「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (190) 「第六回公判傍聴記」 9/30/2012 

#検察なう (190) 「第六回公判傍聴記」 9/30/2012

先日、私の被告人質問が行われた公判にも大勢の方に傍聴に来て頂きありがとうございました。

傍聴の方の傍聴記をご紹介します。

まずは毎回傍聴に来てくれる私の友人のブログです。

ここをクリック→ 責任世代の千葉一新 鈴木ひとし 「『常識と非常識』 #検察なう 八田隆さん第六回公判傍聴記」

また、マニラから応援団長も駆け付けました。

ここをクリック→ ゆるゆるマニラ生活 「八田隆 第六回目公判終了 クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件」

そのほか、傍聴に来られた方からこのような意見もありました。

私は、クレディ・スイス証券での報酬は「年棒制」と主尋問で述べました。それはあくまで報酬が毎年更改するという意味です。「年棒制」という言葉が(日本の会社がそうであるように)「その年にいくらグロス(税引前)で入ってくるか」ということが分かるかのような印象を与えるのではないかという指摘がありました。

実際には、年棒更改で示される報酬には、株式で払われる分に関しては、その年の年末を越えて将来のいつかのタイミングで入ってくるため(株式報酬のプログラムが、年によって異なり、そもそも相当複雑です)、また退職時の支払いである退職金積立も含まれるため、ある年(1月1日~12月31日、即ち税務年度)に払われる報酬を、税引前であれ、税引き後であれ、予測することはほぼ不可能です。特に、株式に関しては、更に「これだけの株をあげるよー」と言ってから、「じゃ、今払います」と言う数年の間に株価や為替レートが変わりますから、更に難易度は上がります。

そこのところが理解できないと、「株式を受け取った時に、予期していた金額より多いと感じるはず」という疑問が生じるものです。そもそも株式受取額を前もって予期することは、もし不可能でないとすればかーなーり厳しいです。

それはあたかも、テレビのクイズ番組で、答えがテロップであらかじめ出ていると、答えに窮する回答者を見て、「何でこんな問題分からないんだろう」と言っている状態に似ています。その答えが伏せられていると、なかなか答えられないものです。私は、ましてや株式報酬も源泉徴収されていると思っていたので、答える必要すらないと思っていました。

そのほかのご意見として、「株式を現金の代わりにもらう」ということが、単に「賞与の一部を現物支給されているだけ」、ということが伝わりにくいのではないか、との意見もありました。「株式」だから、それを処分するのは「売却」であり、それだとやはり株価水準を考慮して、損益が発生するイメージになる、というものです。私は、公判において、「購入と異なり、会社が一方的にくれたものだから、取得価格の意識はなかった」「株式売却は、現物支給の賞与を現金化するという意味でしかない」と数回繰り返しましたが、それでもなかなか理解しずらいものだったようです。

またフェイスブックでの友人の会話。傍聴に来る予定をしていたのに結局来れなかった友人のコメント、

「結局行けなくてごめんなさい。八田さんを応援する気持ちには変わりないです。勇姿をこの眼で見たかったな」

に対し、傍聴に来てくれた別の友人のコメント、

「『勇姿』かぁ…『白馬でスノーボードをしていました。』で失笑を買い、『エクセルのスプレッドシート作りにハマっちゃったんですよ!』で法廷中を三秒ぐらい凍りつかせるのも含めて、それは『勇姿』というのかな。…弁護士と検察官の尋問に対し、とつとつと、時には少し考え、時には熱く雄弁に語る。その姿には、正直に真実を語ろうとする姿勢と、自分の発言に責任を持とうとする誠実な人柄がうかがえました。(いや私は八田氏の応援団の一員なので、この感想は三割がた割り引かれても構いませんけども。)――そうね、法廷で尋問されてても、八田氏はやっぱり八田氏だよね、って思いました。」

でした。

更に貴重なご意見として、次のTシャツは「ホントですか~?」がいいのではないかとのご意見もありましたが、ありがたく拝聴して見送らせて頂きます。

「#検察なう」Tシャツ、まだ余ってますのでもらって下さい。場合によってはプレミアムがつくかもしれませんよ。ご連絡下さい。よろしくー。

9/30/2012










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category: 刑事裁判公判報告

2012/09/30 Sun. 09:45 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (189) 「第六回公判報告 検事自ら公訴権濫用暴露」 9/28/2012 

#検察なう (189) 「第六回公判報告 検事自ら公訴権濫用暴露」 9/28/2012

クライマックス・シリーズ開幕!

本日、第六回公判が行われ、私の被告人質問が行われました。

3時間の弁護側主尋問と2時間の検察側反対尋問を目一杯乗り切りました。

内容に関してはほかの方の傍聴記やツイッターにとりあえず譲ることとして、当事者として気付いたことを今日は書き留めます。

やはり裁判の当事者となると、見えてなかったものも見えてきます。

まず違和感ありありだったのが、被告人には宣誓なし。なぜ??

後から弁護士に確認すると、被告人は偽証罪に問われないとのこと。うーん。

裁判って真実を追求する場じゃないの?

反対尋問の時に、検事の幾度とない「本当ですか~?」というつぶやきに、「その『本当ですか~?』っていうのをやめてもらえませんか。ここは真実を追求する場ですから」と私が言うのを傍聴された方はお聞きになったでしょうか。

被告人は嘘をつくものという前提のもとに司法があるようで、当事者としては、実に不快なものでした。いくらこちらが真実を伝えようとしても、頭ごなしに「どうせ嘘ついてんでしょ」っていう態度じゃ、やはり検察ってのは、クロにしてナンボってことなんですね、ということなんですが。

我々弁護団はそれを公訴権濫用として訴えています。

それはありありと検事の言葉に表れていました。

弁護側主尋問の中で、私は何度か、「国税局の取調べの段階では、私は告発を予期していなかった」と述べました。だからこそ私は、査察部の取調べに対し、弁護士を雇うことなく孤軍奮闘、なんとか彼らに理解してもらおうと努力していたものです。

犬養毅ではないですが、「話せば分かる」と思ったからです。

その努力が全く無駄であり、これまでの真実を伝えようとする努力は今日の公判における検事の次の言葉で木っ端微塵に粉砕されました。

「強制捜査が入れば刑事事件になることは分かってたでしょ」

私が、「家宅捜査で捜査官は『シロクロをつけるのが目的』と言っていました。まさかクロにするのが彼らの仕事とは思いませんでした」にも、今日何度も聞いた「本当ですか~?」です。

それって「結論ありき」っていうんじゃないんですか?

やはり国家権力に対して、個人が立ち向かうというのは、無謀なことなのでしょうか。

裁判官が真実の追求をすることを切に望みます。

次回公判は10/26。被告人質問が続きます。是非ご注目下さい。

9/28/2012








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2012/09/28 Fri. 21:55 [edit]   TB: 0 | CM: 3

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上申書 (27/60) 藤井理子 

上申書 (27/60) 藤井理子

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

よう、藤井、元気してるか。

おっと、天国に行っちまった奴に「元気か」はないか。俺はまだそっちには行ったことないから、そっちが寒いか、暑いか、何が見えるのか、何か触れるものがあるのか、全く分かんねえや。

葬式出れなくて、すまんかったな。公判のスケジュールと合わなくて帰国できなくてな。そうでもなけりゃ飛んで帰ってきたんだけどな。悔しいよ。

ぺーから連絡もらった時は、悪い冗談だと思ったよ。まさかなあ。ついこの間、連絡くれたばかりだったのに、って。

イガとも話したんだよ。「スキューバダイビングなんて似合わねえことすっから、ばっかじゃねえか」って。

でも、いい奴ほど、寿命が短いってのは本当なのかもな。そうすると俺ももうすぐそっちに行くはずだから、なーんてね。

上申書ありがとな。感謝の意を表すべく、お前の上申書をブログに紹介する最後として掲載するから。大トリだよ。

「え~、八田さん、そんな恥ずかしいことやめてくださ~い。下手な文章、ばれちゃうじゃないですか~」って、そんなもんいいんだよ、気持ちが入ってりゃ。掲載したもん勝ちだし。せいぜい恥ずかしがってろ。

1ヶ月ほど前に、フェイスブックのお前のウォールに書きこんだんだけど、返事がないところをみると、天国にはフェイスブックはなさそうだな。そっちでスティーブ・ジョブズに会ったら、言っとけ、なんとかしろって。

俺が外債から円デリバティブ・デスクのマネジャーになった時、お前とクロちゃんと高橋の3人で祝電くれたの覚えてるか。トロフィーに入れてさ。お前は知らんだろうけど、今でも家に飾ってるよ。

うれしかったんだよ。お前ら外債のバック・オフィスの奴らが、俺が別の部署に移った時に祝ってくれたってのがさ。ほら、外資ってそういうとこドライなとこあんじゃん。仕事で関係なくなった途端に、自分に関係ないってさ。

俺の公判もこれから佳境を迎えて大変よ。明日は被告人質問だし。何でこんなことに巻き込まれちゃったんだろうね。

信じてくれたお前のためにも頑張っけど、こればっかりは分からんわ。国相手だからさ、個人にゃしんどいよ。ま、墓前に朗報を持ってお参りできるよう、そっちからも応援しててくれや。

じゃ、いつでも下界が恋しくなったら、帰って来いよ。みんなお前がいなくて寂しがってるからさ。

藤井へ

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ここをクリック→ 祝電

「上申書

八田隆さん及び彼が係わる所得税の申告漏れ事件について申し上げます。

八田隆さんとは、私がソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社(以下、ソロモン)に入社した1992年1月からの付き合いになります。ソロモン時代はめいっぱい絞られながらも可愛がっていただき大変お世話になりました。

八田さんの所得税の申告漏れ事件については、3年ほど前の冬、ソロモン時代からの友人に新聞報道について教えられて初めて知りました。確かその少し前に八田さんに久しぶりのご挨拶Eメールを送って、彼から新しい仕事を始める予定であることを伺ったばかりだったので大変驚いたことを記憶しています。

新聞報道を読んだ時には、私は事態をあまり深刻に受け止めることができませんでした。そしてこの件はすぐに終わると思いました。それは以下の3つの理由によります。

① このような税金の申告漏れは納税についてあまり詳しくないサラリーマンなら誰でもやってしまいそうなミスである。同じ状況であれば私も同じミスをしていたであろう。悪質でもないし珍しい事件ともいえない・・・・おそらくこれは誰しもが思うことであろうと思います。

② そもそもええカッコしいの八田さんの性格からして、世間に知れたらカッコ悪くて自分の品格をおとしめるようなことをするわけがない。私が結婚式を行う前に「おまえも金がいるだろう」と言って結婚式に招待させ、お祝いに5千円札7枚を祝儀袋に入れて「ラッキーセブンだぜ♪」と得意顔を見せていたようなお調子者かつ見栄っ張りですらある。あと先を考えず相手が誰であれ自分の思ったことは絶対に曲げずに言い通す性格でもあるし、意図的にやってないことを故意だと指摘されて調査する側に吠えまくったに違いなく、それがゆえに代表者的に名指しされたに違いない。

③ とはいえ、本人は自らの過ちを素直に認め、修正申告も行い追徴課税の対応も済んでいるのだからそれ以上のことはなく、忙しい国家公務員の方々には貴重なお時間と我々の税金をそこに費やすはずはないだろう。

私は、八田さんが一刻も早くこの事件から解放され、日本経済の復興に役立つ人材として金融業界に復帰され活躍される姿を見たいと強く願っています。これまでの人生経験で積み上げたキャリアとその才能を発揮できないまま今の状態で置かれているにはあまりにももったいない人だと思います。

また、八田さんはこの度の件で、相当な知識を得られ勉強されておられますので、今後は何事に対しても慎重に行動されることでしょう。そして法律等に疎い私のような者にとって税金に限らず多方面にわたり良きアドバイザーにもなってくださると確信しています。

私は八田さんにはもうこれ以上の咎め責めは必要ないと思います。

関係者の皆様には、事実をあらゆる角度から見極めていただき、正しいご判断をお示しいただけますようお願いいたします。

藤井理子」

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2012/09/27 Thu. 06:22 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (26/60) 永末康子 

上申書 (26/60) 永末康子

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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冤罪とは一般にはマイナーな社会現象のように考えられているように思います。正直、私も当事者となるまではそれほど関心は寄せていなかったものです。

メディアの取り扱いも、まさに「取扱注意」で、それはやはり冤罪の議論には捜査権力、司法の誤りを指摘する公権力批判が内包するため、権力を安定させたいという暗黙の了解が邪魔をしているのだと想像します。

私の刑事告発の直後、取材された全国紙の記者の方の、「それでも八田さんは有罪になると思います。そうでなければ、私たち記者は怖くて記事が書けないですから」という言葉がそれを象徴しています。

社会全体が隠蔽体質の病魔に侵され、公権力は絶対正しいという虚構の上に成り立っているような気がします。

私も国民の一人としての自覚がありますから、やみくもに彼らの過ちを批判するだけではいけないと思っています。何が過ちの根本にあるのかを理解して、それを良い方向に持って行くための議論の場を提供しているつもりです。そして、不正義には不正義!とはっきりと言わないと、世の中がよくなっていかないことは明らかです。私の「#検察なう」のスピリットはそこにあります。

そうした議論に関わりたくない、という人も大勢見てきました。逆に「えー、そんなこと知らなかった。おかしいよね」と感じて、理解して、応援してくれる人も大勢います。こうした草の根的なムーブメントから何かが変わることもあるのではないかと信じています。

私のブログを読んで、メールを下さった方の中のお一人も冤罪被害者でした。そして彼女の巻き込まれた事件を、「ロボスクエア贈賄冤罪事件」と命名し、私のブログで紹介させて頂きました。彼女のような、また私のような冤罪被害者が一人でも社会からなくなることが私の願いで、彼女もその気持ちは同じだと思います。だからこそ、こうして上申書を寄せてくれました。

ここをクリック→ #検察なう (115) 「氷山の一角」

ここをクリック→ #検察なう (126) 「氷山の一角 パート2 『ロボスクエア贈賄冤罪事件』」


「上申書

謹啓

時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。

この度、八田隆氏の事件につき上申致します。

私は、八田氏のブログで「ロボスクエア贈賄冤罪事件」として紹介して頂いた永末康子と申します。現在控訴中の被告です。

八田氏との出会いは、私が一審の裁判中だった昨年12月頃、ツイッターを通じて八田氏を知った事が始まりです。

当時の私は、保釈はされたものの会社や事件関係者との接見禁止だったため、漫然と裁判が終わるのを待つ日々でした。自分の無実は誰よりも知っているのですが、その無実を訴える手段が裁判でしかない、と思っていたのです。

そんな時に八田氏の事を知り大変な衝撃を受けました。ブログを読みすすめていくと、事件の内容や規模は全く違いますが、私が自分の事件を通して知ったことや感じたことなど大変共感したのです。

裁判中にこのようなやり方で事件の詳細を公開していくメリットやデメリット、リスクなど様々あったかと思いますが、それを承知の上で公開している潔さなど、同じ被告として尊敬の念を抱きました。また、八田氏を応援する方々が書いた嘆願書に八田氏の兄貴分のような性格を感じたのです。

今年に入り、メッセージを送ったところ丁寧なお返事を頂いたことから、連絡をとりあうようになりました。

その後、私の判決の際は福岡まで傍聴に駆けつけて頂き、有罪判決を受けた後も自分の事のように励まし応援してくださり、大変心強い精神的な支えとなっています。

今回、八田氏の事件について、自由に思ったことを書いて欲しいということでしたので、私も書かせていただきました。自分の体験と重なる部分もありますが、ご容赦くださいませ。八田氏の事件で、私が知り得た情報は主にblogやツイッターです。裁判は、第3回公判を傍聴いたしました。

第1回公判についてはブログやツイッター等でしか情報はございませんが、この時の検察側冒頭陳述について八田氏の感想が、「検察官が全く金融の知識がないことが読み取れるということ、外資系金融業界のカルチャーも全く理解していないということを感じた」と述べられています。あくまで八田氏の感想ではありますが、被告の身としては見逃せないものです。ただ、個人的な思いだけでなく、誤った認識の元に捜査や裁判が行われていないかなど、皆さまに疑問を投げかけているものでもあると思います。同様の経済事件において、それぞれの業界の背景を知らずに捜査や裁判を行うことは、冤罪を引き起こす可能性も含んだ非常に危ういものです。

この事件についての検察側主張は、「会社の指導は十分で、八田氏は故意に脱税したのである」と認識しています。立証の柱となる証拠が会社側の書類であり、その中で源泉徴収されていない株式報酬について、「会社は源泉徴収の義務がない、すなわち会社が源泉徴収を行うことはない旨が明記されていた」ということでした。

これに対し、八田氏の主張は以下の通りと認識しています。

・会社側書類は全て英文であり、正しく理解することが困難であったこと。

・また「源泉徴収の義務はない」という文章について、「会社は源泉徴収をしていない」「自ら申告・納税しなくてはならない」と理解するのは難しいこと。

・仕事が忙しく、そのような英文の書類を隅々まで読んでいなかったし、その必要すら感じなかったということ

これらを認識の上で第3回公判を傍聴したのですが、証言された内容は、「今までの八田氏の主張が間違いなかった」、つまり「八田氏が故意ではなく、他の社員と同じ申告漏れしただけである」ということが立証された印象を強く感じました。

証人はクレディ・スイス証券で法務・コンプライアンス統括本部長でしたが、そのように思った根拠として、次のような証言をされていました。

・証人はコンプライアンスを担当しているものの、従業員の納税義務等についての指導の管轄は別部門であったこと。

・証人よると平成18年・19年当時、クレディ・スイス証券において、株式報酬に関する従業員の税務申告について、指導は行っていなかったこと。

・マスターシェアプランの説明会は行っているものの、確定申告が終わる時期(3月12日~16日頃)でもあり、任意参加であった。そして税務申告についての説明会ではなかったこと。

・証人自身も株式報酬について確定申告が必要であったことは、会社の文書からではなく、管理部門に確認して分かったこと。

・英文書類についての理解は個人の英語力に依存しており、全ての書類において日本語文書がついていたわけではないこと。

・法務・コンプライアンス部門にも、同じく申告漏れの社員がいたこと。

これらの証言は、会社の指導が十分であったとは到底言い難いものです。

また、同じ時期に税務調査で無申告であったことが発覚した約100人もの従業員と八田氏との違いについてを、証明しているものでもありません。

八田氏が、「日頃から特別に違うことをしている(フロントとしての業績は別として)」といったことや「悪質さが見受けられる」というような証言は、証人からはなんらありませんでした。

むしろこれらの証言は、八田氏が主張する事実を立証しているものといえます。

また事件前後の行動についても、八田氏もブログで述べていますが、事件を立証する上で非常に重要だと思います。

脱税事件であれば、事件前に脱税の方法に関する情報収集等をどのように行っていたか、また脱税する動機、そして事件後の仮装・隠蔽です。

検察官がこの点に全く触れていないことが、この事件が無理筋であったという印象をさらに強めています。

脱税と申告漏れの違いが「悪質さ」にあるとして、八田氏が友人・知人から集めた嘆願書やわずかな期間の交流ではありますがその人柄を見る限り、特に故意に脱税を行うようには思えません。

そして、私自身も実感しておりますが、「今の日本の裁判において否認することは、非常に無駄な努力であり、時間的にも精神的にも大変な苦痛を強いられるものである」ということです。

八田氏の場合、税務調査から告発~起訴まで3年近くかかっており時間的・経済的・精神的苦痛はもちろん、実名報道による社会的な制裁も十分に受けています。

否認して裁判が長期化することは、それらの損失を大きくするだけでなく、人生の時間をある意味無駄にすることです。

それでも否認し続けるのは、本当にシンプルに「真実を知ってほしい」、そして「自分に正直に生きていきたい」と思っているからだと思います。

「罪から逃れるためだけに否認しているわけではない」ということを踏まえて、被告の主張に耳を傾けて頂ければ幸いです。

今後、検察官による新たな証拠提出や立証が行われるか分かりませんが、現在までの状況を私が知りうる範囲で考える限り、八田氏は無罪であると確信しています。

今後の裁判において、八田氏を有罪とするに足りる立証を検察官が行っているかや、起訴までにいたる捜査の経緯などを含め、真実が解明されることを切に願います。

乱筆お許しくださいませ。

ご拝読ありがとうございます。

謹白

永末 康子」

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2012/09/26 Wed. 07:07 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (25/60) 深水和子 

上申書 (25/60) 深水和子

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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私が上申書を依頼した直後に父親を亡くされて、それでも上申書を書いてくれたもう一人のかけがいのない友人からの上申書を紹介します。

「隊長」とみんなから慕われている彼女とは、6年前ワインスクールのクラスメートとして知り合いました。いまだにそのクラスのみんなとは仲良しグループで、共有している掲示板の書き込みも6年間で2300件を越えています。グループの7人は嘆願書を書いてくれました。

今回も、彼女は自分の状況にも関わらず上申書を書いてくれたのですが、その人を慈しむ心の優しさをもった彼女の仕事は救急看護師です。

私は、去年の夏に石巻にボランティアに行ったなどと偉そうなことを言っていますが、それは「なんちゃってボランティア」です。私の目的は子供のためでした。夏休みに日本に帰国したいという彼に、私のつけた条件が「一緒に東北にボランティアに行く」でした。

「どうせ芋ほり遠足だろ」と最初はバカにしていた彼も、半年近くたっても復旧ままならない惨状を目の当たりにして顔付きが変わりました。我々大人と一緒になって側溝や家の中からの泥かきに精を出していました。カナダに帰国してから、学校でその経験を詩にして、学校でほめられたようです。私にとってはそれでよかったのです。

彼女は、被災直後の被災地に救護活動に仕事で行っています。3月23日から一週間、気仙沼近くの大島に行っていました。それは想像を絶する経験だったに違いありません。並大抵の覚悟では出来ないことだと思います。

気仙沼大島は被災前は美しいところだったようです。大島出身の方の動画です。

ここをクリック→ 気仙沼大島

彼女の上申書も、等身大で、その優しい心から訴えるものがあります。勿論、私は彼女の信頼を裏切るようなことは一切していないということが誓えます。

「上申書

私と八田氏との付き合いは、6、7年前のワインスクールで同じクラスであったことから始まります。最初の自己紹介で、彼はアメリカの有名なワイナリーにいくらか投資しているとゆう話をしました。私は最初、ただただ、「こうゆう世界の人もいるんだな~」と、八田氏とは世界が違い過ぎて、ワインスクールの同じクラスでも、話が合わなくて友達になれないと思う…と、他のワインの友人に漏らしたのを今でも覚えています。

そんな最初の印象がかわったのはいつからということもありませんが、あっという間だったと思います。

それは、ワインを通じて付き合う中で、勿論彼の人柄、そして最初の印象がかわったのは、付き合いにおける…金銭感覚が道徳的だったからだと思います。彼は周りのワイン仲間より自分の収入の高いことを気遣ってか、持ちよりのワイン会の時には周りより少し良いワインを持ってきてくれたりしました。だけどそれは常識的な範囲のことで、我々のことを仲間だと思ってくれているからだろうな~という範囲で、決して「下品」なことはしません。

