「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (283) 「過去のお勧めブログ記事 Part5」 3/25/2013 

#検察なう (283) 「過去のお勧めブログ記事 Part5」 3/25/2013

(強制捜査から1560日、検察控訴から13日)

これまでのブログ記事でお勧めのものをピックアップしました。是非ご覧下さい。

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件の概略に関してはWikipediaをご参照下さい。
ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス集団申告漏れ事件

#検察なう (247) 「過失でも矛盾のない証拠」 1/9/2013

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#検察なう (253) 「無実の証明=仮装・隠蔽の不存在」 1/25/2013

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#検察なう (254) 「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件と国策捜査」 1/28/2013

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#検察なう (257) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (1)」 2/4/2013

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#検察なう (258) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (2)」 2/6/2013

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#検察なう (259) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (3)」 2/8/2013

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#検察なう (260) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (4)」 2/9/2013

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#検察なう (261) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (5)」 2/11/2013

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#検察なう (262) 「最終弁論解説 ~ 無実の論証 (6)」 2/13/2013

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#検察なう (263) 「最終弁論解説 ~ 検察論告に対する反論 (1)」 2/15/2013

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#検察なう (264) 「最終弁論解説 ~ 検察論告に対する反論 (2)」 2/18/2013

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#検察なう (265) 「最終弁論解説 ~ 検察論告に対する反論 (3)」 2/20/2013

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#検察なう (266) 「最終弁論解説・了 ~ 検察論告に対する反論 (4)」 2/22/2013

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#検察なう (267) 「刑事司法改革のためにすべきこと」 2/25/2013

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#検察なう (268) 「判決を前に」 2/27/2013

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#検察なう (269) 「第十一回公判報告 ~ 無罪判決」 3/2/2013

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#検察なう (271) 「陳情書一例」 3/6/2013

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#検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」 3/7/2013

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#検察なう (275) 「陳情書ハイライトPart2」 3/11/2013

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#検察なう (276) 「陳情書ありがとうございました+ハイライトPart3」 3/12/2013

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#検察なう (277) 「検察控訴の背景を探る」 3/13/2013

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#検察なう (279) 「時代が判決を導き、判決が実務を変える」 3/18/2013

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3/25/2013













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2013/03/25 Mon. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (282) 「本日発売の雑誌FRIDAYにクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件掲載!」 3/22/2013 

#検察なう (282) 「本日発売の雑誌FRIDAYにクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件掲載!」 3/22/2013


(強制捜査から1557日、検察控訴から10日)

FRIDAY記事「国税に勝った男の告白「マルサは突然やってきた」」

是非お買いもとめ下さい。

FACTA 4月号記事
「「マルサと特捜」が歴史的敗北。人権を脅かす恐怖集団を裁判官が断罪。」
も合わせてお読み下さい。

3/22/2013










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2013/03/22 Fri. 06:00 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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#検察なう (281) 「第十一回公判無罪判決法廷画~おまけ」 3/21/2013 

#検察なう (281) 「第十一回公判無罪判決法廷画~おまけ」 3/21/2013

(強制捜査から1556日、検察控訴から9日)

それでは「おまけ」行ってみよー!


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もう一丁!!

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はい、思いっきり不遜です。

公判は延長戦に入りましたので、喜ばしいことに(?)また公判画の続きが見られるかもしれませんね。

第八回公判以降の公判画を冊子化第二弾予定です(予定は未定ですが、多分)。失業中の漫画家高杉ナツメにも愛の手を差し伸べないとね。

3/21/2012











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category: 刑事裁判公判報告

2013/03/21 Thu. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (280) 「第十一回公判無罪判決法廷画」 3/20/2013 

#検察なう (280) 「第十一回公判無罪判決法廷画」 3/20/2013

(強制捜査から1555日、検察控訴から8日)

私の公判のこれまた恒例、好評を博している高杉ナツメによる法廷画です。お楽しみ下さい。


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いかがでしょうか。お楽しみ頂けたでしょうか。次回の「#検察なう」はNG集ならぬ、「第十一回公判無罪判決法廷画~おまけ」をお届けします。

3/20/2013










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category: 刑事裁判公判報告

2013/03/20 Wed. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (279) 「時代が判決を導き、判決が実務を変える」 3/18/2013  

#検察なう (279) 「時代が判決を導き、判決が実務を変える」 3/18/2013

(強制捜査から1553日、検察控訴から6日)

これまでの公判から判決、そして検察控訴に至る一連の流れを振り返ってみました。

裁判官も検察官も法律のプロフェッショナルであり、事実認定のスペシャリストです。それでありながらなぜ同じ判断に至らないのか、なぜ裁判官の無罪判決を検察が受け入れられないのか、この疑問を繰り返し自問自答しました。

私なりの見解は次の通りです。

「時代が判決を導き、判決が実務を変える」

検察改革が遅々として進まないことを謎解く鍵もそこにあるように思います。

説明します。

検察の捜査は、「法と証拠に基づく」ものとされます。しかし、それはあくまで建前で、実態は彼らなりの物差しで法解釈をし、事実認定をしています。そこには「検察基準」と言えるものがあると思われます。

この検察基準は、これまでの裁判実務体験に基づくもので、裁判実務における「この程度の立証で有罪とすることができる」という線引きです。それは厳格な法と証拠に基づく判断よりはかなり広いものです。但し、検察も、必ずしもこの実務上の検察基準を常に援用しているわけではなく、むしろ裁判官からの全幅の信頼を得て、広い検察基準がいざという時に機能するよう、普段の大半のケースにおいてはむしろコンサバに運用し、誰の目にも明らかに有罪と認定される事件のみ起訴しています。

この実務上の検察基準を裁判官が共有しているかということに関しては、裁判官の個人差が大きいと思われます。裁判官は、個人の主義、哲学、理念を反映した自由心証に基づいて事実認定し、証拠を評価します。有り体に言えば判決は彼らの胸先三寸ということです。裁判官の中には、同じ国家公務員として、検察に対し、何らかのシンパシー、同じ目的意識を共有していると個人的に思っている裁判官もいるかもしれません。

こうした状況を、野球で例え、ピッチャー検察の投げた球を審判である裁判官が判断するとします。

ピッチャー検察はいつもはストライクゾーンど真ん中の球しか投げません。100球も1000球もど真ん中の球しか来ないとなると、その結果何が起こるかと言えば、審判である裁判官も球を注視することがなくなり、ごくたまに検察が投げるくさい球も「ん?ま、いいや。ストライク!」と判定するルーティーンに陥るものと思われます。ピッチャー検察がストライクゾーンをはずしてごくたまに投げるくさい球の許容範囲が、私の言うところの「検察基準」です。

裁判官もルールブックに従うという建前ながら、彼らの判断は彼ら自身の自由心証に基づいていますから、時にはとんでもない判定が出ることもあります。ワンバウンドの球やバッターの後ろを通った球ですら「ストライク!」とコールする場合すらあります。再審請求審によくある、「なぜこんな判決がありうるの?」というのは、キャッチャーが取れないような暴投でも、「ストライク!だって検察が投げたんでしょ。誰が何と言おうと、ストライク!」というものです。世の中の基準に照らせばどれだけ不合理なものであったとしても、審判の判定は絶対です。

今回の私の事案で言えば、ピッチャー検察の投げた球を審判である裁判官がきちんと注視した上で「ボール!」と判定し、無罪判決となりました。そこで色をなしたピッチャーが、マウンドから下りながら、

「ボール!?なんだと、ごらー!どこがボールなんじゃい(ほんとはボール2つ外れてたけど)。ストライクやないけ(だって、今までそのコースは半分目つぶってストライクって取ってたやん)。審判代われ!もう一球投げたるわ。今度はいつも通り、半分目つぶって見とけや(それでもほんとはボールなんだけどね)。」

というのが今回の控訴です。

投げたピッチャーも最初からボールと分かって投げていますが、これまでの実務上の検察基準ではストライクと判定してくれると考えているのが検察の控訴を巡る状況です。

佐藤裁判長自ら「私も初心を忘れずに」という説諭は、実に深い意味を持っていると思いますが、その意味するところの一つが、「これからはルールブック通りに判定するよ。これからの時代、検察基準は通用しないからね。」というものであったと考えています。検察の期待した「阿吽の呼吸」はないとする強いメッセージです。

この無罪判決にある、法と証拠に則って、公正中立に判断するという実に至極真っ当なことが、驚き、感動、賞賛を持って迎えられるということが、刑事司法の現実です。

なぜ検察基準当たり前の刑事司法の世界で、ルールブック通りの私の無罪判決という「奇跡」が起こったか。

それは、感度の高い一審裁判体が、時代の変化を感じ取ったことが大きいと思っています。

郵便不正事件以来、検察に対する国民の目は厳しくなり、刑事司法を適正化する要請が高まっています。私の無罪判決は、その時代の要請を一審裁判体が理解した結果の判決だったと思っています。ボールと分かって投げてくるピッチャー検察に審判が与しているとなると、国民の検察不信は裁判所不信に変わり、刑事司法制度の根幹を揺るがす事態になるとの危惧もあったのだと思います。

なぜ検察組織が時代の変化に対応できないか。

例えば食品偽装事件が起こったとします。製造日付の捏造や、不適切な材料を混入して製品を作ったことが発覚した場合、その食品メーカーは、徹底的に原因解明及びその改善に全精力を使って努めます。そうしなければ誰も製品を買ってくれず、市場から淘汰されるからです。

