「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (485) 「再審請求審における証拠開示~周防正行氏著『それでもボクは会議で闘う』を読んで」 7/30/2015 

#検察なう (485) 「再審請求審における証拠開示~周防正行氏著『それでもボクは会議で闘う』を読んで」 7/30/2015

先日、周防正行氏著『それでもボクは会議で闘う』を読みました。これは法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員となった映画監督周防正行氏の、法制審議会での奮闘記です。

それでもボクは会議で闘う

「会議は踊る、されど・・・・」と題された第1部は、法制審議会での審議の成り行きを記したもので、私は元原稿を雑誌『at プラス』で読んでいたため、特に新しい発見はありませんでした。

at plus
(元原稿は、雑誌『at プラス』第19号と第20号に掲載)

法曹関係者ではない人間が、刑事司法の実情を知れば知るほどいかにナンセンスで非効率・不道理な状況か、というところが周防氏の原動力であり、それは一般人として共感するところは大きいのですが、どんなに抵抗しても、結局、法務官僚及び警察・検察関係者にいいようにしてやられましたという法制審議会における議論の趨勢の評価は微妙なものがあります。

席を蹴って出れば、全会一致を目標としていた法制審議会は頓挫し、結局何も変わらないという、それこそ警察・検察関係者(特に警察)が望むところであるというぎりぎりの選択だったという事情は十分理解し、また、では他の誰が委員となって法務官僚及び警察・検察関係者と対峙して望むような結果が得られたかということを考えても、特別部会の答申の批判は自分としては控えたいところです。

しかしごくごくわずか、全刑事事件のたかだか2-3%の事案の取調べ可視化のバーターとして、捜査協力型司法取引導入と盗聴法の対象事件拡大を捜査権力に許す特別部会の結論は、検察不祥事を契機とした一連の刑事司法改革としては、やはり法務検察官僚の焼け太りだと言わざるを得ないところです。

それゆえ、刑事司法改革の方向性を憂慮する者としては、特別部会の審議を報告した第1部や、「なぜボクは妥協したのか」と題した第3部よりも、より自由に刑事司法の問題点を指摘した第2部に一番読み応えを感じました。

とはいえ、やはり刑事司法の今日的問題をフォローするには、全体として『それでもボクは会議で闘う』は最良の書の一つであり、いずれ機会を見てこのブログでもその内容を掘り下げてみたいと思っています。

今回は、私が興味深く読んだ第2部の中で、一番興味深かった点を挙げておきます。それは再審請求審における証拠開示の問題でした。

私が素人考えで、日本の刑事司法の現状で一番おかしいと思うところが、検察は自分に不利な証拠(即ち、被疑者・被告人の無罪を証明しうる証拠)を開示する必要がないという点です。警察・国税局や検察は、強大な権力をもって捜査・取調べをしながら、そこで収集した証拠のうち、有罪立証に積極方向の証拠のみを公判に提出するということが許されているというのは、どう考えても納得がいかないものです。

今日、死刑・無期懲役が判決として可能性のある通常審の一審においては、裁判員裁判に付されることになっています。そしてそこでは公判の期日を短期化するため、公判前整理手続が取られます。そして公判前整理手続のルールとして、公判に入って審理する争点を絞る代わりに、関係証拠の開示が検察側に義務付けられています。つまり公判前整理手続を採用することにより、一定の証拠開示が担保されるものです(刑事訴訟法第316条の35)(注1)。

しかし、それはあくまで裁判員裁判制度施行以降の話ということになります。周防氏が問題点として挙げているのは、裁判員裁判制度以前の公判で、死刑ないし無期懲役となった事案の再審請求のケースで、それらがもし今日一審が行われていれば証拠の開示が行われているはずであるのに、再審請求審では証拠の開示が十分に行われていないというものです。

『それでもボクは会議で闘う』から小野正典委員(注2)の発言を拾ってみます。

(以下引用、注は引用者注)
さて、証拠開示については、再審についても検討せねばならなかったはずだが、事務当局試案は、再審について触れていなかった。

これに異議を唱えたのは小野委員だ。第27回会議で東電女性社員殺害事件(いわゆる東電OL事件)においては、DNA型鑑定が再審の決定的証拠となったが、それだけでなく、被告人のゴビンダさんの血液型はB型なのに、被害者の左右の乳房付近についていた付着物の血液型がじつはO型であるという科捜研の鑑定書を、検察側は出さなかった。再審段階で検察官は弁護側の請求を「証拠あさり」とまで言ったが、実際にはこうした重要な証拠を隠していたのだ(注3)。袴田事件の再審開始決定では、証拠隠しばかりでなく、ねつ造の疑いも指摘された。

「証拠を隠しながら有罪判決を維持し、再審でもそれに応じてこないという事態が、今回の再審開始決定で明らかになったわけです。こういった証拠隠し、ほとんど犯罪だとしか言いようがないと思いますけれども、それについて、最高検も法務省も何の対処もしようとしていない。警察も放置したままだ。こういうことで新時代の刑事司法制度特別部会は、それを放置しておいて良いのかという問題があると思うのです」
(引用以上)

そして周防氏は、この問題に関してこう結論づけます。

(以下引用)
おそらく、再審請求審において証拠開示制度が整備されないのは、もしすべての証拠が開示されれば、次々と無罪が明らかになるからではないのか。法務省も検察も警察も、そして裁判所もそれを一番恐れているに違いない。それ以外に、ここまで再審請求審における証拠開示制度づくりに消極的な態度をとる理由が思いつかない。
(引用以上)

捜査権力の証拠隠しにより無実の者が罪に陥れられ、裁判所がそれを追認するという経緯により冤罪は構造的に生まれています。そしてその雪冤をしようとする冤罪被害者と弁護団を頑なに阻むのが、再審請求審における証拠開示制度の不備・不在です。まさに暗闇の深淵をのぞき込むような気分にさせられます。

(注1)
私と弁護団は、公判前整理手続の証拠開示範囲の拡大というメリットは認めながらも、敢えてそれを採用することはありませんでした。
ここをクリック→ #検察なう (88) 「証拠開示と公判前整理手続」

(注2)
小野正典氏 弁護士(第二東京弁護士会)
ここをクリック→ 東京リベルテ法律事務所 弁護士紹介

ここをクリック→ 座談会「法制審・刑事司法制度特別部会の結論を受けて」

(注3)
ここをクリック→ #検察なう (294) 「犯人血液型当てクイズ」

7/30/2015













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2015/07/30 Thu. 05:35 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (484) 「国家賠償請求訴訟「起訴違法の判断基準」~法律素人による法律素人のための解説」 7/27/2015 

#検察なう (484) 「国家賠償請求訴訟「起訴違法の判断基準」~法律素人による法律素人のための解説」 7/27/2015

本日7月27日、私の国賠審第6回口頭弁論が東京地裁で開かれます。それに先立ち、私の代理人チーム(注1)は、その主張を準備書面により行っています。

刑事裁判において法廷で行われる手続を「公判」というのに対し、民事訴訟手続では「口頭弁論」といわれますが、その文字通りのイメージとは異なり、意見や主張を述べ合う攻撃防御の弁論活動は、公開の法廷ではなく、原告(私)・被告(国)双方が作成する「準備書面」と呼ばれる書面によりなされます。

刑事裁判を経験した私には、刑事裁判をリング上で戦うボクシングとすれば、民事訴訟は、場外戦で雌雄を決しテンカウント前にリングに上がった方が勝ちという場外乱闘を華とするプロレスのような印象です。つまり準備書面に目を通さないことには、リング上のやり取りだけでは「なんのこっちゃ」というのが民事訴訟ということになります。

本日の口頭弁論を前に、私の代理人チームが提出した「原告第3準備書面」はこちらです。
ここをクリック→ 原告第3準備書面

「起訴違法の判断基準につき主張を以下のとおり整理する」と前置かれ、標題に目を移すと「職務行為基準説・合理的理由欠如説」といった仰々しい単語が並んでいます。

刑事裁判のキモは事実認定であり、実際に何が起こったであろうかを証拠から推認することで、シロクロをつけるという、我々一般人でも分かりやすいものですが(だから職業裁判官でない一般人が裁判員として機能します)、民事訴訟、特に行政訴訟は、法律論バリバリで、「我々国は悪くない」と言われても、「うーん、煙に巻かれた感じ一杯!」というのが正直なところです。それゆえ、やはり餅は餅屋ということで、私は代理人チームに完全に下駄を預けているというのが、私の国賠審の戦略です。私のやるべきことは、最強の布陣である代理人チームを編成することであり、その仕事はさせてもらったつもりです。

