「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (90)  

「トロントから必勝祈願!」 (by H.P ♀)

(強制捜査から1535日、判決まであと1日)

必勝

昨日のブログを読んだ支援者の方から言葉を頂きました。

「「ニーバーの祈り」を思い出しました。
God, give us grace to accept with serenity
the things that cannot be changed,
Courage to change the things
which should be changed,
and the Wisdom to distinguish
the one from the other.
主よ、
変えられないものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知を我に与え給え。」

心に響きます。

真実が「99.9%の常識」を打ち破ることができるか。

注目の判決は明日です!













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2013/02/28 Thu. 07:58 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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#検察なう (268) 「判決を前に」 2/27/2013 

#検察なう (268) 「判決を前に」 2/27/2013

(強制捜査から1534日、判決まであと2日)

強制捜査から4年と2か月の歳月を経て、とうとう明後日判決となりました。

これで私の冤罪との闘いも終結を迎えるのか、また新たなステージに突入するのかは全く分かりませんが、一段落であることは間違いがありません。

所感を記します。

冤罪というのは、一般の人からは随分遠いところにあるものです。世の中にそういうものがあるとは、頭では分かっていてもなかなか実感することができません。かつての私もそうでした。

やはり自分の身に降りかかって初めて見えてくるものがあります。

一番強く感じることは、「冤罪というものは突発的、偶発的に起こるものではなく、構造的に起こるべくして起こるものであるということを理解することが必要だ」ということです。

捜査機関の初動ミスが、有罪への自動装置の入り口であり、一旦そのベルトコンベアに乗ってしまうと、あとは「冤罪一丁上がり」という状況であることがよく分かりました。

つまり、世の中には私のケース、あるいは有名な冤罪事件は本当に氷山の一角に過ぎず、冤罪が日常的に作り出されていると考えた方がいいと思われます。

なぜ、こうした状況が変わらないか。

私の考えるところは、冤罪に対して、捜査機関や司法機関を道義的に責めることが何ら解決にならないということを理解すべきだということです。

冤罪を「事故」だと考える必要があると思っています。

例えば、飛行機事故を例にとります。

航空会社も勿論事故を起こそうと思っているわけではなく、むしろ事故を起こさないように日々努力しているにもかかわらず、やはり人間が関与することですから、事故はどうしても起きてしまいます。

そうした時に、彼らは自ら進んで徹底的に事故の原因を追究解明して、再発を防ぐよう努力します。整備不良の原因となった整備士の責任を追及したところで、あるいは管理者責任を問うて、航空会社の社長を罰したところで、それは直接的な事故の再発防止にはつながらないということです。

冤罪に対して考える際には、そうした考え方が欠けているように思います。

検察・警察・国税局や裁判官の道義的な責任を追及したくなるのは、私も被害者の一人としてよく分かります。しかし、それでは冤罪の再発防止にはつながらないのではないかと思います。

そうではなくて、社会全体が、冤罪を構造的に起こる「事故」だと認識して、責任者と共によりよい方向に進むよう考えることが必要であるのだと思います。

「馬を川まで連れて行くことはできるが、彼に無理やり水を飲ませることはできない」の例えにあるように、責任追及だけでは、無理やり水を飲ませようとしているようなものです。

検察の例をとれば、これまでの彼らに自浄能力がないことを私たちは理解しています。陸山会事件の虚偽捜査報告書問題では、郵便不正事件以降のバッシングにむしろ萎縮して、頑なに自分たちの過ちを認めようとしなかったことを見ても明らかです。それは我々のアプローチが間違っていたのかもしれないということを考える必要があると思います。

冤罪は、戦争と同じく国家の犯罪です。そして我々国民は、その国家に依存している以上、冤罪を我々一人一人の問題だと自覚する必要があります。

そしてみんなで考えれば必ずよい方向に行くものです。無理解・無視はそれに逆行するものです。

判決に対する期待はあまりありません。私の無実は私が一番よく分かっていますし、それを誰かが否定したところで、何も変わらないからです。

自分でコントロールできるものにはとことんこだわりますが、自分でコントロールできないものにこだわっても仕方ありません。判決は、私がコントロールできるものでないことは言うまでもないことです。それに人生を左右されるという考えは私にはありません。私の人生は、私だけが左右するものだと思っています。

自分でコントロールできないものは、運命として受け入れれば済むことではないかと思っています。

「人間万事塞翁が馬」「After All, Tomorrow Is Another Day」

それが私の生き方です。

私の主張は、被告人最終陳述で述べたところです。是非ご一読下さい。

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2/27/2013















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category: 刑事裁判公判報告

2013/02/27 Wed. 07:36 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (267) 「刑事司法改革のためにすべきこと」 2/25/2013 

#検察なう (267) 「刑事司法改革のためにすべきこと」 2/25/2013

(強制捜査から1532日、判決まであと4日)

問題山積の刑事司法ですが、何か一つ変えることができるとすれば何をすればいいかと聞かれたら、何と答えるでしょうか。

まず、そもそも適性な取り調べが行われていないことが根本的な問題だと考えて、適性な取り調べを担保するための、三つの改革案のうちの一つを答えるのが無難な答えだと思われます。三つの改革とは、1)取調べを全面可視化する、2)取調べに弁護士同席を認める、3)捜査権力の収集証拠の全面開示をするというものです。

どれも市民感覚からすると、なぜそんなことがいまだに認められていないのか実に不思議に感じられるものです。なぜ捜査権力は、それを意固地に拒む必要があるのでしょうか。

それらは非常に大切だと理解するものの、私が何か現行制度で一つ変えていいとすれば、私が選ぶのは、そのいずれでもありません。私が一番効果的だと思っているのは、検察の上訴権の廃止です。

説明に入る前に、先日友人から尋ねられたことに関して述べます。

友人の質問は「日本の検察制度にはずいぶん問題が多いみたいだけれど、諸外国と比べてどうなの?」でした。

私の答えは以下の通りです。

「諸外国の細かな制度の違いはよく分からないけれど、権力の腐敗の構造なんてどれも似たり寄ったりでしょ。

ただ諸外国の検察と比較して、日本の検察が優れているのは、彼らの正義心だと思うよ。いわゆる「犯罪を憎む気持ち」ってのは、多分、どの国の検察にも負けないと思う。

対して、諸外国の検察と比較して、日本の検察の大きな問題点は、制度がそうした彼らの正義心に依拠しているってことなんだよ。

諸外国では、人間は間違いを犯すという前提で制度が作られているのに対し、日本の検察制度は、彼らは全く間違いを犯さないということが前提になっていて、彼らにフリーハンドの権限を与えてるんだよね。

だから、犯罪者がどんなに悪知恵を使って、犯罪を逃れようとしても、最後は必ず検察が勝つように制度が作られてるんだよ。」

勿論、検察が常に完全無欠であれば、こんなに効率的な制度はありません。ところが、検察の無謬性はもはや国民の誰も信じるところではないでしょう。

であれば、現行制度は彼らの暴挙を抑えることが全くできない、大きな欠陥をもっているということになります。

これに関しては、今までもブログで取り上げたところです。

ここをクリック→ #検察なう (184) 「検察制度の根本的問題 その(1)~証拠の同意・不同意とは」

ここをクリック→ #検察なう (185) 「検察制度の根本的問題 その (2) ~国民の信頼こそが検察制度の基礎」

これを是正するためにはどうすればよいか。国民に不利益なくして、彼らの角を矯めるにはどのような改革が効果的か。

私が考える刑事司法改革のベストと思われるものが、検察上訴権の廃止です。

若干、一足飛びでしたでしょうか。刑事司法が「検察司法」と化していることが、問題点の顕在化したものであると言えば理解の一助となるかもしれません。

日本の刑事裁判の有罪率が異常に高いことはよく知られた事実です。平成23年の確定判決は43万2050件、このうち無罪は77件ですから、有罪率は実に99.98%に達します(平成24年版犯罪白書より)。

同じく異常な数字が、検察の起訴率の低さです。平成23年の検察起訴率は35.0%、自動車による過失致死傷を除く刑法犯のデータを見ても、41.9%という諸外国の水準からすると極端に低い数字です。

この起訴率の低さと有罪率の高さから、検察が既に判決を決めているという実態を捉えて、刑事司法は「検察司法」と言われるものです。

有罪率の高さは、裁判官があたかも有罪のみ判じるとしか思えない数字です。その理由を、裁判官の人事考査で、無罪を書くと出世に響くということに求める人もいます。「ヒラメ判事」という言葉は、体制に寄り添うかのように上ばかり見て、有罪しか書かない裁判官のことを揶揄するものです。

私は、それは全く馬鹿げた考えだと思います。

私が想像するに、裁判官は無罪を書くことが怖いのではなく、彼らが怖れているのは「誤判とされること」だと思います。「誤判をする」ではなくて「される」というのが一つのポイントですが、もう少し説明を続けます。

医者が患者のためにベストエフォートを尽くし、医療過誤を一番怖れるように、裁判官も公正であることに最大限の努力を払い、誤判を怖れるものです。

しかし、刑事裁判における異常な有罪率の高さは彼らの足枷になると想像されます。

私が、確定判決のうち有罪率99.9%以上という数字より、それ以上に常軌を逸していると思うのが、控訴審で無罪から有罪とされる率の高さです。それは平成23年では、80.0%に達します(法曹時報第64巻第11号より)。

一審で裁判官が無罪を言い渡しながら、これだけ高い割合で二審の裁判官がそれを覆して有罪とするという状況こそが、日本の司法に「推定無罪」原則が働いていないことの証左だといえるものです。

こうした事情が一審の判決に影響を及ぼさないわけがありません。

英米では、無罪の判決は実に簡単です。「Not guilty(有罪ではない)」と言えば足ります。判決理由も結局のところ、検察の立証が「合理的な疑いを越えるものではない」と言えば済むものです(乱暴な言い方ですが)。

ところが、日本では、無罪を書く場合には、誤判とされないように、相当苦労を強いられるものです。有罪の判決文は、検察論告のコピペで済むのとは(これも乱暴な言い方ですが)全く対照的です。

裁判官が無罪を書くと出世に不利ということは全く信じないものの、彼らの人事考査の非常に大きなファクターが訴訟の処理件数であり、無罪を書くためには相当やる気も能力も必要とされるというのは、十分信憑性があると思っています。

例えば、私が裁判官だとして、裁判に当たり、「うーむ、これは無罪の可能性があるな。でも弁護人の弁護は不十分で、これだと到底無罪にはできないなあ。」と感じた場合と、逆に、「これは有罪の可能性が高いけれど、検察の立証はいかにも甘いな」と感じた場合はどういうことになるでしょうか。

勿論、論証が足りない弁護人、検察に十分な審理を尽くすよう指揮をして、あるべき結論に至るよう努力はするものの、前者のケースよりは、後者により積極的になるのではないかと想像します。

「おいおい、そんなんじゃ有罪にすることはできないけれど、高裁に行ったらひっくり返されるのは確実だぞ」と感じた場合に、より積極的な訴訟指揮をすることがありえます。ごくまれに、検察も主張していない論点を持ち出して有罪とする判決が見られますが、その背景となっているのが、以上のような事情だと思います。

これらは全て、上級審で「誤判とされる」ことを怖れるところから出ています。つまり英米のように、検察に上訴権を認めず、一審の無罪判決はその時点で確定とすれば、もっと一審裁判官も勇気をもって大胆に無罪を書けるものと思われます。

そもそも私は検察上訴権は憲法違反だと思っています。

ここをクリック→ #検察なう (87) 「司法改革 (2) 『二重の危険』」

もし検察上訴権が認められていなければ、名張毒ぶどう酒事件も、東電OL殺人事件も起こらなかったことを忘れないで下さい。

そして、判決で無罪が増えることによって、検察も現状のように刑事司法を一身に背負ったような気負いがなくなり、無理をしなくなると期待します。そもそも彼らの正義心は人一倍あるはずです。それを最大限発揮できるような制度作りが必要なのだと思います。

また彼らが「俺たちがルールブックだ」と思い上がっているとすれば、やはり裁判制度が今以上に効率的に機能することで、それは是正されるものです。

遠回りのように思えますが、おしまいから変えて、全体がよくなるようにするアイデアです。是非、皆さんも考えてみて下さい。

2/25/2013









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category: 刑事司法改革への道

2013/02/25 Mon. 08:18 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (266) 「最終弁論解説・了 ~ 検察論告に対する反論 (4)」 2/22/2013 

#検察なう (266) 「最終弁論解説・了 ~ 検察論告に対する反論 (4)」 2/22/2013

(強制捜査から1529日、判決まであと7日)

最終弁論解説における「検察論告に対する反論」の最後の論点です。

(3) 「被告人が、そもそも源泉徴収票の金額に含まれ得ない利子収入、株式売却益、不動産収入等についても認識しながら申告を行っていなかったこと」に対する反論

これは株式報酬以外の申告漏れに関するものです。

私は、毎年数千万円の納税を20年続けてきて、国民の一人として十分に納税の義務を果たしてきたと思っていました。その自負は今でも全く変わっていません。

「正しい納税をしていたと思うか」という質問に対する答えは微妙です。

私は、税金に関する関心が極端に低かったので、例えば郵便料金で言えば、「普通郵便料金で済むかどうか分かんないな。80円か90円だろうけど、120円貼っとけばいいだろ。」という感じです。それが実は150円だと困るので、私は税理士に依頼していたという感覚です。

通常、税務に関心が高いとなると、節税に意識が向かいますが、私はその税理士に節税対策をお願いしたことは一切ありませんでした。

つまり、節税をきっちり駆使して、上の例で言う「90円を払う」のが正しい納税であったとしても、全く意に介しなかったといったものです。

外資系証券に従事していると、とにかく時間の有効利用が最優先事項です。勿論、経済的なリターンは追求しますが、それは節税というみみっちいものではなく、「働いて稼ぐ」というもっとダイナミックなものです。

結果、納税額が高くなっていたわけですから、これは私個人にとっても、国の税収にとっても「win-win」の状況だと思われます。つまり、国にしてみれば「税金のことなんか気にせず、一生懸命働け」というのが、効率論から言えばあるべきものだと思います。

勿論、それで申告漏れということが起こると困るので、国家の方策として選択されたのが、給与所得者に対する源泉徴収制度だと思います。

私は、その制度になんら疑問を感じることなく、営々と年間数千万円もの納税を20年続けてきたにも関わらず、いきなりはしごをはずされたのが今回の事件です。全く納税者を馬鹿にしていると感じたものです。

なおかつ、役所のメンツにこだわったこの4年以上の捜査の税金の無駄遣いたるや、全くナンセンスなものです。

少し言い過ぎました。元に戻ります。

まず、強制捜査の際に、私が疑われたことは、仕方ない部分もあると思っています。査察部は、強制捜査の前に十分な内偵を行っていると思われがちですが、彼らに海外口座の捜査権はないため、私の海外口座での運用の状況が分かっていなかったことが大きな誤算でした。

「こいつは海外口座を持っている。しかし、過去の確定申告にこの口座の運用益が全く申告されていない。この口座を隠す意図はそれで立証できる。」

受け取った株式を売却し、その売却金をこの海外口座に送金していた事実を税務調査開始後に知った時は、彼らは小躍りしたと思います。

「これは海外送金を行って、仮装・隠蔽を図っている。実に簡単な事件だ。」

ところが実際には、私は、この海外口座で金融商品を買い持ちしていただけで、全く売却実績がなく、過去に申告すべき譲渡益がなかったということまでは、内偵段階では分かっていなかったものです。

私は、会社に在籍していた頃は、外資系証券業界にいることで雇用において相当のリスクを取っているという認識から、自己資金の運用は、コンサバ一辺倒で、FX取引や株式取引の売買で利ザヤを稼ぐような運用は全く行っていませんでした。この辺りは、個人の投資哲学の問題だと思います。

いわゆる(アクティブ運用に対する)パッシブ運用というもので、一方向のリスクを取らないよう、分散投資をすることで、リスクを中和しつつ安定したリターンを目指すというのが、当時の運用スタンスでした。つまり私の運用は、分散効果を勘案しながら買うだけで(そのためにスプレッドシートを作って、分散比率を計算していました)、「買って売る」という、税務処理が必要な運用は全くしていなかったものです。

それでも、先に述べたような税務に関する関心の低さですから、国税局がギリギリ重箱の隅を突く様な捜査をすれば、個人の運用においても、いくつかの申告漏れは出てきます(源泉徴収されていると思った債券や預金の利子収入です)。

私は、税務調査開始後、その捜査を待つことなく、税理士の力を借りながら、彼と多大な労力をかけて自らの申告漏れを洗い出しました。勿論、その頃は、まだ税務調査が始まったばかりで、告発とか起訴とかそんな大袈裟なことになるとは、微塵も思っていなかったのですが、こんなことなら、あれほど苦労して、資料を取り寄せたり、数字を集計して、自分の申告漏れの状況の把握に努める必要もなかったなあ、と馬鹿馬鹿しく感じてしまいます。

ということで、実際に、株式報酬以外の申告漏れもありましたが、自分としては故意でやったつもりは全くありません。税務に関する関心の低さゆえのミスです。預金口座の利子の課税なんて意識したこともありませんでした。普通あります?税務に勘どころのある人にとってみれば「そんなもん当然じゃん!」ということなんでしょうけど。

株式報酬の譲渡益に関して付け加えます。

現物株式は4回もらっています。それを機械的に売却して現金化する際に、入庫時の価格との差損益が生じていました。私は、税務調査が始まって、自分でこの差損益を確認するまで、それがプラスであるかマイナスであるか全く理解していませんでした。それ以前に、売却によって差損益が生じていたことも、意識の中にはありませんでした。