検察はどうでしょう。彼らは有罪が彼らの製品だと思っています(実は根本的な間違いはそこにあるのですが、ここではそれは不問とします)。いかに社会からバッシングされようと、有罪を作り続ける工程が止まらなければ、彼らの業務には何ら支障がないということになります。つまり裁判官が彼らの検察基準を容認している以上、敢えて検察は襟を正す必要はないということです。

これが検察改革が進まない最大の原因だと思います。

検察の意思決定は組織でなされるのに対し、裁判官の意思決定は個人の判断です。それゆえ自分の考えを行動や判断に反映する裁判官のフットワークは検察のそれに比して圧倒的に軽いものです。そして感度の高い、センスのある裁判官は、時代の変化や時代の要請を確実にキャッチしています。

これが「時代が判決を導く」という意味合いです。

時代が直接実務を変えることはなく、そのことが検察改革が進まない過渡期の現状を示しています。勿論、検事一人一人では、そうした時代の変化を十分認識していることも考えられますが、依然、決定権を持つ上層部の意識改革はなされていないというのが、今の状況だと思います。

しかし判決が彼らの意向に沿うものでなくなれば、彼らの危機感は一気に高まることとなります。そして実務は判決の趨勢に合わせざるを得なくなります。そうしなければ有罪を作り続ける工程が止まることになるからです。

これが「判決が実務を変える」という意味合いです。

高裁での検察の作戦は目に見えています。証拠に基づく接近戦では、その主張は全て弁護側にひっくり返されることは一審で証明済みです。それゆえ、検察基準に慣れ切った、「初心」からほど遠い高裁判事に証拠を精査させないよう、「この金額を過少申告して過失というのはありえないでしょ」「半分目をつぶって球を見ずに判定してくれればいいんですよ」という推定有罪で、冤罪の責任を姑息にも裁判所に押し付けてくるものと思われます。高裁判事が、検察の期待する検察基準を容認した阿吽の呼吸を見せるのかどうか、是非ともご注目下さい。

「時代」は「世論」と置き換えることもできます。「(時代の)空気」や「(時代の)雰囲気」と言ってもいいと思います。

そしてこと検察の問題に関しては、この時代の変化を促すのは、これまでは非常に困難でした。検察はその危険性を十分に認識しているため、既存メディアをがっちり押さえて、メディアコントロールをしているからです。普段から正式ルートではないリーク情報を恣意的に流して、既存メディアを餌付けしています。

私の公判における検察論告と弁論を並べれば、法律の専門家でなくとも、一審判決と同じ結論になることは明らかです。事実認定は法律関係者の専売特許ではなく、一定水準以上の判断力があれば、誰でもができます(それが裁判員裁判制度といった市民参加型司法の精神です)。しかし、既存メディアの記者の誰が私の検察控訴を受けて、「検察理念はどこに行った」と記事を書いたでしょうか。

残念ながら新聞・テレビは、検察リークの情報や検察の行動をアナウンスするだけの検察の「広報部」となっています。それは彼らが御用記事を書かなければ、検察は彼らを出入り禁止にするというあまりにも幼児的な発想しか持ち合わせていないことから、いたしかたないことなのかもしれません。それではいけないと問題意識を持っている記者も少なくないとは思いますが、彼らは、その問題意識を公表すると、記者のみならず会社が検察からリーク情報をもらえなくなるため、嫌々ながら検察の広報部という立場に甘んじているのだと思います。

しかし今日では、情報源は新聞やテレビといった既存メディアだけに限りません。インターネットを媒介とする情報伝達方法の重要度は日々増しています。そして口コミがベースとなったツイッターやフェイスブックといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の存在は時代を変える力を持っています。かつては「ペンは剣よりも強し」でしたが、現代では「SNSはバズーカ砲よりも強し」です。

インターネットの世界では玉石混淆の情報が氾濫しており、その精度を精査する情報リテラシーが受け手に必要とされます。それは、社会の公器たる記者が、ある程度スクリーニングしてくれる既存メディアにはないリスクです。しかし、スクリーニングされないがゆえの、既存メディアでは報道できない真の情報がその中にあることは今や常識です。

今、このブログを読んでいらっしゃる方は、判断の根拠となる情報源が既存メディアに限定されていない人であり、こうした時代の変化を肌で感じていると思います。

そしてあなたのつぶやきが時代の流れを作ります。是非、この事件に注目して頂き、一緒に刑事司法の変革を目指しませんか。私の無罪判決に対する検察控訴は、その千載一遇のチャンスです。引き続きご支援のほどよろしくお願いします。

3/18/2013













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category: 刑事司法改革への道

2013/03/18 Mon. 06:50 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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#検察なう (278) 「映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』観賞」 3/15/2013 

#検察なう (278) 「映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』観賞」 3/15/2013

(強制捜査から1550日)

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昨日、映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』の3回目観賞しました。

3回目というのも、実は先日の判決日の3月1日に上京中の両親に観せたくて観賞したのですが、映画の日(入場料1000円)ということに気付かず、裁判所に行く道すがら前売り券を買っていました。それで、前売り券を使うのが悔しくて(せこっ!)、入場料を払って観賞したというのが2回目観賞の前回でした。

この作品が真に心を打つのは、今まさに奥西さんが命を賭して、真実・正義を貫くために戦っているからです。それをリアルタイムで共感できるところが、心に迫る理由です。

劇場を見回すと、観客のほとんどは妙齢の方ばかりでしたが、是非、高校生や大学生といった若い人たちにも観て欲しい映画です。

奥西さんを無実の囚われの身から救うために、我々一人一人ができることには限界があります。しかし、日本国民の1/10でもこの映画を観れば、必ず時代は変わります。この映画を観れば、何かできることはないかと考えないではいられないからです。それほどパワフルな映画だと思います。

今年87歳になった奥西さんの時間は限られています。一日、一刻でも早く彼の自由を取り戻すため、この映画を一人でも多くの人に観てもらいたいと思います。

配給会社では、自主上映会も募集しています。問い合わせたところ、映画レンタル(現在は、映画はフィルムではなく、ブルーレイディスクだそうです。へええ~)は、入場無料の自主上映で最低6万円、入場料が有料の場合、チケット1枚当たりで加算課金(400円程度)されるようです。お住まいの地域でロードショー予定がない場合、地域共同体で、自主上映会を企画するのもよいかと思われます。

お問い合わせ
合同会社 東風 メール:info@tongpoo-films.jp  電話:03-5919-1542

映画に関して~

3回目でも涙なくしては観られなかった素晴らしい作品だと思います。この作品を単なるドキュメンタリー映画ではなく、上質の映画作品としているのは、やはり仲代達矢氏(奥西勝役)と樹木希林氏(母タツノ役)の功績が大だと思われます。

事件に人生を翻弄される奥西勝さんの生き様を実に人間臭く描写し、彼と母親との親子の情愛を感性豊かに描いています。

映画では、最初から事件をドキュメンタリー的に説明するのではなく、ドラマ仕立てで丹念に展開しています。それが、事件の知識を少なからず持つ者としては、最初若干スローペースだと感じられましたが、徐々に加速して中盤以降ぐいぐい来ます。

ドキュメンタリーとしての部分では、実際の映像をふんだんに使い、状況がビビッドに伝わってきます。有罪方向の証拠として唯一かすかに意味のある自白に関しても、彼の逮捕直後の記者に対しての答弁や、一審無罪判決後の記者会見の映像は、記録的に価値があると思われます。「あー、この受け答えだけだと、有罪の心証ができても仕方ないかも」という雰囲気がよく分かりました。

証拠に関しては実に効果的に説明されていて、非常に説得力がありました。ただドラマとしての部分に関しては、奥西さんの妹岡美代子さんを全く出さないことで演出効果を高めることはよしとしても、ドキュメンタリー部分に関しては、検察主張も十分に説明した方がフェアではないかと思いました。それはニッカリンTの色に関するもので、当時生産されていたのは赤色に着色されていましたが、それ以前には着色されていないニッカリンTが生産流通していたというのが検察の主張です。

とにかく弁護士がかっこいい。鈴木泉弁護団長や、野島真人弁護士の熱意あふれる姿を実に生き生きと捉えた映像が効果的です。

また元判事の秋元賢三氏の涙だけでも十分観る価値がありました。

百聞は一見に如かず。是非、お近くの映画館に来た時に是非ご覧下さい。東京での上映は、渋谷ユーロスペースで、本日3月15日が最終日です。

ここをクリック→ 映画『約束』予告編

事件に関してはこちら。

ここをクリック→ 冤罪ファイル 「名張毒ぶどう酒殺人事件」

3/15/2013










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category: 名張毒ぶどう酒事件

2013/03/15 Fri. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (277) 「検察控訴の背景を探る」 3/13/2013 

#検察なう (277) 「検察控訴の背景を探る」 3/13/2013

(強制捜査から1548日、検察控訴から1日)


東京地検は、昨日12日、無罪の地裁判決を不服として控訴しました。

これでまた検察改革が後退するかと思うと、非常に残念なことです。

私としては、判決前に述べたように、判決によって人生が左右されるとは思っていないので、それほど気落ちはありません(そもそも無罪でも諸手を挙げて喜んでいたわけでもないので)。苦難が大きければ、その結果得られるものも大きいのではないかと思います。「キャリーオーバー発生!」くらいな感じで構えています。