そして、例えばタクシー代、ワイン会の会計時には当たり前ですが、割り勘です。彼は自分の興味あるものへの投資は惜しみ無く行いますが、それは収入のある人であれば何ら普通のことであると私は思います。だけど、人との付き合いにおいて、常識的なお金の使い方が出来る人が、今回のような事件を起こすとは、私は到底思えません。世の中で脱税をして、お金を懐に入れている人はお金のありがたみをどれ程知っているのかと思います。それは、お金さえあれば何でも買えるという有り難みではなく、お金を手にいれることの苦労という意味です。

八田氏は後者をよく解っているからこそ、我々が常識的と思うお金の使い方をしていると思います。お金の有り難みを解らず、脱税で簡単にお金を手にいれている人は、どんなことにも湯水の如くお金を使っていると思います。でも、八田氏は違います。そういった点で私は八田氏が私腹を肥やすために今回のことを知っててやったとはとても思えません。

そして、事件のことを私は知った時、彼に「ほんとうにしらなかったの?」と聞きました。彼は「ほんとうに知らなかった」と言いました。そのときの彼の言い方、表情から、私は彼の言葉を信じてました。それは彼との付き合いの中での彼の人となりで私が感じた正直な気持ちです。

彼を含めたワイン仲間数名で、昨年八ヶ岳に行きました。近くのワイナリーに見学に行き、帰りにそのワイナリー併設のレストランにみんなで行きました。食事を頼み、ワインを飲もうとワインリストを見ると、先程のワイナリーで売っていたワインが倍以上の値段でレストランで出されているではありませんか!私が仕方ないかなと思いかけたそのとき、「こんなのおかしすぎる!俺は絶対ここでワインは飲まん!」と一番怒っていたのは彼でした。そして、大のワイン好きがワインを飲まずにごはんをつまらなさそうに食べていました。

彼は今回のことが起こってから、人生が一変し、そんな中でも正義がきっと勝つと信じて闘っております。無実の人が罪にとわれるなんてあってはならないことがないと信じております。どうかどうかよろしくお願いいたします。

深水 和子」

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2012/09/25 Tue. 07:41 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (24/60) 池田禎尚 

上申書 (24/60) 池田禎尚

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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私の両親は公判の度に傍聴に来てくれます。今回のようなことがあっても、彼らの信頼を裏切ることがなかったことが自分の誇りです。それは、裁判の結果がどうであれ、彼らの信頼も、私の彼らに対する自尊心も揺るぐものではないことを私は知っています。

国税局査察官・統括官、特捜部検事も人の子であれば、親の「自分の子供は正義のために日々努力している」という信頼を裏切りたくないと思うはずなのですが、「義理と人情秤にかけりゃ」と組織に帰属する責任感が優先するのでしょうか。私には全く理解不可能な感覚です。

上申書を友人・知人に頼んで、期限を1ヶ月に切ったのですが、その間に親御さんがご不幸に見舞われた友人が二人いました。当然、彼らからの上申書は見込めないと理解したのですが、そのような状況の中でも、私のことを心配して、二人とも上申書を送ってくれました。自分をその立場に置いてみた時に、どれだけ彼らの行為が気高いものか、本当に頭が下がります。

彼らの上申書を紹介しようと思いますが、まずその一人目です。

彼の嘆願書もブログで紹介した私の高校友人です。

私の性格は「人に気を遣わせない、だから気を遣わない(気遣う奴は勝手に気遣って下さい)」(←あ、ここでむっちゃ納得してる人が50人くらいそう)なので、ダブルスのペアとしては苦労したことだろうと今更ながら思います。

しかしうちの高校ってシャープな奴多いね。これもびしっと決まってるな。検察の主張と違って、こじつけ感がないから骨太だわ。

「上申書

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件で起訴された八田隆氏について、以下の通り上申致します。

八田隆氏と私は高校の同級生であり、テニス部ではダブルスを組んで大会に出場したこともあります。今回、八田隆氏にかけられている容疑は、彼の性格を知るものとしては、以下3点のいずれから考えても、首を傾げざるを得ないものです。

1. 動機
まず、八田隆氏には脱税をする動機が見当たりません。当時の八田隆氏は、正規の報酬としてすでに十分な収入を得ており、脱税をしてまで収入を増やさなければならない理由がわかりません。

八田隆氏のブログに掲載されている複数の嘆願書を読めば、高校時代のテニスや受験勉強同様、ワインやスノーボードといった特定の対象では自分に積極投資する一方、それ以外の友人付き合い等では庶民感覚を失っていないことがわかります。浪費癖もないと思います。ギャンブルや女性等の理由で金に困っていたといった話も聞きません。これらは検察の方々が既に調べられていることと思います。

2. 客観的状況
今回の申告漏れが故意か過失かという点については、次の二つの客観的状況から過失であると考えられると思います。

(1) クレディ・スイスでは、この時期、八田隆氏だけでなく、約100名もの社員が類似の指摘を受けていること。他の方々が過失で八田隆氏だけが故意というのは合理的ではありません。そもそもこれだけの社員が正しく申告していないということは、しなかったのではなくできなかった、なぜなら正しく申告されていると思っていたから、ということだと思います。会社側の対応に不十分な点があったと考えるのが合理的だと思います。

(2) 申告漏れの対象が、会社からの正規の報酬の所得税であること。隠しようがない所得にかかる税を申告せずに脱税できると八田隆氏が考えるとは考えられません。

3. 起訴後の対応
八田隆氏は、起訴されたのち、(1)自らの容疑を否認し、(2)他の冤罪について調べて発信しています。

(1) 容疑の否認
八田隆氏は、起訴後、故意の脱税という容疑を一貫して否認しています。

仮に故意であったならば、否認を続ければ逮捕、拘留される可能性が高く、40代後半というビジネスマンとして貴重な数年間を裁判で費やすことになることが明白な中で、敢えて事実を曲げてまで戦うことは合理的ではありません。実際には故意ではなかったからこそ、経済的な得失よりも自身のプライドにかけて、事実を明らかにしたいのだと思います。

(2) 他の冤罪
八田隆氏は、本人がブログに書いているように、これまで冤罪には興味も知識もほとんどなかったようです。ところが、自身が起訴されてからは、冤罪の可能性が議論されている事件について、積極的に調べて発信しています。これは、事実と異なる「故意の脱税」で自らが起訴されたことによって、日本の検察が常に正しいとは限らないということを知ってしまったからだと思います。八田隆氏の申告漏れが仮に故意の脱税であったならば、起訴という検察の判断は、八田隆氏の従来の常識通り正しい判断だったわけですから、他の事件に対しても、冤罪であり検察が間違っているという発想にはならないと思います。

以上の通り、今回の事案では、八田隆氏には脱税の意図はなかったと私は思います。

八田隆氏の裁判に関係される皆様におかれましては、上記3点を含む客観的な事実に基づき、八田隆氏の容疑の当否をご判断いただけますよう、よろしくお願いいたします。

池田禎尚」

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2012/09/24 Mon. 06:30 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (23/60) 福留浩太郎 

上申書 (23/60) 福留浩太郎

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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私は、2008年3月に申告書を提出した2007年分の確定申告で2億7500万円をほ脱したとされています。

それがありえないということを確信をもって感じることが出来る人間を一人挙げろと言われたら、私は迷うことなく彼の名前を挙げると思います。

我々二人は、その前年2007年の9月に前後してベア―・スターンズ証券に入社し、債券部共同営業部長として戦火をくぐり抜けた戦友だからです。

私は外資系証券に足かけ21年いましたが、ベア―・スターンズ証券入社後、会社が合併吸収されるまでの6ヶ月間が最もプレッシャーが大きく、最も忙しかった時間でした。

あまりの多忙さに、前年自分で四苦八苦してやった確定申告(それはその前年までの確定申告を前任の税理士が懈怠で申告していなかったため懲りたという特殊事情があったためですが)を、またやろうなどという気は全く起こらず、今思い起こしても、よく書類を税理士に提出することができたな、というくらいでした。

ベア―・スターンズ証券は、ゴールドマン・サックス証券、モルガン・スタンレー証券、メリルリンチ証券、リーマン・ブラザーズ証券に次ぐ、全米第5位の証券会社でした。ところが他社に比べ国際市場での出遅れが顕著で、そのテコ入れとして東京オフィスでは一大改編が行われ、その目玉が我々二人を同時に債券部共同営業部長として据えることでした。それまでは事実上空席(トレーディングとセキュリタイゼーション・グループのヘッド二人が兼任)で、長らくそのポジションの人間を探していたものです。

私のバックグラウンドが外債トレーディングであり、円債セールスというバックグラウンドの彼とのコラボレーションは、互いに補完するように機能しました。最初から人としてもウマが合い(なかなか両雄並び立つというのはこの業界では珍しいことです)、困難な大事業に一致団結して当たれました。

その当時、中国市場がアメリカの証券会社にとって国際市場では最重要市場と目されていましたが、各社苦戦していました。資本提携でお金は出すものの、ビジネスになかなかつながらなかったためです。ベア―・スターンズ証券は後発でありながら、先を行く競合他社をぶっこ抜く戦略を取りました。それが中国の証券会社(中国第4位のCITIC証券)との合弁会社設立です。

ここをクリック→ ベア―・スターンズ証券、中国CITIC証券と合弁

東京オフィスもその合弁会社の傘下となり、中国ビジネスを日本の投資家に供給するベストポジションにいきなりつけるという外資系証券会社の中での大躍進でした。

既存スタッフも、個人プレイヤーとしては、上がっていた数字以上に優秀な人材が多く、それまで会社がうまくいっていなかったのはフランチャイズ・バリューとチームとして顧客に当たるマインドの問題だと思ったものです。短期間の間にセールスのチームを倍増して、東京でも躍進するというまばゆいばかりのビジネス・チャンスに、二人してそれこそ粉骨砕身、日々の業務に没頭していました。

その会社が突然死したのは、入社わずか6ヶ月のことでした。私は、ロンドン出張に行っており、帰国して降り立った成田空港で買った新聞で、自分の会社が吸収合併されることを知りました。金融機関が破産するには時間は入りません。銀行が大規模な取り付け騒ぎに合えば、数日持たないのと同様、証券会社も短期の貸付を引き上げられれば、アメリカ第5位の証券会社といえども1週間はもちませんでした。

リーマンショックに先立つこと半年前、サブプライム問題に端を発する金融恐慌のまさに第一波でした。世界規模の激震の予兆がその時既にあったということです。

外資系証券マンとして120%の力を出し切って全力疾走していたまさにその時、そしてあの人生最大のチャンスを目の前にして、「脱税?ありえんね」ともし立場が彼と逆だったとしても私は言下に言い切るだけの自信があります。

彼の上申書はそうした背景で書かれたものとご理解頂ければ、より納得して頂けると思います。

「上申書

私は八田隆氏とは2007年8月に都内のホテルのレストランで初めて会いました。私と彼は同年9月からベアー・スターンズ証券会社東京支店にて共同債券営業部長として就任することが内定していました。その時は我々2人の顔合わせの機会でした。スーツ姿の私とは対照的に八田氏はやや派手な出で立ちで、スーツではないその服装に当初驚いたことを憶えています。一方、語り口は明快で、かつ裏表のない性格だということがすぐに分かりました。
 
当時、私は故郷にいる末期がんの母の介護をしていたため、東京と九州を行き来する日々を送っていました。そして、ベアー・スターンズへの入社直前にその母が他界し、私の出社日は1週間ほど遅れることとなりました。その間、海外からの来訪者の応対や顧客訪問を私の分までひとりで精力的にこなしてくれた八田氏の思いやりに私は感謝の気持ちでいっぱいでした。さらに、母の葬儀には代行として社員を1名派遣し、供花もいただきました。彼はそのような心配りのできる人です。
 
その後、ベアー・スターンズ証券がJPモルガンに吸収合併され、我々二人も会う機会が減りました。そんな中、金融業界の知人から八田氏の脱税報道の話を聞きました。正直、私は耳を疑いました。八田氏と共に働いたベアー・スターンズ時代、彼は社員による経費の無駄使いや不正使用について、強い改善意欲を示し、その発生防止に心を砕いていたからです。その人が自ら故意に申告しないというのは考え難いことです。また、普段の彼の正義感の強さに触れた経験のある者として、彼がそのような行為に及ぶことは想像だにできません。
 
私自身も外資金融業界に15年超の期間勤め、税務申告の難しさを痛感してきました。1990年代には税務署に申告方法を確認しようとしても正しい見解が得られず苦労しました。それほど一般的申告制度からは乖離した制度だったと言えます。
 
さらに、外資金融業界に対する世の中の偏見のようなものも常に感じてきました。「金の亡者」や「金のためなら何でもする」など、陰に陽によく批判されてきたものです。しかし、邦銀から転職してきた私から見て、それはほんの一握りの人あるいは事象のみを取り上げて全体の印象を形成された感が強いのです。私の周囲には真摯に業務に取り組み、顧客のために奉仕する外資金融業界の人々がほとんどでした。八田氏もこういう人々のうちの一人です。

業績がいい、収入が多いということで世間から叩かれることは日本の悪しき特徴のように思います。今回の裁判において、外資金融業界に対する、あるいは高額所得者ということに対する偏見および批判が、判断基準の基礎とならないことを祈っています。個人的にはそうでないことを信じています。
八田氏が故意に脱税しようとしたか否か、これは本人にしか分からないことではありますが、リーマンショック後の厳しい環境の中、共に顧客のために奔走し、共に社内改革を進めた同志として彼が故意ではなかったことについて強い確信があります。
 
さらに、もし私が裁判員であった場合、かつ八田氏をよく知らない立場であった場合でも、本件の状況を鑑みて、彼が故意であったことを立証できる根拠は極めて薄いという印象を持たざるを得ません。300名の対象者のうち100名にも及ぶ申告漏れがあった事実、人事部が十分な説明をしていなかったことを認めた事実は、本件を考える上で、重大な判断の根拠となり得るものだと考えます。依って、私の判断は、八田氏は無実です。
 
正しい納税は国民が順守すべき義務です。故意か否かに依らず、申告漏れがあったことに対する責任はあると考えます。ただ、この点につきましても八田氏は社会的制裁は既に十分に受けていると思います。故意か否かの根拠が曖昧なまま、これ以上彼を追求することに社会的意義があるとは私には思えません。
 
何卒、公明正大なるご判断をお願いいたします。

福留浩太郎」

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2012/09/23 Sun. 17:20 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (22/60) モレン淑子 

上申書 (22/60) モレン淑子

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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私はまじめな人間が好きです。「まじめ」というと、杓子定規でKYな奴という様に取られかねないので、言い換えれば、「生きることに一生懸命な人」です。

飲み屋でばか騒ぎしていても、真面目な話題になると突然顔付きが変わるような人が好きです。そういう人とはこちらも心して相対せねばならぬため、心地よい緊張感があるものです。

そしてそういう人ほど、他の人の人生に対しても敬意を払っています。上申書を書いてくれた60人はまさにそういう人たちだと思っています。

逆に、私が嫌いなのは、人生をなめている奴です。いきあたりばったりで、どうにかなるだろうという甘い考えを持っている人間です。「生きる」ことの大変さ、気高さを理解していない奴にろくな奴はいません。

そうした人間は他人の人生も軽視しがちです。

極端な例を挙げれば、北朝鮮の拉致実行犯です。彼らの言い分は、「国家のため。将軍様が言うのだから仕方ない」とでもするのでしょうか。

国税局査察部の取り調べで、「我々の仕事はあなたを告発することです」と言った統括官に対し、私は「あなた方は仕事は真面目かもしれないが、人間としては実に不真面目だ」と言いました。彼らの論理は、私にとっては北朝鮮の拉致実行犯のものと寸分違わぬように思えます。

今回紹介する上申書を書いてくれたのは、私の古くからの友人ですが、私の言うところの、実にまじめな奴です。更に最近パワーアップしたのは、母親としての慈しみまで加わりました。時折もらう応援メッセージにそれを感じます。

私の個人的マイブームは2年前始めたゴルフですが、昨年夏に石巻にボランティアに行ったことをきっかけに、遼ちゃんにならってバーディー募金を始めました。私としては、昨年末までの時限イベントのつもりだったのですが、年が明けてから、「今年もバーディー募金を続けてくれるとうれしい」というメールが届きました。彼女の全方向的な慈しみに敬意を表して、バーディー募金継続中です(なかなか募金に至っていないのが残念ですが)。

「上申書

私、モレン淑子は八田隆さんの無罪を主張いたします。

その理由は以下の2つの理由により脱税に故意はなかったと判断するからです。

一つ目は故意に脱税をする理由が八田さんにはないということです。

脱税の目的は一言で言えば収入をより多く得るため。八田さんが収入を脱税によりより多く得たいという理由があったとすれば、1.もうこれ以上働きたくない、または近々引退の予定があり今後収入が見込めない。将来まだ金銭的に不安が残る。2.もっと贅沢したい。

1に関して言えば、40代の働き盛り、ベアスターンズ在職中にニューヨークでお会いした時も、マネージングディレクターというタイトルを持つ人のプレッシャーをまるで楽しんでいるかのように忙しいながらも充実された毎日を送っていらっしゃるようでしたし、ベアスターンズ退職の後、ニューヨークで再びお会いしたときもどこかの会社の最終インタビューを翌日に控え働く気マンマンでした。おそらくその会社に決まり、今後は香港勤務になる可能性が強い。大変な仕事だと思うがとてもやり甲斐があると言っていた八田さんが、本人も言っているように1~2年で稼げるような金額のために人生賭けてまで危険を冒し脱税を試みるほどバカな人ではないと断言できますし、もし万が一故意で脱税しようとするなら、少なくとも本人名義で税務署が把握しているような口座への送金はしないだけの知識は最低限持ち合わせている人だと思います。そして頭のいい八田さんのこと、きっとより巧妙な手口を使い、そして万が一ばれた時のことも考えて様々な布石を打っていたでしょう。しかし実際の八田さんは常に前を向き、次の仕事へと情熱を燃やしていました。よって将来的金銭不安から脱税を考えるというようなことは決してなかったはずです。

2については、他の方もおっしゃっているように八田さんは贅を尽くすような生活を好む人ではありません。私が八田さんと初めて出会ったのは八田さんがまだソロモンブラザーズに勤務されていた頃ですが、当時も外資系証券のエリートサラリーマンということでそれなりのお給料をもらっていたと思うのですが、用賀のマンションは狭いワンルームでしたし、八田さんと一緒にごはんを食べる時はたいてい居酒屋でした。八田さんに一度「いつもジーンズだな」と言われたことがありますが、職場へは99%ワンピースを着て行く私でも八田さんとの食事は場所に合うジーンズに着替えて出かけていました。新橋で一度食事をしたときは路上で配っていた割引券の居酒屋だったこともあります。

八田さんは当初は鎌倉に家は持っていませんでしたが、贅沢だと言っていたバケーション用のアパートを最初に鎌倉に借りたのも離れて暮らしていた息子さんと一緒に週末を楽しく過ごすためだったと記憶しています。

一度車で一緒に出かけた時に降りる予定の一つ手前の高速出口で降りたので、「どうして?」と聞くと「ここで降りると60円(…だったかどうか覚えておりませんが微々たる金額でした)安いから」と外資証券で働く人の私の勝手な像を木っ端微塵にしてくれたこともあります。

クレディスイスで働き始め、ファーストクラスの飛行機でニューヨークへ出張に来ていた時でさえ、八田さんのニューヨークでのお買い物はアバクロの安い水着(この数十ドルでさえもかなり迷い、その日は決心がつかず、私は翌日時間のない八田さんのかわりに再びアバクロに出向き、彼の水着を買いホテルに届けるというメッセンジャーをさせて頂きました)やご自分のビタミン剤、息子さんのお土産にカルシウム入りのキャラメルビタミン剤、デンタルフロスといったもので高級ブランド買いには程遠いお買い物でした。

以上のように極めて普通のサラリーマン金銭感覚の持ち主かと思いきや、次のようなこともありました。

私が30歳後半にしてニューヨークに来て、再び大学生となり学位を取った後、もう少し専門的に勉強するために別の大学へ行くことを考え始めました。が、ニューヨークの生活費だけでも毎月ぎりぎりでこれに学費となると到底無理だと言う話を出張でニューヨークに来ていた八田さんに話した時に「1000万円くらいなら貸してやるよ」とまるで数万円貸すような調子で家族でもない、数年ぶりに会ったただの友達の私に言ったのです。「借りてもすぐに返せるかどうかわからない」と言うと、「出世払いでいいよ。」と。結局八田さんから借りることはありませんでしたが、八田さんの性格なら出世払い、無利子は大いにありえたと思います。

贅を尽くす生活を好む人ではないけれど、自分の持ってるお金をあっさりと人に差し出す、不仲になっていた弟さんのために借金を返してあげたり、人生波乱万丈の私に1000万円を出世払いで貸してくれようとしたり、決して自分の欲のために不正をしてお金を溜め込むような悪人ではありません。

脱税に故意がなかったとする理由の二つ目は、Option Exercise Formの記載について八田さんが主張する社員各個人に申告義務及び納税義務があるということを理解せず但し書きの設問を斜線で消したということは信じられるということです。

第一に、クレディスイスで調査を受けた約300名のうち約100名が海外給与を正しく税務申告せず無申告であったことは明らかに会社からの指導が行き届いておらず、申告・納税義務を知らないものが多数であったという説がもっともだと思います。

八田さんと同じようにこの但し書きを斜線で消しておきながら、正しく納税できていなかった方はどのくらいいるのでしょうか?その方々も皆故意に脱税の意思があったと言えるのでしょうか? 又、斜線で消した人も消していない人も含め一体何人くらいの人がこの但し書きを正しく理解していたのでしょうか?

