「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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冤罪ファイル その10 「和歌山毒物カレー事件」 

冤罪ファイル その10 「和歌山毒物カレー事件」

私のテレビを持たない生活は15年以上になります。日本の新聞も会社勤めをしていた時からほとんど読みません。ですから、この和歌山毒物カレー事件の報道も全く目にすることがありませんでした。

当時の報道を知らない私が、今、この事件を振り返ってみると、なぜ林眞須美氏が殺人犯とされるのか理解に苦しみます。しかし、それは多分、後講釈的な理解であり、もし当時、犯人と決めつけたメディアの報道の渦中にいると、事件に対して違った印象を持ったのだろうと想像します。また限定された事実を元に憶測をすることがどれだけ危険かということも改めて感じました。

この事件では、物証がほとんどありません。唯一と言っていい物証が、カレー鍋に入れられたヒ素と、現場に捨てられていた紙コップに付着したヒ素の異同識別です。

まず、この3分の動画をご覧下さい。そしてこの証言の中の紙コップの色にご注意下さい。

ここをクリック→ 和歌山毒物カレー事件 犯行に使われた紙コップ

検察はこの動画の証言者を一旦は証人請求しますが、後に撤回し、裁判では証人となっていません。ちなみに「このあと午後1時まで眞須美容疑者ひとりだけ」というのは、彼女と一緒にいたという林眞須美氏の二女の証言とは異なっています。但し、これは公判では身内の証言として退けられています。

この写真は、犯行に使われた紙コップです。事件直後、現場から回収されたものの写真です。

blue.png


そしてこちらは現在、検察が保管している証拠品の写真です。

yellow.png


犯行時と思われる時刻、事件直後の証拠品収集時、そして現在と、紙コップの色が、ピンク→ブルー→クリームと変わっていることが分かります。この事件は現在、再審請求中です。この紙コップの色(特にブルーとクリームの差異)は、再審開始の判断に、非常に重要な証拠の一つとなると思われます。

紙コップがピンクであったというのは目撃者証言ですから、かなりしっかり記憶しているように話しているものの、勘違いということもあるでしょう。問題は事件直後に収集された証拠と現在証拠として保管されている紙コップの色が違うことです。なぜこういうことが起こりえるのか。その可能性を説明する、今月初めの報道をご覧下さい。

ここをクリック→ 『元科捜研主任、データ捏造認める 和歌山地裁』

和歌山県警科捜研主任研究員が、証拠の偽造を継続的に行っていたという驚くべき事実です。和歌山毒物カレー事件との関連に関し、解説が加えられた次の記事もご覧下さい。

ここをクリック→ 『和歌山県警科捜研主任研究員が書類捏造 毒物カレー事件捜査に波及する可能性ないのか』

この科捜研主任研究員は、別の事件の鑑定データを流用したり、鑑定書に所長の公印を勝手に押したりする手口で鑑定結果を偽造していました。和歌山県警はこの研究員を逮捕せず、書類送検で捜査を終結させました。勿論、全ての被疑者を逮捕すべきだとは全く思いませんが、事実上、多くの被疑者が逮捕される運営の中で、身内に甘いと非難された一件です。和歌山県警はこれらの鑑定書について「内部の説明資料」「鑑定自体には問題なし」としましたが、そうした偽造鑑定書で有罪になった人の正しい取調べを受ける権利が著しく損なわれていることを無視しています。そして和歌山県警は次のような発表をしました。

「研究員は、1998年に和歌山市で発生した毒物カレー事件の鑑定にも関わっていたが、調査の結果、同事件に関する不正はなかった」

証拠隠滅・有印公文書偽造・同行使の公訴時効は7年ですから、和歌山毒物カレー事件でもし証拠の偽造があったとしても、それは時効となっています。わざわざ公訴時効となっている事件を詳しく捜査していない可能性は少なくないと見られます。隠蔽体質の警察が、もし不正があったとしても、それを発表するとも到底思えません。

実際に和歌山毒物カレー事件のヒ素の異同識別鑑定を手掛けたのは、和歌山県警科捜研ではなく、警視庁科学警察研究所(科警研)や大学教授です。しかし、この科捜研主任研究員は、和歌山毒物カレー事件でも、現場収集の後管理を委ねられ、鑑定のための搬送をするといった物証に触れる機会は幾度となくあったものです。

コップの色が違うということは、証拠がすり替えられていると考える方が自然だと思われます。唯一の物証で、このような証拠のすり替えがあったという事実があれば、裁判は根底から覆されることになります。

<事件経緯>
1998年7月25日、和歌山市内の中心部から車でしばらく走った園部地区で行われた夏祭りで、カレーを食べた67人が腹痛や吐き気などを訴えて病院に搬送され、4人(64歳男性、54歳男性、16歳女性、10歳男児)が死亡した。

当初保健所は食中毒によるものと判断したが、和歌山県警は吐瀉物を検査し、青酸の反応が出たことから青酸中毒によるものと判断。しかし、症状が青酸中毒と合致しないという指摘を受け、警察庁の科学警察研究所が改めて調査して亜ヒ酸の混入が判明した。

事件を模倣したと思われる毒物混入事件がしばらく相次ぐなど、社会的に大きな影響を与えた事件である。

<裁判経緯>
99年5月の初公判以来、2002年6月5日に検察官が論告・求刑を行うまで公判は92回を重ねました。この一審で注目を集めたのは、林眞須美被告人が黙秘をしたことです。

和歌山地裁は、被告人質問で、延々2時間にわたり検察官が被告人に質問することを許しています。

被告人質問に関する刑事訴訟法の条文は、「被告人が任意に供述をする場合には、裁判長は、何時でも必要とする事項につき被告人の供述を求めることができる」(第311条)と定めています。つまり、被告人の供述する意思表示が先行します。あきらかに黙秘権を行使するという訴訟行為を行っている被告人に対して、なお供述を求めることは、この条文に反するものです。黙秘する被告人に、検察官が次々と質問を浴びせて「黙して語らず、、、」という被告人質問調書を作成すること自体が、黙秘=有罪自認という偏見を助長する手続なのではないでしょうか。これは憲法38条第1項が禁止する不利益供述の「強要」状態に他ならないと思われます。

憲法38条第1項「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」

2002年12月一審死刑判決
高裁では黙秘を撤回し、無実を訴える
2005年6月公訴棄却
2009年5月上告棄却で死刑確定
現在、再審請求中

<争点>
検察の主張は以下の4点です。
1. ヒ素を入れることができたのは林眞須美氏だけ
2. 見張りのときの動きが不自然 
3. 亜ヒ酸が合致
4. ヒ素を使って人を殺害しようとした前歴がある

ここでは、まず3.の凶器となった亜ヒ酸鑑定についての問題点を論じます。

ヒ素は化学記号Asですが、毒物とされた亜ヒ酸は俗称で、正確には「三酸化二ヒ素(O3As2)」のことです(亜ヒ酸はAs(OH)3で違う物質です)。ここでは俗称を取って、亜ヒ酸とします。

現場に残された紙コップから検出されたヒ素と、林眞須美氏自宅及び以前に住んでいた住居から押収されたプラスチック容器から検出されたヒ素(林眞須美氏の夫健治氏はかつて白アリ駆除業を営んでいたことから駆除のための毒物としてヒ素を所有していました)との異同識別鑑定が行われました。ヒ素は一つの元素であり、同じであることは当然ですから、鑑定では、混合不純物を計測します。そして、同じ製造過程で作られた同一製品であるかを検証します。科捜研、科警研では鑑定ができず、鑑定を依頼されたのが東京理科大の中井泉教授でした。ここで登場するのが「SPring-8」と呼ばれる最新鑑定装置です。これは装置自体が後楽園球場ほどの大きさで、世界に3台しかないという代物です。

SPring-8.jpg


まず最初に、こうした「最新技術」を持って有罪立証させることに、裁判官は慎重になるべきです。税金を湯水のように使う捜査権力と異なり、資力に劣る個人は圧倒的に不利であり、またこうした最新技術を用い得ない被告人の防御権を著しく侵害するからです。もしその最新技術の鑑定が間違っていた場合(実際にこの事件ではその可能性が非常に高いものですが)、弁護側は全く抗弁の手段を講じ得ないという点が問題です。

1998年12月の中井鑑定では、4つの不純物の重元素(ビスマスBi、モリブデンMo、スズSn、アンチモンSb)の存在の一致が確認され、紙コップとプラスチック容器の亜ヒ酸は同一であると結論づけられました。

しかし、これに異を唱えたのが、京大大学院の河井潤教授です。弁護団に依頼され、そのSPring-8の検出データを検証し直したところ、それらの重元素の分量の違いから、同一とは言えないという検証結果を2012年3月に発表しました。これは新たな鑑定をしたわけではなく、同じデータを検証したものです。

これに対し、中井教授は「科学論文を出したわけではない。普遍性では不十分かもしれないが、鑑定書としては十分」と反論します。また「当時の鑑定は短期間(2週間)でチャレンジングなものであった」とも述べています。

「きれいに鑑定できたという自信があり、検察側も満足していた。河合氏の理論は学術的。鑑定書と学術論文は違う。河合氏の指摘はズレている」とは中井教授の言葉ですが、科学のレベルでは不正確だが、裁判のレベルではそれで十分という論理が全く失当であることは明らかです。

そして2013年3月『X線分析の進歩・第44号』において、河井教授は更に同じデータを再検証し、軽元素の存在、非存在から、カレー鍋のヒ素は、林眞須美氏宅から押収されたヒ素とは別のものであったとする論文を発表しました。

『和歌山カレーヒ素事件鑑定資料の軽元素組成の解析』
ここをクリック→ 『X線分析の進歩 44』

これは即ち、凶器が検察の主張しているものとは実際には異なっていたということです。

次に検察主張の2点目、「見張りのときの動きが不自然」に関してですが、これは林眞須美氏がカレー鍋の見張りをしていた時に、カレー鍋を開けて見ていたとするものです。カレー鍋の見張りをしていて、なぜふた(アルミホイル+つぶした段ボール)を開けることが不自然なのかはよく分かりませんが、注目すべき点は、開けていた鍋はヒ素が入っていない方の鍋(カレー鍋は2つあり、片方にのみヒ素が混入されていた)であり、またその時に着ていた着衣が白であったと証言していることです。

特に後者については検察主張の1点目と関係してくる点です。先に、裁判所は身内の証言として「一緒にいた」という二女の証言を退けていますが、当日の林眞須美氏の着衣は黒であり、二女の着衣は白であったと弁護側は主張しています。

<論評>
林眞須美氏の夫健治氏は、保険金詐欺で実刑判決を言い渡されています。懲役6年でしたが、未決参入が500日も認められました(裁判官の裁量で未決勾留日数を刑期に算入することを「未決算入」といいますが、全部ではなく一部のみ算入されます)。その判決を聞いた時に、健治氏は「私はその瞬間びっくりしました。何と軽い量刑だと、私個人ではそう思いました」(『創』2000年12月号)と感じたそうです。

林眞須美氏に対しては死刑を求刑し、夫健治氏には本人ですら「何と軽い求刑だ」と感じたところに、この事件を解く鍵があります。

彼らが保険金詐欺の共犯関係にあり、保険金詐欺のプロであったことは紛れもない事実です。彼らが保険金詐欺で得た金額は6億5000万円に達します。その詐欺の手口の一つがヒ素中毒の偽装です。

つまり保険金を取るために、死なない程度に健治氏自らヒ素を飲んだという事実に対し、検察のストーリーは、林眞須美氏は健治氏を殺そうとしたけれども殺しきれなかった殺人未遂事件だというものです。

一審で林眞須美氏は、毒物カレー事件以外に四件の殺人未遂事件で起訴されています。そしてその四件の殺人未遂事件の立証のために、殺害を図ろうとしたのではないかとした類似事実を二十二件も挙げています。