控訴の問題点は2点。

一点目は、判決文の完成を待たずして控訴していることです(刑事裁判においては、判決文は判決の後に作られます)。いかにも、無罪判決は何がなんでも控訴してやるという旧態然としたもので、「法と証拠に基づく捜査」からは程遠く、「結論ありき」であることが如実に表れた愚かしい行動だと思われます。裁判官の判決文すら一顧だにしないという姿勢は、司法制度に対する冒涜であり、裁判官(特に高裁裁判官)をなめきった所作です。

二点目は、タイミング的に確定申告の締め切り前のアナウンスメント効果を狙ったかのように国税局におもねる控訴だということが見え見えだということです。起訴の経緯自体、国税局の圧力であることが推測されますが、控訴も結局、「出来の悪い兄」の国税局に「傲慢な弟」の検察が従わざるをえなかったということだと思います。控訴断念は、検察にとっては「勇気ある撤退」とされても、それは国税局にとっては何のメリットもありません。特捜部の独自捜査縮小に伴う経済事案の重視において、国税局は検察にとって今まで以上に重要なパートナーとなっています。その国税局の圧力があったからこそ、破れかぶれの控訴を強行せざるをえなかったものと思われます。個人の人権など、役所のメンツの前では何の意味もないということなのでしょう。

さらに控訴の背景を探ってみたいと思います。

国税局査察部告発→東京地検特捜部起訴の所得税法違反事案で、過去に無罪の例がないため、過去のデータを検証してもあまり参考になりません。

そこで控訴を巡る、彼らの思考パターンと、利害等のダイナミズムを検討してみます。

まず非常に重要なポイントは、決定権を持つ者が、どれだけ世の中の趨勢を理解していたかという点です。

クイズ100人に聞きました。「夕方前にスーパーの買い物帰りの主婦100人に聞きました。検察とは何をするところですか。」

以前であれば、

「けんさつ?警察とどこが違うのかしら。なんとなく、悪い人をとっつかまえてこらしめるっていう感じだけど。」

であったものが、今や

「検察!やっだー!あれでしょ、何か無実の人でも悪くしちゃうって。村木さんかわいそうだったわねえ。冤罪っていうのかしら。結構多いみたいじゃない。東電OL殺人事件とか、あれ、何て言ったかしら、あ、そうそう、夕張毒メロン事件っていうの?映画になったやつ。怖いわよねー。」

です。

最近、検察の意向に沿わない判決が散見され始めたことから、全く自浄能力を示してこなかった検察内部にも、危機感を持つ検察官が出てきても不思議はありません。彼らは、私の判決の際の佐藤裁判長の説諭にあった「初心」に時間的に近い若手検事であることが多いでしょう。それに対し、「初心」から遠く、組織の論理が染みついた上層部はそうした危機感を持ち得なかったのだと思います。

それはあたかも、戦火の前線で、無線電話に向かって叫ぶ現場指揮官と、前線から遠くにいてリモートコントロールする幕僚のようなものです。

「戦局は圧倒的に不利です!我が兵も疲弊しています!ここは撤退して、態勢を立て直して反撃の機会を伺うべきです!」

「撤退!?ならん、ならん!絶対に前線死守だ。わが軍に『撤退』の二文字などない!」

危機感を持つ検察改革推進派が、控訴に慎重であったのに対し、全く旧態然としてKYな検察改革不要派が、控訴に積極的であったと思われます。

もう一つの重要なポイントは、組織防衛を真剣に考えているか、自分の利害を組織防衛に優先しているかという点です。

私の判決では、検察論告と弁護側弁論を冷静に分析すれば、無罪判決が当然の帰結であり、新規明白な証拠を検察が追加提出する可能性は皆無であることを考えると、控訴審で判決が覆ることを期待することは極めて無謀です。

控訴を強行した今、控訴審で無罪判決が維持されるということになれば、検察の受けるダメージは壊滅的となります。それ以前に、249通の陳情書にも、彼らに引く勇気を期待するメッセージが込められていました。その民意を全く無視して控訴した段階で、検察に対する逆風は今まで以上のものになることは、火を見るより明らかです。

つまり、組織防衛を考えるからこそ、「撤退」という決断があったものだと思われます。

ところが、検察内には、一審無罪確定によって、自分の評価が損なわれると考える者がいて、その者が「特捜事案で、無罪なんてのはあり得ない。これを控訴しないというのは検察全体の沽券に関わる。なんとしても控訴すべきだ。」と、自分の利害をあたかも組織防衛にすり替えた議論をした可能性もあると考えられます。

自分の責任の下では負け戦を確定せず、それをほかに押しつければ、あとはどうなっても自分の責任は逃れられるという、非常に狡猾な考えを持つ者がいたということです。

組織全体の尊厳を尊重する者の意見は、控訴に慎重であったと思われ、自分の利害を組織防衛に優先する者の意見は、控訴に積極的であったと思われます。

優秀な頭脳集団の検察といえども、腐敗した組織の論理がはびこった現在の体制では、全く不合理な決断がなされたことがこの控訴です。

既に証拠の評価では、過少申告が過失であったことは一審裁判体により認定済みです。検察控訴は、検察の主張を無批判に受け入れる裁判体に巡り合うことを期待するギャンブルで、上訴の精神を逸脱した行為です。それは三審制を悪用するもので、非常に遺憾なものです。

私は249通の陳情書は、全く無駄ではなかったと思っています。必ず真摯に受け止め、危機感をもって検察の明日を考える検事もいるはずです。私の判決の控訴阻止はなりませんでしたが、陳情書に込められた思いは、いずれ彼らの血となり肉となり、検察改革を進めてくれるものと信じています。

検察が正しくなければ、日本の刑事司法に正義はありません。希望を捨てないようにしましょう。

3/13/2013











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2013/03/13 Wed. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (276) 「陳情書ありがとうございました+ハイライトPart3」 3/12/2013 

#検察なう (276) 「陳情書ありがとうございました+ハイライトPart3」 3/12/2013

(強制捜査から1547日、無罪判決から11日)

陳情書、昨日締め切らせて頂きました。わずかの募集期間の間に、なんと249通もの陳情書が寄せられました。

嘆願書は1年で146通、上申書は1ヶ月で60通、陳情書は1週間で249通と、皆さんの声がクレッシェンドで、フォルテッシモになっていることがよく分かります。

検察組織は国益の代表者でありながら、なかなか民意を知る機会がないと思われますので、皆さまの正義を希求する声、変化を求める声を、是非とも彼らに伝えたいと思い、昨日全249通をそのまま検察に提出し、受理されております。

特に今回の陳情書では、私と直接の知り合いでない方々(ブログを読んで事件を知った等)の、身内の身贔屓でない、客観的な視点が注目されます。

震災から2年。日本は今、復興の真っ只中です。そして、一連の不祥事後、検察改革は待ったなしの状況です。この重大な時期に、国家権力の精鋭が、もし民意とかけ離れた保身と私利のために税金と彼らの英知を無駄に浪費するというのであれば、全くもって嘆かわしくゆゆしいことだと思われます。

昨日はこの動画を見て、そんなことを思いました。

ここをクリック→ ハナちゃんにまけるな。

私もハナちゃんに負けないよう頑張りたいと思います。

陳情書ハイライトのPart3を掲載します。

陳情書Y ハイライト

「被告人の裁判に対する私の考えは、恐らく勝てないだろうとのあきらめ感が支配的でした。そして、実際の裁判を傍聴する事無く、 判決を迎えたのですが、その判決内容には、正直かなり驚きました。何の先入観も無ければ、正しい事を正しいと述べた至極全うな判決と思われます が、医療裁判での様々な判決を知ってバイアスの架かった私の脳は、かなり驚いたのでした。そして、感激さえしたのでした。

この正しい事を正しいと述べた至極全うな判決を、このままの姿で残して、後生に残る判決にして頂きたいと切に願います。」

陳情書Z ハイライト

「保身と建前だけの控訴はしないで下さい。これ以上は税金の無駄使いです。」

陳情書い ハイライト

「不毛な裁判はやめようではありませんか。検察は税金を使っているのです。八田氏は経済生産性の高い人物です。再び裁判が始まれば、それは全く国益を損なっているとしか思えません。」

陳情書ろ ハイライト

「実際検察におられる方は組織の論理で「何が正しいか」ではなかなか自分の立場もあり取りずらいのだと思いますがそこに働いている良心ある人にとっては辛いと思います。正しいことを強いながら自分はそれを主張出来ない。不幸なのだと思います。これ以上本来は社会秩序を守るべき立場にある司法がガバナンスが機能せず自己保身で誤った行動を取ってはいけないし思いとどまって頂きたいです。」

陳情書は ハイライト

「私は法律に関しては、詳しくありません。だからこそ、法の裁きというのは、一般人にとり、脅威と感じている部分があります。私自身、造り出す作業の中で、人間としてのマナーは守っていますが、マナーと法律は似ているとこともあり、そうでないことが多々あると感じています。「知らないことはいけないこと」かもしれませんが、「知りえないこと」はいけないのでしょうか。この複雑な現代社会には、素人では知りえないことが沢山あります。知りえるとしたら、みなが法の仕事につけるはずです。人は得意不得意な分野があり、それぞれがその役割を果たしながら社会を形成していると思います。社会人として、最低限の共通マナーと、プロトコールは身につけるべきです。しかし、全てを知ること、学ぶことは現実的に無理です。ロボットではない、人間らしさが、そこにあるのではないでしょうか。」

陳情書に ハイライト

「無罪判決の後の世論も「判決は民意として納得されるものであった」と示されているように感じます。民意からかけ離れた司法では、我々国民は何を指針に生活すればいいのか分からなくなってしまいます。控訴を「断念」するのではなく、「国民とともにある司法」という観点から「無罪確定」という判断をお願いしたくここに陳情するものです。」

