「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (88) 

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2012/12/30 Sun. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (242) 「高杉ナツメ コミックマーケット出展情報」 12/28/2012 

#検察なう (242) 「高杉ナツメ コミックマーケット出展情報」 12/28/2012

(強制捜査から1473日)

「#検察なう」の恒例、法廷画を描いている高杉ナツメが、年末の「コミックマーケット83」に出展します。

コミックマーケット(通称「コミケ」)は、世界最大規模の同人誌即売会で、毎年8月と12月に定期開催され、次回コミケが83回目となるビッグイベントです。

有明の東京ビッグサイトにて、2012年12月29日(土)30日(日)31日(月)の三日間、10:00~16:00開催。

一般参加者は入場無料です。

高杉ナツメの個人サークルは、明日の29日(土)出展です(30日、31日に行っても彼女はいません)。

サークル名: Studio KODAI (すたじおこだい)

スペースNo: O-13b

場所は東2ホール、「歴史・文芸」のジャンル内にいます。彼女の専門分野は、本来エジプト古代史ですので。

勿論、「#検察なう」法廷画集も販売されます。目標50冊!

是非、足をお運び下さい。

同じく同人誌即売会のCOMITIAに出展した際の状況はこちら。

ここをクリック→ #検察なう (218) 「高杉ナツメ法廷画集『#検察なう』 COMITIAで展示即売」

コミケとはなんぞや?と興味のある方は、主催者コミックマーケット準備会作成の資料をご覧下さい。

ここをクリック→ コミックマーケットとは何か?

12/28/2012












ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会ダイジェスト版」(動画)


ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

ここをクリック→ 過去のお勧めブログ記事


ここをクリック→ 過去のお勧めブログ記事 Part2

ここをクリック→ 過去のお勧めブログ記事 Part 3

ここをクリック→ 嘆願書まとめ

ここをクリック→ 上申書まとめ






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category: 刑事事件一般

2012/12/28 Fri. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (241) 「BBC放映 『日本における強要される自白』」 12/27/2012 

#検察なう (241) 「BBC放映 『日本における強要される自白』」 12/27/2012

(強制捜査から1472日)

新年、1月3日から3日間に亘って、BBC(イギリス国営放送)にて、「Japan Forced Confessions (日本における強要される自白)」という番組が放映されます。

ここをクリック→ BBCテレビ 「日本における強要される自白」

同様のプログラムはラジオでも放送されます。

ここをクリック→ BBCラジオ 「日本における強要される自白」

概要はこうあります。

"Mariko Oi investigates forced confessions of suspects in the Japanese criminal justice system. She asks if the use of prolonged questioning and other dubious tactics by police and prosecutors might be one reason for Japan's astonishingly high conviction rate."

その概要から、内容を想像するに、先頃のPC遠隔操作なりすましウィルス事件を題材に、なぜ無実の者が自白をするのか、なぜ日本では異常なまでに刑事裁判での有罪率が高いかということを扱うようです。

そこでは、当然、弁護士の同席も認められず、録音・録画がなされない密室での取調べが、その一因であることが報じられるものだと思われます。

日本の常識は世界の非常識という典型的な例です。実に恥ずべき状況です。その責任の多くは、取調べの全面可視化に抗っている検察にあるものです。そして、先日の最高裁判所裁判官の国民審査に際し、対象裁判官のほとんどがこの話題に関して、意見を留保していたことは記憶に新しいものです。

日本は先進国の一つであるという自負を国民の全てが持っていると思われますが、刑事司法の分野においてはむしろ後進国であるという状況です。

そしてその不利益を被っているのはほかならない我々国民です。無関心であることは、冤罪を作ることに加担していることだと理解して、関心・理解度を深め、議論すべきだと思います。

12/27/2012










法廷画が冊子化されました。正(第2回公判~第7回公判、400円)、続(第8回公判~第11回公判無罪判決、500円)の2冊です。代金(実費)は、無償で法廷画を描いてくれた漫画家にカンパされます。ご希望の方は「#検察なう フェイスブック・コミュニティ」のメッセージでご連絡下さい(送料9冊まで80円、10冊以上160円)。

#検察なう


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 被告人最終陳述

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

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category: 刑事事件一般

2012/12/27 Thu. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (240) 「第十回公判 トゥギャッタ―」 12/26/2012 

#検察なう (240) 「第十回公判 トゥギャッタ―」 12/26/2012

(強制捜査から1471日)

前回公判も大勢の方に傍聴頂きました。ツイートのご協力も頂き、ありがとうございました。

恒例のトゥギャッタ―です。

ここをクリック→ 第10回公判トゥギャッタ―

是非、ご覧下さい。

この中でも、特に、傍聴頂いた佐藤真言さんのツイートは素晴らしい洞察のものです。

ここをクリック→ 佐藤真言氏ツイート

私の事件と共に、彼の巻き込まれた事件も知ってほしいものです。

ここをクリック→ Amazon 「四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日」

判決は来年3月1日です。

12/26/2012













ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

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category: 刑事裁判公判報告

2012/12/26 Wed. 10:30 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (87)  

赤鼻のプリンセス in #検察なう T-shirt (by H.P ♀)

メリー・クリスマス & ハッピー・ニュー・イヤー!!

少しでもこの世の中から冤罪がなくなりますように。
子供たちに未来を。それが我々大人の責任です。


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category: #検察なう Tシャツ・プロジェクト

2012/12/25 Tue. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (239) 「第十回公判最終陳述」 12/23/2012 

#検察なう (239) 「第十回公判最終陳述」 12/23/2012

(強制捜査から1468日)

結審の際に私が行った被告人最終陳述です。私の4年間の思いです。是非、ご一読下さい。

最終陳述

佐藤裁判長、渡辺裁判官、小泉裁判官、最終陳述の機会を与えて頂きありがとうございます。

クレディ・スイス証券職員、元職員を対象とした税務調査が開始して以来、既に4年を越える歳月が経過しています。

税務調査の知らせを受けた直後から、今日まで、私の主張は徹頭徹尾、終始一貫しています。

それは、「株式報酬も給与であると理解しており、当然、納税の義務があることは知っていたが、会社の給与天引きで納税していたと思っていた。源泉徴収票に記載されていない会社からの給与があるとは夢にも思わなかった。」というものです。

即ち、偽りその他不正行為により、所得税を免れたことは一切ありません。

私は、その同じ説明をこの4年間、何十回、何百回と繰り返してきました。

この事案の争点は、私の過少申告が過失であったのか、あるいはわざとやったのか、その一点だけです。

またほ脱対象とされる所得は会社の給与であり、それに関する書類は、会社に問い合わせればただちに入手可能なものです。

それほど単純な事案でありながら、なぜ税務調査開始から今日まで4年という歳月が費やされなければならないのでしょうか。

その理由は、国税局査察部統括官の言葉に端的に表れています。それは、故意を立証する「証拠が存在しない」からです。それでも故意を認定せざるをえないという結論ありきの捜査であることが、この4年という異常に長い時間が費やされているただ一つの理由です。

この機会を借りて、まず、これまでの公判で触れられなかった側面から、私の論証を加えたいと思います。

税務調査は、私が社会人人生の中で初めて株式を取得した2005年度から、クレディ・スイス証券退社の2007年度までが丁度その対象年度となりました。

税務調査がその3年分を対象としていながら、その最初の年である2005年度申告は告発対象から外されています。そして、私の所得税法違反嫌疑は、2006年度と2007年度のみを対象としています。

2006年度や2007年度と同様に税務調査対象年度であり、同様に株式報酬が過少申告となっているにも関わらず、なぜ最初の年の2005年度申告が告発対象から外されたのでしょうか。

捜査当局が仏心で大目に見てくれたと考える人は、よもやいないと思います。そこには何らかの理由があるはずです。

私の担当税理士もその点を不審に思い、国税局に確認しました。

査察部査察官の回答は「時効です」というものでした。

しかもそれは、電話口で即答したのではなく、一旦、電話を保留にして相当時間、検討する間をおいてからの回答でした。

それが虚偽の弁明であることは明らかです。

告発対象外となった2005年度は、過年度申告を2007年2月15日にしています。その時効完成は、過年度申告を起算日として5年、即ち今年2012年2月14日経過時となります。

私の担当税理士が国税局に問い合わせ、時効だとの回答を得た2009年5月17日の時点では、実際にはまだ時効完成まで3年近い時間を余していました。起訴をするには十分に時間があると判断されたはずですし、これだけ時間を費やしながらも、実際に起訴は昨年の12月になされていることから、やはり十分に間に合ったということになります。

なぜそうした虚偽の弁明までして、2005年度申告を告発対象から外した理由を明らかにしたくなかったのでしょうか。

それは2005年度申告の状況から、その年の申告に関しては到底故意が立証できないからという以外に理由は考えられません。捜査当局ですら、2005年度の過少申告は過失であると認めざるをえないということです。

もし税務調査対象年度の最初の年の過少申告を告発・起訴して、それが故意ではなく過失であると認定された場合、続く2年の過少申告も同様に過失であるとされかねないと判断したため、審理の対象から外してそこに注意が行かないようにしたものだと思われます。

