雰囲気でした。

ST スピーチ

ということで、「明るく楽しい布川事件」の内幕を堪能させてもらった一日でした。私はここで離脱しましたが、宴が三次会に流れたのは言うまでもありません。

私は残念ながら出席できないのですが、6月16日に大規模な市民集会が企画されています。「なくせ冤罪 ひらけ再審 6・16市民集会」。目玉は木谷明元裁判官と映画「それでもボクはやっていない」の周防正行監督の対談。「最近の冤罪事件や裁判所、検察などについて縦横に語ります」とのことです。興味のある方は是非足をお運び下さい。

ここをクリック→ 「なくせ冤罪 ひらけ再審 6・16市民集会」のご案内

5/27/2012








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category: 布川事件

2012/05/26 Sat. 12:19 [edit]   TB: 1 | CM: 3

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#検察なう (141) 「名張毒ブドウ酒殺人事件再審請求棄却 + 高杉ナツメ・アゲイン」 5/26/2012 

#検察なう (141) 「名張毒ブドウ酒殺人事件再審請求棄却 + 高杉ナツメ・アゲイン」 5/26/2012

昨日のマイ・トップニュースは、名張毒ブドウ酒殺人事件の再審請求が名古屋高裁で棄却されたことでした。ツイッターやインターネットで状況を把握したものの、やはり既存メディアでどのように取り扱われるか知りたいと思ったのですが、普段、テレビを全く見ることがないので、私の家にはテレビどころかアンテナもありません。

その件をツイートしたところ、フォロワーの方からインターネットでテレビが見られることを教えてもらい、やった!これでニュースが見られると、久々にテレビ番組欄をチェックして、ニュースを見始めたのが夜中12時過ぎでした。

当然、名張のニュースが報じられると思いきや、いきなり次長課長の河本氏の母親が生活保護を受けていたニュース。

なんでやねん.....とあきれてしまいました。

生活保護の不正受給の問題自体は(彼のケースが必ずしも不正というわけではないようですが)、やはりきちんとしてほしいものですが、この報道による抑止効果がいかほどのものか甚だ疑問です。子供が有名人で親が生活保護を受けているというケースは、生活保護受給者のごくごく一部であり、一連の騒ぎは、河本氏のリンチ以外の何物でもないような印象を受けます。これで受給基準の厳格化があると、逆に受けるべき人が受けられなくなるんじゃないかと思ってしまいます。

そもそも血税を無駄に使って由々しいというのであれば、冤罪にかかる捜査・司法の公費たるや生活保護の不正受給とは比較できないほど大きいものです。民の無駄遣いよりは、官の無駄遣いを戒めるべきだと思いますけれど。

本題は「名張毒ブドウ酒殺人事件」。

まさに日本の司法が推定有罪であることを露呈してしまった判決です。

この事件の報道を読んで、「なんか農薬が一致するとかしないとか言われてもよく分からんなあ」と思われている方も少なくないかと思います。事件のことを少なからず知った私も、それは瑣末な傍論のような気がします。

基本は「合理的な疑いが入るのかどうか」、即ち誰が見ても真っ黒かどうかということです。

この裁判の流れを見てみます。

地裁無罪→高裁有罪→最高裁で確定→7度目の再審請求が高裁で認められる→検察の特別抗告を受け最高裁が高裁へ差し戻し→高裁で再審請求棄却

となっています。

重要なのは、一審と再審請求が一旦は認められた段階で、二度までも裁判官が奥西勝氏の有罪にノーと言っているわけです(再審開始決定も、そのハードルの高さからすると「無罪判決同等」と言えるものです)。

これで「合理的な疑いが入らない」という方がおかしいというものでしょう。

そもそも以前のブログで述べたように、検察が上訴できることが大間違いです。

ここをクリック→ #検察なう (87) 「「司法改革 (2) 『二重の危険』」

昨日からの報道の中では、中日新聞の以下の社説が出色だと思いました。

ここをクリック→中日新聞社説

ここで、「収監期間は確定囚の中で二番目に長い」とありますが、それは死刑確定からの期間をカウントしていると思われ、逮捕からだと奥西勝氏が一番長いと思います。(注)

また毎日新聞の今日の朝刊の「私は無罪、死刑廃止は必要ない」と奥西氏が死刑制度廃止の署名を拒否した逸話を紹介したコラムも良心を感じました。是非ご覧になって下さい。

奥西氏は既に86歳。司法が過ちを正す時間は残りわずかです。司法が正しくあるための機会を奪った下山保男裁判官に喝!です。また6年前に再審請求開始決定に特別抗告をした検察にも喝!再審開始決定を取り消した門野博元裁判官にも喝!です。

FREE OKUNISHI !

話しは変わって、先日の「日本の司法を正す会」。あの後、大勢の人から応援のメッセージを頂きました。やはりIWJで中継あるいは録画されたものをご覧になった方が相当いらっしゃったようです。正義を求めて、検察の在り方、国税局の在り方に疑問を唱える方が多いということには勇気づけられます。一層頑張りたいと思います。

会に参加してくれたマンガ家高杉ナツメ氏が、第二回公判に続いて、その時の状況を描いて送ってくれました。是非ご覧になって下さい。

ここをクリック→「日本の司法を正す会」by 高杉ナツメ

引き続き応援よろしくお願いします。

(注)
「世界で最も長く死刑執行が延期された」死刑囚としてギネスブックに登録されているのは、帝銀事件の平沢貞通氏です。彼の逮捕(1948年8月21日)から獄死(1987年5月10日)までの収監期間は38年9カ月。

収監期間で、これを既に抜いている死刑囚が3人もいます。名張毒ブドウ酒殺人事件の奥西勝氏、袴田事件の袴田巌氏、マルヨ無線強盗殺人放火事件の尾田信夫氏です。

この中で収監期間の一番長いのが奥西勝氏です。彼の逮捕は1961年4月3日。一審無罪判決から二審有罪判決までの間の釈放期間4年9カ月を引いて、これまで46年4カ月も獄中にいることになります。

袴田巌氏の逮捕は1966年8月18日、これまで45年9カ月。尾田信夫氏の逮捕は1966年12月27日、これまで45年と6ヵ月収監されています。

いずれにせよ超ギネスブック級の出来事です。

5/26/2012









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category: 名張毒ぶどう酒事件

2012/05/25 Fri. 16:32 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (140) 「『日本の司法を正す会』録画 + 市民の会追加告発」 5/25/2012 

#検察なう (140) 「『日本の司法を正す会』録画 + 市民の会追加告発」 5/25/2012

昨日、「日本の司法を正す会」にゲストとして招かれ、話をしてきました。会場には、20名ばかりの参加者。私の友人も何人か足を運んでくれました。

またその様子は、岩上安身氏率いるインターネット報道メディアのIWJで中継もされました。その内容の録画のリンクが以下のものです。短いバージョンとアングルの異なる長いバージョンがあります。

短いバージョン(58分)は、IWJを通じて全世界配信された映像です、引いた画像でパネリストの雰囲気が分かります。途中で切れますので残り10分は長いバージョンでご覧下さい。

ここをクリック→ 「日本の司法を正す会」録画短いバージョン

長いバージョン(81分)では、アップで撮られています。マイクまでの距離が近いので、パネリストの声は聞き易いかもしれません。準備をしてるところから収録していますので、なかなか始まらないので、初めの14分位飛ばして見て下さい。

ここをクリック→ 「日本の司法を正す会」録画長いバージョン

パネリストのジャーナリスト青木理氏、早川忠孝弁護士、元参議院議員の村上正邦先生のいずれも、検察の問題には見識が高く、非常に話しやすい雰囲気でした。特にジャーナリストの青木氏のバランス感覚はさすがです。彼の「国税が聖域化していることは問題であり、チェックされるべきだ」との意見には会場から拍手が起こりました。

「日本の司法を正す会」は村上先生が座長で、週刊金曜日がバックアップしています。このワークショップの模様は週刊金曜日に記事として掲載される予定のようですので、皆さん楽しみにしていて下さい。

また昨日、小沢氏の検察審査会起訴による公判において、その資料となる報告書を検事が捏造していた問題で、八木啓代氏が代表を務める「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」が、関与する検事3人を追加告発しました。この市民団体は、既に実行の中心人物である田代検事を虚偽有印公文書作成罪及び行使罪で告発しています。そして、今回はその上司及び同僚の計3人を共犯ということで、同罪で告発しました。

告発文は以下のものです。

ここをクリック→ 市民の会による告発文

今回の事件が、郵便不正事件よりも更に重大なものであることは私も以前のブログで述べさせて頂き、今朝の時点でそのアクセスが2200件を越えています。国民の関心がどれだけ高いかを物語るものです。しかも、郵便不正事件では、上司である大坪元大阪特捜部長、佐賀元大阪特捜副部長は犯人隠避罪で有罪判決を受けていますが、今回、市民団体が上司及び同僚を告発した罪状は共犯ということで、より組織ぐるみの犯罪を主張しています。これも私がブログで指摘した重要なポイントです。

ここをクリック→ #検察なう (134) 「郵便不正事件より重大な検察の犯罪 田代検事報告書の検証」

今日、明日にでも発表かと噂されている田代検事の不起訴が現実のものとなれば、検察は自ら自浄作用がないことを露呈するのみです。郵便不正事件で反省するどころか、萎縮し頑なになって、むしろ開き直っているという誹りを免れないものです。

告発後の記者会見(前半約20分)とその後、代表の八木啓代氏のインタビュー(後半約30分)がこちらです。この事件の理解を深めるためにも、是非ご覧になって下さい。特に後半のインタビューでは、かなり好き勝手言っていますが、実に正しい指摘だと思います。

ここをクリック→ 市民の会記者会見と八木啓代氏インタビュー

今日は、名張毒ぶどう酒事件の再審の判断がなされるというビッグイベントがあります(午前10時)。これも是非ご注目下さい。

ここをクリック→#検察なう (92) 「名張毒ブドウ酒殺人事件」

5/25/2012



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category: 刑事事件一般

2012/05/24 Thu. 14:48 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (139) 「本日生中継 + 『ショージとタカオ』上映会に行って参りました」 5/24/2012 

#検察なう (139) 「本日生中継 + 『ショージとタカオ』上映会に行って参りました」 5/24/2012

ツイッターのタイムラインに岩上安身氏率いるIWJの番組で、「クレディスイス証券集団申告漏れ事件」が取り上げられ、Ustreamで中継されるというツイートが流れてきました。

ここをクリック→ 「日本の司法を正す会」Ustreamで中継

ふーん、誰が話すんだろ。おー、俺じゃん。え、聞いてないし。岩上氏は来ないんだろうなあ。岩上さん、今度インタビューお願いします!IWJのファンです!応援してます!

と、いうことで、本日、私がゲストに招かれている「日本の司法を正す会」の模様がインターネット・テレビで中継される模様です。望むところです。弁護士の先生方ははらはらですね(と、あくまで人ごと)。

ちなみに6chと言っても、地デジのTBSではないですから。もう既に間違った人間が確認されております。

現地に来られない方も是非ご覧になって下さい。

昨日は、「ショージとタカオ」の上映会に行き、2度目の鑑賞となりました。リピーター率が高いのか、お約束のシーンでは大きな笑いが起こっていました。

映画上映後、井手洋子監督と江川紹子氏によるワークショップがあり、私も参加しました。井手監督と話すことができ、とてもうれしかったです。

ここをクリック→ 井手監督とツーショット

ここをクリック→ しょこたんスマイル

そこでは、映画を撮る14年間の苦労話や、監督の映画哲学も聞け、興味深いものでした。特に、ドキュメンタリーと報道の差に関して、「報道は中立、客観性を重んじるけれど、ドキュメンタリーは主観的でいい。しかも主観的なものがドキュメンタリーという枠組みに囚われるのではなく、客観的であるドキュメンタリーがあってもいい」というのは面白い視点だと思いました。

ドキュメンタリーというと、コンテンツに関する興味があるかないかがまずあって、鑑賞者の幅を狭めてしまいがちですが、この映画が、「布川事件の記録映画」に留まっていないのも、監督のそうした主観性によるところが大きいのだと思います。

先日も、ある件で桜井昌司さんからメッセージをもらうことがあったのですが、彼曰く「明るく楽しい布川事件」と言ってきたとありました。この映画は、まさに「明るく楽しい」冤罪ロード・ムービーです。是非ご覧下さい。

私も、冤罪で29年間壁の中に閉じ込められ、44年間無実を証明するのにかかってもそのユーモアを忘れない桜井さんを見習って、「明るく楽しいクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件」を目指したいと思います。