とはいえ、やはり観戦する上でも、場外乱闘戦の内容を少しは分かっていた方が面白かろうと、少し解説を試みたいと思います。

まず、今回の準備書面の内容に入る前に、なぜ国賠審が原告にとって相当厳しいかを法律の条文から探ってみます。

個人間の損害賠償を定めた民法第709条と、国の賠償責任を定めた国家賠償法第1条を並べてみます。

民法第709条
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」

国家賠償法第1条
「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」

似たような文言が並んでいますが、国家賠償法の条文には、民法の条文にない単語が一つ加えられています。それが「違法に」というものです。そのしばりが、国による賠償のハードルを相当高くしていると考えられます。

つまり、不法に「ご迷惑をおかけした」(そしてこの「不法」という場合には、注意義務違反とか結果回避義務違反とかを含みますから、そこそこ広い概念です)場合に、経済的に補償しなければならないというのが個人間の取り決めですが、国が補償する場合には、更に、国が「悪いことをした」ということを原告が立証しなければならないとされています。

これが準備書面にある職務行為基準説なる解釈で、私のケースに即して言えば、確かに無罪となる嫌疑で告発・起訴をし、国は「ご迷惑をおかけした」かもしれないが、その告発・起訴があくまで適法であり「悪いことをした」ということでなければ、それが無罪という結果だからといって、結果だけからは国に賠償責任はないという考え方です。

私は、この国賠審をするに当たり、そうした知識は全くありませんでした。しかし、今まで何度も言ってきたように、国税局、検察は、私の無実を捜査の結果分かりながら、引き返す勇気を持たず、告発・起訴をしたと私は確信しています。査察部告発、特捜部起訴の事案で、かつて無罪が一件もないという日本の歴史を振り返れば、いかに無理筋であろうとも、それを裁判所は追認するだろうという奢りから、役所の論理で個人を踏み潰そうとした行為だと理解しています。これが適法である道理はありえません。つまり、彼らがやるべきことをした結果の告発・起訴であれば、私は敢えてむちゃむちゃ高いハードルの国賠審をするつもりは全くなかったと思います。私の国賠審は、「無罪だから迷惑をこうむったから国を訴えてやる」というものでないことをご理解頂けると幸いです。

私事になりますが、私は今月、敬愛する叔父を失いました。彼には私の従兄に当たる息子が2人いますが、私は彼の三男坊のようにかわいがってもらい、実業家である彼は私のビジネスでの成功を高く評価してくれていたものです。

彼に嘆願書(注2)を頼んだ際の会話です。

「隆くんさあ、特捜部は隆くんの無実を知りながら起訴したって言うけど、そんなことはないんじゃないかなあ。彼らも分からなかったんだと思うよ。だから、裁判所に判断してもらおうというつもりで起訴したんじゃないかなあ」

その時は、国家権力の無謬性を盲信する(そしてそれが一般的な感覚だと理解しています。自分がそうでしたから)叔父を敢えて説得しようとは思いませんでした。少なくとも彼は、私の無実は信じてくれていたからです。しかし、そのことはいつも引っ掛かっており、彼が逝去したことでこの世で説明する機会を失ったことは非常に残念です。私があの世に行った際には、多分時間もたっぷりあるでしょうから、とことん議論しようと思っています。

私と叔父の考え方は、国賠審での私の代理人チームの主張と被告の国の主張そのものとは異なります。私と叔父の考え方は極端であり、代理人チームの主張と国の主張は、それぞれの内側にあります。

今回の準備書面での代理人チームの主な主張は2点です。

まず1点目。

これまでの被告の国の準備書面では、職務行為基準説を事細かに説明し、「だからあ、無罪だからといって国が悪いわけじゃないって、判例もあるでしょ。今回も同じ。はい、棄却、棄却」というものです。

代理人チームの主張は、我々も職務行為基準説を取っていることを確認した上で、「それはやるべきことをやっている場合であって、やるべきことをやっていなければ、それは適法とは言えないでしょ」というものです。

ここで私の刑事裁判の判決を振り返ります。一審の佐藤弘規裁判長の判決は、弁護側主張を採用せずとも、検察の立証は合理的な疑いを越えていないというものでした。「弁護側が示すシロの証拠を見るまでもなく、検察の証拠だけでは全然クロくないじゃん」というものです。そして控訴審の角田正紀裁判長の判決は、検察は有罪立証のための消極的証拠も勘案しなければならず、その消極的証拠を勘案すれば無罪であるとした一審判決は正しいというものでした。つまり、「なんで検察はシロの証拠を検討材料にしていないの?それを考えれば無罪という結果しかないでしょ」というものです。

控訴審における判決が、代理人チームの今回の主張を支えています。怪しいと思ったから告発した、起訴したというのが被告である国の主張ですが、その「怪しいと思った」というのは、クロっぽい証拠を集めて、それだけを判断材料としているというものです。それはやるべきことをやっていないということになりませんか、というのが代理人チームの主張です。

2点目。

被告である国のこれまでの主張は、検察の起訴で必要とされる「有罪らしさ」と裁判官が判断の基準とする「有罪らしさ」は、前者の方が低くても構わないというものです。これは、その文言通りであれば、これまでの判例でもあり、正しいと言えるものですが、代理人チームの主張は、「ちょっと待って、それは自分に都合よく判例を解釈してませんか」というものです。

ここで公判における裁判官の心証を考えます。一般の方は驚かれるかもしれませんが、スタート時点での裁判官の心証はまっクロです。優秀な捜査機関がその強大な権力を行使して山ほどの証拠を集め、その中からクロっぽい証拠だけを裁判に提出するのですから、それを見れば裁判官の心証がまっクロなのは仕方ありません。被告人・弁護人の勝負は、公判に入ってから、そのまっクロな心証にどれだけシロを混ぜ合わせて、「合理的な疑いが入る」というグレーまで持って行くかということになります。そして理論上はグレーでは有罪にできないとされながら、実務上はかなりまっシロでないと無罪にはならないというのが日本の刑事司法です。

上で述べたように、公判では、基本的にクロの証拠が新たに追加されるということはなく、弁護人の努力で集めた証拠や、公判での被告人供述といったものが有罪の消極方向に作用するという一方通行です。

そして判例にある、検察の起訴で必要とされる「有罪らしさ」と裁判官が判断の基準とする「有罪らしさ」は、前者の方が低くても構わないということの理由は、裁判官の方が、公判で追加される判断材料が多くなることから、結果、無罪となることもあり、捜査権力が努力しても得られなかった証拠もあるからには、後から見た「有罪らしさ」の差があっても仕方ないとするものです。つまりそこでは、公判でのシロの証拠が決定的でなければ所詮クロはクロというレベルの「有罪らしさ」で起訴をしなければならないということには変わりがなく、起訴の時点で、「公判では有罪にならないかもなあ(でも裁判官はまともに見ないだろうから結局有罪なんだけどね)」というグレーで起訴をするのは間違っているというのが代理人チームの主張です。

ここで私と叔父の議論に戻ると、代理人チームの主張は、「捜査権力は私の無実を知りながら告発・起訴をした」というものではないものの、「なぜやるべきことを敢えてしなかったか」と思い至れば、その主張は私のものに近づきます。また、被告の国は、さすがに「分からないから判断を裁判所に任せるつもりで起訴をした」ということは実務上許されていないと分かっているため、そうした主張はしていませんが、グレーでも起訴していいんだという主張は、叔父のものと五十歩百歩の全く情けないものです。

以上が、法律素人による法律素人のための解説です。これを踏まえた上で、準備書面をご覧になって頂けると、よりすっきりすると思われます。引き続き、私の国賠審の応援をよろしくお願いします。

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (393)「国家賠償訴訟に関して (2)~代理人ドリーム・チーム結成!」

(注2)
ここをクリック→ #検察なう (130) 「嘆願書まとめ」

7/27/2015













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2015/07/27 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 7

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フィルム・レビュー 『アントマン』 ペイトン・リード監督 

フィルム・レビュー 『アントマン』 ペイトン・リード監督

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マーヴェルコミックスの映画化最新作『アントマン』観賞。公開第1週目とはいえ、久々に大型館が満員の映画を観た。

最近のマーヴェル作の中では出色の出来。マーヴェルで自分が好きな作品と言えば、1998年の『ブレイド』、2007年の『ゴーストライダー』、2008年の『アイアンマン』があるが、この作品はそれらに次ぐ、ないし毛色が違うので同じくらいの出来と言ってもいいかもしれない。

監督は当初、『ショーン・オブ・ザ・デッド』(←面白い)のエドガー・ライトが予定されたが、その後『イエスマン"YES"は人生のパスワード』(←まあまあ)のペイトン・リードに変更。つまりこの映画はコミカル路線。

感動や悲しみの質は文化が違っても共通するが、笑いの質は文化が違うと「所変われば品変わる」がお約束。ゆえにコメディー系の映画は笑えないものが少なくないが、この映画での笑いは(少なくとも自分には)全く滑っていなかった。