検察の論告では、私がほ脱の意図を持っていたとしながら、株式報酬が源泉徴収されていないという、サラリーマンにとっては到底常識とはいえない特殊な税務に関する知識を、私が、いつ、どのようにして得たかの特定を避けています。それは、例えば殺人事件で、凶器の種類や入手経路を特定しないかの如く、彼らの論理を脆弱なものにしています。特定ができないのは、犯行に至るまでの前足となる証拠が全く認められないことが理由ですが、それはほ脱の事実がそもそもないためにほかなりません。

告発対象からはずされた2005年度申告の状況をおさらいします。

この年の申告は、以前に依頼していた税理士の過怠により、申告は期限内にはなされていませんでした。脱税をするのであれば、これ幸いとその無申告の状況を利用するものと思われます。

しかし私は、新たな税理士に依頼して、過年度申告をしています。その税理士に一言「株式報酬をもらっていませんか」と言われれば発覚するというリスクを取ってまでして、税理士に依頼して脱税をするというのもありえないものです。

この、強く納税意識を伺わせる過年度申告という事実が、捜査当局をして、2005年度過少申告についての故意の立証を諦めさせた最大の理由だと思われます。

そして税理士に過年度申告を依頼した時点では、ほ脱の故意が認められないという場合、そのタイミングは極めて重要です。2005年度過年度申告を税理士に依頼する以前の証拠は、故意の立証の証拠とはなり得ないからです。

そして、脱税をしようとしたという場合には、自動的に、株式報酬が源泉徴収されていないという知識を得たのは、過年度申告を税理士に依頼した時点以降でしかないということになりますが、その推論は、かなりの可能性を限定・排除します。

実際に、私が2005年度過年度申告を税理士に依頼したのは、2006年の夏から秋にかけてのことです(甲29号証)。

様々な会社関係資料の中で、取調べにおいて最も時間が割かれたのは2006年度株式報酬の受け渡し通知であるメモランダムと呼ばれる書面ですが、その交付は2006年6月下旬のことであり、2006年の夏から秋にかけてとされる2005年度過年度申告を税理士に依頼した以前のこととなります。(甲17号証)

また、公判での被告人質問でも度々取り上げられた、シンガポール・エグゼクティブ・コンペンセーション部職員からの「Tax Withholding Requirements (IMPORTANT)」と題するメールも、その配信は2006年3月15日であり、それもやはり、2005年度過年度申告を依頼する以前のこととなります。(甲55号証)

つまり、それらの書面に書かれた、会社の税務に関する免責の文言によって、株式報酬は源泉徴収されていないことを知ったという検察の主張は明らかに失当であると結論づけられます。

そもそも、2005年度の申告においてほ脱の意図なくして偶然にも過失で申告もれとなり、わずか半年後の2006年度申告までに何らかの契機によりその機会に気付いたとすること自体、実に不自然です。特段の事情がない限り、物事の状況には継続の原理があるものです。そして、もし特段の事情があるとすれば、その立証責任は検察にあり、検察の論告では全くそれに触れられていないことは先に述べた通りです。

サラリーマンの会社給与に対する所得税は給与天引きであるということが社会通念であり、それに例外事項があるという特殊な事情を私が知り得たという契機を全く立証することなく、外形的な事実のみで有罪に陥れようとする検察の起訴は、まさに推定有罪を主張するもので、刑事司法に対する冒涜とも言えるものです。

しかし、ここでは一旦その不自然なこと、即ち、2005年度申告での過少申告は過失、2006年度及び2007年度申告の過少申告は故意であったという仮定をしてみます。

その場合においては、税理士に依頼した2005年度申告の成功体験に基づいて、2006年度申告も同様に税理士に依頼する方が安全な脱税だと考え、同じ申告方法を取ることの方が合理的です。しかし実際には、2006年度申告は私自身が国税庁ホームページ上で行っています。

もし脱税をしようとするのであれば、申告方法を変えることは不合理であるということは、2007年度申告においても同様です。

もし2006年度申告時に、何らかの理由で、自分で申告する方が脱税の発覚するリスクは少ないと考えたのであれば、2007年度の申告においても、税理士に依頼することなく自分で申告するはずです。実際には、私は再び税理士に依頼していますが、それは、脱税をしようとしていたとすれば実に不合理な行動です。

つまりこれらの、申告の方法を毎年変えるということは、ほ脱の意図がなく、その都度の自分の都合がその申告方法の選択の理由になっているからにほかならないものです。

公訴権濫用に関して一言付言します。

私にとって、検察による公訴権濫用の主張は非常に納得のいくものです。

私は真実を知っています。その真実に捜査権力が辿りつけない事には、二つの可能性があります。

一つは、彼らが悪意をもって、私が無実であることを知りながら、告発・起訴をしたというものであり、もう一つは、彼らが無能であり、彼らの捜査能力をもってしては、真実を見出せないというものです。

私は、日本の捜査権力はそれほど無能だとは思っていません。むしろ非常に優秀だとすら思っています。

さすれば導かれる結論は、必然と、彼らは、私が無実であることを知りながら、告発・起訴をしたということになるものです。

しかし、そう考える私ですら、捜査権力が冤罪を積極的に作ろうとしているとは思いません。それは結果的にそうなっているだけだと思います。

彼らは、真実を追求することをミッションとするのではなく、少なくとも査察官、検察官個人のレベルでは、とにかく告発をすること、起訴をすることが彼らの仕事であると信じ、それを事務的にこなしているのだと思います。

たとえ、彼らに告発される者、起訴される者が無実であったとしても、告発、起訴をすることが、彼ら自身の仕事であると思っている以上、彼らは、全くイノセントに与えられた仕事を忠実に処理しているという感覚なのだと思います。被疑者、被告人が無実であるかないかの判断は、彼ら現場の個人レベルの責任ではないということです。

問題は、無実であるかないかの結論の見極めが極めて早い段階でなされ、捜査に着手後は、その結論を見直すこともなければ、もしそれが誤りであったと知り得た場合でも、組織の行動として引き返すことが全くできないということにあります。

私の事案で言えば、過少申告は客観的事実としてあるので、私は、当初疑われることには全く抵抗はありませんでした。国税局査察部の強制捜査の際にも、これで真実が明らかにされるとむしろ安堵感すらありました。「彼らも何百人、何千人という脱税犯を見てきたのだから、私が嘘をついているかどうかはすぐ分る。また、説明するまでもなく、強制捜査で得た資料を精査すれば真実は自ずと明らかとなる。」と思ったものです。

しかし実際には、結論は強制捜査着手以前の内偵の段階で既についていて、強制捜査自体もその結論を裏付けるための証拠集めに過ぎないということだったのだと思います。まさに結論ありきの捜査ということです。

なぜ彼ら捜査権力は、自らの過ちを許容しないのでしょうか。

その背景としてあるのは、正しくなければならないという無謬性のプレッシャーだと思われます。間違いを犯さないということの過大な責任感と言ってもいいかもしれません。

国税局、検察が「我々は全く間違いを犯さない、犯してはいけない」と考えることが、彼らをして、自らの間違いを全く許容しないという精神風土になっているのだと思われます。そのことが、間違いを犯した場合の隠蔽体質につながっているものです。

また、組織の論理が、常に個人の判断に優先するという事情も、過ちを許容しない理由だと思われます。

特に特捜部の場合、その組織の論理には、常に世間の耳目を集める見栄えのいい事件を手掛けたいという功名心があります。

私の事案でも、国税局の覚えをよくしたいという政治的な思惑が、彼らの正しい判断を誤らせたものだと思います。

そうした政治的な思惑が行動原理に影響を与えることにより、組織の論理が個人の判断に優先することの弊害は、あたかも大きなタンカーが一旦方向を決めると、急な舵取りができないのと同様、ずるずると虚構に虚構を重ねても、当初の結論を自己実現しようとすることです。

人が、必ず正しくあるということは不可能です。しかし、正しくあろうと努力することはできます。それは自らの過ちを認め、その過ちを自ら正すべく努力することです。引き返す勇気こそが、今、捜査権力に求められている資質だと思います。

自分たちが正しいと言い張っていれば信じてもらえるというほど国民は愚かではなくなっています。捜査権力は、我々国民の厳しい監視にさらされている緊張感を持って職責を果たして欲しいと思います。

この4年間で私が失ったものには、様々なものがあります。

時間そのものもそうですが、やはり仕事を失ったことは、仕事を生きがいとしていた私としては、苦痛に耐えないものがあります。

被告人質問で、裁判官から、将来の復職に言及された際には、この4年間持ちえなかった「希望」を見たような気がして、暖かい気持ちになりました。しかし、現実は厳しいものです。金融の最先端にいた者にとって、4年間のブランクは到底埋めようがないものです。

私にとって業界復帰の最後のチャンスは、刑事告発直前に米証券会社から得た香港支店勤務の内定でした。その意味で、刑事告発は、外資系証券マンとしての死刑宣告と言えるものです。

告発後も、半年ほど会社は待ってくれましたが、検察の取り調べは一向に始まらず、結局、内定は先方から取り消されることとなりました。その瞬間死刑が執行されたが如く、もう二度とその機会を取り戻すことはできません。