今日は、午前中霞が関で一つイベントをこなして(これに関しては、また後ほどご報告できると思います)、「日本の司法を正す会」に向かいます。引き続きご支援の程、よろしくお願いします。

5/24/2012



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category: 布川事件

2012/05/23 Wed. 14:37 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (138) 「ダブリングとサイキック・ナミング」 5/22/2012 

#検察なう (138) 「ダブリングとサイキック・ナミング」 5/22/2012

友人と事件のことを話していると、よく聞かれるのが「なぜ、国税局や検察はそんなひどいことができるんだろうね」ということです。

私は「人間がみんな良心に従って行動できたのなら、アウシュビッツはないだろ」と答えます。

しかしそう答えながらも、実は、なぜそうしたことができるのかの納得のいく説明はできませんでした。

人の人生を左右する大きな責任をもった仕事と言えば、医者があります。彼らは時に人の生死にかかわる重大な責任をもっています。そして結果によっては患者の死に向き合わなければなりません。その重圧たるや大変なものだと思います。しかし最悪の結果になったとしても、それを乗り越えなければ、仕事にならないことも理解でき、自分の感情をコントロールする訓練が経験とともに積まれていくのだと思います。

確かなのは、患者が「死んでもいいや」と思っている医者はいるはずがなく、彼らは最大限の努力をして、結果が伴わなくてもそれは人事を尽くした結果だと諦めがつくものだと想像します。

同じく人の人生を大きく左右する捜査権力に、それだけの覚悟があるのでしょうか。当事者の立場からするとそのような覚悟は全く感じられません。

捜査権力は個人で責任を取ることはなく、常に組織の陰に隠れています。そして「告発するのが仕事」「起訴をするのが仕事」というのは、冤罪被害者にとっては、医者が「殺すのが仕事」と言っているかのように聞こえます。

私は生来、性善説の持ち主なので、なぜそういうことができるのか、非常に理解に苦しむところでした。第二次世界大戦中、ナチスドイツでホロコーストがなぜ起こったのか理解できないということと同じです。

そして、私が、出会ったのはアメリカの歴史心理学者ロバート・ジェイ・リフトンによるナチスの医師の研究でした。

ロバート・ジェイ・リフトンは、個人の心理と歴史的変化の関係、歴史的極限状況における人間心理などについて実践的研究を重ね、きわめて強い平和主義的立場から歴史心理学という新分野の確立に貢献した学者です。彼の研究には、日本関連のものもあり、広島原爆の被爆者やオウム真理教信者がたどってきた心理的なプロセスとその歴史的背景を研究したことで知られています。

彼のナチスの医師の研究では、「ダブリング(二重化)」と「サイキック・ナム(精神機能の麻痺)」ということが論じられています。

まずダブリング(二重化)に関しての、彼の言葉を引用させてもらいます。

「私はナチスの医師の研究から多くのことを学びました。彼らも最初は他の人々となんら変わらない人たちだったのですが、思想の力によっていくつかの段階を越えていくにつれ、邪悪なものに変わっていったのです。大量虐殺にかかわる人々は、自分自身のなかに機能的にもう一つの自己を形づくるプロセスを経験します。

私はこれをダブリングと呼んでいます。アウシュビッツの虐殺に参加していた医師たちは、週に六日は殺しを監督し、週末はドイツの家族のもとに帰り、ごく普通の父親や夫として過ごしていました。まるで二つの異なった人格を持っていたかのようです。こうしたプロセスを経て、少なくとも最初は崇高と信じていた思想によって大量の虐殺行為に巻き込まれていくのです。

そして皮肉なことですが、大勢の人を殺すことは崇高な思想をつうじてしかできないのです。立派な名目をあたえなければ大量殺戮は不可能なのです。」

(辺見庸氏とのインタビュー「不安の世紀」より)

捜査権力にとっては、「彼らの定義に基づく『正義』」がここでいう「崇高な思想」に相当します。

インタビュアーである辺見庸氏は、オウム真理教信者を例にとり、これが組織全体の総意となる場合に、「集団的無意識」と呼び、以下のように述べます。

「このような集団的無意識はひとりオウムの組織内だけではなくて、日本の社会、企業、あるいは教育の現場でも大いにありうることではないかというふうに私は考えているのですね。」

その指摘は的確です。

またサイキック・ナミング(精神機能の麻痺)に関しては以下のように定義づけられます。

「『サイキック・ナミング』も主にリフトンによって用いられた概念である。これは、極度に恐ろしい状況下に置かれたり、あるいは恐ろしいことをなす場合に、自我を守るために無感覚、思考不能にさせる精神のメカニズムである。リフトンは日本の原爆被爆者の心理を分析した本の中で、キーワードとしてこの語を用いた他、ナチスの医師の虐殺行為を心理学的に説明する時にも、この語を用いている。」

精神的な自己防御反応として、ダブリングやサイキック・ナミングといった何らかのバリヤーを張ることで、良心が浸食されないようにするということが無意識のうちに行われるようです。

勿論、全ての者が恐怖や良心の呵責にアジャストできるわけではなく、市川寛氏のように「検事失格」に書かれたような、良心を捨て切れず、心が悲鳴を上げる場合も少なからずあるのだとは思います。そしてうまくアジャストできる者だけが優秀な国税局員、検事として生き延びていくのだろうと想像します。

しかし、本来、良心が現実の捜査で障害となる組織の論理は間違っているはずです。検事は、法曹の道に就いた時には、弁護士や判事よりも正義を求める気持ちが強かったはずです。それが、「割れ」「立てろ」の起訴至上主義にまみれるうちに、初心を見失ったのだろうと思います。検察の在り方を是正するためには、根本的なインセンティブ付けから、捜査権力の行動原理を考え直す必要がありそうです。

参考文献として、ナチスの医師の研究文書を添付します。

ここをクリック→ナチT4作戦における看護師

5/22/2012



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category: 刑事司法改革への道

2012/05/22 Tue. 05:19 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (137) 「第三回公判の審理内容決定」 5/21/2012 

#検察なう (137) 「第三回公判の審理内容決定」 5/21/2012

第三回公判は6/8(木)午前10時より、東京地裁第718号法廷で開かれます。

先日の期日間協議において、審理の内容が決定しました。とうとう最初の証人尋問が行われます。いきなり序盤戦の山場到来です。

証人予定は、クレディ・スイス証券の法務・コンプライアンス部長です。彼は、現在日本組織内弁護士協会の理事長まで務める重鎮。彼の証言は、全国の企業弁護士が注目しているところです。

これは見逃す手はありませんので、是非傍聴にいらして下さい。ただ今回も、初公判同様、相当に混雑が予想されますので、お早めに第718号法廷前にお越し下さい。

引き続き応援お願いします。

5/21/2012








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category: 刑事裁判公判報告

2012/05/21 Mon. 05:14 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (64)  

#検察なう T-shirt @フランス司法省 (by H.Y ♂)

フランス司法省

検察官の起源については、13世紀頃、フランスにおいて国王(国庫)の利益を擁護するために設けられた「国王の代官(Procurer de roi)」制度であるといわれています。

フランス革命(1789年)により「国王の代官」制度がなくなり、代わりに公訴官としての「政府(人民)の代官」が創設。その後、1808年「検察官」制度が確立されました。国家は、検察官をして公訴を提起せしめ、裁判所がそれを審判することとなり、やがてドイツなどヨーロッパ諸国などに承継されていきました。

フランス語で検事を意味する「Procureur」が、「代官」を語源としているのは、このような沿革によるものです。






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2012/05/20 Sun. 15:00 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (136) 「自白の心理学」 5/20/2012 

#検察なう (136) 「自白の心理学」 5/20/2012

日本国憲法では以下のように定められています(第38条第三項)。

「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」

しかし自白は「証拠の女王」(Confessio est regina probationum)と呼ばれ、証拠の中でも証明力が高いとされます。「被疑者が敢えて自分に不利な証言をするわけがない」という前提があるからです。

罪を犯した者も自己の保身のため、「やってない」と嘘をつくことは容易に想像されます。それゆえ、取調べで負荷をかけなければ、誰でも言い逃れられるという思いから、取調べがある程度厳しくなるのは仕方のないところでしょう。実際のところ、自白をさせればほぼ捜査権力の「勝ち」(彼らの目的が真実を追求するのではなく、有罪を得ることであるのは今更言うまでもないことでしょう)であるため、自白を取るため、ある程度どころか相当厳しくなることも想定されます。

しかし、それだけでは、なぜ冤罪被害者が自分に不利な虚偽の自白をするのか腑に落ちないところがありました。過去の冤罪において、虚偽の自白は驚くほど数多く見られます。

その疑問に答えてくれたのが、先日手に取った浜田寿美男著「自白の心理学」(岩波新書)でした。

ここをクリック→ 浜田寿美男著「自白の心理学」

国税局査察部、検察特捜部の取調べで、私は一貫して容疑を否認しましたが、その私でも納得できる部分が多々ありました。

まず前書きに冤罪一般に関して述べられています。私の立場からも強く思っていることが書かれています。

「世に冤罪というものがある。遠い過去の話ではない。たったいま、私たちが生きているこの世の話である。それも数年に一例といった単位で、例外的に起きる偶発的な不運ではない。むしろ世の中の仕組みのなかに根ざした一種の構造的な不幸だといったほうがよい。しかし案外、このことが一般には知られていない。たいていの人は、それをほとんど自分には無縁のことだと思っているのであろう。

自分は絶対に犯罪にかかわるようなことはしないと思っていても、犯罪の被害者になることは自分の意志で避けることができない。それと同じように、冤罪も決意だけでそれを免れることはできない。自分は濡れ衣を着せられるようないかがわしいことをしないとか、たとえ濡れ衣を着せられそうになっても、ちゃんと抵抗してみせるという人もいるかもしれないが、現実に起こる冤罪事件は、それほどなまやさしいものではない。冤罪を作り出す問題の過半は、私たち自身ではなく、私たちを囲む状況の側にあるからである。」

私は、別に清く正しく生きてきたつもりはありません。しかし、手が後ろに回ることだけは全くする気もなければ、していないと思っていたその私ですら、現在冤罪に陥れられています。普通に車を運転していた片岡晴彦氏(高知白バイ事件)、普通に電車に乗っていた小林卓之氏(西武池袋線痴漢冤罪事件)の例を挙げるまでもなく、ごく普通の社会生活をしていても、日本の捜査権力、司法制度の構造的問題は無辜の人であっても冤罪の犠牲になる可能性があるものです。

本論の自白の心理に関する記述です。私が上で述べたことが確認されます。

「実際に罪を犯した人間でも、疑われて尋問を受けたときには、ひとまず否認する。その心理は誰にもわかる。自分が犯人と知れてしまえば、刑罰を逃れることはできない。まして重大な犯罪なら死刑もありうる。そういう立場におかれた人が、否認して、自分の罪だと認めないのは、ごく自然な心理であろう。それゆえうその否認については、あえてその心理メカニズムを説明するまでもなく、誰もが納得する。

それとちょうど裏返しの関係で、無実の人が自分のやっていない罪をみずから認めて、うそで自白することなど、およそありうることではないと思う人が多い。もしうその自白があるとすれば、過酷な拷問があって耐えきれなかったか、あるいは被疑者が知的能力が低くて自分の身さえ守れなかったか、どちらかだろうと考える。また刑事取調べの実情をある程度知っている人なら、長期の勾留や厳しい取調べの結果、被疑者が精神に変調をきたして、うそで自白するというケースがあると論じるかもしれない。いずれにせよ、多くの人々の意識のなかでは、うその自白は例外的な事態でしかない。

うその否認は自然、うその自白は例外的という素朴な思い込みでみれば、よほど特別な事情がないかぎりは、自白を真実のものとして信用することになる。日々、事実認定の仕事に迫られている裁判官や検察官の意識も、大半はその域を出ない。うその自白を見破ることができず、冤罪をとめどなくくりかえす原因の一つがここにある。」

浜田氏は、無実の人々が虚偽の自白をしてしまう心理メカニズムを以下のように説いています。

1. 取調べの場の圧力

「取調べの場には被疑者を有罪方向に引きよせる強い力が働いている。その力にさらされた被疑者がその内面において感じている辛苦は、第三者にはなかなか見えない。

一つは、身柄を押さえられて日常生活から遮断されただけで、人は心理的な安定を失うという事実である。私たちはふだん、日常を自分一人の力で生きているかのように思っているが、実際には自分を囲む関係のネットワークに支えられてはじめて心理的平衡を保っている。そのことは関係のネットワークから一人引き抜かれて、孤立無援の状況に追いやられればすぐにわかるのだが、人がそうした体験を味わう機会はまれで、それゆえ多くの人はその深刻さになかなか気づかない。

