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「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (455) 「国賠審第4回口頭弁論報告 ~基本的な法律的センスが疑われる訟務検事」 3/5/2015 

#検察なう (455) 「国賠審第4回口頭弁論報告 ~基本的な法律的センスが疑われる訟務検事」 3/5/2015

今週月曜日に私を原告、国を被告とする国賠審第4回口頭弁論が行われました。

当日は天気もよく、多くの方に傍聴に来て頂き、ありがとうございました。

第4回口頭弁論


今回の口頭弁論では、私の意見陳述の機会がありました。以下にその全文を掲載しますが、その前に簡単に解説します。

私の国賠審で争点となっているのは、国税局の告発、検察の起訴・控訴が適法かどうかという点です。やはり人間が関与することですから、同じ事実関係、証拠を評価しても、その判断に幅が出ることは当然ですが、彼らの当時の判断が、その幅を越えていたかどうかということが問われています。

つまり、告発時点、起訴時点、控訴時点で、担当捜査官がどのような具体的事実を元に、どのような事実認定をしたかが明らかにされて、初めて議論が始まるものです。

第4回口頭弁論に先立って、被告である国の主張が準備書面でなされましたが、その内容は「はあ?」というものでした。そこでは、訟務検事(注1)による証拠の新たな評価が滔々と述べられていたからです。「この証拠は、こうも評価できる。その評価をベースにすると、やはり八田は怪しいのであって、国税局・検察の判断が誤っていたとは必ずしも言えない」という相当トンチンカンな論理構成です。

それは、裁判官に「うーん、やっぱりよく分からんな。怪しいところもあったんだな」という有罪心証を与えて、事を有利に運ぼうとする訟務検事の姦策です。攻撃は最大の防御であることを狙ったのでしょうが、確定判決に対して疑義を唱える戦略が防御になっていると考えるのは大間違いです。

それが、本来の国賠審の被告の主張としては全く当を得ていないことは明らかであり、相当、基本的な法律的センスが疑われるものです(注2)。

そして、それは確定判決を不当に攻撃するものであり、一審、控訴審の裁判体に対して、大変失礼なことだと思います。私自身も、「判決は無罪でも、本当はやってたんだろ」と今更言われているようで、甚だ気分が悪くなる内容の準備書面でした。

勿論、新たな証拠の評価というドッグファイトに持ち込もうとするのが、訟務検事の作戦であり、それは国賠審の趣旨を逸脱しているとして門前払いにすべきですが、そのドッグファイトに臨んだとしても、依然、彼らの論理は欠陥だらけで意味をなしません。

例えば、税務開始直後に、私と税理士や近い友人との間で交わした膨大なメールは有罪立証にとって相当厄介なものです。そのため、査察部や特捜部の取調べでも、それは黙殺され、検察論告でもただ単に無視するだけでした。

今回の準備書面では、それらメールは私の真意を表したものではなく、故意を意図的に隠蔽するために、巧妙に仕掛けられたものであると主張されています。ここでの犯人像は、税理士のみならず近い友人すらだまして、将来あるかどうかも分からない強制捜査に対策を講ずる、相当に用意周到かつ狡猾というものです。

その「壮大な虚構」を講じること自体ナンセンスですが、百歩譲ってありとしても、以下の点から論理的に破綻していると言えます。

その膨大な数のメールの中には「一見不利益なメール」もありました。私が会社同僚と税務調査にいかに対応するかを議論したり、私が自分で調べた結果、会社の株式報酬以外にも些少な金額ではありますが、申告漏れが見つかってビビっていたりするものです。判決では、それらは「『一見不利益』だが、過少申告が故意であることを示す決定的に不利益なものではなく、過失であったとしても矛盾しない内容」と認定されました。

準備書面では、それら「一見不利益なメール」は一見どころか、「真に不利益であり、私の故意を示す証拠と認められる」と主張しています。つまり、ここでの犯人像は、うかつにも自分にとって不利益な内容をメールで通信し、その証拠を残しているという間抜けなものです。