外資系証券の業務は、私にとっては天職だったと思っています。アメリカ人の上司や同僚を持ち、最新のマーケットの情報と商品知識を駆使して、中国、台湾、韓国、シンガポールを含むアジア全域の投資家を顧客とするビジネスで成功するためには、能力もさることながら、むしろそれ以上に適性が非常に重要となります。私の成功の理由は、私自身その適性に富んでいたことにほかなりません。

いまだに時折、仕事をしている夢を見ることがあります。そうした朝に起きた時の気分ほど悪いものはありません。自分の能力を最大限に発揮することができた、外資系証券業界での活躍の場を永久に奪われてしまったことは、言葉にできないくらい悔しいものです。国家権力という強大な影響力を執行する立場にある者として、人の人生を変えることに、捜査権力は無責任であってはならないと思います。

また、少なからずの友人が去って行ったことも耐え難い苦痛です。彼らにすれば、踏む必要のない踏み絵を踏まされたようなものです。関わり合いになりたくないと距離を置いた人間は、今後どのようなことがあっても戻って来ないと思っています。

冤罪を訴え、世に広く主張すれば、見知らぬ方からの非難・中傷も少なくありません。そうした非難・中傷も、私にすれば、全く受ける必要がなかったものです。

しかし、そうした試練も、刑事司法の転換期において、私に授けられた運命なのだとこの時点では達観しています。

自分が冤罪に巻き込まれるという状況になるまでは、刑事司法に関して知ることはありませんでした。しかし、こうした状況になり、一般市民感覚で物事を量ると、刑事司法の在り方には様々な矛盾を感じています。そうした矛盾を世に知らしめ、議論の契機を作ることが、私に与えられた使命だと思っています。

最後に、検察の方々に一言だけ申し上げたいことがあります。それは、あなた方の初心を忘れてほしくないということです。あなた方が、法曹界を目指したのは何のためだったのでしょうか。社会正義の実現のためにほかならなかったのではないでしょうか。厳しい司法試験合格の後、まさに秋霜烈日の気概を持って、検事の道を選んだのではなかったのでしょうか。世の中の誰に対してより、その頃の自分に胸が張れるような仕事をするよう心がけて下さい。

そうすれば、自分たちに有利な証拠だけを開示して不利な証拠を隠すであるとか、検面調書を密室で自分たちに都合よく作文するとか、ましてや無理に被疑者に自白をさせることや、無理に起訴をすることがあなた方の仕事ではないと容易に理解できるものだと思います。

今からでも遅くはありません。そうした組織の論理にまみれた自分への挑戦を今日から始めて下さい。是非とも、よろしくお願いします。

以上をもって、私の最終陳述とさせて頂きます。裁判官の方々にはこの機会を与えてくれたことを再度お礼申し上げます。

私は、偽りその他不正行為により、所得税を免れたことは一切ありません。

何卒、公正なご判断をお願いします。

12/23/2012






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category: 刑事裁判公判報告

2012/12/23 Sun. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (238) 「第十回公判報告 最終弁論+被告人最終陳述」 12/22/2012 

#検察なう (238) 「第十回公判報告 最終弁論+被告人最終陳述」 12/22/2012

(強制捜査から1467日)

地球も滅亡することなく、私の第10回公判も無事終わりましたので、ここに報告させて頂きます。

予定通り午前10時半に開廷。さすがに公判も10回目となると、傍聴リピーターも慣れたもので、「10時半くらいに行けばいいんだろ」という感じで、開廷直後は少し空席もあった法廷も、次々埋まっていきました。

さすがクライマックスシリーズ最終戦とあって、最終的には東京地裁でも大きな法廷の傍聴席の大方が埋まる盛況でした。傍聴に来られた方には感謝を申し上げます。

今回の公判では、弁護人の最終弁論と私の最終陳述が行われました。

まず弁護人の最終弁論。

傍聴されている方でも立証構造が分かりにくかったかと思われますので、第四の弁護人の私から解説させて頂きます。

裁判の場には、裁判官、検察、弁護人+被告人という三者が参加しています。その三者の目標とすべきは「真実の追求」であり、その意味では三者の参加意義、目的は本来、一致しています。

しかし、この公判では、検察は公益の代表者でありながら、「真実の追求」という本来の責務を放棄して、「自分たちの利益」=「被告人を有罪とすること」を図っています。そもそも、なぜ被告人を有罪とすることが、彼らの利益なのかも理解不能ですが、「当事者主義」という訳の分からない論理で、公判を勝ち負けのゲームと考え、「有罪=勝ち、無罪=負け」としているのが検察の在り方です。

その姿勢に対する厳しい批判が、最終弁論の冒頭で述べられました。引用します。

「本件は、被告人のほ脱の故意の有無につき争いはあるものの、間接事実レベルでの事実関係そのものにはほとんど争いはない。

検察官の主張と弁護人の主張の相違は、多数の事実から、いかなる事実をほ脱の故意の有無の判断に必要な事実として抽出するか、抽出した事実についてほ脱の故意との関係でどのように評価するか、という点で意見を異にしているにすぎない。

事実を追求するために重要なことは、第一に、ほ脱の故意の有無の判断に必要な事実が「全て」抽出されること、第二に、それらの事実を適切に評価することである。

公益の代表者たる検察官においては、有罪方向の事実だけを抽出して無罪方向の事実を抽出しなかったり、抽出した事実の評価を恣意的に行ったりするようなことがあってはならない。」

この引用部分の最後の一文、「あってはならない」は痛烈な皮肉で、「てめえらそんなことしてんじゃん」というものです(育ちのよろしい私の弁護人はそのような言葉遣いは間違ってもしませんが)。

前回の第9回公判では、検察の論告が行われました。その前半部分で、「争うことのない事実関係」として32の事項が指摘されました。

それに対して、今回公判の前半部分、佐野弁護人が主張した「争うことのない事実関係」は100の事項に及びます。

どういうことかというと、有罪・無罪の判断材料となる事実関係の指摘において、検察は有罪方向に使えるような事項のみを挙げ、無罪方向と考えられる事項には言及すらしないのに対し、弁護団は全ての事実関係を網羅したというものです。

今回の事案で争点となるのは、過少申告が私の過失であったか、故意であったかという一点のみです。

証拠となる事実関係に関しては、「故意でなければ説明不可能」「故意とする方がより合理的」「過失とする方がより合理的」「過失でなければ説明不可能」という濃淡があります。

検察が挙げた32の事実関係には、「故意でなければ説明不可能」という、故意の決定的な証拠は一つもありません。そして「過失とする方がより合理的」「過失でなければ説明不可能」という証拠には全く言及していないということが、弁論の前半部分で指摘されているということです。

分かります?

公判後に、私の知り合いで傍聴してくれた方に「どうだった」と感想を聞くと、「うーん、弁論の前半って検察の論告とかぶってない?」と言われたのですが、似て非なる如く、実は弁護人の主張の方がはるかに高尚です。

多分、このレベルの理解は法曹関係者でないとぴんとはきていないとは思いますが。

弁論の後半部分は、故意がなかったことの積極的な立証及び検察の論告に対する論駁となります。

故意がなかったことの積極的な立証は、小松弁護人が「ここは非常に重要ですので、14の項目を挙げて説明させて頂きます。」と言って始めた部分です。

「過失とする方がより合理的」「過失でなければ説明不可能」の事実関係の指摘は、かなり傍聴人にもアピールしたようです。各論はまた機会を改めて述べたいと思います。

検察の論告では、これまでの公判で明らかとされた無罪方向の証拠の評価や弁護人の主張に対する論駁を全くせず、自分たちの意見の押し付けに終始するものでした。

検察の論告は、相手の主張にきちんと自分の論理で反駁しない、「お前はそっちで勝手に言ってろ、こっちはこっちの言い分があるんだ」という、実に次元の低い論告であったことは以前のブログで説明したところです。

弁論では、きっちり論告に対する反論をさせて頂いたものです。私は、この部分に弁護人の真骨頂を感じました。

それは、検察が、故意であることを裏付けると主張する事実関係に関して、「過失であるとしても合理的である」というニュートラルに押し戻す主張に留まらず、「むしろそれは過失であることを物語っている」と、相手の技を利用してこちらの技で返して一本を取る大技でした。

ここも各論は別の機会に述べたいと思います。

そして、最後は、じゃじゃーん。私の最終陳述でした。ようやく自分の主張の場が与えられた感じです。

最終陳述は通常、一言、二言というもののようですが、それでよく自分が裁かれるという状況に甘んじられるのか、私の感覚では理解しずらいものです。「裁判とはそういうもの」というのであれば、実に被告人に対して無慈悲な感じがします。

しかし、私は20分間たっぷり時間を頂き、さえぎられることなく(ちょっと初公判のトラウマ)主張させてもらいました。

終わって、何人もの方から「拍手したかったよ」と言われたのがうれしかったです(法廷では拍手は禁止)。

その全文をここに掲載します。是非お読みになって下さい。

ここはクリック→ 最終陳述

いやー、さすがに昨日は疲れました。

あとは「人事を尽くして天命を待つ」です。

判決は、来年3月1日午前11時です。

12/22/2012












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2012/12/22 Sat. 09:18 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (237) 「本日 = マヤ暦イヤーゼロの日 = 第十回公判」 12/21/2012 

#検察なう (237) 「本日 = マヤ暦イヤーゼロの日 = 第十回公判」 12/21/2012

(強制捜査から1466日)