それはこの株式報酬が、「賞与の現物支給」であり、売却という行為が「その現金化」に過ぎなかったからです。通常の、「購入」とセットになった「売却」の場合には、購入価格の意識があり、それよりも高く売れれば差益、安くしか売れなければ差損という意識がありますが、株式報酬も現金給与・賞与と全く同じであるという認識しかなかったので、差損益が生じることに思い至らなかったものです。現金をもらって引き出す際に、売却差損益を意識しないのと同じです。

実際には、4回のうち、差益が生じたのが2回、差損が生じたのが2回で、通算すると益の方が上回っていました。

これに関し、検察論告では「被告人は、株式売却益に関し、「株式を無償で得るという状況から売却によって譲渡益が出るという認識がなかった」などと弁解するが、無償かどうかは取得原価の問題に過ぎず、そもそも弁解の体をなしていない」とされています。

私の日本語の理解力では、それが何を意味するのかは全く意味不明です。

申告漏れのあった不動産収入に関しては、むしろ無実の証拠であることは、弁論において「故意犯であれば説明のつかない事実」で述べられたところです。

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弁論の小括を引用してまとめます。

「以上のとおり、検察官の主張は、被告人が故意であっても矛盾しないといえなくもない事実ばかりを集め、その全てを無理に被告人の故意と結びつけて、有罪ありきの偏見をもって糾弾するだけのものである。

検察官は、被告人が故意であるとすると説明がつかない事実や被告人が故意であったならば当然存在したはずの事実の不存在といった被告人の無罪を裏付ける証拠や事実には、完全黙秘を貫いている。

検察官の論告主張は全く失当である。」

2/22/2013











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category: 訴訟記録等

2013/02/22 Fri. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (265) 「最終弁論解説 ~ 検察論告に対する反論 (3)」 2/20/2013 

#検察なう (265) 「最終弁論解説 ~ 検察論告に対する反論 (3)」 2/20/2013

(強制捜査から1527日、判決まであと9日)

「『被告人が、株式報酬が源泉徴収されておらず、自らの申告が過少なものであることを認識していたことを基礎づける各事実』に対する反論」を続けます。

これは、検察論告に対する反論の二点目の論点ですが、一点目が「気付いただろう」ということに対する反論であり、この二点目は「知っていただろう」ということに対する反論です。

各論として次の4つの事項を取り上げます(前回のストック・オプションの行使書に関する論考が各論1です)。

2. 「被告人の株式報酬がいずれも株式数が減ることなくそのまま入庫されるものであったこと」に対する反論

3. 「被告人が、『会社に源泉徴収義務はない』と明記したメモランダムやメール等の送付を多数回にわたり受けていたこと」に対する反論

4. 「被告人が、米国内の利子収入について、W8フォームを提出することにより米国源泉徴収税を免れることを認識するなど税金に関して相当の知識を有していたこと」の適切な評価

5. 「被告人が、自らの保有資産のうち最も多額であるUBS口座について、加賀税理士から交付された『財産と債務の明細書』の記載例に『国外に存する財産と債務についても書いてください』と明記されていたにもかかわらず、同明細書に記載しなかったこと」に対する反論

解説します。

2. 「被告人の株式報酬がいずれも株式数が減ることなくそのまま入庫されるものであったこと」に対する反論

前々回、クレディ・スイス社の複雑な株式報酬プログラムについて言及しました。多くの方が、読んでいる最中に脳死状態になったことと思います。

株式報酬は、その複雑なプログラムに基づいて計算され、「将来、xx株をxx年、xx株をxx年、xx株をxx年に支払われる」と決められます。将来の付与の状況は、会社のイントラネットで確認でき、私も何度か株式入庫のタイミングとは関係なく株式数を確認したこともありました。

私の被告人質問において検察による反対質問で、その付与される株式数と、実際に入庫した株式数が同数であるのはおかしいではないかと、彼らが執拗にこだわった論点です。

株式報酬を心待ちにしている者ならいざ知らず、入庫の通知をもらって「あ、入庫したのね」という認識の者にとっては、受け取り前に株式数を知っていることは、ほぼあり得ないと思われます。

株式入庫前に、入庫されるべき株式数を確認しない一つの理由は、入庫の時期が、直前にならないと分からないこともあります。毎年、決められた時期であれば、入庫のタイミング前に「さて、いくら入ってくるのかな」と身構える人もいるとは思いますが、入庫のタイミングは毎年ばらばらでした。勿論、決められた時期であっても、私は確認しなかったとは思いますが。

特に私は、株式を売却する際、(~株のうち~株というように)その一部を売却することはなく、常に保有していた売却可能株数を「全株売却」の指示をしていたので、株式数を意識したことはありませんでした。

自分で購入したのならいざ知らず、複雑な計算の結果「今年~株付与される」とされたものを、いくらイントラネットを確認したにしても、その株数を覚えているということはまずありえません。確認する必要があったにしても、確認して、書き写した瞬間に、用済みとして記憶から消えていくものだと思います。

弁論では、事細かに反論していますが(「源泉徴収される場合でも、一旦は全株入庫する仕組みになっているため、付与の株式数=入庫の株式数でも矛盾はない」とか)、正直、実に取るに足らない論点だと思いますので、ここでは気持ちよく端折ります。

3. 「被告人が、『会社に源泉徴収義務はない』と明記したメモランダムやメール等の送付を多数回にわたり受けていたこと」に対する反論

弁論を引用します。

「検察官は、被告人が「会社に源泉徴収義務はない」と明記したメモランダムやメール等について、資産運用に執着している被告人にとっては、収入に対する源泉徴収や税金に関する事項は大きな関心事であったと認められるから、これらのメモランダムの内容を把握していたと考えるのが合理的であると主張する。

しかし、被告人が資産運用に執着していたとの事実はなく、収入に対する源泉徴収や税金に関する事項が大きな関心事であったとする事実もない。」

「税金に関する事項が大きな関心事であったとすれば、前任税理士の懈怠による無申告に6年間も気付かなかった事実は合理的に説明がつかない。」

「そもそも、重要書類には日本語訳が付されていたクレディ・スイス証券において、これらの全文が英文で、例えば「確定申告用書類」といった目立つ記載もないメモランダムを受け取っても、その重要性を認識することはできない。」

「これらのメモランダムはクレディ・スイス証券においてトップレベルの注意力、英語力を有する者、あるいはその職責上メモランダムを確認しておくことが求められる者ですら、その内容を読むような代物ではなかったと評さざるを得ない。」

書いてあるからには(と言っても、明示的ではないんですが)「読んだだろう、理解しただろう」というのが検察の主張です。

「会社からもらった書類を読まないはずないだろう。」「忙しいのに、そんなもの読むわけないでしょ。」というところから始まって、どれだけ堂々巡りの議論をしたことか。

これも推認・推論の域を一歩も出ない取るに足らない論点です。

4. 「被告人が、米国内の利子収入について、W8フォームを提出することにより米国源泉徴収税を免れることを認識するなど税金に関して相当の知識を有していたこと」の適切な評価

W8フォームとはアメリカの口座において、利子所得が発生した場合、米非居住者はこのW8フォームをその口座のある金融機関に提出しておけば、米国内では源泉徴収されないというものです。

私が、クレディ・スイス証券での口座を開設する際、担当者の指示で、このW8フォームを提出していたことをもってして、「税金に関して相当の知識を有している」とするものです。

このW8フォームは検察が相当こだわっていました。多分、海外口座を持っていない人にとってみると、何かよく訳分からない税金に関する書類を金融機関に提出しているというだけで、「税金に関して相当知識がある」という印象であり(というかこじつけ)、ならば「当然、株式報酬が源泉徴収されていない」ということも知っていたのであろうという論理です。

書類に名前を書いて申請することが、その内容に関して「相当の知識を有している」というのも論理の飛躍ならば、税金つながりというだけで、米国内利子の免税申請のW8フォームと、非常に個別性の高い、会社の株式報酬の源泉徴収の有無の理解をつなげるのも論理の飛躍です。

取るに足らない論点です。

5. 「被告人が、自らの保有資産のうち最も多額であるUBS口座について、加賀税理士から交付された『財産と債務の明細書』の記載例に『国外に存する財産と債務についても書いてください』と明記されていたにもかかわらず、同明細書に記載しなかったこと」に対する反論

この財産と債務の明細書に関する論点は、さすがに取るに足らないとは言えないものです。しかし、この論点に関しては、「故意犯であるとすると合理的な説明が極めて困難である」として、既に反証済みです。

ここをクリック→ #検察なう (260) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (4)」

あまりにも検察論告がつまらない内容なので、それに対する反論も、どうも面白みに欠けます。すみません。

上記2-4の「証拠」に関しては、過失でも矛盾のない「単なる事実」に過ぎません。5に至っては、むしろ故意であれば矛盾が生じる「無実の証拠」です。

考えてもみて下さい。

「もらった株式数が半分になってない」「W-8フォームを提出していた」「会社から文書を受け取っていた」という事実は、株式報酬を受け取っている全ての社員に該当するものです。

つまり、これらの事実は過失と故意を峻別するものでは全くないということです。そうでないと、申告漏れをした者が全て脱税犯となってしまいます。

いわゆるグレーを重ねることでよりクロに近づけようという検察の常套手段ですが、そもそも一つ一つの「グレーな証拠」が相応にクロに近くないと、「こんなものまで証拠としてるのか」と、いくら重ねても、むしろどんどんシロくなることを、検察は学習すべきです。

検察は、もっとこちらが「ぐう」の音も出ないような証拠を出して、横綱相撲をして欲しいですね(ちょっと佐藤博史氏風)。

2/19/2013











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2013/02/20 Wed. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (264) 「最終弁論解説 ~ 検察論告に対する反論 (2)」 2/18/2013 

#検察なう (264) 「最終弁論解説 ~ 検察論告に対する反論 (2)」 2/18/2013

(強制捜査から1525日、判決まであと11日)

本日の本論に入る前に、ツイッターのフォロワーの方から寄せられた質問の感想を書きます。その質問は、

「株式報酬の課税率を調べることはなかったのですか?」

なかなか興味深いと思ったのは、まず同じ給与・賞与である株式報酬の課税率が、現金給与・賞与と異なるかもしれないという発想が全くなかったので、「なるほど、そのように考える人もいるのか」と感じたのと同時に、そもそも、給与天引きされている税率をサラリーマンは気にするのだろうかと思いました。

いかなる税率であれ、天引きされるものはされるので、気にしても仕方ないと思うのは私だけでしょうか。

「そういえば、検察の取り調べの際に、所得税の最高税率を問われて、37.5%と答えて怪訝な顔をされたなあ。」と思い出したので調べてみると、今は所得税の最高税率は40%なんですね。しかも過去に37.5%だったことはないし。多分、1999年~2007年の37%を勘違いしていたのだと思います。但し、住民税を12.5%とも思っていたので(正解は13%......でいいんですよね?)、「所得税の最高税率と住民税合わせて50%」というのは、2007年以前であれば合っているので、まあ大差ないということなのではないかと思います。

本日の本論に入ります。

検察論告に対する反論の二点目の論点、「『被告人が、株式報酬が源泉徴収されておらず、自らの申告が過少なものであることを認識していたことを基礎づける各事実』に対する反論」についてです。

田中周紀氏著の『国税記者 実録マルサの世界』をお読みになって、クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件のことを知った方も少なくないと思います(未読の方は是非どうぞ)。

ここをクリック→ Amazon 『国税記者 実録マルサの世界』

初版が上梓された時点では、私の起訴はまだなされていなかったのですが、版を重ねた際、クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件の章の結びが加筆修正されています。

その部分を引用します。

「八田の事情聴取は11月3日から再開され、同月8日に終了した。9月12日にスタートしてから合計17回にものぼった聴取の中で、特捜部は査察部が調べた内容を事実上破棄して、改めて独自に調べた内容を八田に突きつけてきた。これに対して八田は、詳細な事実の裏付けとともに「意図的な仮装・隠蔽はしていない」という主張を展開し、一歩も引かなかった。主張を変えない八田が途中で逮捕されるという事態は、最後まで起こらなかった。(以上、初版と同じ。以下、第二版での加筆修正部分)

だが翌月7日、特捜部は八田を在宅起訴した。決め手となったのは、07年3月に八田が受け取ったストックオプションの権利行使に関する契約書。査察部の聴取の段階では示されておらず、特捜部が独自に見つけ出したものだった。八田が解説する。

「権利行使の際に、契約書に書かれたいくつかの選択肢を選んで署名したのですが、選択肢の中に『会社が源泉徴収している場合に限り、以下のどれかを選べ』というものがあり、私はその設問自体を斜線で消していました。そこに斜線を入れたのは、契約書の書き方についてシンガポールにいる経理部の社員に電話で聞いた際、そうするよう指示されたからです。内容は全く読んでいませんでした。ところが、この部分に目をつけた検察は『<会社が源泉徴収している場合に限り>という条件の設問に斜線を引いているのなら、会社が源泉徴収していないことを知っていたと解釈できる』と判断したのです。検事にこの契約書を見せられた時、私にはその存在すら記憶にありませんでした」

面子をかけた特捜部は、八田と話した社員を日本に呼び寄せて聴取するまでの執念を見せる。社員は「相談を受けたかどうか思い出せない」としながらも「何も理由を言わずにただ斜線を引くよう助言することは絶対にあり得ない。必ずその理由も説明していた」と証言。これに自信を得た特捜部は、八田の起訴に踏み切った。査察部の強制捜査から丸3年。戦いの場は法廷に移され、八田はブログやツイッターを利用して自らの潔白を主張し続ける考えだ。」

公判が始まった時点では、ストック・オプションの行使指示書は、検察の最有力証拠と目されていました。

そのストック・オプションの行使指示書とはこれです。原本は14ページに亘る契約書です。私が、税務調査開始後に、シンガポールのEC部(エグゼブティブ・コンペンセーション部。私は、ずっと経理部と呼んでいたのですが、正しくはそのような名称だそうです)のスタッフから取り寄せたものです。

ここをクリック→ ストック・オプション行使指示書

このPart IVの設問を斜線で消していることが、検察の主張する「脱税の決定的証拠」ということです。

あっぱれ!「こじつけ大魔王」の称号を検察に恭しく授けたいと思います。本当にすごいと思います。膨大な会社の資料からこれを見つけ出し、何度説明しようとしても、「『会社が源泉徴収していない場合に限り』、あれ『している場合に限り』かな.....を消去してるから......え、で、どうなるんだっけ?」と困るような証拠を、脱税の故意の証拠として起訴するのですから。是非、原文に当たって、その「こじつけ感」を実感して下さい。

そもそも、私が斜線で消去した部分の意味を理解しているのであれば、「斜線で消去せよ」との指示があるわけでもないので、敢えて誤記入を防ぐために斜線を引くこともないと思います。あるいは、私が脱税をしようとしているのであれば、わざわざ会社が源泉徴収をしていないということを理解していると書面に残すというのも不自然だと思います。

ところが、これは公判の中で「潰れた」証拠となりました。

私が、シンガポールのEC部のスタッフに相談して、この行使指示書を作成したことが裏付けられたからです。

#検察なう (215) 「ストック・オプション行使指示書の日付のミステリー」

ここをクリック→ #検察なう (215) 「ストック・オプション行使指示書の日付のミステリー」

検察論告でも、この論点に関する主張はいきなりトーンダウンしています。

検察論告は、冒頭陳述の主張から一歩も出ず、ボリュームだけが2倍に水増しされたものだということは述べたところです。

冒頭陳述の中でストック・オプションの行使指示書に関する主張は1 2/3ページを費やされているにも関わらず、論告では1 1/2ページに留まっています。本文の分量が、冒頭陳述の24ページに対し、論告が44ページとなっていることと比較対象すると相対的に重要度はかなり後退しています。

そして冒頭陳述での表現は、「自ら前記行使フォーム3通の当該部分にいずれも手書きで斜線を引き、当該部分の適用がないことを明確にした上で行使フォームを作成していた。」と太字で強調されていますが、論告では細字で「このことは、被告人が自ら「株式報酬について会社の源泉徴収が行われていないこと」を認識していたことを強く窺わせる事情といえる。」と、冒頭陳述での断定的な表現が、論告では実に遠慮がちな表現となっています。

検察の往生際の悪さが際立つものですが、この死に体の主張の反論に、弁論ではなんと13ページも費やされています。

「先生~、それは『鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん』って言うんですよ。」とも思ったのですが、ま、よしとしましょう。

ここでは、その内容を要約しつつ、検察の証拠の作り方の問題点にフォーカスしたいと思います。

まず、先の証言をしたEC部のスタッフは、検察側証人として再三証人喚問されていました。ところが彼女はこれを拒否し続けました。表向きの理由は、「八田あるいはその熱狂的な支持者から報復を受けることに対して、日本政府が予防的措置を取り得ない」ということでした。

私は、これが彼女の真意であるとは全く思っていません。私が、彼女を個人的に知っていることもあるのですが、これは何度出廷を拒否しても執拗に出廷要請を繰り返す検察に対して、彼らへの協力を拒むことの口実だと思っています。実際、彼女は日本に来て検察の取り調べを受けていますが、何度も同じ質問を繰り返す検察の取調べに辟易したようです。