陳情書ほ ハイライト

「100年後に日本の刑事司法システムが、”あの時”機能していなかったと後世の人から総括されないよう大局観に基づいて正しく慎重なご判断を重ねてお願いする次第でございます。」

陳情書へ ハイライト

「私にはもうすぐ1歳になる娘がいます。つい先々月1型糖尿病という一生インスリン治療を続けなくてはいけない病を発症し、現在も入院治療中です。連日の病院通いで忙しく、娘の病状が安定していないということもあり、今の状態で陳情書を書くことができるだろうかと少し悩みました。(自分には伝えたいことを素早く文章にする能力があまりないので…)しかし娘のために私ができることは全てしてやりたい、そう思ってこの陳情書を書くことにしました。娘が生きていく社会はより良いものであって欲しいと思うからです。

どうかお願いです。控訴することなく、無実の罪を着せられ4年半も戦ってこられた八田さんをいい加減解放してください。この願いは、娘のためにも、幼い子供たちのためにも、未来は明るいものであって欲しいという願いと同義であります。どうか正しい判断が下されますように。ご英断を切に願います。」

陳情書と ハイライト

「検察の方々にとっては、「無罪判決=敗北」となるような報道を見聞きすることもありますが、そうした見方はおかしいと思います。裁判とは双方の当事者が証拠・証言をもとに「真実を明らかにする。」ことが目的のはずであり、双方が努力して真実を見出す場なのだと思います。

裁判を傍聴した者として、今回の裁判を通じて「真実がどこにあるのか」は、検察、被告・弁護人の双方にとって明らかになったと思います。

今回の裁判の目標は達成されました。これ以上無意味に税金を浪費する必要もないし、優秀な人材の時間を浪費する必要もありません。さらに言えば、これ以上八田氏の自由を拘束することは人権侵害にもなりかねないと思っています。

「無罪=敗北だから、当然控訴」といった慣習が今まであったのかもしれませんが、それを断ち切る現検察関係者の英断を強く期待しております。」

陳情書ち ハイライト

「当該の裁判を傍聴してきましたが、判決は貴庁が集められ法廷に提出された証拠を、たいへん公平に概観した上で下されたものという印象を持っています。弁護側の求めに応じて追加で証拠を提出された貴庁の行動は、法の精神に則った極めてフェアなものであり、これからの日本の司法が進むべき道を示す、優れたお仕事であったと考えます。

今回の判決は、貴庁の主張とは異なる内容かもしれませんが、上記の一点においてまた検察も勝利したのだと、一連の冤罪事件等を通じて日本の司法制度の在り方に関心を抱いてきた私は考えます。

強制捜査以来の年月で被告人が被った、回復不能なさまざまの不利益にも鑑み、なにとぞ今回の判決を受け入れ、控訴を断念されることで上記検察の勝利を確実にされんことを、心より願っております。」

陳情書り ハイライト

「この判決を聞き 日本にも正しい事を正しいと分かる言える人がいるのだと思い、まだ日本も捨てたものではないと希望が少し持てました。

これからの日本、それを作っていく若者達・子供の為にも 我々大人が色々な意味で作り示して行かなければいけないと強く思います。」

陳情書ぬ ハイライト

「このような、合理的に無罪と考えられる状態で、検察が控訴をし裁判を続け、被告の貴重な時間を奪い続けることを行うのであれば、それが自分の身に突然降りかかる可能性があるということであり、その点に一市民としてとても恐怖を感じます。制度としては三審制がありますが、現実的には、その間に、被告の貴重な時間を奪っているのが現実です。特に本件は無罪が第一審で明らかであり、控訴はただの時間とコストの浪費でしかありません。

無罪の人間が有罪とされ、人生を奪われることほど不幸なことはありません。どうか、善良な一般市民が普通に幸福に過ごせる社会になりますよう、よろしくお願いします。」

陳情書ち ハイライト

「無罪が「白い紙」だとすると、八田氏が起訴された時点では、黒や灰色の「色」が塗られていたのではないでしょうか。その色を、八田氏は多くの資料、証拠、自分の気持ちを示し、少しずつ色を剥ぎ取ってきたのです。それを裁判長も認め、最終的に「白」という判断を下したのです。

それは、数多くの資料や証拠が、無実であるという事実を示していたからであり、それらが「白」だと語っていたからです。

その事実を、検察側も認めるべきだと考えます。事実は「白」なのであるから、それをいかに取り繕っても、黒にはならないのです。裁判とはそうゆうものではないのでしょうか。

ある意味では、検察のさまざまな証拠も、それが、八田氏が無罪であることを証明するための証拠となっていたのではないでしょうか。無実の者を無実であると証明すること、それは弁護士だけの仕事ではなく、検察の仕事でもあるのです。」

陳情書り ハイライト

「そろそろ、司法システム全体を再構築する必要があるのではないでしょうか。八田君の裁判は一つの良い契機だと思います。世界から尊敬される冤罪を生まない司法システムを皆で作ろうではありませんか。」

そのほかの陳情書はこちら。

ここをクリック→ #検察なう (271) 「陳情書一例」

ここをクリック→ #検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」

ここをクリック→ #検察なう (275) 「陳情書最後のお願い+ハイライトPart2」

3/12/2013








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ここをクリック→ 「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会ダイジェスト版」(動画)


ここをクリック→ 嘆願書まとめ

ここをクリック→ 上申書まとめ






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2013/03/12 Tue. 07:53 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (275) 「陳情書ハイライトPart2」 3/11/2013 

#検察なう (275) 「陳情書ハイライトPart2」 3/11/2013

(強制捜査から1546日、無罪判決から10日)

奇跡の一審無罪判決から10日が経過しました。検察の自浄作用を促すべく、皆様に検察上訴を踏み止まらせるよう陳情書をお願いしています。陳情書は全て東京地検特捜部に提出させて頂きます。これまでに皆様から届けられた陳情書のハイライトを掲載します。

陳情書K ハイライト

「不毛な裁判はやめようではありませんか。検察は税金を使っているのです。八田氏は経済生産性の高い人物です。 再び裁判が始まれば、それは全く国益を損なっているとしか思えません。」

陳情書L ハイライト

「私には6歳になる娘がいますが、娘が過ごすこれからの社会をつくるのは今を生きる私たちであると感じています。どうか、正しいことを正しいといえる社会であってほしい、真実を真実として受け止める社会であってほしいと切に願っております。」

陳情書M ハイライト

「本件の社会的注目が更に増せば、政府間議論に発展する可能性があります。国際問題となった場合、相手が先進国であろうが途上国であろうが外交交渉のカードとして悪用され、日本の国益を大きく損なう恐れがあります。これが世界に貢献出来る能力ある日本の姿には思えません。」

陳情書N ハイライト

「一旦振り上げた拳を胸に収めることは大変勇気のいることかもしれません。世間の大人達の場合、威信であるとか、費やしてきた膨大な時間や痛みや軋轢であるとか組織の存在意義とか、拳を下げられない理由を沢山内包しているのかもしれません。しかしながら今回、長い戦いの結果、御庁が佐藤裁判長の判決を尊重し受け入れ控訴を断念されるという尊く清廉な決断をされることは、決して皆様の尊厳を傷つけるものではなく、むしろ社会の多くの人々から温かく大きな拍手をもって受け入れられることだと信じます。

どうか原点に立ち戻り(これは社会全体、私達ひとりひとりにも言えることです)、今後は未来永劫、冤罪を1つでも減らし、常に本質と真実に迫ることを信条とし正義のために戦う検察庁として、皆様の知力を結集しご活躍くださいますよう切にお願い申し上げます。たとえば皆様のお子様が「君のパパはすごいね。正義のために戦う検察庁で働いているんだよね!」と言われるような、そんな検察庁に。いま歴史は、少しづつかもしれないけれど、動こうとしています。」

陳情書O ハイライト

「万が一控訴があった場合に、どれだけの新たな証拠と議論の展開が期待できるのでしょうか。佐藤裁判長の無罪判決を翻すだけの根拠がもしあるならば、4年半検察庁が国民の血税を注いで全力で当たってきたであろうこの案件について、この時点で既に国民のみなが納得できるよう十分説明され、それなりの判決がなされていたでしょう。裁判長の判決には有罪と断言できない事実関係があることを再度ご確認くだされば、おのずとこの件がここで終了することに納得されるでしょう。4年半有罪を疑って細部に渡り調べてみたが、最終結論は有罪ではなかったのだ、初期の判断、予想と事実が違った。それだけのことです。検察庁の存在、役割は国民の信頼の元にのみ成立することをもう一度ご確認ください。」

陳情書P ハイライト

「世界に向けて“日本の検察はこんなに優秀で凄いんだぜ!”と私達が胸を張って自慢出来る組織になって下さい。時間の猶予はありません、あなた達が変わらなければいけないのは“今でしょ!”。」

陳情書Q ハイライト

「今回の判決は、昨今の検察の不祥事を受け、裁判所が従来の検察との阿吽の呼吸から独立し、検察の調書を鵜呑みにすることなく出されたものだと理解しています。佐藤裁判長の勇気ある公平な判決は、日本の刑事司法の分岐点になる素晴らしいものだと感動しました。冤罪など、司法関係の暗いニュースが多い中、外地に住む日本人の一人としても、母国の法曹界にこのような素晴らしい人物がいることに希望を持ちました。裁判長の最後の言葉にもあったとおり、裁判官も検察官も、法曹を目指したときの初心に返り、日本の司法をよりよい方向にもって行ってほしいと願います。」