今日、西暦2012年12月21日という日は、5125余年という長いマヤ暦の最後の日だそうです。

20120725_31381.jpg

世界終末論もあるようですが、今のところ無事のようなので、私の公判も予定通り行われることになりそうです。

私の第十回公判は、本日10時30分より、東京地裁第718号法廷で開廷されます。弁護人の最終弁論と、私の最終陳述が行われます。

このマヤ暦最後の日である「イヤーゼロの日」は、古い歴史の終焉であると共に、新しい歴史の始まりでもあります。

こちらのブログをご参照下さい。

ここをクリック→ 12月21日に迎えるマヤ暦の意味とは

これによると

「イヤーゼロという2012年12月21日、そこは1つの時代の終わりではありますが、新しい時代の始まりでもあります。世界は変容しはじめて、少しずつ新しい時代へと移行していきます。新しい世界秩序や価値観が生まれて融合し始め、人間の時間に対する新しい認識や調和感を促してくれることになるでしょう。」

だそうです。

「新しい価値観」.....いいじゃないですか。

今、我々に必要とされているのは、まさにそれです。

これは全てのことに当てはまるものではありますが、刑事司法においてもしかり。検察の絶対無謬性という旧来の価値観が完全に瓦解し、本来の刑事司法の在り方に進んでいく記念すべき第一歩が今日だと言えます。

そうしたメッセージを、私の最終陳述で感じ取って頂ければ幸いです。

多分、私ほど公判を楽しみにしている被告人もいないのではないかと思います。歴史が変って行くのを一緒に感じてみませんか。

法廷でお待ちしています。

(残念ながら来られない方は、「#検察なう」のツイート及び明日のブログに注目!!)。

P.S.
同じく本日13時30分より、「ロボスクエア贈賄冤罪事件」の被害者永末康子さんの控訴審判決があります。是非、この事件を紹介した私のブログをお読み下さい。これが打ち砕くべき旧弊です。

ここをクリック→ #検察なう (115) 「氷山の一角」

ここをクリック→ #検察なう (126) 「氷山の一角 パート2 『ロボスクエア贈賄冤罪事件』」

そして私は、その時間には、違う事件の裁判の傍聴に横浜地方裁判所川崎支部に馳せ参じます。

12/21/2012











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2012/12/21 Fri. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (236) 「#検察なう 千社札作りました」 12/20/2012 

#検察なう (236) 「#検察なう 千社札作りました」 12/20/2012

(強制捜査から1465日)

とうとう明日、21日(金)私の公判が行われ、結審の運びとなります。

最終弁論と被告人最終陳述が行われます。私も20分程度、弁を奮う予定です。

東京地裁第718号法廷にて1030より開廷されます。是非、傍聴及び「#検察なう」のハッシュタグ付きのツイートのご協力をお願いします。

「#検察なう」最新グッズとして、千社札ステッカーを作りました。

CIMG4869.jpg

是非、私の武運長久を祈願して、あちこちにペタペタはって下さい。

私のiPod touchにも貼ってみました。

CIMG4872.jpg

なかなかなもんでしょ。

ご希望の方に差し上げますので、是非、ご一報下さい。

それでは明日のクライマックスシリーズ最終戦、第10回公判をお見逃しなく。

12/20/2012










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2012/12/20 Thu. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (235) 「国民審査結果の検証」 12/19/2012 

#検察なう (235) 「国民審査結果の検証」 12/19/2012

(強制捜査から1464日)

衆議院議員選挙が終わりました。その結果に関しては、連日報道されているところです。

同日に行われた最高裁判所裁判官国民審査に関しては、衆議院議員選挙よりはるかに報道の量が少ないのですが、それも仕方ないところかと思います。出来レースの結果の報告では、メディアも盛り上がらないところです。

10人全員が信任というのは、言うまでもないところですが(不信任となることが事実上ないということが問題点であるとこれまでのブログで指摘してきたところです)、あまりの不信任率の低さにはいささかがっかりしました。

ここをクリック→ 記事「<最高裁国民審査>10人全員が信任」

今回の国民審査対象の10人の中で、最高の不信任率といっても8.74%です。不信任となる50%越えは到底ありえないという水準です。

不信任投票の呼びかけである「X10 (バッテン)プロジェクト」を指示、拡散させてもらった私の意図は、裁判官の罷免を意図するものではなく、全く実効性のない制度を、コストをかけて存続させる矛盾を知ってほしかったものです。

しかし、その失望も江川さんの選挙後の特別寄稿を読んで、希望に変わりました。

ここをクリック→ 江川紹子氏特別寄稿 「選挙は終わった 安倍氏やマスコミに願うこと、自分が心がけること」

国民審査に関する部分です。
「ところで、最後に最高裁裁判官の国民審査についてのご報告。私の問題提起に対して、多くの方が呼応して、投票用紙に×をつけるという行動を起こした。一票の格差の是正を求める弁護士グループが新聞広告などで精力的に呼び掛けたこともあって、今回は前回より投票率が大幅に下がったにも関わらず、つけられた×の数はむしろ増えた。

×が増えたことを喜ぶわけではない。また、全裁判官に×をつけることが正解と考えているわけでもない。国民審査の制度の問題点を一人ひとりが考え、それに対する異議申し立てなどの意思表示をしようと実行に移したことが尊いのだ。

私自身も、ツイッターなどで寄せられた意見で、今までは知らなかった問題に気づかされることもあった。今回の人々の意思表示が、制度の改善につながるよう、政治家たちにもしっかりと働いてもらいたい。いや、働かせたい。」

前回、平成21年に行われた国民審査の結果がこちらです。

ここをクリック→ 平成21年 最高裁判所裁判官国民審査投開票結果

そして、今回の結果がこちらです。

ここをクリック→ 平成24年 最高裁判所裁判官国民審査投開票結果

これだけ選挙の投票率が低いということが伝えられながら、前回の罷免可の最高得票数(754,165票)を、今回では、最低得票数ですら上回っている(758,291票)という結果でした。

やはりこれは、少なからずの人が、この制度に異議を唱え、反対票を投じた結果だと思います。

そう思った時に、私が感じたことは、「百里の道も一歩から」ということでした。そして一歩を踏み出したことが、大きな意義だと思います。諦めてしまっては何も変わらないということを改めて思いました。

実はメディアでもそうした問題意識を持って報じているところもあります。

ここをクリック→ 産経新聞記事 「最高裁裁判官の国民審査 形骸化の指摘も」

こうしたメルクマークとなるところで報道の質を精査し、我々がメディア・リテラシーを高めていくことも今後必要になるのではないでしょうか。

色々、考えさせられます。一緒に考えてみて下さい。

12/19/2012









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2012/12/19 Wed. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (86) 

つよぽん (チョナン・カン) in #検察なう T-shirt (by 正義将棋 @Peanutice81)

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2012/12/18 Tue. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (234) 「強制捜査4周年~4年前の主張」 12/16/2012 

#検察なう (234) 「強制捜査4周年~4年前の主張」 12/16/2012

(強制捜査から1461日)

国税局査察部による私名義の不動産4ヶ所及び金沢の実家への一斉強制捜査は、4年前の丁度今日、2008年12月16日に行われました。

私はたまたま帰省しており、金沢の実家にいました。朝8時、4人の査察官が、突然捜査状を持って家に乗り込んできました。聞くところでは、ほかの4ヶ所にも同時に強制捜査が入り、関係者には多大な迷惑をかけたものです。

実家の捜索は午後の4時頃には終わりましたが、私はその後金沢税務署に連行され、取調べを受けることになりました。

その取調べから解放され、家に帰ることができたのは夜中の2時頃でした。

次の取調べの呼出しは、一日置いての二日後に東京大手町の東京国税局だったため、私は取るものも取らず、強制捜査の翌日に車で東京に戻ってきました。

金沢から東京へはいろいろなルートがありますが、私がよく使うのは北陸自動車道を糸魚川で降り、白馬を通って、中央自動車道に抜けるルートです。スノーボードのため毎シーズン通い、最初の会社を辞めた時には半年間住んだ白馬の景色を眺めて帰ります。

その時は、前日の取調べの様子を思い浮かべながら、翌日の取調べでいかに理解してもらうかを考えながら6時間程の間ハンドルを握っていました。

そして次の日の取調べに際しては、「まず説明させて下さい」と私は、過少申告が過失であったことの理由を説明しました。

その時の説明をベースに作成し、後日文書でも提出したものが、この添付の東京国税局長宛ての文書です。

ここをクリック→ 1/9/2009作成 上申書

当時は弁護士もつけておらず、全て自分の言葉で書いたものです(税務調査開始後に、若干の用語の知識はつけましたが。会社在籍時は「源泉徴収票」という言葉すら碌に知らない税務オンチでしたから)。

先日の検察論告では、私の主張が変遷しているかのような揚げ足取りがされていますが、この文書を読んで頂ければ、それが全くふざけた言い掛かりであることがお分かり頂けると思います。

ここに書かれた私の主張の骨子は

「株式報酬は給与であると理解していた以上、申告及び納税の義務があることは知っていたが、それは源泉徴収票を提出することで申告され、会社の給与天引きで納税もしていたと思っていた。源泉徴収票や税理士作成の確定申告書を自ら確認することもなく、実際の納税額の把握はしていなかった。」

