「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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外資系証券なるもの (17) 「韓国中央銀行との接待」 

外資系証券なるもの (17) 「韓国中央銀行との接待」

私が、ソロモン・ブラザーズ証券からクレディ・スイス証券に移籍したのは2001年。移籍した当時のクレディ・スイス証券は惨憺たる状況でした。

私の移籍に先立つ1998年に、金融庁の検査忌避で業務停止処分を受けたことの影響でした。処分対象となったのは、デリバティブ商品を使った会計上のメリットを狙った取引だったようですが、その手の取引をやっていたのはクレディ・スイス証券だけではありませんでした。しかし、同じ取引をしていた外資系証券数社の中で飛び抜けてクレディ・スイス証券が厳しい処分を受けたのは、金融庁の検査が入るという段階で、関連書類を処分したり隠匿したりといった検査忌避が摘発されたからです。

その業務停止処分から3年が経過した、私が移籍した2001年時点でも、クレディ・スイス証券の東京支店はまさに開店休業状態の焼け野原でした。それが私の目にはビジネス・オポチュニティーと映ったことが、移籍先としてクレディ・スイス証券を選んだ大きな動機でした。しかし東京市場でビジネスが軌道に乗るまでには、相当な苦労と時間がかかりました。

東京市場での不評に比して、アジア市場ではクレディ・スイス証券の名前はヨーロッパ系金融機関の雰囲気を漂わせ、むしろイメージはよかったものです(クレディ・スイス証券はグループ本社こそスイスですが、証券会社の機能はアメリカのインベストメント・バンクを吸収合併して、そのカルチャーはアメリカのインベストメント・バンクのものでしたが)。例えば香港においての毎年行われる最大のスポーツイベントと言えば、「香港セブン」と呼ばれる7人制のラグビーですが、そのスポンサーはキャセイパシフィック航空とクレディ・スイス証券が行っていました。

そのアジアでの好印象を利用して、私は積極的に自分の担当商品であった米国モーゲージ債を売り込みに奔走しました。そして私のビジネスは、東京市場よりも先に、アジアで大きく飛躍することになります。

クレディ・スイス証券在籍の6年は、毎月、香港、北京、台北、ソウル、シンガポールといったアジアの拠点のどこかに出張という状況でした。一番行くことが多かったのは支店の規模が大きかった香港ですが、香港への出張は20回を越えたものです。

ソウルで私が一番多く訪問した投資家は、韓国の中央銀行である韓国銀行(Bank of Korea)でした。

一般に中央銀行は接待を受け付けてくれることはありませんが、韓国銀行とは一度だけ、勘定向こう持ちということで夕食会がありました。それは彼らの関係部署のスタッフ総勢約15人が参加という大宴会でした。

しかしタイミングが悪かったのは、その日が月曜日だったことです。もしビジネスで韓国に行き、接待をするのであれば、よほどの酒豪でない限り、週初は避け、木曜日や金曜日を選ぶのがよいと思います。

彼らはとにかく酒が強いのです。それが男の強さの証しだといわんばかりです。そしてビジネス・ディナーといえば、痛飲することがお約束。韓国のビジネス慣行では、月曜日が一番飲む日と言われています。土・日に静養して、元気一杯で飲めるからだそうです。そして毎日飲み続け、木曜や金曜あたりになると飲み疲れて比較的早めに上がるという、すさまじい酒豪文化です。

その晩も、ウイスキーのボトルが出てきました。それをショット・グラスに注ぎ、ビールのジョッキに沈めて飲む「ボイラー・メーカー」というカクテルでした。これを車座に座った一人一人順に一気飲みしていくという、日本では学生しかしないような飲み会でした。

女性スタッフも何人かいましたが、彼女たちの番では、代わりに誰かを指名して、その者が飲むという実に恐ろしい情景が繰り広げられました。

私も酒は嫌いではありませんが、それほど強い方ではありません。そして私は3周目が終わったところで撃沈しました。あとの記憶があまりないので、その場で何が起こったかを詳しく記すことができないのが残念です。

以降、韓国への出張は、必ず木曜ないし金曜に行くことにしたことは言うまでもありません。









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2014/09/29 Mon. 02:18 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『ザ・メイズランナー』 ウェス・ボール監督 

フィルム・レビュー 『ザ・メイズ・ランナー』 ウェス・ボール監督

maze runner

公開されたばかりで大ヒットの予感、『ザ・メイズ・ランナー』観賞。

観に行こうと息子に言ったところ「どうせ『ハンガー・ゲーム』みたいにくだらないでしょ」と振られてしまった。確かにYA小説の映画化ではあるが、これがなかなか面白かった。

気付くとなぜか巨大な迷路の中に理由も分からず放り込まれて、という設定はカナダ映画の名作『CUBE』を思わせる(六本木WAVEのこけら落とし上映作で、なかなか入れず3回出直した記憶がある)。そして少年たちだけの生活から自然発生的社会が構成され、グループ間抗争につながるというのはノーベル文学賞作家ゴールディングの代表作『蝿の王』を彷彿とさせる。そして迷路に放り込まれた理由が何かの実験のためらしいという「??感」は、TVドラマシリーズの『LOST』のよう。それらをマッシュアップしたのがこの映画。

とにかく迷路の中を疾走する感覚はスリリングで、CGと分かっていながらも迫力満点。迷路の中に取り残された者を狩る「グリーバー」と呼ばれる機械仕掛けの化け物の造形もなかなか凝っている。

難点はエンディングが、「え~、続くってわけ~」ではあるが、まあ『CUBE』でも謎解きされたわけではないし。

ということで、どうせ子供向けだろうと『ハンガー・ゲーム』『ダイヴァージェント』あたりをパスした人は正解だが、これは観てもいいかも。

ここをクリック→ 『ザ・メイズ・ランナー』予告編

(Facebook 9/26/2014より転載)












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2014/09/28 Sun. 02:27 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (420) 「物語―孤独のなかの「転落」自白 最終回」 9/25/2014 

#検察なう (420) 「物語―孤独のなかの「転落」自白 最終回」 9/25/2014

(これまでの話)

ここをクリック→ #検察なう (417) 「物語―孤独のなかの「転落」自白」

ここをクリック→ #検察なう (419) 「物語―孤独のなかの「転落」自白 続き」

(最終回)

<3回目の接見―示談のすすめ>

弁護士に開口一番尋ねた。あの夜のこと。友人の携帯に伝言を入れた。コンビニでの買い物をした。その時刻について。弁護士は「君の友人に問い合わせたら、もう携帯に履歴が残っていない。コンビニは1週間ごとにレジを映すビデオは消してしまうのでわからない」と申し訳なさそうにいった。

僕は悲しくなった。「いつになったらここを出られるんですか」弁護士に怒鳴っても、泣きついても、どうしようもないことだ。そんなことはわかっていたが、つい涙が出て声を荒げてしまった。

アクリル板の向こうで「いまのままでは出られないと思う。起訴をされて、起訴後勾留がつく。否認のままでは保釈も認められないのが、今の裁判の現状です」弁護士がすまなさそうな顔で言った。罪を認めたケースで、被害者と示談でもすれば、不起訴がとれるかもしれないし、執行猶予にもなるだろう、とも言いそえた。

<転落自白―逮捕から14日目>

逮捕されて2週間が過ぎた。眠れない日が続いた。夜中に監房の隅で、ぶつぶつ独り言をつぶやいている。看守の注意で我に返ることがたびたびあった。自分のことが自分ではないような、自分の身体がどこにあるのかわからないような感覚に包まれていた。そうやって僕は「ウソの自白」へと転がり落ちた。

やっていないことでも、行ったことがなくても、これまでの取調べでおおよその見当はついた。どんなところで、どんな風にそれが行われたのか。犯人や被害者の姿や服装はどうであったか。そのマンションが古い建物で、玄関とエレベーターホールがどんな位置関係にあるのかも。わからないときには、黙って下を向いていると、刑事がヒントを出したり教えてくれたりした。どうにかつぎはぎだらけの自白供述ができあがった。

僕は泣きながら、申し訳ありませんでしたと頭を下げて、署名し、指印を押した。

刑事は晴れ晴れとした顔で「これからいくらでもやり直しがきく。被害者の人に謝って、弁護士さんに示談をしてもらえ。姉さんや、ご両親に、もうこれ以上迷惑をかけたらいかんぞ」そう僕のことを親身になって心配してくれた。

僕はまた泣いて、申し訳ありませんでしたと、何度か頭を下げた。

<現場引き当て―靴とハンドバック>

若い刑事はうんざりしてしまった。

被疑者は工場を出て現場まで案内することができなかった。その夜、歩いていったはずの道順を車で移動しながら足取りの確認をするだけのこと。その道筋は夜だったとはいえむずかしいことではない。それが右も左もわからないようだった。忘れてしまうような昔のことでもない。仕方なく、現場のマンションが見える角まで連れて行った。現場でも、どこでどんなふうに被害者を引きずり込んで犯行に及んだのか、自分から語ろうとはしなかった。被疑者ははじめからおわりまでなにか隠しているように思えた。

現場引き当ての翌日、犯行時に履いていた運動靴を捨てたという場所に案内させた。そのときも被疑者の説明は要領を得なかった。捨てたという工場の裏の空き地には、捨てたはずの靴はなかった。そこはフェンスで囲まれ雑草のおい繁る空き地だった。犯行の翌朝フェンスに近寄って投げ入れたという。犬がくわえて持ち去ることなど考えられないのだが、草刈りをしても発見できなかった。

被疑者はほんとうに反省しているのだろうか。罪をのがれたいと今もまだ考えているのではないか。不審がつのった。犯人にはほんとうのことを洗いざらい正直に話し、心から反省して償ってもらいたい。でもこの被疑者はそうではない。自ら語らず、こちらが言うことをなぞるだけだ。涙を流して謝ってはいるが、腹の底ではなにも反省していないのではないか、そう思った。

先輩の刑事にその話をした。「やつは公判で否認するかもしれない。これからも気を抜くな。傍聴はかかせないな」先輩も同じ危惧感をもって答えた。

<犯行確認と示談の手続>

弁護士が交代した。僕が犯行を認めたというと、ほんとうにやったのかと聞いた。僕はほんとうはやっていないが、ここから出たいので認めることにしたと言った。君がほんとうはやっていないのなら、被害者に謝罪も示談もできない、そういって弁護をおりた。

あたらしい弁護士が面会にきた。この弁護士にはほんとうはやっていないということをあえて言わなかった。示談をしてもらって、ここから1日でも早く出たかったからだ。あたらしい弁護士は示談を成立させてくれた。でも、被害者は罪を許し寛大な処分を求めるという書面にはサインをしてくれなかったという。この書面がとれれば、不起訴になる、とれなくても示談書があれば執行猶予にはなる、というのがこの弁護士の見立てだった。今後も被害者に接触して、この書面にサインをもらうようにすると言った。