訟務検事の新たな証拠の評価は、そのように論理的に破綻しているものです。

私の意見陳述は以下の通りでした。

「河合裁判長、関根裁判官、高田裁判官、口頭弁論の場で原告意見陳述の機会を与えて頂き、ありがとうございます。

先週25日に被告により提出された準備書面を読んで、私は驚きを隠せませんでした。そこには、今まで国税局や検察が主張してこなかった新たな主張が縷々述べられていたからです。

この国賠審で争点となるのは、告発あるいは起訴・控訴「当時において」、「当該担当捜査官が」いかなる証拠をいかに評価して告発・起訴・控訴の具体的判断に至ったか、そして、それが適法であったかどうかです。

しかし、準備書面において訟務検事が主張していることは、無罪判決が確定した「現時点において」、公判で消極証拠とされたものについて、「訟務検事が」新たに行った証拠の評価であり、これは事実認定そのものを再度争うもので、刑事裁判の蒸し返しでしかありません。

例えば、税務調査直後という、私が国税局査察部の強制捜査すら予期していなかった時点の担当税理士や近い友人と交わした厖大なメールに関し、これこそが私の無実を物語る証拠であるとして、私は査察部取調べのごく初期の段階で、陳情書として提出しています。これらのメールに関しては、国税局査察部及び検察特捜部の取調べで聞かれたこともなければ、公判でも検察論告で言及すらしていないものです。それを準備書面では、「意図的に虚偽の認識を述べた」壮大な虚構であると主張しています。

訟務検事が、起訴検事の当時行った過去の判断の内容を明らかにせずして、現時点で、再度、刑事事実認定に挑み、この国賠審をあたかも再審に擬することは、確定判決に対する不当な批判であり、一審及び控訴審裁判体の威信を貶めるものであると同時に、私の人権を必要以上に侵害するものだと考えます。

私はこの国賠審では5億円を請求していますが、勝訴した場合でも、経費以外一銭も懐に入れるつもりはありません。刑事司法改革の基金を作り、今回のような国家権力の恣意的な行使による犠牲者を一人でも少なくするべく、私の残りの人生の社会貢献として努める所存です。またそうした経済的サンクションが実効的であるとされたならば、将来の国家権力の暴走の抑止力になるとも考えています。

裁判官方々に置かれましては、是非とも、過去の具体的事実、当時、捜査官が何を消極証拠と認識し、それをどのように評価したかをつぶさに検証頂き、公正なご判断をお願いします。それは私個人のみならず、国民全体の要請とも一致すると私は信じています。」

私の戦いは依然継続中です。変わらぬご支援のほど、よろしくお願いします。

(注1)
訟務検事
国を当事者とする民事訴訟や行政訴訟を担当する検事。法務省および法務局・地方法務局の訟務部門に所属し、国の代理人として訴訟活動を行う。主に出向中の検察官、あるいは判検交流によって裁判所から出向した裁判官(私の一審無罪判決を出した佐藤弘規裁判官も訟務検事経験者)や、ごくまれに任期を定めて任用された弁護士も訟務検事を務めている。

(注2)
先日読んだ『虚構の法治国家』には、検察が有効な有罪立証をできていない場合に、裁判官が「きれいに有罪立証をして優越感に浸る」という裁判官の恐ろしい実態が描かれていましたが、今回の準備書面にも同じような匂いを感じました。「特捜検事より俺の方が法律家としては上だ。俺ならこういう論理構成で有罪に仕立て上げることができる」と言わんばかりの準備書面でした。

ここをクリック→ #検察なう (448) 「郷原信郎氏、森炎氏共著『虚構の法治国家』を読んで」

P.S.
あさって!!
ここをクリック→ 愛知県弁護士会「取調べの可視化市民集会」

3/5/2015








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category: 国家賠償請求訴訟

2015/03/05 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 3

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