「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (502) 「盗聴法対象事件拡大のリスク~衆議院法務員会における山下幸夫参考人の意見より」 9/28/2015 

#検察なう (502) 「盗聴法対象事件拡大のリスク~衆議院法務員会における山下幸夫参考人の意見より」 9/28/2015

自分の電話が盗み聞きされていれば、不快に思わない人はいないのではないでしょうか。それがたとえ警察によって盗み聞かれ、自分に全くやましいところがなかったとしても、そうした気持ちは起こる方が普通でしょう。

ジョージ・オーウェルの『1984年』は政府(ビッグ・ブラザー)による監視の恐怖を描いたものですが、それが絵空事にならない可能性が今日の日本でもあり得ると感じさせるのが刑事司法改革法案に盛り込まれた盗聴法改正です。

盗聴法の正式名称は「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」。傍受の対象となるのは、電話(固定電話・携帯電話)のみならず電子メールやFAXも通信に含まれます。また傍受の方法は、通信線に傍受装置を接続して行う「ワイヤータッピング」です(通信装置を介さない会話を直接盗聴する「バッギング」は含まれません)。

現行法において、通信傍受による捜査が許容される対象犯罪は、「通信傍受が必要不可欠な組織犯罪」、具体的には薬物関連犯罪、銃器関連犯罪、集団密航及び組織的に行われた殺人の捜査についてのみに限定されています。それを一般犯罪まで拡大しようとする改悪が、今回の刑事司法改革法案に盛り込まれています。

この改革法案は、先頃閉会した通常国会の参議院での審議が先送りとなり、11月上旬から開かれる予定の秋の臨時国会で継続審議される予定です。

この改革法案は、既に衆議院で可決されていますが、本会議の審議に先立つ法務委員会で審議され、盗聴法の対象事件拡大についても議論されました。その際、参考人として呼ばれた山下幸夫弁護士の原稿が、救援連絡センター発行『救援』に掲載されていたので、それを引用させて頂きます。

彼の発言は、衆議院インターネット審議中継のアーカイブで見ることができます。

ここをクリック→ 2015年7月29日法務委員会

「盗聴法改悪に強く反対する」

盗聴法(通信傍受法)改正案を含む「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」は、衆議院法務委員会で、与党が民主党、維新の党との修正協議を経て、本年8月5日に多数決により可決され、8月7日に衆議院本会議でも可決されて衆議院本会議でも可決されて、参議院に回付された。8月21日に参議院本会議で審議入りしたが、本稿執筆現在、参議院法務委員会での審議には入っておらず、本国会での成立が阻止できる可能性が出てきている。

私は、今回の法案の中でも最も問題が大きいのは盗聴法(通信傍受法)の改正案であると思う。それは、1999年の通常国会で、あれだけ多くの国民や野党の反対の中で、与党自身が大幅な修正をして縛りをかけることでようやく成立した法律を、警察のやりたいように縛りをはずそうとするものであるからであり、今回の法案が成立したら、今後、警察のやりたいように何度でも改正されて監視社会化が一気に進むと懸念されるからである。

今回は、本年7月29日の衆議院法務委員会で、参考人として呼ばれて話した意見を紹介することで、その問題点を伝えることにしたい。

「私が弁護士になって10年目の平成11年の通常国会において通信傍受法の政府案が国会で審議されましたが、当時、私は、大変に問題の多い法案であるとしてこの法案に反対していました。国民世論や野党からも強い反対があり、結局、当時の与党の公明党の主導により大幅に修正されて通信傍受法の現行法が成立し、翌平成12年に施行されました。通信傍受の実施状況の推移を見ても、最近は、ほぼ年間10件程度しか実施されていない状況です。すなわち、通信傍受法は、当初の政府案に大きな縛りをかけ、捜査機関にとって非常に使いづらい法律になったことが分かります。

今回の法案の元になった法制審議会の新時代の刑事司法制度特別部会は、大阪地方検察庁特別捜査部が立件した厚生労働省元局長無罪事件などを受けて設けられた「検察の在り方検討会議」を経て、検察官に過度に取調べや供述調書に依存する風潮があったことを改めるべく設置されたものであり、当時、検察だけでなく、警察においても選挙違反事件に関するいわゆる志布志事件などの冤罪事件が明らかになっている中で、捜査機関全体の問題として、冤罪防止のために、いかに捜査機関による権限を抑制し、自白獲得型の捜査を根本的に見直すかが求められていたはずでした。

ところが、特別部会においては、通信傍受法を、いかに使い勝手の良い法律にする方向での議論がなされました。作業分科会の議論では、通信傍受という捜査手法が有用か必要かという観点から対象犯罪の拡大が議論されました。