弁護団の弁論を引用します。
「二十二件は、いずれも睡眠薬やヒ素を使って殺害しようとしたものであるとしているが、一度も殺害に至らなかったのはなぜか。殺害という極めて意図的、攻撃的な行為に何十回もの失敗が考えられるだろうか。まして、殺害の手段方法は単純かつ同一なのに、失敗を繰り返すことは通常ではあり得ず、その犯行が、その度に殺意を持って実行され、失敗を続けたなどとは常識的には考えられない。偶然にしては多過ぎる未遂ではないか。

こうした奇異な事態は、検察官が何が何でも被告人の「悪性格」や「非行」をカレー事件の前提として立証したいという点に原因がある。類を見ない多数の殺人未遂事件、それも無理に作り出された事件というのは、検察官の捜査、立証構造上の問題であり、その主張は根底から誤っている。さらに、各殺人未遂罪の不成立は、カレー事件の事実認定(とくに動機、実行行為)に大きな影響を及ぼす。検察官の立証構造の全体的な崩壊である。」

この事件で非常に重要なことは、林眞須美氏にとって動機が存在しないということです。彼女にとって、町民を殺害することは一円のメリットもありません。それどころか、ヒ素を使って保険金詐欺をしている者としては、自宅から2-30Mしか離れていない現場で、ヒ素を使った殺人事件が起これば、真っ先にその同じヒ素を使った保険金の受取が疑問視され、詐欺が発覚することを危惧するのではないでしょうか。つまり、ヒ素を使った保険金詐欺の事実こそが、林眞須美氏がヒ素を使って無差別殺人をすることを説明することが非常に困難な事実だと言えます。

検察もそれは意識していたようで、無理矢理動機を作り上げます。検察の主張は「激高説」です。

夏祭りのため午前中からのカレーの準備に林眞須美氏は参加していませんでした。その準備が終わった頃に表れた眞須美氏に対し、ほかの主婦たちが「なぜ今頃来たのか」という態度を取ったとされます。それに憤った眞須美氏が一旦家に帰り、ヒ素を持って引き返し、カレーに入れたというのが検察のストーリーです。

検察論告を引用します。
「カーポート内にいた主婦らの被告人に対するこれら一連の対応は、日ごろから近隣の迷惑を顧みず、当日も調理の手伝いを怠けた被告人に対する当然のものであり、通常なら、被告人の方で反省し、主婦らに謝罪してしかるべきであるが、元来、わがままで身勝手な上、怒りっぽい性格の被告人は、主婦らを見て反省するどころか激高し、意趣返しに、夏祭りでカレーライスを食べる人を無差別に殺害して主婦らが準備した夏祭りをめちゃくちゃにしてやろうと考え、本件犯行を決意し、自治会役員が帰宅して被告人がカーポート内で一人になった時間帯を見計らって本件犯行に及んだものと認められる。」

カレーを準備することに参加しなかったことをなじられたわけでもなく、ただ「冷たくあしらわれたと思い込む」ことが、大量殺人を企てる動機というのはあまりにも荒唐無稽です。それを緩和するため、検察は論告では二つの論点を加えています。それが「亜ヒ酸使用に対する規範意識の鈍麻」と「マージャン仲間の生命保険金等の取得も考えていた」というものです。

さらに論告を引用します。
「被告人は、長期間にわたって亜ヒ酸の使用を繰り返し実行したことにより、亜ヒ酸を人に使用することに対し、完全に慣れきり、何らの抵抗感や罪悪感を感じない異常な性癖ないし人格を形成していったものと認められる」
「被告人方にいた者が夏祭りで提供されたカレーライスを食べて急性ヒ素中毒にり患する被害に遭えば、被告人がその犯人であるとの疑いが掛かる可能性も低くなるという状況にあったといえる」(実際には、毎週土曜恒例のマージャンは直前にキャンセルされ、林夫妻はカラオケに行っています)

前者は、一般常識に照らしてもこじつけ以外の何物でもなく、後者は、鍋の一つにしかヒ素を入れられていなかったことから失当です。

この「激高説」は裁判官には採用されず、判決には取り入れられていません。そして、驚くべきことに、判決は動機不明のままとなっています。そして動機が不明であることを言い訳するように、裁判官は、確たる殺意があったわけではなく、「死亡する人が出るかもしれないが、それならそれで構わない」という未必の故意を認定して死刑判決を言い渡しています。

最高裁判決までその「動機不明」は維持されています。

最高裁判決全文
ここをクリック→ 和歌山毒物カレー事件 最高裁判決文

素人には、この薄っぺらな判決にも驚きですが、「なお」書きの「カレー毒物混入事件の犯行動機が解明されていないことは、被告人が同事件の犯人であるとの認定を左右するものではない」を読んで、これで死刑にされたらたまらんと思うのは普通の感覚ではないでしょうか。

ヒ素を入れた現場を目撃した者はいない、指紋もない、動機は分からないままという状況下で判決が下され、細いくもの糸の物証も完全に断ち切られたというのが現状です。これでも再審請求が簡単には認められないというのが、日本の刑事司法の現状です。

そもそも、殺人犯が、犯行に使ったコップを現場に捨てるという感覚に違和感を覚えるだけのバランス感覚を捜査権力、司法は持つべきです。つまり、これは「殺人を狙ったものではないのではないか」ということです。

ヒントは、「当初保健所は食中毒によるものと判断した」というところにあります。これはヒ素に知識のない者が食中毒を偽装したいたずらだと考えられます。

なぜ「ヒ素に知識のない者」だと言えるのか。簡単です。ヒ素の致死量は大人の体重で0.1~0.3g、耳かき一杯に満たない量です。カレー鍋には150gものヒ素が混入されていました。つまり犯人は、猛毒のヒ素とは知らず、せいぜい腹痛を起こさせるくらいの軽い気持ちでやったのではないでしょうか。

勿論、林眞須美氏は、耳かき一杯のヒ素を健治氏が飲用して、病院に担ぎ込まれたのを目の当たりにしていますから、ヒ素の猛毒性は十分理解しています。

もしこれが食中毒偽装事件であれば、罪状は傷害致死罪であり、公訴時効は10年、つまり2008年7月で時効が完成しています。

参考資料: 
マル激トーク・オン・ディマンド第628回『やはり和歌山カレー事件は冤罪だったのか』(4/27/2013収録)
ここをクリック→ 『やはり和歌山カレー事件は冤罪だったのか』 ゲスト安田好弘弁護士

冤罪File 第5号(2009年3月号)『和歌山毒カレー事件の重大局面』篠田博之













ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

ここをクリック→ 被告人最終陳述

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―





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2013/05/30 Thu. 08:47 [edit]   TB: 0 | CM: 7

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#検察なう (299) 「PC遠隔操作事件における捜査及びメディア報道の問題点」 5/27/2013 

#検察なう (299) 「PC遠隔操作事件における捜査及びメディア報道の問題点」 5/27/2013

(強制捜査から1623日、検察控訴から76日)

「デジタル・ディバイド」という言葉はもう一般的になっているでしょうか。アル・ゴアが米副大統領時代に使ったのが最初と言われていますので、随分以前から使われている言葉です。日本語では「情報格差」と訳されますが、その意味するところは、パソコン及びIT技術、特にインターネットが利用できるかどうかによって生じる格差を指します。そして往々にしてそれは経済的格差につながるというコンテクストで使われるものです。

刑事事件の報道の問題を考えるときにいつも浮かぶ言葉がこの言葉です。そしてPC遠隔操作事件ほど、新聞・テレビといった既存メディアに情報を頼り、無批判にその情報に判断を依存している人と、それ以外の媒体、特にインターネットで情報を得て、自分で考えている人との間で、リアルタイムに理解度の差が出ている事件はかつてなかったのではないでしょうか。そういう意味で、PC遠隔操作事件は、実に現代的な側面をもった事件だと思います。

この事件における捜査やメディア報道の問題点を考える際に重要なことは、「もし片山被告人が無実だったら」という仮定は、全く問題の本質を見誤らせることになります。彼が無実であろうがなかろうが、例え有罪であったとしても、同等に捜査、メディア報道は間違っていると言えるものです。

まず弁護団の佐藤博史弁護士による記者会見の模様の動画(4分)をご覧下さい。

ここをクリック→ PC遠隔操作事件弁護団記者会見 「メディア批判をする佐藤博史弁護士」

メディア報道が、捜査権力のリーク情報のみを報じることの危険性は論を待たないと思います。注意深く記事を読むと、捜査権力側の情報のみで書かれたものと、両方の主張を扱っているものとがあります。しかし、捜査の問題点を指摘している記事はほとんどないに等しいものです。そこには、弓を引くメディアは出入り禁止にする捜査権力と、特オチに怯える記者クラブの関係に問題があるように思えます。

取材される側のセキュリティーの問題や、公権力に対して個人ではどうしても対抗できないためスクラムを組む必要があるという記者クラブのメリットは無視できません。例えば誘拐事件で、情報の漏洩が重大な問題を生じるような場合に、無秩序な取材及び情報の発信が許されないのは至極当然だと思います。しかし、有罪ありきの報道で犯人像がつくられていくことの危険性や、過去の捜査権力の過ちを糾弾するどころか、情報操作に協力するようでは、やはり情報カルテルの弊害は少なくないのではないでしょうか(注1)。

そして、ここで指摘することは、「冤罪の可能性がある」という問題意識とは全く別の次元の話だということです。PC遠隔操作事件の検察の取り調べは明らかにルール違反であり、それを明示的に指摘している既存メディアの報道がないことが問題です。

その検察のルール違反に関して説明します。

PC遠隔操作事件の審理は、公判前整理手続が取られています。公判前整理手続に関しては以前にもブログで書いていますのでご覧下さい。

ここをクリック→ #検察なう (88) 「証拠開示と公判前整理手続」

公判前整理手続においては、検察がまず証明予定事実を明らかにし、証拠を開示しなければなりません。これは刑事訴訟法第316条の13(一部)
「検察官は、事件が公判前整理手続に付されたときは、その証明予定事実を記載した書面を、裁判所に提出し、及び被告人又は弁護人に送付しなければならない」
「検察官は、前項の証明予定事実を証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならない」
及び、刑事訴訟規則第217の19条(一部)
「検察官は、証明予定事実を記載するについては、事件の争点及び証拠の整理に必要な事項を具体的かつ簡潔に明示しなければならない」
と定められています。

PC遠隔操作事件では、トロイ・プログラムを人のPCに送りこみ、そのPCを遠隔操作して襲撃や殺害の犯罪予告を行った一連の事件が起こっています。その一連の事件において、トロイ・プログラムを犯人が送った日時は特定されていて、その日時に片山被告人は、会社に出勤しており、会社の自分のパソコンの前にいた蓋然性が高いものです。つまり、片山被告人が有罪であることを立証するには、トロイ・プログラムがその特定のPCから送り出されたことを立証しなければならないと言えます。

ところが、検察の証明予定事実では、「東京都内または周辺の、インターネットに接続したパソコン」としてしか特定していないため、これは明らかに刑事訴訟規則の「具体的」という要件に違反しています。

これでは、アリバイの立証が極端に困難になり、被告人の防御権を著しく侵害していると弁護人が怒るのも至極もっともなことです。

これが公判前整理手続ではなく、普通の公判であれば「適時提出主義」といって、自分が立証したいことを相手の出方を見ながら、そろそろと後出しすることは許されているのですが、公判前整理手続では、それは完全なルール違反です。

それは検察も裁判官も法律の専門家ですから、共に分かっています。状況としては、レスラーがパンツの中から栓抜きを出して、相手レスラーを殴っても、レフリーが「いや、見てなかった」と言っている状況に等しいものです。そして血だらけになって「反則だろ!」と抗議しても、レフリーは「困ったなあ」という顔でそれをやり過ごそうとしているものです。反則レスラーを反則負けとするようなこと、PC遠隔操作事件で言えば公訴棄却といったことは絶対に起こらないでしょう。

これがプロレスなら、レフリーや反則レスラーに対して、観客の大きなブーイングが起こって心理的な圧力になりますが、PC遠隔操作事件では、その反則を新聞、テレビが報道しないため、ブーイングが起こらないという構図になっています。