示談金の70万円は姉に出してもらった。

<起訴 被害者の心の傷と被疑者への憎しみ>

「例の案件、君はどう思う」検察官は修習生にきいた。「前科もありませんし、示談が成立しています。実害もさいわい少ないですから、不起訴もあると思います。でも・・・・」「そう、その・・・・でも・・・・が問題だね。君は被疑者が反省していると思いますか。彼の取調べは君が担当しましたね」「私は正直言って、反省しているようには思えませんでした。疑問点を突きつけてもなにも自分から答えようとしませんし、目は終始そらしていました。頭を下げて、涙を浮かべて、謝罪を繰り返していましたが、なんだか人ごとのような、つまり真摯な態度ではないなと感じました」「僕も同じように感じたよ。彼の反省は表面的でしたね。君にそれがわかったところが、僕はうれしいよ。それに被害感情はどうでしたか、被害者の取調べも担当したよね」「被害者は今でもあの夜のことが不意に思い出されて、こわくなり身体が震えるときがある。そう言っていました。ハンドバックは戻り、身体の傷は癒えても、心の傷は深いなと思いました」「僕も同感だな。で・・・・結論はどうなりますか」「やはり・・・・起訴・・・・ですね」検察官は修習生の結論を満足そうに受けとめた。

<両親との面会>

起訴されて接見禁止がとけた。起訴されるまで、弁護士以外の人との面会は禁止されていた。罪証隠滅のおそれがあるということのようだ。これまで姉が差し入れをしてくれていた。それ以外のやりとりは何もできなかった。僕は自分で友人に携帯電話の履歴と伝言の記憶を尋ねたかったし、上司にあの夜別れた時間を確かめたかった。なによりコンビニに行ってあの夜僕が何時何分何秒に飲料水を購入したか問いつめたかった。はじめの弁護士がやってくれたのだろうが、僕自身がなにもできなかったし、姉に頼むこともできなかった。なにより、姉に僕はやっていないということを伝えられなかった。

接見禁止がとかれて、姉と母が面会にきた。姉だけであれば僕は会いたくなかった。会うと考えるだけで身がちぎれそうにつらかった。でも田舎から母がわざわざ出てきたという。母の気持ちを考えると面会を断るわけにはいかなかった。

面会時間はほんの10分だ。その時間の長いこと。僕はアクリル板越しに母と姉の手をじっと見つめていた。きれいに手と手それぞれに、涙が落ち続けた。僕は顔をあげることはできずうつむいたまま泣くだけだった。言葉はなにもでてこなかった。むせぶような嗚咽が3人の口元からそれぞれ大きく小さく流れ出ていた。

<公判―逡巡>

裁判は1回ですんだ。傍聴席には取り調べた刑事たちと、父と母と姉が座っていた。僕はいまさらほんとうはやっていないとは言えなかった。罪状を認め、検察側の証拠すべてに同意をした。

情状証人として姉が法廷に立った。僕はずっとうつむいて涙をこらえていた。姉は涙声で答えていった。僕がまじめな性格であること、今回とんでもないことをしたが、今後はしっかり見守ってゆくこと、被害者に謝って示談が成立したことなどを弁護士の誘導にそって訥々と述べていった。検察官は今回の事件がなぜ起きたと考えるか、その原因について姉に問いただした。姉はどうしてこんな事件を起こしたのかわからない、今でもやったことが信じられないと泣きながら言った。「それでは彼がまた罪を犯すことをとめられないのではないですか」そう問いかけて検察官は質問を終えた。

被告人質問がなされた。弁護士は僕に前科がないこと、まじめに働いていたこと、動機は自らもがよく説明できないほど突発的に生じたこと、計画的ではなく、実害も少ない。示談が成立し、真摯に反省をし、再び罪を犯さないと誓っていること。そんなところを手際よくまとめて聞いた。

検察官は執拗に事件のことを掘り下げて聞いた。僕はなにも知らないので、警察の取調べで作られた自白供述どおりに話した。それでも納得せず、とくに背景や計画性について詳しく聞こうとした。僕は何度か「やっていないからわかりません」と言い出しそうになった。後ろに座っている取調べの刑事からは「わからないことはわからないと言っていい」と言われていたので、後半のほとんどの質問に「わかりません」と答えた。ときに検察官は語気を強めて「自分でやったことだからわからないはずないでしょう。ほんとうに君は反省しているのですか。なぜこんなことをやったかわからないのなら、君は今後も同じことを繰り返すことになりませんか」そんなふうに迫ってきた。僕は何度も心の中で「だからやっていないんだ、僕は」そう叫んだ。

裁判長は2週間後に判決を言い渡しますと言って法壇の背後のドアから向こう側に姿を消した。

<合議―執行猶予は不相当>

「合議しましょう。修習生も一緒にどうぞ」と裁判長は言った。裁判官室の隣りに小部屋がある。そこに3人の裁判官と修習生2人が入った。厳しい合議に修習生が立ち会うことはない。裁判官の合議は最高度の秘密が要求される。修習生が立ち会える合議は合議をするまでもなく結論が決まっているような案件だ。「有罪かどうかについて、まず合議しましょう。いかがですか。修習生からご意見をいただきましょうか」「被告人の自白があり、目撃証言もありますから、有罪だと思います」とひとりの修習生が答えた。「異論がある方は、ご意見ください。このあいだ身代わり事件がありました。ほかに真犯人が現れるという事件がありましたが、いかがですか」「ふたりの目撃証言で犯行が確認されています。問題はないと思います」と左陪席裁判官が答えた。「では有罪でよろしいですね。それでは刑の執行猶予についていかがですか。また修習生からご意見をいただきましょうか」と裁判長が聞いた。「僕は執行猶予でいいと思います。前科はないし、示談が成立しているし、幸いなことに実害も少ない。まじめそうだし、現にまじめに働いてきたようだし、両親も傍聴にきていました。姉もしっかりしています」ともうひとりの修習生が言った。「異論のある方、ご意見をどうぞ」と裁判長が言うと、右陪席が意見を述べた。合議はこの右陪席の意見ですぐにまとまった。

<判決宣告>

「・・・・ヒコクニンハコノホウテイデ ハンコウノオオスジヲミトメ ハンセイノタイドヲイチオウシメイテハイルモノノ ホンケンハンコウハケイカクテキデアルニモカカワラズ ソノショウサイヲノベルニイタッテオラズ ホンケンヲトキニヒニンスルカノヨウナタイドヲシメシテイルノデアッテ ソノハンセイがシンシニナサレ サイハンノオソレガマッタクナイモノトシリョウスルニチュウチョセザルヲエナイトコロデアッテ ヒコクニンヲジッケイニショシ・・・・」

(・・・・被告人は、この法廷で犯行の大筋を認め、反省の態度を一応示してはいるものの、本件犯行は計画的であるにもかかわらず、その詳細を述べるに至っておらず、本件をときに否認するかのような態度を示しているのであって、その反省が真摯になされ、再犯のおそれが全くないものと思料するに躊躇せざるを得ないところであって、被告人を実刑に処し・・・・)

僕の耳にすこしずつ裁判長の言葉が入ってきた。

ふとコンビニのレシートがアパートの部屋にまだあるはずだと考えついた。

しおれた姿で傍聴席に座る両親と姉を見て、僕は控訴するよとつぶやいた。

(了)

転落自白

『転落自白 「日本型えん罪」は、なぜうまれるのか』
内田博文氏、八尋光秀氏、鴨志田祐美氏編著
2012年出版
日本評論社

9/25/2014



















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category: 刑事司法改革への道

2014/09/25 Thu. 01:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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「死刑制度について考える (4) ~裁判員制度と死刑」 

「死刑制度について考える (4) ~裁判員制度と死刑」

毀誉褒貶相半ばする裁判員制度ですが(元東京地裁判事・最高裁調査官の瀬木比呂志氏の著書『絶望の裁判所』では、刑事系裁判官と民事系裁判官の政争の道具として施行されたという暴露もありましたが:注)、私は積極的に支持したいと思います。

その理由は、裁判員を経験した方の大部分がそれをよい経験だったと感じているからです。裁判員経験者へのアンケートは裁判所が毎年行い、裁判所のHPにアップしています。

ここをクリック→ 裁判員等経験者に対するアンケート・調査結果報告書(平成25年度)

そのアンケートによれば、裁判員経験者の95.2%がよい経験だったと感じています(p.8)。しかも選任前には「やりたくない」と思っていた人でも、終わってみれば88.6%の人がよい経験だったと思ったと答えています(p.52)。

同年調査資料編のp.181以降に掲載されている彼らの具体的な感想は、裁判員制度について考える際には読むに値するものです。

ここをクリック→ 裁判員等経験者に対するアンケート・調査結果報告書 資料編(平成25年度)

裁判員制度支持派の私ですが、その制度の最大の欠陥と思っている点は2点。裁判員が有罪・無罪の判決以外に量刑も決めることと、評議が裁判員のみではなく職業裁判官も加わる点です。

裁判員制度に関してはまた別の機会に議論したいと思いますが、特に死刑制度との関わりで、上に挙げた欠陥の第一点目は非常にシリアスな問題です。

死刑制度を支持する者の覚悟として、もし自分が裁判員に選任された場合に、自らの判断で人の命を奪うということになり得ることを理解することが必要だと思われます(私が裁判員として死刑を宣告したならば、死刑の執行を見届けるのが自分の責任だとまで考えています)。

裁判員裁判で初めての死刑判決を下した2010年11月の裁判の事例を挙げます。死刑制度の是非をご一緒にお考え頂きたいと思います。

被告人は覚せい剤密輸組織のメンバー。生きたまま電動のこぎりで首を切断するなどして、2人の男性を殺害し、横浜港に遺体を捨てるなどした強盗殺人など、9つの罪に問われていました。2人殺害というのは死刑と無期懲役のボーダーラインですが、営利目的であり、殺害方法や累犯という罪状から量刑相場(←嫌な言葉ですが)では死刑も致し方ないという事案でした。

一審の朝山芳史裁判長は「想像し得る殺害方法の中でも、最も残虐な部類に属し、その瞬間、被害者が感じたであろう恐怖や、肉体的苦痛は想像を絶するものがある」と主文に先立つ判決理由で厳しく断罪しました。それにもかかわらず、その判決の後、「重大な結果だが、われわれも慎重に判断しました。しかし、控訴することを勧めたい」と、極めて異例な説諭をしたことで話題となりました。

被告人の弁護人ですら「この判断をしておいてね、『控訴したら』というのは、よく分からんです、わたし。正直言って、よく分からないですね」と困惑を隠し切れなかったこの説諭が、評議で死刑の判断に迷いがあったことの吐露だというのは全く的外れでしょう(そう批判しているメディアも少なからずあったので)。

これは被告人に対しての配慮などというものではなく、死刑判決を出した裁判員のことを思っての説諭だと思われます。控訴すれば裁判員の判断が留保されることを意味しますが、控訴審で職業裁判官のみの判決も死刑となれば、死刑判決を下した裁判員が心理的に救われるであろうという配慮だと思われます。

それほど死刑を宣告するというのは、精神的に過酷な経験だということです。

このことを報じた新聞社説です。

「裁判員と死刑―仲間が下した重い決断」 (朝日新聞社説11・17)