私は税務調査開始直後に、資料を依頼して、彼女と何度もメールのやり取りをしています。彼女も私の過失を疑わなかったと思います。

その後、単なる関係者の事情聴取かと思い、日本に来て状況説明をしたところ、一方的に有罪の証拠を集めようとする検察の姿勢に危惧を感じたのではないでしょうか。

もし万が一、彼女の言葉がそのまま意味するところだとすると、それは彼女の証言が虚偽であることを示唆するものです。私や私の支持者がやくざやマフィアではないことは彼女も重々承知しています。一般市民の我々が報復をするという可能性を彼女に抱かせるのは、彼女が全く事実とは違う、私に不利な証言をしたという場合であると考えられます。そうした論理的な思考を持ち合わせない検察のセンスに疑問を感じてしまいます。

彼女の検察取調べの検面調書は、大部分証拠採用されています。

この検面調書は日本語で書かれています。彼女は中国系シンガポール人で、日本語は読めません。つまり、この調書作成過程は、検事が日本語で質問→通訳が英語に翻訳→彼女が英語で回答→通訳が日本語に翻訳→検事が聞き取り調書作成→検事による日本語調書の読み聞かせ→通訳が英語に翻訳して読み聞かせ→彼女は日本語の文章そのものを理解しないまま日本語の調書に署名という、多重の伝聞を経たものです。

弁護人は、日本語の調書に日本語を理解しない彼女が署名していることの信用性を問い、この調書を英訳して、彼女の同意を求めることを文書で申し入れましたが、検察に拒否されています。

また、この取調べの録音は存在しません。これだけ伝聞過程を経ていれば、弁護人から信用性を問われることは当然であることを想定していながら、敢えて録音を残していないのは(あるいはあるのかもしれませんが「不見当」)、調書の内容が、彼女の言葉からかけ離れているため、「残せなかった」ということだと思われます。調書を英語で作成していない、弁護人要求の調書の英訳を拒否したことも全く同じ理由です。

そして本文17ページに亘る調書は、一ヶ所も訂正がなされていません。しかも彼女は、署名はしたものの、押印の代わりである指印を拒否しています。

それでこの調書が信用に足るものだとするのは、常識的にかなり無理があるのではないでしょうか。

そして、この調書の内容は、実に検察の狡猾さを伺わせるものです。うまく作られているとも言えますが、少しやり過ぎ感があり、読み手にある程度以上の理解力があれば、論理に破綻があることが明らかです。

まず調書では、彼女はストック・オプションの行使指示書作成の際に「相談を受けたかについては、どうしても思い出すことはできません」としています。検察とすれば、彼らが欲しい事実は「私は彼女に相談しておらず、私が一人で行使指示書を作成した」というものです。彼女に、「相談されたことはないのではないか」と言わせることができればよかったのでしょうが、そこまで誘導し切れなかったものだと思います。

そして検察は二段構えの手段を講じます。「私が彼女に相談をしていないのではないか」と懐疑心を裁判官に持たせようとすると同時に、もし相談を受けたのであれば、彼女が「何も理由を言わずにただ斜線を引くようアドバイスすることは、絶対にあり得ません」、もし私が彼女に相談して設問を斜線で消していたのであれば、彼女から「ストック・オプションの権利行使において会社に源泉徴収義務はないこと」を聞いたはずだと調書に書いています。

話した記憶すらない者が「絶対に」説明したとするところがやり過ぎ感の表れであり、もう少し検察も作文能力を磨くべきです。そしてそのやり過ぎが彼らの墓穴を掘ります。

理由を述べることなく、彼女は「絶対に」説明をしたと調書に書かれていますが、「絶対に」説明をするからには理由が必要です。その理由とは、「日本の社員の多くは、会社が源泉徴収していないことを理解してはいない」というものであるはずです。もし逆に社員の多くが、会社は源泉徴収していないということを知っているのであれば説明の必要がないからです。彼女が税務調査開始前に、「日本の社員の多くは、会社が源泉徴収していないことを理解してはいない」と思っていた可能性はあるでしょうか。私はないと思います。多数の申告漏れの実態に本当に驚いたことと思います。

つまり英文であれば、「surely」や「absolutely」であろう「絶対に」という副詞は検事の「作文」であることが明らかです。

この一事をもってしても調書の信用性は著しく損なわれます。

いつも瑣末な事の揚げ足を取って、全体の信用性を落とすという常套手段(例の「ホントですか~」作戦です)を使う検察としては、全くお粗末な証拠の作り込みです。

裁判官ともなれば、これ程稚拙な証拠の作り込みには当然気付くことと思います。結局、「推定有罪」という検察の厳しい「中田パス」を裁判官がゴールするかどうかということだと思われます。

日本の刑事司法に正義はあるのか。注目の判決は3月1日です。私は楽しみにしています。皆さんも是非楽しみにして下さい。

2/18/2013












ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会ダイジェスト版」(動画)


ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

ここをクリック→ 被告人最終陳述

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category: 訴訟記録等

2013/02/18 Mon. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (263) 「最終弁論解説 ~ 検察論告に対する反論 (1)」 2/15/2013 

#検察なう (263) 「最終弁論解説 ~ 検察論告に対する反論 (1)」 2/15/2013

(強制捜査から1522日、判決まであと14日)

昨年11月に行われた第9 回公判でなされた検察論告は、恐るべき内容でした。最高捜査権力とされる検察特捜部の検察論告が、素人の私にもダメ出しされるお粗末な内容ということは、うがった見方をすれば、それでも有罪にできるという検察の傲慢さが表れているからです。

通常の理解力をもってすれば、この検察論告の内容は、「刑事司法を冒涜するものである」という憤りを感じるのが当然だと思いますが、有罪製造の自動機械と化している刑事司法にどっぷりつかっているとそうした感覚も麻痺してしまうのかもしれません。

私が検察論告の欠陥を指摘した内容はこちらです。是非お読み下さい。

#検察なう (224) 「検察論告の欠陥」
ここをクリック→ #検察なう (224) 「検察論告の欠陥」

#検察なう (225) 「検察論告の欠陥 Part2」
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#検察なう (226) 「検察論告の欠陥 Part3」
ここをクリック→ #検察なう (226) 「検察論告の欠陥 Part3」

一口に言うと、「無罪方向の証拠を完無視して、過失でも矛盾のない証拠を強引に有罪方向に解釈しているもの」だということです。これが検察論告の常態だとすると、検察は、「公益の代表者」「正義の番人」などというものではなく、国民の人権を脅かす恐怖集団と言わざるを得ません。

検察論告は、このように「勝手に言ってろ、こっちはこっちの言い分を言うだけだ」というものですが、弁論は違います。きっちり検察の主張に対しての反論を行っています。今回以降のブログで、その内容を解説したいと思います。

まず弁論では、総論として以下のように述べています。

「第一に、検察官の論告では、ほ脱の故意の認定判断の基礎として評価の対象とされる事実に極端な偏りがある。すなわち、無罪方向の事実は全て評価の対象から外されて無視され、解釈によっては有罪方向に働き得なくもない事実のみが取り上げられて評価の対象をされている。

第二に、検察官による事実の評価、推認過程は極めて不合理である。すなわち、適切に評価すれば被告人にほ脱の故意がなかったことと整合する事実関係、時には被告人にほ脱の故意があれば説明できない事実関係についてまで、論理の飛躍した推認を行い、ともかくも「被告人が故意に過少申告したことが明白である」との結論を強弁するばかりである。」

See? That’s my point.

第一点目の論点に関して弁論は、以下のように主張を展開します。

「検察官は論告において、例えば下記のような、重要性の高い無罪方向の各事実について、その全てを無視して言及すらしていない。

・ 税務調査開始時、被告人が自身の申告漏れを認識していなかったこと
・ 税務調査開始後、被告人が、手元に資料がない段階では、株式報酬の総額やほ脱税額の規模を把握できなかったこと
・ ストック・オプションの受給及び行使、株式の売却実績を全く失念してしまっていたこと

これらの各事実は、今回の弁論において初めて弁護人が主張するものではない。既に、論告前から、「本件各証拠は被告人に故意がなかったことを裏付ける重要な客観証拠である」と主張していたものである。

すなわち、検察官は、弁護人が被告人にほ脱の故意がなかったことを裏付ける上記重要な事実、証拠の存在を主張していることを認識しながらも、当該事実に言及すらせず、その反論を行わなかったことになる。

検察官も、無罪方向の事実に言及反論しない論告に説得力がないことは十分承知しているはずであるから、結局のところ、検察官は無罪方向の事実への論駁を試みたものの、被告人が故意犯であることの合理的説明ができないために、無罪方向の事実に言及反論することができなかったと考えられる。」

Enough said.

第二点目の論点に関しては、検察論告の具体的な内容に踏み込んだ各論となっています。この、論告において各事実の評価、推認過程が極めて不合理であるという具体的な反論には相当のボリューム(弁論の実に1/4)を割いて述べられていますので、何回かに分けて解説します。

反論の内容は以下の3点です。

(1) 「被告人が、源泉徴収票に記載された給与収入額を大きく超える報酬を受領していることを現に認識しながら過少な申告を行ったこと」に対する反論

(2) 「被告人が、株式報酬が源泉徴収されておらず、自らの申告が過少なものであることを認識していたことを基礎づける各事実」に対する反論

(3) 「被告人が、そもそも源泉徴収票の金額に含まれ得ない利子収入、株式売却益、不動産収入等についても認識しながら申告を行っていなかったこと」に対する反論

今回のブログでは、上記1点目の 「被告人が、源泉徴収票に記載された給与収入額を大きく超える報酬を受領していることを現に認識しながら過少な申告を行ったこと」に対する反論に解説を加えます。

この論点に関する検察の論告の基本コンセプトは、「なぜ巨額の申告漏れに気付かなかったのか。そんなことは社会通念に照らし合わせてありえない。」というものです。

さて、よーく考えて下さい。「巨額の申告漏れ」は厳然たる事実としてありますが、その事実と「株式報酬も含めて全ての給与は源泉徴収されていると思い込んでいた」という事実とは矛盾するでしょうか。

多分、ここはこの事件で最も重要なところだと思いますので、じっくり考えてみたいと思います。

具体的な例を挙げます。

あなたが会社から1千万円の賞与あるいは退職金を受け取ったとします。さて、あなたはどのようにして所得税を正しく払っていると確信できるのでしょうか。

「え~、あまりに唐突な質問で、よく分かんな~い。だって前提条件があまりにも欠けてるじゃん。え、何、その1千万円って、税引前なの、税引き後なの?」

それでは聞きます。会社から賞与あるいは退職金を受け取って、それが税引前の金額だと思う人がいるんですか?

「いや~、いないと思うけど、だって申告漏れだったんでしょ。それって、税引前の金額が払われたってことじゃん。そうじゃないと申告漏れにならないじゃん。」

そうです、あなたは既に「申告漏れ」という答えを知っているからこそ、通常、サラリーマンの常識であるところの給与天引きということを最初から除外して考えたということです。普通、会社からの給与をもらって、それが税引前の金額だと思う人はいません。

「う~ん、でもさ、ざっくり税金が50%だとしてさ、税引き後の手取り金額が5百万円のはずが1千万円入ってきたらおかしいと思うでしょ。そしたら、その1千万円って税金払ってないって気づくんじゃないの。」

グッド・ポイントです。それでは、あなたはどのようにして、5百万円の手取り金額を予想するのでしょうか。

「そりゃ、普通、会社が税引前の金額と税引後の金額を通知してくれるでしょ。そうじゃなくても、大体、賞与や退職金が手取りでいくらかなんて分かるんじゃないの。」

ここでクレディ・スイス証券の株式報酬の支払いに関わる給与プログラムの説明をしなければなりません。今まで、何度も「給与プログラムは複雑」だと言ってきましたが、内容を説明しないことには、どれだけ複雑かがご理解頂けないと思いますので、説明させて頂きます。

給与プログラムの内容は、私が会社在籍時には、全く理解しようともしなかったもので、実は、このブログを書く今日の今日までその正しい内容を理解していませんでした。それ程、理解するには気力のいる代物です(ちょっと大袈裟かな)。但し、このブログを書くためには、やはり避けて通れないということで、理解に努めたものです。

なるべく分かりやすく説明しようとしますので、ご辛抱下さい。

会社から提示される年棒は米ドル額で決定されます。「年棒」と言っても、その金額がその年に払われるわけではありません。

その内訳は基本給、現金賞与、株式報酬、退職金積立に分けられます。基本給は、肩書によってほぼ定額で、円換算した金額を月割りにして受け取ります。現金賞与は、その年に、やはり円換算してもらいます。株式報酬は、給与プログラムの支払いルールにのっとって、将来のいつかのタイミングで支払われます。退職金積立分は、毎年積み立てたものを退職時に円貨でもらいます。

つまり、「年棒」のうち、その年に払われるものは、基本給と現金賞与のみで、株式報酬と退職金積立は将来払われることになります。

基本給がほぼ定額である以外は、現金賞与、株式報酬、退職金積立の割合は、年によってあるいは人によって異なります。例えば「賞与の1/4が株式報酬に割り当てられる」といった簡単なものではないということです。「いくらかよく分からない金額が株数に換算されて、それが累計されて将来のいつかのタイミングでもらえる」ということになります。

株式報酬の原資は、上で述べたように賞与の一部なのですが、その金額をまずその時点の株価で割って、株数が決定します。その株数を将来のいつかのタイミングでもらうというのが、株式報酬です。

大丈夫ですか、まだ付いて来てますよね。そして「将来のいつかのタイミングでもらえる」という「いつかのタイミング」を決めるルールが給与プログラムの内容です。そして、やっかいなことに毎年その内容が変わります。

私は、クレディ・スイス証券に2001年に入社し、2002年から株式報酬をもらっていたのですが、この「もらった」というのは、「受け取っていた」ということではありません。「将来あげるからね」という約束を会社がしたということです。そして繰り返しになりますが、その「将来のタイミング」の決めごとが給与プログラムの内容です。その内容は次の通りです。

2002年プログラム ― 株式報酬は全て3年後に支払われる

2003年プログラム ― 株式報酬のうち、短期支払い分は2年後に支払われ、長期支払い分は3年後に支払われる(但し、長期支払い分は退職と共に権利喪失)

2004年以降のプログラム ― 株式報酬のうち、短期支払い分は、1年後から3年間に亘り、1/3ずつ支払われ、長期支払い分は3年後に全額支払われる(但し、長期支払い分は退職と共に権利喪失)

この時点で、これを読んでるほとんどの方が、理解を拒んでいると思われます。給与プログラムがそれ程複雑なものだと理解してもらえれば、少し先まで飛ばして頂いても結構です。

それでも我慢強い方あるいはマゾ体質の方のために説明を続けます。

私は、2005年から実際に株式を受け取ることになります。退職までに4回株式報酬を受け取っています。その毎回の受取の「株数」がどのように決まったかを、上のルールに従って、書き出すと以下の通りとなります。

2005年の受取株数 = 2002年の株式報酬分金額を2002年当時の株価で割ったもの + 2003年の株式報酬の短期支払い分金額を2003年当時の株価で割ったもの + 2004年の短期支払い分金額の1/3を2004年当時の株価で割ったもの

2006年の受取株数 = 2003年の株式報酬の長期支払い分の金額を2003年当時の株価で割ったもの + 2004年の株式報酬の短期支払い分の金額の1/3を2004年当時の株価で割ったもの + 2005年の株式報酬の短期支払い分の金額の1/3を2005年当時の株価で割ったもの

2007年の受取株数 = 2004年の株式報酬の短期支払い分の金額の1/3を2004年当時の株価で割ったもの + 2004年の株式報酬の長期支払い分の金額を2004年当時の株価で割ったもの + 2005年の株式報酬の短期支払い分の金額の1/3を2005年当時の株価で割ったもの + 2006年の株式報酬の短期支払い分の金額の1/3を2006年当時の株価で割ったもの

退職時の受取株数 (未経過分) = 2005年の株式報酬の短期支払い分の金額の1/3を2005年当時の株価で割ったもの + 2006年の株式報酬の短期支払い分の金額の2/3を2006年当時の株価で割ったもの + 2007年の株式報酬の短期支払い分の全額を2007年当時の株価で割ったもの (2005年以降の長期支払い分は退職に伴って権利喪失)

複雑でしょー。クレディ・スイス証券社員の誰も理解していないと思いますよ。

そして更なることに、この当初の株数決定の時点から実際の受取までの期間(1年~3年)の間に、株価も変動すれば、為替レートも変動します。株価が倍になれば、受取金額ベースでは、当然倍になるということです。

ここまで説明して、ようやく「会社の給与プログラムの内容がとても複雑」で、「受取金額の想定は到底不可能」ということがご理解頂けたと思います。そして私は、在籍時に、給与プログラムの内容は全く理解していなかったものです。別に理解していなくても、もらえるものはもらえますから。

そして会社からの通知は、支払いの時点で、「~月~日に~株の株式報酬を支払う」というものです。これが例の株式入庫通知(メモランダム)ですが、そこには、税金を源泉徴収しているともしていないとも書かれていなければ、税引前・税引後の金額が併記されていることもありません。

全く受取金額の予想ができないものを受け取った際に、それが源泉徴収されていると完全に思い込んでいれば、何の疑いも生じないということが実感できましたでしょうか。

つまり、先の例で言えば、会社から1千万円を受け取った時に、その金額を事前に予想することができず、天引き後の金額だと思うことに何ら不自然なことはない、ということです。

検察論告では、株式報酬の金額の認識にからめて、脱税の意図を主張するアプローチは、

「現金給与・賞与の金額を認識していた」 + 「株式報酬の金額を認識していた」 + 「源泉徴収票の記載金額は、現金給与・賞与の金額相当である」 = 「だから確定申告の際に、金額の齟齬に気付いたはずだ」