また、PC遠隔操作事件では、6台のパソコンを遠隔操作し(そのうち4人の所有者を逮捕、うち2人が自白、そして1人が有罪=保護観察)、確認されているだけで13件の一連の犯行予告がされています。この複数の事件に関し、容疑者の逮捕、再逮捕、起訴、追起訴を繰り返しているのは、明らかな恫喝です。人質司法を世に喧伝し、「警察・検察に刃向うとこういうことになるんだ」という恐怖の種を蒔いているものです。こうした明らかな人権侵害も、裁判官は無策で放置し、メディアも淡々と事実を報道しているだけです。新聞・テレビは単なる通信社ではない、ジャーナリストであるべきだというのが国民の期待だと思います。

我々、国民も、単に無実なのか有罪なのかという視点で考えるのではなく、捜査・取調べが適正な手続きで行われているのかを監視するだけのリテラシーを持たなければ、批判する権利はないのかもしれません。

そうした啓蒙をするジャーナリストもいる例として、身を挺して(文字通り、点滴を受けながら)取材していた、江川紹子氏のこの件に関する寄稿を添付します。

ここをクリック→ 江川紹子「第1回公判前整理手続きで、弁護人の怒り炸裂」
(注2)

ご関心のある方は、公判前整理手続後の記者会見の模様のほかの部分もご覧下さい(20分)。

ここをクリック→ PC遠隔操作事件弁護団記者会見 「検察批判をする佐藤博史弁護士」

(注1)
捜査権力の犯罪的捜査の隠蔽を狙った情報操作の典型的な例として東電OL殺人事件があります。
ここをクリック→ #検察なう (294) 「犯人血液型当てクイズ」

検察リークに関してはこちらをお読み下さい。
ここをクリック→ #検察なう (219) 「『風を吹かせる』=検察リークの実情」

(注2)
私個人としては、この佐藤博史弁護士の員面調書の黒塗りに対する批判には納得していません。本人調書の一部を証拠調請求せずに黒塗りするというのは、あまりにも目立ち過ぎる行動だからです。

弁護側が証拠開示の命令を申立てれば、ほぼ問題なく認められると思います。それを敢えて黒塗りにするのは、もし私が検事であれば、むしろ目立たせるためピンクのハイライトの代わりに黒く塗ったということを考えます。

但し、私にはなぜそれを目立たせる必要があるのか、そこまで検察の意図は読めません。しかし言えるのは、それが本来片山被告人がC#でプログラムが書けないのに「C#で書ける」という内容であっても、可視化されていない以上「彼が言ったそのままを録取した」と言えばいいだけのことです(弁護側が調書の作文を主張するためには、可視化が必要だという好例です)。また「C#で書けない」という内容であっても、それをほかの証拠で崩せばいいだけのことで、員面調書にそう書かれているからというだけで、それが真実だという主張は残念ながら通用しないと思います。

そもそも「C#でプログラムが書けない」というのは弁護側にとっては決定的な証拠ですが、「C#でプログラムが書ける」ということが、片山被告人が犯人である証明にはなり得ないことは検察も重々理解しているはずです。検察を買いかぶり過ぎなのかもしれませんが、私にとっては実に不気味な行動です。

また証拠の目的外使用については、私もツイッタ―及びブログに関して散々検察に勧告されたことです。私の場合は、「片腹痛い」とまでは言わなかったものの、「それなら告発すればいい、恫喝には屈しない」として継続しました。

検察が私を恫喝したことは、素直にツイッタ―、ブログをやめさせようとしたためだと思いますが、佐藤弁護士のようなベテランを恫喝したところで、釈迦に説法であり、彼のキャラクターから彼がそのようなものに動じるはずはないということは承知のことだと思います。当然、佐藤弁護士は、記者会見で検察のそうした不当な主張を披露しますが、メディアはそれを広く報じることはないと検察は踏んでいます。この恫喝の直接的な相手は、佐藤弁護士ではなく、そのほかの世の中の弁護士に対してなのではないかと思います。やはり懲戒を申し立てられれば、それが弁護士会で認められなかったとしても、聴聞など相当気が重いはずです。メディアに露出するような弁護士は絶対許さんからな、と世の弁護士への牽制を計算しているのではないか、というのも私の買いかぶり過ぎでしょうか。

5/27/2013















法廷画が冊子化されました。正(第2回公判~第7回公判、400円)、続(第8回公判~第11回公判無罪判決、500円)の2冊です。ご希望の方は sienhatta@gmail.com までご連絡下さい(送料9冊まで80円、10冊以上160円)。

#検察なう


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

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category: 刑事事件一般

2013/05/27 Mon. 06:05 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『オブリビオン』 ジョセフ・コシンスキー監督 

フィルム・レビュー 『オブリビオン』 ジョセフ・コシンスキー監督

オブリビオン

映画『オブリビオン』鑑賞。観終わった直後に、息子が「つまんねえー!どうしようかと思ったよ」だそうだ。ここまで息子と評価が分かれるのも珍しい。私は十分に楽しめた。

この映画はプロット命なので、ネタばれを避けるべくストーリーの欠陥は敢えて指摘しない。息子曰く「近未来設定ってのに、砂漠に岩ゴロゴロ、自由の女神がぶっ壊れてるってのはどうにかなんないの。何にも新しくないじゃん。アクションも弱いし」だそうだ。なるほどそうか。この作品には新しさはない。クラシカルなSFの雰囲気がたっぷりだ。その回顧主義が合うかどうかがこの作品の評価の分かれ目。

ちなみに彼に言わせると、新しい感覚とは『第9地区』(原題"District9")であり、『ミッション:8ミニッツ』(原題"Source Code")であり、『TIME/タイム』(原題"In Time")なんだそうだ。まあね。『猿の惑星』や『スター・ウォーズ』や『2001年宇宙の旅』はダメか。

確かに地下にもぐったレジスタンスの意匠はあまりに安っぽいし、モーガン・フリーマンも無様なキャラクター演じさせられてるし、ドローン(無人航空機)のデザインも妙に緊張感ないし、「え、そんなんでやっつけることができるわけ?」というラストシーンもばかげてる。

それでも、ステレオタイプと言われようが、建築物のデザインとか、ディテールがキューブリックぽくて好きなんだなあ。あと、ヒロインじゃない方(ヴィクトリア役)の女優アンドレア・ライズボローの抑えた色気がいい感じ。

DVDで観たら多分つまらないと思うので、興味のある方は是非劇場に。

ここをクリック→ 『オブリビオン』予告編

(Facebook 5/21/2013より転載)












ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会ダイジェスト版」(動画)


ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

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category: フィルム・レビュー

2013/05/26 Sun. 10:40 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (298) 「佐藤真言氏インタビュー「私は刑務所に入ることなどしていない!」ダイジェスト」 5/23/2013 

#検察なう (298) 「佐藤真言氏インタビュー「私は刑務所に入ることなどしていない!」ダイジェスト」 5/23/2013

(強制捜査から1619日、検察控訴から72日)

私のブログを読んで下さっている方の多くは、佐藤真言さんの名前はご存知かと思います。先日、彼のロング・インタビューがライブ配信されました。また、その録画が、Youtubeに格納されています。合計2時間半の長尺ですので、お時間のない方のためにダイジェスト版としてビデオを編集し、重要と思われるところをハイライトします。

佐藤さんは一審、控訴審ともに有罪判決を言い渡された後、「死刑弁護人」安田好弘弁護人を中心に弁護団を刷新して上告中です。現在進行形の事案であり、最後の大詰めを迎えています。

やはり本人の口から語られるものは、文章で読むものより格段に多くのものを伝えると思われます。動画をご覧になって、文章では伺えない彼の人柄などを感じて頂ければと思います(本をお読みでない方はビデオ①②を、既にお読みの方は②③を是非ご覧下さい)。

まずその前に、郷原信郎氏のコメントを引用します。これは『四〇〇万企業が哭いている 検察が会社を踏み潰した日』が上梓された際、著者の石塚健司氏と彼が「検察捜査の刃が普通の市民に向けられるとき」と題した公開対談をした時に郷原氏が述べた言葉です。

「世の中には法令に違反することであっても、実質的にみると社会の要請にはそれほど反していないことがたくさんある。違法かどうかの判断は、必ずしも社会的評価と一致しない部分がたくさんある。違法な行為の中で、重大なもの、悪質なものが刑事罰の対象となるべきであって、刑事罰として処罰すべきかどうかの判断は、法令違反として問題とするかどうかの判断を含んでおり、だからこそ検察の判断は重要である」

検察の訴追裁量権に関して言及したもので、法令に違反しているかだけではなく、悪質であるのか、社会的要請に合っていないのかを判断した上で起訴をすべきだとするものです。元特捜検事であり、検察の在り方検討会議委員でもあった郷原氏の言葉は、非常に重いものです。

佐藤さんのインタビューに移ります。

ビデオ①は、事件の経緯に関して彼自身による説明です。

彼の関わる事案と相似形の事案がまずあり(みずほ銀行不正融資事件)、その構図に佐藤さんがはめ込まれたことを説明しています。そして、その「経営コンサルタント―税理士―中小企業社長」というトライアングルの中でも、「経営コンサルタントが悪である」という検察の見立てによる佐藤真言首謀説が、検察のストーリーです。

金額が上場企業の粉飾決算と比較すると桁が2つも3つも違い、ほぼ既成事実化している中小企業の粉飾決算の悪質性を際立たせるため、更に検察が利用したストーリーが「震災保障制度を悪用した」というものでした。

それは、当時の検事総長であった笠間治雄氏の「震災(を悪用した事案)だけは徹底的にやれ」との指示に従ったとされます。しかし、笠間元検事総長の真意は、返還する義務のない補助金が対象であり、石塚氏の取材に、笠間元検事総長は「悪意のない、震災保障付融資までやれと言ったわけではない」と答えたという内情も暴露されています。

また、トライアングルの一角、中小企業社長朝倉亨氏が高裁に提出した陳述書の一節も紹介されています。引用します。

「取調べの内容は、「佐藤さんが積極的にエス・オーインクの粉飾を指南したんだろ。保障付融資の話は佐藤さんが持ちかけたのだろ」という内容に終始しておりました。私が何度も事実をお話ししても、担当検事は違うだろと言い放ち、長時間に亘って何度も同じ話をしたり、急に話をすり替えたり、論理的ではない話をしたりして、自分たちの思い描いているストーリーに沿う方向の供述を強要されました。この時、検事が机を叩いたり、私に経営者としての資格がないと罵声を浴びせたり、それは耐えがたい取り調べ状況でした」

朝倉さんは、上告棄却で既に実刑が確定しています。私もお会いしましたが、実直な気持ちのいい方です。なんのための刑罰だと考えさせられます。

ここをクリック→ 佐藤真言氏インタビュー・ビデオ① (約14分)

次に添付したビデオは、この事案の核心部分です。是非ご覧になり一緒にお考え下さい。

返済しないつもりで粉飾決算をして借入をするわけではなく、銀行は過去においてこうした事案で刑事事件として被害届を出したケースはないと佐藤さんは説明します(通常は民事の貸金返還請求。本事案の被害届は、検察に促されて提出)。

検察の主張は、「確実に返済する当てがない借入は詐欺」というものですが、これは過去の判例にはない事実認定です。そして、佐藤さんの弁護団の主張は、返済できる蓋然性が高ければ、「確実に返済する当て」が必ずしもなくても詐欺行為とは認められないとするものです。どちらの方が社会通念に則しているでしょうか。

そしてこうした検察の主張する事実認定が判例となれば、多くの真摯に活動している税理士、コンサルタント、中小企業社長を委縮させることになるとも指摘しています。

ここをクリック→ 佐藤真言氏インタビュー・ビデオ② (約5分)