残虐なシーンもなければ、大胆な性描写もなく、笑えるシーン満載のアクション物であれば、子供から大人まで楽しめる映画であることは間違いがない。この「子供から大人まで楽しめる」エンターテイメントというのは、やはりアメリカはうまいなあと感じた次第。
人間が小さなサイズになる世界というだけで(『ミクロの決死圏』や『鏡の国のアリス』の例を引くまでもなく)、ヴィジュアル的にはかなり面白い。そして強力な援軍が普通のアリたちというのもウケる要素。

そして笑いをチープにしていないのは、やはり主演のポール・ラッドと重要な脇役のマイケル・ダグラスの演技だろう。彼らが真面目な顔をして話すセリフに思わず笑うことが度々あった。ヒロイン役は、TVドラマ『ロスト』でのケイト役で大ブレイクしたエヴァンジェリン・リリー。離れ島で、ノーメーク、タンクトップにカーゴパンツといういでたちの方がセクシーだったように感じた(つまり可もなく不可もなく)。

どうせマーヴェル好きしか観ないだろうが、期待は裏切らないと思われる。

ここをクリック→ 『アントマン』予告編

(Facebook 7/22/2015より転載)














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category: フィルム・レビュー

2015/07/26 Sun. 00:15 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (483) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(3)堀江貴文氏登場!」 7/23/2015 

#検察なう (483) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(3)堀江貴文氏登場!」 7/23/2015

引き続き、この7月に参考人の意見陳述が行われた法務委員会の審議の模様をフォローします。

7月1日開会の法務委員会の模様はこちら。
ここをクリック→ #検察なう (480) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(1)」

7月8日開会の法務委員会の模様はこちら。
ここをクリック→ #検察なう (482) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(2)」

7月10日の法務委員会に参考人として呼ばれたのは、堀江貴文氏でした。

リンクはこちら。

ここをクリック→ 衆議院インターネット審議中継 ビデオライブラリ 法務委員会(7月10日開会)

7時間余りの動画のうち、初め1時間半が堀江氏の意見陳述と彼に対する質疑です。その1時間半のやりとりの全文書き起こしはこちらをご覧下さい。刑訴法改正法案を「安保法案より国民生活に一番関係してくる」と位置付け、その問題点を指摘する堀江氏の意見を是非、お読み頂ければと思います。

ここをクリック→ [全文] 堀江貴文氏が国会で語った刑事司法制度改革の問題点

私は、個人的に堀江氏とお会いし、1時間みっちり刑事司法の在り方について意見を交わしたことがあります。その時に一番印象に残っていることは、彼が「捜査権力の内部改革では多くのことは期待できない。抜本的な改革の手段は、議員立法しかない」と考えていたことでした。その点に関しては、私も全く同意するところです。

その議員立法のチャンスを前に彼が感じているであろうことは、私には痛いほど分かります。それは「やはり検察に追い込まれた当事者じゃなければ、本質的な問題点やその改革の必要性・火急性を骨身に沁みるとまでは感じていないんだろうな」ということです。しかし議員の中で、本人あるいはごく身近の者が検察(特に特捜部)のターゲットになったことがある人間は勿論ごくごく例外であり、あくまでない物ねだりということは理解しているつもりです。そしてそれでも、彼のような当事者が意見を述べる機会を得たということは、非常に重要であったと感じます。

堀江氏の意見陳述、質疑の中で何点か重要だと思われる点を抜き出します。

「弁護士を横に同席させて取り調べをして何が悪いんだと。こういったことは、今回の司法制度改革には全く盛り込まれておりませんけれども、弁護士同席を認めるべきだなと思っております。」

法律のプロである検察官に対し、密室で取調べを受ける被疑者・被告人は、プロボクシングのリングに上がったアマチュアボクサー(あるいはボクシング未経験者と言ってもいいかもしれません)のようなものです。その状況が可視化されないのであれば、プロのセコンドをつけるべきです。

「僕は全事件に対して、裁判員裁判を選べるような仕組みが必要なのではないかなという風に思ってます。」

アメリカでは、陪審員による裁判と職業裁判官による裁判とを選ぶ権利が被告人にはあります。有罪率が99.9%を越える日本の刑事司法において、裁判官の当たり外れのリスクを被告人が取るべきではなく、それを自らの選択で回避する手段が用意されているということは、国民の「正しい裁判を受ける権利」を担保する手段の一つだと思います。

「保釈については、刑事訴訟法第89条の第4項の修正をちゃんとやればいいと思います。」

保釈の請求があったときは、刑訴法では原則、保釈を許さなければならないのですが、例外規定があり、現実は、原則と例外が完全にひっくり返っています。特に、刑訴法第89条第4項は、「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」を例外規定としています。実際の運用では、被告人が否認(あるいは黙秘)をしていれば、「罪証隠滅の惧れあり」とされています。つまり「罪証隠滅の惧れあり」の一言が、保釈を許さない免罪符になっているのが現状です。

「一方通行型の司法取引制度なんですよ。これは本来の司法取引では、多分ないと思うんですね。フェアではない司法取引制度であります。これは圧倒的に主犯格が不利になります。」

司法取引に関しては、ある程度の評価を堀江氏はしています。しかし、そこには問題点もあり、特に検察の有罪立証のためにのみ司法取引を許すのはフェアではなく、弁護側が無罪立証のために司法取引を活用できるようにするべきだという指摘は興味深いものです。「本来の司法取引」とは、アメリカで一般的な「自己負罪型」の司法取引を指していると思われます。司法取引の本場アメリカでは、司法コスト軽減として司法取引が多用されていますが、それは自分の罪を認めれば、罪を軽減するというもので、そこでは自分の利益のみで話が完結しているため、一定の抑止が働きます。他人の罪を重くして、自分の罪が軽くなるという、日本の「捜査協力型司法取引」は冤罪の温床となるという指摘は当を得ていると思います。

「(被疑者・未決被告人の身体拘束・勾留に関し)一応推定無罪の状況ですので、被疑者・被告人に対して、そこまで精神的苦痛を与えてまで、社会から隔絶して、さらに1人でずっといさせる必要というのは恐らく・・・恐らくじゃない、絶対ないわけです。」

人質司法に関して、堀江氏は自分の経験から重要な警鐘を鳴らしています。特に、長期間、弁護士以外の誰とも接触を許さない接見禁止付きの勾留は、無罪であるかもしれない被疑者・被告人に対する重大な人権侵害であり、そこから逃れたいがための虚偽自白を引き起こす可能性が非常に高いことを意味します。堀江氏だからこそ、それに耐え、自分の無実の主張をすることができたのだと思います。

「検察官の独自捜査権限を減らすべきだと私は思います。」

警察・国税局送致の事案をOEM供給とすれば、検察独自捜査事案こそが自社生産の検察の看板商品です。そこでは、無理にでも起訴しようとするインセンティブが働くことは想像に難くありません。少なくとも、捜査権と起訴権は分離すべき(特捜部から公判部に起訴権を移すべき)だと私は考えています。

また、補足というか蛇足というかですが、今回の刑訴法改正法案とは直接関係がないライブドア事件に関して、堀江氏の言葉で語られている部分は、個人的に非常に興味を持ちました。若狭勝氏(自由民主党、元東京地検特捜部副部長)との質疑の中で、「私の事件でいうと」で語りだす部分です。堀江氏は、証拠開示の例として挙げたものですが、宮内亮治氏の横領が起訴を免れたことは、「なぜライブドア事件で堀江氏が実刑判決を受け、そのほかのはるかに巨額の粉飾決算事件、例えばオリンパスや東芝で逮捕者、実刑判決を受ける者がいないか」という疑問に対するヒントだと思います。横領をしたのは堀江氏だというのが検察の「筋」であり、それが見込み違いだったとしても、振り上げた拳を収めることができなかったということがライブドア事件の真相だと私は考えています。それゆえ、彼も検察特捜部の独善的な論理のもとにターゲットとされ(注1)、捜査協力型司法取引による私の定義では立派な冤罪被害者の一人です(注2)。

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (94) 「検察が逮捕したい人」

(注2)
ここをクリック→ #検察なう (351)「冤罪の定義」

7/23/2015




















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category: 刑事司法改革への道

2015/07/23 Thu. 09:05 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (482) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(2)」 7/20/2015 

#検察なう (482) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(2)」 7/20/2015

先週ブログで、7月1日開会の法務委員会の模様をお伝えしました。

ここをクリック→ #検察なう (480) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(1)」

引き続き、「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」に関する法務委員会の審議をフォローします。

7月8日の法務委員会では、主に身体拘束制度・保釈及び証拠開示制度に関する審議が行われました。人質司法の是正や証拠の全面開示は、刑事司法改革でも非常に重要なテーマですが、今回法案となっている刑訴法等改正案では、全くといってもいいほど改善がされていないものです。そのため、この日の参考人意見、委員の質疑は今日の刑事司法の問題点を理解する上では、重要な議論と言えます。