陳情書R ハイライト

「お願いは彼のためだけではありません。誰もが彼の立場になりうるのです。皆が納得できる公平な裁きがなければ国民は何を頼りに生活すればよいのでしょう?」

陳情書S ハイライト

「有罪判決が出ても当たり前として褒められることもなく、無罪判決だと冤罪だ捜査の過失だと非難される検察の皆さんは、大変損な役回りだと思います。人間である以上、非難されれば無罪判決に無念という感情を持たれるのも理解できます。しかし、検察の皆さんも裁判所も職責を全うしただけであり、その結果をどうこう非難する方が間違っているのではないでしょうか。」

陳情書T ハイライト

「検察官は本来、独任官の筈です。その原点に戻り、自分の頭で考え、自分の責任で間違いは間違いとお認めなさい。負けたときこそ、大いなる教訓をくみ取るべき時です。」

陳情書U ハイライト

「世界は常に進化しています。この見識ある判決を握り潰さないで下さい。勇気ある撤退を望みます。」

陳情書V ハイライト

「新証拠はないが控訴すると言うならば、これもまた不思議です。同じ証拠について、異なる裁判官による異なる判断を仰ごうということになります。極論を言えば、自分達に有利な判断をしてくれる裁判官に当たるまで何度も同じ内容の裁判を行うことが出来ることになってしまいます。現実的にはそのようなことが行われているのかもしれませんが、上訴制度の持つ本来の意義とは異なると思います。」

陳情書W ハイライト

「「検察の理念」にある通り、“真実”を、国民の良識を持って、判断を歪めることなく、どんな圧力にも左右されず、名誉や評価が傷つくことを恐れず、公正な立場で求めていただきたいです。より重い処分=成果、ではないし、控訴しない=面子を失う、でもありません。

司法は、国のためでも、検察のためでも、裁判所のためでもなく、どんな時も、国民ひとりひとりのためにあるべきものだと私は思います。」

陳情書X ハイライト

「人々から厚く信頼される組織、人というのは、都度、間違いを犯した時に起こした時に素直に反省し、自らを矯め正す姿勢を保てるか否かではないか、と考えています。

私は、検察というのは、世の中の悪をくじく、正義の味方、頼もしい組織であって欲しいと思います。

日本という国は素晴らしい国である、と胸を張って言える自信を我々に与えてくれるのは、このような正義心を持てるか否かだと信じます。」

3/11/2013








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2013/03/11 Mon. 00:32 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (274) 「検察リークは司法制度への重大な挑戦」 3/10/2013 

#検察なう (274) 「検察リークは司法制度への重大な挑戦」 3/10/2013

(強制捜査から1545日、無罪判決から9日)

今日、一部地方紙朝刊に、検察リークと思われる記事が掲載されました。

内容は、私の無罪判決に対し「東京地裁判決について、控訴する方針を固めた。関係者への取材で分かった。」とするものです。

ここをクリック→ 検察控訴の報道

ここで我々はパニックになってはいけません。

まず、記事が正しいとは限りません。情報源は検察関係者とのことですが、あまり状況を把握していない事案と直接関係のない検察関係者である可能性もあり、無罪=控訴と盲信している検察関係者かもしれません。

これは、検察の常套手段である検察リークによる世論操作と思われます。これは、テクニカル・タームでは「風を吹かせる」と呼ばれます。

ここをクリック→ #検察なう (219) 「『風を吹かせる』=検察リークの実情」

「あ、なんだやっぱり脱税犯だったんだ。裁判官が間違えたんだな。」というイメージを刷り込むことで、もし控訴した場合の外堀を埋めようとする目的だと推察されます。

勿論、彼らにとってはタイミングも非常に重要で、確定申告の締め切り前に、脱税を徹底検挙するというポーズを示すという意味もあるのだと思います。

先日の無罪判決の判決文は、まだ検察にも弁護側にも交付されていません(刑事裁判では、判決の時点では通常判決文は完成していません)。それは、週明けに交付されるものと思われます。控訴の判断は、その判決文を読まずにできるものではないと思われます。

もし、判決も読まずに控訴の方針を固めたのであれば、私、弁護団、支援者、ひいては国民に対して、「検察権力に対する抵抗はやめろ。いかに不合理であろうとも、検察権力は自らの恣意で権力行使をするのだ。検察には絶対に逆らうな。」という恫喝であるものです。

また同時にそれは、公正な判断を下した裁判所、そして司法制度そのものへの重大な挑戦でもあります。

しかし、たとえそうであっても、是非とも一通でも多く陳情書を集め、諦めずに民意を彼らに伝える努力をしたいと思います。

検察組織は腐りきっているのかもしれませんが、組織の中にいる検察官個人のレベルでは、良心を密かに保持している方々も多いと思います。そういった個々の検察官に良識の目覚めを喚起し、いつか彼らが真の検察改革を行ってくれるものと信じましょう。

彼らが正しくあることが、国民全ての利益です。

是非ともご協力お願いします。

3/10/2013

*****************************************************
日本の正しい司法のために、検察控訴を阻止すべく、陳情書をお願いしています。締め切りは3月11日月曜日午前中です。ご協力お願いします。

一言でも二言でも結構です。名前と住所に添えて、

sienhatta@gmail.com

までご送付下さい。

(郵送の場合、そのほか詳細は以下ブログをご参照下さい。)

ここをクリック→ #検察なう (270) 「陳情書のお願い」

ここをクリック→ #検察なう (271) 「陳情書一例」

ここをクリック→ #検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」

検察による控訴の期限は3/15 金曜日深夜です。
*****************************************************















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2013/03/10 Sun. 00:56 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう Tシャツ・プロジェクト (91)  

「日本元祖スキー漢(おとこ)レリヒさん in #検察なう T-shirt」 (by 正義将棋 ♂)

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2013/03/09 Sat. 06:12 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (273) 「恒例の公判トゥギャッタ―、初の1万ビュー越え!!」3/8/2013 

#検察なう (273) 「恒例の公判トゥギャッタ―、初の1万ビュー越え!!」3/8/2013

(強制捜査から1543日、無罪判決から7日)

私の公判では、傍聴して下さった方々に、「#検察なう」ハッシュタグ付きでツイートをお願いしてきました。

それをまとめたのが、「公判トゥギャッタ―」です。

初公判からそれは続けられていますが、今回、初めて1万ビューを越えました!めでたい!!

3月8日午前6時時点で、10629ビュー。

ご覧になっていない方は是非。ライブ感ありまっせ―。

ここをクリック→ 第11回公判トゥギャッタ―

沿道の声援を受けて爆走中です。是非とも応援のほどよろしくお願いします。

ここをクリック→ #検察なう (270) 「陳情書のお願い」

ここをクリック→ #検察なう (271) 「陳情書一例」

ここをクリック→ #検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」

検察による控訴の期限は3/15 金曜日深夜です。

3/8/2013













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ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう 冤罪と戦う八田隆を支援する会





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2013/03/08 Fri. 05:45 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」 3/7/2013 

#検察なう (272) 「陳情書途中経過ハイライト」 3/7/2013

(強制捜査から1542日、無罪判決から6日)

来週月曜日午前中の締め切りまで今日が中日です。ここまで54通の陳情書が届いています。

その中からいくつかピックアップしてハイライトを掲載します。ご参考になさって下さい。

是非、一言でもよいので名前と住所に添えて、「陳情書」として

sienhatta@gmail.com

までご送付下さい。よろしくお願いします。

陳情書A ハイライト

「これ以上国民の血税をこの事件に注ぎ込むのは脱税に勝るとも劣らない大罪と考えます。」

陳情書B ハイライト

「今回、この真実は無罪ときまりました。検察の犯罪を憎む正義心は崇高であり国民等しく期待するところであります。しかし判断を間違えて個人の基本的人権を大きく侵害する不正義は検察が犯す犯罪ではないでしょうか。
真実の正義の達成のため、いまこそ御庁の大英断が待たれます。それが控訴断念の決定です。控訴断念の決定は刑事司法の一翼を担われる御庁が現下の国民の負託に応える重責であり検察の理念にかなうものであると思います。」

陳情書C ハイライト

「個人的には検察の方は最初の段階で彼の無罪を感じ取っていたであろうと思っています。それなのに、有能な証券会社社員として高額な税金を払ってきた八田さんを4年半仕事から遠ざけて納税させず、更に優秀な検察官・裁判官が膨大な時間と労力をかけて、これを調べ審議してきたのは、どれだけのエネルギーと税金の無駄遣いだったのだろうとため息がでます。それでもそれが日本の司法における真理と正義のために必要であったのならば、納得できます。今回無罪の判決を得られたことで、日本にも佐藤弘規さんという信頼できる裁判官がいらっしゃることを知って、本心から嬉しく安堵しました。日本の司法が正しく機能していることが証明されたのですから、これまでの労力と税金も無駄ではなかったと思っています。

どうか検察の皆様は今一度真実が何かをよく見て、佐藤弘規裁判官の判決の言葉の意味をよく考え、無意味な控訴で無実の者をこれ以上苦しませることがないように、強く強く望むものであります。」