裁判員裁判で初めての死刑判決が言い渡された。

男性2人を残忍な方法で殺害し、遺体を捨てたという事件だ。横浜地裁の法廷で被告は犯行を認め、どんな罰でも受けると述べていた。それでも審理にあたった裁判員と裁判官にとって、極めて重い選択だっただろう。

この事件に先立って検察側が死刑を求刑した東京地裁の殺人事件の裁判員裁判は、無期懲役刑が確定している。

判決を分けたものは何か。

死刑が許される基準として最高裁が示したいわゆる永山基準があり、東京地裁も横浜地裁もそれをよりどころとした。しかし二つの事件は、被害者の人数こそ同じだが、犯行の状況も、動機も、被告の情状もすべて異なる。

証拠を検討したうえで、裁判員と裁判官が全人格をかけて結論を導き出したとしか言いようがない。裁判という営みは、結局はそこに行き着く。

これまでは、その営みを職業裁判官に委ねていれば済んだ。「ひどい犯行だ」と眉をひそめたり、「判決は甘い」と批判したりして、そこで事件を忘れ、日々を過ごしていた。

だが裁判員制度が始まり、状況は一変した。私たちは、いや応なく究極の刑罰に向き合わねばならなくなった。「自らの意思でそうした仕事を選んだのならともかく、なぜ普通の市民が」と疑問を抱く人も多いかもしれない。

しかし、自分たちの社会の根っこにかかわる大切なことを、一握りの専門家に任せるだけではいけないという思想が、この制度を進める力となった。長年続いてきた「お任せ民主主義」との決別をめざしたと言っていい。

きのうの判決はそのひとつの帰結であり、これからも続く司法参加の通過点でもある。熟議を重ねて到達した結論は、表面をなでただけの感想やしたり顔の論評と違って、圧倒的な存在感をもって迫ってくる。

判決言い渡しの後、記者会見に臨んだ裁判員の男性は、背負ってきた重圧を語り、あわせて「日本がいまどんな状態にあるかを考えると、一般国民が裁判に参加する意味はあると思う」という趣旨の話をした。

こうした経験の積み重ねは長い目でみたとき、この国の姿をきっと変えていくに違いない。死刑の存廃をめぐる論議も、国会を巻き込みながら、従来とは違う深度と広がりをもって交わされていくことになるだろう。

折しも来年の裁判員候補者31万人に通知が発送され、それぞれの手元に届いているころだ。家族を含めればより多くの人が、これを機に、犯罪とは何か、人を裁くとはどういうことかに思いをいたしているのではないか。

私たちの仲間が重い判断をした。いまはそれを静かに受け止め、自らの問題として考えを深めていきたい。
(引用以上)

個人的には、裁判所は死刑判決を下した裁判員に死刑制度に対しての考え方に変化があったかを聞くべきだと思います(死刑制度に反対すると、裁判員にはなれず、もし死刑制度を見直すべきという意見があっても、それは表に出さないため、そうした質問はタブーなのだと想像しますが)。

(注)
瀬木比呂志氏著『絶望の裁判所』

絶望の裁判所

p.66~67
「私は、裁判員制度に含まれる市民の司法参加の意味とそれによる刑事裁判制度の改善、冤罪防止の機能という長所は評価しつつ」
「その導入に裁判所トップの不正な思惑がからんでいたこととは、また別の問題である。民主国家である以上、右のような不正については国民、市民は知る権利があると思う。」
(裁判制度導入の)「実質的な目的は、トップの刑事系裁判官たちが、民事系に対して長らく劣勢にあった刑事系裁判官の基盤を再び強化し、同時に人事権をも掌握しようと考えたことにある」
「実は、これは有力な見方というより、表立って口にはされない「公然の秘密」というほうがより正しい。」












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category: 死刑制度について考える

2014/09/22 Mon. 01:24 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『プールサイド・デイズ』 ナット・ファクソン/ジム・ラッシュ監督 

フィルム・レビュー 『プールサイド・デイズ』 ナット・ファクソン/ジム・ラッシュ監督

way way back

『プールサイド・デイズ』(原題『The Way Way Back』)観賞。これは、今年のカリコレ(ミニシアター新宿シネマカリテのオープン1周年を記念した独自の映画祭)で劇場未公開発掘作品として紹介されたが、そのほかの劇場ではまだ日本公開されていない作品。

ジョージ・クルーニー主演の『ファミリー・ツリー』という高評価を受けている佳作があるが、あれは『サイドウェイ』『ネブラスカ』の監督アレクサンダー・ペインの監督作品。その『ファミリー・ツリー』の脚本を手掛けたナット・ファクソン(予告編でサム・ロックウェルがプールで放送をしている時に隣に立ってるスタッフ)とジム・ラッシュ(予告編でプールの売店担当)が脚本、監督そして出演もしたという2013年公開の映画がこの作品。

これが実にいい。人間関係を築くのに不得手な14歳の少年が主人公。離婚した母親に新しいボーイフレンドができ、家族になる予行演習ばりにひと夏を、彼のビーチハウスで過ごす話。自分の居場所が見つけられなかった折、自分らしく自由に生きることを信条とするプールのオーナーと出会い、ひと夏をそのプールのバイトをして過ごす。家族のごたごたは解決するどころか、こじれてしまうのだが、そうした出口が見えないのもリアリティーがあっていい。

コメディアン出身で『40歳の童貞男』などコメディ映画で活躍しているスティーヴ・カレルが本作では、嫌われ役の母親のボーイフレンドを演じている(少しきつすぎる脚本はもう少しなんとかなりそう)。逆に、今までサイコキラー的な悪役がイメージだったサム・ロックウェルが、少年と心を通わせるプールのオーナー役を好演している。

今後、日本で劇場公開があるかは分からないが、もしあれば、またDVD化されてレンタルできるようなら、是非お勧めの一本。

ここをクリック→ 『プールサイド・デイズ』予告編

(Facebook 9/14/2014より転載)












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2014/09/21 Sun. 04:33 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (419) 「物語―孤独のなかの「転落」自白 続き」 9/18/2014  

#検察なう (419) 「物語―孤独のなかの「転落」自白 続き」 9/18/2014

(これまでの話)

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(続き)

<逮捕―身体検査と留置場での夜>

手に書類をもって制服を着た男が取調室に入ってきた。階級がすこし上の警察官のようだ。手元の書面に目を落とし読み上げるように早口で言った。

「キミニタイホレイジョウヲシメシマス コレカラヒギジジツニツイテキキマスガ キミハコタエテモイイシナニモコタエナクテモイイ ベンゴニンヲセンニンスルコトガデキマス・・・・ヒギシャハ・・・・ネンゴガツニジュウハチニチ・・・・ゴゴジュウイチジ・・・・フンコロ・・・・マンションイッカイエレベーター・・・・ヒガイシャ・・・・ゼンチニシュウカンノカリョウヲヨウスルショウガイヲオワセタ・・・・」
(君に逮捕令状を示します。これから被疑事実について聞きますが、君は答えてもいいしなにも答えなくてもいい。弁護人を選任することができます・・・・被疑者は・・・・年5月28日・・・・午後11時・・・・分ころ・・・・マンション1階エレベーター・・・・被害者・・・・全治2週間の加療を要する傷害を負わせた・・・・)

頭の中は不協和音でいっぱいになり、ぼんやりと聞き流してしまった。

「いま読み上げた事実に間違いはありませんか。どうですか。」

僕はなにも答えることができなかった。なんのことか、どんな状況にあるのか、なにを言われているのか、どう返事をすればいいのか。そのことに集中することができなかった。

彼はぼくをじっと見すえて、時計を見ると「じゃあしょうがないね。よく考えてあとで正直にお答えします。そういうことだね」そう言って書類になにやら記入をし、僕に署名をさせて取調室から出ていった。

刑事は僕に、手錠をかけ腰縄をつけた。僕は取調室から連れ出され、暗い通路を通って、階段をいくつかおりた。また明るい通路に出て、鉄格子のはまった部屋に入った。僕は衣類を脱がされ、全裸にされ、身体をくまなく検査された。その奥のさらに頑丈そうな鉄の扉が開かれた。僕はコンクリートと鉄格子の暗い部屋に入れられ、外から鍵をかけられた。そこは監房だった。いままで嗅いだことのない匂いが鼻腔にまとわりついてきた。僕はすべてを剥ぎ取られたように感じた。これまでの生活では体験したことのない全く不気味な場所に閉じ込められた。夜がきても、湿り気を含んだ重たい暑さはひかなかった。見回りの警察官の靴音以外はなにも聞こえない。疲れ果ててはいたが、不安と恐怖とで眠れなかった。

<捜索 指紋と足跡の不自然>

警察は被疑者の自宅と勤めている工場の捜索を終えた。自宅ではハット型の帽子を押収した。しかし、そこにあったスポーツシューズの靴底は犯行現場の波形とは違っていた。靴底が波形のスニーカーは工場の私物入れにもなかった。ビデオに映ったハット型の帽子と品名は同じだが色調は同定できなかった。このハット型帽子は、4月1日にテレビ会社が配ったサービス品だった。新番組の宣伝として駅前で配ったのだという。

被疑者の指紋をとって、現場やハンドバックから採取した指紋と対照した。しかし、被疑者の指紋と一致するものはなかった。ひとりの若い刑事が被疑者の指紋が現場から出ていないことを問題にした。「あいつ・・・・ホンボシなんですかねえ」と疑問を漏らした。エレベーター横に設置したビデオに映った犯人は手袋をしていなかった。素手で指紋が残ると思われる箇所に触れている姿が撮影されてもいた。コンクリートの壁であり、エレベーターホールのガラスであり、玄関ドアだ。このような場所から犯人の指紋が採取されて当然だ。そう矛盾を突いた。

ベテランの刑事が言った。「よくあるんだよ、そういうことは。理屈じゃないんだ」

被疑者が履いていた靴と自宅で押収したスポーツシューズには、現場で採取された靴底の波形と一致する靴はなかった。これについても「どこかにまぎれたか、投棄したか、どちらかだ」そう言って、被疑者の追求を優先させた。

捜査本部は、被疑者の犯行日の足取りとともにスニーカーの探索を引き続き行うこととした。

<逮捕後の取調べ とまどい、自失>

朝から取調室に連れて行かれた。「なぜ逮捕されたかわかるか」といきなり叩かれるように聞かれた。僕が黙っていると「自分がやったこともわからないのか」と詰問された。蒸すような暑さと湿り気が部屋にこもっている。「証拠があるから逮捕されたことくらいはわかるだろう」、そう言われても、僕にはわからない。仕事のことが気になっていた。早く帰りたい。身体はこわばりきしんでいるようだ。考えはまとまらず、おおきな不安で神経だけがあえいでいた。心臓の音が高鳴り、手が汗で濡れ、そのうち全身に汗がまとわりついてきた。頭はぼんやりとして、すこし寒気がしたと思ったら、真っ白になった。