その結果、捜査機関の捜査権限を大幅に拡大するものとなり、特別部会の当初の目的とは正反対の方向のとりまとめになってしまったと考えられます。

今回の法案は、当初の政府案に戻ろうとしていると考えられます。すなわち、現行法が成立する際にこれにかけていた縛りを完全にはずそうとするものです。その意味で、本改正案は現行法を質的に転換するものであり、これを認めると、今後も通信傍受を拡大していくことがとめられなくなると考えられます。

以下、本法案に即して、具体的に指摘させていただきます。

まず、対象犯罪の拡大についてです。現行法は、①薬物犯罪、②銃器犯罪、③集団密航、④組織的殺人の4類型だけを対象犯罪としています。これらは、性質上、組織犯罪といえるものでした。本改正案は、財政犯である窃盗・強盗、詐欺・恐喝を加えるとともに、殺人、傷害、傷害致死、現住建造物等放火、爆発物使用などの殺傷犯、逮捕・監禁、略取・誘拐、児童ポルノの提供罪等のそれ自体組織犯罪ではない一般犯罪を対象としようとしています。そのため、これらを別表第二の犯罪として、いわゆる組織性の要件を傍受令状の要件として要求しています。

しかし、その要件は、組織犯罪処罰法の組織性の要件と比較すると緩和されています。これは特別部会での議論の中での妥協の産物として認められた経緯があり、要件としては極めて不十分であり、十分な歯止めにはならないと考えられます。

対象犯罪がこれだけ広く拡大されると、これまで年間10件程度であった通信傍受は、年間数百件に増えるおそれがあると考えられます。

また、今回、対象犯罪を決めるに当たっては、捜査にとって通信傍受が有用か必要かという基準によったことから、今回の法案が成立した後も、捜査当局からは事あるごとに、通信傍受が有用・必要という理由で通信傍受の対象犯罪が拡大していくことが強く懸念されます。

特別部会においては、いわゆる振り込め詐欺や窃盗団を対象とすることが議論されていましたが、それならば、組織犯罪処罰法にある組織的詐欺を対象にしたり、新たに組織的窃盗罪を新設するなどし、それを対象犯罪にすることも考えられたのに、詐欺罪や窃盗罪、さらには恐喝罪・強盗罪を対象犯罪としており、一般犯罪の共犯事件についても通信傍受が可能になるおそれがあります。

次に、通信傍受手続の合理化・効率化についてです。これは、まさに、捜査機関にとって使い勝手の良い制度にするためのものであり、捜査機関がやりたかった捜査手法だと考えられます。

本改正案は、現行法が認める方式に加えて、通信事業者の施設で行う一時的保存方式、特定電子計算機を用いて捜査機関の施設で行うリアルタイム方式と一時的保存方式の3つの方式を可能にしようとしています。

このうち、特に問題の多いのは、捜査機関の施設で行う方法です。この場合には、暗号化等を行う機能を有する特定電子計算機を利用して、通信事業者の施設から捜査機関の施設に、対象となる通信を暗号化して伝送し、これを捜査機関の施設で復号化して伝送し、スポット傍受を行うというものですが、立会人による立会いや原記録の封印は不要となります。現行法上の通信傍受は、全国で一箇所とされる通信事業者の施設に、捜査官が出向き、立会人をあらかじめ全て準備しなければ実施できないという点で、極めてハードルが高い捜査手法でした。それ故に実施件数も少なかったと考えられますが、この方式によると、先程の対象犯罪の拡大と相俟って、通信傍受の実施は飛躍的に増え、無関係な市民の通話が聞かれる頻度が高くなると考えられます。

現行法の立会人は、通信内容を聞くこともできず、切断権も認められていないために、外形的チェックを行うものとされてきました。これは、元々、現行法自体が、立会人の権限を限定したことに問題があったと考えられます。現行法ができる前に検証許可状を使って電話傍受した事案についての最高裁平成11年12月16日第三小法廷決定は、立会人に電話を聴取して切断する権利を認めていた事案であることに留意する必要があります。ただ、現行法によっても、立会人がいることによって、捜査機関が無関係通信を傍受するなどの濫用をしないことを抑制する効果があったと考えられます。そして、これは、通信傍受が憲法違反にならないための要件の一つをなしていると考えられます。

そうであるとしたら、本改正案が、捜査機関の内部で第三者の立会人がいない状態で通信傍受を実施することについては、その公正さに疑問を持たざるを得ません。

政府は、暗号化する機能を有する特定電子計算機を用いることを立会人の不要の理由として説明していますが、暗号化は伝送の際に情報が漏洩しないための措置であり、傍受手続の現場での外形的チェックに変わるものではありません。ちなみに、伝送による漏洩の危険は暗号が絶対に破れない訳ではないことから、専用回線によることが望ましいとしても莫大な予算が必要となります。