というものです。

4年前から今まで、その主張は1ミリたりともぶれていません。この4年間、同じことを何百回、何千回と繰り返し言い続けています。

事件の概要を説明するのに30秒とかからない単純な事案です。争点も私の故意があるかないかの1点のみで、ほかに争う事実認定は全くありません。なぜそのような事案に、4年もの歳月が費やされなければならないのでしょうか。

まさに「証拠はない。それでも有罪にしなければならない。」という「悪魔の証明」(この用語に馴染みのない方は是非ググってみて下さい)をしようと、捜査権力は躍起になってるということです。

私は、4年前の当時はきちんと説明をすれば理解されると思っていました。この4年間で、捜査権力とは真実を追求するものではなく、彼らの論理を押し通すものだと知りました。

この4年間、沢山の方々にご支援頂き、本当に感謝しています。正義を求める戦いはまだまだ継続します。引き続き応援の程、よろしくお願いします。

12/16/2012











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2012/12/16 Sun. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (233) 「国民審査 『X10 (バッテン) プロジェクト』の意義」 12/15/2012 

#検察なう (233) 「国民審査 『X10 (バッテン) プロジェクト』の意義」 12/15/2012

(強制捜査から1460日)

明日は衆議院議員選挙の投票日です。それと同時に行われるのは、最高裁判所裁判官の国民審査です。

これに関しては、先日のブログで書かせてもらったところです。

ここをクリック→ #検察なう (229) 「来たる最高裁判所裁判官の国民審査について」

江川紹子氏がプッシュしている、10人全員に「X」をつける「X10 (バッテン) プロジェクト」ですが、私もこれをフェイスブックで紹介したところ、友人からメッセージをもらいました。

その友人も賛同して、更に彼女の友人に勧めたところ、拒否られたそうです。彼女のメッセージは、次のようなものでした。

「罷免する程なのかどうかよくわからないのに X つけるのは抵抗あるって言われてしまった」

そのように感じられる方は少なくないのかもしれません。しかし、私にすれば "You're missing the point." 「うーん、分かっちゃないなあ」です。

なぜなら、国民審査で「X」をつけようというのは、何も彼らを罷免しようとするものではないからです。いくら皆さんがこぞって「X」をつけたところで、彼らが罷免されることはありません。

簡単な計算をしてみましょう。

日本の有権者数は1億人を少し越えた程度です。1億人としましょう。衆議院議員選挙の過去最低の投票率は59.86%ですので、60%としましょう。そして過去最高の国民審査の不信任率は15.17%ですから、15%とすると、「最低の投票率の場合、過去最高の不信任率よりも更に何人が「X」をつけないと罷免されないか」というと、

1億 x 60% x (50% - 15%) = 2100万人

ということになります。この約2000万人というのはとんでもない数字であることはお分かりになると思います。

江川さんのツイッターのフォロワーは約10万人です。その10万人が全て「X」をつけて、更に一人一人が呼びかけて、一人につき10人の賛同を得て彼らが「X」をつけても、たかだか10万人+100万人です。

周りを見回して、その有権者数の1/5の人々がいきなり刑事司法の矛盾に気づいて、「けしからん。よし、国民審査で「X」だ!」なんてことにはなりようがないということです。

こう問われたらどうでしょうか。

もしあなたが、本当にひどい最高裁裁判官を知っていて、その方を罷免したいと国民審査で問いかけても、制度のからくり上、罷免されることはないということに対して、おかしいと思いませんか?

これはどうでしょう。

突然、国民審査のルールを変えて、「信任と思う裁判官には「〇」をつけましょう。それ以外の印、あるいは白紙投票はすべて不信任票とカウントします」となった場合、確実に全ての裁判官が自動的に罷免されることになりますが、そうしたやり方はおかしいと思いませんか?

つまり「X10 (バッテン) プロジェクト」の意義は、国民審査が国民の権利を担保する重要な制度だと言いながら、それを骨抜きしている制度のからくりに「No!」と言いましょうということです。

またそれは、「国民は何も知らなくていいんだよ」というお上の論理に対して「No!」と言いましょうということです。

フェアな国民審査の投票方法は、信任は「〇」、不信任は「X」、白紙投票及びそのほかの記入は棄権とすべきです。そのように制度を変えようとする訴えが「X10 (バッテン) プロジェクト」の意義です。

少なくとも私はそのように理解して江川さんを支持します。

是非、彼女の最新記事「最高裁裁判官の国民審査をどうする?」をお読み下さい。

ここをクリック→ 江川紹子「最高裁裁判官の国民審査をどうする?」

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12/15/2012










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2012/12/15 Sat. 10:09 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (232) 「尼崎連続不審死事件に関する元特捜部主任検事のつぶやき」 12/14/2012 

#検察なう (232) 「尼崎連続不審死事件に関する元特捜部主任検事のつぶやき」 12/14/2012

(強制捜査から1459日)

先日、尼崎連続不審死事件の被疑者が代用監獄内で自殺したと報道されました。

その件に関して、以前からフェイスブックで注目している前田恒彦元特捜部主任検事の書き込みがありました。

やはり既存メディアから真実を得ることはできないということでしょうか。

また、この事件が、彼の指摘するように、「死人に口なし」と処理されかねないことに大きく危惧を感じます。

彼の書き込みを全文引用させて頂きます。

(以下引用)

警察は、今月5日に殺人容疑などで複数の関係者を逮捕した際、警察が主犯と見ていた女性被疑者につき、「悪いのはすべて私です」との弁解録取時の供述内容をマスコミにリークした。捜査段階の被疑者の供述内容は、「夜討ち朝駆け」の場であろうが、記者を集めた「公式会見」の場であろうが、絶対に漏らしてはならないはずのものだ。他方、多くのマスコミも、この情報に飛びつき、「難攻不落」の女性被疑者が殺意を含めて全面的に容疑を認め、再逮捕によって捜査が新たな局面を迎えたかのような報道を一斉に行い、警察が描いたスジ書きに沿った形で「既成事実化」を後押しした。しかし、実際のところ、この女性被疑者は、「死んだと報告を受け驚いた。殺意はなかった」と一貫して容疑を否認していた。結局、この女性被疑者は、自ら「死」を選んだ。

そもそも、「悪いのはすべて私です」という供述は、到底「自白」と呼べるものではない。逮捕直後、殺意があったのか否か、あったのならその中身は確定的なものか未必的なものか、いつ発生したものかなどを丁寧に尋ね、その一つ一つについて詳細に弁解を聴き取り、これを調書で押さえ、後知恵によるその後の新たな弁解構築を塞ぐというのが、本件のような事案において行われるべき弁解録取のはずだ。身内が次々と逮捕されたことで「結果責任」を痛感している被疑者の心境につけ入り、総論的に頭を下げているかのような弁解録取書にサインさせ、あたかも容疑を全面的に「自白」して「落ちた」かのように得意げに公表するなどといったことは、到底許されるものではない。

他方、マスコミは、被害者遺族などの憤りのコメントを使い、事件について明確な説明を避けたままで自殺した女性被疑者を暗に批判している。しかし、警察リークの尻馬に乗って「既成事実化」に手を貸し、この女性被疑者を精神的に追い込んだマスコミにも、猛省が求められるはずだ。

この女性被疑者は、10月以降、留置係員に対し、複数回、自殺をほのめかしていた。取調べ直後は疲れてフラフラとしていることもあり、普段は睡眠導入剤を服用していたとのことだから、明らかに心情不安定な「自殺予備軍」だった。こうした重要な情報は、きちんと警察から検察に伝わっていたのか。相部屋に収容され、留置職員の巡回も10~15分に1回のペースで行われていたとのことだが、カメラによる監視がない部屋であれば、幾らでも隙を突くことができる。なぜ警察の留置施設ではなく、多数の死刑囚が収容されていて「自殺防止」に向けた監視体制がより強化されている「拘置所」に身柄を移さなかったのか。これでは、被疑者の身柄を警察の手の内に置き、疲れてフラフラになるまで取調べを行い、虚偽自白を迫ろうとしたと批判されても致し方ないであろう。

実体験に基づくことだが、拘置所では、接見禁止が付いており、しかも自殺の危険性が高いような被疑者を、絶対に相部屋などには入れない。壁面に物を引っ掛ける突起物などがなく、天井も高く、天井中央にカメラが付いていて24時間態勢でその動静を監視できる特別な個室に収容する。シーツや布団カバー、タオルといった長い物の持ち込みは許されないし、衣類も着用しているもの以外は居室外の衣装ケースに収納させられる。寒い冬の時期だからといって頭からスッポリと布団を被ることも厳禁であり、布団から必ず首まで出しておかなければならない。職員のみならず、幹部も頻繁に様子を見に来て声をかける。例え深夜や早朝の時間帯であっても、巡回職員が何らかの異変を感じたら、直ちに予備の鍵を使って鉄扉を開け、直接様子を伺う。取調べ室や接見室などへの行き帰りも他の被収容者らとは全く別のルートを使い、運動・入浴なども単独で実施し、完全に隔離する。驚くほどの徹底ぶりだ。自殺は究極の罪証隠滅工作だからだ。