陳情書D ハイライト

「先進国では類を見ない検察絶対優位の構造を改革し、真の民主的裁判を行うために、取調べの全面可視化、取調べ時の弁護士同席、収集証拠の全面開示、そして検察の上訴権の廃止を希望いたします。しかしその民主的裁判制度が実現するのを待つまでもなく、検察の方々には、間違いを認める勇気、引き返す勇気を持っていただきたい。そして裁判官の方々にも、今回、佐藤裁判長が言っておられた、「初心を忘れずに」判決を書く勇気を持っていただきたいと思います。そして二度と冤罪で人の人生が狂う事が無くなってほしいと思います。もう一度お願いします。これ以上八田さんを苦しめるような不毛な控訴はしないでください。控訴断念は、これこそ検察改革の第一歩となるはずです!もし控訴となったら検察改革はまた100年遅れることになるでしょう。」

陳情書E ハイライト

「日本はかつて、戦場や空襲で多くの人々が命を落としました。のちの世で言われることは「なぜ、間違っている闘いだとわかったときにやめなかったのか」「引き返せなかったのか」という幕僚への批判です。終戦の幕を引いた天皇を悪く言うものはおりません。それは天皇が絶対の教育を受けたからではなく、それが「英断」だったからです。聖書では「多く与えられたものは多く求められる」と教えられています。優秀な頭脳とさまざまな能力を神から与えられ、権限を付与されるお立場の検察官各位であればこそ、あえて、わたくしは、その与えられた能力を、「引き際の美しさ」にもお使いになることができる、と確信もし、お祈りもしています。」

陳情書F ハイライト

「控訴断念というはじめの一歩を歩みだすことで、国民の理解と承認を得てください。子供たちのために日本の司法をもう一度見直してください。日本人特有の正義 感と道徳感を正しく法に適用するのが本来の司法のあるべき姿なのではないでしょうか?

私たち国民は有罪率が高い司法を望んでいるのではなく、罰せられるべきものが法に照らされ、相応の償いをする、という安全な社会の基本理念を具現化した司法です。

国民を罰する権利を与えられた尊い仕事は組織単位の意向ではなく、個人の強い信念が集積することによって機能するということを再認識してください。良識ある行動を期待しております。」

陳情書G ハイライト

「検察の一連の不祥事を本件に結び付けての批判は、本陳情の中では致しません。しかしながら、最高検が自ら基本姿勢を定めた「検察の理念」や、伊藤鉄男元次長検事が辞職する際に語った「引き返す勇気」が今の検察が持つべき理念と規範であるとの認識をお持ちなら、本件の上訴を諦めていただきたい。そして、決して多くは無い検察の人材と時間を、真に糾弾すべき悪に対して費やしていただきたい。」

陳情書H ハイライト

「不良品発生率が0%の工場などありえないことはいうまでもありません。素朴な直感として、人々は組織的な隠ぺいの存在を疑うでしょう。今回、本件判決についての控訴を断念することにより不良品発生率は0.05%に上昇してしまいますが、この数字は直ちに検察の捜査・立証能力の低下を意味するものではありません。寧ろ、「検察は、極めて低い確率でエラーを生み出すもののエラーの発生は認め、是正することができる。決して無理筋を通して無から罪を作り出すことをしない、透明性のある組織である」ということを示す、価値のある数字となるでしょう。

「能力を持ったものには、それを正しく行使する責務がある」という言葉があります。当件においては、佐藤裁判長がまず能力を正しく行使されました。「次は検察組織に」と、期待せずにはいられません。どうか寛大な処置を八田氏に賜りますよう、伏してお願い申し上げます。」

陳情書I ハイライト

「 検察側にかかる諸費用は国庫から出ますが、被告人の裁判費用(弁護士費用を含む)は自腹です。結論が分かっている裁判に、これ以上、彼を拘束しないでほしい。」

陳情書J ハイライト

「この度の佐藤裁判長の言い渡しには、正に裁判官としてのdignityがあった、と感動しました。恐らく、そう感じた人たちは少なくないはずです。検察改革が叫ばれて暫くの時間が経ちました。国民の「どうせ検察は変わらない」と諦めている声も聞こえます。しかしながら、私はそうではないのでは、と思っています。

今まさに、日本の司法が変わろうとしているのではないか、過渡期ではないだろうか。検察もこれまでは、友人のような事件で無罪判決がたとえ出たとしても「必ず」控訴する、と思われていたけれど、いや、検察は「引き返す勇気」を持ち、振りかざした拳を下げる dignityを見せるのではないか、そう、私は期待しています。

一歩、これまでと違った方向に、正しい方向に、踏み出す。これを「改革」と呼ぶのではないでしょうか。私は、検察の改革、日本の正しい司法、を信じます。」

3/7/2013












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2013/03/07 Thu. 07:58 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (271) 「陳情書一例」 3/6/2013 

#検察なう (271) 「陳情書一例」 3/6/2013

(強制捜査から1541日、無罪判決から5日)

検察の自浄作用を促すべく、皆さんに検察上訴を踏み止まらせるよう陳情書をお願いしています.締め切りは来週月曜日ですが、この時点で続々と陳情書が集まっています。その中の一つを今日は紹介させてもらいます。

東京地方検察庁御中

陳情書

私は医師であります。病理医という仕事をしています。被告人が妻の同窓であることから、今回の事例を知りました。

私は今回の事例の詳しい内容は知りませんし、控訴すべきか・すべきでないかを判断する法的知識はありません。したがって検察は絶対に控訴すべきでないという論旨ではありません。しかし、無罪の判決に対し安易に控訴することには断固反対します。

その理由を「病理医と検察官との類似性」をもとに述べさせていただきます。

病理医は、内科や外科などの臨床医が患者様から採取した臓器の一部を顕微鏡で観察し、病名を診断しています。これを病理診断とよびます。例えば大腸内視鏡検査で大腸ポリープが見つかると、内視鏡担当医師はポリープから組織を採取し病理医へ提出します。これを生検といい、大概の場合、提出される組織検体は2~3mmの大きさです。このわずかな検体で良性か悪性、つまり「がん」か、を診断します。基本的に良性か悪性かの最終診断は病理診断が決め手となります。病理医が「がん」と病理診断した場合には手術によって臓器が切除されることがしばしばです。病理診断はほぼ最終診断となるので間違ってはいけません。絶対に「がん」と確信した場合にのみ「がん」と病理診断して臨床の先生に報告します。

しかし、残念ながら間違えは稀に起こります。「がん」にきわめて類似する「がん」でない病気があります。「がん」と確信をもって診断したのに、手術で取り出した臓器に「がん」が見つからない場合があります。このような場合には、病理医はまず生検の病理診断が正しかったか確認します。その際は、「自分の病理診断は100%確実であり間違っているはずがない」とか、「しまった、間違った、でも間違ったと認めては権威にかかわる」などという態度はいけません。もう一度生検された組織を観察し、「がん」でなかった可能性、つまり間違えてしまった可能性を再検討します。そして間違えであったなら、間違えた原因を検証し、再び同じような病気に出会ったときに間違えないように学習します。

病理医も検察官も人の人生を左右する重大な判断をしなければなりません。

検察官は被告人(=組織)を有罪(=「がん」)と確信したからこそ起訴し裁判(=手術)に持ち込んだのだと思います。病理医の病理診断と同様に、検察官が有罪の判断し起訴しても無罪ばかりであっては困ります。しかし病理診断と同様に、人間の仕業である以上、必ず間違えは起こるでしょう。1審といえどもその判決は重視すべきです。裁判で無罪(=手術で「がん」がなかった)なら、「傲慢な自己過信」や「保身」ではなく、もう一度冷静に間違えたことを前提にして検討してみる態度が大事ではないでしょうか。

裁判が勝敗のゲームになってはいけません。勝つことが大事ではなく、間違えないことが大事です。「疑わしきは罰せず」とはそういうことだと理解しています。病理診断の間違えで切除された臓器はもとにもどりません。同様に、検察官の間違えで失われた被告人の時間はもとにもどりません。類似する仕事をする病理医として検察官のつらい心情は十分理解できます。繰り返しますが、私は今回の事例の詳しい内容は知りませんし、控訴すべきか・すべきでないかを判断する法的知識はありません。しかし、無罪の判決に対し安易に控訴することには反対します。

被告人無罪の判決は検察側の「負け」ではありません。病理医の診断ミスと同様に起訴判断のミスととらえるべきだと思います。そして控訴可能であるかを検討するのではなく、つまり、どうすれば「勝てる」のかを検討するのではなく、「間違えたことを前提として」どこに間違えがあったかを充分に再検討すべきと考えます。「間違え」と「負け」を混同することなく、間違えは間違えと認識し、そのリスクを減そうとする姿勢が検察の信頼へとつながるのではないでしょうか。どうか慎重なご判断にてご英断くださるようお願いいたします。

平成25年3月5日

自己の経験に基づいたバランス感覚あふれた陳情書だと思いました。

公正な判断をした一審裁判体の尊厳を踏みにじるような行為を未然に防ぐべく、是非とも陳情書のご協力をお願いします。

3/6/2013







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2013/03/06 Wed. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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冤罪ファイル その8 「大崎事件」 

冤罪ファイル その8 「大崎事件」

原口アヤ子さん(85歳) 「やっちょらんもんは、やっちょらんですからなあ。」

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明日、3月6日に鹿児島地裁で再審請求審の決定がなされます。是非注目してほしいものです。大崎事件の冤罪被害者、原口アヤ子さんに対する再審請求審です。