リンクはこちら。
ここをクリック→ 衆議院インターネット審議中継 ビデオライブラリ 法務委員会(7月8日開会)

この日呼ばれた参考人は4人。肩書とともに法案に対するスタンスを付け加えておきます。

大澤裕   (東京大学大学院法学政治学研究科教授)「賛成」
宮村啓太  (日本弁護士連合会司法改革調査室室長)「賛成(日弁連として)」
江川紹子  (ジャーナリスト)「法案は問題あり」
小池振一郎 (弁護士)「断固反対」

例によって質疑の中には、かなり興味深い議論がありました。この3時間余りの審議の中で、一番興味深いのは、最後の最後、2時間57分からの清水忠史氏(共産党、大阪4区)の質問です。質問全文を書き起こしました。

清水 「あと2分ほどなので、最後の質問になると思います。それぞれの参考人にもお伺いしたかったのですけれども、ご容赦頂き、もう一度日弁連の宮村参考人にお伺いして私の質疑を終えたいと思います。

今回、日弁連の5月22日の会長声明(注1)を見ますとですね、一番最後に「当連合会は、市民・関係者、全ての弁護士、弁護士会とともに、改革をさらに前進させるために全力を尽くす決意である。」と、このように締められておられるんですね。ところがですね、ご承知だと思いますが18弁護士会は盗聴法拡大に反対する声明(注2)を出しておりますし、つい6月もですね、横浜弁護士会が司法取引と盗聴の拡大に対して反対する会長声明(注3)を出しました。全ての弁護士、全ての弁護士会ということではないと思いますし、この証拠開示の拡充を含む刑訴法の一括改正に反対する弁護士会や弁護士は、決して少数ではないと、私は思っております。

で、何を聞きたいかと言いますとですね、宮村参考人の、一番私の心に残った言葉はですね「冤罪をなくすことがこの司法制度改革の魂だ」とおっしゃいました。だったらなぜ冤罪被害者の方々自身が反対しているこの刑訴法の一部改正案を進めようとしているのか、日弁連として冤罪被害者の方々の声を聞かれたんでしょうか。」

改正法案の叩き台である法制審議会の答申は全会一致で決裁されているため、そこでは警察・検察関係者も弁護士会関係者も同じく賛成票を投じたわけですが、この法案が、捜査権力の焼け太りだと各方面から批判されているにも関わらず、なぜ日弁連はこれを後押ししているのかやはり疑問は残ります。

冤罪被害者の方々の反対の声に関しては、私も参加した4月22日の院内集会の模様を八木啓代氏がブログに記していますので、そちらをご覧下さい。

ここをクリック→ 『八木啓代のひとりごと』 「院内集会・問題だらけの『刑事訴訟法改正案』 なぜ冤罪被害者は、反対するのか」

先の質問に対する宮村啓太弁護士の回答は、これしか言えなかったのだろうという、あくまで日弁連の公式見解とでもいうべき無難かつほとんど答えになっていないものです。

宮村弁護士は東電OL殺人事件のゴビンダ・マイナリ氏弁護団の一人であり、悪質な検察による証拠隠しがその冤罪の原因だということは重々承知しているため(注4)、自身の意見陳述では、力強く人質司法の是正や証拠の全面開示の必要性を説いていただけに、日弁連の代表として冤罪被害者の声を聞いていないと突き上げられるのは少々気の毒な気もします。

傍目には迷走ぶりのようにも映る日弁連の行動原理に関しては、以前のブログで「取調べ可視化が目的化するリスク」と書きましたが(注5)、更に重要なヒントは同日参考人として呼ばれた一人の江川紹子氏の意見陳述の中にあります。彼女は、この刑事訴訟法改正が「最初の一歩なのか、最後の一歩なのか明確ではなく、そのことが刑事司法に不信感を抱いている冤罪被害者をして不安にさせている」と述べています。

この刑事訴訟法改正が、最後の一歩であれば、微々たる成果と引き換えに司法取引と盗聴法対象事件拡大という強力な武器を捜査権力に与えたことになります。日弁連が信じているようにこれが最初の一歩であるという保証は残念ながらどこにもありません(取調べ可視化に関しては、見直しがなされるべきであると付言されるようですが)。性善説に立つ日弁連が、役者が一枚も二枚も上手の法務官僚に言いようにあしらわれていないことを切に望みます。

参考人の意見では、改正案の問題点を、冤罪をむしろ生み出すものだと指摘する小池振一郎氏の意見は重要ですが、時間のない方には、彼のブログにその超短縮エッセンスを求めることとし、やはり江川紹子氏の意見陳述をご覧下さい。

ここをクリック→ 小池振一郎氏ブログ『小池振一郎の弁護士日誌』「「可視化義務付け」法案ではない」

江川氏の指摘は、「裁判の公開、司法の透明性、国民による検証可能性という問題がなおざりになっているのではないか」という大局的な視点で、ジャーナリストらしい観察だと思います。特に、昨今、証拠の目的外使用の問題がクローズアップされ(注6)、刑事司法はこの点に関しては、前進どころがむしろ逆行しているかのように感じます。

「刑事司法は、法曹三者だけのものではなく、国民のものである」という江川氏のメッセージを是非ご覧頂ければと思います。

(注1)
ここをクリック→ 日弁連会長声明「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」の早期成立を求める会長声明

(注2)
ここをクリック→ 「通信傍受法の対象犯罪拡大に反対する18弁護士会会長共同声明」

(注3)
ここをクリック→ 横浜弁護士会 「捜査・公判協力型協議・合意制度」の導入と通信傍受法の改正に反対する会長声明

(注4)
東電OL殺人事件では、「最近になって開示された証拠のDNA鑑定を行ったところ、ゴビンダ・マイナリ氏のDNA型とは不一致であり、その時点で初めてゴビンダ氏が真犯人ではないことが分かった。冤罪の原因は、事件当時にすべきDNA鑑定を怠っていた」と情報操作されていますが、事件の当初からゴビンダ氏が犯人でない証拠(遺体の乳房に残留していた唾液の血液型)は存在しており、検察はその証拠を隠していたものです。

ここをクリック→ #検察なう (294) 「犯人血液型当てクイズ」 

(注5)
ここをクリック→ #検察なう (467) 「取調べ可視化が目的化することのリスク」

(注6)
ここをクリック→ #検察なう (301) 「証拠は誰のものか」

7/20/2015














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2015/07/20 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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フィルム・レビュー 『ラブ&マーシー 終わらないメロディ』 ビル・ポーラッド監督 

フィルム・レビュー 『ラブ&マーシー 終わらないメロディ』 ビル・ポーラッド監督

Love-and-Mercy-Poster-20151.jpg

ブライアン・ウィルソンの伝記映画『Love&Mercy』観賞。

CDコレクションで一番枚数が多いのがBeach Boys(20枚以上)であり、そのアルバムのどれよりブライアンの初ソロアルバム『Brian Wilson』(1988)が高水準だと思っているファンとしては見逃せない作品だった。ところがバンクーバーでは1ヵ月余りで終映(こちらでは売れる作品と売れない作品がはっきり分かれ、売れない作品はあっという間に終映される)。高速を1時間飛ばして2つ隣りの市の映画館で観賞。

意外だったのは、映画の半分が彼のソロキャリアになってからの、精神分析医のユージン(ジーン)・ランディに薬漬けにされ支配されている状況から抜け出すというかなりマイナーな彼の「今日」のストーリーだったこと。これは自分も知らなかっただけに、現在のブライアン・ウィルソンのファンとしては興味深かった。

残りの半分は、彼が『ペット・サウンズ』の完成後に精神を病んでいくというこれは期待された内容。精力的にツアー活動をする残りのメンバーから離れてスタジオに引きこもり、オリジナルの楽曲を追求するブライアンと、楽曲の複雑さからバック・コーラスに成り下がらざるを得なかったほかのメンバー(特にマイク・ラヴ)との確執や、幼少期から虐待されてきた父親の影響が背景として描かれていた。

『ペット・サウンズ』がビートルズの『ラバーソウル』に触発されてできた作品であることは有名で、映画でもそれに触れられていたが、その後、『ペット・サウンズ』が旧来のファンからは不評で(『ペット・サウンズ』がビーチ・ボーイズの最高作であり、ロック史の傑作の一つというのは後年の評価)、更にビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の成功に対するプレッシャーからブライアンが精神を病んでいくという状況が描かれていないのは残念(映画で、そうした話を知らない人が観ると、何か唐突に頭がおかしくなったかのような印象)。

スタジオ・ミュージシャンを多数起用して、1フレーズに3時間も費やすブライアンに対し、ほかのメンバーの一人が「お前は何をやりたいんだ!モーツアルトにでもなりたいのか!」というセリフのシーンはよかった。これもビートルズの絡みで言えば、ビートルズは多くのフォロワーが生まれたのに、ビーチ・ボーイズのフォロワーが生まれなかったのは、中期以降の楽曲の内省的、メロディーラインの複雑さが理解されていないからだと感じるから。ブライアン・ウィルソンの曲は初期のイメージとはかけ離れてかなり哲学的だと思う。

この映画の一番残念なところは、なぜブライアンがメンバーとの確執の中で、ソロ・アルバムという選択肢を選ばず、ファミリーでのレコーディングにこだわったかという私が個人的に抱えている疑問に答えてくれなかったこと。

ブライアン役の(若い頃の)ポール・ダノと(歳を取ってからの)ジョン・キューザックは共に、ちょっとイカれた感じをうまく出していたが、この二人全く顔が似てないんだけど、それでいいんかい?