きちんと申告していた200名の方にどのような理由で海外給与の申告・納税義務を知ったかと聞けば、税務説明会に出て知った、前に勤めていた会社でも株式報酬による海外給与があったから、いつも任せている税理士から海外給与の有無につて聞かれて知った、などがあるのではないのでしょうか。八田さんは税務説明会に出てもいなければ、株式報酬による海外給与を受けたのはクレディスイスが初めて、そして八田さんの税理士の方からも株式報酬による海外給与についての質問はなかったと思われます。八田さんと同じような経験をし、株式報酬による海外給与の申告・納税義務を知る機会がかなり限られたものであったという人たちが100名いたとしても全く不思議ではありません。

第二に申告義務及び納税義務があるということを理解せず但し書きの設問を斜線で消したと信じられる理由は、逆に八田さんがその意味を理解したという確固たる証拠がないことです。

まず、八田さんから相談を受けたかどうか思い出すことかできないと言っているシンガポールの経理部の女性の、「もし相談されたのであれば、きちんと説明し斜線を引くようアドバイスした」という部分だけを確かな証拠とするのは無理があります。

また、その説明があったとしても、その内容が八田さんが申告・納税義務があると説明されたのと、ただ単に会社は源泉の義務がないということだけを説明されたかでは大きな違いがあります。

例えば、高校は義務教育ではないので、高校へ行く義務はありません。しかし、中学を卒業した子供は高校へ行く義務はない=中学を卒業した子供は高校へ行かない、ではなく、高校へ行く子供もいるし、行かない子供もいる。

上記の例を当てはめると、会社に源泉の義務はない、は、会社は源泉しない、と100%イコールではないということです。

経理部の女性が八田さんから相談を受けたかどうか自体思い出せないと言っている以上、その説明が、会社に源泉の義務がない、だったのか、八田さんが申告・納税の義務がある、だったのかは彼女の中でもっと曖昧なのではないでしょうか。

仮に会社に源泉の義務がないというだけの説明であったのなら、本人に申告・納税の義務があるということを理解していなかったとしても無理はありません。

Option Exercise Formにも本人の申告・納税の義務があると明言されておらず、会社に納税の義務がない旨だけの記載であったことも同様です。

以上のように経理部の女性の方の八田さんから相談を受けたかどうかという記憶が曖昧である以上、その際きちんと説明したと言う彼女の説明内容は信憑性を欠くものであり、またOption Exercise Formの文章の記載自体も曖昧さがあり、正しい意味を理解し設問を斜線で消したと理解するには難しく、そこに脱税に故意があったと判断するには至らないと思います。

以上、八田さんに脱税をしようとする理由がないこと、そして申告義務及び納税義務があるということを理解せず但し書きの設問を斜線で消したという八田さんの主張は信じられる、という2点から八田隆さんには脱税の故意はなく、八田隆さんは無罪であるということを主張致します。

モレン淑子」

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2012/09/22 Sat. 18:34 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (21/60) 寺村栄里香 

上申書 (21/60) 寺村栄里香

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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ここまで20通の上申書を紹介してきました。少しひと休みではないのですが、ゆるーい上申書をここで紹介させて頂きます。私の中・高校同級生からの上申書です。

我が高校の剣道部の連中は、実に気のいい奴らが集まっています。しかも揃いも揃って変わり者。私は剣道部ではありませんでしたが(硬式テニス部)、先日東京で行われた、私の学年の剣道部のミニ同窓会に呼ばれて、久しぶりに彼らと会って、それを再確認しました。彼女もその一人です。

今年は高校卒業30周年ということで、10月末に学年同窓会が地元であります。丁度、その日程が次々回公判の直前ということもあり、カナダだから帰国して同窓会に出席しようと思っています。

最近、フェイスブックにその高校学年グループページが立ち上がり、カメラ小僧だった友人の撮った写真が多数掲載されて、バーチャルな同窓会気分で毎日盛り上がっていたものです。

今でもそのページはあるはずなのですが、残念ながら私はもう参加していません。レッドカード退場です。

調子に乗ってコメントしていたところ、管理者の同級生から「八田君のコメントにクレームが来てる」と言われ、「俺は自分でかげ口を叩くことは嫌いだし、他人に叩かれるのも嫌いなんだ」と逆切れしてグループを抜けてしまいました。

クレームを「かげ口」と我田引水の論理で決めつけ、自分の過ちを認めなかったものです。国税局や検察のことは言えないな、と反省です。

ここで引用されている同じく中・高校同級生からの嘆願書はこちらです。

ここでクリック→ 吉村佳美嘆願書

また文中の「マニラに在住の方」とは、私の友人で「ゆるゆるマニラ生活」なる、ゆるーいブログを書いています。

ここをクリック→ ブログ「ゆるゆるマニラ生活」

でも漫画好きでコミケを知らなかったからといって、常識がないと言われるのもなあ。

「上申書

八田隆氏は、かつて高額納税者であり、現在は巨額の申告漏れ、起訴状によれば「脱税」ということで起訴されております。私は、その八田隆氏の中学・高校時代を同じ学校で過ごした同級生の一人です。

私は言葉を操るのが苦手です。記憶力もあまり良くありません。たぶん曖昧模糊とした表現しかできません。したがって私の書く文章に何か説得力があるとは思えないのですが――

けれども人の人間形成に大切な人生の始まりの時期の六年間を身近なところで過ごした者として、八田隆氏が「故意に脱税した」という事実は「ない」と断言できます。

三つの理由が挙げられます。一つは八田氏が「わざと良くないことをするような人間でない」こと。二つ目は八田氏が「非常に賢く抜け目のない人だが、世間で常識と思われるようなことでも知らないことがよくある」こと。そして三つ目の理由は、八田氏を含めて「外資系企業の営業とは非常に多忙なものである」それを、私は実際に見てきていることです。

第三の理由からご説明しましょう。二〇〇七年(平成十九年)、それはまさに八田隆氏が「巨額の脱税をした」とされる調査期間の中の最後の年に当たります。その年の秋十一月に、私たちの卒業した高校の同級生の卒業二十五周年の同窓会を開いています。

その同窓会の準備のために、東京在住の同窓生で幾度か会合を持ちました。八田氏もその会合に幾度か出席しましたが、同窓会の当日も含めて、八田氏は常にシンガポールや香港など、東南アジアの客先へ行く用事があった様子で、多忙を極めている様子がうかがえました。

私は自分がかつて外資系企業に十年間勤務しており、そのとき営業部の人と仕事で関わることが多かったので推測できるのですが、営業部の人は、昼間は社内の椅子に座る暇はほとんどありません。メールもなかなか読みません。午前中は客先へ、午後の早い時刻は社内での会議などに出席し、午後の遅い時刻にようやく自席に戻ってメールなどを確認し、終業時刻より遅くまで社内にいるときは客先で見せるための資料作りをしている。そして終業時刻が終わってもすぐ家に帰る者は多くはなく、週の三、四日は顧客の接待などをしている。――だいたいそうした生活を送っているように見受けました。

私は自分のいた外資系企業一社の事情しか存じませんが、私のいた会社は世間には名を知られていましたが、社員数(日本法人のみで)四百人程度の中小企業でした。その企業では、営業部の部長以上、役員や社長に至るまで、社内にいる時間をのんびり座って過ごせる者など一人もいませんでした。

ですから、八田隆氏がクレディスイス証券という会社の部長などを務めて、非常に忙しかったのも事実でしょうし、英文の細かいメールなど一字一句漏らさず読む暇などなかったというのも当然だと思います。

実際、クレディスイス証券の「集団申告漏れ」事件では、約七百人の社員のうち三百人が申告漏れで調査され百人もの人がほぼ無申告だったと聞いております。

私のおりました外資系の会社でも、一九九〇年代の半ば頃、まさにクレディスイス証券と同じように、賞与等を本社の株式で付与された社員が二十人程度税務署に呼び出されたことがあったことを記憶しております。仕事が多忙を極める中、能力給だの出来高払いだのと称して優秀な営業マンが高額の給与を手にしたというのに、会社側で源泉徴収の手続きを怠ったばかりに、多くの有能な社員が自己申告の義務を知らずに追徴課税を科されるというのは、ずいぶん残酷なことだと思ったものです。

二つ目の理由をご説明しましょう。まずはいささか抽象的な話になってしまうのですがご容赦願います。八田隆氏は起訴される以前からインターネット上にブログのサイトを開設しています。このブログを通じて私自身、幾人かの知己を得ました。その中には顔も知らないままに、ブログ上で親しくしていただいている方もいます。

マニラに在住の方もそんな一人です。彼女とは「八田氏は意外に常識を知らない」という点で意見の一致を見ました。そのやり取りの一部をここに引用いたします。

(私から彼女へ)

八田隆氏のイメージは、「頭が良くてオッチョコチョイで人気者の隠れ女たらし」ですね。

普段は、誰もが認める超優等生。だけど、ときどき「それ常識でしょ?」というレベルの、ごく普通の知識が、スポッと抜けている。

正義感が強くて、公然と人を攻撃したりもするけれど、自分が間違っていたことが判ると、逆にみんなの前で「ゴメン俺が悪かった!」と素直に謝れる人。基本的に手も口も早い人なので、早とちりのオッチョコチョイという面がありました。

だいたい明るくて、お喋りで、はたで見ていても退屈しない人なので、みんなから愛されていました。
(中略)
――あ、ちなみに「隠れ女たらし」というのは、私の記憶から導き出されるイメージです。

放課後など、一人ないしは数人の女の子を相手に喋っている八田氏の姿をよく見かけたからです。当人は、女の子を誑し込んでいるという意識は全然なかったでしょう。いうなれば「天然」ですね。

彼が常日頃から陰に隠れてコソコソやっていたという意味ではありません。何卒みなさまの誤解のなきように。

(彼女から私への返信)
(前略)
ですね、理論では勝てないけど「は?そんな事知らないの?」って感じで ( ´艸`) まあ、だから愛嬌があっていいのでしょうか?

私は大学生以降しか知りませんが…ぶいぶいでした(笑)「東大って言うと持てないから「略して東大」とか言っちゃって」みたいな…。堂々と…?な…?f^_^;

そうかー頑固ではないですかー。そうですね、自分をとっても、きっと、家族から見る目と、友人達から見る目、元の同僚達から見る目、それぞれ違うんだろうなあ。

まあ、彼については、応援している人たちに共通するのは「そういうところもあるけど、憎めないよな」「相変わらず全力投球だな。がんばれ!」なんでしょうね。
(後略)

ところで、私は世間で言われるところの「オタク」と呼ばれる人種の一人です。世にオタクと呼ばれる人間は「パソコンおたく」や「アニメおたく」などいろいろいますが、私は「漫画おたく」と呼ばれる人間です。

つい先日、八田氏と会ったおり、八田氏の御子息が「同人誌即売会に行くこともある」という話を聞きました。その話の流れで、私は日本最大の同人誌即売会である「コミックマーケット」のことを言いましたが、八田氏は「コミックマーケット」についてはまったく知らない様子でした。

「漫画好き」を自称しながら、「コミックマーケット」を知らないとは…と、改めて八田氏のピンポイントな「常識のなさ」を再認識した次第です。

ですから、八田隆氏は、「必要がある・興味がある」事柄に関してはとことん調べ研究し尽くすので何でも知っており緻密に記憶しているのですが、「必要がない・興味がない」ことに関しては、本当に知らなくて、抜けているのです。

八田氏が、金融関連の企業に二十年も勤めながら、納税に関しては無知に等しい状態だったというのも、私には妙に納得できるのです。

順序が逆になりましたが、最後に第一の理由をご説明しましょう。

エピソードとしては、他人の褌を借りて相撲をするようなものですが悪しからずご了承いただきたく。

先述の、八田隆氏の建てたブログのサイト上に、八田氏のために書かれた「嘆願書」が幾つか掲載されています。その中で、吉村佳美という人の嘆願書がありました。彼女もまた私たちと同じ高校の同級生です。

吉村佳美氏の嘆願書には、彼女が高校二年の体育祭で負傷した後で、八田氏ともう一人の同級生の男子が彼女の元へ謝罪に行った顛末が書かれています。

私は彼女の嘆願書を見るまで忘れていましたが、この事件のことはよく覚えています。というのは、八田氏ともう一人の同級生男子S君が謝罪に行っている間、(一学年は三学級ありましたが)どの教室も大騒ぎだったからです。

吉村佳美氏の嘆願書にあるように、八田氏が謝罪に行かなければ、誰のせいで彼女が負傷したのかは判らなかったかも知れませんでした。そして、八田氏に同行した同級生男子S君は、私とは同じ小学校の出身(しかも三年から六年まで同じ学級)だったので、性格など良く知っている人でした。

八田氏とS君の両方――当時はむしろS君のほうを私はよく知っていましたが――の性格からして、「謝罪に行こう」と積極的に働きかけたのは八田氏のほうだろうと思います。S君は、外面はいいのですが、良いにつけ悪いにつけ(かなりの確率で勝算が見えないかぎり)自ら率先して動くタイプではありません。

正しいことと正しくないことを明確に選り分け、その当事者がたとえ自分自身であっても糾弾することに躊躇しないのは、八田氏の大きな長所だと思います。

以上の理由から、私は八田氏が「不注意または無知のため申告漏れ」をしたであろうことは推測できますが、「故意に脱税した」などということはありえないと考えます。

寺村 栄里香」

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2012/09/21 Fri. 07:02 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (20/60) ジョワ由紀 

上申書 (20/60) ジョワ由紀

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

「意志あるところに道は通ず "Where there is a will, there is a way."」という言葉は私の信ずるところです。しかし、収入に関しては、全く逆の、私ながらの哲学というかジンクスがあります。それは、「意識した目標には到達することはない」というものです。

例えば、会社同僚で30億円のボーナスをもらったという者がいて、それをうらやましいとか、どうしたら自分もそのレベルに到達できるのだろうと思った時点で、そのレベルには到底辿り着くことがない、ということを私は知っています。「意識する」というのは、「意識的に意識しない」という状態も含むのがポイントです。

今回紹介するのは、私の25年来の友人からの上申書ですが、私が社会人になりたての頃の「1億円トレーダー」の夢ということが書かれています。自分ではこの上申書を読むまで全くそうしたことは忘れていたのですが、忘れていてよかったなと思います。先のジンクスに従えば、もし覚えていれば、それを実現することはなかったかもしれないからです。

それは自分では納得できるものです。もし「1億円トレーダー」の夢にこだわっていたならば、私が最初に就職していたソロモン・ブラザーズ証券に、14年間も在籍していなかったはずだからです。

ソロモン・ブラザーズ証券は外資系証券ですが、東京オフィスの新卒入社組の給与体系は(後述するプロプラエタリー・トレーディング・デスクを除き)年功序列的なところがあり、私がソロモン・ブラザーズ証券に在籍していた時には、年収が1億を越えることはありませんでした。しかし、当時、それを望めば簡単に手に入ることは知っていました。他社に移籍さえすれば、年収は2倍から3倍になることを私は知ってたからです。そして、ソロモン・ブラザーズ証券に在籍していた14年の間には、「1億円トレーダー」の夢を持っていたことさえ忘れていました。

結局、会社が日興証券と合併したことがきっかけで、日本の企業風土になじまないものを感じた私はソロモン・ブラザーズ証券を離れることになりました。クレディ・スイス証券での年収は、入社時の契約こそソロモン・ブラザーズ証券での1.5倍でしたが、実際のパフォーマンスが反映した2年目には既に2倍を越え、最終的には私の年収をソロモン・ブラザーズ証券退職時の4倍以上にしました。

外資系証券の世界は、会社の浮沈も激しく、クレディ・スイス証券移籍以前、ソロモン・ブラザーズ証券在籍時に私に高額の移籍料を提示した会社は、早々と東京市場から撤退していったものです。それゆえ、「1億円トレーダー」の夢を実現できたのも、その夢を忘れていたためなのではないかと思います。

そこまで達観できたことには、実は複雑な事情があります。ここではその話をさせてもらえればと思います。

私のソロモン・ブラザーズ証券、クレディ・スイス証券での職種はトレーダーという、商品(米国モーゲージ証券)の在庫管理と値付けをする仕事でした。

このトレーダーには、2つの種類あります。私は、顧客の注文に対して値付けをする「カスタマー・トレーダー」でしたが、会社の資本を運用・投資して稼ぐ「プロプラエタリ―(自己勘定取引)・トレーダー」もいます。後者の「プロップ・トレーダ―」は、完全出来高制の給与体系で、業界の中でも特に高給取りというのが常識です。同期にもそうしたプロップ・トレーダ―がいて、うらやましいと思うこともありました。

ソロモン・ブラザーズ証券でのプロップ・トレーディング・デスク(ソロモンでは「アービトラージ・デスク」と呼ばれていました)の総ヘッドは、金融の人間なら知らない人はいない、後にヘッジ・ファンドのLTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネージメント)を創立したジョン・メリウェザーでした。

ここをクリック→ ジョン・メリウェザー Wikipedia

NYのモーゲージ・アービトラージ・デスクの中に、私が苦手としている人間がいました。私が新人の時に、仕事以外のことで他人の面前でけなされるちょっとした出来事があり、それ以来苦手意識を持っていました。冒頭のボーナス30億円の話は単なる例え話ではなく、彼のことを言っています。ある年に、彼のボーナスが当時の日本円で30億円を越える金額ということが報道され、あまり気分がよくなかったことを覚えています。私が入社してまだ4-5年とか、それくらいの頃だったと思います。

それから随分時間が経ち、彼のことなど忘れていたのですが、久しぶりにソロモンの同僚のアメリカ人から彼の名前を聞くことがありました。

「フィッシュ(A. フィッシャーという名前の彼のニックネームです)知ってる?」

「勿論」

「どうなったかは?」

「知らないね」

「彼が運転するクルーザーで事故にあって、自分の息子が死んで、彼は片腕失ったんだよ」

それを聞いた時、本当に震撼しました。確か酔って運転していての事故だったと思いますが、自分の過ちで自分の息子を失う痛み。そして、自分も片腕を失って、その不自由さにより自分の息子を失ったことの記憶から逃れることができない辛さ。想像するだけで怖ろしくなりました。

下卑た言い方をすれば、「人間の幸せって金じゃ買えないんだな」と思ったものです。年間30億円のボーナスをもらおうが、そんなことは何の意味もないということが身に沁みて感じられました。

私の好きな言葉に、チャップリンの「人生には夢と希望と少しのお金があればいい」というものがあります。お金は全くないのは困りものですが、あり過ぎても困るということなのだと思います。「少しの」というところがミソです。そしてこの言葉は、彼が成功してからの言葉であることがなかなか深いなあと思わせるところです。

既に4年もこの問題にかかずらっています。その間に得た内定も告発の報道で取り消され、今後も金融の世界では事実上再就職の道を絶たれたことは、経済的には相当のダメージなのでしょうが、それ以上の「プライスレス」なものを得ているような気がします。嘆願書や上申書はそれを確認させてくれます。ソロモン・ブラザーズ証券を14年間離れることがなかった自分だから納得できることです。

「上申書

私は八田隆氏とは、1986年に彼が就職活動中に採用を通して知り合いました。当時私が企業の採用担当で、彼が大学生として説明会にやってきたのがきっかけです。残念ながら、私が勤めていた企業ではなく、ソロモンブラザースに入社されましたが、その後数年間はスキーに出かけたりおつき合いさせて頂きました。私が日本を離れる事になった1998年頃までは、全く会わない年もありましたが、会えば「よお、元気か?」と昔と変わらない良い友人関係を築いてきました。

その後、私は海外に出て10年ほど全く音信不通でしたが、3年ほど前に久しぶりに連絡を取る事ができ、その時は「査察が入ってね」という話を伺い、私も楽天的な人間なので「高額納税者は大変だね、狙われちゃって」という程度に聞き流していました。たまたま日本に帰国していた時、2010年の2月でしたか私の友人で彼を知る人が「テレビを見たか?(八田氏が)告発されたぞ。しかも実名報道されて」と教えてくれ、本当に驚いたのは今も記憶しています。

告発された事で八田氏もカナダから帰国して、本当に久しぶりの再会の中、査察から告発に至るまでを本人から聞く事になりました。一通り説明をした後、彼に「俺が(脱税を)やったと思うか」と質問されました。

その時は正直に「暫く会ってないし、私には判断できない、わからない」という旨の返事をしました。査察がどういうものなのか、私には映画「マルサの女」程度しか知識がありませんでしたし、国税が査察をして告発という以上、なにか疑惑があるからだろうとも思いましたし、一方で、でもそんな脱税のような手のかかる面倒な事を彼がやるかなあ?というのが本音でした。

その後、自分なりに国税とは検察とは、様々なケースを調べて読んでみました。意識して客観的に八田氏の事も判断するように考えました。脱税とは何か?を曖昧にしか知らなかった私なので、税金をきちんと納めなかった=脱税と考えていたくらいです。今では、それは単なる「過少申告」であり、脱税の要件は「故意である事」であると理解しました。実際、周りの人たちにも話してみると意外に「脱税」についてきちんと知る人は少ないように思います。

脱税が「偽りその他不正な行為により納税を免れる行為」であり、申告漏れは「計算間違いや所得を得ていた事を知らなかったり、所得が申告すべきものであると知らずに放置し」云々とあります。

とにかく、好きな事興味のある事には時間もお金も惜しまないで突進する、そのための努力も惜しみません。現在はワインとゴルフがその対象のようですが、ワインに関しても相当の知識があるようですし、ゴルフへの執着にもゴルフを嗜む者として、笑いを抑えられない事があります。

反面「興味のない事」に対する無関心さにも、一般の人には理解しがたいものがあります。長年の知り合いとして、昔話も出ますけれどもすぽんと記憶が抜けている期間や、事柄があり、これも「彼だからそんなものだろう」と理解している私ですら、驚いて言葉に詰まる事もあります。一つの細かな事象を忘れる事は人間よくあることですが、彼の場合は「その対象全て」を忘れる事がままあります。後から考えると「その対象全て」に興味がなかったのだろうと。

例えば、彼は私の亡妹とも何度も面識があるのですが、名前を覚えない。これには妹も呆れて「いい加減名前覚えてよ」と憤慨していました。妹の家族である私の義弟や甥ともスキー旅行をしたり、義弟とは八田氏も二人きりでスキーにも出ているのですが、義弟の事がその後話題に上がっても「名前、なんだったっけ?」。この人は本当に記憶障害があるのでは?と思った事も何度かあります。旅行に出て、何を食べたか、いつ行ったか程度を忘れる事は人間、それぞれありますが「え?(妹の)家族でスキー行ったっけ?」とか、その「事柄そのもの」がすっぽり抜けるというのには、呆れるのを通り越して、とぼけているのでは?と、詳細を思い出させるように話すと、時には「あー、そう言えば…」と思い出すような、それでも大概「いや、忘れた」。

違うのです、八田氏の場合は「忘れた」のではなく、興味のない事柄には最初から「記憶に残す」術がないのだろうと思います。恐らくは彼の脳内でははっきりと「興味のある」部分と「興味のない」部分に別れて、行動一つ一つがその都度、選別されているのではないでしょうか。

ソロモンブラザースに入社直後に「1億円トレーダーになりたい」と言っていた事があります。恐らくは彼の目標がラフに「1億円」であって、超えたその後はその事柄に対する興味がなくなったのではないでしょうか。その頃には、金額よりも仕事そのものが「自分の最大の興味」だったのだろうと推測します。「年収」がその時点で「興味のない」部分に分けられてしまったのでしょう。

6月に第三回目公判を傍聴しました。彼の性格云々を別にしても、あまりに無理のある裁判ではないだろうか、というのが率直な気持ちです。

一つの会社から多くの社員に申告漏れが発覚し、そうなる経緯として会社の指導が十分であったのかという点には大きな疑問があります。私自身が長年外資系の人事に在籍していたため、尚更に、会社に責任はなく、全ては個人の責任であるという主張には納得がいかないものでした。

これまで彼のブログも精読してきましたが、検察は『合理的な疑いを越える』だけの立証をしていないと思われます。前述した通り、私なりに八田氏が告発されてから、脱税についてのケースを調べましたが、脱税を立証するために必要な「故意である」事実が見当たりません。

告発からこれまでの3回の公判を通しても、見えてくるのは「会社で多くの申告漏れが出た」「その中でその年に一番所得の多かった人間が告発された」つまり、これほど多くの社員が申告漏れしている会社で、誰も脱税者としてあげないのは、国税局としてまずいのではないか?そのために、一番所得が多い人間を見せしめとして上げておけば、とりあえず世間には収まりがつくだろう、そんな見方をする私は特別でしょうか?