この事件は冤罪としては、超ド級のとんでもなさです。

冤罪事件の典型的なパターンは、「物証が乏しいあるいは全くない+自白調書を取られている」というものです。これが冤罪事件の「王道」であり、いかに日本の刑事司法が自白偏重、調書至上主義であるかということを伺わせるものです。しかし、この大崎事件はその王道を外れるものです。

大崎事件での冤罪被害者原口アヤ子さんは、逮捕されてから今日に至るまでただの一度も犯行を認めたことはありません。逮捕直後の厳しい取調べ、服役中の刑務官からの「罪を認めれば仮釈放される」との誘いも拒否し、一貫して無実を訴え続けています。

物証はないに等しく、彼女の有罪の立証は、共犯者の証言のみによってなされているというものです。しかもその3人の共犯者とされる人たちはいずれも知的障害者。それだけでもとんでもないのに、既に死亡している1人を除く共犯者のうちの2人は、その後、証言を翻し、アヤ子さんが関与しているとする証言は嘘であったことを告げます。

<事件経緯>
1979年(昭和54年)10月15日、鹿児島県曽於郡大崎町で、中村邦夫さん(当時42歳)が自宅牛小屋の堆肥の中から死体となって発見されました。これが大崎事件の始まりです。邦夫さんは、3日前の夜泥酔して自宅から約1キロ離れた用水路の中に自転車とともに倒れているところを、通りがかった村人に引き上げられて家まで軽トラックで送り届けられた後、所在不明となり、捜索願が出されていました。

警察は、当初から近親者の犯行と見て捜査を開始し、10月18日、同一敷地内に住む長兄の中村善三さん(当時52歳。服役後93年病死)と次兄の中村喜作さん(当時50歳。服役後87年自殺)を逮捕。当初はこの「二人犯行説」に拠った調書が作られました。しかし、犯行当日とされる日は親戚の結婚式があり、二人とも酒に酔ってすぐに就寝したことから、邦夫さんが送り届けられたことに気付かないという不自然さがありました。

警察は、死亡した邦夫さんにとっては義理の姉に当たる、善三さんの妻であったアヤ子さん(当時52歳、中村姓、後に離婚し原口姓)を受取人とする郵便局の簡易保険が邦夫さんにかけられていたことを知ると、アヤ子さんを主犯とする「三人犯行説」に事件の構図を書き換えます。

警察のストーリーによる犯行の動機は、保険金目当てのほかに「酒癖の悪い義理の弟をやっかいに思った」というものでした(保険金に関しては、再三の勧誘にいやいや加入したことが分かり、後の検察の主張からは外されました)。

27日に喜作さんの息子の中村善則さん(当時25歳。服役後01年自殺)を死体遺棄を手伝ったとして逮捕し、新たなストーリーに沿った善三さん、喜作さん、善則さんの自白調書を取ります。アヤ子さんの指示で善三さん、喜作さんが絞殺し、善則さんと三人で死体遺棄をしたというものです。

そして30日にアヤ子さんを殺人と死体遺棄の容疑で逮捕しました。

この事件の不運なことは、死体遺棄のような状況があったために関係者全員が「殺人事件」だと思い込んでしまったことです。その予断は死体解剖した検死医にもありました。もし、検死医が予断を持たずに頸椎前面の皮下出血に注目して切開していたら、死因は絞殺ではなく事故死になっていたはずです(このことは再審請求審で解明されます)。

また、内部の人間の犯行と判断されたため、アヤ子さん、善三さん、喜作さん、善則さんは、それぞれが自分以外の人を犯人と疑うことになり、警察の構図に迎合する供述も生まれたのでした。

更に不幸なことは、共謀したとされる男三人は、知的障害があり、被暗示性が強く、脅しや強制に弱いという特徴がありました。警察はそれを最大限に利用して自白をさせたのです。

アヤ子さんは、懲役10年を服役し、刑期満了で出所後、再審を勝ち取るため闘っています。

<裁判経緯>
(80年3月) アヤ子さんに懲役10年、善三さんに懲役8年、喜作さんに懲役7年、善則さんに懲役1年の判決。アヤ子さんは即時控訴。そのほかの三人は控訴せず確定。→ (80年10月) 福岡高裁控訴棄却→ (81年1月) 最高裁判所上告棄却で確定→ 90年7月刑期満了まで仮出獄を拒否し服役→ (95年4月) 第一次再審請求→ (2002年3月) 再審開始決定、検察即時抗告→ (2004年12月) 福岡高裁宮崎支部が地裁決定を取り消し、再審請求を棄却→ (06年1月) 最高裁がアヤ子さんの特別抗告を棄却→ (2010年8月) 鹿児島地裁に第2次再審請求

<争点>
争点らしい争点はありません。それくらい物証に乏しい事件です。

再審開始決定となった際に提出された弁護側鑑定は、死因に関するものでした。死因はタオルによる絞殺というものでしたが、凶器であるところのタオルは発見されていません。そして鑑定は首に絞められた痕跡のないことを裏付け、「頸椎前面の著しい組織出血が、遺体に認められた所見の中で、死因を構成しうる唯一の損傷である」と判断されたのです。つまり、事故死であると。

懲役8年だった夫、善三さんは服役後、「警察の取り調べが厳しくて、『アヤ子がやったと言え』と言われたからうそをついてしまった」とアヤ子さんに告白します。

また同じく再審請求をした甥、善則さんは、再審請求時の尋問で「犯人と決めつけられて、仕方なく作り話をした」と、涙ながらに犯行を否定しました。

<論評>
再審請求をしてから7年後の2002年3月、鹿児島地裁は再審開始を決定しました。事件から23年目のことでした。

しかし、検察の即時抗告を受けた福岡高裁宮崎支部は2004年、鹿児島地裁の再審開始決定を破棄しました。1回の事実審理もしないで、事故死に関しては、推測に過ぎないと断定し、さらに「判決が確定して動かないものとなった事実関係を事後になって、それ自体としては証拠価値の乏しい新証拠を提出することにより安易に動揺させることになるのであり、確定判決の安定を損ない、ひいては三審制を事実上崩すことに連なるものである」としました。

再審を認めることが三審制を脅かすというのであれば、何のための再審制度なのか。再審制度を真っ向から否定するものです。

この事件の特徴の一つが、裁判所の責任が大きいことです。再審開始決定破棄もそうです。そして現在請求中の第二次再審請求でも、裁判所の責任が追及されるべき状況となっています。

弁護団は、鹿児島地裁に「是非検察側にこれまで明らかにされていない証拠の開示や命令をしてほしい」と再三にわたって要請しました。

検察側も証拠リストの存在を認めて「地裁の要請があれば開示に応じる」との姿勢を見せていました。ところが事件を担当する中牟田博章裁判長は、これらの要請に全く応じませんでした。

そして明日の決定を迎えます。

この2月27日の東京新聞朝刊に、大崎事件のことが取り上げられましたが、記者の論評は以下の通りです。

「中牟田裁判長は、富山地裁高岡支部時代、その後、再審無罪となる氷見事件の有罪判決に関与している。二度と冤罪事件をつくってはいけないという思いはないのか。とことん審理を尽くすことが、裁判所の義務だと思う。

良心の呵責。裁判官に市民感覚がまったくないとは思いたくない。」

今年1月、木谷明氏(元東京高裁部総括判事、30件を超す無罪判決を言い渡す、一審無罪直後のゴビンダさんの勾留を認めなかった)と佐藤博史氏(足利事件主任弁護人、最近ではPC遠隔操作事件でも弁護人を務める)という超ヘビー級のお二方が弁護団に加わったことでも注目されています。

木谷明弁護士「無罪で当然の事件なのに、きちんと調べないのはおかしい。」

佐藤博史弁護士「他の再審請求事件と比べ、裁判所が旧態依然すぎる。」

またこの事件の最新情報は、地元紙南日本新聞が追っています。地元の事件に強い地方紙のあるべき姿かと。

ここをクリック→ 南日本新聞「大崎事件」

明日の決定には注目します。

P.S.

私と大崎事件の関わりは、「桜井・杉山さんを守る会解散集会」に参加した際の二次会でお隣になった方が大崎事件の支援者でした。

ここをクリック→ #検察なう (142) 「『明るく楽しい布川事件』 桜井・杉山さんを守る会解散集会」

当時、私はこの事件に関しての知識を持ち合わせていませんでしたが、冤罪は多くの支援者がいるからこそ闘えるものだと理解しました。

3/5/2013


このブログ掲載後、2013年4月8日に放映された、NNNドキュメント'13 『あたいはやっちょらん!鹿児島大崎事件「再審格差」』です。

ここをクリック→ 、NNNドキュメント'13 『あたいはやちょらん!鹿児島大崎事件「再審格差」』


追記:
再審請求は棄却されました。

ここをクリック→ 大崎事件再審請求審判決文








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2013/03/05 Tue. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (270) 「陳情書のお願い」 3/4/2013 

#検察なう (270) 「陳情書のお願い」 3/4/2013

(強制捜査から1539日、無罪判決から3日)

私の事件は、参加型イベントです。そして、また皆さまのお力を拝借することになりました。

嘆願書、上申書に続く「陳情書」のお願いです。

真実を見極める意欲及び能力のある裁判体に巡り合い、皆さまのお力添えもあり、先日の無罪判決となりました。

しかし、これは依然確定判決ではなく、検察上訴の可能性が残されています。

裁判長の魂を揺さぶるあの説諭を真摯に受け止める誠実さが検察にあるのであれば、よもや控訴という暴挙はありえないとは思いますが、これまでの幾度とないターニングポイントで、自らの過ちを正す機会を全てなぎ倒してきた検察のことですから、油断はできません。