警察は結果責任を認めるのみで「落ち度」を否定するが、自殺防止のために取りうる手段は幾らでもあったはずだ。少なくとも、今後、「死人に口なし」を好都合として、この女性被疑者に全責任を被せた形で共犯者らの供述を上手くまとめ上げ、相対的に共犯者らの刑事責任を実際よりも軽減させ、「一丁上がり」とするような事態だけは、絶対に避けてもらいたい。自殺に至った経緯についても、徹底した検証が不可欠だ。

ここをクリック→ 前田恒彦 「元特捜部主任検事のつぶやき」

12/14/2012









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2012/12/14 Fri. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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# 検察なう (231) 「検察の『裸の王様』化を危惧する」 12/13/2012 

# 検察なう (231) 「検察の『裸の王様』化を危惧する」 12/13/2012

(強制捜査から1458日)

昨日は、実に目まぐるしい日でした。朝のニュースでは、ミサイル発射延期が伝えられていたのに、「なぬ!?フィリピン沖~?」。そして事件そのものはほとんどスル―していましたが、尼崎連続不審死事件の主犯格女性被疑者が留置場内で自殺ということも伝えられました。

そして舞鶴高1女子殺人事件の被告人(事件当時60歳)が控訴審で逆転無罪というニュースを、私は複雑な気持ちで見ました。

ここをクリック→ 舞鶴高1女子殺人事件報道

私は、この事件で犯人とされた被告人が無実であるかどうかは全く分かりません(目撃者の当初「女子高生と一緒にいた男性は、18歳からせいぜい22~23歳でヒップホップ系の服装をしていた」という証言が変遷したことや、被告人の悪人性に偏った報道は気になりましたが)。しかし、判決は実にシンプルなもののように思えます。それは、「検察の立証が合理的な疑いを越える程度でない以上、推定無罪の原則により被告人は無罪」という、刑事司法における基本中の基本に忠実なものです。

まずこの判決が大きな驚きをもって受け止められるというところに、今までの刑事司法の在り方を見、そして今回の判決で、確実に刑事司法が動き始めたことを感じました。

また私の違和感の中には、遺族のリアクションに対するものがありました。遺族が犯人を憎む気持ちは、当然理解できるものの、やはり憎む対象は真犯人であるべきです。逆転無罪判決により、ほかに真犯人がいる可能性も大いにあるのに、捜査権力を信頼し切っている言動には、首をかしげるものです。

一連の検察不祥事、冤罪事件の報道の後では、「検察またか」という雰囲気もあり、私は、そうした世の中の変化に検察の意識がついていっていないかもということに危惧を覚えるものです。検察が「裸の王様」となっている状況です。

裁判所が検察の主張を無批判に受け入れるということがなくなれば、メディアも検察リークの信用性を問い始めます。私の刑事告発の段階で、実名報道をした全国紙の記者が言った、「告発をもって起訴、有罪というのでなければ怖くて記事は書けないですよ」という言葉通り、怖くて記事が書けなくなるはずです。検察の思惑通りの記事が書かれなければ、今までのような世論のコントロールで外堀を埋めるということもできなくなります。

検察に自浄能力が欠如していることは、陸山会事件の虚偽報告書問題でも、そして東電OL殺人事件においても検察の対応を見ていてよく分かりますが、自分の正当性を苦し紛れにこだわることが自分の首を絞めていることに気付かないというのは実に哀れです。

強制捜査権・逮捕権ほか、我が国の検察に与えられた権利(検察上訴権、二号書面の優位性等々)は、諸外国の例を見ない程、強大なものです。それは、基本的人権の尊重という小学校で習うような憲法の基本理念はどこに行ったんだ、と言えるほどです。そして、それは彼らが「常に正しい、いつも正しい、必ず正しい」という共同幻想の上に預託されているものです。

早晩、検察が絶対無謬であることに、人々が疑問を感じ始め、それら権利を抑制しようとする動きになることは確実です。取調べの全面可視化しかり。それに抵抗する態度が国民の信頼を失わせているということに、なぜ賢明な彼らが気付かないのか、私は理解に苦しみます。国民の信頼を完全に失う前に、検察は早く威厳を立て直すべく、大きく軌道修正すべきだと思います。

私が、息子に話したことは、「人は絶対に正しくあることはできない。但し、正しくあり続けようと努力することはできる。それは自分の過ちを認めて、それを自ら正すよう努力することだ。」ということです。私の息子は今年18になりましたが、理解してくれたと私は思っています。高校生でも理解できることが、検事に理解できないはずはありません。

検察が正しくなくして、正義はありえません。頑張れ、検察!です。彼らに正義が見られないときは徹底的に糾弾させてもらいますが。

12/13/2012







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2012/12/13 Thu. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (230) 「山梨キャンプ場殺人事件 最高裁上告棄却 被告の死刑確定へ」 12/12/2012 

#検察なう (230) 「山梨キャンプ場殺人事件 最高裁上告棄却 被告の死刑確定へ」 12/12/2012

(強制捜査から1457日)

昨日、最高裁判所(田原睦夫裁判長)において、以前私がブログで紹介した山梨キャンプ場殺人事件で殺人などの罪に問われた阿佐吉廣被告の判決がありました。

判決は上告棄却。死刑が確定することとなりました。

以前、この事件を紹介した私のブログはこちらです。

ここをクリック→ 冤罪ファイル 「山梨キャンプ場殺人事件」

もしこの事件が冤罪であり、合法的に国が殺人を犯しているとすれば、これほど怖ろしいことはありません。

最高裁が原判決を維持した理由は、上告審に際して新証言として提出された共犯者の陳述書は信用性に欠けるとするものです。

「実は被告は現場におらず、殺したのは別の人物(被告が社長を務めていた建設会社の社員の元暴力団組長、この人物は既に死亡している)であった」とする陳述書が提出された後、検察はこの共犯者を改めて聴取し、「警察官や検察官、裁判官には正直に話してきた」という供述調書を得ています。

この共犯者は現在、刑務所に収監されており、検察の聴取が自由心証に基づいて行われたかどうかは非常に疑わしいものです。取調べの全面可視化を検察が拒む以上、取調べに際し、強要、利益誘導は当然行われていると推測されるものです(そうでなければ、彼らが取調べの全面可視化を拒む理由はないと思われます)。

それにも関わらず、最高裁裁判官は、弁護側が取得した陳述書の信用性を一方的に否定し、検察が取得した供述調書の信用性を一方的に肯定しています。

この国の刑事司法では、推定無罪の原則が全く軽んじられているという例ではないでしょうか。

あるいは木谷明氏が指摘するように、「検察官司法」というのが現在の日本の刑事司法の実態なのかもしれません。

ここをクリック→ #検察なう (178) 「木谷明氏 『強すぎる検察(検察官司法)と裁判員制度』」 

気概のある裁判官がこの歪んだ状況を変えていくことに期待します。

我々国民も刑事司法に無関心でいていいものではありません。日々冤罪は作られ、明日はあなたがその被害者となる可能性もあります。是非、関心を持って下さい。

まず、アクションは最高裁判所裁判官の国民審査です。

12/12/2012








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category: 冤罪事件に関して

2012/12/12 Wed. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (229) 「来たる最高裁判所裁判官の国民審査について」 12/11/2012 

#検察なう (229) 「来たる最高裁判所裁判官の国民審査について」 12/11/2012

(強制捜査から1456日)

まず、次の江川紹子氏の特別寄稿「選挙後に『こんなはずでは』と言わないために 五感のフル稼働を」を読んで頂きたいと思います。

ここをクリック→ 江川紹子氏 特別寄稿

後半部分は、衆議院議員選挙と同時に行われる最高裁判所裁判官の国民審査に関してです。

12/16開票の衆議院議員選挙に向けて、メディアの報道はヒートアップしていますが、最高裁判所裁判官の国民審査に関してはほとんどメディアも関心を寄せていないかのようです。

最高裁判所裁判官の国民審査は、主権者である国民が、最高裁を監視し、適任でない裁判官をやめさせるという主権者として直接行動できるものです(裁判官を罷免する制度としては、国民審査と、もう少し感覚的にはハードルの高い弾劾裁判があります)。

Wikipediaにも、「衆議院議員総選挙と同時に実施されるため、又、日本が諸外国に比べて国民の司法参加が少ない国であるため、毎度、注目されることはない」と書かれています。

なぜこれほど関心が低いのでしょうか。勿論、「よく分からないから」ということもあるのでしょうが、私はこの制度が形骸化していることも大きな要因だと思います。

それはどういうことかというと、この制度では最高裁判事が罷免されることは事実上ないということです。

1949年に第一回国民審査が行われ、今回で22回目を数える国民審査ですが、前回まででのべ165人が審査対象となりながら、罷免された裁判官は一人としていません。

それどころか過去最高の不信任率は15.17%に留まっています。罷免には50%を越える不信任投票が必要です。

実態は、白紙投票が信任とカウントされるというルールがある以上、全く機能していないというのがこの国民審査です。

もし、信任は「〇」、不信任は「X」、白紙投票は棄権というルールであれば、全く結果は違うものと思われます。

こうした基本的な投票のルールも十分に周知徹底されないまま、「国民に権利を与えている」という言い訳のためにあるような制度と言っても過言ではないものです。

私は個人的には、江川氏の推進する「X10 (バッテン)プロジェクト」にエールを送るものですが、いかにもそれは乱暴だという方にも、絶対白紙投票だけはしないようにお願いしたいものです。