とするものです。 

株式報酬の金額の認識に関し、検察は、論告ではこう述べています。

「被告人は、株式報酬の金額の認識についてあいまいな弁解に終始するが、自らの指示で株式を売却し、かつ、その代金を詳細な資産管理表を自ら作成してそれを管理更新しつつ資産運用をしていたことなどからすれば、多額の株式報酬の金額を知らなかったなどということは、およそあり得ない。」

ここでは、「私が株式報酬の金額が税引前のものであることを、受け取り時に、受取金額から気付いた」という主張はなされていません(上の具体例で言えば、1千万円をもらった時に、「5百万円しかもらえないことは分かっていたはずだ」という主張は、到底できないとギブアップしています)。

これに対する弁論の反論は、

1) 株式報酬の金額の認識は短期間のもので、記憶に定着するようなものではない

2) 申告すべき収入の総額は、受け取り金額を税務年度単位で足し上げる作業が必要であるが、源泉徴収票に申告すべき収入が全て記載されると思っていれば、そうした作業をすることはない

3) 申告すべき収入(現金給与・賞与+株式報酬)と実際に申告した収入(現金給与・賞与のみ)を比較するというのは、上記足し上げた金額と、実際に申告に必要とされた源泉徴収票1枚記載金額を比較するということだが、実際には、源泉徴収票は平成18年度には2枚、平成19年度には3枚発行されており、その合計金額との差を見つけることは困難である

というものです。

解説します。

1) に関して、弁論では以下のように主張しています。

「被告人は入庫した株式について、その売却及び送金を自ら指示していたが、常に「全株売却」「全額送金」の指示であった。これは、被告人がもとより株式を保有するつもりがなく、株式を「現金化」するという形式的機械的な事務処理として行われたものとみるのが自然である。」

これまで何度か述べた点ですが、私にとっては賞与や退職金が、現金であろうが、株式であろうが何ら変わりはないものでした。それゆえ、株式報酬を受け取り時に、機械的に「売却」していたものです。しかし、その「売却」は、あくまで「現金化」というものであり、通常の「購入」とセットになった「売却」という認識はありませんでした。

売却及び送金の時点ではあった金額の認識も、その作業を終えてしまえば、記憶として定着することはありませんでした。特に逼迫した経済状態であって、入金を心待ちにしていたわけでもなく、また印象に残るような買い物をすることもなかったからです。そして、売却という行為が、あくまで現金化であることの結果として、株式報酬と現金給与を敢えて区別することなく認識し、その税務の違いがあろうなどと思い至ることもなかったものです。

2) に関しては、第5回公判での税理士の証人尋問の応答が、端的にその意味するところを示していると思います。

弁 「最後に、基本的なことをお聞きします。源泉徴収票とは、どういうものでしょうか。」

税 「私の理解では、支給する会社が、現金だけではなく、ストック・オプションなど、株式報酬も含めた給与所得と、賞与・退職所得、全ての支給が記載された書類だと思っています。」

弁 「それでは逆に、サラリーマンが、ある年、1年間に受け取った全ての給与所得を漏れなく確実に把握する手段としては、何があるのでしょうか。」

税 「私は、源泉徴収票だと思っています。」

実際には、会社から、税務年度において現金給与・賞与及び株式報酬を足し合わせた金額を記載した書類の交付はありませんでした。私は、源泉徴収票の記載金額に、株式報酬も含まれていると思っており、税務調査開始の当初から、そうした主張をしています。実際に、その年に申告すべき収入の金額を得るには、自分で受取金額を足し合わせる作業が必要となります。それは、サラリーマンの申告に関する収入の一般的な認識とは異なるものだと思います。

3) に関しては、検察の主張の自己撞着を表すものだと思います。検察が、源泉徴収票を確認した上で、その記載金額と、税務年度に受け取った金額を足し上げた金額を比較したと主張するのであれば、その「源泉徴収票の記載金額」とは、申告に必要であった1枚のみの記載金額ではなく、手元にある全ての源泉徴収票の記載金額合計であるべきです。

それでも、株式報酬が源泉徴収票の金額に含まれていないことには変わりはないのですが、分母を小さく見せて、「ほら、こんなに金額が違うのに気付かないわけはないでしょ」という印象稼ぎの姑息な手段です。

そして、何より、この主張の大前提になるのは、私が源泉徴収票、あるいは税理士作成の確定申告書を確認し、かつその金額の齟齬の認識に至るまでその内容を理解したということです。それに関する検察論告での立証を見てみます。

平成18年度分に関しては以下の通りです。この年は私が自分で確定申告をしています。

「源泉徴収票には、現金支給給与の金額しか記載されておらず、その金額が基本給、住宅手当及び現金ボーナスの合計金額とほぼ同額であること、すなわち、株式報酬等の金額が含まれていないことは、源泉徴収票を見れば一目瞭然であるので、源泉徴収票記載の収入金額を確定申告書に自ら転記した被告人が、その収入金額に株式報酬が含まれていないことを、その時点で認識していたことは明らかである。

被告人は転記した「数字の意味するところは意識していなかった」と弁解するが、収入金額の意味も意識しないまま確定申告書を作成することなど常識的にあり得ないので、その弁解は破綻しているというほかなく、到底信用できない。」

平成19年度分に関しては以下の通りです。この年は税理士に確定申告を依頼しています。

「そもそも源泉徴収票を手渡された時点でその収入金額を確認するのが通常である上、仮に源泉徴収票の中身を見ないままそれを税理士に送付して確定申告の原案を作成してもらったとしても、給与収入や雑所得の金額等が記載された確定申告書の原案に押印するに当たっては、その内容を確認するのが社会常識に照らして当然である。

「網膜に映った」だけで内容を確認も理解もしなかったなどという弁解は、多額の所得につき確定申告をする者として、極めて不自然不合理であって、到底措信しがたい。

よって、被告人は、確定申告書の収入金額に株式報酬が含まれていないことを確定申告書作成時に認識していたと認められる。」

「一目瞭然」「常識的にあり得ない」「社会常識に照らして当然である」という空疎な言葉の羅列が、検察論告の中身です。

検察論告に対する反論は続きます。

2/15/2013








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2013/02/15 Fri. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (262) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (6)」 2/13/2013 

#検察なう (262) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (6)」 2/13/2013

(強制捜査から1520日、判決まであと16日)

最終弁論での無実の論証では、以下の5つの項目を挙げています。

1 「株式報酬も源泉徴収されていると思い込んだことは自然なことである」

2 「株式報酬が源泉徴収されておらず、別途確定申告が必要であると気付かなかったことも自然なことである」

3 「確定申告の時点で、株式報酬が源泉徴収されていないことに気付くきっかけはなかった」

4 「故意犯であれば説明のつかない事実が多数ある」

5 「故意犯であれば必ず存在する事実が存在しない」

前2回のブログでは、上記4点目の論点、脱税を意図していたとすれば矛盾の生じる実際にあった事実を列挙しました。

今回は、5点目の論点の、逆に、脱税を意図していたとすれば当然あるべきなのに存在しない事実を列挙します。

この論点の初めに、弁論では次のように述べられています。

「会社から支給される給与所得を脱税しようというのは極めて成功確率の低いものである。しかも被告人のような3億円強に上る申告漏れは刑事罰の可能性も高く、そのような過少申告を故意で敢行しようとするには、相当の準備や仮装隠蔽の画策を行うものである。

少なくとも、以下に述べるような事実は故意犯であれば必ず存在するはずである反面、本件では不存在であることから、被告人に故意がなかったことは明白である。」

(1) 「被告人がクレディ・スイス証券において株式報酬が支給される従業員の範囲、各従業員の申告状況を調査した事実が存在しない」

(2) 「被告人が株式報酬にかかる説明会に出席した事実が存在しない」

(3) 「被告人が脱税や査察部等に関する調査を行った事実が存在しない」

(4) 「被告人が、税理士、弁護士に対して、故意と認定された場合を想定した相談を行った事実が存在しない」

(5) 「被告人が確定申告を税理士に依頼するに際し、吟味して選択した事実が存在しない」

(6) 「被告人が自白した事実は存在しない」 

解説します。

(1) 「被告人がクレディ・スイス証券において株式報酬が支給される従業員の範囲、各従業員の申告状況を調査した事実が存在しない」

本来、脱税という犯罪は、所得そのものを隠すことによって成功する犯罪です。それを理解するだけでも、会社の給与を脱税しようとするのはあまりに荒唐無稽な行動といえます。なぜなら、この犯罪の成功は、クレディ・スイス証券が社員に株式を支給していることを、税務署が知ることはないということが前提になるからです。

勿論、それは、会社が税務署の照会に答えれば、ただちに露見する事実です。また、多数の社員が株式報酬を実際に申告していれば、それだけで税務署が知り得る事実です。

もし脱税を意図していたとすれば、税務署が「クレディ・スイス証券では一定の給与水準以上の社員には高額の株式報酬が支給されている」という事実を既に把握していないかどうか、あるいは将来把握するおそれがないか、必ず調査するはずです。

税務署に直接問い合わせるわけにはいきませんから、当然、会社の周りの者の申告状況を確認したり、シンガポールのエグゼブティブ・コンペンセーション部(株式報酬を担当する部署)の者に受給者数等を尋ねて回るはずです。

検察は、会社の何人もの従業員・元従業員や、エグゼブティブ・コンペンセーション部のスタッフをシンガポールから出頭させ、執拗に取調べを行っています。ところが、こうした事実は当然ながら全く出てきませんでした。

弁論では、以下のように主張しています。

「被告人が、株式報酬が支給されている従業員の範囲や他の従業員の株式報酬申告状況を調査していない事実は、被告人に故意があったとすれば合理的な説明がほとんど不可能である。」

即ち、クレディ・スイス証券で株式報酬の支給が行われていることを税務署が知り得ているか否かの調査を行っていない事実が、無実の証拠です。

(2) 「被告人が株式報酬にかかる説明会に出席した事実が存在しない」

会社は、年に一回、株式報酬給与プログラムの説明会を行っていました。説明会をしなければ理解できないような複雑な給与プログラムであり、やっかいなことに毎年その内容が変わっています(実は、私は、税務調査が始まって、自分で調べてみるまで給与プログラムが毎年変わっていたことすら全く知りませんでした)。

私は、この説明会に出席しておらず、その存在さえ知ることはありませんでした。

しかし、脱税を意図するのであれば、かなりアンテナを張り巡らせて情報収集に努めていたものと思われ、株式報酬に関する説明会を見逃すはずがありません。

弁論では、以下のように主張しています。

「被告人が故意犯であれば、株式報酬に関して、会社がいかなる説明を行い、他の従業員が申告するか否かといった情報収集に余念がなかったはずである。特に、シンガポールのエグゼブティブ・コンペンセーション部スタッフが行った株式報酬についての説明会には必ず出席して情報収集したはずである。

従って、被告人が株式報酬にかかる説明会に出席していない事実は、被告にが故意犯であるとすると合理的な説明が極めて困難である。」

即ち、株式報酬に関する情報収集を社内で行っておらず、それに関する説明会にも出席していない事実が、無実の証拠です。

(3) 「被告人が脱税や査察部等に関する調査を行った事実が存在しない」

脱税をしようとするのであれば、当然、脱税のノウハウを吸収すべく、あるいは、発覚した場合のダメージコントロールの方法を事前に調査するものです。

金額が大きいだけに、脱税犯であれば、もし「知らなかった。気付かなかった」という言い訳が通用しなかった場合には、どういう事態になるかというリスクの評価は必須だと思われます。

脱税犯であれば、当然、税務署や国税局の組織・行動の研究に余念がなかったであろうと思われます。

私は、強制捜査の際に、手帳を押収されましたが、そのスケジュールに国税局資料調査課との面談を「査」の字を丸で囲んで書き込んでいました。つまり、税務調査が始まった後であっても、資料調査課を査察部だと思い込んでいたということです。一般人の知識レベルでは、「税務調査をする役人はみんなマル査」だと思っているのではないでしょうか。私もそうでした。

押収されたパソコンのインターネット履歴、私の読書履歴の記録(私は読んだ本のタイトルを全て記録していました)、家宅捜査時に確認したであろう蔵書、そのどれをとっても脱税や税務署関連の資料どころか、節税や一般的な税金に関する情報を私が収集していた形跡は全く見られません。私が、税務に関して、全く無頓着・無関心だったからです。

弁論では、以下のように主張しています。

「故意犯であれば、どの程度のほ脱金額であれば「知らなかった。気付かなかった。」との過失の主張が通りそうか、どの程度のほ脱金額であれば国税局査察部の調査対象となり、刑事事件に発展するか等、発覚後のリスクについて調査するはずである。

しかし、被告人が雑誌以外の読了した書物を全て記録していた読書履歴にもそのような関係の書物はなく、会社同僚や税理士等に質問してまわっていた事実もない。これは、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が極めて困難である。」

即ち、脱税や税務署に関する情報収集を事前に全くしていない事実が、無実の証拠です。

(4) 「被告人が、税理士、弁護士に対して、故意と認定された場合を想定した相談を行った事実が存在しない」

私は、税務調査開始以降、査察部の強制捜査を経て、告発に至る15ヶ月の間、税理士と彼を紹介してくれた弁護士に、逐一経過報告をしていました。取調べがあると、何を聞かれたか、どう答えたかをメールで送っていたものです。特に助言を求めるものでもなく、ほぼ一方的に報告し、愚痴を聞いてもらっていたようなものです。

もし脱税をしていたのであれば、彼らに、「仮に、故意だと認定された場合は、どうなりますか」といった質問は当然すると思われます。また、自白したらどうなるかであるとか、告発されたらどうなるかといったことも、脱税犯であれば、当然の関心事だと思われます。

しかし、当時私は、無邪気にも捜査権力が無法なことをするはずがないと信じ込んでおり、まさか刑事告発されるとは思っていませんでした。脱税犯であれば、当然あるはずの覚悟も全くなく、刑事告発の報道を、会社の元部下から知らされた時は、本当に驚く共に、「証拠がないことが分かっていながらよくできたな」とあきれたくらいです。

刑事告発されることを全く予測していなかったことは、弁護士に正式に事件を委任していないことからも明らかです。

弁論では、以下のように主張しています。

「被告人が査察調査の段階で正式に弁護士に委任せず、税理士、弁護士にも自白した場合等の質問も一切していないことは、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明はほとんど不可能である。」

即ち、税理士、弁護士に対し、「脱税が発覚したら」ということを想定した行動を一切取っていない事実が、無実の証拠です。

(5) 「被告人が確定申告を税理士に依頼するに際し、吟味して選択した事実が存在しない」

私の以前契約していた税理士が、書類を渡していながら過怠で確定申告をしていなかったため、弁護士を通じて書類を取り返した経緯は以前にも述べたところです。そして税務調査対象期間の確定申告をお願いしていた税理士の先生は、その弁護士に紹介してもらった方です。

税務調査以前においては、彼とは、電話でのやり取りを数回したのみで、一切の面識はありませんでした。

検察が主張する脱税の手口は、馬鹿馬鹿しい程に単純なもので、確定申告に株式報酬の金額を加えていなかったというものです。

まず、この単純な手口の脱税をするために、見ず知らずの税理士に依頼して脱税をする脱税犯というのは世の中にいるのでしょうか。そして、もしそのような脱税犯がいたとして、最初から税理士を騙すにしても、その「共犯者」を吟味しない脱税犯はさすがにいないのではないでしょうか。

弁論では、以下のように主張しています。

「仮に、故意犯であれば、その手足となるべき税理士の素性や性格を吟味して、犯罪の道具たりうるかを検証して選択したはずである。被告人が何ら吟味せず税理士に依頼した事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明は困難である。」

即ち、確定申告を税理士に依頼した事実、及び、その税理士を選定する際に一切の吟味をしていない事実が、無実の証拠です。

(6) 「被告人が自白した事実は存在しない」 

この論点に関しては、弁論を全文引用します。

「一般に自白は被告人に不利益であるから信用でき、否認は被告人に利益であるから信用できないとされる。

しかし、実態は逆である。本件は、自白すれば、身体拘束をされるおそれもなく裁判も短期間で終わり、執行猶予も確実につく事案である。他方、否認すれば、かなりの確度で逮捕されることが予想され、裁判は長期にわたり、執行猶予がつく可能性は高いものの統計上は有罪判決が下される可能性が極めて高いという実態がある。事実、故意で脱税していなくとも、故意で脱税したと虚偽自白した方が極めてメリットが大きいのである。

こうした場合、東京地検特捜部が狙い撃ちにするような社会的地位のある者は、最初は虚偽自白に抵抗があるものの、自身の置かれた上記状況を冷静に分析し、最終的には犬にでも噛まれたものと頭を切り換えて、その時点におけるベストの選択肢として、虚偽自白をして執行猶予付き有罪判決をもらい、すみやかに社会復帰する道を選ぶのが通常である。有罪判決が下される極めて高いリスクを抱えながら、逮捕勾留され年単位の裁判を経る覚悟で否認を貫くことは、社会経済合理性を無視しなければとりえないものである(いわゆる遠隔操作ウィルス事件でも逮捕された4人中2人が虚偽自白をするに至ったことは周知のとおりである)。

実際、被告人は弁護人を吟味するなかで、いわゆるヤメ検の弁護士より、虚偽自白を暗に勧められている(なお、かかる助言も、全て自己責任のとれる被告人のような者に対しては弁護士倫理上の問題はないであろう)。

しかし、被告人は、嘘のつけない性格とはいえ、「やってないものはやったとはいえない」ということで、虚偽自白をせず否認を貫くこととした。ある意味では、不合理かつ不利益な選択といえる。

故意犯でなくとも、災害に巻き込まれたとでも考えて虚偽自白によるダメージコントロールが合理的である中で、ましてや、故意犯であれば、本件において逮捕を覚悟して否認を貫き裁判を長期化させることなど全く考えられない行動である。