私個人は、「控訴も何するものぞ」という気概であり、延長戦でも腕の折れるまで投げる所存です。弁護団も、裁判官の被告人補充尋問の段階で一審無罪判決を確信したため、弁論での主張は85%に留め、15%は控訴審を見据えた新たな主張として温存しています(実のところ、70%を目指したのですが、やはり書き出すと気合が乗って85%の仕上がりになったようです)。

しかし、検察にも引く勇気を示す最後のチャンスを生かして欲しいという気持ちもあり、また何よりも、あの佐藤裁判長の説諭を踏みにじることは日本の司法に対する極めて忌々しい冒涜だという危機感から、検察上訴を避けるべく皆さまのご尽力をお願いするものです。

宛て先は、「東京地方検察庁御中」、タイトルは「陳情書」です。

文面は自由作文です。名前と住所を明記して下さい(日本人、日本在住である必要はありませんが、文面は日本語でお願いします)。署名と差別化すべく、少なくとも一文を添えて下さい。長くなる分にはどれだけでも構いません。検察へのあなたの思いを是非この機会にぶつけて下さい。いかにあの無罪判決の後の控訴が市民感情とずれているかを検察に分からせて下さい。

私のことを直接知っている必要はありません。但し、私とのご関係を(「ブログを読んで事件を知った」等)お書き添え下さい。

もし私の公判を傍聴された方は、是非その印象を書いて下さい。非常に貴重な情報です。

嘆願書は、事後に本人の承認を得てブログ掲載しました。上申書は、検察不同意を前提に、最初からブログ掲載を前提で書いてもらいました。今回の陳情書は名前を公開してのブログ掲載はありません。但し、本文のみの一部引用でのブログ掲載はあることをご了承下さい。

それを

sienhatta@gmail.com

宛てまでご送付下さい(ヘボン式の「shi」ではなく、日本式の「si」です。ご注意下さい。)

メール本文ベタ打ちでも、ワードファイル等添付のどちらでも構いません。

また郵送の場合には、

〒100-0011
東京都千代田区内幸町1-2-2
日比谷ダイビル6階
潮見坂綜合法律事務所
弁護士 小松正和


までご郵送下さい。

締め切りは一週間、来週3/11の月曜、日本時間の正午までにお願いします(郵送の場合は午前中必着)。

資料1 弁護人上申書 (3/1/2013 検察に提出)
陳情書の弁護士バージョンとお考え下さい。

ここをクリック→ 弁護人上申書

資料2 江川紹子氏ブログ 「初心を忘れず、初心に返ろう~この無罪判決が意味するもの」
是非、味読下さい。佐藤裁判長の説諭に関して言及しています。

ここをクリック→ 江川紹子氏ブログ 「初心を忘れず、初心に返ろう~この無罪判決が意味するもの」

資料3 #検察なう (267) 「刑事司法改革のためにすべきこと」
検察上訴について一石投じます。

ここをクリック→ #検察なう (267) 「刑事司法改革のためにすべきこと」

資料4 「検察の理念」
郵便不正事件後、検察の在り方検討会議を経て、彼らが標榜するものです。彼らの行動が、この理念に照らして正しいものか、是非検証下さい。

ここをクリック→ 「検察の理念」

本来、個別に頭を下げてお願いしなければいけないところですが、私はSNSは世界を変えると思っています。その力を信じて、ブログに掲載し、ツイッター、フェイスブックで拡散しお願いするものです。是非とも、皆で力を合わせ、日本の刑事司法に正義を実現しようではありませんか。ご尽力お願いします。

3/4/2013











法廷画が冊子化されました。正(第2回公判~第7回公判、400円)、続(第8回公判~第11回公判無罪判決、500円)の2冊です。代金(実費)は、無償で法廷画を描いてくれた漫画家にカンパされます。ご希望の方は「#検察なう フェイスブック・コミュニティ」のメッセージでご連絡下さい(送料9冊まで80円、10冊以上160円)。

#検察なう


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2013/03/04 Mon. 07:07 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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#検察なう (269) 「第十一回公判報告 ~ 無罪判決」 3/2/2013 

#検察なう (269) 「第十一回公判報告 ~ 無罪判決」 3/2/2013

(強制捜査から1537日、無罪判決から1日)

近頃、巷に流行るもの。佐藤裁判長説諭とiPad「びろ~ん」。

iPad アプリ


まずはこれまで支援して下さった方々へ感謝の意を表します。特に、嘆願書・上申書を書いて下さった方々、ツイートを毎回のようにリツイートして拡散して下さった方々、フェイスブックの支援する会に参加された方々の勇気・冤罪を許すまじという気概には非常に大きな力を得たものです。ありがとうございました。

とにかくフェイスブック、ツイッター、携帯メール、パソコンメールのメッセージを一通り拝見させて頂くだけでも一苦労するほど反響の大きさに感動しております(個別の返事が到底追いつかず、申し訳ありません)。

ただ確定前でもあり(2週間の猶予をもって検察は控訴の判断)、0.1%の可能性が20%になったというところでしょうか。それでも200倍ですから、大したもんです。

昨日来の報道に関し、付け加えます。

まず「なぜ無実の者がこれほど苦労しなければならないのか」というコメントに関して。

なんか、これだけだと「苦労したんだよ、バーロー!」のように聞こえてしまわないかと感じますが、真意は、無実の者が無罪を得るために負わされている立証責任が大きすぎるという率直な感想です。

これほどシンプルな事案で、これほど馬鹿げた無理筋の事案でも、こんなに苦労して、数々の幸運や支持者の方々の多大な支援がなければ無罪が得られない刑事司法ってどうよ?ってことです。

冤罪が自分の身に降りかかって、初めて分かったことの一つが、「有罪方向のバイアスがかかった捜査権力が、これだけ力を持ってる日本では、目に見えた冤罪なんて氷山の一角じゃん。」ということでした。

それが無罪判決を聞いた時に、過去・現在の冤罪被害者に思いをはせて手放しでは喜べなかったものです。

もう一つ、「国税局・検察は過ちを認めるべきだ」とのコメントに関して。

私は、彼らに謝ってほしいなどとはこれっぽっちも思っていません。

当日のエピソードを一つ。

私が昨日東京地裁に入り、一階から第718号法廷のある七階に上るエレベーターで一緒になったのが、強制捜査から最後の国税局査察部取調べまで行った査察官でした。

3年半前、取調べが長期化する中で(実際には、それからもっと時間がかかるのですが)、「なぜこれほどまでに時間がかかっているのですか」と問い詰めたところ、「上司が納得してくれないのです」と答えた例の査察官です。

私が先に気付いて「XXさん、ご無沙汰してます。」と声を掛けたところ、彼は側にいた同僚の手前もあったのか、実に気まずそうに挨拶を返してくれましたが、こちらとしては「気に掛けてくれてたんだな。」との思いでした。

判決も、彼が上司に説得して受け入れられなかった内容に沿うものであり、彼としては「やっぱり、言った通りじゃん。」ということなのだと思います。もし彼が組織の論理に折れることなく正義を全うしていたならば、この3年半の私と国家の労力は大幅に削減できたものです。

組織の論理を正すのか、構成員個人個人の意識を高めるのか、どちらが刑事司法改革により有効なのか答えを持ち合わせていませんが、正しくあるためには必ず起こる過ちを自ら正す努力を怠ってほしくないと思うものです。

佐藤裁判長の説諭については、「傍聴された方々、本当に素晴らしい歴史的瞬間に立ち会うことができましたね。」というのが私の思うところです。

まずそれに関してのプロの見解。いつも応援して下さっている江川紹子氏のブログです。

ここをクリック→ 江川紹子氏ブログ「初心を忘れず、初心に返ろう~この無罪判決が意味するもの」

そして、こっちはとーしろーの見解。私の高校友人で、法廷画を書いてくれている漫画家のフェイスブック・コメントです。

「八田君の判決の前日、幾つかの法廷を傍聴しました。その結果として思ったのですが、法廷という場所は、当たり前のことを、当たり前に主張するために、多大なエネルギーを必要とするようです。

佐藤弘規裁判長のように、市民感情としては「当たり前」に感じられることを言った場合、どうしてそれがことさら感動的に感じられるのでしょうか。

それは、むしろ日本の法廷に(というと大げさでしょうかね)血の通った感情というか「人間味」というものが足りないせいなのではないでしょうか。

佐藤裁判長のような裁判官が沢山いて欲しいと思います。

そして、裁判所に行ったなら、佐藤裁判長のような裁判官が、いつでもどこでも普通に見かけられるような、日本の司法であって欲しいと思います。」

同じくこの説諭を知った友人何人もから「感動した!」「日本の司法を見直した」とのコメントが相次いでいます。

「いつか佐藤弘規という名前を、最高裁判所裁判官の国民審査で見かけたら、投票用紙に「ありがとう」と書こう。」とのコメントも。

全く空疎な論拠で起訴を押し切ろうとした検察は、裁判官の「阿吽の呼吸」を期待したものだと思いますが、そんなものはないんだという裁判官の強いメッセージを今後どう受け止めるのか。注目です。

添付ファイルは、昨日、弁護団が検察に提出した上申書です。

ここをクリック→ 上申書(3/1/2013付)

重ねて、これまでのご支援ありがとうございました。冤罪との戦いは、もしこの局地戦が終わっても、決して終結するものではありません。是非、ご理解頂ければと思います。

3/2/2013












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2013/03/02 Sat. 10:55 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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