さらに被疑者は取調べの場で、自白を迫る取調官によってその罪を非難され、ときに人非人として罵倒される。無実の人間にとってはお門違いの非難なのだが、だからといってこれに平然と対応することは難しい。私たちも日常生活のなかで、ときに他者と衝突し、相手から強く非難されたり、あるいは罵倒されたりすることがまれにはある。それだけで十分ショックなのだが、しかしそれはせいぜい数分ですむ。一時間あるいは二時間と持続して、相手から非難され、あるいは罵倒されつづけるという経験はまずないだろう。取調べの場ではそれが何日もつづくことがある。そうした目にあえば、ただことばだけであっても、人は立ち直れないくらいに傷つく。それは肉体的な暴力に匹敵する。

被疑者は事件にからんで何らかの負い目を感じていることが少なくない。また事件に関連のない事柄まで取り沙汰されて、罪悪感を募らせることもある。長期にわたる取調べの場では問題の事件を越えて、しばしば被疑者の人生そのものが問われる。人は長く生きていれば、他者からとやかく言われたくない傷の一つや二つは抱えるもの。その傷が執拗にほじくりかえされれば、それだけで十分にめげる。」

ここで述べられている点に関しては、取調官の資質によるところが大きいと思います。有り体に言えば、取調べ能力の低い取調官ほど、無理強いするのではないかと思います。私の取調べを担当した検察特捜部の検事は、記者から「五反田のエース」(東京地検特捜部財政経済犯担当はその所在地から隠語で「五反田」と呼ばれます)と言われている方で、二人で怒鳴り合うことはありましたが、一方的に恫喝されることはありませんでした。ただ勿論、その「狡猾、巧妙な」取調べに対しては、こちらも知力・気力全開で立ち向かわなければならない程の迫力に満ちていました。

2. 弁解の空しさ

「被疑者には、もちろん自分の身を守るためのいくつかの権利が認められている。それをうまく行使すれば耐えられるはずだといわれるかもしれない。取調べに対して黙秘する権利も認められている。

無実の人が黙秘して、取調官と対決する気持ちになるのは容易なことではない。なにしろ、自分はやっていないのである。そのことを弁解してわかってもらおうとするのが、無実の人の素朴な心情である。

真犯人なら弁解してもその弁解に自信はもてまいが、無実の人は、自分は無実だと知っているだけに、わかってもらえるはずだとの思いが強い。しかしその弁解をそのまま素直に聞いてはくれない。逆に取調官からは、おまえが犯人だという証拠があると言われる。そうして空しい応酬がつづく。これが日常生活のなかでのことならば、『もうわかっていただかなくても結構です』といって、席を蹴って出ていくこともできようが、被疑者は自分の方から取調べの場を去ることができない。やがて激しい無力感におそわれる。それだけで、『もうどうでもいい』と思う人がいておかしくない。」

ここで述べられていることは逆に被疑者の資質によるところのものです。私は、告発まで国税局査察官に対して、また起訴まで検察特捜部検事に対して、諦めることなく自分の無実を訴え続けました。長期間のインターバルの中では、徒労に感じることも勿論ありましたが、取調べに臨んで放り出すことは一切ありませんでした。自分でコントロールできないことの見極めは早い方ですが、人に対して諦めることができないというのは私の性分だと思います。

3. 時間的見通し

「取調べの場で味わう辛さも、いついつまで我慢すれば解放されるとわかっていれば耐えることができる。しかし否認しているかぎり何時間でも何日間でも取調べはつづく。時間的な展望が見えないとき、人は自分を支えられなくなってしまう。

人間は時間の生き物である。どんなに不安な毎日を送っていても、明日への希望があれば、いまをどうにか穏やかに過ごすことができる。たったいま耐えがたい苦悩におそわれていても、それがいつ終わるとわかっていれば、そのときまでと思ってどうにか我慢ができる。しかしその見通しをもてないとき、どうしてこれを耐えることができるだろうか。

人は苦痛にそのものによって落ちるというより、その苦痛がいつまでつづくか見えないという、その見通しのなさによって落ちるのである。」

ここでは、特に逮捕・勾留された方に関する記述です。私は「奇跡的に」逮捕・勾留されることはありませんでした。しかし、時間というファクターは私にとっても一番辛いところです。もう税務調査開始から3年半も経っています。同じ申告漏れのクレディ・スイス証券のほかの職員が2-3ヶ月で修正申告で終わっていることを考えると、運命というのは酷なものだと思います。

4. 否認することの不利益

「被疑者は否認しつづけるうちに、取調官からむしろ自白したほうが有利ではないかと思わされていく。否認してがんばっても無実だとわかってもらえる可能性はない、それどころかこのままだと取調べの場から逃げられないし、いつまで警察に留め置かれるかわからない、そうだとすれば否認しつづけるほうがよほど危険にも見える。ここで、否認することの利益が不利益に、自白することの不利益が利益に逆転する。

あるいは、被疑者は、自分を責めている当の取調官にむかって救いを求める気持ちにすらなる。このことも一般には知られていない事実である。どんなに弁解しても耳を貸してくれない取調官に苛立ちを覚えながら、それでもなお対決するのは容易ではない。それどころか理不尽で、嫌悪感をすら覚えるその相手に、自分の処遇が握られているのである。その相手に迎合し、またときおり見せる温情にすがってしまうことがあったとして、それを責められるだろうか。敵とすべき相手に籠絡されるなんて、という人がいるかもしれない。しかし、そんなふうにいえるのは第三者の後知恵でしかない。無実の被疑者にとって取調官は敵ではなく、良くも悪くも自分の処遇を左右する絶対的な支配者なのである。」

これは取調べの最中ではなく、告発された直後に、随分悩んだことです。やはり人質司法は冤罪の温床となるものです。私は、そこで覚悟を決めたため、逮捕・勾留に臆することなく取調べに臨むことができました。

5. いまの苦痛と遠いさきの悲劇

「人は時間のなかで、いつもいまを生きている。現在の苦痛を回避するために、その結果として将来の重大な苦痛を予想しても、あえてそれから目をつむってしまい、あとでしまったと思うことがしばしばある。取調べを受ける被疑者たちもまた、将来これが死刑につながりかねないということが理屈でわかっていても、いまのこの苦痛を逃れるためには、ここはもう自白をする以外にないと思ってしまう。そういう瞬間がある。じっさいここで自白しても、裁判所でちゃんと弁明すればわかってもらえるはずだという気持ちになる。」

これも被疑者の資質によるところが大きいものです。人生一般においてはキリギリス的な発想はむしろ肯定的ですが、こと困難に対しては自ら向かって行く性格なので、私には全く当てはまりませんでした。ただ「裁判所を信じて」というのは、冤罪被害者から非常に多く聞かれることであることを付け加えておきます。

6. 無実の人は刑罰に現実感をもてない

「虚偽自白をめぐって、ごく単純な、しかし見逃しやすい盲点がある。それは『予想される刑罰』についての現実感の問題である。

真犯人ならば、自分のなかに犯行体験の記憶がしっかりと刻まれている。そのなかで自分のところに捜査の手がおよぶか恐れつつどうにか逃れていたものが、とうとう捕まってしまった。そうして取調べを受けたとき、ここで自白をすれば、あのときのあの自分の犯行の結果が刑罰として自分にかかってくるのだということを、文字通り実感をもって感じることになる。

ところが無実の人ならばどうであろうか。ごく身近で犯罪のあったことは知っていても、やったのは自分ではない。たとえ多少は警察に疑われたとしても、まさか自分が逮捕されるなどとは思わない。ところがその自分が現実に逮捕され、厳しい取調べを受けているのである。そのこと自体が、無実の被疑者には考えられない非現実的な話である。そうして取調べのなかで苦しくなって、追及されるままに罪を認めてしまったとする。しかしそのことが実際の刑罰につながるとの現実感はもてない。なにしろ自分はやっていない。やっていない人間が、たとえことばのうえで自白したとして、どうしてそれでもって刑罰にかけられることになるだろうか。そんなことはおよそ信じられないというのが、彼らの偽らざる心境である。」

この本の中で一番、納得できた部分がこの論でした。私も、特に、国税局査察部の14ヶ月に亘る取調べにおいては、まさか自分が告発されるなどとは全く想像もしていませんでした。まさか国家権力が不正な行為を働くなどという常識は私の中にはなかったからです。勿論、その前提には、日本の捜査機関は優秀だということがあります。私の無実を見抜けない程、彼らは無能ではありません。

無実の者は、自分が無実であることを一番知っているがゆえに、自分が罪に問われるという現実感が非常に希薄なものです。私が、税務調査開始直後から査察部強制捜査が入るまで、全く緊張感のないメールのやり取りを税理士や近い友人としていたり、告発まで弁護士を雇うことなど思い付きもしなかったということがそれを表しています。

「自白の心理学」を読んで、虚偽の自白は別に特別なことではなく、また冤罪の大きな原因になっていることがよりよく理解できました。

これを防ぐにはどうすればよいのでしょうか。答えは一つ、取調べの全面可視化です。日本が先進国であるというためには、このような前時代的な旧弊は即刻改善しなければならないものです。それに関しては、私の以前のブログをご参照下さい。

ここをクリック→ #検察なう (114) 「可視化について」

5/20/2012













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2012/05/19 Sat. 15:00 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (135) 「因果応報」 5/19/2012 

#検察なう (135) 「因果応報」 5/19/2012

先日、宮台真司氏の以前のビデオマガジンを視聴していて、とても驚いたことがありました。

宮台真司氏は、硬質な社会システム論から、かなりソフトな、テレクラ、援助交際、少年犯罪、学級崩壊といった多方面まで論ずる新進気鋭(と言うとちょっと失礼かな、若く見えるけどもうオーバー50歳だし)の社会学者です。キーワードは、「全体性」「ソーシャルデザイン」「アーキテクチャ」「根源的未規定性」などがあります。

そのビデオマガジンで宮台氏は、和歌山カレー事件の林真須美氏が明らかな冤罪だと言っていたのです。

仕事をしていた時は社会情勢に疎く、「~事件」と三面記事を賑わせたものであっても全く知らないことが多い私でしたが、さすがに和歌山カレー事件というものがあったことは知っています。しかし、その事件の詳しい内容は知らず、「ヒ素を地域のイベントのカレーに入れて、多くの人が中毒になって、何人かは死んだ」と言う程度の知識しかありませんでした。事件の報道も私にとっては当時興味がなく、通勤電車の中で、AERAの広告に「カレーじゃないよ、ハヤシだよ」とあって、「うまいねAERA」という程度の関心でした。

宮台氏のコメントの中で特に関心を引いたのは、地域住民の中には、はっきりと林真須美氏が犯人ではないと知っている人が何人もいるということでした。それではなぜ彼らが敢えて林真須美氏を弁護する証言をしないのか。それは「林真須美は悪い奴だから。因果応報なんだよ」というものが理由だそうです。

林真須美氏は相当地元では評判が悪かったらしく、そうした評判の悪さが警察・検察の関心を引いたのだと思います。彼女自身もヒ素や睡眠薬を使った保険金詐欺に関しては罪を認めています。しかし、一貫してカレー事件での殺人容疑は否認しています。

私は、林真須美氏が無実かどうかは全く分かりませんが、「因果応報」ということで、人を裁いていいのだろうかと思いました。彼女の死刑は既に確定しています。

これは最近の小沢一郎氏の公判でも言えることかもしれません。彼が無罪になった判決を「限りなくクロに近いグレー」と非難して、「それでも説明責任は残る」と報じる一方、検察の虚偽報告書の問題には斬り込んでいかない思考の裏側には、「因果応報」ということがあるのではないかと思います。有力な政治家を彼のイデオロギーをもって、不当に排除することは、全く健全なことではありません。

私も、「因果応報」と人から言われることもあり、それが私のことを知らない人から言われた場合には、無視するしかないのですが、私のことを知る人から言われた場合には、これは聞き捨てならん!と問い質すものです。

先日もそうしたことがあったのですが、よくよく聞いてみると「八田さんは今までいい目を見てきたから」というものでした。ちょっと待てよ、それは随分言葉の意味を取り違えてないか、と思ったのですが、それはそれでありうる発想なのかな、とも感じました。

私は多くの冤罪被害者に類型的にあるような、社会的弱者ではないと思います。それゆえ、外資系証券業界での多くの申告漏れを断罪するために私を一人スケープゴートにしても、捜査権力としてはさほど罪悪感がなかったのかもしれません。