そうは思いません。恐らく、この事件の詳細をきちんと知った人の、その全ては私と同じ結論に至ると思います。この事件が「裁判員裁判」であったならば、つまり私と同じような一般の常識を持ち、一般の目で見て、一般の頭で考えたら、八田氏の無罪は火を見るより明らかです。

彼は既に「年」単位での時間を無駄にしています。決まりかけた仕事も、告発された後という事で断られたとも聞いています。この公判の間も勿論無職です。一方で彼を応援していると、冤罪と戦う事が、彼にとって「一番の興味事項」になっている事にも気づきます。この「冤罪」は彼自身の件だけではありません。実に様々な冤罪事件を調べ、顔を出し、真摯に他の冤罪事件と戦う方々を応援しています。そう考えると彼の時間は社会的には「無駄」ではないのかもしれません。

それでも、明らかに無罪である人間の一分一秒を大切にしていただきたく、ここに上申書を認めます。

ジョワ由紀」

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2012/09/20 Thu. 07:24 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (19/60) 和気香子  

上申書 (19/60) 和気香子

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

私のブログを読んでいらっしゃる方は、もう既に「推定無罪」に関しては充分にご理解頂いているかと思います。

ここをクリック→ #検察なう (159) 「疑わしきは被告の利益に」

そして有罪認定の際のハードルとなるのが、「合理的な疑い」というものです。有罪を認定するには、疑問の余地なく真っ黒である必要がある、というのが近代刑事訴訟法上の大前提です。

色の濃淡というのは、感覚的ですが、便利な概念です。真っ白と真っ黒の間にある状態をイメージしやすいからです。その色は「グレー」と呼ばれます。そして推定無罪原則を理解すれば、グレー=無罪であることには全く疑問の余地がないことはお分かり頂けるかと思います。

グレーというからには、怪しいと思うべき点があることを示しています。証拠の有罪方向での確からしさが、「合理的な疑い」を越えないために、真っ黒ではなく、グレーというものです。では、そのような証拠がいくつもあった場合はどうでしょうか。

例えば、上に添付した私のブログでは、(「非常に乱暴だが」という条件付きで)「合理的な疑い」を越える有罪の確からしさは、少なくとも95%は欲しいというようなことを書きました。しつこいようですが、これは何ら確立した法律論ではなく、私の私見です。

もしそれが法律家のイメージとしてあるとして、有罪の確からしさが80%の証拠では、有罪とするには足りないことが分かります。それでは、80%の有罪の確からしさのある証拠が二つあればどうでしょうか。逆に無罪の確からしさは20% x 20% = 4% となって、有罪の確からしさが95%を越えるのでしょうか。

結論から言うと、そうではありません。「グレーをいくら重ねてもグレー」、つまり「合理的な疑い」を越えない証拠をいくつ集めたところで、所詮、それらの証拠は有罪の認定には足りないということになります。それこそ、それらの証拠が10集まろうが、100集まろうが、所詮はグレー。即ち有罪とはなりません。

しかし、私はそこには例外もあると思っています。例えば、ある証拠が、ほかの証拠の足りない部分を補完する場合、つまりある証拠の80%の有罪らしさが、ほかの証拠の20%の無罪らしさを打ち消す場合に限っては、「合わせ技一本」ということが言えると思います。

その場合でも、まずその「合わせ技」の適用には慎重であることを前提として(推定無罪原則は、法治国家というためにはそれだけ大切なものです)、それぞれの証拠そのものがある程度の証明力を持っている必要があると思います。つまり、10%の有罪らしさの証拠のような、立証事実から遠い間接証拠を1000集めようが1万集めようが、それで有罪を立証しようとすることは、司法制度を愚弄する行為です。

勘のいい読者はお分かりかと思います。私の言わんとすることが。私の公判で、検察が行おうとしていることがまさにこの司法制度を愚弄する行為なのです。「薄~~~いグレー」をいくら重ねても、「あれ?グレーかな?白に見えるけど」という話です。これから行われる私の公判での、被告人質問における彼らの反対尋問や検察論告求刑での、彼らの論理に注目して下さい。

今回紹介する上申書では、更に斬新な色の議論です。「白はいくら割引いても白」というものです。

私は法律家ではありませんが、彼女の書いた判決文は、完璧のように読めます。法曹界の方、誰か突っ込んで頂けないでしょうか。

「上申書

私が大学4年、就職活動をしていた時に、ソロモン・ブラザーズ証券のリクルーターとして対応して下さったのが八田氏です。私は当該証券に就職することはなかったので、就職活動を終えてからはお会いすることもなく、その後音信不通でした。

約四半世紀を経て、2011年4月に再会した時にはじめて事件について聞きました。八田氏から話を聞いて、最初に頭に浮かんだのは「それって、システム的な問題じゃないの?」でした。それから、「あ、この人本当のことを言っている」と直感的に思いました。“直感”は、過去の経験が積み重なった経験値からくる瞬時の判断と私は考えており、非常に重視しているものです。その後、「やってないものをやったとは言えない」を貫く八田氏の姿勢に共感し、折に触れ、事件の応援をしてきました。

この度、上申書を書くにあたり、私が裁判官だったらどう判断するのかという視点で考えてみることにしました。上述の通り、私は八田氏の応援をしているので、明らかに八田氏にとって有利な裁判官です。そして、その点は割り引いて下さって構わないと思っております。

まず、私が裁判官として依って立つところは、「疑わしきは被告人の利益に」、つまり、推定無罪の原則です。何よりも優先させる判断基準とします。

そして、脱税とは、“意図的な所得隠しにより納税を免れる行為”であると理解しております。従って、八田氏の事件は、「2007年、2008年に国外口座に振り込まれた株式及びストックオプション報酬が源泉徴収されないことを知りながら、故意に申告しなかったかどうか」が唯一の争点だと考えます。

【判決】

1. 今回の事件に関し、重要な証拠として挙げられているものは、株式やストックオプション付与の際にクレディ・スイス証券(以下、会社)から配布されたメモランダムを始めとする教示的文言を含んだ会社配布書類であると聞いております。中でも、そのメモランダムに記載された“Please note that whilst there are no employer individual tax reporting or withholding requirements on the delivery of these shares.”という注意書きが、会社が従業員に対し、株式報酬は個々人が源泉徴収する義務があると指導をした証拠であるとのことです。一方、八田氏は、その文章には気づかなかった、と主張しています。

アメリカに留学経験のある私が普通に読むと、「この株式付与について、会社が税務申告や源泉徴収をする義務はない」と解釈し、「個々人が申告すべきである」とは解釈できません。但し、読めば、という注釈つきです。会社勤めをしている時には、業務上多くの日本語・英語の文書を読んでおり、業務に関係ない書類を読むことに時間を割きたくはありませんでしたし、しかも注意書き程度であれば、無視していたことと思います。誰かから「必ず読むように」と直接念を押されない限り、注意書きは読まなかったでしょう。

私個人のことは仮定の話ですが、八田氏と同様に当該メモランダムを受け取った他の従業員(元従業員含む)は、読んだのでしょうか? そして、会社が源泉徴収をしていると思い込んでいる人が、「会社に源泉徴収の義務がない」という暗示的な文言だけで、ただちに会社が源泉徴収をしておらず、自分で申告しなくてはいけないという理解に結び付いたでしょうか?

(1) 調査対象となった300人中約100人が申告漏れをしていた点

(2) 法令遵守を司るコンプライアンス部の部長が気づかなかった点

(3) 同部長の確定申告を行っていた税理士の妻が気づかなかった点

(4) 法務・コンプライアンス本部長による、「自分は、メモランダムで気づいたのではなく、社内の詳しい者から直接聞いたことによって知った」との証言を考慮すると、メモランダムで「個々人が申告するべきである」と伝わっていたかどうかは疑問が残ります。

また、上記本部長による、「インサイダー取引については強制参加の説明会を実施し、英語・日本語のマニュアルを配布して会社が指導したのに対し、税務申告に関しては、任意参加のマスター・シェア・プランについての概要説明会を行ったのみで、会社としては指導していない」との証言により、メモランダム以外にも、会社として株式及びストックオプション報酬に関する税務指導は十分でなかったことが窺われます。

2. では、会社からの指導は不十分であり、それによっては株式及びストックオプションの申告義務があると気づかなかった場合に、それ以外の契機により八田氏が気づいた可能性はあるでしょうか? 源泉徴収票と月々の給与明細の合計額を比較し、その齟齬に気づけば、会社は源泉徴収をしておらず、自分で申告しなければならないということを理解した可能性があります。

その点に関して、私自身の例も含め、周りの人3人に尋ねた例を挙げます。私は給与所得者としては、確定申告をしておりませんでした。そして、給与明細は保管してあるものの、源泉徴収票と比較することはありませんでした。同じく給与所得者として確定申告をしない人の例として「給与明細は最近まですぐ捨てていました」というものがありました。

給与所得者として確定申告をする人の例では、「源泉徴収票と給与明細をチェックするわけない。するとしたら偏執狂的な細かい人である。自分は相当細かいけれど、やらなかった」、「給与明細自体見ない。年一回ボーナス時だけ確認する」という2つの例がありました。

サンプルは少ないのですが、尋ねた人全員から「比較して確認することはない」という答えが返ってきました。従って、給与明細と源泉徴収票を比較する人は少ない、と考えられ、比較しない人の中に八田氏が含まれることは不自然ではないと考えます。

3. しかし、八田氏の場合には大きな額なので、報酬として得た時点に見た金額を覚えているはずであろう、そして、その金額を覚えていれば、源泉徴収票に書かれている数字がおかしいと気づいたはずである、という観点からはどうでしょうか?

八田氏が非常に忘れっぽいことについてのエピソードを記します。

今から1か月半程前に、あるメディア(以下、X)に、八田氏の事件に関する資料を添付したメールを送りました。Xで取り上げて記事にしてほしかったからです。Xに資料を送付する件については、八田氏と相談して決めたことでした。メールの文面も八田氏にチェックしてもらってから送付しました。

その1週間後頃の会話です。

私:「Xに送ったメールについてなんですが」

八田氏:「Xって何だっけ?」

私:「え? 事件に関するメールを送ったではないですか?」

八田氏:「全然覚えてないな」

私:「信じられません。他のことなら兎も角、八田さんにとって、一番重要で関心の高いことに関係したことでしょう?」

八田氏:「半年前に1億円もらっても忘れちゃう位だから」

そして、この上申書を書くにあたり、つい最近あった会話です。

私:「上申書には八田さんが忘れっぽい性格であるエピソードとして、Xへのメールの件を書きますから」

八田氏:「Xってなんだっけ?」

私:「それは、ウケを狙って言っているのですか? 狐につままれたような気分です」

八田氏:「俺、何かやり忘れていたことあった?」

私:「送ったという事実を記憶することです」

事件の支援について、人から何かをしてもらったことすら忘れてしまうのです。「そういう性格だから」と諦めをもって開き直っている雰囲気は甘えや依頼心が感じられ、良識ある大人として社会人として如何なものかとは思います。そして、逆にこのエピソードから、現時点では彼にとって非常に重要である本事案に関するわずか1ヶ月半足らずの前の事柄ですら忘れてしまうという状況を考えると、報酬がいくら重要だったとしても、税務年度でその金額を集計して考えるといった細かな作業をしていなかったことが、全く不思議はないということに気づきます。

では、八田氏にとって経済的価値が、最重要事項で、お金に関することは絶対に忘れない性格かどうか、という観点から考えてみます。卑近な例を挙げると、私がお金を立て替えてもらったことがあります。返そうとすると、立て替えた事実も忘れていて、「いいよ、いいよ」と受け取ってくれませんでした。だから、特にお金に対して貪欲である、何よりも重視しているとは考えづらいと言えます。また、私は彼ほど高給取りであったわけではないので、想像でしかありませんが、経済的報酬よりももっと大事なものを働くインセンティブとしていたからこそ、外資系証券という浮沈の激しい世界で、長く成功を収めることができたのではないかと思います。また、もし仮に経済的価値を重視していたとしても、給与を上げるために努力するはずで、その給与をリスクにさらすのは合理的ではないと感じます。

仕事では成果を上げていたようなので、全てにおいて忘れっぽいかと言えば、恐らくそうではなく、現在進行形の懸案事項以外は忘れてしまうのではないかと想像しています。

つまり、目の前を通り過ぎ去ってしまい、懸案でもないことに関しては、人並み外れて忘れっぽい性格である、と言えると思います。

以上、

1. 会社として株式及びストックオプション報酬に関する税務指導は十分でなかった可能性が高い

2. 給与明細と源泉徴収票を比較して確認していない可能性は十分にある

3. 人並み外れて忘れっぽい性格である

点を考慮すると、八田氏が、意図的な所得隠しにより納税を免れたと断定するには合理的な疑いが残り、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に基づき、無罪と判断します。

裁判官として判断するには関係のないことですが、敢えて記します。八田氏は、国税の告発を受けて否認をすると100%起訴され、100%有罪であり、場合によっては実刑判決もあり得ることを知りながら3年以上も否認し続けています。そして、これからも先は長いです。働き盛りの数年間を賭けて彼が戦っているのは、「嘘をついて自分を誤魔化してまで楽な人生を歩みたくはない」との良心に従わずにはいられないからだと思います。そこに真実があるような気がします。

冒頭に、私が八田氏を支援する立場であることから割り引いてもらっても構わないと書きました。それは、白を幾ら割り引いても白にしかならない、というのも理由の一つです。

和気 香子」

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2012/09/19 Wed. 06:05 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (18/60) 上原陽一  

上申書 (18/60) 上原陽一

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

ここでは私が有罪であるとする上申書を紹介します。兄弟のように親しくしている友人からのものです。

慧眼に満ちたその上申書を読まれる前に、こちらのブログを参照下さい。これまで何度か紹介させて頂いたカリスマ・ブロガー、Victoriaさんのブログです。

ここをクリック→ Victoriaの日記 「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件 第5回公判 寄り切り」

これを読んだ私の弁護団随一の良識派S女史によれば、「あってはならないことですが、Victoriaさんの言ってることもありうるんですよー」だそうです。

私の心境は、ロンドン・オリンピック・ボクシング男子バンタム級の銅メダリスト清水聡選手のものです。

終了のゴングが鳴った時に両手を挙げることができればそれでいいと思います。それで判定が不当なものであっても、観客のブーイングがあれば、それが私の勝利です。

清水選手の「勝利」の瞬間をご覧下さい。

ここをクリック→ ロンドン・オリンピック 清水 vs アブドゥルハミドフ戦判定

この試合は世界的に有名になった不正審判の試合で、清水選手は6度もダウンを奪いながら判定負けします。試合をご覧になってない方はこちらをどうぞ。

ここをクリック→ ロンドン・オリンピック 清水 vs アブドゥルハミドフ戦

ちなみに判定は後に覆され、清水選手は銅メダルを獲得しました。司法の世界ではそうはいかないことが多いようです(むしろ逆に正しい判定がひっくり返されることさえ起こり得ます)。

しかしここでの判定はあくまでジャッジの胸先三寸というもの。勝利という絶対的真実は、選手の胸の内にあり、観客の胸のうちにあると思います。

「上申書

八田隆氏、申告漏れ事件に関して、意見を申し上げます。

結論より申し上げますと、八田氏は有罪であると思われます。正確には、有罪とされてしまうだろうと思います。

八田さんとは、私の勤務するレストランに通っていただいているお客様として初めてお会いし、既に7年ほどのお付き合いになります。ただのお客様と従業員との間柄ではなく、八田さんとは、ワイン好きという共通の趣味で(私は生業でございますが)、とても懇意にしていただいております。

裏表がなく、実直で、よく言えば分け隔てなく人と付き合える気風のいい人間ですが、人の顔色を伺ったり立ち回ったりするのが苦手で、決して生き方は上手ではないと思います。それが友人含め、周りの人を惹きつける魅力でもあります。

まず、八田さんの事件を知ったのは報道で、その際に思ったのは「何かの間違いに違いないし、すぐに容疑は晴れる。でも追徴課税は払わなければならないから、随分損しただろうなぁ」とこの程度の印象でした。

しかしすぐに、顔と実名報道されたことで、ある権力が描いた、ジャーナリズムを巻き込んだ大きなストーリーなのではないか、と淀んだものを感じました。

はっきり申し上げて、彼は、世の中の全てを見通し、日本や海外の労働法に精通し、さらにそこに隙間を見つけ、恐ろしいほどの度胸で、何食わぬ顔で全ての人間を欺き、一生隠匿しながら、まだまだ先のある人生を過ごすほどの賢さと強さを持ち合わせた人間ではないと断言できます。

あくまで私の持論ですが、自分も含め、普段何事もなく過ごしている人々にとっては、平和な世の中であると盲目的に信じて生きていると思います。

日本という法治国家は、世界有数の先進国で、国として成熟しており、大なり小なり問題はあれど、ほぼ完璧な社会と信じています。しかし現代、過多に情報が溢れ、海外の文化や習慣が入り乱れ、労使の関係も戦後の日本とは比べものにならないほど変化しています。

私は現在の職場で、管理監督者という立場ですが、ほとんどの企業の使用者は、同業他社を含め何か問題があると、コンプライアンスとガバナンスの見直しと称し、リスクヘッジを目的に就業規約は使用者側に有利なものへと厚みを増し、ほとんどの労働者がそれを理解することなく契約を結んでいると思います。使用者側ですら、全てを理解していることはないのかもしれません。

八田さんも然りです。

現代の労使関係は、労働者と雇用者の双方の無知によって成り立っていると思わざるを得ません。つまり、長い年月をかけて作られてきた法律、国家権力やあらゆる構造が、いびつな形で固まってしまっており、あらゆる機関、機構が、劇的に変化する時代のニーズに合っていないと言わざるをえません。

検察は、長い間、誰のチェックも受けることなく、代々続く慣例に従い、本来の意義をどこかの時代に置き忘れ、振り返ることなく、自らを完璧なものとするためにいびつなモノを押し通してきたのかと思うと、恐ろしくなります。

裁判所は、新鮮な感性を持つことなく、古い過去の判例を元に判決を下すことでしょう。そして、このようないびつな社会構造に、少数の人々が巻き込まれている事実が確実にあるのです。

私が裁判員であるならば、故意を認められない以上無罪を主張します。

しかし、多くの従順な市民は、国の言うことは(少なからず自分よりは賢いだろうと)正しいと信じています。そういった未熟な社会構造を鑑みて、八田さんは「有罪」になると思います。残念でなりません。

そして、世の中に一石を投じたこの事件は、決して小事で終わらせることなく、私たちの今生きるこの社会のあらゆる方面に活かし、正しいものとは何なのか、真実とは一体何なのか、問うていかなければなりません。そして、一刻も早く、時代がより正しい方向に向かって欲しいと願って止みません。

上原陽一」

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category: 上申書

2012/09/18 Tue. 06:55 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『夢売るふたり』 西川美和監督 

フィルム・レビュー 『夢売るふたり』 西川美和監督

夢売るふたり

映画『夢売るふたり』観賞。『ゆれる』『ディア・ドクター』の西川美和監督最新作。

結婚詐欺をする夫婦のストーリー。しかし、結婚詐欺が金目当てというのは間違い(予告編ではそうなっていますが)。それは、夫の浮気の復讐を、その夫に結婚詐欺をさせることでしようという女の屈折した愛です。

この映画で描かれているのは「女の性(さが)」。これが男の監督なら異論もあるでしょうが、女性監督の作品だけに、私は生々しい「女の性」を全編から感じました。

ところが、一人目の結婚詐欺(田中麗奈)あたりまで、夫の浮気の腹いせを結婚詐欺を強いることでするという設定のリアリティーのなさになかなか映画に入れません。

俄然、面白くなるのが二人目のホテトル嬢、三人目の重量挙げ選手を騙すあたりから。彼女たちの「いかにもありそうなリアリティー」に引き込まれます。

そこで気付くのが、松たか子のキャラは、随所に挿入されたシーン(オナニー、生理)で、生の女であることに引き留められるものの、「女の性」を煮詰めて上澄みを取り除いて、残ったものを体現したのではないかということでした。

そうしたリアリティーのあるなしの対比が監督の計算なのではと思います。

秀逸なのは、四人目のハローワーク職員(木村多江)を騙すところでの松たか子の感情の揺れ。自分で仕向ければ平然と協力までするのに、夫の阿部サダヲの微妙な変化を感じ取る辺りが、さすが女性監督ならではの鋭さではないかと思います。

結末は微妙。カモメの鳴き声がずっと続いていて、二人ともそれを聞いているところから、塀の内と外だけれど、近い場所にいることで、松たか子は夫の阿部サダヲを近くに感じるということなのかな、と思いました。

映画の出来としては、『ゆれる』には及ばないものの、『ディア・ドクター』よりはよかったかな、という感じ。

ただ、その深層を理解するのはなかなか骨の折れる作品です。表面は分かりやすく見えるのですが、実は分かりやすい映画ではないので、もしご覧になられる方は覚悟して下さい。

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(Facebook 9/14/2012より転載)





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category: フィルム・レビュー

2012/09/18 Tue. 06:30 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (188) 「第五回公判トゥギャッタ― & 法廷画」 9/17/2012 

#検察なう (188) 「第五回公判トゥギャッタ― & 法廷画」 9/17/2012

恒例の公判トゥギャッタ―と法廷画をお送りします。

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一連のツイッタ―の中で、「脱税→脱帽」は興味深いものです。図らずしも人は見たいものを見るという実例になっています。今後、検察はこうしたことは絶対起こり得ないと主張してくるものです。「自分で書いておきながら、その意味を理解しないのですか」「目にしていながら、分からないと言うのですか」ということを聞いたら、是非この例を思い出して下さい。

高杉ナツメ氏の法廷画

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9/17/2012











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category: 刑事裁判公判報告

2012/09/17 Mon. 18:42 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (17/60) 小竹明夫 

上申書 (17/60) 小竹明夫

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

冤罪被害者となって、見えていなかったものが見えてきます。人生50年近く生きてきて、物事を分かっていると思っていたのに、実に多くの知らないことがあったことを思い知らされます。今でこそ、「人質司法」という言葉や「刑事裁判の有罪率99.9%」などという情報を当たり前のように口にし、それに対し意見も持つようになりました。