被告人が故意犯であるとすると、本件事案で否認を貫いている事実は、合理的に説明することがほとんど不可能である。」

即ち、私が、故意犯であることを否認している事実が、無実の証拠です。

次回以降は、検察論告への反論です。

2/13/2013















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2013/02/13 Wed. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (261) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (5)」 2/11/2013 

#検察なう (261) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (5)」 2/11/2013

(強制捜査から1518日、判決まであと18日)

今回は、「故意犯であれば説明のつかない事実が多数ある」という論点の第二弾です。

第一弾はこちら。

ここをクリック→ #検察なう (260) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (4)」

(8) 「税務調査開始後、自身が受領してきた株式報酬の金額、申告漏れとなった税額の認識がなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が不可能である」

(9) 「税務調査開始後、ストック・オプションを付与されていたことを被告人が記憶していなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が極めて困難である」

(10) 「税務調査開始後、被告人が平成17年から平成19年にかけて5回にわたって株式売却を行ったことを被告人が記憶していなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が極めて困難である」

(11) 「税務調査開始後、株式入庫通知(メモランダム)を受け取っていたことを失念していた事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が極めて困難である」

(12) 「被告人が税務当局との間で納税額をめぐって強い折衝を行っていない事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が困難である」

(13) 「被告人が税務調査開始後、税理士を目指して真剣に勉強を始めた事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が極めて困難である」

(14) 「被告人が納税用の円資金を確保していなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が困難である」

解説します。

(8) 「税務調査開始後、自身が受領してきた株式報酬の金額、申告漏れとなった税額の認識がなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が不可能である」

株式報酬の申告漏れは税理士からの連絡によって知ることとなりました。ところが当初は、申告漏れの事実を知ったにしても、税理士は当然ですが、私ですら申告漏れの金額の認識がありませんでした。

税務調査は2008年11月6日に始まりましたが、その二日後に友人とやり取りしたメールです。

友人 「考えようによっては、今年入ったら来年入られないからラッキーなのかも。」

私 「多分、数千万円は払わないといけないだろうから、ラッキーとは言えんなあ。」

実際に申告漏れとなったのは、3年間で約3億8千万円(そのうち平成17年度の約3千万円が起訴対象からはずされたことはこれまで説明してきたことです)。脱税をする意図があったのであれば、当然、その申告漏れの金額を知っていることだと思われます。それにも関わらず、「数千万円」の追徴課税額の見込みというのは、故意があったとすればいかにも不自然です。

そして具体的な申告漏れの金額を知るのは11月20日に、税理士からの連絡によって、国税局側の主張として3年間で3億円強の株式報酬の申告漏れがあるとの事実を知らされた時です。

その直後に友人に送ったメールです。

私 「追徴額が億を越えそう。辛すぎる。」

弁論では、以下のように主張します。

「このように、被告人が税務調査開始後も、国税局に指摘されるまで、自身が申告しなかった株式報酬の金額、ほ脱税額の認識がなかったことは、被告人が故意犯であるとすると全く説明ができないものである。」

即ち、税務調査開始後に、申告漏れとなった株式報酬の金額及びほ脱税額の認識がなかったことそのものが無実の証拠です。

(9) 「税務調査開始後、ストック・オプションを付与されていたことを被告人が記憶していなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が極めて困難である」

税務調査開始の連絡を税理士からもらった後、やり取りをする中で、調査の対象が会社の株式報酬であることを知りました。その時の、税理士に対する返答で私は彼に

「ストックオプションは支給されていませんでした」

と答えています。実際にはストックオプションを一度行使して、それによって現金を受け取っているにも関わらず、そのことをすっかり忘れていたものです。

ストックオプションとは、「株式をあらかじめ決められた価格で買うことができる権利」で、もし現物株の市場価格がその決められた価格よりも値上がりしている場合、価値が生まれるものです。実際のオプション行使においては、「株式を買う」ことはなく、あたかも、その決められた価格で買い、それと同時に市場価格で売却するように差額を受け取るだけです。

現物株は4回(3年間年1回+退職時)受け取っていたため記憶にあったものの、ストックオプションを行使して現金を受け取ったことは税務調査開始時には記憶になく、税理士にはそのように答えました。

そしてその後、会社に確認した結果、一度ストックオプションを行使していたことを知らされました。

税理士にストックオプションをもらっていなかったと虚偽の供述をする必要はありませんし、現物株を受け取っていたとしながら、ストックオプションは受け取っていないということのメリットも全くありません。

弁論では、以下のように主張します。

「故意犯であれば、申告漏れとした報酬の内容は明確に理解しているのが通常であり、申告漏れの対象とした重要な収入を全く失念してしまうことは合理的に説明することは極めて困難である。」

即ち、税務調査開始直後に、ストックオプションを受け取っていたことを失念していた事実そのものが無実の証拠です。

(10) 「税務調査開始後、被告人が平成17年から平成19年にかけて5回にわたって株式売却を行ったことを被告人が記憶していなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が極めて困難である」

私は、現物株を合計4回受給しています(及びストックオプションの行使が1回)。実際には、毎回の現物株受給の都度売却していましたが、税務調査開始直後は、そのことをすっかり忘れており、退職時にまとめて売却していたと勘違いしていました。

会社に株式受給の状況を問い合わせる際、「退職時に一括売却している」旨伝え、税理士にも「会社在籍時に取引は最後の売却1回のみ。それまではもらえたものはそのままほっておいたという状況です」と伝えています。

売却という行為が記憶に定着しにくかったのは、私にすれば、一般的な感覚で言う「購入」とセットになった「売却」ではなく、あくまで現物支給されたものを「現金化」したという機械的な事務作業に過ぎなかったからです。株式報酬もあくまで給与の一部であり、私にすれば、現金化した時点で、その給与が元々現金であったか株式であったかはどうでもよかったものです。

受給の都度売却していたことは、調べてすぐに分かり、「あー、そうだったな」と思い出しました。

税務調査開始直後に、その売却実績を完全に失念していたことは、株式報酬に関して意識が非常に低かったことを表しています。

弁論では、以下のように主張します。

「被告人は、在籍中、報酬にかかる株式を売却していたものの、当該売却は毎回全株売却による現金化という機械的事務処理的要素の高いものであり、また、被告人は株式報酬にかかる説明会の案内メールを見落とす程に株式という報酬形態への関心は低かったのであり、会社の退職に起因して行った最後の1回の売却以外の売却については、事務処理的な事項として記憶が残っていなくとも全く不合理ではない。」

即ち、税務調査開始直後に、株式の複数回の売却実績を失念していた事実そのものが無実の証拠です。

(11) 「税務調査開始後、株式入庫通知(メモランダム)を受け取っていたことを失念していた事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が極めて困難である」

税務調査開始時は、私はカナダのバンクーバーにいました。そのため、国税局からの質問は、全て文書で税理士を介して私に届けられました。それを私がメールで回答し、彼が国税局に伝えていたものです。

国税局の質問の一つに、会社の株式入庫通知(メモランダム)に関するものがありました。税務調査が始まったばかりの時でもあり、私も何が何やら全く分からない状態だった時です。

「付与または保有している株数、市場価格、円換算額の報告に関するメモランダムを見たことがありますか、又は現在保管されていますか」と尋ねられたことに対する私のメールでの回答は以下の通りです。

「社内webで残高が管理されているのは知っていましたが、文書があったかどうかは記憶にありません。というか、ないのではないかと思いますが。」

その時点では、株式入庫通知(メモランダム)のことを完全に忘れていました。

社内webで残高が管理されているのを知っていると言っている以上、株式入庫通知(メモランダム)を見た記憶がないからといって、そこに記載されている情報を知らなかったという言い訳をしようとしているのではないことは明らかです。また、その後、査察部の取調べが開始し、現物を見せられた際には、「書式に見覚えがあるから、確実に受け取っていたはずだ」と答えています。

これらの状況は、私が、税務調査開始直後は、ハードコピーで配布された株式入庫通知(メモランダム)のことを完全に失念していたことを示すものです。脱税犯とすれば、この株式入庫通知(メモランダム)は最重要書類です。

弁論では、以下のように主張します。

「株式入庫通知(メモランダム)は、実際に受給した株式報酬の確定金額を示す唯一の書類であり、仮に故意犯であれば、会社が株式報酬の存在を税務署に知らせる可能性を吟味等するうえで熟読玩味したはずのものである。株式入庫通知(メモランダム)を受け取っていたことを被告人が失念していた事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明は極めて困難である。」

即ち、税務調査開始直後に、株式入庫通知(メモランダム)のことを完全に失念していた事実そのものが無実の証拠です。

(12) 「被告人が税務当局との間で納税額をめぐって強い折衝を行っていない事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が困難である」

私は、税務調査が始まってから自分の申告漏れの事実を知った当時、国税局と争うつもりは全くありませんでした。過少申告が事実である以上、それは自分の過誤であり、責任を感じて反省していたものです。

私がファイティングポーズを取るのは、強制捜査以降です。それは、強制捜査が、私の申告漏れを故意であるとするものであり、それは事実とは異なるからです。

強制捜査以前の情報収集の中で、同じく税務調査を受けている会社の友人から、「是非八田さんの税理士にも戦うように言って下さい。少なくとも株に関しては退職所得で税率は半分にしてもらいましょう」と言われても、私は関心を払っていませんでした。

これは、退職をきっかけとして受給した株式報酬に関する解釈で、国税局はそれを給与所得として認識していましたが、退職が受給のきっかけであり、自己都合で退社した場合には受給の権利を喪失するものである以上、退職金として税務処理すべきだという主張です。

この当時、私は「あくまで過少申告が自分の過誤である以上、払えというものは黙って払おう」とだけ思っていました。別に、そこで税額を争うことの意義を感じていなかったためです。

私は、友人のそのメールを税理士に転送しながら、こう書いたのみです。

「これが旧同僚のメールです。私はあまり詳しいことは分かりません。自分では違法なことをしていたつもりではないのですが、標識を見落として『知らなかった』では通用しないということもよく理解できます。」

脱税犯の動機は、税金を払いたくないということだけです。

弁論では、以下のように主張します。

「このように税務署に申告漏れが発覚した後に、納税額を少なくしようと抵抗せず、かえって過少申告となったことを反省している事実は、故意犯であれば合理的な説明が極めて困難である。」

即ち、税務調査開始後に、納税額を少なくしようする努力を全くしていない事実そのものが無実の証拠です。

(13) 「被告人が税務調査開始後、税理士を目指して真剣に勉強を始めた事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が極めて困難である」

クレディ・スイス証券の税務調査対象者300人のうち、100人が株式報酬の無申告、残り200人も何らかの申告漏れで修正申告をさせられている事実から、外資系金融従事者は一般に税務に疎いことが分かります。それは経費が認められないサラリーマン一般にある傾向ですが、外資系金融従事者には特に顕著です。

その理由は、年功序列的に給与が決まる日本の会社と違い、給与の上方硬直性が極めて低いことによります。費用対効果の問題です。勿論、個人差はありますが、一般的な傾向としては、「そんなことに煩わされるよりは、仕事をした方がリターンが高い」と考えるものです。

私は、転職期間中でもあり、将来手に職をつけるために税理士になることを真剣に考えました。外資系金融従業者のマインドが分かり、彼らの弱点である税務に精通していれば、彼らを顧客として食うに困ることはないと踏んだためです。

TACの渋谷校に入学し、税理士コースを(当初インターネット講座で、カナダのインターネット環境が悪く、ストリーミングがうまくいかないので、後にDVD講座に切り替えて)受講しました。

受験地を故郷の金沢に決め、試験直前の夏には、金沢に帰省して、TAC金沢校で実地受講しようと思っていました。そのために、高校卒業以来、帰省時にしか使っていなかった自分の部屋に親がエアコンをつけてくれまでして、準備を整えていました。

ところが勉強を始めると、まず試験の性格が、知性を問うものではなく、反復学習による記憶を問うものだということが分かりました。仕事の内容もクリエイティブなものではなく、狩猟民族的な発想の私には相容れないものであることが分かってきました。

2008年12月から勉強を始め、翌年4月に受験票を提出する段になり、「このまま受験すれば受かってしまい、後戻りはできない」と考え、受験票に収入印紙を貼った段階で踏み止まりました。

弁論では、以下のように主張します。

「仮に、故意犯であれば、税務調査期間中は自身の脱税に対する処分に戦々恐々としていたはずで、このような前向きな発想をもつとは考えにくく、正しい納税を実現する職業である税理士を目指して真剣に勉強することなど通常考えられない。」

即ち、税務調査開始後に、税理士を目指して真剣に勉強を始めた事実そのものが無実の証拠です。

(14) 「被告人が納税用の円資金を確保していなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が困難である」

私は、資産管理として、資産の通貨分散をしていました。円、ドル、ユーロ、その他通貨を分散保有することで、為替のリスクを少なくしようとしたものです(円を100%保有する場合、円安がリスクとなります)。

検察官の主張は、「結局のところ、あなたは、申告書に添付した源泉徴収票は株式分を含まないことに気付いていながら、過少申告だと指摘されたら納税しよう、気づかれなければそのまま納税を免れようといった気持ちで、殊更株式報酬の除かれた申告書を提出させたのではありませんか。」というものです。

そうであれば、通貨分散において、当然、納税用の円資金を別枠管理していたはずです。

ところが、実際は、納税額がドル円レート約120円で計算されており、納税時は100円を大きく割り込んでいたこともあり、納税用の円資金の手当てができずに奔走することになります。

とにかく金目のものは何でも売って納税資金をかき集めるということになりました。

脱税を意図していたのであれば、当然、発覚した場合のダメージコントロールも考慮したはずであり、納税資金の確保はその最重要項目です。

弁論では、以下のように主張します。

「税務当局に発覚した場合の納税資金の考慮を資産管理上行っていなかったことは被告人が故意犯であると説明が困難である。」

即ち、納税用の円資金確保に奔走せざるをえなかった事実そのものが無実の証拠です。

以上、弁論においては、14項目の「脱税の故意があったとすれば、説明が困難あるいは不可能な事実」を挙げてその評価をしています。これら事実は、弁論で突然主張されたものでなく、10回の公判を通して明らかにされたものです。ところが検察はこうした無罪方向の事実を全く無視して、「過失でも矛盾がない証拠」を有罪方向に曲解して論告を構成しています。

これだけの矛盾がありながらも起訴をするということは、検察が無能であるか、悪意があるか(あるいはその両方か)のいずれかを示すものです。国家権力の中でも並ぶところのない強大な権力を持つ捜査権力がこのような状況であることは、国民全体にとって不幸以外の何物でもありません。

無実の論証はさらに続きます。

2/11/2013















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2013/02/11 Mon. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (260) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (4)」 2/9/2013 

#検察なう (260) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (4)」 2/9/2013

(強制捜査から1516日、判決まであと20日)

最終弁論での無実の論証では、以下の5つの項目を挙げています。

1 「株式報酬も源泉徴収されていると思い込んだことは自然なことである」

2 「株式報酬が源泉徴収されておらず、別途確定申告が必要であると気付かなかったことも自然なことである」

3 「確定申告の時点で、株式報酬が源泉徴収されていないことに気付くきっかけはなかった」

4 「故意犯であれば説明のつかない事実が多数ある」

5 「故意犯であれば必ず存在する事実が存在しない」

検察の論告は、過失でも矛盾のない事実を牽強付会の評価で推定有罪としたものでした。刑事司法の原則の則れば、「それは推認に過ぎず、合理的な疑いを越えた立証はなされていない」と一言言えば終わりですが、現実の刑事司法では、無罪の立証責任が被告人に負わされているも同然というのが実態です。

そのため、弁護人弁論は、故意であれば矛盾がある論点を主張し、積極的に無実の論証を展開しています。非常に重要なポイントは、これら主張は、公判の証人尋問、被告人質問で既に明らかにされている点です。そして検察論告では、それらに対する反論は全く行われていません。

これで有罪になるというのであれば、わが国は法治国家の看板を即刻下ろすべきだと思います。いや、そもそも検察がこれ程脆弱な論証をもって無辜の人間を罪に陥れようとしている時点で、この国は法治国家ではないと思われます。私の件が例外ではなく、権力の恣意的な行使により、冤罪が日々作り出されていることは火を見るより明らかだからです。

今回は、「故意犯であれば説明のつかない事実が多数ある」という点について述べたいと思います。弁論の一つの柱であり、ボリュームも多いので(それだけ故意であれば矛盾する点が多いということです)、2回に分けて解説します。

(1) 「被告人が、株式売却代金を米シティバンク口座ではなく、シンガポールUBS口座に送金していた事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が極めて困難である」

(2) 「平成18年4月、被告人が『財産及び債務の明細書』に税務署が把握する所得に見合う資産を記載せず、提出するにあたって躊躇することがなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明がほとんど不可能である」

(3) 「『財産及び債務の明細書』の記載の状況について被告人の供述が変遷したことは、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が極めて困難である」

(4) 「株式報酬の無申告は、税務署に発覚する可能性が極めて高かった一方で、発覚後の過少申告加算税、重加算税、罰金等の経済的損失が大きく、脱税が犯罪であることを差し措いても経済的にリスクリターンが見合わないものであり、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が極めて困難である」

(5) 「平成14年度分から平成17年度分の過年度申告をしたこと及びその経緯は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明がほとんど不可能である」

(6) 「平成18年度分の確定申告を自分で行ったこと、不動産所得の申告漏れがあったことは、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が困難である」

(7) 「税務調査開始時点で、申告漏れがあることを認識していなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が不可能である」