経済合理性を考えれば、こんなことにかかずらうよりは、「犬に噛まれた」と思って、さっさと諦めた方がよほど賢明というものです。捜査権力は、私をそうした賢明な人間であろうとも推認したのだと想像します。ただ、私が、賢く生きるよりは不器用でも自分の信念を曲げない人間だということを、彼らは知らなかったのだと思います。

私も人生を既に折り返し、今回のことでも随分勉強させてもらいました。冤罪と出会ったことは、これまで自分のために生きてきた私にとっての社会への恩返しのチャンスだと思っています。冤罪は特殊なものではなく、今の社会構造が生み出す、誰にでも起こりうる不幸なのだということを少しでもご理解頂ければと思います。

5/19/2012


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2012/05/18 Fri. 18:18 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (134) 「郵便不正事件より重大な検察の犯罪 田代検事報告書の検証」 5/17/2012 

#検察なう (134) 「郵便不正事件より重大な検察の犯罪 田代検事報告書の検証」 5/17/2012

依然、田代検事不起訴への外堀を埋めるかのような報道が続いています。実際の決定がなされた時に、「それはけしからん!」という空気を少しでも和らげようと少しずつガス抜きをしているようです。これは検察が「風を吹かせて」世論を操作しようとしていることは疑う余地もないでしょう。

私も田代検事作成の報告書と石川知裕議員の隠し録音の書き起こしを入手してみました。今回の報道で、文書の流出元とされているロシアのファイル共有サイトで簡単にダウンロードできます。

この2つの書面の内容の差異に、検察が田代検事不起訴の理由としている「一定の合理性」があるかをご検証下さい。その前に検察報道に関しての郷原信郎氏のコメントを紹介しておきます。

ここをクリック→郷原信郎氏ツイート

まず、田代検事作成の報告書には、任意の取調べに基づくことが明記されています。これは取調べが強要されたものではなく、報告書に信用性があることを担保するために書かれたものです。

<田代報告書>
供述状況
取調べの冒頭、本職が「貴方は、既に政治資金規正法違反の事実で公判請求されており、被告人の立場にあるので、取調べに応じる義務はないということを理解していますか。」と質問したところ、石川は「その点については、弁護士からも説明を受け、よく理解しています。弁護人から、今回の事件については既に被告人となっているので、無理に取調べに応じる必要はないという説明を受けましたが、小沢先生に対する不起訴処分について、検察審査会が起訴相当の議決をしたのを受けての再捜査でしょうし、私自身も深く関与した事実についてのことですので、本日は、任意に取調べを受けることにして出頭しました。」旨述べ、取調べを受けることに同意した。

それに対して、石川議員の隠し録音では、冒頭以下の通りです。

<石川録音>
石川 「失礼します」

田代 「どうぞ、どうぞ。石川さんさ、録音機持ってない?」

石川 「大丈夫です」

田代 「大丈夫?この前もさ、そういうこと言っててとった奴がいてさ、それ(携帯)、まあ、電源切ってもらって(携帯電話を閉じる音)。石川さん大丈夫?」

石川 「はい。大丈夫です」

田代 「大丈夫?(録音機が)下着の中とか入ってない?」

石川 「大丈夫です」

田代 「エッヘヘ(笑)」

この後、取調べに入っていきます。報告書が完全な検事の作文であることが明らかです。

そして今回、報告書の中で虚偽の内容であると特に問題視されている部分を比較します。まずは石川議員の隠し録音ではこのような会話がありました。

<石川録音>
田代 「結局、やっぱり法律家であれば、やっぱり共謀の認定っていうのは、ま、認めて入るんだけど、それじゃ、ちょっと共謀の認定としてはきついよねっていう、位の話はしたじゃない」

石川 「はい」

田代 「で、うちの方は、ま、なんていうかな。うまい具合にさ、そこは、ね。要するにそこは想像したとおりになったわけでしょ。うん。だけど、そこのところがやっぱり、検審の、その法律家じゃない人には、ま、理解が多分しづらいところなんじゃないかなと思うんだな。うん。だから、それはなんで、その大久保にしたってさ、収支報告書に書きませんよっていう言葉で報告したわけじゃないしね」

石川 「はい」

田代 「うーん。それで時期も少し離れてるわけだしさ。ただ、ま。やっぱり背景には、やっぱり絶対的権力者っていうのは、調書とか何とかってところには一つも出てきてない言葉だから、それをさ、あーいうふうに議決書に書くっていうのはさ、やっぱり、あれ、一つのキーワードになっちゃってんだよな。向こうの議論の中で。うん。だからその、ヤクザの事件で、子分だけに責任負わすのはおかしいでしょと」

石川 「はい」

田代 「というのと、おんなじだよね。うーん」

(中略)

田代  「ま、その報告・了承はしてないとかっていうのとかさ、あとそのー、自分の虚偽記入について、その、意図してやったことではないとか、毎日新聞に出たじゃない」

石川  「はい」

田代  「そこんとこはね、多分、カチンと来てると思う」

石川  「はい」

田代  「うん、で、別に報告了承してない.....報告了承っていうのは、なんかさ今さ、凄くマスコミで一人歩きしていてね、そのー、10月の時点で、その、代表選がありますから、あー、その土地のことで、土地を16年の収支報告書にあれすると、代表選に影響しましたと、だからそれずらしたいですと」

石川  「はい」

(中略)

石川  「だから、一番は、あのー、不動産購入したことが、あのー、明るみに、明るみってか、そのー、ま、明るみに出るんですけど、不動産購入したことがドンと出るっていうのが、あの、痛くもない腹を探られるってことなんで、その4億円を隠すためにっていうのは、やっぱり、あのー。その時に、それが先に考えてたことかどうかっていうと、そうじゃないっていうことだけですよね。もし今日、あのー、改めて言いたいとしたら、そのー、一切報告もしてません。あのー、見せてません、記憶にありません、ということはありません」

これが検事の作文にかかると、次のようになります。

<田代報告書>
石川 「私が、『収支報告書の起債や定期預金担保貸付については、私自身の判断と責任で行ったことで、小沢先生は一切関係ありません。』などと言い張っていたら、検事から、『貴方は11万人以上の選挙民に支持されて国会議員になったんでしょ。そのほとんどは、貴方が小沢一郎の秘書だったという理由で投票したのではなく、石川知裕という候補個人に期待して国政に送り出したはずですよ。それなのに、ヤクザの手下が親分を守るために嘘をつくのと同じようなことをしていたら、貴方を支持した選挙民を裏切ることになりますよ。』って言われちゃったんですよね。

これは結構効いたんですよ。

それで堪えきれなくなって、小沢先生に報告しました、了承も得ました、定期預金担保貸付もちゃんと説明して了承を得ましたって話したんですよね」

田代 「そうでしたね」

取調べは平成22年5月17日。報告書の作成日時も同日です。田代検事は小沢氏の公判で「(報告書は)数日かけて作成した」と証言していますが、わずか短期間のことです。「記憶が混同」というレベルのものではないと思われます。

また田代検事は同じく公判で、「上司の指示を受け書き直した」とも証言しています。検察審査会に提出するものとはいえ、小沢氏の起訴・不起訴にかかわる重要な取調べが上司の関与なしでなされたとは極めて考えにくく、田代検事の「上司の指示」の供述も、上司は全て了承済みということを強く推認させるものです。佐久間元特捜部部長をはじめ当時の特捜部幹部が、いずれも「事実と異なる内容の捜査報告だとは知らなかった」と証言していることには大きな疑義が生じるものです。

村木氏の郵便不正事件においては、実行犯である前田元検事が逮捕され(余り報道されていませんが、一昨日15日に満期で出所しています)、現在、彼の上司であった大坪元大阪特捜部長、佐賀元大阪特捜副部長の公判が継続中であることはご存知かと思います。

郵便不正事件においての証拠捏造は、検察の組織風土が背景にあり、証拠捏造の隠蔽のための口裏合わせがあったものの、捏造の行為そのものは前田元検事の個人的な行動だと思われます。また、その証拠は公判に提出されることなく、判決には直接的な影響はなかったものです。

それに対し、虚偽の報告書作成、そしてそれを検察審査会へ証拠として提出するという今回の事件は、当初より幹部ら上層部の関与が疑われ、より組織犯罪の可能性が高いものです。そして、それは小沢氏の判決に直接的に影響がある可能性がありました。裁判所が公正な判断を下したからよかったものの、そうでなかったら大変なことになっていたものです。

どちらの方がより重大であるかは明らかです。

そして前田元検事の処罰ですら証拠隠滅罪という筋違いのものではなく、より厳しい特別公務員職権乱用罪を適用すべきだと思われていたのに、今回は不起訴で済まそうという検察のなりふり構わぬ隠蔽体質が問題視されないのは、法治国家としては自殺行為です。

この一連の出来事に関して、私の心情を江川紹子氏が代弁してくれています。

ここをクリック→江川紹子氏ツイート

これまで何度か言っていますが、私は日本の政治に関しては全くの門外漢で、小沢一郎氏がどういう人物かは分かりません。しかし、もし仮に彼が世紀の極悪人で、政治の世界からパージされるべきだとしても、検察の、今回のような横紙破りのやり方は絶対許されるものではありません。政治的に小さからぬ権力をもつ小沢氏ですら、検察の恣意的な判断で撃ち落とされたということが現実となれば、検察の傍若無人さは留まるところを知らなくなるでしょう。検察ファッショに怯える暗黒の時代が到来することになります。

私は、自分が無実の罪で陥れられた今となっても、国税局査察官、検察特捜部検事らは一個人としては良心のある普通の人々だと思っています。そして、検察が本当に正義の味方であって、彼らのおかげで国民が安心して生活できる世の中になればいいと思っています。

しかし、検察に自浄作用がなく、このように過ちを繰り返しても自ら正すことができない以上、それを監視し、批判し続けるのが、国民としての義務であり、何よりも自分たちの利益であると思っています。検察を最大の情報源とするメディアにはその責務は重すぎるのでしょうか。社会の木鐸として矜持を保ってほしいと思うものの、彼らに頼るだけではなく、我々一人一人の問題として認識すべきだと思っています。そしてソーシャル・ネットワーキング・サービスは、過去のどの時代よりも、我々に戦う武器を与えてくれています。

是非、ご理解頂き、変わらぬ支援の程、よろしくお願いします。


5/17/2012












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2012/05/17 Thu. 08:20 [edit]   TB: 2 | CM: 1

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フィルム・レビュー 『ダーク・シャドウ』 ティム・バートン監督 

フィルム・レビュー 『ダーク・シャドウ』 ティム・バートン監督

ダーク・シャドウ

ティム・バートン監督最新作『ダーク・シャドウ』鑑賞。ティム・バートンは好きな作品(『マーズ・アタック』『シザーハンズ』『エド・ウッド』)とそれ以外にはっきり分かれる監督。

レビューが散々だったため、今週封切りというのに映画館はガラガラ。期待を全くせずに観て、結局評判が正しいことを確認しました。

予告ではコメディっぽいシーンを多く収録していますが、本編はコメディではなく、恋愛ドラマ。ティム・バートン監督の作品で恋愛物としては『シザーハンズ』という秀作がありますが、これはとにかくイケてない。恋愛が語られない恋愛物ほどつまらないものはありません。

ヒロインと200年の時間を越えて再会というのなら納得なのですが、そのヒロインは200年前の恋人とは全く別人。それってストーリーからしてどうなの、と突っ込みたくなります。

ティム・バートン監督の恋人ヘレナ・ボナム=カーター演じる女医も全く意味不明の役回りだし、娘だけが怪物に変身するのもこれまた脈絡なし。ということで、ダメ出し満載の映画でした。

ティム・バートン監督の作品の中でも『アリス・イン・ワンダーランド』と1、2を争う出来の悪さだなあ。


ここをクリック→ 『ダーク・シャドウ』予告編

(Facebook 5/16/2012より転載)






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category: フィルム・レビュー

2012/05/16 Wed. 08:49 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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外資系証券なるもの (11) 「イングリッシュ・ネーム」 

外資系証券なるもの (11) 「イングリッシュ・ネーム」

後に、私のビジネスのかなりの部分が日本以外の対アジアとなり、毎月のようにアジアのオフィスに出張して、現地の営業を帯同して顧客訪問するようになります。定期的に訪れていた都市は、香港、北京、台湾、シンガポール、ソウルでした。ソウルを除く、その他全ての都市は中国系で、ミーティングをするファンド・マネージャーもほとんどが中国人です。

彼らと接して、日本人と大きく違うと感じたのは、ほぼ例外なくイングリッシュ・ネームを持っていることです。彼らはビジネスの場だけではなく、日常の生活でも、そして彼ら中国人同士の間でもイングリッシュ・ネームで呼び合います。