僕は倒れていた。意識を失っていたのはどれくらいの時間だったのだろう。机の上に、僕の手帳や財布の中身がひろげられていた。どれもこれも僕の大切なものだった。いつの間にか傾いた陽が斜めに射し込んでいた。

「幸い被害者の傷はたいしたことはない。被害品も返っている。初犯だ。たいした罪にはならんだろう。早く罪を認めて償えよ」、そんな言葉が聞こえていた。

1枚の写真が示された。「たしかな証拠があるんだ。いつまでも知らないではすまさんぞ。正直に認めて、早く謝ったらどうだ。恥ずかしくないのか」と大声になった。

写真には穏やかに微笑む両親のやさしい眼差しがあった。

<疑問から確信へ 空白の2時間>

容疑者の犯行時刻の足取りがほぼ確定できた。その日容疑者は午後8時まで残業をした。そのあと、上司の誘いで焼鳥屋に飲みに行った。別れたのが午後10時過ぎころ。帰宅はアパートの隣の住人によると夜の12時ころだったと思う、という。被疑者には犯行時刻を含む前後2時間のアリバイがない。空白の2時間だ。

自宅から押収した預金通帳からはいくつかのクレジットの引き落としがあり生活は楽ではないことがうかがえた。自宅にあったパソコンの解析も進んだ。アダルトサイトで強姦ものをのぞいていることをつかみ、その内容を証拠化した。

そのうえで被疑者を追求した。

被疑者は前歴から争い出した。前歴となっている軽犯罪法違反は、ただ帰り道を歩いていただけで、相手の女性の勘違いだと主張した。でも君はあのとき自分で謝罪文を書いているじゃないか。そう追求すると、泣きながら認めた。犯行日の夜は、上司と飲みに行ったことを思いだしたらしい。でも被疑者はそのまま帰って、なにもしていないと本件を否認し続けた。

上司と別れた10時過ぎから帰宅した12時ころまでの空白の2時間を追求した。被疑者はその夜、確かに上司と飲んだが、11時過ぎころ別れた。そのあと川沿いの道をどこにもよらずに歩いて帰った。犯行現場は知らないし、行ったこともない。途中で友人に電話したがつながらず、アパート前のコンビニでスポーツドリンクを買って部屋に戻ったという。

<取調べ 転落自白へ>

僕はもうくたくたで考えはまとまらなかった。2年前の軽犯罪法違反を持ち出された。あれは相手の女性の誤解だったと何度言っても聞いてもらえなかった。悔しくて涙が出た。そのうえ部屋のパソコンものぞかれていた。いつも性的な欲求をどう処理しているのか、お前はいやらしいやつだとさげすまれた。上司は10時ころには別れたと言っているぞ、上司を嘘つきにするのかとまで言われた。姉さんにきてもらうか、田舎からご両親を呼ぼうか、とすごまれた。証拠はそろっているし、お前以外に犯人はいない。そう繰り返された。僕はなにも知らないしなにもやっていないと何度も言ったが、刑事は軽蔑し、ときに冷笑して、お前がやったんだと言った。

僕は認めてしまえばここから出られるのではないかと思いはじめた。僕はやっちゃいないのだから、こんな扱いを受ける理由はないはずだ。嘘はいけないが、いったん嘘で認めて、あとできちんとやってないと言おう。そうすれば、わかってもらえるし、許されるだろう。とにかくいまは疲れすぎているし、なにがなんだか考えはまとまらない。とにかくもうこれ以上こんな扱いを受けるのはたくさんだ。息苦しく、動悸はばくばくと打ち続け、口は乾いて、熱っぽい。体中がとにかく不快感でいっぱいだ。

おいこら、お前なんか人間じゃあねえな。こんなお前を見たら、お姉さんもご両親も泣くぞ。おいお前、正直になれよ。たいした罪じゃない。早く認めて償うのがまっとうな人間のすることだ。

僕は「すみませんでした、間違いありません」と、やっと声を絞りだした。その途端に涙があふれてきて、体ががたがた震えてとまらなくなった。

<勾留請求 勾留質問>

検察官室に修習生がはいってきた。「君は弁録の立ち会いはじめてだよね、一緒に立ち会ってください」検察官はにこやかにそういった。被疑者が腰縄付きの片手錠で連行されてきた。手錠と腰縄をとかれ、テーブルの前に座らされた。検察官は黙秘権と弁護人選任権を告げ、被疑事実を述べて尋ねた。「この被疑事実に間違いありませんか」被疑者は、僕は「なにも知りませんし、やっていません」と答えた。検察官はちょっと意外そうな顔をして、「君は警察では認めていたのではないですか、と聞いた。被疑者は答えなかった。まあいいです。では『知らないし、やっていない』ということで記録します」。被疑者は警察官に引かれて出ていった。検察官は修習生にこう言った。「よくあるんだよね。いったん認めても、また否認するのが。とりあえず勾留請求をしましょう」と落ち着いた表情で笑いかけた。

勾留質問室に裁判官が座っている。民事担当の若手裁判官が弁論期日の合間に勾留質問を行う。この日何人かの勾留質問を終えていた。これまではすべての被疑者が罪を認めていた。裁判官は記録を見て、つぎは否認かとつぶやく。被疑者がつれてこられた。裁判官は被疑者を確認し、黙秘権のこと、当番弁護士に面会を求めたり、身内に連絡できることを説明して、被疑事実について尋ねた。被疑者はせっぱ詰まった様子で「なんにも知らないんです、やっていないんです。何度もそういっても認めてくれないんです。なにもやっていないのにどうして僕は逮捕されているのですか。どうして家に帰れないのですか。僕を家に帰してください」と言った。裁判官は「証拠が一応そろっていますし、やっていないのなら、やっていないと頑張ることですね。私ももう一度証拠をよく見て、このままあなたの身柄を拘束するかどうか、つまり勾留するかどうかということですが、それを決めますからね」と穏やかに返事した。

<勾留決定と当番弁護士の接見>

裁判官は僕に10日間の勾留を命令した。

検察官はすこしきつそうだったが、裁判官は優しそうな人だった。警察とは違うから、きっとわかってくれると思った。でも裁判官は証拠があるといっていた。なんの証拠があるのだろう。あるはずがない。全然知らないし、行ったことさえないところだ。どこでどう間違ったのか。僕にはとても信じられない。

当番弁護士がやってきた。僕は何がどうなっているかわからないと言った。「やっていないということですね」と弁護士は言った。時計を見ながら、「それでは弁護人選任届を書いて、押収品目録と一緒に宅下げしてください。勾留状の謄本を取って、すこし調べてみましょう。取調べではとりあえずなにもしゃべらないでください。お姉さんに連絡を取りましょう。また面会にきます」そう言って、面会室から出ていった。

留置場の監房に戻って、すこし落ち着いた。相変わらずいやな匂いが鼻についたが、上司と別れた後のことについて考えることができた。あの夜、僕は川沿いの道を歩きながらすこしいい気分で友人に電話をした。出なかったけれど留守電に短く伝言をした。アパートの前で飲み物も買った。その時間がわかれば、僕が犯人じゃないこともわかるのではないかと思った。弁護士に調べてもらおうと思ったら気持ちはすこし前を向いた。

<弁護士の面会―アリバイのこと>

取調べは堂々巡りを繰り返した。やったやってないと言い合った。「じゃあなんで、このまえは謝って認めたんだ。おまえは嘘つきだ。嘘つきの言うことは信用できん。素直になれよ」そんなふうに決めつけられた。

弁護士の面会があった。弁護士は「被害者と運転手の目撃証言があるようです。現場のビデオもあり、警察はそこに映った犯人とあなたが似ているとみたようです。その犯人がハット帽をかぶっていたことと、どうも現場に足跡が残っていたようです。それであなたの帽子と靴が押収されています。どうですか、当日の夜のことでもなんでもなにか思い出されませんか」そんなふうには話しかけてきた。

「僕はやってもいないし、そこにも行ったことがないので、その足跡は僕のものであるはずがない。あの日の夜のことですが、僕は上司と別れて、友人に電話を入れました、そのあと、コンビニで買い物をしました。その時間がわかれば、僕がやってもいないし、そこに行っていないことがわかると思います」そう弁護士に伝えると、僕にもすこし自信が出てきた。

弁護士は、上司と別れた、友人へ電話をした、コンビニでの買い物をした、それぞれの時刻を調べてみるといった。

面会を終えて、僕に弁護士が帰り際に言ったひとことが重くのしかかってきた。

「警察は姉さんを調べたあと、ご両親も呼び出すつもりです」

<勾留延長>

眠れない夜が続いた。昼間は起きているのか眠っているのかわからない。頭はぼんやりとして、体は熱をもち、動悸も息苦しさも増していった。耳鳴りがおしよせ、いやな匂いが体中にしみこんでくる。緊張は続き筋肉はふるえ節々が痛んだ。蒸し暑さは相変わらずだ。そんな中で僕の取調べは続いた。

「姉さんからの伝言だ。君にはほんとうのことを正直に言ってほしいと。姉さんが泣いていたぞ」
「ですから友人に電話をした時間とコンビニで買い物をした時間を調べてください。そうすれば、僕が関係ないことがわかりますから」
「そう言えと弁護士に言われたのか。おまえがやったことははっきりしている。被害者だけではないんだ。ほかにもおまえを現場で見た人がいる」
「僕はいつになったら出られるんですか」
「勾留延長だ。おまえは認めなければここから出られない。認めれば保釈もあるし、執行猶予も考えられるだろう。どうだ、もういいかげん正直にならないか」

そんなやりとりで僕はとことん消耗していった。

姉さんは僕がやったと思っているのだろうか、そんなはずはない。いやそう思っているかもしれない。父や母はどうだろうか。上司は、工場のみんなはどうだろう。

「おまえは嘘つきだ、誰もおまえの言うことなんか信じない」

どうせみんな僕のことを信じてくれやしない。僕がやったと決めつけているんだろうな。そんな疑心がいやおうもなく立ちあがってきた。

(次回は最終回です。来週木曜日掲載予定)

転落自白

『転落自白 「日本型えん罪」は、なぜうまれるのか』
内田博文氏、八尋光秀氏、鴨志田祐美氏編著
2012年出版
日本評論社

9/18/2014

















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2014/09/18 Thu. 07:39 [edit]   TB: 0 | CM: 3

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#検察なう (418) 「美濃加茂市長事件、藤井浩人氏今週初公判!」 9/15/2014 

#検察なう (418) 「美濃加茂市長事件、藤井浩人氏今週初公判!」 9/15/2014

今週、注目すべき出来事が17日水曜日にあります。それは、名古屋地裁で開かれる美濃加茂市長事件の藤井浩人氏の初公判です。

事件の容疑は30万円の贈収賄であり、それが事実であればただの地方ネタですが、もし事件が警察・検察のフレームアップであれば、号泣議員どころではない全国ネタです。その可能性が濃厚であるにも関わらずメディアの扱いが小さい(その意味するところは推して知るべし)ため、事件の内容をご存知ない方も少なくないと思われます。ここで簡単にご説明したいと思います。