いずれにせよ、ビーチ・ボーイズを初期のサーフ・サウンズ・バンドだと思っている人には訳が分からないだろうし、結局、コアな(ビーチ・ボーイズ・ファンというより)ブライアン・ウィルソン・ファンしか、突っ込めずまた楽しめないというマイナーな作品という評価。ブライアン・ウィルソン・ファンはマストでしょ。

ここをクリック→ 『ラブ&マーシー 終わらないメロディ』予告編

(Facebook 7/18/2015より転載)














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2015/07/19 Sun. 05:24 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (481) 「『Daily Diamond』記事 前田恒彦氏「安保法案の影で静かに審議が進む刑事司法改革法案に思うこと」 」7/16/2015 

#検察なう (481) 「『Daily Diamond』記事 前田恒彦氏「安保法案の影で静かに審議が進む刑事司法改革法案に思うこと」」 7/16/2015

7月10日配信の『Daily Diamond』(『週刊ダイヤモンド』のWeb限定版)の記事の一つが、元大阪特捜部主任検事の前田恒彦氏によるものでした。題して「安保法案の影で静かに審議が進む刑事司法改革法案に思うこと」。前回のブログ(注1)で紹介したように、この刑事司法改革法案は、現在、衆議院の常任委員会の一つである法務委員会で審議の真っ最中です。

前田氏とは以前に大阪のオクトーバーフェストでお会いし、その後名古屋の講演でご一緒したことがあります(注2)。大阪でも名古屋でも、酒を交わしながら、大いに刑事司法改革論議で盛り上がったものです。

記事のリンクはこちら(この記事を読むには、『週刊ダイヤモンド』本誌目次に記載のパスワードを入力する必要があります)。

ここをクリック→ 『Daily Diamond』 「元特捜部主任検事のざわめき」

要点をかいつまんで説明します。

今回の記事の前書きは、
「何かと話題の安保法案と比べると地味で目立たないものの、今国会ではいずれ国民生活に重大な影響を与えることとなる刑事司法改革法案の審議も着々と進んでいる。改革の元凶となった張本人として多方面からこの法案に対する見解を求められていることから、この機会に思うところを示したい。」

自ら「改革の元凶となった張本人」と総括していることからも、自身の発言の重みを理解していると感じます(郵便不正事件に関しては、彼は実行犯として実刑判決を受けていますが、私は個人的に、彼は検察の行動原理に則って行動したものであり、結局、事件を矮小化しようとした検察組織による「とかげのしっぽ切り」だったと感じています)。

冒頭、彼は検察の在り方の問題点を端的に指摘しています。その問題点とは、
「犯罪という表に出にくい水面下の不正行為を暴き出して国家の治安を維持するのはほかならぬ我々であり、その判断や権限行使には絶対に間違いなどあり得ないという無謬神話に酔いしれ、謙虚さを欠いた捜査当局の独善的な正義感」
です。

ここでのキーワードは「国家の治安を維持する」「無謬神話」「独善的な正義感」です。インサイダーが、外に出て観察した結果の記述ゆえ、これ以上正確な評価はないものと思われます。傾聴に値します。

続けて、具体的にその問題点を説明しています。

「密室である取調べ室で関係者から得た供述や当局によってプラスとなる証拠物を金科玉条のものとし、いったん組み立てた事件のストーリーに組織を挙げて固執し、不都合な事実や証拠に目をつぶり、あるいは出来る限り表に出さないように努め、他方で当局にとって都合の良い捜査情報をリークし、報道させることでマスコミをもコントロールし、「起訴=有罪」という風を吹かせ、有罪獲得に向けて猛進するという姿勢こそが諸悪の根源だったはずだ。」

私と代理人チームは、彼がここで言っているこの「諸悪の根源」を国賠審で立証しようとしています。それは法曹関係者であれば、言わずもがなの事実ですが、決して表に出ることなく、裁判所も看過してきたものです。私の国賠審では、裁判所がこの「諸悪の根源」を認定するかどうかが注目されます。

記事の中で前田氏が刑事司法改革の柱として挙げたのが下記の2点でした。

1) 取調べ室で被疑者に虚偽自白を強いることを防止し、併せて被疑者以外の全ての関係者の供述経過を逐一記録として残すことで、後日の検証に耐えるようにするという全面可視化(録音録画)制度

2) 捜査当局の手中にある全ての証拠を起訴後速やかに被告人側にオープンにし、その手の内をさらすことで、プラス・マイナスを問わず、異なった立場から複眼的な視点で謙虚に証拠を見ようという全面証拠開示制度

このあるべき刑事司法改革のイメージは、彼が検察組織から離れたからこそ、突然思い至ることができたものでしょうか。私はそうではないと思います。法務官僚、警察・検察関係者も、刑事司法改革のためになすべきことは何かを知りながら、自己権益の擁護のため、国民の利益を犠牲にして、独善的な論理に固執しているものだと強く推認します。

このあるべき刑事司法改革が、現在、法務委員会で審議されている法案では、全く骨抜きになっていることはこれまで幾度となく述べてきたところです。

1)の取調べ可視化に関しては、対象事案を刑事事件全体の3%程度(裁判員裁判対象事件及び検察独自捜査事件)に限定し、しかも捜査当局の恣意的な判断で録音録画を見送ることが可能とする例外規定が置かれています。

前田氏は、記事の中で、その録音録画の例外規定の実例を、数字を挙げて述べています。

「現に逮捕勾留された被疑者のうち、2014年度中に警察が取調べの全ての過程を録音録画した件数は、裁判員裁判対象事件全体のわずか17%にすぎない。被疑者から供述を得られにくくなるといった理由から、捜査官が全面可視化を実施しようとしなかったからだ。」

実施が義務付けられたとしても、実際の実施が17%程度であれば、原則と例外が逆転する「ザル法」になるとしか言いようがありません。

2)の全面証拠開示に関しては、法制審議会で実質的な議論は全くされませんでした(周防正行氏ほか一部委員が強く提唱したものの、警察・検察関係委員の頑強たる抵抗にあい、議論がされず、答申にも盛り込まれることはなかったものです)。

前田氏は、今法案に関し、以下のようにまとめます。

「「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の例えどおり、全体としては当初の反省から程遠い、呆れた内容のものと評価せざるを得ない。

様々な利害関係者の綱引きを背景とし、特にできるだけ現状を変えずに新たな武器だけは欲しいという警察や法務検察、これを応援する学者らのリードでまとまった法案であるものの、国会では慎重に審議が行われ、可能な限り修正が施されることを期待したい。」

衆議院の法務委員会は彼を参考人として呼ぶべきだと思います。「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」に関する意見を語らせれば、彼以上適任の人間はいないはずです。

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (480) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(1)」

(注2)
ここをクリック→ #検察なう (460) 「愛知県弁護士会主催「3・7取調べの可視化市民集会」講演全文」

7/16/2015

















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2015/07/16 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (480) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(1)」 7/13/2015 

#検察なう (480) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(1)」 7/13/2015

現在、1月26日に召集された第189回通常国会で審議される議案の一つに、「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」があります。

この刑事訴訟法改正による我々の日常生活に対するインパクトは、安保法案よりもあると理解していますが、なかなか国民の関心は高まらないようです。

ここまでの流れをおさらいします。

郵便不正事件を受け検察批判が高まる中で、刑事司法改革の要請が高まり、まず法務大臣の諮問機関である「検察の在り方検討会議」が2010年末に発足しました。その審議を経て「検察の再生に向けて」と題する提言がなされました(注1)。

次に編成されたのが、2011年6月法務省に設置された「新時代の刑事司法特別部会」という名称の法制審議会でした。3年に亘る審議を経てまとめられた答申(注2)は、議論のスタート時に見込まれた方向とは似ても似つかぬものに仕上がっていました。「名は体を表す」とはよく言ったものです。そもそも検察改革のために検察の在り方を検討する議論だったものが、結局は新時代の取調べ手法、即ち捜査権力の権力拡大につながっていました。