先に引用した郷原氏の言葉は、検察の在り方について言及したものですが、裁判官はそれを理解しても、なかなかその通り判ずることが難しいと思われます。法令を厳格に適用しようとすればするほど、「社会的要請」からは離れていくというジレンマが生じます。しかし、彼らは判例主義であるがゆえ、過去に類似事案で判じたものがあれば、ハードルは一気に低くなります。安田弁護士を中心とする新弁護団のとる戦略は、とにかく過去の判例及び文献に当たるというもので、それは有効だと思われます。

ここで添付する最後のビデオに、その新弁護団の成果が表れています。過去の判例や、法曹関係者の寄稿を引用していますが、その中の一つ(昭47.6.17東京地裁判例)を引用します。

「客観的に財政的、営業的に行き詰まり、容易に倒産に至る可能性があり、金員の返還の約束が実現できないという惧れもかなり大きかったこと、そのことについて被告人も十分に認識し、破産するなどしてこれが不能となる惧れあることを知っていたこと、ただ被告人らとしてはそのような違約の結果の発生を自ら意図していたのではなく、契約の履行の意思があり、事業継続のために努力を積み重ねていたことなどの事実が認定できると帰するところ、被告人には確定的犯意があったということはできない」

ここをクリック→ 佐藤真言氏インタビュー・ビデオ③ (約6分)

この事件は、地検特捜部という強大な権力の刃が、巨悪どころか、全く悪意のない一般市民に向けられたもので、その実情は、検察によって作られた犯罪というにふさわしいものです。単に杓子定規に法令を適用した結果、返済能力のあった会社を倒産させ、貸し手の銀行に実損を与えたものです。また、それが厳格には法令違反だとしても、裁判官の実刑判決は、著しい量刑不当であり、人権侵害を招いています。罰は常に罪に対して適正に科されるべきであることは論を待たないと思われます。

『四〇〇万企業が哭いている 検察が会社を踏み潰した日』や佐藤さんの書かれた『粉飾 特捜に狙われた元銀行員の告白』未読の方にはお勧めしたいと思います。

ここをクリック→ Amazon 『四〇〇万企業が哭いている 検察が会社を踏み潰した日』

ここをクリック→ Amazon 『粉飾 特捜に狙われた元銀行員の告白』

是非、この事件のことを知り、刑事司法の問題を認識して頂ければと思います。

5/23/2013









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category: 佐藤真言氏 『粉飾』

2013/05/23 Thu. 07:40 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (297) 「『それでもボクはやってない』再々々…観賞」 5/20/2013 

#検察なう (297) 「映画『それでもボクはやってない』再々々…観賞」 5/20/2013

(強制捜査から1616日、検察控訴から69日)

先日のブログで木谷明元裁判官のロング・インタビューを紹介したため、もう一度DVDで、周防正行監督の『それでもボクはやってない』を観てみました。多分、5回目か6回目の観賞です。周防監督は、木谷明氏の著書『刑事裁判の心』をこの映画を作る際の参考にしていたものです。

映画の中に、司法修習生が大森裁判官に「無罪を言い渡した事件で、本当はやってるかもしれないって悩んだことはありますか」と問いかける1シーンがありますが、このシーンの基となった話を『刑事裁判の心』から拾ってみます。

ある若い判事補からのご質問を紹介したいと思います。この判事補の質問は、次のようなものでした。それは、「木谷さんが無罪を言い渡された事件で、本当は被告人がやっているかもしれないと思ったことはどれほどありますか。また、やっているかもしれないと思えた場合に、一人の人間としてどのように気持ちの整理をつけていったのですか」というものでした。
これはまことに素朴な疑問ですが、考えようによっては、実体的真実主義と適正手続の狭間で揺れ動く刑事裁判官の悩みを的確に指摘しているのではないかと思います。しかしながら、私は、このような問題について、それほど深く悩んだことがありません。私は、刑事裁判の事実認定は、あくまで、検察官が合理的な疑いを容れない程度の証拠を提出したかどうかを判定する作業だと割り切って考えていましたし、今でもそう考えています。ですから、私は、証拠は薄いが本当は被告人が真犯人ではないのかというような次元の問題で裁判官が悩む必要はないし、またそのようなことで裁判官が頭を悩ましてはいけないのだと割り切っております。そういう問題について裁判官が余り頭を使い過ぎますと、証拠の不足を推測や想像で補って有罪の認定をしたくなると思います。そして、そのような作業からは、ときに無辜を処罰する結果が生ずることになるのではないでしょうか。私は、この判事補に対しては、おおよそ以上のような返事をして質問に対する回答といたしました。
(木谷明『刑事裁判の心』第一章 事実認定の適正化)

映画でも同様に答えさせた後、大森裁判官に次のように語らせています。
「(刑事裁判の)最大の使命は、無実の人を罰してはならない、ということです」

この「十人の真犯人を逃がすとも一人の無辜を罰することなかれ」という推定無罪原則がこの映画のテーマです。

映画の主人公は、痴漢冤罪の被害者徹平(加瀬亮)、そしてそれを弁護するのは元裁判官の弁護士荒川(役所広司)です。この荒川のセリフには、周防監督の刑事司法に関するメッセージの多くが込められています。

「痴漢冤罪事件には、日本の刑事裁判の問題点がはっきりと表れてるんだ」

「否認してるといつまでも勾留して自白を迫る。こういうのを人質司法っていうんです。そんな卑劣なやり方に屈したらダメだ」

「僕たちが相手にしているのは、国家権力なんですよ。そんなんでいちいち落ち込んでたら、刑事弁護なんてできやしない。裁判官が無罪に臆病なのは、今に始まったことじゃないんだ」

「裁判官はね、常時二百件以上の事件を受け持ってる。そのほとんどが罪を認めている事件で、明らかな有罪ばかりだ。それを考えれば、確かに悪い奴を裁く場所かもしれない。ただ、その中で被告人の声を真摯に聞くことは容易じゃない。加えて、短期間に多くの事件を裁かないと勤務評定にかかわる。まあ、忙しすぎるんだな。裁判官の能力は処理件数で計られるから、早く終わらせることばかり考える」

「理屈の上では、検察側立証の弱点を指摘するだけでいいんだけど、現実の裁判はそう甘くない。こちらから積極的に無罪を立証できないと負ける」

「裁判官はね、被告人にだけは騙されまいと思ってる。恥だからね。頭の良さに自信のある人間ほど、目の前にいる人の言葉が、万が一嘘だったらどうしよう、それに乗せられたら恥だ、という心理が働くもんなんだ」

「裁判官に悪意があるとは思わない。毎日毎日嘘つきに会い、人の物を盗んではいけません、人を傷つけてはいけません、時には人気歌手の歌を引用して説教もする。その繰り返しだ。怖いのは、99.9パーセントの有罪率が、裁判の結果ではなく、前提になってしまうことなんです」

また、傍聴マニアの一人は、実は過去に冤罪の被害にあったという設定ですが、彼にも意味深いセリフを言わせています。

「無罪を出すというのは警察と検察を否定することです。つまり、国家にたてつくことですよ。そしたら出世はできません。所詮、裁判所も官僚組織ですから。組織の中で評価されたいというのが人情でしょ。被告人を喜ばしたって、何の得にもなりゃしない。有罪ばかり書いてりゃ出世するってわけでもないらしいけど、とにかく、無罪判決を書くには、大変な勇気と能力がいるんです」

この映画で、特筆すべきは俳優加瀬亮の演技です。特に、彼の最終陳述のシーンで、思わずこみ上げるのは演出ではなく、感情のおもむくままの涙の演技だったと言われています(加瀬亮は、台本通りの泣かない演技の撮り直しを頼んだが、周防監督はそのまま映画に使った)。

有罪判決を受けての徹平のセリフは、周防監督オリジナルのアイデアのようです。実に鋭い視点のこの言葉に、彼のセンスが表れています。

「僕は、心のどこかで、裁判官なら分かってくれると信じていた。どれだけ裁判が厳しいものだと言い聞かせても、本当にやってないのだから、有罪になるはずがない。そう思っていた。真実は神のみぞ知る、と言った裁判官がいるそうだが、それは違う。少なくとも僕は、自分が犯人ではないという真実を知っている。ならば、この裁判で、本当に裁くことができる人間は僕しかいない。少なくとも僕は、裁判官を裁くことができる。あなたは間違いを犯した。僕は絶対に無実なのだから」

そして映画は、徹平の次の言葉で締めくくられます。

「僕は初めて理解した。裁判は真実を明らかにする場所ではない。裁判は、被告人が有罪であるか、無罪であるかを集められた証拠で、取り敢えず判断する場所にすぎないのだ。そしてボクは取り敢えず有罪になった。それが裁判所の判断だ。それでも....ボクはやってない」

もしまだご覧になっていない方には、是非お勧めしたいと思います。刑事司法の現実を垣間見ることができると思います。

ここをクリック→ 映画『それでもボクはやってない』予告編
















法廷画が冊子化されました。正(第2回公判~第7回公判、400円)、続(第8回公判~第11回公判無罪判決、500円)の2冊です。ご希望の方は sienhatta@gmail.com までご連絡下さい(送料9冊まで80円、10冊以上160円)。

#検察なう


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category: 刑事事件一般

2013/05/20 Mon. 06:44 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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ブック・レビュー 『名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の半世紀 』 東海テレビ取材班著 

ブック・レビュー 『名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の半世紀』 東海テレビ取材班著

名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の半世紀

今年2月に上梓された名張毒ぶどう酒事件関連最新本。著者が東海テレビ取材班であることから分かるように、この作品は、映画『約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯』製作のための取材をもとに書かれている。非常に詳細な記述から、映画『約束』が十分かつ綿密な取材をふまえて製作されていることがよく分かる。

私は、殺人事件のような様態の犯罪においては、動機が非常に重要だと考える。無差別殺人を含めて、大罪に踏み切らせる何らかの契機が必ずある。名張毒ぶどう酒事件において、一番不合理だと思われることは、検察の主張する動機だと思う。「わずか25戸しかない山村で、幼い2人の子供を抱えながら、三角関係を清算するために妻と愛人を同時に殺害する」ということが、なぜ動機としてありえると考えられるのか不思議でならない。しかもその妻は、夫と愛人との関係を知り悩みながらも、深刻な確執には至っていない。奥西氏には、その三角関係を清算する必要は全くなかったのである。

この作品には事件に関する事実の詳細な記述が多く書かれている。例えばその一つとして、奥西氏が事件の数日前にコンドームを購入したことが書かれている。検察は、殺害は計画的なもので事件の10日程前から準備をしていたと主張するが、殺害の準備をしながら、コンドームを購入するというのは、奥西氏を犯人とすると説明が不可能な事実である(この事実は一審無罪の心証形成に寄与したようである)。

また、この事件では、ぶどう酒を町会長宅に届けた時間が非常に重要な鍵を握っている。町会長宅から公民館へぶどう酒を届けたのは奥西氏であるため、農薬を入れる機会があったのが、奥西氏だけであったかどうかは、町会長宅にぶどう酒が放置されていた時間が3時間なのかあるいはわずかの時間であったのかで大きく変ってくるからである。

一審の無罪判決で裁判官が認定したように、警察・検察の誘導により村人の証言が全て翻ることで、この空白の3時間は消えてしまう。この作品の中での、空白の3時間に関する検証は、実に克明・細密で説得力がある。

そうした事件の検証のほかに、特別面会人(死刑囚には弁護士と家族以外の面会は通常認められない)の川村富左吉氏の面会ノートと、母タツノの奥西氏に宛てた手紙に、多くの紙面を割いている。奥西氏と関係者の生々しい姿がそこに描かれている。

そしてこの作品が訴え、我々が考えなければいけないことは、今まさに起こっていることである。過去の出来事の記録ではない。奥西氏は今も獄中にいる。今年87歳。わずか数日前に彼の危篤が伝えられた。彼の時間は限られている。もし彼を獄死させるようなことがあれば、司法は、自らの過ちを正す機会を永遠に失ってしまう。公権力に権限を与えているのは我々国民であり、司法の問題を看過することは同罪に等しい。是非とも、この事件を知り、考え、声を上げてほしい。

FREE OKUNISHI!