解説します。

(1) 「被告人が、株式売却代金を米シティバンク口座ではなく、シンガポールUBS銀行口座に送金していた事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が極めて困難である」

私は、株式の売却金をシンガポールのUBS銀行の口座に送金していました。この口座は、以前から外貨の管理のために持っていました。この口座開設に当たっては、国内からの送金で開設しており、その後も日本との送着金を複数回行っています。皆さんも、海外口座との送着金を行うと(以前は200万円以上、現在は100万円以上)、銀行から税務署に連絡が行くことはご存知だと思います。UBS銀行の口座は私本人の名義の口座で、何ら隠す意図もないので、日本の銀行との間でごく普通に送着金を行っていたものです。

株式を受け取った証券口座は、会社で開設させられたクレディ・スイス証券のアメリカの個人口座です。脱税を行うのであれば、まず国税局が把握していないこの口座に株式ないし株式売却金を留めておくことが合理的です。この国税局が把握していない口座から、国税局が把握しているシンガポールのUBS銀行口座に送金することは、脱税を意図するのであれば、全く合理的な行動ではありません。

また私は、ニューヨーク駐在中に現地で開設した米シティバンク口座も保有しています。現地で開設していますから、国税局は把握していない口座です。脱税を意図して、会社の証券口座から送金するのであれば、当然こちらの口座に送金するべきです。

即ち、UBS銀行口座への送金の事実そのものが無実の証拠です。

(2) 「平成18年4月、被告人が『財産及び債務の明細書』に税務署が把握する所得に見合う資産を記載せず、提出するにあたって躊躇することがなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明がほとんど不可能である」

私は、平成18年4月に税理士から言われて、『財産及び債務の明細書』を税務署に提出しています。この書類は、所得が2千万円以上の人に提出義務があるそうですが、私は全くそのことを知らず、かつて提出したことはありませんでした。つまり提出しなくても特におとがめなしという類の書類ということです。

『財産と債務の明細書』の実物はこんな感じです。特に4ページ目の記入例をご覧下さい。

ここをクリック→ 財産と債務の明細書

その明細書に、株式売却金を送金した先のUBS銀行口座が記載されていないことをもって、国税局・検察は、私にUBS銀行口座を税務当局から隠す意図があったと主張しています。実に稚拙な論理です。

もし脱税を意図していたとするならば、税務署に提出する書類には細心の注意を払ったものと思われます。税務署がなぜこの『財産及び債務の明細書』を提出させるのか、その意図を推測して、税務署の目につかないようにするはずです。

この『財産及び債務の明細書』を提出させる意味はどこにあるのか。答えは簡単です。申告額と『財産及び債務の明細書』記載の金額を比較して、不審な点がないかをチェックするためです。記載内容が申告額と見合わない金額はイエローフラッグです。

私は、税理士から連絡を受け、「税務署がこの書類の提出を求めている」と言われても、何の緊張感もなく、「適当に書いて提出すればいいや」と会社で調べられる範囲のものを書いて提出しました。不動産に関しては、会社に保存していた固定資産税納付書を参照し、銀行・証券会社口座に関しては、会社からインターネット・バンキングで調べて記入しました。

ちなみにUBS銀行の口座はインターネット・バンキングできません。

そして記入した財産の総額は、直近7年間の申告した収入の1/10という、今考えればどう見ても「ここに書いていない財産もほかにありますよー」という内容でした。脱税を意図していたとすれば、株式報酬の金額を除外した申告額に見合う金額を財産として記入するはずです。脱税をするには実に不合理な行動です。

勿論、UBS銀行口座を隠そうとするのであれば、それまで提出していなくて全く問題がなかったわけですから、「提出しない」が一番簡単な隠蔽方法です。

また、『財産及び債務の明細書』の記載例を見ると、「預貯金」「有価証券」などとなっていますが、私はご丁寧に「みずほ銀行」「新生銀行」「野村証券」と金融機関名を明記して金融機関ごとに記載していました。何も考えずに調べたまま記載したのですが、もしUBS銀行口座を隠したいという意図があっても、それは記載例通り「預貯金」と書けばその目的は達成できます。

『財産及び債務の明細書』にUBS銀行口座の記載がないことをもってして、この口座を「隠し口座」であるという主張がいかに幼稚なものであるかお分かり頂けると思います。

即ち、『財産と債務の明細書』の記載内容そのものが無実の証拠です。

(3) 「『財産及び債務の明細書』の記載の状況について被告人の供述が変遷したことは、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が極めて困難である」

先に述べた『財産及び債務の明細書』の記入に関し、預貯金残高を会社からインターネット・バンキングで調べたという状況は、国税局の取調べの際には全く忘れてたものです。後日、ふとしたきっかけで、記入した光景を思い出して、記憶がよみがえったものです。

国税局の取調べで、私が提出した『財産及び債務の明細書』を見せられた時は、そうした書類を提出したことすら忘れていました。取調べで、「どうしてUBS銀行口座が書いてないんだ」と何時間も詰められました。「分かりません」では通用しないので、明細書を見ながら、何とか合理的な説明をしようとします。それで私が答えたのは、「日本国内の主な資産だけを記載したのではないか」ということでした。明細書には先に述べた米シティバンク口座も記入していなかったからです。

実際には、記入したものは全てインターネット・バンキングで調べられるものであり、1円単位で記入していました。公判での被告人質問の時には既に思い出していたので、そのように答えたものです。

これをもって検察は、供述が変遷しており不合理だと主張しています。これまたこじつけの論理です。それはむしろ逆で、変遷があることが無実の証拠であるというのが弁論の主張です。

もし脱税を意図していたのであれば、いかにも海外資産を隠すかのような「日本国内の主な資産だけを記載した」と答えるはずもなく、最初から「インターネット・バンキングで調べられるものだけを書いた」と言えばいいだけのことです。

本当に忘れていたからこそ、「日本国内の主な資産だけを記載した」と答えたのであり、その後に本当に思い出したからこそ「インターネット・バンキングで調べられるものだけを書いた」と答えられたものです。脱税を意図していたのであれば、税務署に提出する書類の記入状況を忘れてしまうというのは実に不合理です。

即ち、『財産と債務の明細書』に関する供述の変遷そのものが無実の証拠です。

(4) 「株式報酬の無申告は、税務署に発覚する可能性が極めて高かった一方で、発覚後の過少申告加算税、重加算税、罰金等の経済的損失が大きく、脱税が犯罪であることを差し措いても経済的にリスクリターンが見合わないものであり、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が極めて困難である」

私の本業のトレーディングでは、常にリスクの評価が最重要事項です。リスクのないところにリターンはないので、リスクは積極的にとるものの、リターンに見合わないリスクを取るのは愚の骨頂です。

「会社の給与を脱税する」という行為のリターンは、そのリスクに見合ったものでしょうか。

サラリーマンの場合、犯罪行為には常に雇用のリスクを伴います。私の場合、クレディ・スイス証券ではマネージング・ディレクター、ベア―・スターンズ証券ではシニア・マネージング・ディレクターという肩書で、経済的には十分な処遇を得ていました。それも雇用があったからです。

脱税によって得られるものは金銭だけです。それに比して失うものは、雇用に加え、社会的信用、友人、親兄弟子供の精神的苦痛といったプライスレスのものです。

もし万が一、それらを考慮せずに純粋に経済的なリスクリターンを考えても、将来のキャッシュフローを失うリスクに、1年分の収入相当の金額が見合うとは到底思えません。

もう少し精緻にリスクリターンを分析します。

得られるリターンの期待値は発覚しない可能性を乗じて得られます。つまりばれることが全くないのであれば、リターンの期待値は額面通りということになりますが、発覚する可能性が高ければ高いほど、リターンの期待値は下がります。

「会社の給与を脱税する」という場合の発覚しない可能性はどう評価すべきでしょうか。私の分析ではほぼ0%、即ち発覚する可能性が極めて高いように思えてなりません。その場合、リターンはゼロということになります。

会社の株式入庫通知書(例の「メモランダム」と呼ばれる書面です)を私は読むことはありませんでしたが、もし脱税を意図していたのであれば、間違いなく精読していたと思います。そしてそこに記載された「会社はあなたの承諾なしにこの情報を税務当局に渡すことがある」という文言は、脱税をするには完全赤信号です。つまり、会社の給与の脱税は、会社が税務署に通告しないことが成功の大前提です。会社が通告すれば確実に露見します。

また、株式報酬が私だけに支払われたのであればまだしも、クレディ・スイス証券だけで300人もの職員・元職員が、株式報酬を受給しています。そして彼らが株式報酬を申告していたとすれば、税務署は当然、クレディ・スイス証券でそれなりの給与水準にあるものは株式を受給していることを知っている事になり、申告漏れの確認・摘発はいとも簡単にできてしまいます。

脱税をしたとすれば、ここまでリスクを評価しながら、それでも発覚しない可能性を100%と見積もらないといけないということになりますが、それは私には狂気の沙汰としか思えません。

「どうせばれないと思った」というまともなリスクの評価もできないような犯罪者のプロファイリングが、私と合致すると考える時点で全く捜査機関はセンスがないと思います。日本の検察もFBIくらい犯罪のプロファイリングを研究すべきです。

会社の給与を脱税するということがリスクリターンの見合わない行為であるということそのものが無実の証拠です。

(5) 「平成14年度分から平成17年度分の過年度申告をしたこと及びその経緯は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明がほとんど不可能である」

税務調査対象年の平成17年度にも株式報酬の申告漏れがありながら、起訴の対象から外されたことの恣意性については、私が最終陳述で主張したところです。

ここをクリック→ #検察なう (239) 「第十回公判最終陳述 再掲」

実は、平成12年度から平成17年度の申告は、当初完全無申告でした。それは、以前、確定申告を依頼していた税理士に書類を毎年送っていたものの、彼が怠慢にも確定申告を全くしていなかったものです。

それでも私が気付かなかったというのも、かなり間抜けな話ですが、私の税務の関心はその程度のもので、私にとっての確定申告は「税理士に関連書類を渡して完了」というものだったということです。

そのことを彼から告白されるまでは全く気付かなかったのですが、それを知らされてから、あわてて書類を取り返し(結構、苦労しました。書類を返してくれなかったので、結局、弁護士に依頼しました)、書類の返ってきた平成14年度分から平成17年度分の申告をまとめて過年度申告しました。

その時に、弁護士から紹介された税理士が、今でもお世話になっている先生です。

過年度申告のうち、平成17年度にも株式報酬を受け取り、それが申告漏れとなっています。

脱税をしようとする人間が、わざわざ税務署の注目を引くような数年まとめて過年度申告ということをすることは到底ありえません。それまでも全く申告しないで問題がないのであれば、その状況を利用して、無申告の状態で放置する方が、脱税をするのであればよほど合理的な行動です。

平成14年度分から平成17年度分の過年度申告をした事実そのものが無実の証拠です。

(6) 「平成18年度分の確定申告を自分で行ったこと、不動産所得の申告漏れがあったことは、被告人が故意犯であるとすると合理的な説明が困難である」

平成17年度の申告が過年度申告であったことは上に述べた通りですが、平成18年度の申告は、私が自ら行っています。やはり人に任せ切りにするよりは、自分でやった方がいいと思ったためです。ところが、自分でやろうとしたところ、先日のブログで説明した「源泉徴収票2枚攻撃」に会い、四苦八苦した挙句に、なんとか申告をすることができましたが、時間がかかった結果、締め切りに間に合わず、期限後申告となってしまいました。

平成18年度の申告が、起訴対象年の1年目ですが、この申告の状況は、脱税犯の行動としては、実に不合理なものです。

まず前年までの申告を税理士に任せているのであれば、そのまま税理士任せにして、発覚したら「税理士に任せきりにしていたから」と言い訳をするというのが当然取るべき行動です。

また、脱税をするのであれば、なるべく目立たなく申告をしたいはずですが、敢えて期限後申告にするメリットは全くありません。

そしてこの年の申告において、私は150万円程度の不動産収入が申告漏れとなっています。それは国税庁のホームページで申告をしたのですが、記入フォームの選択ミスで不動産収入を入力することができず、苦労して入力を終えた時には、すっかり忘れていたものです。

株式報酬を脱税しようとする者が、前年まで申告していた不動産収入をわざわざ申告漏れをするというのは、あまりにも馬鹿げています。そのほかの収入の申告はきっちりやって、税務署に疑いをもたれないようにすることが、脱税犯であれば合理的な行動です。

平成18年度分の確定申告を自分で行ったこと、不動産所得の申告漏れがあったという事実そのものが無実の証拠です。

(7) 「税務調査開始時点で、申告漏れがあることを認識していなかった事実は、被告人が故意犯であるとすると合理的説明が不可能である」

電子メールというのは実に便利なツールです。特に海外とのコミュニケーションのように時差があれば、やはり一番合理的な連絡方法です。

税務調査開始の連絡は、税理士からメールでもらい、それ以降、カナダにいる私と彼との間で、膨大な量のメール(ほんとにすごい数のメールです)をやり取りしました。

私は当初には、全く自分の申告漏れを知ることなく、「関係ないや」程度に思っていたものですが、税理士とのやり取りの経過の中で申告漏れの事実を知り、そしてその後、その金額の大きさに驚愕しました。

もし脱税をしていたのであれば、メールを読めば明らかな、税務調査開始直後に申告漏れの認識がなく、金額の把握が(払うべき税金の額どころか受け取った株式報酬の金額すら)できていないということは、脱税を意図していたのであればあり得ないものです。

検察の論告では、もし彼らが脱税を立証しようとするのであれば必要とされる、税務調査開始後から強制調査までの1ヶ月間の膨大なメールが壮大な虚構であるという論証が全く欠落しています。税理士とのメールという最重要の証拠を無視して、正当な証拠の評価に基づかない、正に我田引水的な推認・推論に依拠した推定有罪の主張が検察の論告です。

税務調査開始時点に、私が申告漏れがあったことを認識していなかった事実そのものが無実の証拠です。

無実の論証は続きます。

2/9/2013












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2013/02/09 Sat. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (259) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (3)」 2/8/2013 

#検察なう (259) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (3)」 2/8/2013

(強制捜査から1515日、判決まであと21日)

最終弁論での無実の論証では、以下の5つの項目を挙げています。

1 「株式報酬も源泉徴収されていると思い込んだことは自然なことである」

2 「株式報酬が源泉徴収されておらず、別途確定申告が必要であると気付かなかったことも自然なことである」

3 「確定申告の時点で、株式報酬が源泉徴収されていないことに気付くきっかけはなかった」

4 「故意犯であれば説明のつかない事実が多数ある」

5 「故意犯であれば必ず存在する事実が存在しない」

今回は、「確定申告の時点で、株式報酬が源泉徴収されていないことに気付くきっかけはなかった」という点について述べたいと思います。

まずその前に、サラリーマンにとって確定申告とはどういう意味があるのでしょう。あるいは何のためにするのでしょう。

「そんなの当たり前じゃん、自分の納税額を申告するためでしょ」

そうでしょうか。少なくとも私は違いました。それでは私にとっての確定申告とは何だったのでしょうか。

私が確定申告をしていたのは、「還付を受けるため」でした。生命保険控除や医療費控除によって、確定申告をすれば還付が受けられると思っていました。

収入の99%は会社の給与であり、所得税は給与天引きされていると思っていましたから、確定申告で誤った申告をすることによって、納税額に間違いが生じるという発想がそもそもありませんでした。

もう少し具体的に話をします。あなたはサラリーマンだとします。所得の水準に関わらず、サラリーマンが確定申告をするという状況は、医療費控除をする場合です。

確定申告シーズンに、国税庁のホームページを開いて、確定申告書作成コーナーで確定申告をしようとします。

さて、源泉徴収票見本を見ながら、「ふむふむ、この金額をここに入力するのね。それで、こっちはここね」と、金額の入力をします。

確定申告書作成コーナーに表示される源泉徴収票の見本はこちらです。

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その時に、「ん?俺の会社からもらった給料って全部源泉徴収されてんのかな」と考えるサラリーマンは、世の中にどれだけいるのでしょうか。あるいはそこに記載されている金額がなんであれ、右から左に入力して、金額の違い(自分の手取り額と記載額の違い)に気付く人が世の中にどれだけいるのでしょうか。

「いやあ、金額によっては気付くんじゃないの」と言う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、「確定申告の時点で、金額の齟齬になぜ気付かない」という議論をする時には、常に「源泉徴収票には間違いがありうる」あるいは「源泉徴収票には記載されていない会社の給与がある」ということが前提になっていると思います。そもそもそういう前提すら全く頭をよぎらなければ、数字の齟齬がいくらの金額であれ、それに気付く可能性は極めて低くなると思います。

私は、「会社からの給与が全部源泉徴収されているということに全く疑いを持たず」、「数字の入力の際に、金額の間違いがありうることなど想像すらしなかった」カテゴリーの者でした。

そのように思う者が、確定申告をするサラリーマンの中で多数派なのか少数派なのかは分かりません。「自分の常識は世の中の常識」と思いがちなので、私にすると、むしろ多数派だと思ってしまいます。それに対して、「確定申告の際に、源泉徴収票の金額に間違いがあれば、それに気付かない者は世の中にいない」というのが検察の論理です。「推定有罪」これに極まれりだと思います。

起訴対象年の1年目は自分で申告をしていますので、以上のような事情がありますが、実際には、更に「複雑な事情」がからんで、気付くことが難しくなっています。その「複雑な事情」に関しては後述します。