冤罪を中心とする様々な事柄が見えていなかった状況から、見える状況になって、一番感じるのは、以前であれば異常と思うことを「常識」と受け入れないようにしなければいけないということです。

自分の力では如何ともし難いことを受け入れざるを得ないということは理解します。しかし、諦めてしまっては何も前進しません。私が「常識への挑戦」と言っているのは、以前の私の「常識」を取り返そうという努力です。

国税局査察部の取調べは14ヶ月に及びましたが、その際、「我々の仕事はあなたを告発することです」と言われても驚かなくなった自分がいました。それではいかんと自分で反省しました。

正義の番人であるべき国税局査察部や検察特捜部が、個人の人権などお構いなしに自分たちの論理だけで立ち居振舞うことを誰かが諫めないことには、世の人々は知ることなく、彼らも変わりません。

そしてその言葉は分かりやすく、正しく、また実が入っていないと人々の心には届かないと思います。私が実現しようとしていることはそういうことです。

少なからずの人に賛同・支援頂き、私の声を聞いてもらっています。60通の上申書はまさにその声に呼応してもらったものだと思っています。

私の高校時代友人の上申書を紹介します。

彼は、私が変わったと言います。自覚は全くありませんが、彼がそう言うのであれば、そういうこともあるのかもしれません。

そのように人は変われるのです。組織は人である以上、検察特捜部も変われるはずです。陸山会事件や私の事件で功を狙った佐久間元特捜部長はもういません。世の中が動く時期なのではないでしょうか。

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(2011年夏、女川町にて)

「上申書

今回の裁判に関して、ポイントを絞り、私の考えを述べたいと思います。

1.悪質性について

争点となっている八田氏自身に脱税の故意があったのかどうか、という点について、悪質なる意図があったのかどうかの確認が有罪(故意)・無罪(過失)を分ける裁判だと理解しています。

彼を尋問して判ると思いますが、非常に理路整然と話をするし、理屈に合わないことや道徳的におかしな事に対する断固とした強い意志を持っています。

所得税の申告漏れについては、彼は全く意義を申し立てず、追徴課税分も含めてきっちりと支払う意志を見せ、実際支払っています。これは自分の過失に対して納得し、法令に定められた罰則を受け入れて支払ったものです。これは過失があった点について、罪を認め、罰を支払ったということです。

今回争点になっている故意(悪質性)があったかどうかという点ですが、あった場合に彼は何を得られるのでしょうか。申告漏れしていた金で彼は何を企んでいたのでしょうか。競争馬でしょうか、ワインでしょうか。何か隠れて投資していたでしょうか、それとも投資の損失補填でしょうか。単なる蓄財でしょうか。そんな形跡はないと思います。

八田氏が何のために故意に脱税しなければいけないのかという理由が全く明示されていません。ここが証明されない限り、既に申告漏れの責任を取っている八田氏を「悪質な」故意の脱税として有罪とするのは行き過ぎだと思います。

2.今回の事件の八田氏に対する有効性

5年前の高校の同窓会に現れた八田氏は、話題といえば競争馬の馬主としての話題やワインの話題と言った如何にも高額納税者的な話題が多くありました。彼の興味が仕事とそういう趣味の部分にしか無かったからであろうと思いました。

しかし今回の起訴をきっかけに、彼の関心は社会的な事に向いてきました。震災の後には息子を連れて被災地の清掃活動に出掛けているし、冤罪と言われている事件について勉強しているし、社会的な発言が多くなりました。お調子者だった八田氏の性格・興味がガラリと変わってしまいました。それだけでも、今回の件で起訴された意義は十分過ぎるくらいあります。更生したという言葉は適切ではないかも知れませんが、旧来からの友人としては生まれ変わったといっても良いくらいです。

彼は既に起訴されて以降、約3年間定職にも着けず本来得られたであろう数億円の収入の機会損失を被っています。既に十分過ぎる制裁だと思います。これ以上罰を与えるのではなく、彼を早く定職に付け、高額納税をさせ、それを以って社会貢献活動をしてもらう方が日本社会のためになると考えます。

小竹明夫」

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2012/09/17 Mon. 06:46 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (16/60) 氏川真理 

上申書 (16/60) 氏川真理

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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東大文系の二次試験の試験科目は、英語、国語、数学、社会(2科目)です。それぞれの配点は120点、120点、80点、60点x2です。

文系にも関わらず、二次試験での数学の配点が比較的高く、実は合否の非常に重要なファクターが大問4問が出題される数学の出来不出来です。英語や国語で80点の差がつくことはなくても、数学で80点の差がつくことは容易にあります。そのため、受験のテクニックとして、東大文系では、元々理系志望の受験生が受ける「文転」ということがよくあります。

そして数学の難易度が年によってばらつきがあり、数学が比較的易しい年は元々文系組が多く合格し、数学が難しい年は文転組が多く合格するという顕著な傾向があります。

その元々文系組と文転組で、明らかな差異が表れるのが、社会の選択科目です。東大文系の二次試験社会では、日本史、世界史、地理の三科目から二科目選択受験なのですが、パターンは二つに分かれます。「日本史・世界史」と「世界史・地理」です。言うまでもなく、前者が元々文系組の王道受験科目、後者が文転組の巧者受験科目です。

もし文系脳と理系脳があるとすれば、文系脳は日本史を学習するのに適しており、理系脳は地理を学習するのに適しているということができるはずです。

私の得意科目は国語(現国・古文・漢文)であり、社会の選択科目は当然、「日本史・世界史」でした。

文系脳にすれば、記憶の定着には「脈絡」や「ストーリー」が必要です。「必然」と言い換えてもいいかもしれません。私は、とにかく地理のような必然性のない事柄の記憶が不得意で、実生活でも、特定の記憶の定着の弱さは顕著に表れています。ただ、そこに必然性があると、俄然、記憶の定着は高いものです。人の名前をなかなか覚えられないのもそのためかもしれません。数字の記憶も、「お前メメントか!」というくらいのものです。大概の場合の数字には、必然性がないからです。

ここをクリック→ 「メメント」予告編

また、ある種の感性の鋭さに関しては、私は性差があると思っています。他人の観察眼に長けているのは明らかに女性で、男性はあまり周りが見えていないということが多いように思います。

恋人たちが別れる場合でも、それ以前に何らかのサインがあるはずですが、それに気付くのが女性、気付かないのが男性、というのは典型なのではないでしょうか。

その点に関し、男性脳と女性脳があると言ってもいいものです。

ここで紹介する上申書は、かなりの高レベルの「理系脳」と「女性脳」をもった私の友人からのものです。彼女の、瑣末な事柄の記憶の定着度の高さや、勘の鋭さに関しては、一度頭の中を覗いてみたいと思うほどです。

「上申書

八田隆の友人の氏川真理と申します。

私達は9年前ワイン会で知り合い、それ以来親しくしております。

今回上申書を書くにあたり、まず自分が八田隆と面識のない、裁判員裁判の裁判員だとしたら、今までの3回の裁判でどう思うか、ということから考えました。

300人中100人も申告漏れをしていたのに、なぜ一人だけ告訴されたのか。故意の脱税だという証拠が検察側から次々と出てくると思いきや・・・

海外口座を使った悪質な隠蔽工作。

ドラマで見るような、タックスヘイブンのケイマン諸島の口座や、証拠が残らないように年に何度か大量の現金を預けに、ではなく、ただたんに友人の娘さんの銀行に預けただけ。しかも日本の銀行から送金し、海外でも自分名義の口座間の移動じゃ、脱税しようにもバレバレです。

会社は十分に説明をしたので、源泉徴収を理解した上での犯行。

証人尋問で、十分な説明をしていなかったことが明らかに。ここで、国税局や検察がかわいそうになりました。「十分に説明したって言ったから起訴したのに、今さらしてないって言われても、もう引けない」ですよね。最初から会社が正直に言ってくれていれば。

友人から「脱税失敗したね」というメールが。

耳を疑いました。本人が「脱税失敗」というメールを送ったならともかく。申告漏れに驚いた八田に友人がふざけて返信しただけなのに、これが証拠?だったらその友人を呼んで「あなたは八田隆が脱税していることを知っていましたか?」って聞いてみましょう。

書類に斜線を引いたからには担当者から説明があったはず。

自分も、人が説明している時に違うことを考えていて聞いていないことがよくあります。興味の無い分野だと特に。はたして、担当者は所得税に詳しくない者でも十分理解できるように説明したのか?説明したとしても、八田は仕事か何か他の事を考えていて聞き流していなかったか?これは、どちらも証明できないですよね。とりあえず、他にも斜線を引いた人がいるか調べて、八田以外全員が正しい申告をしていたのであれば、証拠の一つとして採用しましょうか。

裁判員としては、有罪にできるだけの証拠はありませんでした。無罪です。

次に、八田隆をよく知る友人としての意見です。

嘆願書にも書きましたが、八田は、仕事はできる反面、私生活ではバカというか、子供というか、です。興味のある事にはとことん凝り、興味のない事は何度聞いても覚えない。

「仕事何時からだっけ?」9年間私の始業時間は変わっていませんが、月に一度は聞かれています。

最近流行りの『アスペルガー症候群』ではないかと、大学病院で検査を受けたこともあります。結果は正常でしたが担当の医師に「外資系金融で激務を続ける間に、興味の無い事をシャットアウトして集中力を高めることができるようになった。後天的に取得した能力ともいうべき気質。」と言われたそうです。

金銭感覚も、興味があるかないかで決めているので、金額は関係なし。

大好物は松屋の豚丼でも、安いワインは美味しくないので毎日の晩酌は1本数万円のワイン。カードの引き落としが明後日なのを忘れていたから300万円を明日までに振込んで、と言われたこともあります。きっと、本人にとっては、財布忘れたから3万円借りる感覚だったのでしょう。

2億円のボーナスが決まった時も、偶然一緒にいましたが、会社からの電話を切るなり「松井!俺、松井だから!」何を言っているのかわかりませんでしたが、後から判明。同郷の松井秀喜選手の年棒が2億円と報道されたばかりで、あの松井に並んだ、と嬉しかったそうです。もしかしたら、2億5千万と言われるより2億の方が並んだ感があって嬉しかったのでは?

毎月の給与明細もカードの明細も、開封してクリップ留めして仕舞えば終了。内容を確かめないので、自分の給与から社会保険料や雇用保険料が引かれていたことも、退職後、国民年金だの失業保険だのの話を私がするまで知らなかった人です。予想していなかったおこづかいのようで嬉しかったのか、その場で残務処理中の事務の人に電話をして「俺、将来年金っていくらもらえるの?」と。1年しか在籍していない会社がわかるわけがないのに。

私も雇用主として毎月スタッフにお給料を振込んでいますが、給与明細と違う金額を振込んでしまったり、年末調整を2回してしまったことがありました。誰も気付づかないまま数日後税理士に指摘されて修正しました。会社から遠くに引越ししたのに、新しい交通費を申告し忘れたまま2年経ってやっと気付いて言いに来たスタッフもいます。意外とみんな明細も通帳も見ていないものなんです。

事実、八田は、過去の転職時も、半年近い無職期間があったにもかかわらず、失業保険をもらっていなかったそうです。脱税をするような人なら、もらえるものは(しかも合法的に)全てもらうのではないでしょうか?

こんな人なので、他の100人と同じ、会社が源泉徴収していると思っていた単なる申告漏れ、なんです。億もらい過ぎていてもわからないし、反対に事務の計算ミスで億少なくてもわからなかったと思います。

八田が申告漏れをしていたのは事実です。これに関しては、すでに過少申告加算税と延滞税も払い終えていますし、実名報道や再就職の道を断たれる等社会的制裁も受けています。でも、故意の脱税に関しては、全くの無実だと思います。

裁判が進むにつれ、どちらの主張が正しいのかは、裁判官のみなさんにもわかってきていると思います。無実の人間を罰するような過ちをしない、国民が信頼できる裁判所であることを望んでいます。

氏川真理」

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category: 上申書

2012/09/16 Sun. 06:40 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (187) 「第五回公判報告」 9/15/2012 

#検察なう (187) 「第五回公判報告」 9/15/2012

昨日、第五回公判が無事終了しました。成果は上々です。

第五回公判は、第三回公判に続く、二人目の証人尋問でした。二人目の証人は弁護側証人として、私の確定申告をして頂いた税理士です。

第三回公判は、検察側証人でしたので、ロンドン・オリンピックのボクシング村田諒太選手のように、「あれ、金取っちゃったの」という感じでしたが、今回の気分はレスリング吉田沙保里選手状態でした。「金を取るべくして取る」という状況です。

なぜなら、彼が唯一、税務調査開始以来、この4年近い長きに亘っての全ての状況を把握しており、特に税務調査開始直後、国税局査察部の強制調査が入るまでという、私の故意・過失を見極めるには一番重要な時期に相当な分量の意思疎通を行っているからです。つまり、彼は真実に一番近い人間ということができると思います。

検察が取りうるストーリーには2つの可能性があったと思います。一つは、税理士も共犯であったとする説、もう一つは、税理士は完全に騙されていたとする説です。

彼は、私以外の人間で唯一強制捜査を受けており、国税局・検察は、彼の事務所から資料を押収しています。そして複数回に亘る、国税局及び検察の取調べで、彼の実直な人柄に接し、彼が共犯であるとするストーリーは早晩に諦めたものと思われます。

残る選択肢が、彼は私に完全に騙されて知らず知らずのうちに脱税の片棒を担がされ、虚偽の確定申告をしたというものです。

元々、私は別の税理士に確定申告をお願いしていました。私が毎年書類をその税理士に送って確定申告をしていた気になっていたところ、その税理士から「実は今まで申告していませんでした」という驚天の告白をされ、書類を取り返そうとしたものの、「これからやります」を繰り返すばかりで、全く埒があきませんでした。やむをえず弁護士に相談して、なんとかその税理士から書類を取り戻しました。

税理士に確定申告に必要と思われる書類一式を提出すれば、自分の中では、私の確定申告が完了していたものです。

そしてその弁護士から紹介され、4年分の過年度申告を依頼したのが、今回証言をして頂いた税理士と知り合ったきっかけでした。そして、2008年8月の私の海外移住に伴って、彼の申し出により、納税管理人をお願いしたものです。2008年11月の税務調査開始までは、電話で話すのみで会ったことさえありませんでした。

今回の公判に先立ち、彼とのやり取りのメールを再度チェックして、余りの膨大さに改めてびっくりしました。税務調査開始後のやり取りのメールは200通近くに及び、添付資料の量の多さから、プリントすると1200ページにもなります。

それは、申告漏れの事実が徐々に明らかになるにつれ、けじめをつけようと、私が自分の申告の状況を、自ら完全に洗い出した経緯があったからです。またそれと同時に、問題の株式報酬の申告漏れの実情を把握しようと努めました。税務に関しては全く門外漢であった私をサポートしてくれたのが彼です。

その200通近くのメールを読み返して、自分でもよくここまで調べるだけの気力があったなと思い、またそれに嫌なそぶり一つ見せず誠実に付き合ってくれた彼には本当に感謝をしています。

税務調査直後の税理士とのメールといえば、税務申告に関する最重要証拠であることは説明を要しないと思います。

勿論、その一連のメールは査察部の強制捜査で押収されていますが(彼らが真っ先に差し押さえたのが私のパソコンです)、それに関して、国税局、検察で取調べで問われたことはありません。また今回の法廷でも、検察は証拠調請求を行っていません。その一連のメールは弁護側から証拠調請求され、さすがに検察も不同意し切れなかったものです。

今回の公判では、弁護士により、その一連のメールに関して証拠の主張が行われました。前回公判で、弁号証の要旨の告知で、裁判長から「意見を交えず簡潔に」という指摘があったことは記憶に新しいところです。しかし裁判長の意図するところは、意見を述べてはいけないということではなく、要旨の告知の中でそれを行うのは不適切という手続き上の問題だったようです。

ここをクリック→ #検察なう (182) 「第四回公判法廷画」 

そのため、今回は採用された証拠に関して、その大まかな立証趣旨を証拠の主張として述べました。膨大な量のメールを、何の脈絡もなく渡されても、裁判官も困るだろうという配慮です。ただ、これは本来、弁護士が最後の意見を述べる弁論で行うものです。それを一部先取りすることのデメリットは、真実の追求ではなく、有罪にすることが自分たちの使命だと勘違いしている検察が、自分たちの目的遂行のために、それをつぶす準備をすることです。つまり、我々弁護団は、敢えて自分たちの手の内を見せて、裁判官に真実に近づいて欲しいという意図で、証拠の主張をしたものです。

その主張の結びを引用します。

「そして、重要な点は、このような被告人の無実を証明する証拠の存在および内容を東京地検特捜部は十二分に認識しながら、その証拠価値に関する捜査を行っていないという点です。

仮に、特捜部が真実被告人を故意犯であると認識していたのであれば、当然、故意犯であるとしたら説明のつかない本件証拠について被告人に取調で問い質し真実の追及を行っていたはずですが、特捜部の目的は真実の追及ではなく被告人を有罪に陥れることであったために、故意犯であるとしたら説明のつかない証拠については、あえて取調でも聞かず、被告人が無実であることが調書上明らかにならないように工夫していたということです。

従って、本件証拠は、被告人の無実を証明するだけでなく、特捜部が被告人の無実を知りながら故意にことさらに起訴をしたという公訴権濫用の実態を証明するものでもあります。」

私は、これまで何度も、捜査機関は優秀であると述べてきました。その優秀な捜査機関が、真実に到達しないわけはなく、ただその真実が自分たちに都合の悪いものであったため、彼らはそれを捻じ曲げてきたと主張してきました。権力を恣意的に悪用しているというものです。それがここで述べられている「公訴権濫用」です。

税理士の質疑では、やはり税理士ならではの税務に対する深い理解、鋭い感覚に基づいた証言がなされました。

税務調査開始前に4年分まとめて行った過年度申告や、私が自分で行った確定申告での期限後申告(私が自分で行った確定申告は、締め切りを一日過ぎたため、期限後申告となっています)は、それだけで税務署の目を引くものであること。そもそも申告の意思が強くなければ、税理士の過怠で無申告となった年度の過年度申告はしないこと。源泉徴収票には、会社の支払う給与の全てが含まれると考えることは自然であること。海外口座に支払われるものであっても(私の株式報酬はアメリカの口座に支払われていました)、会社は源泉徴収すべきであるということなどです。

特に、なぜ海外口座に支払われる給与も源泉徴収の対象とすべきか、ということに関して、「そうしなければ、国内企業が、従業員に海外に給与受取口座を開設させ、海外の関連会社を通じて給与を支給すれば、源泉徴収義務を免れることができてしまいます」という主張は、なるほどと思ったものです。

また、私がクレディ・スイスで働いていた頃は、電話もろくに取れない程忙しいことが多かったという経験も証言しました。

これまでの傍聴をしてこられた方には、着実に真実が明らかにされ、検察の牽強付会の論理のもろさが露呈してきたことを感じ取ることが出来ると思います。

検察は創造主ではありません。無から有を作り出すことは不可能です。しかし彼らがその幻想に溺れていることが、我々の悲劇です。検察が正しくなければ日本に正義はありません。是非とも彼らに自分たちの過ちを気付いてほしいものです。

9/15/2012











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2012/09/15 Sat. 09:32 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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上申書 (15/60) 原力雄 

上申書 (15/60) 原力雄

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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今回紹介する上申書は、高校同級のニックネーム「はらりき」からのものです(本名は原力雄で、『お』しか抜いてないのですが)。

当初、この上申書をブログ掲載したものかどうか迷いました。私も最近は少し弁護士的な発想ができるようになり、この上申書は法曹的「常識」では、検察に「関連性なし」と真っ先に不同意にされるようなものだからです。

ところが後日、彼から次のようなメッセージが届きました。

「私が先日書いた上申書について、検察に対して逆効果になったり、あるいは八田君本人の気持ちを傷つけるものではなかったか、ということでした。
考えてみれば、八田君のためというより、自分の政治的主張だったかもしれません。あれはあれで、社会的正義を訴えたつもりだったのですが。
ご迷惑をかけたのであれば、お詫び致します。」

気持ちを傷つけるどころか、私の気持ちを代弁する内容で、彼の意気を称えるためにもここでブログ掲載するものです。

私の高校は一学年130人の田舎の国立校です。そのサイズのメリットは、やはりみんながみんなを知っていることで、学年全体がゆるくまとまっていることです。

これは高校2年の時の予餞会の写真です。我が校では、伝統的に、卒業生を追い出す、じゃなかった、送り出すはなむけに2年生が歌舞伎を演じます。この時の演題は「絵本太閤記」で、私は主役(なのかな?)の豊臣秀吉役(後列左から3番目)でした。後列左端で槍を構えているのがはらりきです。

高校予餞会

今でも演劇にどっぷりつかっているらしく、「セシウム137」とかいう訳分からん劇団名で活動したり、地元の演劇祭で自分の作品を披露しているようです。

ここをクリック→ いしかわ演劇祭 仮説劇団「ミリシーベルツ」

彼は、フェイスブックによく脱原発の先鋭的な意見を出し、みんなの議論を喚起しています。昔から変な奴だったのですが、彼の正義感の強さはこの上申書にも表れています。

国民の声、正義の声を聞きやがれ!(嵐にしやがれ風)です。

「上申書

私は八田隆君とは高校の同級生です。卒業後は一度も会わなかったのですが、2011年6月に私がFacebookを始めたことにより、およそ30年ぶりにネット上で連絡を取り合うことができました。その際、彼が申告漏れ事件の渦中にあることを知りました。

彼の人柄については、すでに多くの旧友たちが語っています。それらを読みながら、いかにも八田君らしいエピソードに思わず頷いたり、意外な一面を知らされて驚いたり、裁判の資料というよりはただ懐かしい思い出話に花を咲かせるような気分になってしまいました。そういう事情ですから、私は彼について何か決定的な意見が言えるわけではありません。私はただ彼が普通の人間だということを知っているだけです。

さて、今回の事件ですが、同じ罪状だった約100人が起訴を免れ、最も額が多くて責任者の立場にあった八田君だけが起訴されたという状況からして、私には「見せしめ」という意図しか読み取れません。

したがって、私の上申書では、「見せしめ」の効果ということを考えてみたいと思います。罪なき者でも「見せしめ」のために有罪にすることが必要であるという考え方は、同じような手口の脱税事件の発生を抑止するためと思われます。しかし、これは強圧的に拳を振り上げて見せれば、国民はおとなしく黙って言うことを聞くだろうという考え方に他なりません。逆に言えば、恐怖によって支配しようとする考え方であり、一般市民を馬鹿にしています。

しかし、百歩譲って、「見せしめ」が必要だとして、そのための犠牲として彼が選ばれたのだと自分を説得してみます。しかし、どうしても納得できない自分がいます。

現在、私が首をひねってしまう最大の理由は、検察当局自身が陥っている不透明なポジションにあります。すなわち大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件に端を発し、陸山会事件に関する虚偽捜査報告書問題も含めた一連の不祥事のことです。

大義のために犠牲となる「見せしめ」が必要だというのなら、まずは検察の内部からこそ「見せしめ」を出すべきではないでしょうか?少なくとも、限りなく黒に近い検察職員たちをかくまうことをせず、裁きの場に引き出すべきではないでしょうか?