日本人でも国際的な舞台で活躍している人は少なからずいますが、イングリッシュ・ネームで知られている人はそれほどいないと思います。イチローほどビッグになれば、誰もが覚えているということになりますが、それでも最初は覚えてもらえなかっただろうと思います。普段聞くことの少ない外国語の名前が覚えにくいのは万国共通です。

やはり、外人にとって日本語の名前は発音しずらく、覚えにくいため、イングリッシュ・ネームを持つことは、相手と知り合う上で圧倒的に便利です。そのことだけを考えても、中国人は、日本人よりよほど国際的センスがあると感じてしまいます。

私が外資系の世界で得をしたと思ったのは、新卒で入社当初から、英語のニックネームを使っていたことです。特に外人は、仲良くなるとファースト・ネームを呼び合う文化なので、覚えてもらえるファースト・ネームを持っていると、それだけで会話がスムーズとなります。

私の大学卒業旅行は、グレイハウンド・バスでのアメリカ大陸横断でした。ロサンジェルスから入り、フェニックス、ダラス、ニューオーリンズ、キーウェストといった南部を抜けて、ニューヨークに至る1ヶ月半の旅程でした。片言の英語でショルダーバッグ一つ抱え、「地球の歩き方」を片手に、行く先々でその日の宿を取って旅行しました。

西海岸では、ロスから北上して、国境を越えバンクーバーを訪れました。現在、バンクーバーに住んでいるのも、その時の思い出がきっかけです。

一人旅の苦痛は話し相手がいないことです。英語の勉強も兼ねて、ことあるごとに積極的に話をしようとしていました。

バンクーバーを訪れた時のことでした。フードコートでチャイニーズ・ファースト・フードの店のレジの女の子に話しかけたのですが、私の英語がうまく通じなかったらしく、ナンパをしたと間違われました。彼女はしばらく考えた後、私に、「オッケー、6時に仕事が終わるから、その時に戻ってきて」と言いました。

それから3日間の間、彼女と彼女の友達の中国人グループとずっと一緒に過すことになりました。たまた彼女の仕事が休みだったのかは分かりませんが、彼女は一日中つきあってくれ、彼女の友達10人以上が入れ替わり立ち替わり、みんなでボーリングをしたり、カラオケに行ったり、家でポルノビデオを観たりの3日間でした。

夜、みんなで「新宿」という名前の居酒屋に飲みに行った時のことでした。「そういえば、彼の名前なんだけどさ、Takashiって言いにくいよね」「そうだな、じゃ、名前考えてつけちゃおうぜ」とか言いながら盛り上がり、みんなで私の名前を考え始めました。

「イニシャルが元の名前と同じ方がいいよね」「やはり日本っぽい名前がいいかな」「日本っぽいって何よ」「ほら、日本語の一部から連想するとかさ」「ふーん、何があるかな」

一人がメニューを見ながら、「Teriyakiねえ。お、そうだ、テリーってのはどう。日本っぽくね?」と言いました。

「おー、いいじゃん、それ」「おー、テリー」「テリーだ、テリー」

ということで私のTerryというイングリッシュ・ネームが決まりました。ちなみにその彼女とは最近、20数年ぶりにフェイスブック上で再会しました。

外資系企業に入社ということで、やはりイングリッシュ・ネームがあった方がいいかなあと、入社時の書類にもミドル・ネームとしてTerryと記入し、以来20数年、社内ではTerryで通ってきました。会社の名刺の名前の表記は「Terry Hatta」。会社の中では、外人は勿論、日本人からも「八田」や「八田さん」よりは「テリー」や「テリーさん」と呼ばれることが多かったと思います。とにかく外人に名前をすぐに覚えてもらえるのは、外資系企業で働く上ではこの上なく便利です。今でもバンクーバーの行きつけのゴルフコースのスタッフにはTerryと呼ばれています。

日本人はとかく、そうしたことを気恥ずかしく感じてしまうのですが、「日本人である前にコスモポリタンであれ」と思えば、日本固有の名前に固執することはないと割り切れます。慣れの問題ですから。

国際社会で活躍しようと思われている方は是非お試しあれ。

(続く)


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category: 外資系証券なるもの

2012/05/15 Tue. 14:25 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (133) 「経緯説明『真実は一つである』改訂版」 5/15/2012 

#検察なう (133) 「経緯説明『真実は一つである』改訂版」 5/15/2012

経緯説明を大幅シェイプアップして、改定しました。お読み頂き、「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件」で何が起こっているかをご理解頂ければ幸いです。

冤罪の問題は社会構造そのものに起因しています。国民全体の利益の問題として冤罪の問題を捉えていく必要があります。そのためにこの事件を試金石として、ご考察下さい。

冤罪に関心を持たないということは、それに加担することに等しいと思います。当事者の立場になって初めて分かったことなので、今更何を偉そうにとお叱りを受けることは重々覚悟の上です。「正しくあるべきことが正しい」当たり前のことが実現する社会であることを切に望んでいます。

引き続きご支援の程、よろしくお願いします。


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5/15/2012


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category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2012/05/14 Mon. 07:38 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (132) 「税務調査のタイミング」 5/14/2012 

#検察なう (132) 「税務調査のタイミング」 5/14/2012

嘆願書を依頼していた際に、会社の元部下から「お気に障るかもしれませんが、八田さんは卑怯だと思います」で始まる長文のメールをもらったことがあります。

嘆願書を書いてくれない人のほとんどはこちらの連絡に対して無言で答えるので、こちらとしてはそうした非難でさえうれしく思えたものです。それは私に弁明のチャンスがあるからです。

彼のメッセージは以下のようなものでした。

「八田さんは長く外資系証券に勤めていましたよね。今回の税務調査の対象年度以前にも、もらっていた株式報酬があるはずです。時効にかかっていようがいまいが、そうした株式報酬に対する所得税を全て払って、なおかつ同様のことをクレディ・スイス証券の申告漏れをした職員全員に訴えて、その上で自分の無実の主張をすべきだと思います」

実に真面目な奴で、彼の主張ももっともだと思いました。

私の返答は以下のようなものでした。

「ごめん。お前の言いたいことはよく分かるけど、俺は20年以上外資系証券に勤めていても、税務申告すべき株式報酬は、税務調査対象期間のまさにその3年しかもらってなかったんだよ。

俺がクレディ・スイス証券に勤める前、14年間働いていたソロモン・ブラザーズ証券では株式報酬を職員に付与する給与プログラムではなかったし、クレディ・スイス証券に在職していた6年のうち、後半3年間で株式を受け取ったんだけど、その3年間がどんぴしゃ税務調査対象期間なんだよ。

だからお前が言うところの時効にかかっているような株式報酬もなければ、時効にかかってないけど調査対象になってない株式報酬もないんだな。

勿論、ほかの職員で税務調査対象期間以前に株式報酬をもらって、その所得税を免れている奴は沢山いるだろうけど、俺が払う必要がないのに、彼らにだけ払えって言っても説得力には欠けるだろうなあ」

残念ながら、それに対する彼からの返信はありませんでした。

国税局は、クレディ・スイス証券やほかの外資系証券会社でも私と同様の大勢の申告漏れの者がいながら、私だけを、ただ単に「クレディ・スイス証券の申告漏れの中で一番過少申告額が多かった」というだけで、一罰百戒を目的として告発しています。しかし何も私が一番給料が高かったわけではありませんし、ましてや一番悪質だということもありません。

金額に関しては、私は、たまたま税務調査対象期間の最後の年に社内政争に敗れて会社を解雇され、未払い分の株式報酬を退職金として受け取ったため、過少申告金額が大きくなったものです。もし税務調査対象期間内に退職していなければ、間違いなく私の過少申告金額は一番多いということにはならず、私が告発、起訴されることはなかったと思います。

そう考えると、税務調査のタイミングは、まさに神が私に対して「お前に、チェックイン!」と言ったかのようなものです。

これは自分の不運を恨むべきでしょうか。私はそうは思っていません。

まず私が外資系証券に勤める長年のキャリアのうちで、税務調査対象期間しか株式報酬をもらってないという恐るべき偶然も、私にはやましいところがないと胸を張って主張できるものです。もし神が私を選んだのであれば、むしろ他の者と比較しても悪質でない私を選んだのだと信じています。

私は会社に働いていた時は、会社の雇用で大きなリスクを取っていると認識していましたので、自分個人の投資に関しては極端に保守的な方針を取っていました。同じ業界にいる者の中には、金融の知識を活用して積極的な投資をする者も少なからずいましたが、私はその例ではありませんでした。私の投資といえば、価格変動性の低い商品を買い持ちしていただけ。つまり値上がり益を狙って購入し、タイミングを見て売却する様な投資を全くしていませんでした。結果、いかにずぼらな税務処理であっても、給与以外の申告すべき譲渡益が極端に少なかったのも結果としてはよかったことです。

国税局は、私が海外口座を持っていることは理解していました。私は、その口座を隠す意図が全くなかったため、日本の銀行からの送金で開設しており、銀行はその海外送金を自動的に税務署に報告しているからです。彼らが税務調査に入った際、私の過去の確定申告から、その海外口座での譲渡益の申告が全くないことから、相当強い懐疑心をもったことは想像に難くありません。

彼らは内偵段階では海外金融機関の捜査権がないため、その口座における取引の裏付けを取ることができず、私には申告すべき譲渡益が全くなかったなどとは想像できなかったに違いありません。

税務調査開始後、私は海外口座での取引履歴を全て提出して、過去に申告すべき譲渡益がなかったことを主張しました。その時点で彼らは当初の見立てと大きく違ったことを理解して、引き返す大きなチャンスだったと思いますが、結論ありきの捜査である以上、引き返すことができなかったものだと思います。

正直なところ、いかに無実であっても否認するということが賢明な選択とは言えないのが悲しい社会の実情です。私は「奇跡的に」逮捕・勾留されることはありませんでしたが、それでもここまで3年半もかかり、まだ公判には時間がかかります。その間の経済的機会損失や精神的苦痛たるや、全く割に合うものではありません。

勿論、捜査権力も私が無実の否認をするなどという「愚かな」決断をするという予想をしていなかったがゆえの無理筋の告発であり、起訴であったと思っています。

それでもここまでこれたのは、多くの人に支えられてきたためであり、それすら私を選んだ天の配剤だと思っています。

自分が冤罪と戦う立場になって、過去多くの人が冤罪と戦ってきた彼らの勇気、そしてそれを支援してきた人の善意・熱意・苦労が初めて分かりました。そして今は、知力、気力、体力、胆力そして経済力において、ほぼ冤罪と戦うべス・ポジにいる自分が選ばれてここにいるのだと思っています。

「何をうぬぼれてるんだ」と思われる人もいらっしゃるかもしれませんが、ここは大目に見て下さい。それ程、国家権力の暴力に個人で立ち向かうのは大変なことなんですよー。

引き続きご支援のほど、よろしくお願いします。

5/14/2012



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category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2012/05/13 Sun. 16:06 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (63) 

Autumn (♀、18歳) with #検察なう T-shirt

Autumn


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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/05/12 Sat. 16:25 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (131) 「郷原氏、大坪元特捜部長の弁護団に参加」 5/12/2012 

#検察なう (131) 「郷原氏、大坪元特捜部長の弁護団に参加」 5/12/2012

ビッグ・ニュースが飛び込んできました。検察批判の先鋒、郷原信郎氏が郵便不正事件で一審有罪判決を受けた大坪弘道元特捜部長の弁護団に参加というニュースです。

関西毎日の報道(動画あり)。

ここをクリック→郷原氏、大坪氏の弁護団参加の報道

大坪氏の著書「勾留百二十日 特捜部長はなぜ逮捕されたか」については、以前ブログで相当こき下ろさせてもらったので、今回のニュースに際しては、当初若干の違和感を感じました。

ここをクリック→#検察なう (118)「「大坪弘道著『勾留百二十日 特捜部長はなぜ逮捕されたか』を読んで」

私が、大坪元特捜部長・佐賀元特捜副部長の公判で非常に残念に思ったのは、彼ら二人が保身に走り、検察の取調べの実情、組織文化を糾弾することなく、結局は検察組織と悪者同士の仲間割れに終始したという印象を持ったためです。

大坪氏・佐賀氏から「俺たちはいけないことをした。しかしそれが従来から今も続けられている検察のやり方であって、当時はそれに対し罪の意識はなかった」といった反省の弁があれば、国民の受け止め方も随分違ったのではないかと思います。