起訴対象年の2年目は、もっと単純で、前年の自分の申告に手間取ったこともあり、税理士に確定申告を依頼したのですが、彼に源泉徴収票を送付する際に、それをまじまじと見ることもなく(正直、見たとしても、やはり源泉徴収票に含まれていない会社の給与があるとは思わなかったと思います)、彼から確定申告書が送り返された時に、付箋のところにポンポーンと内容を確認することなくハンコを押したという状況です。

以上の状況を、弁論では更に精緻に掘り下げています。起訴対象年1年目の平成18年は、自分で国税庁ホームページから申告をし、申告漏れとなった金額(本税)は約1850万円でした。起訴対象年2年目の平成19年は、税理士に確定申告を依頼し、申告漏れとなった金額(本税)は約1億1300万円でした。

弁論では、この2年の事情を分けて説明しています。

(1) 「平成18年分の確定申告時に、被告人は平成18年中に受領した給与金額を足し上げて源泉徴収票記載の金額と比較するといったことはしておらず、また、2枚の源泉徴収票の取り扱いに四苦八苦しており、株式報酬が源泉徴収されていないことに気付くことはなかった」

(2) 「平成19年分の確定申告時に、被告人は平成19年中に受領した給与金額を足し上げて源泉徴収票の金額と比較するといったことはしておらず、また、加賀税理士に確定申告を任せており、株式報酬が源泉徴収されていることに気付くことはなかった」

解説を加えます。

(1) 平成18年度の申告に際し、先ほど述べた「複雑な事情」とは、この年には源泉徴収票が2枚出ていることです。転職もしていないのに、なぜ源泉徴収票が2枚出ているかというと、クレディ・スイス証券が、この年に株式会社化しているからです。

同じ会社に出勤して、状況は一切変わりはありませんが、ある日に一旦会社を退職した形にして退職金を払い出し、その翌日、新しい会社に入り直すということが行われました。名刺が変わったかどうかすら記憶にありません。その際に、退職金が払い出され、その源泉徴収票が追加の1枚ということです。

国税庁ホームページの確定申告書作成コーナーには、源泉徴収票が2枚の場合の解説はありません。「簡単、簡単」と思って始めた入力ですが、その2枚の源泉徴収票の金額を合算して入力したところ、何千万円もの追徴課税が結果として出て、「これは何かがおかしい」と思ったものです。困り果てて人に聞いてみると、退職金の源泉徴収票の金額は加えなくていいとのことでした。「聞いてないよ―。むっちゃ不親切だな、この確定申告書作成コーナーってのは」と感じました。

こうしたすったもんだの中でも、一貫してあったのは「会社から支給された給与は全て源泉徴収票に反映されている」という思い込みであり、「源泉徴収票に含まれていない会社給与の存在など全く考えもしなかった」ということです。

また、私は、自分の年収額のイメージはあったものの、それは1年の初めの年棒更改のミーティング(「コンペンセーション・ミーティング」と呼ばれます)で提示された金額のことです。その金額には、その年に払い出される基本給、現金賞与と、将来のいつか払い出される株式報酬と、退職時に支払われる退職金積立の金額が合算されたものです。

私は、自分の手取り額をカレンダー・イヤーで区切って足し合わせて、「今年はこれだけの『手取り』があった」と考える習慣を持ち合わせていなかったので、年収額のイメージはあくまで「その年に約束された、将来のいつかに分散されてもらう金額の合計額」であり、「カレンダー・イヤーに実際に受け取る金額」ではありませんでした。

この辺りは、外資系証券の複雑な給与プログラムに起因するものですが、ぶっちゃけ、もらった金額を「ごっつぁんです」と受け取るだけで、株式報酬がいくら入ってくるかを事前に想定することはほぼ不可能でしたし、自分の受け取り金額を税務年度で区切って考える発想はありませんでした。

(2) 平成19年度には、私は退職してベア―・スターンズ証券に移籍しています。この年には、源泉徴収票はなんと3枚も会社から発行されています。クレディ・スイス証券の給与の源泉徴収票、退職金の源泉徴収票、それにベア―・スターンズ証券の給与の源泉徴収票です。

ただこの年は、前年に自分でやろうとして苦労したこともあり、また仕事も転職したおかげで全く精神的ゆとりがなくなり、確定申告は税理士に任せることにしました。彼にその3枚の源泉徴収票を送ることに全く疑問はありませんでした。実際には、ベア―・スターンズ証券の給与の源泉徴収票のみでよかったにも関わらずです。なぜ1枚でいいかですって?聞かないで下さい。いまだになぜ複数の源泉徴収票が手元にありながら、申告に必要なものと不必要なものがある理由は全く分かっていません。

いずれの年も、実際にもらったと思った金額(複数の源泉徴収票の金額を足し合わせた金額)よりも、少ない金額(1枚の源泉徴収票の金額)の申告で正しいという実体験が、特に意識はしていなかったもののあったことになります。

いずれにせよ、確定申告という納税額をダイレクトに意識する機会であっても、私の「サラリーマンの所得税は給与天引き」という常識を覆すような出来事ではなかったものです。

おまけ

下の写真を見て、「ふーん、かわいい子だね」という方は、源泉徴収票を素直に信じる人です。ところが疑いを持って見れば見えてくるものもあります。

人は、「そんなところにあるなんて思いもしなかった」という状況では、見えてしかるべきものも見えないものです。

「金額の齟齬になんで気付かなかったの?」というのは、答えが分かってから、この写真を見て「なんで気付かなかったの?」ということに相似であると思います。

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2/8/2013



















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2013/02/08 Fri. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (258) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (2)」 2/6/2013 

#検察なう (258) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (2)」 2/6/2013

(強制捜査から1513日、判決まであと23日)

最終弁論での無実の論証では、以下の5つの項目を挙げています。

1 「株式報酬も源泉徴収されていると思い込んだことは自然なことである」

2 「株式報酬が源泉徴収されておらず、別途確定申告が必要であると気付かなかったことも自然なことである」

3 「確定申告の時点で、株式報酬が源泉徴収されていないことに気付くきっかけはなかった」

4 「故意犯であれば説明のつかない事実が多数ある」

5 「故意犯であれば必ず存在する事実が存在しない」

今回は、「無実の論証 (2)」として、「株式報酬が源泉徴収されておらず、別途確定申告が必要であると気付かなかったことも自然なことである」という点について述べたいと思います。

この点に関し、弁論では以下の7点が挙げられ、各項目に詳細な論証が加えられています。

(1) 「クレディ・スイス証券は、従業員に対して法令遵守を指導徹底する一方で、こと株式報酬の税務申告については指導していなかった」

(2) 「株式入庫通知メモランダム等は日本語で作成されておらず、注意を喚起する体裁でもなかった」

(3) 「株式報酬セミナーの内容は、出席して説明を聞けば申告漏れが生じない内容であったものの、参加が任意であり、被告人は参加しなかった」

(4) 「税務に関して従業員間での情報交換はなく、税務部門も被告人所属の債券部とは別フロアに置かれていた」

(5) 「注意力、英語力ともにトップレベルであり、かつ税理士を妻に持つコンプライアンス部長ですらも、株式報酬が源泉徴収されていないことに気付くことはなかった」

(6) 「株式報酬受給者300人中100人が無申告であった」

(7) 「クレディ・スイス証券の従業員の中でも、被告人はとりわけ総務関係、株式報酬、税務に関しての関心、注意力が乏しく、株式報酬が源泉徴収されていなことに気付かない可能性の高い部類の者であった」

解説を加えます。

(1) 「クレディ・スイス証券は、従業員に対して法令遵守を指導徹底する一方で、こと株式報酬の税務申告については指導していなかった」

外資系証券社員による株式報酬の申告漏れは、クレディ・スイス証券に限ったことではありませんでした。そのほかの複数の会社でも100人単位で申告漏れが指摘されています。それでは当時、なぜ私だけが告発・起訴されなければならなかったのでしょうか。

そして確信を持って言えることですが、もし私がクレディ・スイス証券の社員でなければ、告発・起訴されることはなかったものです。吊るし首にされるスケープ・ゴートはクレディ・スイス証券からでなければならないというのが、捜査当局の事情です。なぜか?それは「納得感」の問題です。

クレディ・スイス・グループは、全世界的には非常に認知度も高く、優良な金融コングロマリットです。ところが、いかんせん東京マーケットでは、素性が悪いとされています。それは過去の負の遺産があるからです。この件に関しては以前、ブログで書いていますので是非お読み下さい。

ここをクリック→ 経過報告改め #検察なう (74) 「クレディ・スイスへの差別」

捜査権力は、摘発する対象のイメージが悪ければ悪いほど、「正義の味方」というイメージを高めることができます。そうした彼らお得意のイメージ戦略から、外資系証券の中で白羽の矢が立ったのがクレディ・スイス証券であったということがまず初めにあったということです。

中途半端な業界の知識のある方にとってのイメージは、「クレディ・スイス証券の法務・コンプライアンスは杜撰である」ということになるのでしょうが、内情をよく知った者に言わせると、実は全く逆です。とにかく金融庁には頭が上がらないため、業界でもコンプライアンスの厳しさは間違いなく一・二を争います。

それでも100人もの完全無申告、残りの税務調査対象者もほとんどが申告漏れという事態に、会社は相当パニックになったものと思われます。

初期の報道にあった「会社は十分な税務指導をしていた」というのは、会社の正式なコメントではないと理解していますが、それは、取材に対応した社員がその場を取り繕うために誤った情報を伝えたものです。会社のスタンスは、検察側証人法務・コンプライアンス本部長の公判での証言にあったように、「会社は指導していない。なぜならそれは会社の責任ではないから」というものが正しいものです。それは至極真っ当に思えるものです。

(2) 「株式入庫通知メモランダム等は日本語で作成されておらず、注意を喚起する体裁でもなかった」

国税局の取調べで、最も時間が割かれたのが、この株式入庫通知メモランダムと言われる書面を読んだかどうかというものです。会社の総務関係の文書(しかも英文)に全て目を通す人はどれだけいるのでしょうか。

勿論、そうした人もいると思われますが、私は該当しません。「そんな暇があったら仕事するよ」と思っていました。

以前のブログにメモランダムの現物を添付していますので、興味のある方はご覧になって下さい。そしてこの書面が手元に来て、読む気が起こるのか、あるいは読んで株式報酬が源泉徴収されていないということに気付くのかを実感して頂けると幸いです。

ここをクリック→ 経過報告 (16) 「高校後輩からのメッセージ&会社の指導=メモランダム」

(3) 「株式報酬セミナーの内容は、出席して説明を聞けば申告漏れが生じない内容であったものの、参加が任意であり、被告人は参加しなかった」

会社では、税務指導と銘打ったものはしていませんでしたが、株式報酬に関するセミナーを毎年開催していたということを検察の取調べ開始後に知りました。

国税局の取調べにおいて、セミナーに関して聞かれた時には、全くそうした記憶がなかったため、その後、会社の元部下や元同僚に聞いてみました。私の周りでは、例外なくセミナーの存在すら知らないという状況です。「あったかどうかは分かりませんが、私の知るところではないです」「そんなのなかったでしょ。あったらこんなに申告漏れの人がでるわけないじゃないですか」というものでした。

会社が開催していたというセミナーは、給与プログラムの一部である株式報酬に関するものですが、別にその仕組みを完全に理解していないからといって、もらえるものがもらえなくなるわけでもなく、なんら不都合はないと思っていました。

もしそのセミナーの存在を知ったにしても、当時は任意参加のセミナーに出るほど暇でもありませんでしたし、給与プログラムに関する興味も皆無でした。しかし、もし私が脱税をしようとするのであれば、必ず出席して内容の理解に努めたと思います。

(4) 「税務に関して従業員間での情報交換はなく、税務部門も被告人所属の債券部とは別フロアに置かれていた」

これに関しては、最近のブログをご参照下さい。

ここをクリック→ #検察なう (247) 「過失でも矛盾のない証拠」

(5) 「注意力、英語力ともにトップレベルであり、かつ税理士を妻に持つコンプライアンス部長ですらも、株式報酬が源泉徴収されていないことに気付くことはなかった」

弁護側の要求により、検察は、法務・コンプライアンス本部長の部下であるコンプライアンス部長の検面調書を開示しました。その調書に記載された、コンプライアンス部長も無申告であり、税理士である彼の妻共々、株式報酬は源泉徴収されていると思っていたという事実は、多くの人を驚かせました。私にとっては当然のことなので、別に驚くことはありませんでしたが。

(6) 「株式報酬受給者300人中100人が無申告であった」

私が国税局の取調べで、この指摘をした時のやり取りは忘れることはありません。査察官はうれしそうに私に言いました。

「八田さん、皆さんおっしゃるんですよ。『みんな脱税してるのに、なんで自分だけが捕まえられなければならないんだ』って」

彼らの頭の中は、「人を見たら脱税犯だと思え」ということなんでしょうか。私はそれに答えました。

「まさか。私はそんな下等な考えは持ち合わせてません。私は、彼らもみんな私と同じく過失で無申告だと思ってます。会社の給与を、1/3の人間が脱税しようというのは、道を歩いている人の3人に1人が万引きをしたことがあるということより、はるかに異常なことなんですよ。それは何らかのシステム的な問題なんじゃないんですか。なぜその背景を理解しようとしないのですか」

査察官が全く聞く耳を持っていなかったことは言うまでもありません。

(7) 「クレディ・スイス証券の従業員の中でも、被告人はとりわけ総務関係、株式報酬、税務に関しての関心、注意力が乏しく、株式報酬が源泉徴収されていなことに気付かない可能性の高い部類の者であった」

私を知る者で、「数億円の申告漏れをうっかりやった」と聞いて、「ははは、彼ならやりそうだね」と言う者はいても、「なぜ?彼が?」と言う者はいないと思います。

私の人となりを理解して頂くには、嘆願書を読んで頂くのが手っ取り早いものです。

ここをクリック→ #検察なう (130) 「嘆願書まとめ」

弁論では、この事項のまとめとして、以下のように主張しています。

「以上のとおり、クレディ・スイス証券では、従業員に対して株式報酬の税務申告について指導をせず、株式報酬の税務申告について日本語や目立つ記載で作成された書面を従業員に配布することもなかった。また、株式報酬に関するセミナーに被告人は出席せず、他の従業員や税務部門の従業員から株式報酬の税務について情報交換する機会もなかった。税理士を妻に持つコンプライアンス部長ですら株式報酬が源泉徴収されていないと気付くことができなかったのである。他の一般的な従業員と比べても総務関係、株式報酬、税務に関して関心、注意力が低かった被告人が、株式報酬は源泉徴収されておらず、別途確定申告しなければならないことに気付かなかったことも全く無理からず、むしろ自然である」

無実の論証は続きます。

2/6/2013















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2013/02/06 Wed. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (257) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (1)」 2/4/2013 

#検察なう (257) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (1)」 2/4/2013

(強制捜査から1511日、判決まであと25日)

昨年末(12月21日)に行われた第十回公判では、弁護人による最終弁論と私の最終陳述が行われました。

ここをクリック→ #検察なう (238) 「第十回公判報告 最終弁論+被告人最終陳述」

ここで、最終弁論の内容を解説したいと思います。最終弁論はプリントアウトすると161ページに達する大作です。

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検察の論告は、推認・推論に基づくまさに「推定有罪」の主張です。それに対し、最終弁論の内容をご理解頂ければ、我々の主張は「有罪の証拠がないから推定無罪」という弱々しいものではなく、積極的な無実の証明であることがお分かり頂けると思います。

最終弁論は、冒頭の「はじめに」と置かれた第一部で、検察論告の基本姿勢を激しく批判したことは、上に添付した第十回公判の報告で述べたところです。

その後、第二部では、証拠から認定される事実を時系列順に幅広く拾っています。そして第三部では無実の論証、第四部では検察論告への反論が行われています。

第三部の無実の論証は、5つの項目に分かれています。

1 「株式報酬も源泉徴収されていると思い込んだことは自然なことである」

2 「株式報酬が源泉徴収されておらず、別途確定申告が必要であると気付かなかったことも自然なことである」

3 「確定申告の時点で、株式報酬が源泉徴収されていないことに気付くきっかけはなかった」

4 「故意犯であれば説明のつかない事実が多数ある」

5 「故意犯であれば必ず存在する事実が存在しない」

今回は、まず「無実の論証 (1)」として「株式報酬も源泉徴収されていると思い込んだことは自然なことである」について述べたいと思います。

この点に関し、弁論では以下の7点が挙げられ、各項目に詳細な論証が加えられています。

(1) 「会社員の給与所得は、全て源泉徴収されているとの認識が、社会の常識的感覚である」

(2) 「外資系証券においても株式報酬は源泉徴収すべきであると考えられており、当時これを源泉徴収している外資系証券が存在し、現在はクレディ・スイス証券でも源泉徴収を行っている」

(3) 「被告人が、ソロモン・ブラザーズ証券時代に受領していた賞与の株式連動型報酬は源泉徴収されていた」

(4) 「株式報酬も源泉徴収されているとの被告人の思い込みの内容は、まさに正しい法解釈であり極めて合理的なものである」

(5) 「株式報酬と現金給与がともに記載された唯一の書面であるコンペンセーション・シートには、株式報酬と現金給与とで源泉徴収の有無、税務に関する取扱いが異なる旨の記載は一切なかった」