ここをクリック→ブクレコ 「名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の半世紀 」

















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ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―





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2013/05/19 Sun. 04:44 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (296) 「再審制度の問題点再考」 5/16/2013 

#検察なう (296) 「再審制度の問題点再考」 5/16/2013

(強制捜査から1612日、検察控訴から65日)

私がこれまで「冤罪ファイル」で紹介した3つの事件があります。

名張毒ぶどう酒事件
ここをクリック→ 冤罪ファイル 「名張毒ぶどう酒事件」

大崎事件
ここをクリック→ 冤罪ファイル 「大崎事件」

福井女子中学生殺人事件
ここをクリック→ 冤罪ファイル 「福井女子中学生殺人事件」

この3つの事件に関しては、いずれも再審開始決定が取り消されたことが共通しています。

名張毒ぶどう酒事件 
2005年2月高裁再審開始決定(小出錞一裁判長)
2006年12月高裁再審開始決定取消(門野博裁判長)
弁護側特別抗告→最高裁差戻し
2012年5月高裁再審開始決定取消(下山保男裁判長)

大崎事件      
2002年3月地裁再審開始決定(笹野明義裁判長)
2004年12月高裁再審開始決定取消(岡村稔裁判長)
2013年3月地裁再審請求棄却(中牟田博章裁判長)      

福井女子中学生殺人事件 
2011年11月高裁再審開始決定(伊藤新一郎裁判長)
2013年3月高裁再審開始取消(志田洋裁判長)

再審とは三審(地裁、高裁、最高裁)によって確定した判決をもう一度審理することです。その審理は、原裁決を審理することから、確定判決を出した裁判所でなされます。例えば、上の例で言えば、大崎事件は地裁の有罪判決が確定判決ですから、再審は地裁レベルで行われます。それに対し福井女子中学生殺人事件は、一審無罪の後、高裁で逆転有罪判決が言い渡されているため、再審は高裁レベルで行われます。

刑事裁判における有罪率が99.9%(2012年は99.98%)であることはもう皆さんご存知かと思います。無罪を得ることのハードルが異常に高いのが日本の刑事司法です。

ましてや、再審ともなると、「ラクダを針の穴に通す程難しい」(原典は新約聖書マタイ19章の言い回しです)とまで言われます。例えば1949年に起こった弘前大学教授夫人殺人事件(一審無罪、控訴審で逆転有罪、上告棄却で懲役15年確定)では、1971年になって真犯人が名乗り出て、自分が犯人だと言っているのにもかかわらず、再審が認められなかったということもあります(第二次再審請求が認められ再審開始後、無罪判決、真犯人は公訴時効成立で起訴されず)。

ここに再審の一つの問題点があります。再審請求の手続きが肥大化し、再審が形骸化した結果、再審が実際に開始すると、それは無罪確定と同じ意味を持っているとされています。つまり、審理が行われることがとてつもなく困難で、審理が始まる時点では既に結論が出ているというものです。

また先に挙げた3つの事件に関して言えば、もう一つの更に大きな問題があります。

「一事不再理」という刑事訴訟法の概念があります。これは刑事裁判において、確定した判決がある場合には、その事件について再度審理することは許されないという原則です。欧米では、この原則に基づいて、検察上訴は認められていません。捜査上、圧倒的に有利な国家権力に対して、個人の人権を守るため、一度でも無罪判決がでれば、「疑わしきは被告人の利益に」という推定無罪原則を遵守しているからです。

私の息子はカナダの高校に通っていますが、「法律」の授業があります。彼に、私の無罪判決に対して検察が控訴したことを伝えると「えっ。Double Jeopardyって考え、日本にはないの」と聞かれたので、「ないよ」と答えたところ「ふーん、後進国なんだね、日本って」とばっさり斬られてしまいました。

通常の控訴審、上告審ですら、検察上訴を許すべきでないと思われるのに、再審開始決定に対し、異議申立や抗告が許されているというのは、重大な人権侵害以外の何物でもありません。審理をさせないというのは、基本的人権を棄損する行為です。憲法第32条を引用します。
「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」

原判決に合理的な疑いが生じる「十分な可能性」があれば、再審を開始して、公開の場において実質的な審理をすべきです。再審開始決定に対する検察の異議申立・抗告は、法律で禁止することを明文化しなければならないと思います。

また、再審の手続が非常に肥大化していることに関しては、やはり裁判官の間でのしがらみや政治的配慮といったもろもろの要因が絡んでいると思います。最高裁まで行って確定した判決に対し、「それは違う」ということに対し、法秩序維持とか、裁判所の権威保護とか、ただ単に先輩裁判官の顔に泥を塗りたくないとかといったことが影響することは容易に想像できます。

人権保護のために、再審に関しては、裁判所ではなく、第三者検証機関が審理をすべきだと考えます。実際にイギリスでは再審のための特別員会が設置されています。

その契機となったのが、1974年イギリス・バーミンガムのパブで起こった「バーミンガム・パブ爆破事件」です。同日に2軒のパブで起こった爆破事件では、21人が死亡、重傷者も180人を越えました。当時IRA(アイルランド共和国軍)による爆破事件が相次いでいたため、アイルランド人6人が逮捕。その6人は容疑を否認、IRAも「6人は組織とは無関係」という声明を出しながらも、彼ら容疑者は16年もの間投獄されることとなりました。1991年に無罪判決が確定し、彼ら「バーミンガム6」は釈放されることとなりました。この冤罪事件は社会的に大きな議論を巻き起こします。それをきっかけに再審審査委員会が設置され、以降、再審の審理はその特別委員会でなされています。

日本でも、足利事件、布川事件、東電OL殺人事件と再審無罪判決が続きながら(しかもいずれの事件でもバーミンガム6どころではない超ド級の冤罪被害者を生み出しています)、再審に関する議論が起こらず、今なおもって奥西勝さん、原口アヤ子さん、前川彰司さんといった冤罪被害者を救済できないというのは大きな社会問題だと思います。是非、皆さんにも考えて頂ければと思います。

5/16/2013













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category: 再審

2013/05/16 Thu. 07:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (295) 「裁判官の実態 ~ 木谷明氏インタビュー「裁判所はなぜ決断できないのか」」 5/13/2013 

#検察なう (295) 「裁判官の実態 ~ 木谷明氏インタビュー「裁判所はなぜ決断できないのか」」 5/13/2013

(強制捜査から1609日、検察控訴から62日)

いかに検察が暴走しても、裁判官がきちんとした事実認定をして公正な判断をすれば正義は維持できるように思えます。そして国民の大半は「裁判所は公明正大である」と盲信して、疑いもしていないようです。それでは、なぜ素人目にも明らかな誤判と写る裁判が下されるのか。なかなか裁判官の実態を探ることは難しいところでした。

ここで紹介する15分の動画は、4/26/2013収録の「なぜ裁判官は決断できないのか」と題した木谷明氏のインタビュー(インタビュアー神保哲生氏)の一部です。

これをご覧頂けると、裁判官の実態を垣間見ることができると思います。

ここをクリック→ 木谷明氏インタビュー 「裁判所はなぜ決断できないのか」

レジメとして印象的な言葉をピックアップしました。

「強大な国家権力を相手に裁判所が裁判をしようと思うと、それ自体圧力を感じる」

「(被告人に有利な流れとなった場合)警察と検察が総力を挙げて反論してくる。裁判所がそれを抑えるのは大変なこと。そして無罪判決を出すのはかなりの決断力が必要。その決断力がない裁判官が結構いる」

「被告人の言うことは嘘だ、検事の言うことは大体正しいと頑迷に信じ込んでいる裁判官も結構な割合でいる。私は、迷信型と呼んでいるんですけど。起訴された以上は有罪だと思い込んじゃう裁判官ですね」

「優柔不断で右顧左眄型の裁判官が半分以上います。熟慮断行型の裁判官が1割。残りは頑迷、迷信型で、何を言ってもダメ(=有罪)」

「優柔不断、右顧左眄型の裁判官にいかに正しい判決をしてもらうかが勝負なんですね。ただこの人たちは決断力がないですから、おかしいなと思いながらも、最後は検事の肩を持ってしまうということになりやすいんです」

「検事控訴がありますよね。控訴されると割と簡単にひっくり返されるんですよ、高裁で。そういう経験をしていると、自分は無罪だと思ったけれど破れたので、今度もまた失敗したくないという気持ちが働き易い。破れないような判決を書けばいいんですけど、そのためには大変な労力がいる。技術と能力が必要です。心あるけれど、技術と能力がない人が書いた無罪判決は簡単に破れる。だから難しいんですよ無罪判決というのは。やるんだったら高裁で破られないような判決を書かなきゃいけないんですよ。だけども、それは大変なんですね。普通の事件を処理するよりも何倍も時間と労力がかかるから、だんだんそうなるとやりたがらなくなるという傾向が出てきますね」

「(1割の熟慮断行型の裁判官は)裁判所ムラのなかでは、煙たがられますね。そんなややこしいことを言わなくてもいいじゃないかという雰囲気は感じられますね」

是非ご覧ください。

木谷明(きたにあきら)プロフィール
1937年神奈川県生まれ。弁護士。61年東京大学法学部卒業。63年判事補任官。東京地裁判事補、名古屋地裁判事、最高裁調査官、東京高裁判事部総括などを歴任。2000年退官後、霞ヶ関公証役場公証人、法政大学法科大学院教授を経て、12年より現職。著書に『刑事裁判の心』、『事実認定の適正化』、『刑事事実認定の理想と現実』など。

なお「最高裁調査官」というのは、あまりなじみがないかもしれません。こういう仕事です。

最高裁は極めて多数の上告事件を扱うが、最高裁の裁判官は15名のみであるため、裁判官だけで全て審理することは不可能である。刑事訴訟法では、上告要件を「憲法違反」や「法律解釈」などに限定する「法律審」とすることで制限し、民事訴訟法では、上告受理の申立て制度を採用することで、最高裁に係属する訴訟数を抑えている。しかし、上告要件を満たさないために実質的審理を行う必要がない案件も多数存在する。そこで、最高裁は裁判所調査官制度を活用し、判事の身分を有する裁判官を最高裁調査官に任命して、裁判官の審理の補佐を行わせている。調査官の職務は、上告された裁判記録を読み、「大法廷回付」、「小法廷での評議」、「棄却相当」、「破棄相当」と事案に分類し、担当の最高裁判所裁判官に答申を行うことである。調査官は、裁判官の人的資源を補う機能を発揮しており、上告要件を充たさない案件をスクリーニングして速やかに棄却することで、最高裁で審理する必要性が高い事件への労力を確保する効果も求められている。(Wikipediaより)

木谷明氏は、判事として30件以上の無罪を言い渡しいずれも確定したとか、東電OL殺人事件で一審無罪となったゴビンダさんに対する検察の勾留請求を認めなかったとか、数々の伝説があります。最近では、大崎事件やPC遠隔操作事件の弁護にも加わっています。

法政大学法科大学院教授の最終講義には、400人以上の人が集まったそうです。その講義内容は「強すぎる検察(「検察官司法」)と裁判員制度」と題して、季刊『刑事弁護』No.71とNo.72に掲載されています。その最終講義の模様が、トゥギャッターされていましたのでご紹介します。

ここをクリック→ 木谷明氏 法科大学院最終講義トゥギャッター

最後のツイートの島田元長官とは第16代最高裁長官島田仁郎氏です。この最終講義を聞きに来られていたものです。

質疑応答で、

「木谷先生のお話された通り、検察官が強すぎる司法であることは大きな問題だと思います。ただ、検察官が強すぎるということは、その検察官の主張に迎合してきた裁判所の問題も大きいように思います。裁判所は、今まで真摯に反省したことはあるのでしょうか。課題に向き合う仕組みはあるのでしょうか」

との質問に対し、木谷氏が

「これは、なかなか面白い質問ですね。今日はこの会場に、沢山の元最高裁判事や長官がいらしています。私などが答えるより、良いお答えができることでしょう。島田元長官、私の代わりにお答えいただけませんか、突然ですみませんね」