「君子は李下に冠を正さず」と言います。今、疑わしい目で見られているのは検察当局の方です。検察内部の膿をすべて出しつくすような改革こそが、国民から求められているのではないでしょうか?それをしないで、一般市民にばかり「見せしめ」を要求するのは、社会正義の上からも著しく公平さを欠き、片手落ちではないでしょうか?

以上、一市民として思うところを述べさせていただきました。

原力雄」

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category: 上申書

2012/09/14 Fri. 07:21 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (186) 「キリスト教史観と検察制度及び推定無罪原則」 9/13/2012 

#検察なう (186) 「キリスト教史観と検察制度及び推定無罪原則」 9/13/2012

先日のブログに対して、支援して下さっている方からコメントを頂きました。彼女は、たまたま私のブログで、以前に146通の嘆願書の一部を紹介した際に、その中の一人に知人の名前を見つけ、それ以来状況を深く理解して支援してくれています。

彼女はキリスト教信者であり、日本教信者(日本人はよく無神論者と言いますが、それは大きな勘違いです。冠婚葬祭や初詣のような立派な宗教行事を宗教行為と意識せず行っている程浸透しているだけです。私はそれを「日本教」と呼んでいます)である私とは立ち位置が違うのですが(私は唯一絶対者の存在を容認していません)、彼女が時々送ってくれるメッセージは、いつも卓越した教示と慈しみに富んでいて、勇気をもらっているものです。

先日の私のブログは検察制度の根本的問題に関するもので、検察の暴走を唯一防御するものが司法の推定無罪原則だと述べました。

ここをクリック→ #検察なう (185) 「国民の信頼こそが検察制度の基礎 検察制度の根本的問題 その (2) 」

それに関しての彼女からのメッセージは、いつもながら素晴らしいもので、これを良識ある世の人々と共有しないことは罪悪と考えたので、ブログで取り上げさせてもらうものです。

以下引用します。

「おっしゃる通りだと思います。

私も、かねがね日本の司法には『推定無罪の原則』がない、と思ってきました。 でも、それは、検察だけではなく、私のような司法とは無縁に生きている市井のおばちゃんが、『逮捕されたからには、悪い人なんだろう』と、『おかみのごむりごもっとも』が染みついている国民一人一人の意識に根差している、ともいえると思います。

私は、現在、日本人としては珍しいキリスト教徒になっています。 唯一絶対で全知全能の善き神の存在が確かにあり、すべての人間は不完全である、という世界観の宗教を信じています。

聖書では、自分を神とすることがもっとも罪あることで、人間は誰しも簡単にその罪に陥ることを繰り返し伝えています。 だから私たちは、神を忘れないように、自分が不完全な人間に過ぎないことを確認するために毎週礼拝を守っているようなところがあるように、私は思っています。

私たちは、正義、とか、まったき善を求める性質がそもそも備わっていますが、聖書の神を知らない限り、別のものを神の代わりに全知全能にしてしまいます。 それを偶像と聖書では呼びます。

日本人は、聖書の神を知らないので、自分の属する組織を神の代わりにしがちだと思っています。 それが『日本』という国のこともあれば、卒業した学校や、勤めている企業のこともあるでしょう。 でも、それは本当の神ではないことを皆知っているので、偶像を神にする努力に駆り立てられ、真面目に、その組織が善きものだと証明するために必死になってしまいます。

検察も例外ではない、ということでしょう。

そもそも、日本が近代司法制度を導入したもとは、キリスト教の世界観が色濃くある国々でした。 私がキリスト教徒であるために、キリスト教の肩をもっているように思われるかと思いますが、私は、聖書の世界観は、真理だと思っています。

以前、八田さんが地動説を唱えたお百姓さんの寓話を書かれていました。

神と、人間の組織である教会とは違う、ということ、また、神のことばである聖書と、それを解釈する人間の側の不完全さ(バイアスをかけて読みとってしまう)との違いがあるという問題が、キリスト教の世界にもあり、その区別のないクリスチャンも多々おります。

教会、を個々の組織、解釈する人間を個々の組織に属する個個人と置き換えたら、どのようなケースにもあてはまるように思います。

では、正義はないのか。人間は不完全だから、善き社会は作れないのか。 そんなことはありません。

神は、不完全さを認めた人のところに働かれ、欠けを充たすだけでなく、人間が自力で充たす以上の祝福を与えます。

そのような世界観がもとになっている司法制度を、表面的な言葉と理屈だけ取り入れ、換骨奪胎して、日本流にしてしまうと、どうしても、自力で関係者が『まったき組織』(神のような組織)を作る力が働くのです。

私は、名古屋大学三年時編入学で刑法の平川宗信先生にお世話になりました。平川先生は、キリスト教的な西洋の司法に対して、仏教をもとに刑法を構築しようと、研究者として奮闘されてきました。

私自身は、平川先生の人格や学問を素晴らしいとは思っていますが、やはり、聖書の世界観をもとにした近代刑法以上のものは、ありえないのではないか、と今現在は考えています。

普遍、つまり、時代や文化が違っても、適応できる原則が、聖書にはある、と思うからです。日本には日本にあったものがある、として構築されたものは、たいてい、9割9分のケースにあてはめられても、例外が存在し、『あれは変わり者だから』と排除して終わりで、たったひとりでも、マイノリティでも救いあげる、つまり全ての人にあてはまる普遍のシステムにはならない気がするのです。

『推定無罪』は、日本の文化からは生まれません。 おそらく、検察官の多くは、頭ではこの原則をしっていて、ペーパーテストで一般論、総論としては論じられるのでしょうが、我がこととして、血肉になった原則として心からは受け容れていないのだと思います。

でも、これは普遍の原理だと思いますし、八田さんが今日、ブログに書かれていることは、普遍性のあることを、八田さんの個人的な体験から導きだした素晴らしいものだと思います。

私は、八田さんのように、この世的には、非常に神と勘違いしても不思議はないほど、ほかの人より、さまざまな面で優れた人でさえ、ちょっとした失敗はあるし、ほんとうには完全ではないということや、しかし、その不完全さを認める潔さに神が働かれることを神が示すために、神が、八田さんが冤罪被害者になるように『選んだ』気がしています。

こんな言い方をすると、『選ばれた』のは迷惑な話でしょうし、そんな神、ゼッタイ信じない、と思われそうで、伝道的には損なことを言っているのですが、私は、そんな風に八田さんを見ていたりします。 」

私は、彼女が言うほどには、推定無罪原則が日本でないがしろにされている状況に悲観していません。検察絶対神話の崩壊と歩調を合わせて、日本の司法もより正しい方向に向かっていくと思っています。今はその過渡期です。

ただ彼女の指摘通り、人間は絶対ではないということが既に前提としてあるキリスト教社会の方が、推定無罪原則が人の血肉となっていることはよく理解できます。

「お上のご無理ご尤も」がまかり通る前時代的な社会を変革することが、我々の利益であり使命であると思っています。

私の事件が健全な議論を喚起するきっかけになることで、冤罪も無駄ではないと思えるものです。引き続きご支援の程、よろしくお願いします。

ここをクリック→ Wikipedia 「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件」

9/13/2012






ここをクリック→「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会動画ダイジェスト版」

ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」 改訂版

ここをクリック→ 嘆願書まとめ






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category: 刑事司法改革への道

2012/09/13 Thu. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (14/60) 鈴木均 

上申書 (14/60) 鈴木均

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

今回は直球ど真ん中の上申書を紹介します。趣味のワインでつながっている友人です。

彼は身なりや言動がいつもダンディーなのですが、何をしているのかと思ったら、生業は不動産業でした。しかしそれは仮の姿(?)で、本当は議員の卵のようです。

ワインのほかに、猫オーナーという共通点もあります。ただネーミングのセンスは今一つかと(うちのはAutumn、彼のはヒヒ夫)。

ここをクリック→ 鈴木ひとしブログ ヒヒ夫編

先日もワイン会でご一緒しましたが、普段はワインの話しかしない場で、彼とたまたま隣合ったこともあり、そのほかのメンバーも交えて、憂国論を語ることができました。彼のように現状に正しい危機感を持っている人がいることだけでも日本は大丈夫なような気がします。

とにかく多くの説明は要しない上申書です。検察には、彼の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものです。

「上申書

今般、八田隆氏が所得税の脱税容疑で起訴されたことを、私は昨年のテレビ報道で初めて知りました。

私と八田氏は7年ほど前に趣味の会を通じて知り合い、ときおりお会いする程度でしたのが、2008年からこのような事件の被疑者として取り調べを受けていたことを報道で知り驚きを禁じ得ませんでした。
 
そして一連の報道に接して私が感じたことは「外資系証券会社の高収入社員だった八田さんが脱税か…..」という程度であり、一般論として彼のような桁外れの高収入であれば、さまざまなテクニックを使って節税を計っていたはずだ、そのうちの何かが脱法行為とみなされて税務当局から摘発されたのだなと考えたのです。
 
おそらく私が感じたことは、このニュースに接したほとんどの方の感想に近い、すなわち「外資系証券会社の社員は金儲けばかりしている」といったものであり、それは検察の考えた「物語」にあてはまるものではないでしょうか。
 
しかし、今年に入って八田さんとお会いして、100名余のクレディスイスの社員が申告漏れだったという事件の経緯を聞き、これは「金儲けばかりしている外資系証券会社社員」の代表として八田さんを起訴したのではないか、これはいわゆる国策捜査であり、億単位の年収を得る「外資系証券会社社員」であり「マネー経済」を生業として「荒稼ぎしている高給取り」を「こつこつと額に汗して働く正義の味方」である検察が叩いてやる、という物語が初めからあったのではないかと考えたのです。
 
そこで私は、その疑問を解くために第二回公判から裁判を傍聴することとしました。この裁判を傍聴するにあたって、着目すべき争点はただひとつ「故意に行われた脱税」なのか「過失による過少申告」なのかを検察が立証できるのかどうかであると考えました。そして、その前提に立てば、この裁判においては、八田さんが「脱税をするはずもない正直者」なのか、「脱税をするような姑息な人間」なのかはまったく問題となりません。
 
今回の申告漏れが故意か過失かは、個人の意志の問題ですから八田さん本人にしかわかりませんが、その八田さんは明確に故意を否定しているのです。そして八田さんと同時期に申告漏れを指摘された社員が100名近くいるのにも関わらず、なぜ八田さんだけが起訴されたのか、常識的に言えば八田さんに特別な悪質性や故意を示す証拠を見いだしたからであろうと考えるのではないでしょうか。
 
ところがいままでの裁判を見る限りでは検察側が提示する証拠はいずれも傍証ばかり、そして弁護側が提示する証拠は八田さんの勤務先であり給与の支払者であったクレディスイス証券の責任を示唆するものであり、見る限りにおいて八田さんと他の100名余が行った行為の差は現れてきていません。 
 
ところで、検察は現行制度の下での起訴権を独占していますから、恣意的に誰を起訴するかを決めることが出来る、強大な権限を持った組織です。例えば検察は八田さんに特別な悪質性や故意を見いださずとも「100名全員を起訴することは出来ない」し「申告漏れの額が一番多い」というだけでも起訴することができてしまいます。
 
一般的な社会生活を送っている人間にとって刑事被告人として起訴されると言うことは、社会人生命を停止させられてしまう位の重大な出来事です。権力を持つものは己の権力の行使にあたってまず謙虚であるべきであり、故に検察による起訴権の行使は慎重でなければならないことは当然であると思うのです。
 
検察は本来、捜査によって犯罪行為を立証することを任務とする機関であり、正義の基準を作ることを目的としませんし、ましてや権力を行使して国民を服従させる機関ではないはずです。
 
ところが、この事件において検察は自分たちの求める正義を終着点とした「検察の物語」に適う些細な傍証を積み重ね裁判官の心証を形成しようといるとしか思えず、姑息としか言いようのない手法により本来の検察の権限を大きく越えた行為に及んでいます。
 
最後に、こういった「検察の物語」にのって、裁判所が万が一有罪判決をだしてしまうのならば、法治国家としての日本のあり方が壊されていく結果となると思いこの上申書を書いたことを申し添えます。
 
どうか裁判官におかれましては、いま一度司法の原点に立ち返り公平公正な判決を下されることを切にお願い申し上げます。

鈴木均」

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2012/09/12 Wed. 07:03 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (13/60) 寺西常雄 

上申書 (13/60) 寺西常雄

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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私のブログでは、「#検察なう Tシャツ・プロジェクト」と称して、支援者の方々に、#検察なう Tシャツの写真を送ってもらって、それを掲載しています。

不謹慎だという声もありました。確かに犯罪者であれば、肩より低く頭を垂れて自粛すべきでしょうが、犯罪の犠牲者(戦争と冤罪は国家の犯罪です)である私は何ら恥ずるところはないので、むしろより多くの人に事件を知ってもらうべく、積極的に広報活動を行っています。「#検察なう」には、犯罪者はどっちだ、という社会の判断を仰ぐメッセージが込められているものです。

ヤフオクのヘビーユーザーである私は(検察の冒頭陳述では、1000円に満たない領収書を医療費控除申請すると脱税犯罪者だとのごとき主張がありました。先日、ブックオフで間違えて同じDVDを買ったため、ヤフオクで送料込700円で売りましたが、多分これも検察によれば脱税犯罪者のプロファイリングに合致するのかもしれません)、#検察なう Tシャツをヤフオクに出品していました。

#検察なう Tシャツが落札されたため、連絡したところ、落札してくれたのは、今回上申書を紹介する高校時代の友人でした。こういう形で支援の気持ちを示されるとうれしいものです。

先日、彼を含めた嘆願書・上申書を書いてくれた高校同級生と後輩の計8人で、蒲田に集合しました。1年後輩に蒲田の帝王がいるため、彼のテリトリーで飲もうという企画でした。私としては、始発まで飲んだのは久々でした。さすがに鎌倉までの帰りの電車で降りるべき駅を2回も寝過ごして、家に辿り着くのが大変でした。やはり本音で語り合える仲間というのはかけがえのないものです。

「上申書

八田隆氏の申告漏れ裁判にあたり、私の思うところを述べます。

私は八田氏とは高校の同級です。高校卒業後は会うことがありませんでしたが、1年半ほど前の2011年2月に私がFacebookに登録し、同年9月頃に八田氏とFacebook上の友達になってから交流が再開しました。

率直に私が思うに、八田氏は故意で脱税を行う人物ではありません。

誰とでも分け隔てなく付き合い、裏表がまったくなく、相手に媚びることなく、自分の信念を強く持った人間です。

私が知る唯一の彼の弱点は「俺は絶対にやってないから信じてくれ」ということを決して言わないことです。もしも回りの者から疑いの目を向けられたら、普通の人は素直に信じてくれというのではないかと思いますが、彼はそれを多分言いません。お前は友達だから俺がやってないことはわかってくれるだろう?とか、あなたは僕がそういうことをする人間かどうか分かりますよね?という風にしか言わないように思います。

自分は後ろ指を指されるようなことを決してしていないし、自分の生き方に自信があるから、自分を責める相手が現れた時には、自分が折れたり、なんとか説得したりするのではなく、とことん自分の正義で戦うことを選びます。裁判ではそのことが不利な材料にならないよう、そういう彼の性格を是非、裁判員の皆様にはご承知おきいただきたく思います。

さらにもうひとつ申し上げます。

彼は大変聡明です。今回の事件で有罪と問われるようなことを、彼が故意に行うことは考えられません。

少なくともバレないと考えることは想像できないし、その税額は彼の当時の収入や将来にわたって得られるだろう所得と比較してまったく大きな額ではありません。計画したり故意に行ったのではなく、過失でしかないことはきわめて明白です。

以上のことを是非、裁判時にご考慮いただきますことをお願い申し上げます。

寺西 常雄」

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2012/09/11 Tue. 07:14 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (12/60) 伏田啓子 

上申書 (12/60) 伏田啓子

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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ここで紹介する上申書は私の中学高校の同級生からのものです。成人式のエピソードが語られています。

成人式と言えば、地元の友人と連れ立って参加するものだと思います。私は小学校から高校まで国立の学校に行ったため、公立の学校に通う近所の子どもたちとの交流は全くありませんでした。それゆえ、地域ごとに開催される成人式には参加するつもりはなかったものです。

たまたま私の学区の成人式は市でも一番大きな会場でやることになっていました。

市から連絡があり、「新成人の代表として挨拶を読み上げてほしい。原稿はこちらで用意するから」とのことでした。

応募をしたわけでもないので、市が私の学歴から判断したものだと思います。「ふーん」と思いましたが、別に断る理由もなかったので、その依頼を受けることにしました。

服装に関しては特に指定されていなかったので、スーツをもっていなかった私は、黒の革ジャンと一番きれいなジーンズに黒のスニーカーを合わせて当日会場に向かいました。頼まれたから出席するだけの成人式のためにスーツを新調するという発想は自分にはなかったように覚えています。

私の出で立ちを見た市の役員の方々はぎょっとして、若干の間協議した挙句、「あー、八田君、申し訳ないが、君には交通安全の宣言を読み上げてもらうことにするよ」とおっしゃいました。

私は「ふーん」と思いましたが、「ま、いっか」とその役目を引き受けました。

私の代わりに新成人代表の挨拶を読み上げた方は、緊張していたのか、原稿を読み上げるだけなのに詰まったりして自分の原稿でないことがありありという状況でした。

私が役目を終えると、先の市の役員の方々は口ぐちに「いやー、堂々として実によかったよ。当初の予定通り新成人の挨拶を読み上げてもらえばよかったかな」と言っていました。

私は「ふーん」と思いましたが、同時に「こういう大人だけにはなりたくないな」と思ったものです。

「上申書

この度、クレディスイス証券での脱税容疑で起訴され公判中の八田隆氏につき謹んで申し上げます。彼とは中学高校で同級でした。

まず、この事件を知ったのは、彼がこの事件で告発され検察の取り調べを前に緊張した日々が続いていた時期、本人から直接知らせがありました。

自分に正直な彼が故意に申告をしなかったとは、全く信じられず、驚きだけでした。

何しろ自分が決めた事はすぐに行動に移し、責任を持って成し遂げると言うのが彼のパターンでした。地元の成人式で新成人代表に選ばれた彼でしたが、当日、ジーパンにジャケットとの軽装で現れて、周りを驚かせたのを覚えています。もちろん、成人式といえば、女性は振袖、男性は新調したスーツと決まっていた時代。決して彼は奇をてらって、軽装にしたわけでは無く、実際ありのままの20歳の自分を見せたかったのでしょう。考えてみれば全く自立していない学生が親に作ってもらった服装で式に出て、成人の自覚を持てるはずがないのかもしれません。

現在公判中の事件では、源泉徴収されていなかった株式の収入に対し、本人は源泉徴収されていると思い込んでいただけで、故意に申告をしなかったわけではないと主張しています。会社からの資料に個人での申告が必要との旨、書かれていたようですが、気付いていなかったとのことです。

もし、その部分に目を通し、内容を理解していたら、彼ならばその性格からなさねばならぬ事を行なっていたことでしょう。

私にしてみれば、検察が故意の脱税としての証拠を見つけ出すために、その会社側資料を使用したのかもしれませんが、第3回公判で検察側証人の部下も申告漏れしていたとの事、社員のどの位の方がそれに目を通していたのか甚だ疑問です。決して故意の脱税を示す証拠ではないと思います。元々故意ではないのですから、証拠は出ないのでしょう。

以上より、本人が故意に脱税したとは考えられず、無罪であると思います。

伏田啓子」

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2012/09/10 Mon. 07:37 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (11/60) 塩谷和彦 

上申書 (11/60) 塩谷和彦

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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外資系金融の給与は年棒制です。毎年1月に行われる、上司との10-15分程度の給与更改のミーティングが、一年の大イベントです。

その際に提示される金額は会社の評価であるがゆえに、非常に気にしてはいましたが、外資金融に勤務していた20数年の間、一度たりとも金額に不満を言うことはなかったと思います。

なぜなら、その金額は通信簿の成績のようなものであり、通信簿をもらってその成績をつけた先生に文句を言うことはナンセンスだからです。

私が最初に会社勤めをしたソロモン・ブラザーズの東京オフィスは、事実上能力給ではなく、外資系証券の水準からするとかなり低い水準で上限が決められていました。単純なトレーダーとしての業績は入社後4-5年目がピークだったので、それ以降10年間は毎年ほぼ同じ給与でした。他社に移籍すれば即時に倍以上の給与がもらえることは分かっていましたが、給与よりも大切なものがあの会社にはあったので、結局14年もいることになりました。給与よりも大切なものとは仲間、特に一緒に仕事をした同僚、後輩でした。彼らの多くが、今回、嘆願書・上申書を書いてくれました。

クレディ・スイスに入社して、いわゆる外資系証券の大きく変動する給与体系になったものですが、そこでも給与水準に不満は全くありませんでした。

マネージャーになって、部下が給与に不満をもらすのを耳にして、やはり人の価値観というのは違うものだと実感しました。勿論、私の場合は、自分が会社にとって絶対的に必要な人材だという自負があり、その人材にたかが給与のことなどで不満を持たせるようなことをするほど会社は愚かではないという見切りがあったことも確かです。

今回紹介する上申書は、ソロモン・ブラザーズの先輩からのものです。会社入社後の社員研修を経て、私の最初の配属先はニューヨークのトレーディングデスクでしたが、彼はその同時期にニューヨークの日本人担当デスクの営業に配属になりました。お互い社内でニューヨーク残留孤児とされたため、随分懇意にしてもらったものです。彼は、中近東出身の母親をもつハーフで(その国をいつまでたっても覚えられないので、いつも怒られます。敵対国の名前を挙げようものなら大変です。そして今もその国がどこか分かっていません)、日本人としては非常にドライなところがあり、気を遣わない私と気があったものです。

ここでのエピソードの一つに給与明細の話があります。外資系証券においては、給与明細は全く意味がないものです。それは、年棒の9割以上が賞与であり、基本給はタイトルによって決められた毎年同じ金額が支給されるからです。

今回も、弁護士がいろいろ調べる中で、「八田さん、住民税の調整で、毎月支払いの給与の手取りがある時期極端に減ったことを知っていましたか」と聞かれましたが、何のことか全く理解できませんでした。

私は例によって、「会社関係の書類は見返すことはないと分かっていても取っておく(そして実際見返すことは全くない)」という独自のファイリングシステム(?)を取っていましたので、査察部の押収物件には過去の給与明細がありました。

クレディ・スイスの給与明細について、検察特捜部の取調べで、「八田さん、ある時期まで保存していた給与明細が、それ以降ないのですが、なぜですか」と聞かれました。私は、「仕事が忙しかったので、面倒になってある時期から見ずに捨てるようになったのではないですか」と答えました。それに対する検事の答えは驚くものでした、「八田さん、それは違います。その時点から会社の給与明細はペーパーレスになって、紙の給与明細は支給されなくなったんですよ」でした。検察の取調べのその時まで、給与明細が配られなくなったことなど全く知らずに、受け取っていなかったことすら気にしていませんでした。