弁護団参加の件に関し、岩上安身氏率いるIWJ(Independent Web Journal)社のインターネット・ニュースで郷原氏がインタビューに答えています。

IWJ社配信ニュースは、生放送は無料で見られますが、アーカイブは基本有料会員のみです。この動画は期間限定ということで公開されています(いつまでかは不明)。1時間10分と長尺ですが、検察問題、郵便不正事件、陸山会事件に興味のある方は是非ご覧になって下さい。

前半45分では大坪氏の弁護を引き受けたことに関して、後半25分では先日の小沢氏公判での検察審議会控訴に関してコメントしています。

ここをクリック→郷原氏インタビュー

小沢公判の報道を見ても、既存メディアでは検察批判は依然ナイーブな論点のようです。引き続きインターネット・ニュースやSNSでバイアスのかかっていない情報を得る必要があると感じました。

今回郷原氏が大坪氏の弁護団に参加する条件として、郵便不正事件の真相解明に言質を取ったようで、その期待がかかります。インタビューでも、大坪氏・佐賀氏の有罪判決は、郵便不正事件を組織の犯罪ではなく、個人の犯罪と矮小化するものであり、最高検の責任問題まで追及が必要だと発言しています。

今回の郷原氏弁護団参加に際し、大坪氏からのコメントが以下のものです。

「この度、郷原弁護士が、控訴審において弁護人に就任して下さったことを、誠に心強く感じております。

とりわけ、郷原弁護士は、かねてより著書等で私どもの今回の案件につき、『犯人隠避罪は成立し得ない』との観点から自説を展開しておられ、これを契機に、郷原弁護士の鋭い論理力と分析力によって、原判決における法令適用の誤りを正していただけることを強く期待するものです。

この点に関して、郷原弁護士より、控訴審において無罪判決を勝ち取るためには、郵便不正事件を発端とする本件の事案全体についての真相解明が不可欠であり、そのためにはその過程で特捜部長として私がどういう行動をとり、それに対して検察組織が何をおこない、どのような対応をとったのか等の事実関係全般を明らかにすることを求められました。

それに対して、私としてもそれは望むところであり、私自身が反省すべき点も含めて、積極的に事実を明らかにしていく旨お答えし、今回の弁護人就任の運びとなったものです。」

郵便不正事件という大きなショックを受けてもなお検察に自浄作用がないことは、私の起訴でも実証されているところです。捜査権力が誤った方向に突き進んでいることは、国民全体の不利益です。

村木厚子氏の苦難を無駄にすることなく、日本を正しい法治国家とするために、是非郷原氏に思う存分暴れてほしいものだと思います。私もそれに続けとばかり、思う存分暴れる所存です。

5/12/2012



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category: 刑事司法改革への道

2012/05/11 Fri. 08:47 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (130) 「嘆願書まとめ」 5/11/2012 

#検察なう (130) 「嘆願書まとめ」 5/11/2012

犯罪の契機は、結局「動機」と「人品」に関わると思っています。

動機に関して、経済的な理由のみが動機足りえないという主張は繰り返ししてきました。

その人品に関しては、私本人が主張するより、第三者が語る方が説得力があるだろうと、私の友人・知人に「あなたの知っている八田隆を文章にして下さい」と依頼しました。

その文章は「嘆願書」と呼んでいますが、依願する際、「何も嘆願する必要はなく、私を弁護することもいらない。ましてや事件の内容を詳しく知る必要もない」と説明しました。少なからずの人が、私が直接頼んでいないにも関わらず、自主的に書いてくれたのもうれしかったです。

そして集まったのが146通の嘆願書です。検察特捜部に提出したものですが、その一部を本人の了承を得て、ブログで実名公開しました。

嘆願書 (1/146) 倉田風河 (愚息)
ここをクリック→倉田風河 嘆願書


嘆願書 (2/146) 八田彰 (父)
ここをクリック→八田彰 嘆願書

嘆願書 (3/146) 八田順子 (母)
ここをクリック→八田順子 嘆願書

嘆願書 (4/146) 八田実 (弟)
ここをクリック→八田実 嘆願書

嘆願書 (5/146) 増野谷直子 (妹)
ここをクリック→増野谷直子 嘆願書

嘆願書 (6/146) 増野谷裕成 (義弟)
ここをクリック→増野谷裕成 嘆願書

嘆願書 (7/146) 井上将 (叔父)
ここをクリック→井上将 嘆願書

嘆願書 (8/146) 亀田冨子 (高校恩師)
ここをクリック→亀田冨子 嘆願書

嘆願書 (9/146) 五十嵐雅祥 (会社後輩)
ここをクリック→五十嵐雅祥 嘆願書

嘆願書 (10/146) 上原陽一 (友人)
ここをクリック→上原陽一 嘆願書

嘆願書 (11/146) 小島剛 (会社後輩)
ここをクリック→小島剛 嘆願書

嘆願書 (12/146) 安原淳 (高校後輩)
ここをクリック→安原淳 嘆願書

嘆願書 (13/146) 田中雪絵 (会社同僚)
ここをクリック→田中雪絵 嘆願書

嘆願書 (14/146) 石川隆道 (友人)
ここをクリック→石川隆道 嘆願書

嘆願書 (15/146) 和気香子 (大学後輩)
ここをクリック→和気香子 嘆願書

嘆願書 (16/146) 浜田昌彦 (会社同僚、友人)
ここをクリック→浜田昌彦 嘆願書

嘆願書 (17/146) 吉村佳美 (高校同級生)
ここをクリック→吉村佳美 嘆願書

嘆願書 (18/146) 池田禎尚 (高校同級生)
ここをクリック→池田禎尚 嘆願書

嘆願書 (19/146) 神野悦子 (友人)
ここをクリック→神野悦子 嘆願書

嘆願書 (20/146) 出島元 (中学同級生)
ここをクリック→出島元 嘆願書

嘆願書 (21/146) 中野和美 (会社後輩)
ここをクリック→中野和美 嘆願書

嘆願書 (22/146) 宮田正志 (会社部下)
ここをクリック→宮田正志 嘆願書

嘆願書 (23/146) 岩村もと子 (友人)
ここをクリック→岩村もと子 嘆願書

嘆願書 (24/146) 高島由利 (高校後輩)
ここをクリック→高島由利 嘆願書

嘆願書 (25/146) 金山順子 (知人)
ここをクリック→金山順子 嘆願書

嘆願書 (26/146) 永井恵子 (小学校同級生)
ここをクリック→永井恵子 嘆願書

嘆願書 (27/146) 長裕陽 (会社部下)
ここをクリック→長裕陽 嘆願書

嘆願書 (28/146) 樫山慶子 (友人)
ここをクリック→樫山慶子 嘆願書

嘆願書 (29/146) ジョワ由紀 (友人)
ここをクリック→ジョワ由紀 嘆願書

嘆願書 (30/146) 倉永良通 (会社同僚)
ここをクリック→倉永良通 嘆願書

嘆願書 (31/146) 氏川真理 (友人)
ここをクリック→氏川真理 嘆願書

嘆願書 (32/146) 松本直久 (会社同僚)
ここをクリック→松本直久 嘆願書

嘆願書 (33/146) 米村望 (友人)
ここをクリック→米村望 嘆願書

146人の勇気ある行動に感謝しています。彼らの正義を希求する声が、不正な行為をよしとする捜査権力に真摯に受け止められんことを切に望みます。

5/11/2012









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category: 支援者の方へ、支援者の方から

2012/05/10 Thu. 14:32 [edit]   TB: 0 | CM: 3

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#検察なう (129) 「過去のお勧めブログ記事」 5/10/2012 

#検察なう (129) 「過去のお勧めブログ記事」 5/10/2012

これまでのブログ「蟷螂の斧となろうとも」の記事からお勧めをピックアップしました。

私の友人・知人に「あなたの知っている八田隆を文章にして下さい」と依願し、146通の嘆願書が集まりました。彼らに現状を報告するために、メールを介して送っていたものが経過報告です。起訴を覚悟した時点から、経過報告をURL化したブログをツイッター、フェイスブック上に公開し、検察と全面徹底抗戦となりました。そして産経ニュースの「検察なう」報道以降、より拡散を志向して「#検察なう」と改名しました。

嘆願書は、私の人となりを理解してもらうために、146通を全てお読み頂きたいところですが、そのうち33通を本人の了承を得て、ブログ上で実名公開しています。それも是非合わせてお読みください。

経過報告 (1) 「経過報告を開始させて頂きます」 6/8/2010
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経過報告 (4) 「会社先輩からのメッセージ」 7/22/2010
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経過報告 (5) 「テレビ朝日インタビュー」 8/7/2010
ここをクリック→経過報告 (5) 「テレビ朝日インタビュー」

経過報告 (7)「郵便不正事件で一審無罪」 9/12/2010
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経過報告 (13) 「再就職ならず&検察の在り方検討会議」 12/1/2010
ここをクリック→経過報告 (13)「再就職ならず&検察の在り方検討会議」

経過報告 (15)「2011年元日に際し」 1/1/2011
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経過報告 (16) 「高校後輩からのメッセージ&会社の指導=メモランダム」 1/28/2011
ここをクリック→経過報告 (16)「高校後輩からのメッセージ&会社の指導=メモランダム」

経過報告 (18) 「震災のどさくさに紛れようとする検察」 4/3/2011
ここをクリック→経過報告「震災のどさくさに紛れようとする検察」 

経過報告 (19)「おかしいぞ日本」 5/11/2011
ここをクリック→経過報告「おかしいぞ日本」

経過報告 (30) 「日刊ゲンダイ『マルサの事件簿』」 7/17/2011
ここをクリック→経過報告 (30) 「日刊ゲンダイ『マルサの事件簿』」

経過報告 (32) 「友人が送った笠間検事総長への手紙」 8/16/2011
ここをクリック→経過報告 (32) 「友人が送った笠間検事総長への手紙」

経過報告 (34) 「検察特捜部の取調べ開始!!」  9/6/2011
ここをクリック→経過報告 (34) 「検察特捜部の取調べ開始!!」 

経過報告 (37) 「検察取調べ第一回」 9/12/2011
ここをクリック→経過報告 (37) 「検察取調べ第一回」

経過報告 (38) 「検察取調べ第二回」 9/13/2011
ここをクリック→経過報告 (38) 「検察取調べ第二回」 

経過報告 (39) 「検察取調べ第三回 奇跡の生還」  9/14/2011
ここをクリック→経過報告 (39) 「検察取調べ第三回 奇跡の生還」

経過報告 (40) 「検察取り調べ室は四角いジャングル」 9/16/2011
ここをクリック→経過報告 (40) 「検察取り調べ室は四角いジャングル」

経過報告 (41) 「検察取調べ第四回」 9/20/2011
ここをクリック→経過報告 (41) 「検察取調べ第四回」

経過報告 (45) 「検察取調べ第八回」 9/24/2011
ここをクリック→経過報告 (45) 「検察取調べ第八回」

経過報告 (47) 「検察取調べ第九回」 9/27/2011
ここをクリック→経過報告 (47) 「検察取調べ第九回」

経過報告 (53) 「検察取調べ第十三回+陳情書」 10/7/2011
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経過報告 (55) 「弁護士意見書」 10/13/2011
ここをクリック→経過報告 (55) 「弁護士意見書」

経過報告 (56) 「陳情書解説コメント」 10/16/2011
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経過報告 (60) 「検察取調べ第十五回で大バトル」 11/5/2011
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経過報告 (61) 「検察取調べ第十六回」 11/8/2011
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経過報告 (62) 「検察取調べ第十七回 ストック・オプション行使指示書」 11/8/2011
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経過報告 (67) 「検察取調べ第十八回 起訴を覚悟」 12/05/2011
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経過報告 (68) 「検察取調べ第十九回 (最終回)」 12/06/2011
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経過報告 (69) 「本日、検察により起訴されました」 12/08/2011
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経過報告 (70) 「ポリグラフテスト要請書」 12/08/2011
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経過報告 (72) 「『検察なう』誕生の瞬間」 12/11/2011
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#検察なう (77) 「田舎の友人との会話+『#検察なう』Tシャツ作りました」12/26/2011
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#検察なう (78) 「検察の最有力証拠」12/28/2011
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#検察なう (80) 「正しく納税する意識がありますか」 1/4/2012
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#検察なう (81) 「田中周紀著『国税記者 実録マルサの世界』」1/6/2012
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#検察なう (83) 「無実の証拠=メール」 1/10/2012
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#検察なう (86) 「司法改革 (1)」1/14/2012
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#検察なう (95) 「日経ビジネス「クレディ・スイス『国策捜査』の真実 日本でもジャスミン革命を!」 1/30/2012
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#検察なう (99) 「ましな言い訳」 2/2/2012
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#検察なう (100) 「人生の試練」 2/5/2012
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#検察なう (108) 「検察冒頭陳述」 3/2/2012
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#検察なう (109) 「トゥギャりました & 支援する会発足! 3/5/2012
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#検察なう (111) 「証拠開示 Part 2 『当事者主義』」 3/10/2012
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#検察なう (114) 「可視化について」 3/22/2012
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#検察なう (115) 「氷山の一角」 3/25/2012
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#検察なう (117) 「へ理屈には理屈で対抗」 3/31/2012
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#検察なう (119) 「第2回公判」 4/11/2012
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#検察なう (120) 「第2回公判 トゥギャッター&ドキュメンタリー・ビデオ」 4/13/2012
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#検察なう (122) 「検察のストーリーの不合理さ」 4/18/2012
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#検察なう (124) 「『常識』に対する挑戦」 4/23/2012
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#検察なう (126) 「氷山の一角 パート2 『ロボスクエア贈賄冤罪事件』」 4/27/2012
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#検察なう (128) 「『ショージとタカオ』を読んで」 5/4/2012
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5/10/2012