と無茶振りしたものです。

5/13/2013













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2013/05/13 Mon. 02:56 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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ブック・レビュー 『夢を売る男』 百田尚樹著 

ブック・レビュー 『夢を売る男』 百田尚樹著

夢を売る男

『海賊とよばれた男』が好評を博している百田尚樹の作。但し、私にとってはこれが初百田体験だった。

モチーフとされているのが共同出版(作者はこれを「ジョイント・プレス」方式と呼んでいる)の内実。共同出版とは、著者と出版社が経費を折半して本を出版する形態を指す。出版業界の不況と、個人の自己顕示欲の高まりから生み出された新しいビジネスと言えよう。これがどれだけポピュラーかというと、私もセールスを受けたことがあり、私の高校生の息子もセールスを受けたことがあることからも分かる(彼は、ある出版社の詩のコンテストに応募したことがきっかけだった模様。ちなみに私は丁重にお断りし、舞い上がる息子には「ゲームを買うお金がなくなってもいいならいいよ」と言ったら諦めた)。

私は個人的には共同出版がいけないとは全く思わない。本を出したいと思う人がいても全然不思議ではないと思う。ではなぜ自費出版ではいけないのか、という問いに対する答えも明らか。プロの書き手でなければ、編集がその素材のよさを引き出す技術であり、そのほか書店への配本のノウハウ等、個人では全くない付加価値を共同出版では得られることができるからである。そうしたサービスには当然対価が生じ、「近くの印刷所で聞いたら、本の出版のコストは~くらいなのに、共同出版の値段が法外に高い」という指摘も(この作品にも同様のクレームを言う登場人物が描かれている)、全く当を得ていない。但し、それは出版社の質にもよるだろうし、悪質な業者もいても不思議はない。

そうした出版業界の内幕を披露しながらも、私には、大量消費されるプロの仕事に対する作者の批判の方が印象的だった。

「ノンフィクションや学術書なら売れなくても出す意味はあるかもしれん。しかし売れない小説なんて、出す意味がどこにある。それがエンタメなら存在価値はゼロだ。文化的に価値が高い?価値の高い低いなんて誰が決めるんだ。興行的に成り立たない文楽や能を税金で支えるのもどうかと思うが、売れない文芸を私企業が支えている状況は、もっとおかしいぞ」

これは売れない純文学系の小説誌と寄稿する作家を揶揄した主人公(大手出版社の編集長を辞め、共同出版で売り上げを伸ばす新興の出版社の編集長をしている)の言葉である。

こうした今日の文壇に対する批判がふんだんに盛り込まれていると、同業者から嫌われるのではないかと心配したところ、そこは策を講じていた。同じ主人公と部下の編集者の会話である。

「常に新しい読者を開拓すればいいんだ。若い世代の読者を掴む作品を出し続けていれば、読者が死に絶えることはない。固定客ばかりを相手にして、同じメニューばかり出している店は、やがてじり貧になって閉店してしまうのと同じだ」
「でも、新しいメニューに挑戦して失敗したら、元も子もないですよ」
「それはそうだ。だからたいていの作家は、自分の得意料理だけを後生大事に作り続ける。かといって、元テレビ屋の百田何某みたいに、毎日、全然違うメニューを出す作家も問題だがな。前に食ったラーメンが美味かったから、また来てみたらカレー屋になっているような店に顧客がつくはずもない。しかも次に来てみれば、たこ焼き屋になってる始末だからな」
「馬鹿ですね」
「まあ、じきに消える作家だ」

作者にすれば、ラーメンを作っても、カレーを作っても、そしてたこ焼きを作っても美味いものができるという自負があるのであろう。このラーメンは美味しかったか?
「普通。ほかのメニューを試してみないと分からないな」

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2013/05/12 Sun. 02:24 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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冤罪ファイル その9 「福井女子中学生殺人事件」 

冤罪ファイル その9 「福井女子中学生殺人事件」

冤罪の一つの類型として、被害者が社会的弱者、被差別者というケースが往々にしてあります。

精神薄弱、部落民、在日、前科者、犯罪常習者、非白人の外人。あるいはレッテルを貼られた有名人という場合もあるでしょう。「彼(彼女)ならやっていそうだ」という予断がそこにはあり、また差別する側の「強者の論理」、人を蔑む心が、冷静な判断を妨げることになります。

差別意識は、多くが劣等感の裏返しであり、他者を貶めてしか優越感を得ることができないというところからくるものですが、選民思想的な非常に傲慢な考え方を背景としてできる場合もあると思われます。

司法試験という狭き門を勝ち抜いた裁判官、検察官は無論のこと非常に優秀な人たちです。彼らが、社会的弱者や被差別者に相対した時に、高いところから見下して、「裁いてやる」という奢った気持ちにならないものか、そうしたことがあるのではないかと思ってしまいます。立場は違えど、弁護士の方々も同じ過ちに陥らないかと(例えば足利事件の一審弁護人のケースのように)心配してしまいます。

ここで取り上げる福井女子中学生殺人事件も類似のケースではないでしょうか。

この事件は最近、再審開始決定が取り消されたことが報道されたため、その際に、知人と話題に上ったことがあります。私の出身は石川県と、この事件のあった場所とは比較的近隣です。そして、「彼を直接知るという人からまた聞きした」という知人の言葉は、「でも彼はシンナーの常習者で手が付けられなかったってよ」でした。「だからやっぱりやってたんじゃないの」というニュアンスでした。

多分、その知人は、この事件が一審無罪であったことや、一旦は決定した再審開始ということがどれだけ大変なことかを知らないであろうと思い、半分聞き流しました(と言いながら、半分独り言で事件の説明をしてしまいました。多分、理解はされなかったと思いますが)。しかし、その時に差別観が予断を生むということを実感したものです。

<事件経緯>
1986(昭和61)年3月19日の未明、福井市内の市営団地の一室で、その日卒業式を終えたばかりの15歳の女子中学生が殺害された。手口は、ガラス製灰皿で頭部を殴打し、電気カーペットのコードで首を絞め、ビニール製こたつカバーを顔面にかぶせ、少なくとも文化包丁2本でコタツカバー越しに顔面や首を刺すという、せい惨で複雑なものである。メディアは当初、捜査本部は、非行グループによるリンチや複数による怨恨犯を想定して捜査を進めていると報じた。

警察は、被害者の交友関係を洗い出せば、すぐに犯人に辿り着くと楽観的だったが、その見通しは甘かった。当時、地元の不良グループの間でシンナー遊びが流行していたが、被害者もこうしたグループと付き合いがあった。このため、交友関係は学外にまで広がり、捜査は難航した。

前川彰司さん(逮捕当時21歳)は、中学生の頃からシンナー遊びの仲間に加わり、二十歳を過ぎてもそれは続いていた。このため、事件発生直後には容疑者のリストにも入っており、事件発生2週間後に事情聴取を受けたものの、年齢層が異なる上に、被害者との接点が見当たらず、アリバイについても自宅で家族と共に食事をしていたということが確認されたため容疑対象から外された。

ところが、捜査が難航する中、当時、捜査本部の置かれた福井警察署に別件の覚せい剤や窃盗事件で逮捕・勾留されていた暴力団員(前川さんの中学校時代の1年先輩)が、面会に来た知人らに、「犯人を知らないか。犯人が分かると自分の刑が軽くなるかも知れない」等と情報提供を求め、さらに、同棲中の女性宛に、「前川のことだけどよく思い出してくれ。殺人事件の事が俺の情報で逮捕できれば、俺は減刑して貰えるから頼むぞ」として協力を求める手紙を出した。そして事件から半年ほど経った頃から前川さんの犯行をほのめかす供述を始めた。

警察も当初は、その暴力団員の証言には見向きもしなかった。その暴力団員が福井警察署から、刑務所に移管されるという時から、暴力団員の証言は拡大していく。それは刑事から、「お前の供述で調べる必要が出てきた場合には、福井署にいてもらうことになる」と言われたからである。

当初は難しい事件にも見えなかったが、容疑者を絞り込むことができない捜査本部に焦りの色が見え始めた。そして捜査本部は、その暴力団員の証言に食い付いたのである。暴力団員は、「事件の夜、顔や服に血の付いた前川を後輩の男が車に乗せてきた」と供述した。

福井警察署は、この後輩の男を犯人蔵匿容疑で逮捕。否認する後輩の男に「前川を現場の市営住宅まで車に乗せていったやろう。前川は血だらけで戻ってきたんやろう」と迫った。ところが、車の持ち主が、車を貸したのは別の男性と証言したため、十数日後、後輩の男は誤認逮捕であったとして釈放された。

今度は、車の持ち主が車を貸したというその男性が福井署に呼び出された。その男性も否定したが、捜査員から、「他はそう言ってない」と連日責め立てられ、結局、「血の付いた服を着た前川を見たのは、事件当日の3月19日の夜でした」とする内容の調書に署名させられた。その時点で、暴力団員の供述は、前川さんを車に乗せてきたのはその男性と翻る。

<裁判経緯>
第一審の公判で、その証人男性は、「前川を見たのは3月19日ではない。警察に言われて思い込んだ」と供述を再び翻した。

福井地裁は、「服に血を付けた前川さんを見たとの関係者の供述は、いずれも重要な点で変遷を来しており、それらの供述は相互に裏付けられていると即断することは危険であり、許されない」として無罪判決。

無罪判決後の控訴審での審理中に、先の証人男性は、別の事件に関与した容疑で福井県警の取調べを受けた。取調べをしたのは女子中学生殺人事件取調べの警察官だった。この警察官は、男性に「お前の容疑は見逃してやるから、控訴審で調書の通り証言してくれ」と迫り、男性は、身の保身からこの取引に応じて、控訴審で再々度証言を翻し、調書通りの証言をした。

名古屋高裁金沢支部は、「関係者供述は変遷はあるものの、核心部分が大筋一致し信用できる」「シンナー乱用による心神耗弱の状態で事件に及んだ」と認定して懲役7年(検察求刑は13年)の逆転有罪判決。

最高裁第2小法廷、弁護側上告は「単なる事実誤認の主張であって、適法な上告理由にあたらない」として棄却。異議申立も退けられ有罪判決確定。

(90年9月) 第一審無罪(西村尤克裁判長)→ 検察控訴→ (95年2月) 第二審逆転有罪、懲役7年(小島祐史裁判長)→ 弁護側上告→ (97年11月)最高裁上告棄却(大西勝也裁判長)、異議申立も退け有罪確定→ (03年3月) 前川さん医療刑務所に服役後、満期出所→ (04年7月) 再審請求→ (11年11月) 名古屋高裁金沢支部は再審開始決定(伊藤新一郎裁判長)、検察異議申立→ (13年3月) 再審開始の取消決定(志田洋裁判長)→ 現在、最高裁へ特別抗告中

<争点>
前川さんは一貫して犯行を否認しています。物証は全くありません。

前川さんが逮捕された日に、警察は、白いスカイラインを犯行車両として報道陣に公開しました。そして車内から被害者の血痕が検出されたと発表しました。しかし、公判が始まってからも、検察側から証拠として提出される気配はありませんでした。不審に思った弁護団は、「新聞に『逮捕の決め手』と書いてある。どうなったのか」と問い詰めましたが、検察は答えません。とうとう裁判官が釈明を求め、仕方なく検察は「間違いであった」と認めました。血液型は一致したものの、さらに詳細な血液型形式について違うことは既に分かっていたものです。しかし、公判で裁判官に促されるまで、警察・検察はその事実を隠蔽していました。

凶器とされた2本の包丁は現場に残されていましたが、指紋すらありません。

公訴事実は、「シンナーを吸引して心神耗弱になった状態で被害者宅を訪ねてシンナーに誘ったところ、断られたため、激昂の余り被害者を殺害した」というものですが、指紋を残さないといった周到かつ、コードで首を絞めこたつカバー越しに刺すという複雑な殺害の様態は、心神耗弱の状態で、激昂した末の殺害とは全く相容れないものです。