敢えて答えを知りながら、質問をして、答えが事実と異なるとそこから攻め込んでくるというのは検察取調べの常套手段です。能力の劣る検事であれば、そこで「虚偽の供述をしている」というストーリーを作るところですが、さすがに私を取り調べた特捜検事は優秀な方でしたので、調べればすぐ分かることの嘘をつくことはない、と思ったのだと思います。

私は人の給与明細がそこにあっても、何の関心も持たなかったと思いますので、他人も同じだろうと、この上申書にあるエピソードになったものです。人の給与って気になるもんなんですか?何のために?私には全く理解不能な発想です。

「上申書

私は、八田隆さんとソロモン・ブラザーズ・アジア証券で1987年から十数年間ともに働きました。以下で、八田さんに関する幾つかの印象、エピソードをご紹介したいと思います。

① 八田さんとの仕事上の経験

八田さんは、共に働いた十数年間、仕事上のやりとりにおいて、私に対し不誠実な行動をとったという記憶はありません。

② 八田さんは税金に明るいとは限らない

「金融のプロ」と一口に言いましても、それは、特定の商品や市場に対する知識の事をさします。米国債券市場の一商品であるモーゲージ証券のスペシャリストというのは、業界ではある種「おたく」であり、特に機関投資家の方々を相手とする場合は税金に関する知識は必要ありません。以前、八田さんから嘆願書を書いて欲しいとの連絡を受けた電話の中でたまたま聞いたことのある米国の税制に関する話をしましたら、八田さんは、「どうしてその様なことを知っているのですか?」と少し驚いていたのがとても印象的でした。八田さんが「金融のプロ」であるからと言って税制について詳しくなければならない、という強い理由はないと思います。

③ 八田さんは、「ざっくばらん」なところがある

同じ職場で働いていた時に、八田さんは自分の給与明細の封をあけたまま、何週間も自分の机の上に置いたままにしていたという事がありました。「人に見られるよ」と注意したところ、「こんなの、誰も見ないでしょう?」と軽く笑ってそのままにしていました。

最後に

八田さんの心の中を知ることが出来るのは八田さんだけです。しかし、上にまとめました通り、私にとっては、八田さんを疑う理由はありませんので、その気持ちを共有した次第です。

塩谷和彦」

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2012/09/09 Sun. 07:53 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (185) 「検察制度の根本的問題 その (2) ~国民の信頼こそが検察制度の基礎」 9/8/2012 

#検察なう (185) 「検察制度の根本的問題 その (2) ~国民の信頼こそが検察制度の基礎」 9/8/2012

皆さんはこの記事(9月2日付 神戸新聞)を読んでどう思うでしょうか。

「盗撮などで19人処分 神戸地検職員」

ここをクリック→ 神戸新聞記事

「けしからん!」という方も勿論多いでしょうが、「検事も人間だから」と思われる方もいると思います。

「人間は誰しも間違いを犯すものである。完璧な人間などいない」というのは、太陽が東から昇るのと同じくらい自明の理のような気がします。

しかし、私が気付いた検察制度の根本的な問題が何かとは、

「検察制度は『検事も人間である』ということを前提としていない」

ということです。つまり、検事も間違いを犯すとするならば、検察制度は成り立たない建て付けになっているということです。

説明します。

前回のブログでは、「相対的特信状況」の議論をしました。場合によっては(そしてそれは往々にして)、検察取調べの検面調書が、法廷での証言よりも正しいとされる、一般人の感覚からは到底合理的でないことが司法では起きます。

検面調書は、証言を録取したものですが、それは検事の手によって一人称で書かれます(但し、私の検面調書は例外中の例外で「問答形式」でした)。「誰々は何々をした」ではなくて、「私は何々をした」という、あたかも本人がそのまま書いたかのような文章は、書かれた内容の信憑性を増すギミックです。しかし、そこには作成者である検事の恣意的な作文が入ることは明らかです。ニュアンスの違いの訂正をどれだけ求めても、検事が応じることなく、証人が根負けするという話は山ほどあります。その調書が、法廷での本人の口から出る言葉より重要視されるとはどう考えても理解できません。

そのほか、検察に与えられたアドバンテージは、枚挙にいとまがありません。日本国憲法には基本的人権の尊重が謳われていると小学校で習ったような気がしますが、それがまるで絵空事のような実情が、検察の問題にはあります。

人質司法などはその最たるものです。「逮捕」と簡単に言いますが、ある瞬間から突然社会生活から遮断されるということが、どれほどとんでもないか、自分をその身に置いて見ればよく分かります。「会社はどうなるんだろう。学校はどうなるんだろう。家に置いてきたネコには誰が餌をあげるのか。コインパーキングに車停めっぱなしなんだけど。そう言えば炊飯器のスイッチ入ったままだ。」全ての自由が取調べのために奪われてしまうことの異常さを、もっと理解すべきだと思います(「罪証隠滅、逃亡の惧れあり」などはこじつけもいいところです)。

ここをクリック→ #検察なう (85) 「人質司法」

検察に与えられたアドバンテージは、強大な捜査権だけではありません。当事者主義を隠れ蓑に、証拠の全面開示をしないという、これまた一般常識ではありえないことがあります。弁護側に同じだけの証拠収集能力がないことは明らかです。なぜ検察が自分たちに都合のいい証拠だけを裁判に提出してよしとするのでしょうか。

ここをクリック→ #検察なう (110) 「証拠開示」

ここをクリック→ #検察なう (111) 「証拠開示 Part 2 『当事者主義』」

また、諸外国では認められていない検察の上訴権の問題もあります。これだけハンデキャップがありながら、弁護側はなおかつ地裁、高裁、最高裁と勝ち続けなければならないというのは、三審制とは被告人保護ではなく、検察のためのものだと思われても仕方ないと思います。

ここをクリック→ #検察なう (87) 「司法改革 (2) 『二重の危険』」

これらのことは、通常の感覚、一般市民の感覚で考えると実に不合理なことですが、ある前提を持ち込むと、その不合理さが雲散霧消します。

その前提とは

「検察は決して間違いを犯さない」

です。

もし検察が常に正しく、彼らがターゲットに定めた被疑者が必ず悪人であるならば、その悪人たちが法の網をくぐり抜けないよう、必ず最後には検察が勝つように、あらゆる権限を認めればいいということになります。

つまり、これだけ検察にアドバンテージを与えている検察制度の大前提とは、「検察は完全無謬で、過ちを犯すことなどありえない」という虚構なのです。

郵便不正事件は、その前提が虚構であることを世に知らしめた出来事であったと位置づけることができます。

もし完全でない者が、完全であることを強いられた場合の行く先は常に同じです。それは事実の隠蔽です。郵便不正事件でのバッシングの大きさに怖れおののき、これ以上、国民が検察問題に関心を持たぬよう、「臭いものにフタ」をしたのが、陸山会事件の捜査報告書捏造問題の本質です。

ここをクリック→ #検察なう (134) 「郵便不正事件より重大な検察の犯罪 田代検事報告書の検証」

その意味では、検察の 捜査報告書捏造問題の対応も、3.11における東京電力の対応や、大津のいじめ事件での教育委員会の対応と、発想は全く同じものです。

不完全なシステムが完全であるという幻影を維持できるのは、人々の信頼(=盲信)があって初めてなしうることです。

そして、国民が懐疑心をもつことにより、早晩、検察制度の矛盾に気づくのは時間の問題です。つまり、検察制度に関し、「これはフェアではない」と国民が思い始めているということ自体、検察制度の崩壊を意味するものです。彼らに「全権委任」するのは、国民が彼らを信頼してこそなしうることだからです。

それだけの権限が与えられるからには、非常に大きな責任が伴いますが、検察はその権限を当然のことだと勘違いしているようです。そして、一部の事件で、恣意的にその権限を悪用しているものです。

全ての事件、全ての検事がそうであるというものではありません。そこが巧妙かつより悪質とも言えるものなのですが、99%の事件において、99%の検事は正しくあるのですが、そこで築き上げた信用を、残りの1%の事件において、残りの1%の検事がそれを利用・消費しているものです。あたかも、いつもはよい子の優等生が、「彼はそんなことはしない」という信用の裏で、こっそりいたずらをするようなものです。

その1%は、彼らがある政治的意図をもって真実を曲げようとするもので、典型的には一部の特捜部の事件がそうです。郵便不正事件しかり、陸山会事件しかり。それらはその1%の氷山の一角で、国税局のメンツを保つために起訴をした私の事案もまさにその1%です。

そこまで知ると、あまりの問題の奥深さに暗澹とならざるを得ませんが、暴走する現代のリバイアサンに歯止めを掛けるものがあります。

それが「推定無罪の原則」だと、私は思います。この司法の大原則が遵守される限り、正義は守られるものです。そしてその責任を担うのがまさに裁判所の存在意義です。

ここをクリック→ #検察なう (159) 「疑わしきは被告の利益に」

但し、刑事裁判の有罪率が99.9%という現状を考えると、推定無罪原則がうまく機能していないということが分かります。検察が99%にうまく滑り込ませた1%に、裁判所が気付かないということがなぜ起こるのか。もう少し時間をかけて考えてみたいと思っています。

9/8/2012






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2012/09/08 Sat. 10:44 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (184) 「検察制度の根本的問題 その(1)~証拠の同意・不同意とは」 9/7/2012 

#検察なう (184) 「検察制度の根本的問題 その(1)~証拠の同意・不同意とは」 9/7/2012

私の第四回公判で、弁号証の証拠調請求で弁護側が採用を求めた証拠のかなりの部分が不同意とされました。

これに関し、多くの人から「なんでやねん?フェアじゃないんちゃう?」という違和感ありのコメントを頂き、掘り下げて考えてみることとしました。そして検察制度の根本的問題に思い至り、今回はそれを二部構成で論じてみたいと思います。

第一部の今回は、その「証拠の同意、不同意とは」という各論について考えます。素人考えなのでディテールで不正確な部分もあるとは思いますが、大雑把な議論としては以下のようになると思います。

まず証拠の種類には、供述証拠と非供述証拠があります。読んで字のごとく、誰かの言葉を、その言葉どおりの事実があることを証明するために用いようとする証拠が前者であり、それ以外が後者となります。典型的なものとしては、例えば殺人事件の場合、目撃者の説明を検事が調書化した検面調書は前者であり、被疑者の指紋と被害者の血痕がついたナイフは後者となります。

供述証拠に関しては、法廷での証言を除き、基本的には証拠能力がない(裁判所が証拠として採用できない)と考えた方がすっきりします。つまり基本的には、言葉を記録した調書は証拠にできません。「?」ですか?

それは、供述証拠に依拠しすぎるのは危険だから、法廷の外で作られた供述証拠はなるべく証拠とするのは止めようという考え方(伝聞法則)があるからです。供述証拠は、人間の知覚・記憶・表現・叙述が基になっており、見間違い、記憶違い、言い間違いということがある以上、それは必ずしも信用できない、ましてや供述する人間が嘘をついてる可能性さえあるということによります。

但し、法廷の外でできあがった供述証拠が公判で証拠採用される例外として、相手側が同意した場合があるということです。

つまり証拠はなんでもかんでも相手側が同意しないと公判で証拠採用されない、というものではなく、供述証拠以外のものは基本、相手側の同意がなくても証拠採用されるものです。そして供述証拠に限っては、相手側の同意を前提として証拠採用されるというのが原則です(相手の同意がなくても証拠能力をもつ供述証拠は、後述のような一定の条件を満たした検面調書など、ごく一部です)。

ただし、供述証拠・非供述証拠の区分けは、相対的、かつ、とてもテクニカルです。例えば、新聞記事などは供述証拠にも、非供述証拠にもなり得ます。新聞記事どおりの事実があったことを示すために用いようとすると、新聞記事は供述証拠として不同意の対象となります(私の第四回公判でも、新聞記事の多くが不同意とされました)。

その具体例を挙げます。「カルガモがお堀を引越しした」という報道の新聞記事を証拠請求する場合、もしその報道の内容どおりの事実があったことを立証趣旨とする場合(例えば、「親ガモが先導して、子ガモが10羽いた」という事実を立証したい場合)であれば、これは供述証拠として、不同意の対象となります。しかし、そのような「報道があった」という事実そのものを立証趣旨とする場合は、これを非供述証拠と扱うことができます。

しかし、そのように立証趣旨を限定しても、公判に提出されれば、当然その内容自体も裁判官の目に触れることになるので、この扱いはかなりテクニカルな印象です。

なぜ供述証拠を、不同意によって排除することができるかということの背景は、本来は「とんでもないでたらめの証拠で有罪にされたらたまったものではない」という被告人保護の精神から来ているものです。しかし、「当事者対等の原則」によって、弁護側と同じ権利を検察にも認めたものです。

そして現実には、自分たちに不利な証拠を排除しようという場合に、このことを利用しているような向きが少なからずあるのは、裁判が真実の追求からは離れて、有罪・無罪がゲームの勝ち負けのようになっている以上(検察の、手段を選ばず、何が何でも有罪にするという姿勢を見ているとそうとしか思えません)致し方ないことかもしれません。

次のステップです。

もし提出したい供述証拠が不同意となった場合はどうするか。その場合は、その証拠請求を取り下げて諦めるか、証人尋問を行い、公判での証言でその供述内容を再現するかのいずれかとなります。

証人の心理として、出たくもない法廷で尋問される場合、検察から呼ばれるのと、弁護人から呼ばれるのでは心理的プレッシャーが違うということは全く考慮されていません。

そして最大の問題は、証人が検面調書と異なる証言をした場合です。

検察の取調べにおいて、虚偽の供述をしてもそれのみで罪に問われることはありません。それに対し、法廷で嘘をついた場合には偽証罪とされます。その点では、法廷での証言の方が重視されているのですが、法廷での証言が検面調書と異なる場合で、かつ、法廷証言よりも検面調書の方が信用性が高い(それを「相対的特信状況がある」と呼びます)場合には、例外的にその検面調書には証拠能力が認められます。これが相手側の同意がなくても供述証拠に証拠能力が認められる例外の一つです。

検察が作る調書には検察にとって有利な内容しか書かれていないはずにもかかわらず、法廷での証言より、検面調書の方が信用性が高いといえるかどうかは、本来は慎重に判断しなければなりません。しかし、これまでの刑事裁判では、検察官が検面調書のほうが信用できると主張した場合に、比較的緩やかに検面調書が採用されてきました。

なぜここまで検察にアドバンテージを与える必要があるのか。それを考えた時に、はたと検察制度の根本的な問題を理解しました。

ここで述べたことはあくまで運用上の手続きが多いので、はっきり言えばテクニカルな事柄で、どうでもいいことも多いのです。なぜこのような不自然な制度があるのかという背景の方がはるかに重要です。

それに関しては次回のブログで説明したいと思います。

9/7/2012




ここをクリック→「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会動画ダイジェスト版」

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2012/09/07 Fri. 07:55 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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上申書 (10/60) 北川美音 

上申書 (10/60) 北川美音

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

源泉徴収というのは日本独自の素晴らしいシステムだと思います。日本の高度成長は、この制度なしではなかったのではとまで思います。

サラリーマンを煩雑な税務手続きから解放して仕事に専念させることにより、税収もアップし、何より取りっぱぐれがありません。源泉徴収制度は、納税側、徴税側双方にメリットがあると思われます。

徴税側としても、納税者が「税金を払ってる」という意識を強くもつよりは、「何となく知らないうちに払っていた」という状態の方が摩擦が生じにくく好都合と考えるのではないかと感じます。更に言えば、源泉徴収制度で確実な納税が担保されている以上、サラリーマンには税務に対してむしろ詳しくなって欲しくないのではないでしょうか。一般に「税務に明るい」=「節税のノウハウを持つ」ということだからです。

私もサラリーマンとして長らくその恩恵に浴し、税務に関しては会社任せ、確定申告ですら税理士に任せることで、税務手続きを意識から排除することができました。

ここをクリック→ #検察なう (80) 「正しく納税する意識がありますか」

その素晴らしいシステムを過信しすぎた嫌いはありますが、それでも今回の一件は、私としてははしごをはずされたようで、非常に残念です。20年以上サラリーマンをしてきて、その間何ら不満を感じたこともない優良納税者に対して冤罪の汚名を着せるというのはあんまりです。

源泉徴収制度を信頼させるようにしておきながら、アドホックに特殊なケースで例外を作り、納税者を騙し打ちするようなことは、公平・中立・簡素の租税原則に反するものです。

検察特捜部が検察全体ではないように、査察部も国税庁全体ではないのでしょうが、査察部の「納税は国民の義務であり、それを過少申告する奴は国家反逆罪だ」と言わんばかりの上から目線には、納税者に対して感謝の気持ちなんて毛頭もないのだろうなとがっかりしてしまいます。

サラリーマンもすべからく納税者としての権利を意識し、もっと徴税権力に対して不平不満を言うべきなのかもしれません。少なくとも、役所のメンツのために血税を湯水のように使うような所作は改めてほしいものです。

今回は友人の上申書ですが、知り合った時、彼女はレストラン経営者でした。事業主には、サラリーマンの源泉徴収に勘所がないかと思ったのですが、以前は銀座でオリエンタル・アンティークの美術商に勤務していたそうで、その当時は私と同じく給与所得者であったため「所得税は給与天引き」という感覚も理解しているとのことでした。

「上申書

八田隆に架けられた、所得税法違反の嫌疑について申し上げます。

八田氏とは、2002年頃から、私の経営するレストランのお客様として知り合いました。

国税局に告発された事は、本人からの連絡で知り、その経緯を聞きましたが、単に税金を納め忘れ、その額が大きいので罪に問われるのだというくらいの事だと初めは思っていたところです。その時、脱税というのは、単に税金を納めなかった事に対する罪ではなく、それが故意であった場合に罰される事なのだと、改めて知りました。

八田隆が故意に税金を逃れようとしたのか、単に過失で申告を怠ったのかという事を問うのであれば、それはまったくの過失であったと、私は何の疑いも無く思います。

八田氏と親しく付き合うようになり、気づいた事の一つに、金銭感覚がとても細かいと言う事があります。それは、お金に執着する、という事ではなく、合理性の無い事に関して、お金を支払いたくない、という事で、終始一貫しています。例えば、タクシーを利用する際も、道路を渡って反対側から乗れば近いところを、渡らずに乗り、遠回りになった事で不機嫌に文句を言われたこともありました。

今回の件は、会社の給与に関する税金の過少申告ということであり、彼が、その収入の一部を隠す事で、将来得られるであろう収入全てを失うかもしれないような危険を冒すとは、到底考えられません。将来に得られるはずの収入の額に比べて、その一部に掛かる税金は極めて少額であると言えると思います。その税金を故意に支払わない事で、社会的地位、その後の将来に得られるはずの収入を棒に振る可能性があるならば、そんな非合理的なことをするはずがありません。

私自身、レストランを経営していたこともあり、節税に関しては、少なからぬ関心を持っておりましたが、サラリーマンである八田隆が、その給料を節税、もしくは脱税しようとするのは、非常に考えにくい事だと思います。節税に使う労力があれば、それを本来の仕事に使う、というのがより生産性のある事であり、合理的と考えられると思います。

前回の公判で、会社からの確定申告に関しての指導は特に無かったということが明らかになりました。八田隆が、給料はすべて源泉徴収されていると思い込んでいた、というのは、サラリーマンとしては、ごく自然な事です。また、その源泉徴収票の金額も、毎回確認する人もいれば、受け取ったことで安心している人もいると思います。

私自身も、最近、遺産相続の手続きで税理士の方のお世話になり、申告の書類を作成いたしましたが、その際、提出する書類に判を押すのに、全ての内容を確認することなく押印しておりました。それはプロである税理士の方を信頼しているということと、間違っているはずがない、という思い込みからです。本来全て確認するべきなのでしょうが、全てに目を通すよりも、お任せしてしまった方が対費用的にも合理的であるとも言えます。じつはこの後、実際に金額の計算の誤りが分かり、提出前に訂正して、再び押印する、ということがありましたが。

もし、八田隆が故意に脱税したのであれば、それが公になった時点で、さっさとその罪を認めて、次のステップに進むのがどこから見ても合理的であり、彼の性格からしても、現状のように自らの無実を訴えるために時間と労力を費やすことは非生産的なことです。合理的な考え方からすれば、より大きな利益を生む事を優先するのが当然ですし、非を認めて、新しい仕事をする事で利益を求めるはずです。

八田隆は過失により、申告するべきであった税金を過少申告しました。それによって支払うべきその過少申告加算税と延滞税はすでに支払っております。

八田隆の所得税法違反という罪については無罪であると申し上げます。

国税局から告発され、今回起訴に至りましたが、検察庁、裁判所におかれましては、誤った事についてはそれを訂正し、正しい判断が為される事を心から希望いたします。

北川美音」

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2012/09/06 Thu. 06:51 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (9/60) 安原淳 

上申書 (9/60) 安原淳

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

今回は、私がもし第三者として上申書を書いたならば、このようなものになるであろうという上申書を紹介します。私の高校後輩からのものです。

私は真っ白な無実を主張しており、弱っちい「推定無罪の原則だから無罪」という主張をしているものではありません。しかし当事者以外は、検察も含め、事実そのものを客観認識することは究極的には不可能であり、推認をベースに主観的認識にならざるを得ません。

結局のところ、真実は私の頭の中にあり、私の言葉が信用に足るものか、あるいは嘘をついているかということを周辺の状況証拠を積み上げて判断するということになります。

有罪の立証責任は検察側にあり、その立証が合理的な疑いを越えるものであるという場合に初めて有罪ということが言えます。つまり、検察が「これは誰が見ても、どこをどうひっくり返しても真っ黒だろう」と立証し切った場合のみ有罪であり、それ以外は全て無罪となります。

これは以前に私がブログで述べたところです。

ここをクリック→ #検察なう (159) 「疑わしきは被告の利益に」

私が第三者として上申書を書いたとすれば、「検察は合理的な疑いを越える立証はしていない、ピリオド」です。

今回紹介する上申書は、裁判を傍聴した上で、冷静に「裁判員として」一般市民感覚に基づいて判断したものです。

彼の文章中にある「納税のために当該書類が必要」という文言は、会社からの株式報酬の支払通知書の欄外にある"RETAIN THIS STATEMENT FOR TAX PURPOSES”という英文の但し書きで、検察は「この文言により当該文書が確定申告に必要な書類であることは明らかで、この書面を税理士に提出しなかった、確定申告用書類に添付しなかったことが故意の証拠である」としているものです。私には「はあ?」というリアクションしかできません。