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category: 刑事事件一般

2012/05/09 Wed. 23:50 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『宇宙兄弟』 森義隆監督 

フィルム・レビュー 『宇宙兄弟』 森義隆監督

宇宙兄弟

映画『宇宙兄弟』鑑賞。ストーリーは「マンガじゃん」(って、原作はマンガなんですけど)。

原作のマンガは未読なので、原作との比較はできませんが、マンガだと気にならないはずのリアリティーの欠如が実写化すると気になります。

マイナス60度の中で体温維持装置が壊れたら、あっという間に低体温症になって意識を失うはずだし(体温が34度に下がると意識はもうろうとする、というのは最近山の事故が相次ぐ中で仕入れた知識)、そもそも無職のダメ夫がそんな簡単に宇宙飛行士になれないし。

そんなしちめんどくさいことをすっ飛ばせば、楽しめる映画なんだと思います。特にムッちゃんの宇宙飛行士選抜試験のシーンは面白かったな。

素晴らしいのはロケット打ち上げから、月面の映像を撮ったVFX。今まで観たハリウッド作品のどれよりも素晴らしい。やはり日本人の技術力の高さはこうしたところにも出てます。「アルマゲドン」の宇宙シーンなんて「ぷっ」って感じだったけど、こっちは「おーっ」って感じ。これだけはマンガでは表現できない迫力です。是非大画面で感動して下さい。

でも何で日本の映画に出てくる外人の役者ってこんなに演技が下手なんだろ。

ここをクリック→ 『宇宙兄弟』予告編

(Facebook 5/9/2012から転載)


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category: フィルム・レビュー

2012/05/08 Tue. 19:52 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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外資系証券なるもの (10) 「フロント・オフィスとバック・オフィス」 

外資系証券なるもの (10) 「フロント・オフィスとバック・オフィス」

外資系証券では、総合職は「フロント・オフィス」、一般職は「バック・オフィス」(それを営業事務職に限定して、総務職を特に「アドミニストレーション」と区別する場合もあります)と呼ばれます。

日本の会社でも、総合職と一般職の間の雇用体系、給与体系の格差はある程度と存在すると思いますが、外資系証券においては「フロント・オフィス」「バック・オフィス」間の格差は著しいものがあります。

それは外資系証券では、直接、収益を生む部署を「プロフィット・センター」、それ以外の収益を生まない部署を「コスト・センター」と呼ぶことで、収益を生むスタッフを優遇するカルチャーがあるからです。「フロント・オフィス」「バック・オフィス」と「「プロフィット・センター」「コスト・センター」は一対一対応するものではありませんが(例えばリサーチは「フロント・オフィス」でありながら「コスト・センター」と看做されています)、フロント・オフィスの人間の中には、「バック・オフィスの人間の給与は俺たちが稼いでいる」と勘違いしている者も少なからずいます。

嘆願書を書いてくれた会社の先輩、同僚、後輩にはフロント・オフィスの者も、バック・オフィスの者もいますが、公開させてもらった嘆願書には、私がここで書いた外資系証券におけるカルチャーの一側面が書かれています。

五十嵐雅祥嘆願書

ここをクリック→五十嵐雅祥嘆願書

倉永良通嘆願書

ここをクリック→倉永良通嘆願書

この業界にいなければ当たり前のことが、この業界では当たり前でないということがお分かりになるかと思います。

そして、なぜ私がこの業界にいながら、そしてフロント・オフィスの人間でいながら、当たり前のことが分かっていたか。私が「人間的にできていたから」と言いたいのは山々ですが、実はそうではありません。自分では、人を差別する感覚は全く持ち合わせていないと思っていますが、人の心の機微が分かるほど繊細な人間でもないと思っています。彼らと普通に接することができたのは、新入社員の本当の駆け出しの頃、つまり「フロント・オフィス」「バック・オフィス」といった違いさえ分からない頃に、バック・オフィスの友人に助けられたからです。

同期は私を含め12人でしたが、この12人にはバック・オフィスのスタッフの数はカウントされていません。同期入社であっても、会社の中では本来、彼らと交流することはないはずだったからです。

会社に入りたての頃の「しごき」「いじめ」に関してはこれまで書いたところです。学生気分が抜けない、基本チャラ男の私を、実社会の「現実」は容赦なく痛めつけてきます。意気揚々と出帆したものの、外洋に出た途端に暴風雨に見舞われ座礁しかかった船のようなものでした。

同期12人の中でも浮いた(沈んだ?)存在だった私ですが、そうした時に、同期入社のバック・オフィスのスタッフであったペッペッペーや直、会社では数年先輩でしたがタメ歳だったあっこちゃんといったバック・オフィスの彼らと何かのきっかけで仲良くなり、弱っている時、随分励ましてもらったものです。

お互い仕事が遅くなった時に一緒に食事したり、時には遊びに出たこともあります。シャンデリアが落ちて閉鎖になったディスコのトゥーリアに一緒に行ったことも覚えています。

彼らと話をしているうちに、バック・オフィスの仕事も随分と気苦労が多いことが分かりました。彼らの仕事は、まさに縁の下の力持ち的なものですが、アップサイドやカタルシスがあまりない、かつ失敗が許されない仕事でした。

例えば受渡し金額がわずか数ドルでもずれていた場合、NYの人間の感覚からすると「誤差のうち」。それを彼らに指摘しても”So what?”の世界です。ところが日本の投資家は、事務面でのトラブルに特にシビアで、相当文句を言われます。その神経質さたるや、なかなか説明してもご理解頂けないくらい厳しいものです。そして、顧客から文句を直接言われるのが、フロント・オフィスの営業です。

英語に”Shit flows downhill.”という言葉があります。直訳すれば「くそは川上から川下へ流れる」。いやな理不尽なことは力のある者からない者へ押しつけられる状況を言ったものです。

顧客から事務のミスできゃんきゃん怒鳴られた営業が、「お前らのミスで俺が客に文句言われたんだ」と責め立てるのは、普通にあることだと彼らバック・オフィスの友人たちから聞きました。

お互いの愚痴を聞いて、なぐさめ合った(こちらが助けられた方が全然大きかったんですけど)感じでした。そうした経験がなければ、私のような鈍感な者は気付くことなく、仕事のプレッシャーを彼ら立場の弱い者に押し付けて逃れようとすることになったかもしれません。

NYから帰って、前線で仕事をするようになっても、バック・オフィスのスタッフにはいつも助けられてばかりでした。感謝、感謝です。

(続く)


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category: 外資系証券なるもの

2012/05/07 Mon. 05:43 [edit]   TB: 1 | CM: 1

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (62) 

「伝説の法廷マンガ家 in #検察なう T-shirt」 (by 高杉ナツメ)

高杉ナツメ

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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/05/06 Sun. 13:54 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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外資系証券なるもの (9) 「怒鳴られる毎日」 

外資系証券なるもの (9) 「怒鳴られる毎日」

ソロモン・ブラザーズでは、毎年、その年に入社した新入社員を全世界からNYに集めて研修を行う、トレーニング・プログラムがありました。それは7月下旬からスタートします。

東京オフィスで採用された我々も、そのトレーニング・プログラムに参加することになっていました。

そして4月の入社から7月のNY研修までは、東京オフィスで研修を受けることになります。研修といっても、その内容は雑用+自習で、はっきり言えば放置プレーです。

現場のスタッフには手取り足取り新入社員の面倒を見る余裕もなく、NY研修までは邪魔にならないようにオフィスにいて、できる限りそして思いつくまま仕事を手伝えという状況でした。

しかし今思い返すと、この3ヵ月半の間は、毎日先輩社員に怒鳴られに会社に行っていたような気がします。

業務時間は電話が鳴りっぱなし。仕事らしい仕事といえば、その電話を取り次ぐことくらいでした。「電話を取るのが遅い」や「対応が悪い」とか、とにかく怒鳴られまくりです。

例えば、同じ会社から電話があっても、電話の相手が取引を執行するファンド・マネージャーなのか、事務処理をする事務の方なのかによって、緊急度や重要度が違います。気難しいファンド・マネージャーの中には、名前を尋ねるだけで怒り出す人もいます。「こっちは急いでるんだから、早く営業とつなげ!」といった感じです。

あと私が特に「いじめ」にあったのは服装に関してでした。ネクタイの柄はよく言われたなあ。あとカレッジ・リングね。今でもそのカレッジ・リングはしています。

その理由というのが、「外資系証券はただでさえ給料が高いと思われてるから、とにかく地味な服装でいろ」というものでした。

新入社員の私はその理由が全く理解できず、そうした罵声を完全に無視したこともM氏(一応ここは匿名にしとこっと)ら先輩社員からの「いじめ」の原因でした。

私はその後、20年以上外資系証券に勤めることになりますが、顧客からそうした「偏見」や「差別」を感じることは、実際には一切ありませんでした。今、思い返すとそれは日本の会社から、高い給与と引き換えに「都落ち」した中途入社組の負い目からきたものではなかったかと思います。

日本の会社を経験した中途入社組と、新卒から外資という純粋培養組との間には、そのカルチャーに(勿論、個人差はありますが)歴然とした差があります。新卒外資純粋培養組が外資を選んだ理由の中で、給与がその主たる志望ファクターになっているケースはまれだと思います。

私の場合は、電通の内定を断った時点で就職協定に縛られる日本の会社に入ることができなくなったという特殊事情はあったものの、「ウォール・ストリートで働きたい」という単純な夢がありました。

ちなみに私の「将来の夢」というテーマの小学校卒業文集は、「世界を股にかけて活躍する」でした。

とにかく毎日怒鳴られまくり、打たれたサンドバッグ状態で、しばし逃げ込む場所はトイレの個室でした。ほっと一息入れて、10分ほど思考停止して、ぼーっとしていると、またファイティング・スピリットが復活して、「よーし、また怒鳴られに行くか」とトレーディング・ルームに戻ったものです。

怒鳴られるのが好きな奴はいません。自然とそれを回避するよう身を処するというのが、普通の感覚なのかもしれません。私も別に反発するつもりは全くなかったのですが、自分の納得いかない雑音を無視していただけです。同期からは変わり者扱いされて、少し距離が置かれていたように感じました。

こうした状況が、後々自分の職種に大きな影響を与えるとは当時全く予想していませんでした。

(続く)



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category: 外資系証券なるもの

2012/05/05 Sat. 12:13 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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ブック・レビュー 『なぜ無実の人が自白するのか―DNA鑑定は告発する』 スティーヴン・A. ドリズィン / リチャード・A. レオ著 

ブック・レビュー 『なぜ無実の人が自白するのか―DNA鑑定は告発する』 スティーヴン・A. ドリズィン / リチャード・A. レオ著

なぜ無実の人が

「なぜ無実の人が自白するのか」に関してなされたアメリカの研究。副題が示すように、多くの冤罪がDNA鑑定で無実の証明がされ、その取り調べ過程で、虚偽の自白調書が作られていることにスポットライトを当てている。

ただ、具体的な事例を多く挙げるあまり、若干論理的考察に物足りなさを感じる。理論書としてより、資料的価値が高いものと考えるべき。

特筆すべきは、筆者を筆頭とするノースウェスタン大学ロースクールのチームが作成した「名張毒ぶどう酒事件」の奥西勝氏の自白に関する意見書を掲載していること。氏の供述に関し、アメリカでの具体的事例を引き合いに出し、虚偽の自白を類型化している。