もし棄権をするのであれば、「X」以外の記号を書けば投票は無効となります。それより簡単なのは「投票用紙をもらわない」です。

そして少しでも裁判官を理解して自分で考えたいという方のために、参考資料を添付します。

まずは冤罪の支援団体、日本国民救援会の機関誌である「救援新聞」の記事です。ここでは、彼らの支援する、彼らが冤罪事件だと思っている事件に関する判決で、審査対象の裁判官がどのような判決を行ったが一目で分かるようになっています。

ここをクリック→ 日本国民救援会 「救援新聞」

そして報道機関共同のアンケートに審査対象の裁判官が答えています。そのアンケートの中から、刑事司法に関して特に重要だと思われる2問をピックアップして、彼らの答えをまとめてみました。

その2つの質問とは、「近年相次ぐ再審無罪判決。DNA型鑑定の評価を誤った事件もある。反省点、教訓は」と「裁判での証拠開示のあり方、取り調べの可視化をどう考える」の2つです。

言うまでもなく、前者は身内の過ちに対してどれだけ厳しい態度を取っているか(身内に甘ければ、自分の過ちにも甘いのは人間の性です)であり、後者は、証拠の全面開示及び取調べ可視化をよしとしない検察にどれだけ親和的かということの判断の材料になるものです。

ここをクリック→ 国民審査裁判官アンケート

最高裁の判事ともなれば、それなりの見識をもって、法曹界のオピニオンリーダーとなるべき立場にあると思われます。少なくとも私はそのように期待します。この中にあなたの満足する答えを回答する裁判官はいたでしょうか(私にとっては一人だけでした)。

大体、Wikipediaに「日本が諸外国に比べて国民の司法参加が少ない国であるため」と書かれちゃいかんでしょ。基本的人権を守る責任は我々自らが持つべきです。「お上に任せとけば万事うまくいく」という無責任が今の刑事司法の矛盾を生んでいます。是非、関心を持って下さい。

12/11/2012










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category: 刑事事件一般

2012/12/11 Tue. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (228) 「佐藤真言さんを囲む会 @新宿ゴールデン街」 12/07/2012 

#検察なう (228) 「佐藤真言さんを囲む会 @新宿ゴールデン街」 12/07/2012

(強制捜査から1452日)

今日で起訴から丁度1年です。振り返ると色々なことがありました。多くの方と新たに知己となったことは、その中でも私にとって大切な出来事です。佐藤真言さんもその一人です。

彼を囲む会が一昨日、新宿ゴールデン街であり、私はのこのこ出かけて行きました。

新宿ゴールデン街に足を踏み入れたのは初めての経験です。噂には聞いていましたが、なかなかディープな雰囲気のお店でした。

私がお店に伺ったのは9時も回った頃でしたが、カウンターで8席だけというお店の一階と二階を、立ち飲み組も含めて、佐藤さんを励まそうという人たちで一杯でした。彼の人柄を伺わせる盛況ぶりでした。


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なぜかみんなツイッタ―上で知り合いという顔ぶれで、さながらSNSのオフ会という状況でした。私も、店に伺う前から一杯入っていたこともあり、のっけから大盛り上がりでした。

お店に置かれたこの3冊は、有権者なら必読の書とも言えるものです。


写真 (2)


この3冊については以前にブログで感想を書いていますので、是非ご覧下さい。

ここをクリック→ #検察なう (113) 「市川寛著『検事失格』」

ここをクリック→ #検察なう (197) 「郷原信郎著 『検察崩壊 失われた正義』」

ここをクリック→ #検察なう (209) 「何が社会正義かを問う 『四〇〇万企業が哭いている 検察が会社を踏み潰した日』を読んで」

市川寛氏と再会なったことは非常にうれしかったものです。歯に衣着せぬ物の言い方と対照的な礼儀正しい腰の低さは相変わらずでした。

先の3冊は、今の大きなトレンドを形成するものですが、そのトレンドを評して「検察批判」とするのは薄っぺらなものだと思います。私は、今のトレンドは「検察のありのままの姿を国民に伝え、そのフィードバックをもって自助能力の欠如した検察に警鐘を鳴らすもの」だと思っています。大将格の郷原信郎氏の「検察愛」を理解すれば、それは分かってもらえるものと思います(彼の、ペンネーム由良秀之による検察小説「司法記者」も好書です)。

そしてそのトレンドの先鋒となったのが、市川寛氏著の「検事失格」です。元検事による自白強要の告白は衝撃的でした。

彼と大いに盛り上がった話題が公判検事の悲哀です。彼は検事としてはかなりの時間、公判検事としてのキャリアを積んでいます(公判検事とは、捜査や取調べをする検事ではなく、裁判担当の検事の事を言います)。先の「検事失格」でも公判検事について詳しく書かれています。

私の「特捜検事は自分たちを神かなんかだと思ってんじゃないですか。社会常識を失ってますよ。それに比較すれば、公判検事の方がよほどバランス感覚はありますよね。起訴権は、特捜検事から切り離して、公判検事に与えるべきでしょ。そうすれば特捜部の暴走も幾分は抑えられますよ。」という意見には大方賛同してもらったものと思っています。

この頃には、お互い相当でき上がっていました。「『ホントですか~?』と言われたら、俺が弁護士なら『審理妨害だ!』と指差して叫ぶね。」と立ち上がって何度もその真似を繰り返す市川さんに大笑いしていました。

写真 (3)

後ろで叫んでいるのは『検事失格』と『検察崩壊』両書の編集者小川和久氏です。若くしてこれら名書を世に送り出すという類まれなる運と才能の持ち主と見ました。彼のツイッタ―のアカウントは @KAZU0505_ です。ご注目下さい。

ということで、私は真夜中を前に離脱しましたが、濃密な新宿ゴールデン街の夜は更にふけていったことだと思います。

写真 (4)

12/07/2012








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category: 佐藤真言氏 『粉飾』

2012/12/07 Fri. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (227) 「第九回公判法廷画」 12/5/2012 

#検察なう (227) 「第九回公判法廷画」 12/5/2012

(強制捜査から1450日)

お待ちかね高杉ナツメによる公判法廷画です。


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とうとう公判もヤマ場を迎えます。次回公判、12月21日。公判法廷画もますますヒートアップ間違いなし!

P.S.
第7回公判までの法廷画が冊子化されました。漫画家へのカンパ400円(送料込)にて販売中です。ご入り用の方は是非ご連絡下さい。

12/5/2012










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category: 刑事裁判公判報告

2012/12/05 Wed. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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冤罪ファイル その7 「山梨キャンプ場殺人事件」 

冤罪ファイル その7 「山梨キャンプ場殺人事件」

注目してほしい最高裁判決が12月11日にあります。1審、2審で死刑判決を受けた元建設会社社長、阿佐吉広被告の上告審判決です。

この事件は、客観的物的証拠がなく、関係者(3人の共犯者及び1人の目撃者)の証言が証拠となって死刑の判決が下されています。ところが、目撃者は早くに証言を翻し、「不本意ながら検察の意向に沿った」証言であることを報道機関に訴えています(後述の記事参照)。

そして今回の上告審に際し、弁護団が新しい証拠として、共犯者の1人による「被告人は犯人ではない」という陳述書を提出しています。

つまり有罪の決定的証拠とされた関係者の4人の証言のうち、2人までもが証言を翻して、被告人は犯人ではないとしました。

これに対し、検察は、上告審は事実認定を争うものではなく、下級審の判断が憲法違反ないし判例違反に当たるかどうかの審理をするものであるため、上告棄却をすべきであると主張しています。

検察の大概の無法ぶりには免疫ができた私も、冤罪の可能性がある者を死刑にしろ、という検察の思考回路には、さすがに驚いてしまいます。これに対し裁判所がどういう判断を下すかどうかが注目されます。

<事件経緯>
建設作業員2人が殺害され、山梨県の山中に埋められました。3年半後に警察に情報が寄せられ、死体が掘り出されました。そして犯人として逮捕されたのは、彼らを雇い、工事現場に派遣していた派遣会社の社長でした。この会社は労働者への給料の不払いがあったとして、労働争議団に押しかけられたこともある、いわく付きの会社でした。

裁判でこの社長は無実を訴えましたが、「社長がワンボックスカーの中で首を絞めている姿を見た」「社長に命じられて殺害を手伝った」という証言が採用され、死刑が言い渡されました。「従業員寮で刃物を持って暴れた男とその連れを、怒った社長が山の中で首を絞めて殺した上、部下を使って埋めてしまった」というのが、検察が主張し、また裁判所が認めた事件のあらましです。

当初の報道の抜粋を掲載します。

ここをクリック→ 山梨キャンプ場殺人事件

当初の報道の多くでは、いかにこの建設会社が劣悪な労働条件で労働者を酷使していたかという「悪者作り」の報道が集中的になされたようです。

<裁判経緯>
殺人・傷害致死等で起訴 (2004年) -> 殺人に問われた共犯に懲役9年、その他の共犯に執行猶予判決 (2004年) –> 一審死刑判決 (2006年) –> 控訴棄却 (2008年)