最近ようやく噛まずに言えるようになった「美濃加茂市」(岐阜県)ですが、どういうところか知らなかったため、市のホームページをのぞいてみたところ、以下のような紹介ビデオがアップされていました。

ここをクリック→ 「私の住んでいる美濃加茂」

ここをクリック→ 「であう」(美濃加茂市を駆けるランナーが多くの市民や風景と出会います)

2本目のビデオの最後にランナーが駆け込むのを抱きとめているのが藤井浩人氏です。

fujii2.jpg

fujii.jpg

これらのビデオを見る限り、どこにでもある地方都市なのですが、若者が活性化しようという意気込みが伝わってきます。

地元出身の藤井氏が、全国史上最年少市長(当選当時28歳)として美濃加茂市長に当選したのは、2013年6月でした。無所属の藤井氏が、自民系の元市副議長の候補を破って当選したことからも、地元、特に若年層からの期待は高く、また既成勢力からの反発も少なからずあったであろうことが想像できます。

就任から1年たったこの6月、藤井氏は突然逮捕されます。容疑は、市議時代に、プールの水を災害時の生活用水として利用する浄水濾過機を実験的に自身の出身中学校へ設置する便宜を図った見返りに、浄水設備業者社長から現金30万円を2回に分けて受け取った疑いがあるとするものでした(注1、2)。藤井氏は、浄水濾過機設置の誘致を働きかけたことは争いのない事実として認めながら(但し、無償で設置しており、市は一切費用を払っていない)、収賄の容疑は全面否認。

贈収賄の証拠とされているのが、贈賄側(浄水設備業者社長)の供述ですが、この浄水設備業者社長なる者は、今年の2月と3月に詐欺罪で逮捕されており、その取調べの中で藤井氏への贈賄を供述したとみられます。

検察が現金授受のあったとする2回の会合には、いずれも共通の知り合いが同席していましたが、その知り合いも授受の事実はないと否定しています。しかし、検察のストーリーは、その同席者が席を外した際に現金を渡したとするものです(そのうち1回の場所はなんとガスト。同席者がドリンクバーに席を外している際に現金を藤井氏に渡したとするのが、検察のストーリーです。相変わらず一般人感覚とは異次元の検察の想像力の荒唐無稽さには驚かされます)。

検察は7月に藤井氏を起訴、その後も勾留は続きましたが、藤井氏は否認を貫き、保釈されたのが8月末。美濃加茂市は人口5万5千人ですが、市長の保釈を求める署名は2万2千人に達したとされます。

主任弁護人は、私の国賠審代理人チームにも加わって頂いている郷原信郎氏です。そして郷原氏は、その浄水設備業者社長が、金融機関から総額3億7850万円の融資を不正に受けていた(発注書等を偽造して中小企業向け信用保証制度を悪用するという詐欺としてはかなり悪質なもの)にもかかわらず、2100万円しか立件されていない事実をもって、この浄水設備業者社長を刑事告発しました。自分の罪を軽くしてもらう代わりに捜査当局にとって都合のいい証言をする「ヤミ司法取引」が強く疑われるケースです。

そして注目の初公判が今週水曜日というわけです。

一連の経緯については、郷原氏がブログで詳細に解説していますので、その一連のブログをご覧頂ければ詳しいことがお分かりになります(注3)。

そして事件の背景、経緯を理解するために一番よい情報と思われるのが、郷原氏がビデオニュース・ドットコムに出演し、神保哲生氏のインタビューに答えた以下の動画です。是非、一度ご覧下さい。保釈直後の藤井氏のインタビューも収録されています。

ここをクリック→ ビデオニュース・ドットコム(9月6日配信)「あれだけの不祥事があっても検察はまったく変わっていなかった 元検事郷原信郎氏が美濃加茂市長を起訴した検察を厳しく批判」

この件で、郷原氏と若干やり取りをさせて頂きましたが、郷原氏の言葉からは、公判検事への気遣いが見られるほど並々ならぬ自信を感じました。やはり真実を味方につけているということがその自信を裏打ちしているのだと思います。

現金授受の状況は、郷原氏がペンネーム由良秀之名義で原作(『司法記者』)を書き、WOWOWで放送されたドラマ『トクソウ』を彷彿とするものです。まさか検察が、筋立てに『司法記者』を参考にしたということはないでしょうが(あったりして)。

警察送致のこの事件の担当は名古屋地検です。名古屋地検の最高責任者の地位にある長谷川充弘検事正は、厚労省の村木厚子氏に対する証拠改ざん事件の際に、最高検察庁検事として大阪地検特捜部の大坪元特捜部長、佐賀元特捜部副部長を犯人隠避事件で起訴した際の主任検察官でした。検察の体質の問題ではなく、個人の行き過ぎた捜査に問題があったと事件を矮小化した立役者というわけです。

この事案を見る限り、西の郵便不正事件、東の陸山会事件虚偽報告書問題を経ても全く反省の色が見えないのが検察というところのようです。

私の事件でも、検察の「引き返す勇気」の欠如が露呈しましたが、またか、という思いです。「引き返す勇気」の欠如は、特捜部だけではなく(私はそう期待していましたが)、検察全体に巣食う病巣なのかもしれません。

(注1)
ここをクリック→ 報道「贈収賄で藤井浩人美濃加茂市長と㈱水源の中林正善社長を逮捕」

(注2)
ここをクリック→ 容疑の事前収賄と受託収賄に関して。弁護士ドットコム「29歳最年少市長が「逮捕」 容疑の「事前収賄」と「受託収賄」はどんな違いがある?」

(注3) 郷原氏ブログ『郷原信郎が斬る』

ここをクリック→ 「全国最年少市長の「潔白を晴らす」」 6/27/2014

ここをクリック→ 「現職市長に「逃亡のおそれあり」として勾留決定をした任官後半年の新米裁判官」 7/5/2014

ここをクリック→ 「藤井美濃加茂市長の不当勾留は地方自治を侵害する重大な憲法問題」 7/8/2014

ここをクリック→「「前代未聞」の検察の判断を待つ藤井美濃加茂市長事件」 7/14/2014 

ここをクリック→ 「「責任先送りのための起訴」という暴挙」 7/15/2014

ここをクリック→ 「獄中で30歳の誕生日を迎えることになった藤井美濃加茂市長」 7/25/2014 

ここをクリック→ 「森厚夫美濃加茂市議会議長の「真意」を聞きたい」 7/30/2014

ここをクリック→ 「美濃加茂市を脅す愛知県警、「崖っぷち」の名古屋地検」 8/1/2014

ここをクリック→ 「藤井市長を人質に籠城する検察」 8/16/2014

ここをクリック→ 「藤井美濃加茂市長ようやく保釈、完全無罪に向け怒涛の反撃」 8/24/2014

ここをクリック→ 「「弁護人による告発」と「司法取引」制度の導入 ~悪質融資詐欺の告発で虚偽の贈賄自白の背景に迫る~」 9/8/2014

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category: 美濃加茂市長事件

2014/09/15 Mon. 02:11 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『誰よりも狙われた男』 アントン・コービン監督 

フィルム・レビュー 『誰よりも狙われた男』 アントン・コービン監督

a most wanted man

フィリップ・シーモア・ホフマンの遺作。存在感がありながらも、作品を彼のカラーで染めない(でしゃばり過ぎない)役者で、自分がもし映画監督なら間違いなく使ってみたい役者の筆頭だった。彼の演技で好きな作品は、ちょっとマイナーな選択だが『ハピネス』と『その土曜日、7時58分』。ヘロインのオーバードーズと思われるが、46歳の若さでこの世を去ったのは余りにも残念で悲しい。

彼の最後の主演となるこの作品は、スパイ小説の大家ル・カレの原作を、ロック・フォトグラファーのアントン・コービンが監督。アントン・コービンと言えばU2の一連のモノクロ・ジャケット。やはり最高傑作は『War』だろうか。

話題性満点だが、映画としてはかなり微妙。評価は高いながらも、途中で席を立つ人もちらほら。国際テロリストが題材の映画としては、映画史上「最も何も起こらない、最も静かなテロリスト映画」ではないだろうか。

「何も起こらない」ということさえ知っていれば、実は、話は味わい深い。舞台はドイツの港湾都市ハンブルク。ホフマンが演じる主人公は諜報機関でテロ対策チームを率いるスパイ。映画のオリジナル・タイトルは『A Most Wanted Man』だが、これは密入国したイスラム過激派の容疑をかけられ国際指名手配されている男を指している。彼は人権団体の若手弁護士(レイチェル・マクアダムス)を介し、秘密口座を巡って銀行家(ウィレム・デフォー)と接触するのだが…というお話。何も起こらないといいながら、映画は終始緊張感を保ち、最後のクライマックスに流れ込む。途中の何も起こらないフラストレーションさえ乗り越えてアテンションを維持できれば、そこそこ面白いと思うのではないだろうか。

レイチェル・マクアダムスはカナダ出身の女優。『きみに読む物語』でブレイクして、最近では『シャーロック・ホームズ』に出演。今まであんまりぱっとした印象じゃなかったが、この映画ではナチュラル・メイクの女性弁護士役で非常にチャーミングだった。

ということで、アクション物を期待すると完全に空振りということを理解した上で、小難しいストーリーでも可という人は観てもいいかも、という映画。R.I.P Philip.

ここをクリック→ 『誰よりも狙われた男』予告編

(Facebook 9/4/2014より転載)














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category: フィルム・レビュー

2014/09/14 Sun. 04:18 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (417) 「物語―孤独のなかの「転落」自白」 9/11/2014  

#検察なう (417) 「物語―孤独のなかの「転落」自白」 9/11/2014

前回ブログで、なぜ無実の人が虚偽の自白に「転落」するのかを議論しました。

ここをクリック→ #検察なう (416) 「全ての自白は虚偽自白の可能性がある~『転落自白 「日本型えん罪」は、なぜうまれるのか』を読んで」

私が、参考としたのは『転落自白 「日本型えん罪」は、なぜうまれるのか』という本です。

転落自白

『転落自白 「日本型えん罪」は、なぜうまれるのか』
内田博文氏、八尋光秀氏、鴨志田祐美氏編著
2012年出版
日本評論社

この本は、虚偽自白が有罪立証の決め手となった過去の冤罪事件(足利事件、富山氷見事件、宇都宮事件、宇和島事件)を分析することにより、虚偽自白が起こる構造を克明に解き明かしたものです。

専門的な内容ですが、「ウソの自白」がなぜ起こるかを理解することは、我々は誰しも裁判員になる可能性がある以上、有権者の素養として理解しておかなければならないものだと思われます。そうでなければ、我々も冤罪を作りだすことに加担することになり得るからです。編者の視点もそこにあり、専門的な内容を、法律的な知識がない一般人でも読み解けるように丹念に解説しています。

一人でも多くの人に読んでもらい、虚偽自白がなぜ起こるかを理解して頂ければと思い、編者の八尋弁護士(ツイッターつながり)、鴨志田弁護士(フェイスブックつながり)の両先生及び出版社の了承を得て、第一章に掲載された「物語」を全文そのまま引用させて頂きます。

この物語を読んで、興味を持たれた方は是非この本を手に取って下さい。

「物語―孤独のなかの「転落」自白」

<有罪判決>

「これから判決を言い渡します」

裁判長は丁寧な口調で僕に正面に立つよう指示した

「シュブン ヒコクニンヲチョウエキゴネンロクゲツニショスル ミケツコウリュウニッシュウチュウニジュウニチカンヲ ソノケイニサンニュウスル ソショウヒヨウハ……」
(主文 被告人を懲役5年6月に処する。未決勾留日数中20日間をその刑に参入する。訴訟費用は......)