前川さんが事件当日血だらけであったのを見たと証言した暴力団員の証言も、二転三転します。前川さんを自宅に送って行く途中で、彼が血の付いた衣服や靴を捨てた、と供述した川を、警察は大規模な川ざらいを行いますが、何も発見できませんでした。するとこの暴力団員は、「今も隠し持っているが、その場所はちょっと言えない」と供述を変えます。さらにその次には「何回も移し替えたので、隠した場所を忘れた」と言い出す始末でした。

一審無罪後、新証拠らしい証拠を提出できずに、検察すら諦めていたといわれる事件です。そしてその有罪の根拠は、変遷を繰り返す暴力団員の証言及び、彼に口裏を合わせるように同じく変遷するそのほかの関係者の証言だけです。

控訴審における、弁護人による尋問に対する暴力団員の証言は次のようなものでした。

暴 「正直言って、この裁判で立たされて、なんで僕が責められないかんのかなーと。」

弁 「いや、責めてるんじゃない。あなたの言い分を聞いているのです。」

暴 「だから、最初簡単な気持ちでポンと言うたことを、今は違うと、お前は全然言うてることが違う、君は全然信用性がないと、言いたいんでしょ。」

弁 「いえ、あなたの言い分を聞いているのです。」

暴 「だったらそんなもん、端から言ってるように、僕は最初の段階はいい加減なことも言ったし、嘘もついたし、そんなもん。だったら、はっきり言ってることを何遍も聞く必要もないでしょ、何も。僕はもう弁護士さんにかまってもらうつもりは、いっこもありませんから。」

有罪判決文には、こう書かれています。

「投げやりともとられるような不真面目な供述態度を取っているのは、弁護人により詳細かつ重複とも思える尋問がなされたこととの関連性も否定できない」

恐るべしです。

再審に際し、検察が開示した証拠により、第三の凶器がある可能性が指摘されています。現場に残された二本の包丁は被害者の家にあったものです。

日本大学医学部教授押田茂實博士の鑑定では、被害者の体に付けられた50ヶ所以上の刃物による刺創のうち、少なくとも2ヶ所は、現場にあった二本の包丁で刺したものではない、という結果が出ました。刺創の深さと入口の長さを測定したところ、どちらの包丁とも合わない、つまり第三の刃物によって生じた刺創であることが判明しました。

「第三の凶器」の存在は何を意味するのでしょうか。犯人は前もって凶器を準備し、この家を尋ねているということです。そして、犯行後に前川さんを見たという証言をする者で、彼が刃物を持っていたと証言する者はいません。

再審開始決定の際には、無罪方向の証拠とされた「新証拠」でしたが、取消決定においては、「解剖時の計測上の誤差」と退けられました。

<論評>
再審請求の際、弁護団は証拠の開示を再三求めましたが、検察は応じませんでした。しかし、異例ともいえる名古屋高裁による二度の勧告により、殺害現場の状況写真29通、物証66点、捜査段階の供述調書など125点が開示されました。特に物証(現場指紋対照結果回答書、被害者が作成し現場で破られて発見された氏名や電話番号メモ、包丁、こたつカバー等を含む)は、有罪判決を受けた控訴審に提出されていれば、判断が変わった可能性があるとして、弁護団は検察の証拠隠しと非難しています。

捜査権力の捜査権限、証拠収集の権限は国民によって預託されたものであり、捜査の費用は税金によって賄われています。つまり、証拠は捜査権力の所有物ではなく、所有権は国民にあるはずです。そこで収集された証拠を開示することなく、有罪方向のものだけを恣意的に選別して、公判に提出するということがなぜ許されるのでしょうか。

郵便不正事件では、証拠の捏造が発覚し、検察は指弾されることとなりましたが、証拠の捏造と無罪方向の証拠を隠すことと、どこが違うというのでしょうか。そうしたことが当然のように常態化していることを、国民は知らず、そして捜査権力も全く悪いことと思っていない、虚構の法治国家に我々は生活しているのです。

前川さんの母親は、前川さんがシンナーに溺れていても、いつも一緒にいて、唯一の味方でした。前川さんは、その母親にすら罵声を浴びせ続けたと言います。シンナーの依存症の治療のために病院の精神科に通うようになり、また非行や暴力事件に絡んで鑑別所や少年院を転々としました。殺人事件が起こったのはちょうどその頃でした。

事件のあった夜、前川さんの母親は、姉夫婦と共に、近くの中華料理店から料理を取り寄せて、前川さんと一緒に食事をしています。誰よりも前川さんが無実であることを知っている母親は、息子に警察の尾行が付いた時ですら「悪い遊びができなくていいわ」と冗談めかして、気に留めなかったそうです。

しかし、控訴審の有罪判決は気丈な彼女を打ちのめしました。裁判所が真実を見誤る、という事態は彼女には受け入れ難いことでした。その後、次第に認知症の症状が出るようになり、寝たきりとなりました。そして再審請求を前に04年6月に亡くなりました。

前川さんの父親は、前川さんが逮捕当時は福井市の財政部長、市の予算を取り仕切る責任者で「親分」とあだ名されていました。将来の市長と目されていましたが、この事件でそれも消えました。辞職も考えましたが、それでは息子の罪を認めることになると、定年まで勤め上げました。シンナー依存症の後遺症で体調がおもわしくない前川さんを支え、彼よりもむしろ前面に出てこれまで冤罪と闘ってきた前川さんの父親も既に80歳。再審開始決定の取消の時はあまりのショックで、報道陣の前に姿を現すことはありませんでした。

戦争と冤罪は国家の犯罪です。そしてその国家に権限を与え、税金を払っているのは我々です。こうした状況を看過することは、我々の責任でもあります。

再審弁護団による再審請求の経過と現状の報告です。

ここをクリック→ 再審弁護団による再審請求の経過と現状の報告

参考資料: 『冤罪File 2011年11月号』 「暴かれた虚偽証言!『福井女子中学生殺人事件』」 里見繁












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2013/05/09 Thu. 07:00 [edit]   TB: 0 | CM: 3

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#検察なう (294) 「犯人血液型当てクイズ」 5/6/2013 

#検察なう (294) 「犯人血液型当てクイズ」 5/6/2013

(強制捜査から1602日、検察控訴から55日)

皆さんに、殺人事件の犯人の血液型を推理してもらいます。事件はこのようなものでした。

事件概要

空室のアパートの一室から女性の死体が見つかった。歳の頃は40手前といったところ。死因は絞殺であった。

女性の着衣は、バーバリーのベージュのコートの下に青のツーピース。OLらしい服装である。下着に乱れはなかった。

死体の頭部近くには取っ手が取れたショルダーバッグがあり、口が開いていた。バッグの中にあった財布の中には現金が473円しか入っていなかった。現金は抜き取られた可能性があり、物取りの犯行を伺わせた。そして不思議な事に未使用のコンドームが28個も入っていた。

身元はすぐに判明した。所持品の中に名刺入れがあったからである。一流企業の本社企画部副室長という肩書であった。

死体の発見者は、このアパートの管理を任されていた男性。被害者との面識はないという。

発見の状況は以下のとおりである。

前日、この男性が部屋の前を通りかかると、空室であるはずの部屋の玄関脇の小窓が10センチほど開いていた。そこで覗くと仰向けに寝た状態の女性の上半身が見えたので、玄関のドアノブを回すと鍵はかかっておらずドアは開いた。そこには女性用の靴が一足きちんと揃えてあった。声をかけたが、返事がないので熟睡しているものと思い、その場を立ち去った。しかし、さすがに気になって、翌日、部屋をもう一度覗いたところ、同じ状態だったので、もしやと思い、警察に通報した。

検死の結果、死後10日ほど経過していることが判明した。

物取りの犯行であったとして、なぜ空室のアパートの一室に死体があったのか。アパート周囲の状況、及び殺害現場の状況からは、ほかの場所で殺害されて運び込まれたとは考えにくかった。

警察の聞き込みで、驚くべきことが判明した。この女性は、昼間は一流企業に勤めるOLでありながら、夜は売春をしていたという。これでバッグの中の未使用のコンドームが説明された。

売春と殺害は関係あるのだろうか。その女性が売春をしていた「縄張り」は確かにそのアパート近隣のホテル街を中心にしていたことがさらなる聞き込みで明らかとなった。

抵抗なく部屋に入ったと思われる状況では、犯人は顔見知りか、買春客であることを伺わせる。怨恨という線はなさそうである。

以上が、死体発見の状況です。これで犯人の血液型は?と聞かれても分からないですよね。それでは、血液型に関する証拠を一つ提示します。

証拠1) 死体の口唇周り及び乳房から血液型O型の唾液が検出された。

どうですか?お分かりになりますか?この時点で、あなたは「それなら分かり切っているじゃないか」とお思いかと思います。早まらないで下さい。更に証拠を追加します。

証拠 2) 更なる聞き込みにより、犯行当日と思われる日に、その女性は常連客と性交渉を行っているが、その常連客にはアリバイがあり、その常連客が犯人である可能性はない。そしてその常連客の血液型はO型である。

どうですか?おやおや、ですね。更に証拠を追加します。

証拠 3) 空室のアパートの和式水洗便所の便器の中から使用済みのコンドームが見つかり、中に残留した精液の血液型はB型であった。

おっと。少なくともこの部屋に出入りした人間の中には、あなたが最初に思ったであろう血液型と違う血液型の人間が出入りしてた可能性が出てきましたね。

「その精液ってのはいつのもの?犯行の月日と近いものなの?」

いい質問です。その答えは「不明」としときます。ちなみにコンドームの外袋は部屋の中からは発見されていません。この便器に捨てられたコンドームが犯人が残したものであるなら、犯人は外袋は持ち帰ったものの、自分の精液が入ったコンドームはわざわざ残していったことになります。更に証拠を追加します。

証拠 4) 常連客は、性交渉の後、その女性がシャワーを浴びたと証言。ホテルを午後10時過ぎにチェックアウト、10時半頃別れている。そしてその日、11時25分頃から45分頃までの間に、その女性と別の男性がそのアパートに入って行くのが目撃されている。

さあ、どうでしょう。犯人の血液型が何型か、合理的な推認はどのようになるでしょうか。

血液型O型の常連客と性交渉した後に、シャワーを浴びたのであれば、口唇周りや乳房についた唾液は常連客のものではありません。そしてその常連客と別れた時間からすると、殺害されるまでに、ほかの客を取って、そして三人目の客に殺害されたという可能性もないでしょう。まさか、誰かが死体を見つけて、その死体をなめまわしたと考える人はいないでしょう。

そうです。証拠から合理的に推認される犯人の血液型はO型です。簡単でした?ですよね。

さて、この事件の様態から、この事件が実際のものであることは、少なからずの人がお気付きかと思います。1997年(平成9年)3月に起こった東電OL殺人事件です。

犯人とされたゴビンダさんの血液型は何型かご存知ですか?B型です。

彼が犯人ではないと合理的な推認をするためにDNA鑑定は必要でしたか?上に示した証拠とDNA鑑定は全く関係ないことがお分かりかと思います。

先日、私がブログで紹介したジャパンタイムズの記事でも「新たなDNA鑑定により」という文言がありました。また、最近、本屋で見かけた書籍で、全国紙の社会部が書いた東電OL事件に関する本のサブタイトルは「DNAが暴いた闇」というものでした。捜査権力による見事なメディア・コントロールです。

真犯人がゴビンダさんでないと合理的な推認をするのにDNA鑑定は全く必要ありません。

こんな簡単なことをなぜ弁護側が主張できなかったか。それは証拠1)を警察・検察が隠蔽していたからです。

証拠1)の唾液の血液型鑑定は、事件発覚から半月しか経っていない1997年4月3日、警視庁科学捜査研究所の久保田寛研究員によって鑑定されました。その証拠は長らく開示されることなく、昨年(!!)9月2日の再審請求審での証拠開示によって開示された証拠の一つでした。