ここをクリック→ブクレコ 『なぜ無実の人が自白するのか―DNA鑑定は告発する』






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category: ブック・レビュー

2012/05/04 Fri. 17:01 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (128) 「『ショージとタカオ』を読んで」 5/4/2012 

#検察なう (128) 「『ショージとタカオ』を読んで」 5/4/2012

私が映画「ショージとタカオ」を観たのは昨年の私の誕生日でした。自分へのプレゼントとして選んだのがこの映画鑑賞でした。

映画は、布川事件で冤罪と闘った桜井昌司氏と杉山卓男氏を取り上げたドキュメンタリー・ムービーです。

新宿での劇場公開に、井出洋子監督と桜井昌司氏が舞台挨拶をするとのこと。これは観ないわけにはいきません。その鑑賞日のわずか5日前(5/24/2011)に彼らは無罪の判決を勝ち取り、長い44年間の闘いに終止符を打ったばかりでした。

映画は予想を裏切って(?)むちゃ面白いものでした。リアル・ロード・ムービー。

29年塀の中にいた後、仮釈放。そこから「普通のおじさん」への復帰と、再審請求の活動が同時進行します。

でこぼこコンビの2人がいろいろやらかしてくれて、笑いあり、涙ありで、元気が出る映画でした。映画鑑賞に関しては以前のブログに書いています。

ここをクリック→経過報告 (23)

映画の予告編はこちら。

ここをクリック→「ショージとタカオ」予告編

そして先週出版されたばかりの井手監督の映画製作記「ショージとタカオ」を読みました。製作期間14年(!)という映画製作の裏話、苦労話が書かれています。

映画監督という人の全てが特別なわけではないのでしょうが、舞台挨拶で拝見した井手監督は、全くインタビュー慣れしていない、ごくごく普通の方で、等身大の映画を作った等身大の方だということが伺えました。この著作「ショージとタカオ」でもそれが表れています。

著作の中では、映画でも印象的だったシーンが詳しく語られている部分もあります。

例えば、再審請求のストレスが桜井昌司さんの精神を知らず知らずに蝕み、それが頂点に達した時に夜中に4階のベランダから飛び降りたい衝動に駆られ、「ああダメだ。ここ開けたら飛び降りちゃう。あんた、俺のことを押さえてくれ!」と叫んだできごとを、妻の恵子さんが語る部分があります。映画でも「そのとき、自分が傍らにいて良かった」と語られていますが、桜井さんの追い込まれるかのような心境と、彼を支える恵子さんのことが、より克明に描かれています。

また、映画では登場しないシーンもあります。

再審開始決定に歓喜する桜井さんの姿はその一つです。その部分を引用します。

「日が暮れて、ショージ君は、妻の恵子さんや支援者と喜びを分かち合った後、一人利根町の自宅へ車で帰った。皆の前ではカラッとした笑顔を見せていたショージ君だったが、利根町に近づくにつれて、涙が頬を伝ってきた。後から後からこぼれてきて、車の運転中なのに、目の前が涙でにじんで見えなくなってしまいそうだった。

やっとの思いで家までたどり着いて中に入ると、ショージ君は六畳の居間で声を上げて泣いた。

この喜びを真っ先に知らせたかった父も母もすでにいない。

『仕事をなげうっても再審開始を勝ち取りたい』

そう思って、この二、三年は日雇いの仕事を減らして、支援者を広げるために地方を歩いた。これまでの張りつめていたものがプツンと切れて、ショージ君は号泣した。

利根町の実家で暮らしていると、亡くなった父や母がいつもすぐそばにいるような気がしていた。父と母が、家のどこかで自分を見守ってくれているとショージ君は思った。」

この再審開始決定の後、検察は破廉恥にも即時抗告をして、つかの間の喜びをぶち壊すことになるのですが。

駄作の映画が多くDVD化されている現状、このような良作が多くの人に観てもらえるようDVD化されないのは納得がいかないところです。映画「ショージとタカオ」は文化遺産と言ってよいものです。でも今は各地で映画が自主上映され、監督や桜井さん、杉山さんの舞台挨拶が見られるから、そっちの方がおいしいかも。とにかく映画はお勧めです。是非ご覧下さい。

桜井昌司さんとは、この映画上映の後と、昨年末、西武池袋線痴漢冤罪事件の市民集会の2度お会いしています。その時の写真がこれです。私はたまたまスーツだったのですが、それを見て桜井さんは、「恥ずかしいなあ。俺もスーツ着てくりゃよかったよ」とおっしゃってました。お茶目な方です。

ここをクリック→桜井氏とツーショット

5/4/2012

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category: 布川事件

2012/05/03 Thu. 14:49 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (61) 

「夜警(レンブラント) in #検察なう T-shirt」 (by 正義将棋)

夜警

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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/05/02 Wed. 15:15 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう(127) 「木嶋香苗被告連続不審殺人事件を通して思うこと」 5/2/2012 

#検察なう(127) 「木嶋香苗被告連続不審殺人事件を通して思うこと」 5/2/2012

世間をにぎわせた木嶋香苗被告の判決が下りました。

彼女の逮捕は2009年10月でしたが、例によって、テレビも新聞も見ない私は、最近までこの事件のことを知りませんでした。インターネットのみを情報源にしていると、選択的に情報を得ることができる一方、関心のない話題は完全にスルーしてしまいます。

全ての証拠を検証したわけでもなく、本人と直接話したこともないので、有罪判決に関しては全く評価することはできませんが、いくつか考えさせられる点があります。

今回の裁判は、裁判員裁判制度開始以来、最長の審理期間を経ての判決となりました。直接証拠がないという点が、裁判員をしてここまで悩ませたものです。そして彼らが有罪の結論に達したということは非常に重要な意味を持っていると思います。

職業裁判官の場合、刑事裁判の有罪率99.9%が物語っていることは、彼らは経験上、「被告は多分有罪ではないだろうか」という予断を持つ可能性が少なからずあるはずです。彼らは年間約100人の被告を裁きますが、統計上1000人に一人(あるいは10年に一人)の無罪の人間が目の前の被告だとはなかなか思えないというのは、彼らも人間である以上(それが正しくないことは勿論ですが)仕方ないことかと思います。

裁判員たちにはこうした予断はありません。もしかすると彼らは知識としても刑事裁判の有罪率が99.9%ということを知らないかもしれません。そして全く白紙の状態から、検察の立証が有罪に足るかどうかを評価しているものと思われます。

彼らによる審議が有罪に達したということは、十分に慎重な議論がなされた結果であると思われ、「直接証拠がなくてもだからそのまま推定無罪ではない」という結論に達したことは評価に値すると思います。これが職業裁判官の判定であれば、結論ありきの検察ストーリーに裁判官も乗ったのではないか、と思わないこともないところです。

単なる色のことであれば、白と黒の中間色として、グレーという色があります。しかし、裁判においてはグレーというものはありません。いかに微妙な事実認定でも、連続的な濃淡に、びしっと線を引いて白黒を塗り分ける作業が裁判です。そして推定無罪の原則においては、「合理的な疑いが入らない」即ち「誰が見ても黒」でないものは白になります。「グレー=白」というのが司法の大原則です。

「限りなく黒に近いグレー」などといったものは裁判においては存在せず、常に「真っ白」と「真っ黒」に分けられます。その点で、小沢氏の判決後のメディアの論調には非常に違和感を感じます。

また、不十分な証拠をいくら集めても、それで被告を有罪にすることができない比喩として、「グレーをいくら重ねてもグレーにしかならない」と言われます。それは当然のことで、一つ一つの証拠が相当に有罪の立証に足るものだというものが複数あって、初めて有罪の心証が形成されるものです。しょぼい証拠はそれこそ100あっても1000あっても、所詮しょぼい証拠で、有罪の立証足りえません。

その点において、木嶋香苗被告の事件の審理において、若干不安なのは、なぜ一括審理だったかという点です。彼女は3件の殺人罪に問われていますが、もし3件を別個に判断するならば(即ち、「3つの事件の共通点が多い」というファクターを取り除いた場合に)、判断が変わるのかということが十分に議論されたのかは知りたいところです。

検察が今回の裁判に際し、裁判員に説明した「寝る前には晴れていたが、朝起きたら雪が積もっていたという場合、雪が降っていることを直接見ていなくても、それは夜中に雪が降ったと考えられる」というのは、なかなかうまい説明だと思いました。

ただこれだけでは当然不十分で(今は雪が降らないゲレンデでも、人工降雪機で雪を降らせてスキーやスノーボードができるのは誰でも知っています)、「相当広範囲に亘って降りつもっている」であるとか、「誰かが持ってきてどさっと置いたのではない積もり方をしている」とかの判断が必要です。さらに天然の雪の場合には、チリ等の空中浮遊物が核となって結晶ができるのに対し、人工降雪機では圧縮空気と水を空気中に噴霧して結晶を作るので、科学的に分析すれば、それが空から降ったものかどうかは分かるはずです。

これを私の事案にあてはめると、「過少申告の事実があった」「会社は指導をしていたらしい」程度の立証は、「朝、地面が濡れていた。昨晩はかなり冷え込んだらしい。だから雪が降ったに違いない」といったようなもので、推認の仕方としては「荒唐無稽」と言えるものです。

話を裁判員裁判に戻します。

私は裁判員裁判の精神には基本的に賛同しています。それは裁判員経験者の統計でも、70%を超える人が「参加してよかった」と答えているように、市民の司法に対する関心を高めることに寄与しているからです。

検察の暴走は、国民の無関心(その背景にはメディアの黙認)が助長していると思っています。それを変えるためにも、司法の市民参加は絶対必要なものです。

ただ方法論にはいくつか大きな過ちがあると思っています。私が裁判員裁判制度の欠陥と思っている点は、次の3点です。

1) 職業裁判官が評議に参加する
2) 職業裁判官が評議において投票権を持っている
3) 裁判員が量刑も決定する

1) 評議の場において、職業裁判官が意見を言えば、それに引きずられない一般人はいないと思います。勿論、裁判員は法律に関しては素人なので、法的なことで分からない場合に聞ける体制が必要ですが、その際にアドバイスをするのは、当事案を担当する裁判官以外の者であるべきです。

2) 評議は、職業裁判官が3人、裁判員が6人の合計9人で行われます。職業裁判官が3人とも有罪に投票すると、過半数の5票を得るためには、裁判員6人のうちわずか2人を有罪の意見にすればそれで有罪となってしまいます。

先進国の中で、市民参加の陪審員制度(評議は陪審員のみ)ないし参審員制度(評議に職業裁判官が参加するのが一般的)を採る国で、民間陪審員・参審員の過半数を得ることなく判決が決まる国は日本以外ないはずです。

これでは、「裁判員制度は、単に職業裁判官の判決に市民が『お墨付き』を与えて、批判を避けるためだけのものである」と非難されても仕方ないシステムです。

3) 私は本来、死刑廃止論者です(主な理由は2つ。「裁判にコストがかかり過ぎる」と、「死刑に殺人の抑止効果はないことが実証されている」です)。ただ制度として存続している以上、裁判員の立場からすれば、これを選択する必要もありえます。その結果、市民が合法的な殺人である死刑を選択した今回の裁判のような状況は、必要以上に裁判員の精神的負担になることは明らかです。

私が裁判員だったとすれば、絞首刑のシーンを想像して、「無理!」と放り出してしまいそうです。

また量刑に関しては、無罪・有罪の事実認定より、判例に基づくかなりテクニカルな要素が多く、その判断は職業裁判官に任せるべきだと思います。

裁判員裁判制度実施に際しては「メディアの影響を一般人は排除できないため、予断が入り公正な判断ができない」とする批判もあったようですが、それを言うなら陪審員制度や参審員制度を採る諸外国でも、事情は全く同じです。それは裁判員裁判制度の問題というより、メディアの問題なので、分けて考える必要があります。

今回も、木嶋被告の公判での服装や、事件の審議とは直接関係のない私生活まで報道されていることは残念に思います。外資の企業で働いていた感覚からすると、これら報道はセクハラ以外の何物でもないのですが、有罪確定までは無罪であるはずの被告にはそうした基本的人権すら認められないかのような報道に、メディアとしての品格の欠如を感じます。

「この程度の話題を面白がるんだろ」と一般市民を蔑んだ態度が見えるようです。明らかに叩く相手を間違っています。例えば小沢裁判においては、政治の問題と検察の違法捜査の問題を峻別し、社会の木鐸として、正しく検察批判をするくらいの矜恃を保って欲しいと思います。国民が真に知る価値のある報道をしてこそ初めてメディアの責任が果たせるのだと思います。




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category: 刑事事件一般

2012/05/01 Tue. 11:16 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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