改革の目玉とされたのは取調べの可視化でしたが、施行範囲を裁判員裁判対象事案及び検察独自捜査事案に限定という結論では、刑事事件の2%しか取調べが可視化されないことになります(しかもそこには捜査権力の恣意的な運用を許しかねない例外規定が設けられています)。そしてそのバーターとして、捜査協力型の司法取引の導入と盗聴法拡大が盛り込まれたのが、特別部会の答申でした。法制審議会の答申は包括裁決、つまりパッケージ・ディールとして、多岐に亘る刑事司法制度改革で、例えば「取調べ可視化は賛成だが、司法取引導入・盗聴法拡大には反対」という票は投じることができなかったということが一つのポイントです。

捜査権力の角を矯めるために始まった議論が、結局焼け太りで終わりそうだというのが一連の流れです。法務官僚のしたたかさには、今更ながら驚かされます。

この答申に基づく法律案は国会に提出され、現在は衆議院法務委員会で審議されているところです。法務委員会は衆議院・参議院それぞれに17ずつ設置された常任委員会の一つです。国会議員は、どれかの常任委員会に所属します。法律案はまず常任委員会において過半数の委員の賛成により可決されなければならず、委員会を通った法律案が本会議に回され、そこでの採決を受けることになります。

7月に入ってから、「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」に係る法務委員会は3回行われています。そこでは参考人が呼ばれ、それぞれの意見を陳述しています。

その内容は衆議院インターネット審議中継で見ることができます。1回の審議は約3時間に亘るものですが、この動画配信のよいところは、発言者ごとにリンクを飛ばして見ることができることです。つまり3時間のうち、見たい部分だけ見ることができます。

今回のブログ以降、この法務委員会の動きをフォローしてみたいと思います。初回の今回は7月1日分です。

リンクはこちら。
ここをクリック→ 衆議院インターネット審議中継 ビデオライブラリ 法務委員会(7月1日開会) 

主に捜査協力型司法取引導入を審議するため、この日呼ばれた参考人は5人。肩書とともに法案に対するスタンスを付け加えておきます。

高井康行 (弁護士) 「賛成」
川出敏裕 (東京大学大学院法学政治学研究科教授) 「賛成」
郷原信郎 (弁護士) 「法案は問題あり」
笹倉香奈 (甲南大学法学部准教授) 「断固反対」
今村核  (弁護士) 「断固反対」

この日以外の法務委員会でもそうですが、法案に賛成とする参考人の意見は、捜査権力側利益の代弁者であり、彼らの論法がいかなるものかの参考にはなるものの、問題点の指摘がなく、さして面白みがないので、お時間のない方は飛ばしてもよいと思われます(勿論、見る方がよいのですが)。そして参考人の意見陳述より面白いのが、法務委員会の委員である各議員の質疑です。

この日の3時間の中で一部分だけ見るとすれば、是非井野俊郎氏(自由民主党、群馬2区、弁護士)の質疑の21分をご覧下さい。

彼のした主な質問は3つ。

① 被疑者の自白がなかなか得られなくなっている(だから新たな捜査手法の導入が必要)とされているが、それは捜査権力の取調べ能力が落ちているのか。

② 自白による量刑の軽減では反省をしているということが勘案されると理解しているが、捜査協力型司法取引では、他人の罪を告白することは反省しているわけではないのに、なぜ自分の罪が軽減されるのか。

③ 司法取引においてその供述内容がただ単に自分の罪を軽くするための虚偽ではないかと疑われる場合、弁護人の姿勢はどうあるべきか。

①の質問に対して答えた、ヤメ検弁護士の高井氏の「若手検察官の取調べ能力が落ちている」という発言を現場の検察官はどのように聞くのでしょうか。「そりゃ、あんたの時代は相当無茶やってたんじゃないの」と思うのではないでしょうか。

そしてその後の彼の言った「どのようにして嘘の自白に騙されないようにするか」という言葉は非常に重要なものです。この発想、思考回路は、法制審議会において警察・検察関係者が何度も持ち出した論理で、過去の冤罪における虚偽自白は、取調べが不適切だったわけではなく、ただ取調官が騙された、だからそれを防ぐためにより強力な取調べ手法が必要だとするものです。冤罪を作り出すことに全く反省のないこうした論理がまかり通っている以上、検察改革・刑事司法改革の道ははるか遠いと言わざるを得ません。そして世の中には、彼のように検察組織を離れながら、古巣にパラサイトしている一部「ヤメ検」がいるということの表れです。

その後の(同じ「ヤメ検」ですが、明らかに高井氏とは立ち位置の違う)郷原氏の発言の方が誠実であり納得感があります。

②の質問は「なかなかグッド・クエスチョンだな」と感じました。川出氏の回答はそつないものです。

③の質問は、弁護士3人に対しなされたものですが、高井氏の後を受けて発言した郷原氏の回答は実に痛快で、検察に寄りそう「ヤメ検」をばっさり斬り捨てています。是非、ご覧になって下さい(ちなみに郷原氏の後ろでメモを取っている白いジャケットの女性は、私の国賠審の代理人チームに郷原氏のサポートとして入ってくれている新倉栄子弁護士です)。

参考人の意見の中では、笹倉香奈氏のものが一番有益でした。アメリカの現状において、捜査協力型司法取引の危険性を実に明快に解いています。冤罪を減らすための刑事司法改革であるはずが、むしろ今より冤罪を作るようでは、本末転倒ではないだろうかと考えさせられるものです。

(注1)
ここをクリック→ 法務省HP「検察の在り方検討会議」

(注2)
ここをクリック→ 「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果(案)」

7/13/2015






















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2015/07/13 Mon. 03:14 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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フィルム・レビュー 『ターミネーター:新起動/ジェニシス』 アラン・テイラー監督 

フィルム・レビュー 『ターミネーター:新起動/ジェニシス』 アラン・テイラー監督

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ターミネーター・シリーズ最新作『ターミネーター:新起動/ジェニシス』観賞。

アーノルド・シュワルツェネッガー主演の三部作後、前作はシュワルツェネッガー抜きで新三部作の第一作として作られたが、製作会社の倒産で続編は作られず、本作品は新たなリブート作品のシリーズ第一弾。

それほど期待したわけではなかったが、完全な失敗作。もしこの後、新シリーズとして続編を作るつもりならやめた方がいいだろう。

リブートであるからには、これまでの作品は忘れてもいいという約束(だからディテールで前作までと矛盾してもいい自由度がある)。そしてスタッフやキャストを総取っ換えで行うというのが通例(前作のように)。この作品の失敗の大きな要因は、シュワルツェネッガーの起用であり、全く新味のないストーリー。

シュワルツェネッガーが前作を一家で観た後、子供が「シリーズで最高作」と評し、自分が出ていないことにひどく傷ついたという逸話があるが、今更「昔の名前で出ています」でもないだろう。

シリーズの一貫したテーマはマシン対人間の戦争。マシンの大元締めが人工知能の「スカイネット」で、戦争を有利に展開するため人間軍リーダーのジョン・コナーの母サラ・コナーを抹殺するため、未来からタイムマシンで殺人アンドロイドの「ターミネーター(T-800)」を送りこむのが『T1』。『T2』では、その後再び未来から送られてきたのが、スカイネットによって送られた変形自在の液体金属で構成された最新モデルT-1000と、ジョンによってサラを守るようプログラミングされてきたT-850の2体。

本作品では、『T1』と『T2』の話がごっちゃになっており、同じ目的でT-800が未来から送られてきた時には、なぜかT-850とT1000が既に現代にいるという設定。

シュワルツェネッガーが悪役だった『T1』だけがストーリー的に納得がいくものだが、彼が善玉となる『T2』の時点で、ストーリー的にはかなりアホらしく面白みに欠ける。その『T2』をかろうじて興行的に救ったのはT-1000の「こいつ絶対やっつけられないじゃん!」という無敵感だった。

本作品は、シュワルツェネッガーが善玉という上に、またまたT-1000が登場では、何のためにリブートを作ったのか製作意図を疑わざるを得ない。昨日の残り料理に調味料を加えて、再び出されたかのよう。

ということで、今まで『ターミネーター』を観たことがないという人にはストーリーの展開でかなり端折っていることから分かりにくく、今まで『ターミネーター』を観た人は、あまりのワンパターンぶりに相当がっかりするだろうと思われる。と、期待値を相当下げておけばもしかしたらという方のみどうぞ。私は期待していなかったにも関わらず、相当がっかり。

ここをクリック→ 『ターミネーター:新起動/ジェニシス』予告編

(Facebook 7/9/2015より転載)














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2015/07/12 Sun. 06:14 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (479) 「平成26年度査察の概要~史上初の無罪判決が変えたものとは」 7/9/2015 

#検察なう (479) 「平成26年度査察の概要~史上初の無罪判決が変えたものとは」 7/9/2015

今月、平成26年度の国税局査察部の活動を記した「査察の概要」が公表されました。

ここをクリック→ 平成26年度「査察の概要」

注目すべきは「6. 査察事件の一審判決の状況」です。平成24年度の判決件数120件に対し、無罪の1件は私の事案です。国税局査察部は、昭和23年発足(注)以来、告発の全てが有罪判決という輝かしい(忌むべき?)歴史を築いてきましたが、その65年間にも亘る不敗神話を覆したのが佐藤弘規裁判長が判じた無罪判決でした。