(6) 「クレディ・スイス証券では、株式報酬も源泉徴収されているかの如き、積極的誤解を与える書面が従業員に交付されていた」

(7) 「ベア―・スターンズ証券において交付された書面では、株式報酬と現金給与とで源泉徴収の有無、税務に関する取扱いが異ならないことを示唆する記載があった」

解説を加えます。

(1) 「会社員の給与所得は、全て源泉徴収されているとの認識が、社会の常識的感覚である」

多くの説明を要しないかと思います。

そもそも源泉徴収制度は、サラリーマンに「煩わしい税務のことなんか気にしないで、せっせと働け。税金は取りっぱぐれることなく取り立てておくから」というもので、選択の余地はありません。私もサラリーマンになって、何の疑問も感じずにそれを受け入れ、20年以上の間、多額の納税をしてきました。その源泉徴収制度の基本理念を反故にして、サラリーマンの国家システムに対する信頼を踏みにじるような国税局の所作には、彼らの品性を疑うものです。

(2) 「外資系証券においても株式報酬は源泉徴収すべきであると考えられており、当時これを源泉徴収している外資系証券が存在し、現在はクレディ・スイス証券でも源泉徴収を行っている」

この点に関しては、10回に亘る公判の中で、前半のヤマ場であった、検察側証人クレディ・スイス証券法務・コンプライアンス本部長の証人尋問が鍵となります。その彼ですら、入社時に税務担当者から株式報酬が源泉徴収されていないことを聞かされた時には、「やや意外」に感じ、個人的には源泉徴収すべきであると考えていたものです。

また当時から、ゴールドマン・サックス証券においては、株式報酬を源泉徴収しており、必ずしも株式報酬が源泉徴収されていないことが「外資金融の常識」ではないことが明らかにされています。また、現在では、クレディ・スイス証券でも、株式報酬を源泉徴収しています。

(3) 「被告人が、ソロモン・ブラザーズ証券時代に受領していた賞与の株式連動型報酬は源泉徴収されていた」

国税局の取り調べで、「ソロモン・ブラザーズでは株式報酬を受け取っていたか」と聞かれ、私は分かりませんでした。「何かそのようなものをもらっていたような気もするが。はっきりとは分からない」。私にとっては、給与や賞与が現金だろうが株式だろうが、あまり気にしていなかったので、前職での状況を聞かれてもにわかには答えられなかったものです。

その後、ソロモン時代の後輩に聞いたところ、「賞与の一部が、会社の株式に価値が連動する現金報酬でしたよ」とのことでした。経済的には株式と同じですが(例えば、将来、株価が倍になればこの報酬の将来価値も倍になる)、税務処理は現金と同様に源泉徴収されていました。

私としては、長らく外資系証券に勤めて、一貫して同じ税務処理(といっても、源泉徴収票を税理士に渡すだけ)をしていて、何ら問題が起きていなかったのに、突然の脱税嫌疑を受けたということです。

(4) 「株式報酬も源泉徴収されているとの被告人の思い込みの内容は、まさに正しい法解釈であり極めて合理的なものである」

この公判が始まり、クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件のことが世に知れる中で、複数の税務の専門家の方々からこの件に関しメッセージを頂きました。

私の認識は、株式報酬も会社から払われる給与・賞与である以上、何の疑いもなく、ただ単純に「所得税は給与天引き」だと思っていたものです。それが法解釈上正しいとかそういったことは全く考えたことはありませんでした。

しかし、実際には会社は源泉徴収を行っておらず、株式報酬の所得税の申告漏れ(過少申告)となったものです。非常に特殊な税務を、一般社会人が理解していないことをもってして、捜査権力は犯罪と認定しようとしているというのが私の印象です。

ところが、法解釈次第では、株式報酬も会社に源泉徴収義務があるということが判明しました。

所得税法上、源泉徴収義務を負うのは、「国内において給与等の支払いをする者」(所得税法183条)と規定されています。そして、今回の事件では、支払い者がスイスのホールディング・カンパニーであるクレディ・スイス・グループAGなのか、日本法人であるクレディ・スイス証券なのかが争点となります。

株式報酬の支給金額を決定していたのは日本法人のクレディ・スイス証券であり、費用を実質的に負担していたことから、「当該支払いに係る経済的出損の効果の帰属主体」はクレディ・スイス証券と解することができ、そうするとクレディ・スイス証券には源泉徴収義務があったものです。

弁論では、「被告人が、株式報酬も含めて全ての給与は会社に源泉徴収されていると思い込んでいたというのは、何も被告人が荒唐無稽な思い込みをしていたものではなく、法律の正しい解釈によったものであり、極めて合理的なものである」と主張しています。

(5) 「株式報酬と現金給与がともに記載された唯一の書面であるコンペンセーション・シートには、株式報酬と現金給与とで源泉徴収の有無、税務に関する取扱いが異なる旨の記載は一切なかった」

コンペンセーション・シートとは、年一回の年棒更改の際に手渡される書面のことです。この書面には、現金給与・賞与、株式報酬、退職金積立等の数字が記載されています。会社の書類全ての中で、このコンペンセーション・シートが唯一、現金給与と株式報酬を共に記載する書面です。そこには、源泉徴収の有無であるといったような税務に関する記載は一切なく、それらの税務に違いがあると想起されることはありませんでした。

(6) 「クレディ・スイス証券では、株式報酬も源泉徴収されているかの如き、積極的誤解を与える書面が従業員に交付されていた」

私は日々業務に忙殺される中で、会社の総務関係の書類に目を通すなどということは一切ありませんでした。それが普通の会社員の感覚だと思います。

ところが、国税局・検察は、会社の膨大な量の総務関係書類を調べ、重箱の隅を突くように、「ここにも『会社は源泉徴収義務はない』と書いてある」であるとか「ここには『これは税務に関する重要な書類だから保存しておくように』と書いてある、税務とは確定申告のことにほかならないから自己申告義務があると言っていることと同じだ」とか、難癖をつけてきます。

それで弁護団も、会社の総務関係の書類を調べてみると、逆に「会社は源泉徴収をする権利を有する」(「義務はない」「権利を有する」が矛盾しないことは言うまでもありません)であるとか、全世界職員向け(実際には日本の職員には該当しない)に、「税金相当分の株式を売却して控除された金額を支給する」といった文言も見つかりました。

結局、会社は、「株式報酬に関しては、会社は源泉徴収しないから、別途自己申告しなくてはならない」という明示的な申告義務に関しては一言も言っていないということです。

(7) 「ベア―・スターンズ証券において交付された書面では、株式報酬と現金給与とで源泉徴収の有無、税務に関する取扱いが異ならないことを示唆する記載があった」

今回の税務調査対象年の確定申告時には、私は既にベア―・スターンズ社に移籍していましたが、その雇用契約の中で、「現金支給・株式支給の税務は会社ではなく、個人の責任である」と、現金と株式の税務の違いはないかのような文言がありました。

弁論では、「被告人が同雇用契約書の内容を確認していたとは到底思えないものの」としながらも、「このような書類を被告人が目にしたとすれば、無意識に、株式報酬も源泉徴収されるものとの思い込みを強めたとも考えられないわけではない」と主張しています。

事実は、「会社の書類なんて読むわけないでしょ」ですが、検察が「読んだはずだ」とするのであれば、「読んだら、逆に、こんな思い込みを強める記述もある」というのが弁護団の主張です。典型的な、検察の「証拠のつまみ食い」が明らかです。

以下、最終弁論解説は続きます。

本当に単純な話なんですけどね。サラリーマンの給与の所得税は給与天引き、って思うことがそんなに変ですか?

2/4/2013















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2013/02/04 Mon. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (256) 「痴漢冤罪対処法に関する考察」 2/1/2013 

#検察なう (256) 「痴漢冤罪対処法に関する考察」 2/1/2013

(強制捜査から1508日、判決まであと28日)

現在、冤罪で最もポピュラーなものは電車内の痴漢だと思われます。しかしながら、冤罪に対する関心が一般に低いため、この問題もそのダメージに比較すれば軽視されていると言ってもいいと思います。もしその被害にあった場合の影響は、それ程に熾烈です。

痴漢冤罪には、そのほかの冤罪と同じ刑事司法の問題が凝縮していますが、それは一朝一夕に一般市民のレベルでは如何ともし難いため、対症療法ではありますが、痴漢冤罪に対処する方法に一考加えてみたいと思います。

まず、冤罪は誰の身にも降りかかります。痴漢冤罪も同じです。自動車事故と同じように、相手がいることですから、どれだけ本人が注意していようと、電車に乗る限り可能性はゼロにすることは不可能です。それを自覚する必要があります。

示談目的の痴漢被害でっち上げもあります。2008年大阪御堂筋線での甲南大学生による示談目的の痴漢被害でっち上げは、その犯行が発覚したため有名な事件ですが、それは氷山の一角だと思われます。昨年末、NHKアナウンサーが二子玉川駅で痴漢行為で現行犯逮捕された際も、ネット上では「捕まえた男は今年8人捕まえている」と話題になりました。結局、それは2チャンネル発信のデマでしたが、その話を目にした際も、「まさか」とは思いませんでした。

また社会的に抹殺するためにこれほど簡便かつ効果的な方法はほかにないため、離婚やリストラのために痴漢を捏造するアンダーグラウンド・ビジネスもあるようです。反原発の論戦を張っていた東洋経済の編集長が昨年2月に痴漢容疑で逮捕された際も、公安活動による言論抑圧ではないかと憶測されたものです。

まず、全く身に覚えがないのに、「痴漢したでしょ」と女性に言われた場合、過少評価は絶対に避けなければいけません。人生最大の災厄が目の前にあるという認識が必要です。「もしかしたら、これで1年半刑務所に行くことになるかもしれない」と思って下さい。自分が無実である場合、とかくその判断は甘くなりがちです。

当然仕事も失います。円満な家庭も崩壊するかもしれません。子供がいる方は、子供が学校で虐められて、授業中に「パパは痴漢なんかやってない!」と突然泣き出すくらいのイメージを持った方がいいと思います(怖ろしい事に実際の話です)。

「痴漢で刑務所?」と思われた方は、是非、西武池袋線痴漢冤罪小林事件を知って下さい。

ここをクリック→ 冤罪ファイル 「西武池袋線痴漢冤罪小林事件」

「話せば、単純な間違いだと分かってもらえるだろう」という考えは捨てる必要があります。警察・検察は、フェアに判断する思考回路を持ち合わせていません。痴漢冤罪被害者にとってみれば、彼らは単に「犯罪製造マシーン」以外の何物でもありません。

具体的に検討します。

まず一番避けるべきは、逮捕されることです。逮捕というと、警官が来て手錠をかけられるイメージがありますが、痴漢の場合は、「痴漢したでしょ」と女性に問い質されて手をつかまれた時点で、ほぼ逮捕されています。刑事訴訟法第212条及び第213条の「私人による現行犯逮捕」です。

よくあるパターンはその後、駅員に「ここではなんだから」と駅員室に連れて行かれ、通報で駆け付けた警官に、「詳しい話は警察署で」と言われ、警察署に連れられて事情聴取というものです。その際に、「これは任意同行ですか」と聞いて、「そうだ」と警官が言ったとしてもそれは嘘です。逮捕という事実があると、それを撤回するのは手続き上面倒なので、「実際は(私人)逮捕されているが、逮捕されていないことにして、立件できそうであれば、既に逮捕されていたということにする」だけの話です。それが「ほぼ」逮捕されているという意味です。

逮捕となると、後は有罪へのベルトコンベアーに乗ることになりますから、まず逮捕を避けることが必要で、そのためには、その場を立ち去ることが一番であることは確かに正しいと思われます。

「行列のできる法律相談所」でも、「一番良いのは走って逃げること。やましいから逃げるのではなく、人生最大の災厄から逃げるのだ」と説明されていましたが、これはリスクもあるケース・バイ・ケースの対処法だと思います。完全に逃げ切れなかった時のリスクが小さくないからです。「自分は無実だから逃げも隠れもしない」という主張は全く通じないのに、逃げ切れなかった場合「逃げたのはやましいからだ」という判断をされることは覚悟する必要があります。

走って逃げ切れるだけフィジカルにフィットしているか。逃げる後ろから「痴漢です!捕まえて下さい!」と叫ばれれば、退路に行方を阻む屈強な若者はいないかの瞬時の判断力も必要です。「すいません!親が危篤なんです!」と言いながら逃げる演技力も必要かもしれません。

逃げる判断は瞬時にする必要があると思われます。「痴漢したでしょ」と言われて、「いや、していない」と議論する頃には人も集まってきますから、逃げ切れる成功率はどんどん低くなります。

次に、「刑事訴訟法で現行犯逮捕が認められているのは住所不定の場合だけで、名刺を渡して『逃げも隠れもしないから』と言って毅然と立ち去る」という策もよく言われます。法律的にはこれは間違っています。刑事訴訟法第217条のことを言っていますが、その条文は「30万円以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪の現行犯については、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り、第213条から前条までの規定を適用する」とあります。

痴漢行為が、迷惑防止条例違反に留まる場合、かつての罰金は5万円以下でしたが、今は条例改正で50万円以下になっています(そしてかつても30万円以下の後に括弧付きで「当分の間、2万円」という条文がありました)。また、痴漢行為が強制わいせつとなれば、懲役刑のみですから対象外です。

しかし、「法律的には」と言ったのは、実際、この方法も有効かもしれないからです。一般市民は法律に精通していないため、このブラフが通用する可能性はあると思われます。駅員に「とりあえず駅員室に」と言われても、その理由と根拠を尋ねて曖昧な説明であれば、着いて行く必要はないと堂々と主張すべきだと思います。

この「その場を去る」をプランAとすると、それがかなわない場合のプランBを考える必要があります。

なぜ痴漢の無実を証明することが困難なのでしょうか。それは無実を証明する証拠が絶対的に少ないからです。証拠としてあるのが、痴漢被害者の証言とあなたの供述のみとなれば、形勢は絶対的に不利です。裁判官は、「痴漢被害者は被告人を罪に陥れる必要がないため真実を話しているのに対し、被告人は罪を逃れるため嘘をついている」という認定をするからです。

もしあなたが痴漢の犯人でないならば、痴漢被害者があなたを犯人と特定した理由は本来あいまいなはずです。ところが、警察で取り調べを受け、調書を取る段になれば、警察はそうしたあいまいな証言では、犯人とすることができないということを十分承知していますから、有罪を作るために有効な調書とするため、補充すべく誘導してそれらしい調書を作成します。

プランBのポイントは、とにかく「証拠を保全する」に尽きます。

「痴漢したでしょ」と言われたら、「いや、してない。人違いだろ」ではなく、「私はやっていないが、なぜ私だと思ったのか」と聞くべきです。そしてその答えを、できるならスマホの録音機能やICレコーダーで録音しておきたいところです。セルフ可視化です。その答えは、必ず後で、調書と矛盾が生じてくるものと思われます。

次に、どうしてもその場を去れずに、まずい状況になった場合、一気にそれを打破する方法として、私が考えるのは、大声で、但し冷静に主張することです。

「皆さん!たった今、私は痴漢の疑いを持たれています。単なる誤解だと思います。私はやっていませんので、これから釈明するつもりです。もしかすると皆さんのご協力が必要となる場合があるかもしれません。現在時刻は、xx月xx日xx時xx分です。私の名前はxxxxxといいます。痴漢の疑いを掛けられた者がいたということを是非覚えていて下さい。また、車両内で、私のことをご覧になっていた方がいらっしゃったら、是非ご協力下さい。よろしくお願いします!」

人生が懸っています。その覚悟があればできると思います。

また証拠の保全として、科学検査の積極的利用があります。自ら、「私の手指の繊維検査、DNA検査、被害者着衣のDNA検査、指紋検査、それからポリグラフ検査を要求します」と警察官に主張すべきです。それが行われないのであれば、警察署に行くのを拒否するくらいの強い態度で要求すべきだと思います。

警察署に「任意同行」を拒否するのは、一種の賭けです。先ほど述べたように、既に私人逮捕されている状態ですから、警察官は裁判所の逮捕状がなくても逮捕を事実化して連行することができると思われます。そうなると、警察は引くことはないと思いますので、有罪のベルトコンベアー行きが決定します。

「取調べには弁護士の立ち会いがなければ応じない」とするのも同じですが、こちらの方が警察官も「逮捕の事実化」に躊躇するのではないでしょうか。とにかく相手は有罪を作るプロです。彼らとリングで戦うセコンドに、プロが付いてくれるのとそうでないのでは、言うまでもなく大きな違いがあります。

弁護士に知り合いがいない人は、「当番弁護士制度」を知っておくとよいと思います。

ここをクリック→ 日弁連「国選弁護、被疑者弁護援助、当番弁護士に関する取り組み」

真実を見極めるのではなく、あなたを罪人に仕立てあげようとする取り調べは相当過酷です。国税局査察部・検察特捜部の取調べを合計200時間以上受けた私が言うのですから、間違いはありません。しかし真実があれば耐えられます。頑張って下さい。

取調べの時点では、ほぼ有罪へのベルトコンベアーに乗っています。とにかくそうなる前、初動が勝負です。「警察に行って事情を説明しよう」という時点では、もう手遅れくらいの覚悟でいいのではないかと思います。

満員電車に乗る可能性のある男性は常にシュミレーションする必要があります。

周防正行監督の映画「それでもボクはやっていない」は必見です。

ここをクリック→ 「それでもボクはやっていない」予告編

書籍としては、鈴木健夫氏著「ぼくは痴漢じゃない!」がよいと思います。二部構成で、第一部は痴漢冤罪被害者鈴木健夫氏の手記、第二部は弁護を担当した升味佐江子弁護士の解説となっています。手記はライブ感たっぷり、解説は非常に分かり易く、しかも適切な評価が書かれていると思います。

ここをクリック→ Amazon 「ぼくは痴漢じゃない!」

冤罪が少しでもなくなる世の中を願っています。それまでは、自分の身は自分で守るしかありません。

2/1/2013













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2013/02/01 Fri. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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