僕は弁護士さんのほうを横目でみた。弁護士さんは下を向いて、首を横に振っている。僕に目を合わせようとしない。僕にとって厳しい内容だということが感じとれた。裁判長の声がまだ続いていた。でも僕にはなにを言っているのかうまく耳にはいってこない。とにかく僕は有罪で刑務所に連れて行かれるらしい。ひとごとのように「嘘だろう」という言葉が浮かんだ。

僕はなにもやっていない。どんな犯罪があって、どのようなことがなされたのか。ほんとうのことはなにも知らない。裁判長はいつも僕を見ていた。ひょっとしたら僕がやっていないと見抜いてくれるかもしれない。見抜いてくれるに違いないと信じた。その裁判長はいま下を向いて、僕の有罪判決を読み上げている。みんながとてもちっぽけに見えた。

<事件の発生>

A子は5月28日午後11時45分ころ、友人との「女子飲み」があり遅い帰宅となった。駅前でタクシーを拾いマンションの見える角でおりた。築30年をすぎた7階建の賃貸マンションに単身で住んでいる。数メートル歩いて玄関前までくると、エレベーターホールのあたりから男がでてきた。抱きかかえひきずられ、エレベーターホール横の暗がりに押しこまれた。ナイフのようなものを左手にもっている、そう見えた。もみあっているうちに、ブラウスのボタンがひとつちぎれ、いろんなところをさわられた。こわくて何もできない。どれくらいの時間がたったのかわからないが、身を硬くしながらやっと声がでた。必死で助けをよんだ。男はハンドバックをつかんで外へ駆けだした。そこでやっと大声を出せた。

<僕のアリバイ>

残業を終えた僕は缶コーヒーを飲んでいた。午後8時を過ぎると腹ぺこで、頭がぼんやりする。煙草を一口吸って、コーヒーをすする。そこで上司に呼び出された。いつも小言を聞かされる。語尾をはっきり言え。相手の目をきちんと見ろ。身体を揺するな。姿勢を正せ。接客業でもないのに、そんなことはどうでもいいと、心の中で言い返していた。ところが今夜は飲みに誘われた。上司の機嫌は良かった。僕を工場近くの焼鳥屋に連れていき、今夜は俺のおごりだと言い放った。いつもの説教口調だったが、これからは僕のことをすこし信頼し期待もするらしい。おまえはやればできる。頭も決して悪くない。性格も素直だ。おれはおまえのことを評価している。

店を出てお礼を言って上司と別れた。僕のアパートは工場から川沿いの道を2キロほどのぼったところにある。いつもよりゆっくり歩いて酔いをさまそうと思った。川面をわたってくる風が心地よい。昼すぎまで降った雨の匂いを感じた。

薄曇りで月はなかった。携帯電話をとりだして友人に電話を掛けた。留守電に「元気でやっている」と伝言をした。携帯のディスプレイが5月28日午後11時39分を表示した。気持ちがすこし晴れた。アパートの近くのコンビニでスポーツドリンクを買って部屋に帰った。

<端緒と初動捜査―帽子と靴>

現場を押さえて署に帰り、被害者と通報者の聴き取りをした。

通報者はタクシーの運転手。被害者を現場マンションの路地にはいる角でおろした。記帳をすませて社に連絡を入れた。社の指示を受けて待機場所に向け発車しようとしたその時だった。女性の悲鳴が聞こえ、路地から男が飛び出してきた。とっさに車外に出て男を追っかけた。100メートルくらいあとを追った。男はつかんでいたハンドバックを投げつけ、そのまま公園を横切って駆け去った。ハンドバックが左肩をかすめて後方に落ちた。ハンドバックと散らばった中身を集めて、悲鳴を聞いた現場に引き返した。エレベーターホール横の片隅に女性がしゃがみ込んでいた。ハンドバックをそばに置いて、車の無線で警察に通報した。45歳男性、乗務歴8年のタクシー運転手はそう話した。

被害者はA子。派遣社員としてコールセンターに勤務する21歳の小柄な女性。現場では取り乱していた。いったん部屋に帰し、なだめながら身体の打ち身や擦過傷、服の破損箇所などの写真撮影をし着替えさせた。現場での指示説明のあと署に向かった。署での事情聴取では落ち着いた様子だった。男は知らない人で帽子をかぶっていた。背丈は165センチから170センチくらいの中肉中背。年は20代半ばから30代半ば。服装は覚えていない。ほかに特徴は思いつかない。心あたりもないと言った。

犯人の背格好と帽子の形を通報者にも確認した。通報者であるタクシー運転手が指示し、現場近くの公園に数個の足跡を認めた。犯人のものと思われる足跡だ。その足跡には靴底の波形がくっきりと刻まれていた。

通報と同時に緊急配備をしいたが、容疑者らしき不審者はかからなかった。

<軽犯罪法違反の前歴>

僕はとても不愉快な思いをしたことがある。この町にやってきてまだ慣れないときのことだ。繁華街にある古本屋で立ち読みにふけった日曜日の夜9時ころ、駅をおりてアパートまで1キロくらい歩いていた。気がつくとまえをゆく若い女性に20メートルくらいまで近づいてしまっていた。ほかに人影はなかった。その女性は後ろの僕を気にしながら歩いているようだった。僕は歩をゆるめて距離をあけようとした。同じように彼女も歩をゆるめた。それでなんだか妙な感じになった。僕はできるだけなにもないように自然に歩こうとつとめた。あとをつけていると思われるのは心外だし、彼女がだんだん緊張してきたようにも感じたからだ。でもそれが真逆になって20メートルよりもっと近づいた距離で歩くことになった。仕方なく僕は早足で追い抜こうとした。すると彼女も早足になった。僕はこのさい追い抜いてしまおうと走りだした。彼女はあわてて走りだし転んでヒールが脱げた。僕が助けようと思って近づくと、彼女は悲鳴を上げて素足のまま駆け出した。僕はヒールをひろってあとに続いた。街灯をともした近くの家に彼女は助けを求めた。大騒ぎとなりパトカーまでがやってきた。僕は事情聴取を受けた。彼女は泣き続け、僕は二度と同じことはしませんという謝罪文をかかされた。「不安または迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとった者」として、軽犯罪法違反の前歴をつけられてしまった。2年くらい前のことだった。このとき以来僕は、駅からの帰宅の順路はほかの道を選んでいる。

<任意同行>

保存した足跡の波形からスニーカーの品名が特定できた。そのサイズもいくつかの断片をあわせることによってわかった。エレベーターのまえに設置されたビデオには、ハット型帽子を目深にかぶった男の姿が映っていた。横についたロゴからその帽子のメーカーを突きとめた。現場やハンドバックから被害者以外の指紋を採取した。

事件から1週間が過ぎて前歴情報があがった。同じ町の川向うで2年前の4月に起きた軽犯罪法違反事件。夜道で若い女性をつけねらって追い回した男がいる。女性と近隣者に騒がれ、ちょうど通りかかったパトカーで確保した。それまでには前科前歴はなく、所持品を検査したが不審物はなにも出てこなかった。署まで連行し事情を聴取した。現場はすこし遠回りではあったが、男の言う通り帰り道でもあり得た。女性につきまとったことをはじめ否認したが、女性に不安や迷惑をかけたことは間違いないと認めた。謝罪をさせて釈放した。身長168センチ中肉中背、32歳独身で一人暮らしの工場勤め。いまも同じアパートに住んでいる。本件犯行現場から直線でおよそ800メートル、経路上では橋を渡りまわり込んで1.8キロの距離。

警察は被害者と通報者に面割をさせる必要があると判断した。聞き込みで、この前歴者は、5月28日の帰りが遅く深夜だったこと、ときどきハット型帽子をかぶって外出していることなどを確認した。翌朝早く任意同行することにした。

<不安>

遠くから誰かが呼んでいるようだった。部屋の呼び鈴が鳴り続けていた。外はまだ薄暗い。時計がわりに携帯を見ると6時前だ。もう1時間は寝ていたかった。仕方なしにドアを開けると目つきの鋭い男が3人入ってきた。刑事だと名乗った。伺いたいことがあるので署まできてくれと言う。ほかに3人の警察官が廊下で待っていた。アパートの前の駐車場にパトカーが1台とまっていた。落ち着こうと思った。なにかの間違いだろうとも思った。とにかく近所の人に知られないうちに、警察官もパトカーもこの場から離れさせたかった。

僕はパトカーじゃないほうに乗せられた。警察官が1人横にのってきた。僕の顔をじろりと見て、前の席にいた刑事に間違いありませんと答えた。会社に遅れるかもしれないな。今日は工場に出られるだろうか。上司にどう言いわけをしたらいいんだろう。そんなことが頭の中で回りはじめた。

署の取調室で自分のことを聞かれた。他県の農村で生まれ育ったこと。父が42歳、母が36歳での遅い出産だったこと。きょうだいは12歳上の姉がひとりいて、隣町で夫と子どもふたりの4人家族で生活していること。田舎では仕事がなかったので、2年前に姉をたよりこの町に移り住んで仕事をえたこと。そんなことを自分から話したり、確認されたりした。そのうち5月28日午後11時過ぎころ何をしていたかを聞かれた。僕は、なにもしていなければ8時ころには帰り、そのあとアパートにいたと思うと答えた。

2、3時間して取調室がざわついてきた。取調べの刑事が小声で話し合ったり、入れかわったりしている。僕は仕事のことが気になっていた。いまならまだ間に合うので仕事に行かせてほしいと頼んだ。ちょっと待てと言ったまま、刑事が席を外した。横の方でメモをとっていた警察官に、僕は工場にでられるのかどうかを聞いてみた。俺は刑事ではないのでわからないが、たぶん無理だろうといった。

<エレベーター前のビデオと取調室の男>

同じ朝、警察は通報者と被害者A子を呼び出した。刑事はまずふたり別々に、犯行現場のエレベーター前で撮影されたビデオを見せた。ビデオの男が当夜の犯人と似ているかどうか確認させた。ふたりとも犯人と同じ人間だと言った。そのあとまた別々に、取調室を見せた。そこに落ち着きなく、うつむき加減の男が取調べを受けていた。刑事に尋ねられるたびに視線をそらしたり、身構えたり、指をかんだり、頭を抱え込んだりしている。さっきみたエレベーターに映った男とよく似た背格好だった。男はいきなり緊張した面持ちでなにかをしゃべり、またうつむいた。