真実でない以上、全く客観証拠がないことは明白であり、その意味では検察もかなり努力はしていると評価できます。しかしいかに有能な検察といえども、無から有を作り出すことは不可能であり、その努力にもかかわらず、その立証は吹けば飛ぶような論理構成です。そこにはどんな荒唐無稽で牽強付会な論理でも、裁判所は丸飲みしてくれるという奢りが見え隠れするものです。

その傍若無人な「俺様度100%」の行動は、自らの過ちを認めることができずに真実をも捻じ曲げて自分たちを正当化するという彼らの行動論理を国民に知らしめるものであり、検察制度の基盤である国民の信頼を失い、引いては検察を弱体化させるということに気付いていないということは嘆かわしいことです。

「上申書

私は、八田氏の高校の一年後輩で、同じテニス部に所属しておりました。一学年130名程度の小規模な学校の先輩後輩として非常に親しくして頂いたと記憶しております。その後も同じ大学で学び、大学卒業後は全く連絡が途絶えておりましたが、2010年2月、報道により今回の事件を知ったものです。

その際に、八田氏が、“サラリーマンが会社からの所得を脱税して発覚しない”と考えるほど馬鹿ではないだろうと感じたこと、クレディスイスで100人以上が申告漏れを起こしていたことから、少なからずの英文書類に接してまいりましたが、外資系企業に勤務したことは有りません。また、工学部を卒業し、法律については全くの素人であり、これまで裁判所に出入りした経験もありませんでした。

今回の起訴にあたりましては、別途裁判員制度の中で議論されている様に、裁判とは一般の人間の感覚と合致しているものなのか、人として知っておきたかったこと、また、八田氏が旧知の人といえども、検察側の発言と八田氏側の発言の両方と聞いた上で、今回の事件に関する自分の考えを決めたいと思ったことから、初めて裁判を傍聴することとし、第一回、及び第三回公判を傍聴しております。

現在まで傍聴した内容からは、八田氏に脱税の意思があったことが明白になったとは言えない、これが私の印象であります。その理由は以下の通りです。

第一に、複数のクレディスイスのグループ会社から複雑に給与等の支払いが行われ、大方は源泉徴収されているが、一部源泉徴収されていなものが有り、これらが混在していたことは理解できました。しかしながら、私は、この混在について会社側が社員に対し、明確に区別した上で、納税義務について指導した事実が明白であるとは受け取ることが出来ませんでした(指導したことは明白ですが、大半の者が理解する様に指導したとは理解しておりません)。このため、八田氏が、会社の指導を通じ、源泉徴収されていないことを理解していたことが明白であったとは受け取ることが出来ませんでした。

第二に、検察側は、税務申告についての但し書があったことを主張されていますが、上述の通り、源泉徴収されていないことを理解していない人間にとっては、“納税のために当該書類が必要”とコメントされていても、“何か節税ができるとすればそのために当該書類が必要”になると理解できるため、必ずしも“納税のために当該書類が必要である”と八田氏が理解したとは言い切れないと考えております。

加えて、第三回公判の証人の方は、正しく納税されていらっしゃいますが、これは会社説明会で納税義務について理解したからではなく、個人的に税務に詳しい方に質問したために納税義務が有ることを理解したからであることはご本人が発言されている通りです。一方、その部下であるコンプライアンスのご担当者は、八田氏同様に申告漏れを起こしていることから、私の上記印象が強まっております。

以上、初めて裁判を傍聴した素人の印象であり、法律的な意味合いは全く解りません。ただし、本件は、決して複雑な事件では無く、(金額の多寡はあっても)普通の人にとって同様に起こりうる事件かと思います。有罪になった際に、そのご本人、ご親族に与える影響を考えると、有罪には、一般の人間でも充分に理解できる明らかな証拠・理由が不可欠かと思っております。これまでの公判では、私レベルの素人が理解できる証拠は見出されていないと感じております。裁判官におかれては、あらゆる人に理解できる正しいご判断をなさることを心から祈念しております。

以上

安原淳」

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2012/09/05 Wed. 08:27 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (8/60) 小島剛 

上申書 (8/60) 小島剛

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

今回紹介する上申書は会社同僚、公私共の友人からのものです。

彼の上申書ではいくつかのエピソードが紹介されていますが、それに若干の解説を加えさせて頂きます。

「デスクでの歯磨き」

仕事をしていた時は基本的にはデスク・ランチでした。そしてランチの後は、歯を磨きますが、いつもデスクで磨いていました。私はボーっとしてる時間がとにかく苦痛で、トイレの鏡の前で4-5分(かなり丁寧に磨く方です)歯磨きしているだけという時間を無駄に感じて、いつもデスクで仕事の資料を見ながらや、あるいはプライベートな用事(ワインの研究や週末の競馬レースの検討など)をしながら磨いていました。最終的にはトイレでゆすぐのですが、歯を磨いている間に仕事が入ったり、あるいはプライベートな用事に気が取られると、10分や15分そこらは歯ブラシをくわえたままということもよくありました。それを見た彼がこのように覚えていたのだと思います。あまりほかの人でやっている人を見たことがないのですが、よくみんな歯磨きの時間を無駄に思わないものだと不思議になります。

「TVを一切見ないし持っていない」

これは正確ではありません。TVはDVD鑑賞用に持っていましたが、「アンテナにつなげていない」が正確です。TVは情報が選択的ではなく受け身になるので、好きではない媒体です。勿論、見てよかったと思う番組もあるのでしょうが、そのほとんどは「暇つぶし」であり、TVを見ることは人生の浪費だと思っています。突発的な大事件を知らないことがデメリット(9.11を翌日の朝、会社に出勤するまで知らなかった)ではありますが、日常生活にほとんど支障はありません。お笑いのネタ自体は知っていても、それを見たことがないというくらいなものでしょうか。最近もフェイスブックにスギちゃんのネタを貼りましたが、実物はまだ目にしたことがありません。

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(Facebook 7/12/2012より転載)

「海に落ちた際に家に帰るまで履いた借り物の女性用ジーパン」

これは若干説明を要します。しかもこのエピソードは、彼を含む私の友人がいかに冷酷かを示すものです。秋口に、友人数人の家族と一緒にクルーザーでクルージングをした時のことです。私はクルーザーから岸に移ろうと思ったのですが、岸に手を着いた瞬間、自分が大きな過ちを起こしたことを理解しました。岸に近づき切っていなかったため、手は岸、足はクルーザーという「ブリッジ状態」で膠着してしまいました。ドリフのコントにあるような状況です。体がつっかえ棒になって、クルーザーはそれ以上岸に寄らず、むしろ徐々に離れていきます。「おい!助けろ!何とかしろ!」とパニくる私を見て、みんなは助けの手を差し伸べるどころか、大笑いをして「写メ!写メ!」と携帯カメラで激写する始末でした。そして私は敢え無く海の藻屑となりました。ずぶ濡れでとにかく寒かったので、人の着替えを借りたのが、女性物のジーパンだったというわけです。ウェストは当然入らないので、上がるところまで上げて、超腰履きしました。

以来、彼の娘には「船から海に落ちたおじさん」と呼ばれています。

「上申書

私はクレディスイスに5年以上在籍し、2006年の半ばに退職するまでの間、八田氏が行うビジネスと深く関わっておりました。我々の業務では、仕事を円滑に進める上でビジネスパートナー、カウンターパーティーの性格を把握する事は重要であり、また、八田氏とは公私共に付き合いがあったことから、彼の性格、行動パターンは理解しているつもりです。

私の中にある八田氏の人物像は大きく分けて2つ。

1.他人に影響されない

2.狭く、そして深く

それぞれについて、具体例を挙げます。

私がクレディスイスに入社した日、同僚に八田氏を紹介されました。メッシュを入れた長髪に屈託の無い笑顔と濃い顔、”なんだ、このチャラ男は?”それが第一印象です。

新卒で某外資に入社して同社が3社目、相応に癖のある方を見てきましたが、これほど外見にインパクトがある方は初めてでした。私達の顧客は日本の銀行等、機関投資家と言われる方々。競合他社と熾烈に争いながらビジネスを行うわけで、良い意味での”個”はあるものの、それは常識の範囲でなされるものであり、八田氏の髪型は理解を超えたものでした。

後日、ある顧客を訪問する際、”八田さん、その髪型って社内外から批判とか随分あるでしょ?”そう聞いた私に”褒められこそすれ批判はないな。えっ、何か問題あるの?”人懐っこい屈託のない笑顔で答える八田氏、私は眩暈を感じたものです。

八田氏のこの手のエピソードは枚挙にいとまがありません。デスクでの歯磨き、TVを一切見ないし持っていない、海に落ちた際に家に帰るまで履いた借り物の女性用ジーパン。

彼には思惑や見栄、虚勢はありません。他人がやっているから自分もやる、というおおよそ一般的な日本人的思考も一切ありません。極めて素直で表裏の無い、社会に対しても自分に対しても流されない正直な人間であります。

そして”狭く、深く”。

上記の例でも分かるように、彼には”一般的、常識的”という言葉は当てはまりません。興味のある事以外は思考が停止、自然と行われるであろう知識や経験の蓄積という事がありません。生活をしていれば自動的に享受出来る、他人に任せられる事に時間を割く事もしません。

ただし、自分が興味を持った事柄、例えば、彼が担当していた特殊な債券であったり、資格取得をしたワインであったり、ここ数年凝っているゴルフであったり、それについては想像をはるかに超える時間を費やし、また並々ならぬ記憶力や実行力を駆使して頂上に登りつめようとします。

ワイン資格の取得を目指した時もそうでしたが、仕事以外の全ての時間と余力をそこに全て注ぎ込みます。仕事で数分ほっとする時間があればワインの勉強、八田氏はボーっとしている時間が無く、周囲の人間も彼が今は何に興味があるかすぐに分かります。

八田氏が目標を定めた場合には尋常ではない量の参考資料等を熟読、自分が納得するまでわき目も振らず何ヶ月も掛けてゴールを目指すので、特定分野に対する知識は専門家と同等かそれ以上と思われます。いい加減な事や中途半端な事は出来ないので、八田氏が何かを自ずから行う際は非常に用意周到です。

私はこのような八田氏の性格を加味、それ以外に過去のプライベートでの言動や数年に渡って書き綴っているブログの整合性を考慮し、改めて八田氏が恣意的に脱税行為を働いていたのではないか?と彼を疑うところから入ってみました。当然、私的な感情は排除し、客観的かつ総合的に判断を試みましたが、やはり八田氏を疑う余地はなく、恣意的に脱税行為をしていたと考えられませんでした。

八田氏には追徴課税の他、再就職が困難になり、またニュース等で実名報道がなされるなどの必要以上の社会的制裁が加えられています。

私は無罪の判断に加え、八田氏の社会的名誉の回復を所望します。

小島 剛」

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2012/09/04 Tue. 07:27 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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上申書 (7/60) 岸本理和 

上申書 (7/60) 岸本理和

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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今回は私の幼稚園から高校の友人の上申書を紹介します。

彼女に嘆願書を依頼した際には、随分と事件のことについて質問されました。そもそも嘆願書の趣旨は、あくまで私の人物評定であり、事件のことすら知らなくていいという前提だったこともあり、敢えて事件のことは詳しく説明せず、友人・知人の知っているままの私という人間を書いてもらえばいいと思っていました。

しかし、彼女のように自分で事件の事に関しても納得して、無実の心証が得られないと書きたくない、書けないという人もいました。勿論、それらの人にはとことん説明し、納得して嘆願書を書いてもらったものです。

彼女がこだわっていた部分は、やはり多くの人がひっかかるであろう「金額」のことでした。

起訴は2年分の確定申告に対してされています。平成18年度分に関しては、自分でインターネットを使って確定申告をしていますが、約5000万円の過少申告、それに対する所得税約1850万円をほ脱したとされています。また、平成19年度分に関しては、税理士に確定申告を依頼していますが、約2億7500万円の過少申告、それに対する所得税約1億1300万円をほ脱したとされています。

「自分で源泉徴収票を確認してインターネット上に打ち込みながら、5000万円収入が少ない金額に気付かないのか」「源泉徴収票を受け取った時や、税理士が作成した確定申告書を確認すれば、2億7500万円少ない収入が記載されていることに気付いたのではないか」というものです。

答えを最初から知っていれば簡単に分かると思ってしまうことも、答えがふせられている場合にはなかなか分からなかったり、あるいはそもそも間違っていると思わなければ、間違いを見つけることはできないものです。

テレビで芸能人がだまされるどっきりカメラを見ていると、架空の番組の打ち合わせと称して、アイドルが変顔させられたり、大御所芸能人が変な振り付けの踊りを踊らされても、彼らは全く疑っていないので気付きません。彼らにとっては番組の打ち合わせは日常であり、日常の中の繰り返しには疑問をはさまないものです。

国税局や検察の取調べでも、「給与明細・源泉徴収票を確認しない人はいない」「なぜ税理士の作成した書類を確認しないで押印するということがあるのか」と問われ、同じような疑問を人からぶつけられたこともあります。それに対し、「いや、私はそうではない」と言ってもなかなか納得してもらえないのは、それが彼らの思い込みだからです。

それが納得できないほど思い込みが強いからこそほかの事実が受け入れられないということに思い至れば、「源泉徴収票の金額が間違っているなど全く想定しなかった」という思い込みがあれば、数字の間違いになぜ気付かないかということが分かるはずです。

これは「予断」と言ってもいいものです。人は予断があれば、それ以外の判断を排除する傾向があります。つまり「人は見たいものしか見ない」ということです。

捜査権力は、この予断を持つように訓練されていると言えます。被疑者は犯罪者であり、自分の保身のために嘘をつくものだ、という予断をもって捜査に当たります。ゆえに真実が見えてこないのだと思います。

裁判官はさすがにそうした訓練はされていませんが、それでも予断を持たざるを得ない環境にあるのではないかと思います。彼らは年間に100件程度の事件を扱いますが、有罪率99.9%という場合には、無罪は10年に1回しか遭遇しません。1/1000の確率であっても、それが命のかかったロシアン・ルーレットであれば、一回一回引き金を引く度に緊張しますが、誤審をしても全く責任を取る必要がない環境で、緊張を保てというのはなかなか難しいと思われます。

私は、税理士が確定申告書類の作成ミスをするなど全く想定していませんでしたし、またプロの彼がするミスを素人の私が見つけられるとも思っていませんでした。それよりも「コストをかけて労力を避けようとしているのに、自分が確認する労力を割くはずがない」と思い、税理士が作成した確定申告書を確認することはありませんでした。しかし、もし仮定で確認したとして、その数字を見ても、そもそも「間違っているはずがない」という予断があった以上、どんなにとんちんんかんな数字が書かれていようが、その間違いを見つけることはなかったと思います。

「思い込み」や「予断」が真実から目を逸らさせるというのは非常に重要なテーマだと思います。

「上申書

私は幼稚園から高校まで八田隆さんの同級生だった者です。

私が八田さんから最初に申告漏れの話を聞いた時の率直な感想は『なぜ億単位の申告漏れに気がつかなかったのか?』ということです。『普通気がつくよね?』と感じ、それに関して八田さんともずいぶんやり取りしました。

私は夫の分を含め、毎年確定申告していますが、その経験から言えば、毎年の誤差範囲であれば間違えていてもなかなか気付くことはできません。実際、これまでも2、3回間違えて税務署から連絡が入り、修正したことがあります。

なので、八田さんの場合もそれが誤差範囲であるなら気がつかないことも理解できると思ったのですが、八田さんによると誤差と言える金額ではないそうで、それならなぜ?と疑問に思いました。八田さんは税理士に確定申告を依頼していたそうですが、私ならたとえ税理士に依頼していても、例年の金額と比べて誤差を超える収入や税額であれば間違いに気がつくと思います。

ただ、確定申告を私に任せている夫は私が説明すればその内容を理解しますが、確定申告の用紙を見ることすらしません。私が計算を間違っていても気付かないだろうし、ましてや税理士に依頼していたら、プロが間違えるとは思いませんから疑うことはないと思います。夫に八田さんの件を話して『あなたなら気付く?』と聞いたところ、『100%気付かないね。』と答えました。夫の場合はたとえ自分で確定申告していても、会社が源泉徴収していると信じていたら、八田さんのように気がつかない可能性が極めて高いと思います。

このように、申告の間違いに気付くかどうかは個人の性格による部分がかなり大きいと思います。

私が八田さんが故意に脱税したのではないだろうと考える一番のポイントは、分かりやすい海外の口座に送金している点です。八田さんほどの知識と知恵のある人が脱税しようと思うなら、もっといくらでもいい方法を考えるだろうと思います。

一方で八田さんの能力や収入を考えると、いくらいい方法があってもわざわざそんな面倒な脱税をして、発覚を恐れて暮らすようなことはしないだろうとも思います。プライドも能力も高い割に案外小心者の八田さんがそんなリスクを負うとは到底考えられません。

私が八田隆でも、そんなことをするよりも普通に仕事をして稼いだ方がよっぽど楽で得な人生だと思いますし、それは今回の話を聞いた多くの人が感じることだと思います。

今回、社員の1/3が申告漏れになったと言うことからも、会社側のアナウンスが不十分であったことは否定できないと考えます。一方で2/3の人たちはきちんと認識して納税していたのですから、八田さんの注意が足りなかったことも間違いないと思います。そういう意味で八田さんの過失はあると思いますが、故意の脱税を疑うような証拠は全くないと考えます。

岸本理和」

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2012/09/03 Mon. 08:08 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (6/60) 石川隆道 

上申書 (6/60) 石川隆道

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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このようなたとえ話で始めさせて頂きます。

お百姓さんのミハエルが宗教裁判にかけられることになりました。教会が彼にかけた嫌疑は、「聖書には『地球は平たい』と書かれていることを知りながら、『地球は丸い』という聖書に反することを流布した邪教徒である」というものでした。

ミハエルは言いました、「おらは農作業が忙しいし、不信心だで、聖書なんぞ読んでおらん。地球も宇宙の一部ということは知っているだで、太陽も丸いさ、月も丸いさ、だから地球も丸いと思っただけだべ」。

ミハエルの家からは、聖書も発見されず、彼が聖書を読んでいたということを知る者もいません。ところが、教会は聖書に背く者はとにかく何が何でも罰せねばという姿勢でした。

村人の中で彼を知る者は、誰も彼が聖書を冒涜するなぞ大それたことをするとは思いませんでした。ところが、彼を知らない人の多くは「教会が言うんだから間違いねえべ。ミハエルは聖書に書かれていることと違うことを言っているんだから、聖書を冒涜しようとしたに違いねえべ」と悪口を叩きました。

裁判で、弁護側証人として立ったのは哲学者のプラトンでした。

「ミハエルが聖書を読んだかどうかは分からない。しかし地球は丸いぞよ。なぜなら沖から近付く船は上から見え出すし、月食の時に月に写る地球の影は丸いではないか」

ここでの争点は、ミハエルが聖書の創世記にある記述を読んでいたかどうかであり、地球が丸いかどうかではありません。しかし、ミハエルの思い込みが全く根拠がないものであるかどうかは重要です。誤解を生じる可能性が高ければ、そう思い込んだとしても仕方ないと考えることができるからです。

給与の一部が株式で支払われた場合、「それが源泉徴収されることはない」と誰が決めたのでしょうか。クレディ・スイス証券では当時こそしていませんでしたが、この事件後、源泉徴収に切り替えています。当時からゴールドマンサックス証券ほかの証券会社では、株式報酬も源泉徴収されていました。

第三回公判のクレディ・スイス証券の法務・コンプライアンス本部長の証人尋問での最重要質疑応答の一つが以下のものです。

検事 「当時の時点で、他社は一般的に株式報酬についても源泉徴収している、そういったことを聞かれたことは、そもそもありますか」
証人 「あったと思います」

検事 「していない会社もあるというのは聞いたことがありますか」
証人 「していない会社の方が多数だという理解でした」

検事 「あなたとして、だから当社も株式報酬も源泉徴収すべきであると、当時そういった概念を持ったことはありましたか」
証人 「ありました」「源泉徴収した方がいいのではないかとは思いました」

弁護士である法務・コンプライアンス本部長ですら、会社は源泉徴収すべきであるという意見を持っていたことは非常に重要です。

私の弁護団は、第四回公判の弁号証証拠調請求において、「会社は株式報酬も現金報酬同様源泉徴収すべきであった」との法解釈に基づいた意見書を提出しています。これに関しては、検察は意見を留保しています。

今回紹介する上申書は、その株式報酬も源泉徴収されていた外資系証券に勤務していた友人/後輩からのものです。

外資系証券に従事する者の税務に関する感覚・理解度を示すためにも重要なものだと思います。

「上申書

八田隆氏申告漏れ裁判に関して思うところを述べたいと思います。

裁判自体はまだ結審しておりませんが特に第三回公判を傍聴させていただき強く感じたことは本事案の刑事責任を個人に問うてよいかということです。

私自身八田氏が勤務していたような外資系証券会社に10年以上在籍しております。前職も今の会社も株、オプションによるボーナスは社員に権利が移転したタイミングで源泉徴収を会社が行っています。基本的に会社からのみ収入を得るサラリーマンの立場からはとても簡潔かつ明瞭な処理の方法だと思います。

八田氏の勤務していたクレディ・スイスを含め外資系金融機関の中には処理が複雑、煩雑な深刻の作業を社員自身に求めていた企業があることを近年知りました。とても不親切、不整備に感じたのは言うまでもありません。

第三回公判ではクレディ・スイスの法務コンプライアンス部長が検察側証人として出廷しておりました。証人が企業をまもる立場にありながら質問への回答へ窮していた姿が印象的でした。特筆すべきは証人の部下であるコンプライアンス部長が申告漏れをしていた事実。これは一般社員よりも英語文書に関して一層の理解力を持っている立場のものでさえ処理方法を理解できずに過ちを犯してしまう可能性が十分にあったことを如実に示しています。私がこれまで感じていた支払・徴収の複雑さ、社員個人へそれを託す不親切さを改めて思い知らされました。

明らかに支払者である企業側の体制、処理に問題があったといわざるを得ません。事実、国税が調査を開始し本事案などが公けになって以降、殆どの外資系金融機関は会社が源泉徴収義務を負うように処理方法を変えています。企業側が問題の責任を感じているという明らかな証です。  

企業側が責任を感じていることの本質を刑事責任として一被雇用者に問うてよいのでしょうか。

八田氏は申告漏れがあったことを素直に認め、収めるべき税額をきちんと収めています。そして本事案が遅滞して処理されてきたこの数年間定職につくことが出来ず社会的に十分すぎるほどの制裁を受けています。その上に刑事責任を問うというのは一般市民的な刑事罰の感覚から逸脱していると思うのです。

何卒この点を本事案を検討されるに当たりご考慮いただきたいと思います。

源泉徴収の責任は本来どこに課されるのが雇用者と被雇用者の関係を考える上で妥当であったのか、必要以上に社会制裁を受けている個人にこれ以上刑事責任を問うてよいものなのか、ぜひ市民感覚に則した法の正義を実現していただきたいと願っております。

以上

石川隆道」

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2012/09/02 Sun. 08:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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