ゴビンダさんの逮捕は、その鑑定の1ヶ月半も後の1997年5月20日です。つまり警察も犯人の血液型はO型であることを分かりながら、B型のゴビンダさんを逮捕し、彼を有罪とするのに不都合な証拠を検察は15年も隠し続けたのです。

それを、足利事件同様、「新たなDNA鑑定が事実認定を変えた」かのように見せかけているのは、捜査権力による明らかな情報操作です。この事件を追い続けているメディア関係者であれば、そのことは分かっているはずです。

足利事件で菅家さんに謝罪をした捜査権力は、東電OL殺人事件では、頑なにゴビンダさんに謝罪を拒んでいます。なぜか。それは彼らが確信犯だからです。

ゴビンダさんは再審で無罪になりました。しかし、再審制度の非常に大きな欠陥は、誤判の原因追求を行わないことです。「無罪にしてやったんだから、それでいいだろう」というのが日本の再審制度です。冤罪の再発を防止するために、なぜその冤罪が起こったか、どのように冤罪が作られたかを全く検証しないというのは、日本の刑事司法が、大きな病巣を見て見ぬふりをするものです。

個人的には、是非、ゴビンダさんには国家賠償請求をして、国家の犯罪を日の当たるところに引きずり出してほしいと思います。

現在、布川事件の冤罪被害者、桜井昌司さんはそのために戦っています。過去の過ちを認めるところから明日への再生があるものです。司法の英断を期待します。

最後まで読んで頂いてありがとうございます。

参考資料: 『冤罪File 2012年11月号』「東電OL事件 再審開始が確定 裁判所に届いた15年の無実の訴え」 今井恭平

5/6/2013















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2013/05/06 Mon. 02:26 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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ブック・レビュー 『世界で一番いのちの短い国: シエラレオネの国境なき医師団』 山本敏晴著 

ブック・レビュー 『世界で一番いのちの短い国: シエラレオネの国境なき医師団』 山本敏晴著

世界で一番いのちの短い国

この本は国境なき医師団に所属していた、一人の医師の活動の記録である。彼が国際協力で派遣された国はシエラレオネ。日本ではあまり知られていないこのアフリカ中西部の国は、医療環境が世界で一番劣悪ゆえに、世界で一番平均寿命が短い(彼がいた2001年当時で平均寿命34歳)。それ以上に、内戦によりそれこそ世界で一番苛烈な生活環境である。

この国ではダイアモンドが採掘される。その利権を求めて隣国リベリアが軍資金を供給する反乱軍と、政府軍の内戦が長期化しているのである。その反乱軍の国力減殺の方法というのがすさまじい。人の四肢を(指、手、足など)を切り取るのである。そして殺さない。そうすることで、本人は要介護となり、介護する人出も必要という実に悪魔的な方法である。そして反乱軍の兵士の多くが少年・少女。村々から誘拐して、親元から離し、麻薬漬けにする。彼らは死すら恐れることのない殺戮兵器になってしまう。教育も受けず、善悪の区別もつかない彼らは、生まれ故郷に戻ろうとも、家族や村から拒絶されるモンスターでしかない。医師である著者はそうした反乱軍の少年・少女も診療するが、その少女たちのほとんどにレイプの痕跡が見られるというのだから、我々の常識では測れない苛烈な環境というのが分かろうというものである。

そうしたこの地球上で最も悲惨な状況を、実に軽妙にかつユーモラスに書いている。そのギャップがとにかくすごいの一言である。楽しく読んで、「うーん」と考えさせられる本なのである。

「本当に意味のある国際協力とはなにか?」と題した(本編とは違って真面目な口調で)あとがきが書かれている。これは国際協力をしようと思う者でなくとも読む価値のある、当事者ならではの示唆に富む意見が書かれている。

列挙された中の一つを引用する。

「悲惨さを誇張せず、彼らも対等の立場の人間として認識する

よく、現地の悲惨さを強調するような映像や文章が、新聞やテレビなどのマスコミを賑わしているが、これは基本的に大きな間違いである。

悲惨さを強調すると、彼らは貧しいのだから、「ただ単に食料やお金を恵んでやれば喜ぶだろう」と先進国の人々は考えがちである。この感情は、残念ながら彼らをやや「見下す」ことにつながっていき、われわれと対等の立場の人間であるという認識が薄れていってしまう。本当に彼らが望んでいることを知ろうとも思わずに。

最近(2002年前後)マスコミで話題になっているアフガニスタンの難民たちに関してもそうであるが、彼らの眼は死んでいない。哀れを誘うような様子などないし、誇りをもって生きていることが感じられる。

実際に彼らが望んでいることも、食べ物やお金を恵んでもらうことではなく、祖国に帰ることや家族と再会することなど、物品を与えられることとは異なっていることが多いのである。それらを認識せず、いきなり外から来て親切の押し売りをすることは、それこそ自己満足であるし、それどころか彼らに対して失礼だと思うのは私だけだろうか?

ともかく、現地の悲惨さを伝えるための映像や文章を伝えるのも結構だが、それと同時に、彼らがわれわれと対等の尊厳をもつ人間であり、素晴らしい文化や歴史をその背後に抱えていることを忘れてはならないと私は思っている。」

本のところどころに挿入された写真の中の子供の笑顔がとてつもなく輝いている。

平和ボケした日常に喝を入れるためにもお勧めの一冊である。

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2013/05/05 Sun. 01:23 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (293) 「ジャパンタイムズ ゴビンダさんインタビュー翻訳」 5/2/2013 

#検察なう (293) 「ジャパンタイムズ ゴビンダさんインタビュー翻訳」 5/2/2013

(強制捜査から1598日、検察控訴から51日)

ジャパンタイムズの4月30日付記事に、昨年11月にネパールに帰国した東電OL殺人事件の冤罪被害者ゴビンダ・マイナリさんのインタビューが掲載されていました。

英文の記事だったので、紹介するために日本語訳を探したのですが、見当たらなかったので勝手に翻訳してみました。

取調べ官の暴言は同じ日本国民として恥ずべきものです。ゴビンダさんの手記も出版予定です。

末尾にオリジナルの記事のURLを添付してあります。

ジャパンタイムス記事翻訳
「Mainali eyes wrongful imprisonment suit against Japan」 4/30/2013

カトマンズ発
犯してもいない罪によって15年もの間日本で投獄されていたネパール人が、昨日の月曜日、日本国政府に対し、誤った投獄と不当な扱いの賠償を求める訴えを考えていると語った。

ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏(46歳)は、日本人女性を殺害したとして誤って有罪とされたが、その嫌疑が晴れたのは長年経過した後であった。

カトマンズにある3階建の彼の家での共同通信記者の独占インタビューに答えて、その決断をするためには、同様に冤罪に問われた桜井昌司氏の国家賠償請求の結果を待つと語った。

1967年の強盗殺人の容疑で40年間塀の中に閉ざされていた後、2011年に無罪宣告を受けた2人のうちの1人である桜井氏は、昨年、日本政府と茨城県に対し、賠償請求の訴えを起こした。

「私は、負けることが分かっている告訴はしたくないのです。十分に成功するチャンスがあると楽観的でいたいのです。」マイナリ氏は言った。

帰国後10キロ減量したマイナリ氏は、日本国政府が、彼の受けた精神的苦痛に対して正式に謝罪することを願っているとも語った。

昨年11月の無罪判決後、法務大臣による言葉少ない謝罪では不十分であると彼は言った。

「私は、日本国政府の役人がカトマンズに来て、記者会見を行って謝罪するまでは納得しません。」と、マイナリ氏は言う。

誤った投獄の補償を求める、二人の娘の父親は、1997年の逮捕以降の尋問や投獄されている間の肉体的虐待を生々しく語った。

「逮捕された後、渋谷警察署の警官が、尋問中ブーツを履いた足で私を蹴り上げたり、つま先を踏みつけたりしたのです。彼らは『お前は、文化の劣った国から来たんだ。そういうお前の国から日本に来る奴は、強姦や強盗、殺人しかしないんだ』と言いました。」怒りと共にマイナリ氏は説明する。

「私は着ていたものをひきちぎられたり、頭を壁に打ち付けられたり、私の足が腫れるまで非常に高い椅子に長時間座らされることを強要されました。」

マイナリ氏によれば、彼は朝の9時から夜の9時まで取調べられた上、カメラで監視された部屋に入れられたと言う。

「私は、誰かが私を監視していると感じて、夜に眠ることができませんでした。」と語る。

こうした不当な扱いは、彼が刑務所に送られてからも続くことになる。

「看守は私を言葉で虐待し続けました。卑劣な言葉の限りを尽くして私を苦しめました。」

ほかの受刑者ですら彼には辛く当ったという。

「刑務所で、私はほかの7人と数ヶ月間同房だったことがあります。一度ならず、私の頭から醤油をかけ、そして私の割り当ての食事をさせてくれなかったのです。私は、彼らにとっては「日本人女性をレイプした殺人犯の外人」でした。ですから、彼らにはそれが正当な行為だったということです。」彼はそう言った。

マイナリ氏は、刑務所での最悪の日々は、最高裁が彼の無期懲役を認めた2003年だったと言う。

「最初は狂ったように泣いたものです。」彼は言う。「しかし、気を取り直して、自分が犯していない罪で残りの人生を塀の中で過ごさなければいけないと信じることを拒絶しました。楽観視することで私は自殺しなくてもすみました。」

マイナリ氏は、長い監獄生活の中でほとんど運動ができない状況であったにもかかわらず、さほど健康上の問題はないが、監獄にいる時から睡眠障害には悩まされ、睡眠導入剤を常用していたという。

「ネパールに帰国してから薬を飲むことをやめていますが、例えば、昨晩も私は3時間寝付けませんでした。」

マイナリ氏は、一人になるのが怖いとも言った。

「一人でいることができないのです。誰か家族が近くにいてほしいのです。」と彼は言う。「できることなら、家族の誰かが私の掌を優しくなでていてほしいのです。そうすれば私は監獄の中のことを忘れることができます。」

マイナリ氏は、誘拐されることを恐れるあまり、一人で外に出ることはないとも付け加えた。

「最近はネパールも物騒になりました。昨年帰国した際、カトマンズ空港職員に最初に聞かれたことは、私がいくらの賠償金を所持しているかということでした。」と彼は言った。「昔からの知り合いですら、私の受けた苦悩について聞く前に、同じ質問をしました。人々は、私が大金を持っていると誤解しているのです。」

マイナリ氏の最大の悔みは、父親が、彼が自由になるのを生きて見ることができなかったことと、二人の娘を自分の手で育てることができなかったことだ。

「もう彼女たちは大きくなりました。彼女たちを子供のようにハグすることはできません。膝の上にのせてあやすこともできません。」と言った。

インタビューの間、マイナリ氏は日本の司法制度や警察当局を厳しく非難し、「冷酷で非情だ」とも罵倒した。

しかし、彼は、日本人が非常に働き者であることに尊敬の念を持っている。

「ネパールに帰って気付いたことは、この国の人々はあまりに宗教に囚われ、近代化に遅れを取っているということでした。」彼は言った。「日本では、人々は行動を起こして勤勉に働くことの成果を信じています。それゆえあのような国を作ることができたのです。」
刑務所での日記を元にした手記が、編集の遅れはあったが、今月ネパールで出版されることになっている。

マイナリ氏は、彼の刑務所でのできごとを記録に残すため、日本語での著作も手掛けていることを付け加えた。

海外からの出稼ぎ人であったマイナリ氏は、1994年日本に向けて旅立った。

彼は1997年に、知り合いであった東電の女性社員を殺害したとされ逮捕された。

2000年に東京地裁は、決定的な証拠に欠けるとして無罪判決を言い渡したが、東京高裁は彼に無期懲役を言い渡した。

数多くの新しいDNA鑑定による証拠が再審開始につながり、マイナリ氏は昨年6月釈放され、その後11月に無罪判決が確定した。

現在、マイナリ氏は、彼の妻、二人の娘、それから母親と一緒にカトマンズに暮らしている。

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5/2/2013














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category: 東電OL殺人事件

2013/05/02 Thu. 04:33 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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