A子はさきほど見せられたエレベーター前のビデオの男に似ていると思った。刑事にあのときの男と比べてどうですかと聞かれ、よくわかりませんけど似ていますねと答えた。運転手さんも似ていると言っていますがどうですかと聞かれ、やはり犯人に似ていると答えた。刑事が最後に、間違いありませんかと問い、A子は間違いありませんと答えた。

通報者であるタクシーの運転手も同じように、取調室の男が犯人に似ていると言った。

<任意から強制へ>

僕はずいぶん長い時間放っておかれた。

警察は犯行当夜は自宅で寝ていたという容疑者の否認調書、被害者および通報者の「犯人に似ている」という一致した目撃供述調書、ビデオとともに鑑識による現場ビデオの男と容疑者の身長および体型が類似しているという画像解析結果、容疑者の前歴調書などをとりそろえた。捜査本部の決済をへて、裁判所へ逮捕令状を請求した。午前11時50分のことだ。午後4時45分になって裁判所は逮捕令状を出した。

夕方になって刑事が戻ってきた。僕はすこし怒って早く帰してくださいといった。刑事はなにをそんなにいらだっているんだと言い返してきた。だって会社になにも連絡せずに休んでしまったじゃないですかと、僕はもう泣き出しそうな顔になって言った。ほんとうに疲れきっていたし、これ以上はここにいることはとてもできないと思った。なにもかもが混乱して、なにがどうなっているのかさっぱりわからなかった。

刑事は落ち着いた声で僕をさとすように言った。会社にはもう連絡したし、署の者がおじゃまをしている。君の部屋もいま捜索しているところだ。さっき令状がとれたんだよ、君を逮捕するための令状だ。落ち着いて、よく考えて、そして正直に話してほしいんだ。

(続く。次回掲載は来週木曜の予定です)

9/11/2014















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2014/09/11 Thu. 02:29 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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外資系証券なるもの (16) 「クリスマス・パーティー」 

外資系証券なるもの (16) 「クリスマス・パーティー」

外資系証券といえば、一匹狼が集まっているようなイメージがあるかもしれません。しかし成功している外資系証券は、例外なくチームワークが優れています。

「三本の矢」の教えは、一本だと容易に折れる弱い矢も三本集まると折れないという逸話ですが、その外資系証券バージョンの解釈は、そもそも弱い矢は役に立たないが、たとえどんなに強い矢であっても一本だと折れてしまうため、三本束ねて最強軍団を作ろうというものです。外資系証券では、一騎当千の個々の高い能力が必要とされますが、それを会社として集約して初めてビジネスの成功が得られるものです。

その会社としての求心力の創成に、私が社会人として最初に就職したソロモン・ブラザーズ証券は、全社を挙げてその価値を認めていたように思います。それが社員親睦の社内行事や本社における全新入社員の研修の意義でした。

ソロモン・ブラザーズ証券東京オフィスでの社内行事の中で、一番盛大だったのはクリスマス・パーティーでした。外資系証券のクリスマス・パーティーと言えば、とかくすかしたイメージがありますが、ことソロモン・ブラザーズ証券では違っていたと言えます。それはまさに「ザ・宴会」のノリだったからです。

ソロモン・ブラザーズ証券のクリスマス・パーティーでは、毎年、部署ごとに出し物を披露して、優劣を競っていました。数々の伝説の芸が生まれ、「あの年のあのチームの~はすごかったな。よし、今年は俺たちも負けないぞ」と、まるで全盛期の「スター新春かくし芸大会」の勢いでした。

どれだけすごいかと言うと、ニューヨーク本社でも、「東京オフィスのクリスマス・パーティーはすごいらしい」との噂が広まり、わざわざお偉いさんが出張をその時期に入れて、見に来るほどでした。

出し物の芸風を系統立てると、次の三つに分類されます。
①男どもの女装
②お色気路線
③本物の才能(楽器演奏等)

この中でも手堅いのは①の男の女装でした。私の所属していた外国債券チームは、ソロモン・ブラザーズ証券東京オフィスの看板部署でもあり、キャラも立っている者が多かったものです。その妙齢のオジサンたちに女装をさせるのです。年ごとにフラダンスやフレンチ・カンカンを彼らが真剣に踊る様は抱腹絶倒物でした。

ところが、年々クリスマス・パーティーもパワーダウンしてきたという批判が出るようになります。それは会社が大きくなったことの必然でした。やはり知っていない者がやるよりも、知っている者が馬鹿をやるからこそ盛り上がります。

1987年の私の入社当時たかだか100人程度だったオフィスも、500人を越えるようになると、仕事上関係のない部署の者は全く知らないという状況になっていきました。

そこで、司会として白羽の矢が立ったのが私でした。毎年、司会は男女ペアでやり、大概は紅白歌合戦の司会よろしく、男はタキシード、女はイブニング・ドレスです。その役目は順繰りに下の代にバトンタッチされていったのですが、ある年、いきなり年次を数年上がって私が抜擢されることになりました。

外資系証券での採用活動は、人事部ではなく現場のスタッフが面接をするため、人事部にとっての一年の一番の大仕事が年末のクリスマス・パーティーです。年々、徐々に新味に欠けていったクリスマス・パーティーに新風を吹き込むため、人事部からたっての頼みと乞われたものでした。

当日の私の衣装は、上半身裸で、アニマル・プリントのパンツ、ファーのコートにモデル風のどでかいサングラス。完全に気分はレニー・クラヴィッツ。相方は、セーラー服にルーズ・ソックスでした。私たちの登場から場内のボルテージは上がりっぱなし。

そして、例年の部署ごと対抗出し物という趣向を全くお蔵入りにして、私が仕切った企画は「ソロモン・ブラザーズ証券大運動会」。ホテル・オークラの大宴会場を借り切って、チーム対抗でガチの運動会をやったのです。

盛り上がった種目は例えば「食い物」競争リレー。宴会場のぐるりにテーブルを設置し、そこに食べ物を置いてリレーをしたのですが、食べ物というのが、普通のパン食い競争のようにパンではないところがミソです。例えば、外人指定のテーブルでは納豆とか、飲み物のテーブルではコーラ1リットルとかといった具合です。

そして最後のテーブルはピザを丸々1枚。会社を部署ごとに5~6チームに分けての対抗でしたが、見事に全チームが接戦で最後のテーブルに殺到し、勝敗はそのピザ早食いにかかっているという状況でした。観客の大勢が壇上のテーブルの周りに詰め掛けて「はよ食え!」「きゃー、早くー!」と場内大カオス状態でした。

そして最後の競技がチーム対抗大綱引きでした。日頃よほどフラストレーションがたまっているのでしょうか、皆の気合の入れ方は尋常ではありませんでした。特に、腕っぷしに自慢がある外人の盛り上がりたるや、映画で見るプロ・フットボールの試合前のロッカールームのごとくすさまじかったものです。

その翌年以降、ホテル・オークラでは、ソロモン・ブラザーズ証券のクリスマス・パーティーが出入り禁止になったことは言うまでもありません。













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フィルム・レビュー『猿の惑星: 新世紀 ライジング』 マット・リーヴス監督 

フィルム・レビュー『猿の惑星: 新世紀 ライジング』 マット・リーヴス監督

dawan of the planet of the apes

これは3年前の『猿の惑星:創世記』からのリブート2作目。オリジナル・シリーズが5作、酷評されたティム・バートンの『PLANET OF THE APE/猿の惑星』(ゴールデンラズベリー賞で最低リメイク賞受賞)から10年経って始まった新シリーズ。

子供の時親父に連れられ、町内にあったスタア劇場(石川県金沢市石引町)で観た自由の女神のラストシーンの鮮烈なイメージは今でも残っている。それ以来、一通りフォローしているが、この作品はオリジナル1作目を越えないまでも、今までの『猿の惑星』ラインナップでは最高水準ではないだろうか。

まず、今までの作品は全て猿vs人類という構図で、若干手あかがついていたが、この作品では人類はあくまで脇役で、猿vs猿という新しい構図が新鮮。そして、猿と人類は共存のチャンスがあったのに、というなかなか抒情的な設定になっている。

前作の監督ルバート・ワイアットに代わって、TVドラマ監督出身のマット・リーヴス(『クローバーフィールド/HAKAISHA』で劇場映画デビュー、これが3作目)の起用が当たったと思われる。

とにかく特殊メークがよくできている。クロースアップで顔の表情を捉えるシーンが多用されているが違和感なし。ゲイリー・オールドマン以外は無名な役者ばかりだが、この作品では人間役にスターは不必要だったろう。

ラスト・シーンはいかにも続編があるという終わり方だが、確かに続編に期待が持てる非常によい仕上がり。『猿の惑星』の新作が来れば必ず観るという人以外で、「今さら」という人には是非観てほしい。

ここをクリック→ 『猿の惑星: 新世紀 ライジング』予告編

(Facebook 8/31/2014より転載)












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category: フィルム・レビュー

2014/09/07 Sun. 02:15 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (416) 「全ての自白は虚偽自白の可能性がある~『転落自白 「日本型えん罪」はなぜうまれるのか』を読んで」 9/4/2014 

#検察なう (416) 「全ての自白は虚偽自白の可能性がある~『転落自白 「日本型えん罪」はなぜうまれるのか』を読んで」 9/4/2014

冤罪の当事者になると、事件報道の正確性の判断には自然と慎重になります。特に、捜査権力側の一方的な情報で報道がなされている場合、「ん?本当かな」と、思わず眉につばをつけたくなります(「眉つば」は狸や狐に化かされないおまじないです)。

そういう私でも、「被疑者は犯行を認めている」と、自白がなされたことを知ると、「ふーん、やはりそうなのか」と納得しがちです。しかし、過去には虚偽自白による冤罪が累々と築かれている事実があります。

虚偽自白にフォーカスした専門書『転落自白 「日本型えん罪」はなぜうまれるのか』(日本評論社)を読みました。専門書とはいえ、編者(内田博文氏、八尋光秀氏、鴨志田祐美氏)は法律的なバックグラウンドがない一般の人が読んでも理解できるように心を砕いていることがよく分かる良書でした。誰しもが裁判員となり人を裁く可能性があることを踏まえ、そうした人たちへのメッセージとも取れるこうした良書が編まれたことは、非常に心強いものです。

転落自白

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ある有名な無期懲役冤罪事件の取調べにおいて、被疑者が落ちたその瞬間のやり取りをテープから書き起こしたものを引用します(『転落自白』より)。