そして驚くなかれ、それ以来裁判所は呪縛から解かれたように、無罪判決をわずかながらも毎年出しています。平成25年度は116件の判決に対し1件、平成26年度は98件の判決に対し2件の無罪判決が出ています。

依然、有罪率は98%以上と高いものの、ゼロと1あるいは2の差は、それまで65年間無罪ゼロの歴史を考えると隔世の感があります。世の中が変わっていることを実感します。

札幌の電子新聞『北洋新聞』(7月8日付)の「国税査察部に異変 最強神話崩壊 裁判所の意識変化」と題する記事に私のコメントが掲載されていますので、是非ご覧下さい。

ここをクリック→ 『北洋新聞』「国税査察部に異変 最強神話崩壊 裁判所の意識変化」

平成26年度の「査察の概要」を目にし、私の刑事裁判主任弁護人であった小松正和弁護士に電話しました。私の危惧は「逆冤罪」、つまり有罪であるべきなのに無罪となりえる可能性でした。しかし小松弁護士の答えは、「いやあ、今の刑事司法はまだそこまで行ってないでしょう」でした。それは私の感覚とも一致するものでした。依然、裁判所が真に公平であり誤謬の振幅が双方向等価であるとは到底思えないというのが当事者の実感です。それでも確実に変化は起こっているという確信もあります。

少し前の記事になりますが、国税局査察部事案で3件目の無罪判決が出た後報じられたものを添付します。

ここをクリック→ 現代ビジネス『ニュースの深層』「国税3連敗!注目裁判で当局が負け続ける功罪とは」

この記事では、世の中の潮目が「裁量課税主義」から「租税法律主義」に移行したことを示唆しています。国家権力に対し絶対的弱者である個人の人権は法律で守られるべきであるという、あるべき方向への変化に言及したものです。

同じ題材を扱った「のとみいさん」のブログ『のとみいの金融日記』の記事「2015査察の概要」も紹介させて頂きます。のとみいさんにはツイッターでフォローしてもらっており、度々のとみいさんのブログに私も登場しています。

ここをクリック→ 『のとみいの金融日記』 「2015査察の概要」

今更ながら、弁護団と多くの支援者の方々と共に成し得たことの歴史的意義と責任を感じます。

現在は、更に高いハードルである国賠審で、再び歴史を塗り替えようと努力しています。経済的サンクションが実効的と証明されれば、国家の不法行為の抑止力になるのではないかと期待しています。引き続きご支援のほどよろしくお願いします。

(注)
強制力をもって脱税を摘発する査察制度は、戦後の昭和23年7月に設けられました。当時はまだ国税庁はなく、大蔵省主税局に査察部が置かれました。査察が国税庁に移ったのは、庁発足と同じ昭和24年6月です。

7/9/2015















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2015/07/09 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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「死刑制度について考える(17)~検察庁における死刑」 

「死刑制度について考える(17)~検察庁における死刑」

死刑制度が法的に認められている以上、そして罪科の求刑が検察官の職務である以上、必要相当と認められる場合、検察官は死刑を求刑することになります。彼らの心持ちはどのようなものでしょうか。

その状況に直面した検察官一人一人の心に去来するものは違うでしょうが、彼らも人間であり、いかに職務とはいえ、人の命を奪う責任の重さに複雑な心境になることは間違いないと思われます。

ところが、検察庁ではありませんが、先週、警察庁の金高雅仁長官が、記者クラブにおける会見で、特定危険指定暴力団工藤会への対策について「組織のトップを死刑や無期懲役にもっていき、二度と組に戻れない状態をつくり、恐怖による内部支配を崩していこうという戦略。徹底した捜査を遂げるということで臨んでいる」という発言をしたという報道を目にし、愕然としました。行政機関の一つである警察庁の長が、司法プロセスを全く無視し、極刑適用を企図して行動しているという感覚の鈍磨には国民の一人として危機感を覚えます。

ここをクリック→ 西日本新聞(6月30日付)「トップを死刑や無期懲役に」異例の極刑言及 警察庁長官、工藤会壊滅へ決意

検察庁が死刑求刑に関してどのように考えているか、そのヒントになるコメントを、元検察官の市川寛氏が、彼の著書『検事失格』余話として、「#検察なう」フェイスブック・コミュニティに書き込んでくれました。その一部を以下に引用します。

『検事失格』余話 「検察庁における死刑」

拙著にも書いたとおり、私は死刑にあたる事件の主任として捜査をした経験もなければ、公判で死刑を求刑したこともない。 同期や後輩には、早ければ任官3年目くらいで死刑求刑をした人もいる。

ただ、荒っぽくいうと、死刑求刑が予測されるのは多くが強盗殺人。なにしろ法定刑に死刑と無期懲役しかない。なので、この罪名にあたると死刑を視野に入れながらの仕事になる。もちろん、死刑は強盗殺人に限らない。放火が絡んだり、保険金が絡んだり、あるいは二人や三人ではすまない数の人を殺してしまった場合、単純殺人でも死刑求刑をすることはあり得る。
 
ところで、少なくとも私がいた頃の検察庁では、死刑と無期懲役を求刑する場合は、地検だけにとどまらず、高検の決裁も経なければならなかった。おそらく今もそうではないだろうか。

私は、先輩が高検に死刑求刑の決裁を受けに行くときに同行したことがある。控訴審議でも似たような場面があるが、この求刑決裁でも高検のヒラ検事が「あの証拠はあるのか、この事実は解明しているのか」とそれこそ私からすれば重箱の隅をつつくような指摘を矢継ぎ早にしてきた。その多くはこちらの予測を超えるものではなかったが、例によって私はうんざりした。うんざりしたのは私のいい加減な執務態度によるところが大きかったとは思うが(爆)、この事件は強盗殺人で、しかも殺された被害者が複数いたことにもよる。先に述べたとおり、この罪名で複数の人間が殺されていたら、「死刑以外に何がある?」というのが検事の感覚だ。

もっとも、この感覚に甘えて捜査の詰めを誤ってはならないのは高検の連中の言うとおりである。それでも私は内心「ぢゃ、無期懲役にするってんですか?」と苦々しく思っていた。私はこうした事件に限らず、検察庁、ひいては日本の刑事司法全体に対していったいどこまで細かい事実を調べ上げればいいんだ?という疑問を持ち続けていた。これは今でも変わらない。むろん、強盗殺人が認められ、さらに複数の人が殺されていたら自動的に死刑、というのは乱暴だろう。しかし、だからと言って不可能に近い立証を強いるのもおかしい。検事も生身の人間なのだから。
(中略)

検察庁を弁護するように思われるだろうが、死刑(または無期懲役)求刑をするときは、「石橋を叩いて渡る」姿勢が徹底されるのだ。「これ以上は証拠を集めることはできない、これ以上の事実を調べ上げることはできない」というところまで、それこそどぶ板をひっぺがすような立証、それも情状立証を尽くさないと、無期懲役、死刑の決裁が下りない。もちろん、これは検察庁の自己満足でもあろう。

逆に言うと、地検と高検の厳しい決裁を突破しての求刑であるからには、判決で死刑が無期懲役に、無期懲役が有期懲役に落とされたときは、「原則として」否「ほぼ」控訴である。少なくとも高検まで出向いての吐き気のするような控訴審議は必至だ。検察庁がまさしく組織をあげて徹底的に考え抜いた上での求刑であるからには、それを否定された場合に「あ、そうですか」と引き下がるわけにはいかないわけだ。

このように、死刑、無期懲役という刑罰は、求刑しようとするだけで桁外れのチェックを経ているので、たかが主任の義憤や正義感といった代物を根拠には絶対に科すことができない。考えようによっては、死刑と無期懲役に対しては、検察庁の中でも非常に謙抑的な姿勢が保たれているとも言えるかもしれない。あるいは、検察庁ですら、それなりに及び腰になって求刑する刑罰という意味では、語弊があるかもしれないが、死刑と無期懲役はそれだけ厳粛な刑罰と言ってもいいかもしれない。
(後略)

検事失格 文庫本カバー

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「死刑と無期懲役に対しては、検察庁の中でも非常に謙抑的な姿勢が保たれている」というのが市川氏の検察内での感覚だったようで、先の警察庁長官の言葉とは随分と隔たりがあり、「そうでなくては」と安心させられます。

そして、これが普通の事件ではなく、世の中で話題となった事件、世論が死刑を望んでいるかのように報道で書き立てられている事件でもそうなのかどうか(具体的には「光市母子殺害事件」のようなケース)、世論に迎合して検察が死刑求刑に前のめりになることはないのかは興味深いところです。



