共犯者の審理がスピーディーで、処罰が比較的軽いところが一つのポイントです。

<争点>
被告人にはアリバイがあります。殺害の当日とされる2000年5月14日は母の日でした。この偶然が、事件の発覚まで3年半の時間が経過してもアリバイが特定できた理由です。

被告人は、その日、夕方から家族及び前の日から泊っていた長女の親友と一緒にいたことが、証言で明らかになっています。母親に贈る花を買いに行くために、父親の被告人を電話で呼び寄せ、花を買った後、家に一緒に帰り夕食を共にしたということが、長女の手帳の記録、関係者の記憶から証言されており、犯行時間とされる午後7時頃には被告人は家にいました。

それでも裁判所は、共犯者3人の供述を持ち出し、「被告人がキャンプ場に来たことなどを一致して証言し、アリバイ証言の内容を聞かされた上でも従前の証言内容を維持した3人の証言等の対比からして信用することはできない」という意味不明の理由で、このアリバイ証言を切り捨てています。

この共犯者3人も、その初期の証言では、被告人が殺害現場にいたという証言は一切しておらず、変遷に変遷をかさねた最終段階の証言で、被告人が殺害現場にいたと一致したものです。それは検察の並々ならぬ努力のたまものというべきものです。

偽証している彼らが、被告人のアリバイ証言を聞いて、「嘘をついていました。すみません。」などと言う訳もなく、「アリバイ証言を聞いても従前の証言を維持した」ということに何の意味があるのか、私には全く理解できません。

<論評>
一審において、キャンプ場で被告人を目撃したと証言したキャンプ場の管理人は、一審の死刑判決後、その証言を翻します。

そのキャンプ場管理人の言葉です。
「実際にはすれ違ったことなどないのに、なぜすれ違ったことにしたかというと、私のところに取調べに来た検事から『橋のところで社長と会ったことにしてくれ』と言われたためです。私としては変なことを言うなと思いましたが、大したことではないだろうという思いがありましたし、また、友人であった~さんを阿佐社長らが殺したと思って、恨んでいたこともあり、検事の言う通り、橋のところで阿佐社長と会ったことにしました。」

それを報道したのが、以下の記事です。

ここをクリック→ 「検察の意向でうそ」

このキャンプ場管理人の証言があっても、高裁では一審の死刑判決が維持されました。いかに裁判所というところが、検察の言うことを信用して、そのほかの事には耳を貸さないかということがよく分かります。

そして被告人弁護団は最高裁に上告します。その上告に際し、弁護団は、さらに共犯者3人のうちの1人から得た、被告人は殺害現場にいなかったとする陳述書を新証拠として提出しています。

ここをクリック→ 「被告は現場にいなかった」

上告審では、下級審の判決が憲法違反あるいは判例違反であるかのみを判断するのが原則とはいえ、死刑判決の場合、人の命が関わっています。それを手続き上の制約だけを理由に、審理する必要なしという検察の感覚には、およそ正義とはかけ離れた病的なものを感じます。

裁判所がバランス感覚を失っていないことを望むだけです。判決は12月11日です。ご注目下さい。

参考資料 冤罪File No.15 山梨キャンプ場殺人事件 「被告のアリバイが証明されても有罪!? そして死刑が言い渡された!!」 里見繁

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ここをクリック→ 被告人最終陳述

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category: 冤罪ファイル

2012/12/03 Mon. 07:00 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (226) 「検察論告の欠陥 Part3」 12/1/2012 

#検察なう (226) 「検察論告の欠陥 Part3」 12/1/2012

(強制捜査から1446日)

公判の場で検察論告を聞いていた時、検察論告に強い違和感を持った部分がありました。それは「供述の変遷」を主張した部分です。検察論告で、私の「供述の変遷」が不合理だと主張した部分は3回に及びます。

「供述の変遷」とは、分かり易く言えば、それまでの供述と違う供述をすることです。それそのものは特段、不利益になるものではありません。細かな記憶違い、言い間違いというのは当然ありうるので、それを言い直すこと自体、いけないとされるものではありません(だからこそ伝聞証拠が、相手の同意がないと証拠として提出できないという、裁判特有のルールがあるものです)。

但し、場合によっては、それをもって不利益とされることもあります。合理的でない主張の変更を繰り返せば、それによって「こいつは信用ならん」と判断されかねないということがあります。

供述の変遷が合理的か不合理かの線引きはかなり主観に基づくようです。一応、「新たな主張がより合理的か」「変遷の経緯は合理的か」という評価はされるようですが、真実がより不合理に見えることはままあり、記憶を呼び覚ます経緯も、なんのきっかけもなくということもあるでしょう。

私が考えるところでは、供述の変遷の評価は、その主張が主要事実に関わるものかどうかが重要であると思います。瑣末な枝葉の部分で主張が変わることと、根幹の部分主張が変わることを同等に評価することはできないはずです。

過少申告の理由に関し、私は、それこそ4年前の第一日目から、「払っていたと思っていました。会社が払っていたんじゃないんですか。だって給料天引きでしょ。源泉徴収票を出せばそれで給与関連の申告は終わり。そこに記載されていない給料が会社から出てるなんて思わないでしょ、普通。それがサラリーマンの常識ですよ。」という主張は全くブレていません。なぜならそれが真実だからです。

私が感じた違和感は、検察の「供述の変遷」に対する異様なこだわりようでした。

「変遷」というほどでもない主張の変更を殊更強調していました。しかも、検察は「変更前の被告人の主張は信用に足る」と言っていますが、その元々の主張がそれ程私にとって不利益とも思えないものです(通常、「供述の変遷」は自分にとって不利益な証言を都合よく変更するものです)。

その検察の「頑張り方」が私の違和感となったものです。

ここ数日その点を考えた結果、理解しました。こういうことです。

私の事案では、検察にとって証明すべき命題は「故意の存在」です。

そして私はその故意を否認していますので、「故意の存在」を立証するということは、私の主張が虚偽であることを意味します。

私の主張が「本当のことを言っているのかどうか分からない」というレベルでは、「推定無罪」の原則が働くため、有罪とはできないことはお分かりだと思います。つまり積極的に、「私が嘘をついている」ということが結論づけられなければならないということになります。

しかし、注意してほしいのは「私が嘘をついている」ということが、証明すべき本来の命題ではないことです。

「故意の存在」が証明されれば、自ずと「私が嘘をついている」ということが導かれるということが本来の立証の流れです。

ところが検察は、「故意の存在」の立証に関し、彼らの論証が到底、合理的な疑いを越えるだけの説得力はないものと理解し、「私が嘘をついている」ということに依拠しようとしているのだと思われます。

それが「供述の変遷」への異常なこだわりの理由です。

「こいつは嘘をつく奴なんだ」→「だから『脱税なんかしていない』という主張も嘘なんだ」という論理です。

私の供述全体の信用性を、一部の揚げ足取りで落とそうという戦略です。

被告人質問において「ホントですか~~?」を連発したのと、同じ印象点稼ぎです。

「ホントですか~~?」作戦論告バージョン=「『供述の変遷』が不合理であるという主張」と考えてもらって結構です。

しかも、ただ単にAという主張をBという主張に変えたというだけでは、インパクトに弱いと思ったのか、「主張Aは真実だ」ゆえに「それと異なる主張Bは嘘だ」だから「被告人は嘘をつく」と一歩踏み込んだ主張です。

実はその3か所の「供述の変遷」のうち、1か所においては主張Aの一部が客観的事実により誤りであることが容易に分かるにも関わらず(被告人主質問でもその旨説明したのになあ)、ご丁寧に「いや、主張Aは正しい」と言ってくれているのがなかなか笑わせます。自分に都合よく解釈しようとするがゆえに、正しい評価ができていないものです。

供述態度を必要以上に貶めようというのも、この「供述の変遷」が不合理であるということをもっともらしくする努力と言えます。

実にこすっからい戦略で、これが天下の検察特捜部の検察論告かと思うと、実にがっかりさせられます。特捜部の論告はもっと品位をもって作られるべきです。正々堂々と正面から証拠で勝負すべきでしょう。

横綱の相撲では立会いに注文をつけたり、ましてや猫だましのような奇襲は厳しく非難されます。特捜部も、公判において、結果が得られればいいということではなく、品位をもって横綱相撲をとるべきです。所詮、行司差し違いを期待しての起訴なのですから。

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これは、検察論告を実際に作成した公判部の責任というよりは、この程度の証拠収集能力しかなかった検察特捜部の責任です。根本的には、佐久間元特捜部長率いる功名心に駆られた当時の特捜部が、国税局に恩を売るため告発を受理したことがそもそもの過ちであり、また取調べに着手してから、無理筋であることが分かっていながら引き返せなかった特捜部の判断の誤りです(あるいは、梯子をはずされまいと国税局の必死の抵抗があったのかもしれません)。

いずれにせよ、事件の全体像からは薄汚い役所のメンツが透けて見えるものです。こんなことに億単位の血税が使われていることに国民は無関心であるべきではないと思います。

「潔さ」が日本人の美徳だと常々思っていたのですが、国税局査察部や検察特捜部といった捜査権力はその大和魂を失ったようです。残念なことです。

12/01/2012









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category: 訴訟記録等

2012/12/01 Sat. 08:36 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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