検事  「なんで僕の目を見て言わないの、そういうこと。さっきから君は、僕の目を一度も見てないよ」
Sさん (沈黙・約20秒。小さくむせび泣くような声)
検事  「うん」
Sさん (沈黙・約20秒。その後、涙声で)「ごめんなさい。すいません」
検事  「うそだったの」
Sさん (沈黙・約5秒。すすり泣くような声)
検事  「そうだね」
Sさん (涙声で)「ごめんなさい。勘弁してください。勘弁してくださいよお」
検事  「いいから」
Sさん (おえつの後)「勘弁してくださいよお」
検事  「うん」
Sさん (泣き声。その後涙声で)「すいません」
検事  「僕はね、本当のことを聞きたいっていう言葉を何回も言うよ」
Sさん (涙声で)「はい」
検事  「わかんないこともいっぱいあるから」
Sさん (涙声で)「はい、すいません」
検事  「それは言う。言うけどね、うそをつけっていうことじゃないんだよ、僕は」
Sさん 「はい」(はなをすする音)
検事  「僕はね、別にうそをついたから怒るとか、そういうことじゃないけども、何と言うかな、人をあやめたんだったら、ね。本当に反省してもらいたいと思うわけ」
Sさん 「はい」
検事  「ね。あやめてないんだったらさ、認める必要はないわけで」
Sさん (沈黙・約3秒)
検事  「こんな草むらに置かれて死んでっちゃったMちゃんかわいそうだと僕は思うしね」
Sさん 「自分も思います」
検事  「君が本当に違うんだったら、Mちゃんだって浮かばれないし」
Sさん 「はい」
検事  「かと言って、本当に罪を犯しているのに罪を免れるんだったら、それこそかわいそうで仕方ない。だから、僕は本当のことを言ってもらいたいと思ってる。ね」
Sさん (沈黙・約10秒)
検事  「それで、話しているわけでね」
Sさん (約15秒沈黙後、涙まじりの声で)「すいません・・・・」
検事  「間違いないんだな?Mちゃんの事件は間違いないんだね」
Sさん 「はい」
検事  「やったの?」
Sさん 「後は知りませんけども(注)」
検事  「Mちゃんのは間違いない」
Sさん 「はい。すいません」
(注: SさんにはMちゃん殺害のほか2件の女児殺人事件の嫌疑がかかっていた)

実は、この取調べの模様は足利事件での冤罪被害者菅谷利和氏を検事に割ったまさにその瞬間のものです。菅谷氏は、人が声を荒げたりすると迎合してしまう気質があり、この取調べ以前に相当高圧的な取調べがあったことが想像されますが、それにしてもここでの検事は真実を引き出そうとしているように思えます。そしてこのような(暴力的でもなければ、嘘でも何でもいいから自白させようと強要するものではない)一見普通の取調べ状況でも、虚偽の自白がされたことに驚かされます。

法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」でも、(PC遠隔操作事件の)虚偽自白に議論が及んだ際、警察関係者から、「嘘の自白が見抜けなかった」という発言があり、それが通信傍受や司法取引といった更なる捜査権力拡大の言い訳とされたという経緯があります。それは全く(確信犯的な)的外れもいいところで、実態は、彼らの能力が足りなかったどころか、捜査権力の取調べ技術が「無実の者にも虚偽自白をさせる程」長けていたということだと思います。

『転落自白』には、同じく虚偽自白が原因となった冤罪事件の富山氷見事件(下記注)の捜査過程と自白供述を詳細に分析した、浜田寿美男教授(奈良女子大名誉教授法心理学者)による誤判研究レポートが引用されています。

そこでは自白への転落過程として、どういう取調べの状況が虚偽自白へと「転落」させるかという8つの指摘があります。

1. 日常生活からの隔離
2. 他者による支配と自己コントロール感の喪失
3. 証拠なき確信による長期間にわたる精神的屈辱
4. 事件に無関係な捜査と人格否定
5. 全く聞き入れられない弁明
6. いつまで続くかわからない未来への展望の喪失
7. 否認することの不利益を強調
8. 取調官との「自白的関係」

概ね明らかですが、若干の説明を加えます。

1. 情報の遮断は、心理的に被疑者を追い込みます。身内すらも自分を信じていないと示唆されればそれを確認する術すらなく無力感、絶望感に苛まれることになります。

2. 食事、排泄、睡眠の基本的生活まで他者に支配され、自分が取調官のコントロール下にあるという心理を免れることができなくなります。

3. 被疑者を犯人だと思い込んで自白を迫る取調官によって、極悪非道の人間として非難され、罵倒され、精神的屈辱を受ける状況が否認するかぎりいつまでも延々と続きます。

4. 事件に関係ないことで、例えば、結婚適齢期を越えてなお独身で、女性との安定した関係を持つことができないとか、職を転々として、十分な職業生活を営めていないと、失格者の烙印を押されることは、抵抗力を奪います。

5. 全く聞き入れてもらえない状況は、日常であれば自ら立ち去ることができますが、取調べではそれが許されず、延々と「やった」「やらない」の水掛け論は人を無力感、絶望感に追いやります。

6. 人はどんなに辛くても時間に限りがあれば我慢できますが、それがいつまで続くか分からない、そして否認する限り永遠に続くかのように思えてしまうと、やはり無力感や絶望感にさらされてします。

7.  家族や勤務先に捜査の手を広げると脅され、周囲の人に多大な迷惑をかけることになるとか、否認を続ければ情状が悪くなり、かえって罪が重くなると諭されたりします。

8.  自分の将来の処遇を握っている取調官に迎合的になり、時折見せられる温情にほだされ、感謝や謝罪の言葉を述べることになります。

これらは、なぜ無実の人が自分に不利になる嘘の自白に追い込まれるのかという理由として述べられていますが、非常に重要なことは、これらは捜査当局が、犯罪をしながら嘘をついている者の真の自白を取ろうとするテクニックそのものだということです。

客観的な証拠があればそれを被疑者に突きつけて、不合理な否認を崩すことができますが、物的な証拠がない場合、自白がなければ公判が維持できないと捜査権力が考えることで、自白を強要するかのような長く、厳しい取調べとなります。それは私自身経験したことでもあります。

初めに「犯人ありき」の決めつけが、いかに客観証拠が脆弱であろうが、とにかく被疑者を割ろうとする誤った職業倫理感と、捜査権力に与えられた強大な権限(特に他国に例を見ない長期間の拘束=「人質司法」)が虚偽自白を生み出すものです。それが、私がタイトルとした「全ての自白は虚偽自白の可能性がある」という意味です。そしてそれは結局のところ、捜査権力は推定無罪原則に則る人権の擁護などはどうでもいいと思っている、有罪至上主義の表れだと思います。

あなたが裁判員になった時に、自白があったからといって、必ずしもその自白が信用に足るものではないということは、必ず覚えていてほしいと思います。自白が真の自白であるか、虚偽自白であるかどうかの見極めに関しては、また機会を改めて述べたいと思います。

(注)
2002年3月及び5月に富山県氷見市で起こった2件の強姦及び強姦未遂容疑で、当時34歳の男性が逮捕された冤罪事件。彼は取調べにおいて(虚偽の)自白をし、裁判でも一貫して罪を認め、控訴せずに2003年11月に懲役3年の刑が確定。その後、刑期を終え2005年1月出所。2006年11月に、別の暴行事件で鳥取県警に逮捕された男が氷見市の2件の事件も自分が真犯人であると自供。再審では、検察が無罪の論告求刑を行い、男性の無罪が判じられた。2009年5月に国家賠償訴訟を提訴。現在係争中。

9/4/2014














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2014/09/04 Thu. 07:16 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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「死刑制度について考える(3)~死刑の抑止力」 

「死刑制度について考える(3)~死刑の抑止力」

死刑制度について考える際に、私が一番重要視したいのは、死刑囚の人権でもなければ、被害者感情でもなく(勿論、それらを無視するわけにはいきませんが、より重要なのはという意味で)それ以外の大多数である我々社会の成員に、死刑制度が有益かどうかという点です。

つまり、死刑制度があることによって、死刑相当の殺人行為は減少するのか否かということです。

死刑に抑止力があるかどうかは、いかにして検証することができるでしょうか。考えられるのは「死刑制度を廃止した国、地域でその後殺人が増えたか」であるとか、「アメリカでは死刑を廃止している州と存置している州が混在しているが、それぞれの殺人率の差はいかなる状況か」ではないでしょうか。

前者に関しては、カナダのケースで以下のリンクに示されたデータ、
ここをクリック→ 世界各国の死刑存廃状況「カナダ」

後者に関しては、以下のリンクに示されたデータが参考になるものと思われます(注)。
ここをクリック→ "States Without the Death Penalty Have Had Consistently Lower Murder Rates"

いずれも死刑には抑止力がないかのようなデータとなっていますが、データというのは集計の仕方によっていかようにもなるものであり、死刑擁護派が同じロー・データを元に、逆の結論を導くことは可能だと思います(前者のリンクでは下の方にそのような論証を行っており、興味深いものです)。

それよりは論理的に「もし、死刑を廃止することで殺人が顕著に増えたのであれば、廃止した国、地域が廃止したままのはずがない」と考える方が、私にはよほど説得力があります。

私個人は、死刑に抑止力はないのではないかと感じていますが、先日読んだ、永井均著「子どものための哲学対話」に興味深い文章がありました。この本は、中学2年生の「ぼく」となぜか人間の言葉を話すネコ「ペネトレ」の会話で哲学論が展開します。その部分を引用します。

ペネトレ 「世の中がきみに与えることができるいちばん重い罰は死刑だね?死刑以上の重罰はないだろ?ということはつまり、世の中は、死ぬつもりならなにをしてもいいって、暗に認めているってことなんだよ。認めざるをえないのさ。」

ぼく 「そうかなあ・・・・。」

非常に逆説的な論ですが、一種の真理は捉えていると思います。そして「ぼく」の納得できない違和感は、我々の誰しもが感ずるところなのではないでしょうか。

死刑に過大な抑止力を期待する場合、上のような状況が矛盾として生まれると思われます。

人は法律があるからしてはいけないことがあると思っているかもしれません。しかし、殺人罪を規定した刑法の条文を読めば、そうではないことは明らかです。

刑法第199条
「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」

法律は人を殺してはいけないとはせず、ただ単に「人を殺した者は以下の罪を与える」と規定しているのみです。人は、法律があるから、あるいは死刑があるからという理由で人を殺さないわけではないと思います。

死刑によって我々が一番怖れるべき殺人の形態である無差別通り魔殺人が防げないことは明らかです。まさに彼らは「死刑になっても構わない」という思いで凶行に臨んでいるからです。

「普通の人は、死刑がなくても人は殺さない。人を殺す人は、死刑があっても人を殺す」ということなのではないでしょうか。

死刑に殺人の抑止力がないからといって、そのまま廃止しなければならないとは思いませんが、存置・廃止を考える上で非常に重要なファクターだと思います。

(注)
私見ですが、日本でなぜ死刑制度が廃止されないかという理由は、「アメリカが廃止していないから」と「冤罪に理解がないから」だと思っています。つまり、アメリカで全州死刑が廃止されれば、あるいは人々が、冤罪は構造的に起こっており、日本の刑事司法のシステムでは冤罪を防ぎきれないということを理解すれば、議論の余地なく死刑は廃止されるという結果になると思います。そういう日が来るかは分かりませんが。
















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category: 死刑制度について考える

2014/09/01 Mon. 02:46 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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