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2015/07/06 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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フィルム・レビュー 『グローリー/明日への行進』  エイヴァ・デュヴァーネイ監督 

フィルム・レビュー 『グローリー/明日への行進』  エイヴァ・デュヴァーネイ監督

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原題が『セルマ』とあるように、マーティン・ルーサー・キングJr.の伝記というよりは、「血の日曜日事件」(1965年3月7日に、アメリカの公民権運動中にアラバマ州の都市セルマで起きた流血事件)にフォーカスした作品。ゆえに、マルコムXとの確執やケネディへの接近もほとんど触れられていない。

勿論、マーティン・ルーサー・キングJr.にまつわる史実に興味があったから観たのだが、「差別」という今日的・現実的テーマに何らか示唆されるものがないかという関心の方が強かった。そして残念ながら、なぜ差別する気持ちが起こるのかに心から「分かった!」というものはなかった。

それは差別という感情が非常にドメスティックなものだからであろう。なぜ韓国人・中国人を嫌うのか、差別するのかという問いは、そう感じない者には全く理解できないし、彼らを嫌う者が白人の黒人を差別する様を見ても、「これはこれ。自分のケースとは別」と思うだけのように感じる。

よくできた映画ではあるが、そのテーマを真に理解するのは、やはりアメリカで白人に迫害されている(あるいはされていると感じている)黒人や、黒人を迫害する白人が観て心に迫るものがあるのだろう。

自分にとっては、ヒストリー・チャンネルの番組が少しドラマティックに作られているとしか感じなかった。勿論、マーティン・ルーサー・キングJr.が誰であるかは素養として知るべきであり、彼を知る入門としての材料としては評価できる。

ここをクリック→ 『グローリー/明日への行進』予告編

(Facebook 6/26/2015より転載)
















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2015/07/05 Sun. 00:30 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (478) 「名張毒ぶどう酒事件弁護団、第9次再審請求で新証拠を提出」 7/2/2015 

#検察なう (478) 「名張毒ぶどう酒事件弁護団、第9次再審請求で新証拠を提出」 7/2/2015

この5月に、名張毒ぶどう酒事件冤罪被害者奥西勝氏は第9次再審請求を行いました。

ここをクリック→ #検察なう (473) 「名張毒ぶどう酒事件第9次再審請求と6・25集会」

そのブログで紹介した市民集会に参加してきました。

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その集会では、まず映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(注1)の上映がありました。私は4回目の観賞でしたが、映画としてもよくできた作品であることを再確認しました。やはり仲代達矢氏と樹木希林氏の存在は大きいと感じました。

映画上映後、映画の原作『名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の半世紀』の著者の一人である門脇康郎氏の講演がありました。

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ここをクリック→ ブック・レビュー『名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の半世紀』

門脇氏は、東海テレビのカメラマンでしたが、奥西氏が控訴審で逆転死刑判決を受けた判決文のひどさに憤り、それから私費を投じてこの事件を個人的に追い続けました。彼の、正義を求める信念の強さと奥西氏家族を思いやる気持ちには心打たれるものがありました。

講演後、彼と話す機会がありましたが、私のした質問の一つは映画に奥西氏の妹が登場しない理由についてでした。彼の答えは、彼女も兄を思う気持ちはあるものの、自分の子供のことを考えると表に出られないというものでした。冤罪は被害者本人だけではなく、周りの家族の生活も破壊するものだとあらためて感じました。

その後、特別面会人の稲生昌三氏の挨拶がありました。たまたま当日の朝、奥西氏と面会をしてきたそうです。病床にいる奥西氏の容体は芳しくないことも多く、面会の叶わないこともしばしばだそうですが、その日は奥西氏の容体も安定しており面会できたとのことでした。

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彼の前回5月22日に行った面会の模様を報告する「面会通信」を添付します。
ここをクリック→ 「無実の死刑囚・奥西勝さんを励ます面会通信 No.287」

その後、弁護団により第9次再審請求に関しての報告がありました。

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まず伊藤和子弁護士(注2)から、これまでの再審請求の流れと、新証拠の開示を求めているもののままならない状況が伝えられました。再審における証拠開示に関しては、通常審とは違う問題があり、この点に関しては別の機会に取り上げてみたいと思います。

次に古橋将弁護士から、唯一の物証である王冠についての説明がありました。第5次再審請求の時点で、王冠についた歯型が奥西氏によるものではなく、鑑定の画像は適合するように倍率を変えて捏造されたことが弁護団から主張されています。その時点の裁判所の判断は、「奥西死刑囚の歯型と断定できなかったとしても、人の歯型である以上、ある程度の証明力がある」という頓珍漢な論理でうやむやにされたものです。弁護団は現物の開示を求め、再鑑定を試みようとしています。

その次は脇田敬志弁護士から、自白の信用性について弁護団が立証に努めている点が説明されました。それは、奥西氏の自白にある、①犯行前夜、暗闇の竹やぶの中で農薬を入れる竹筒を作成し、農薬を注入した、②その竹筒に新聞紙で栓をし、上着ポケットに入れて栓を濡らすことなく運搬した、③王冠の開栓を、まず外ぶたを火ばしではずし、中ぶたを歯でこじ開けたとした点です。弁護団は学生30人を使って、それぞれの実験をしましたが、①②③の全てをできた学生は一人もいなかったことから、自白の信用性に疑問があるという主張でした(但し、それぞれどれかのみをうまくできた学生はいたようです)。

最後に野嶋真人弁護士から、今回の再審請求の中心となる新証拠の説明がなされました。

まずは凶器の農薬に関してです。自白では「ニッカリンT」という奥西氏が購入したことが証拠上明らかな農薬が殺害に使われたとされました。弁護団は、第7次再審請求で、実際の犯行に使われた農薬は、同じ有機リン系農薬(テップ剤)であるが違う農薬(「三共テップ」という農薬である可能性が高い)であるという鑑定結果を提出しました。そしてそれは一旦、再審開始決定の鍵となりましたが、検察異議申立を受けた異議審では、ニッカリンTであったとしても矛盾しないという非科学的な裁判官の独自の解釈で再審開始決定が取り消されたという経緯があります(注3)。

この凶器とされたニッカリンTは、1961年の時点で既に、実際に使われた農薬とは違う可能性が示唆されています。それはニッカリンTに含まれる不純物が、ペーパークロマトグラフィーで検出されなかったからです。それは検察の「不純物が加水分解することもありえる」という、これまた非科学的な独自の解釈を裁判官が採用し、ニッカリンTが凶器とされた農薬ではないとは認定されませんでした(注4)。

今回の再審請求では、弁護団は、今日では時代遅れともいえる鑑定法のペーパークロマトグラフィーを再度行い、ニッカリンTが犯行に使われた農薬ではないことを立証しようとしています。

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第7次再審請求において最新技術の鑑定方法結果が裁判官に採用されなかったのは、彼らがそれを理解できなかったからであり、中学の理科の実験で使われるレベルの内容であれば理解できるであろうという、それはそれで説得力のある主張でした。

更に興味深かったのは、ぶどう酒瓶の封緘紙の分析でした。弁護団は、封緘紙の糊づけされた部分に、ほかよりも濃く変色し、隆起した部分を見つけています。当時、犯行に使われたぶどう酒の封緘紙は、「CMC糊」という半合成糊で接着されていましたが、弁護団の主張は、「犯人は、開栓のため封緘紙をはがした後、CMC糊ではなく、一般家庭によく使われる「フエキ糊(でんぷん糊)」で接着したと考えられ、その部分が隆起、変色した」というものです。よくもそこまで細かな証拠を探し出したと感心しますが、そのポイントは、奥西氏が全く自白で述べていない「無知の暴露(真犯人しか知りようがないため、虚偽自白では述べられることがない事実)」であり、真犯人の行動を類推したアナザ―・ストーリーという点で評価できるものと思います。

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第9次再審請求の判決は、第8次再審請求を棄却した同じ裁判体とのこと。状況は厳しいとはいえ弁護団の最後まで(それどころか、この先奥西氏の無罪を得るまで未来永劫)諦めない真剣度が伝わってきました。

今後も名張毒ぶどう酒事件の再審請求の状況には注視する必要があります。

FREE OKUNISHI!!

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (278) 「映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』観賞」

(注2)
ここをクリック→ 伊藤和子弁護士 「名張毒ぶどう酒事件 89歳になる死刑囚の救済の道を閉ざす高裁決定は正義に反する。」

(注3)
ここをクリック→ 「科学的証拠の無視と自白偏重~名張毒ブドウ酒事件第7次再審請求最高裁特別抗告決定」矢澤昇治弁護士

(注4)
ここをクリック→ 日々是好日「名張毒ぶどう酒事件と農薬鑑定に使われたペーパー分配クロマトグラフィー」

7/2/2015






















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2015/07/02 Thu. 01:52 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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