したがって、少なくとも、特定電子計算機の技術的措置の適正性等を、第三者が随時に抜き打ち的に監査を実施することは最低限不可欠であると考えられますし、現行法上認められた傍受記録に記録された通信の当事者に与えられた不服申立てがほとんど利用されていない現状において、捜査機関の施設において立会人のいない状態で通信傍受が行われるようになるのであれば、第三者機関が裁判所に保管された原記録の全て又はアトランダムに聴取して事後的チェックを行う制度は不可欠というべきです。

その他、本改正案には極めて問題が多く、このままで成立させるべきではないと考えます。国会による良識ある審議を期待して、私の意見を終わります。」

今通常国会でこの法案の成立に反対の声を挙げ続けたい。

弁護士 山下幸夫 (2015年8月31日記)

9/28/2015














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2015/09/28 Mon. 00:35 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (501) 「「思い込み」の検証~国賠審原告第5準備書面より」 9/24/2015 

#検察なう (501) 「「思い込み」の検証~国賠審原告第5準備書面より」 9/24/2015

私が過少申告となったのは、給与所得の所得税は会社が天引きしているという「サラリーマンの常識」を過信したからですが、前回ブログでは、会社が源泉徴収していなかったことの問題点を議論しました(注1)。捜査当局は、その問題点を重々理解していながら、会社側の責任を不問に付し、私個人を糾弾したものです。

刑事裁判において、捜査当局が私を有罪にするためには、私が思い込みをしていたという主張は嘘であるという立証が必要でした。無罪判決は、それが証拠上不合理だと、裁判所が捜査当局の無理筋捜査を一刀両断にしたものです。国賠審では、更に踏み込んで、そもそも告発・起訴に有罪を期待するだけの合理的根拠はなかったということが、我々原告側の主張になります。

先日私の代理人チームが提出した第5準備書面では、検察が公判に提出した証拠を丹念に分析し、それらはどこをどうひっくり返してもあまりにショボい証拠であり、これで有罪を期待するのは不合理極まりないという主張がなされました。

ここをクリック→ 原告第5準備書面

一読して頂ければ、いかに告発・起訴が客観的合理性に欠けるかということがお分かり頂けるものですが、特に読んで頂きたいのが、p.15以降の「原告の供述「この文章を読んで私が思い込みをしたのではない」」という最後の章です。重要部分を引用します。

(以下引用)
「本件刑事事件においては、原告の思い込み(「株式報酬も源泉徴収されている」)の真実性を強く窺わせる無罪方向の証拠や客観的状況が多々あった。

そして何よりも、原告(被疑者)の主任検事に対する次の供述が、その真実性を端的に示している。

東京地検五反田分室における主任検事の取り調べにおいて、誤解を招くメール(注:株式売却代金入金の詳細について知らせるものに「源泉徴収税がある場合には会社に送金され、残高があなたの口座に残ります」という記述があった)について、原告(被疑者)は、次のように吐露している。すなわち、「読んだはずです」としながら、「この文章を読んで私が思い込みをしていたということではない」「この文章を読んで株式報酬に関しても源泉徴収されているということを理解したというものであれば、それは知識であり、思い込みというほど強いものではなかったのではないでしょうか」と。

まさに、真実思い込みをしていた者ならではの表白である。主任検事は、この供述を聞いた瞬間、原告が心底思い込みをしていることを悟ったに違いないのである。だから、無辜と知りつつ、起訴した疑いが極めて強い。
(引用以上)

今回提出の一連の準備書面は、元判事の森炎弁護士が起案したと聞いています。この特捜部取調べでの私の供述は、私本人ですら刑事裁判の際に気付いていなかった証拠でした。裁判官らしい視点、見解だと感じました。

準備書面は以下のように結んでいます。

(以下引用)
われわれ、代理人5名が本件国家賠償請求を提起したのは、本件刑事事件の記録を検討して、有罪判決を期待し得るだけの合理的根拠が存在していなかったことを確信したからではない。そう確信したのみならず、記録上、主任検事が原告(被疑者)の思い込みを知っていたことを証拠評価において確信したからである。原告代理人5名は、弁護士の中では、間違いなく、検察庁なかんずく東京地検特捜部に対して敬意と期待を抱いている方の部類に入るはずである。それでも、なお国家賠償請求を提起した理由は上記の点にある。

御庁におかれては、記録の精査、各証拠の分析、供述証拠の評価等々の実務能力は、われわれ、原告代理人5名よりも上回るのであるから、上記の点について見通せないはずはないと思われるが、願わくば、今後の審理において、ただ「有罪判決を期待し得るだけの合理的根拠が存在していたか否か」というだけでなく、主任検事が「原告(被疑者)が心底思い込みをしていることを知っていた」という観点から証拠を分析評価していただくことを切に希望する。

刑事裁判所においても、「本件では、被告人が過少申告の認識を有していなかったと解する方が自然である」と、その無辜性が、つとに強調されているところである。
(引用以上)

私は、国税局査察官、東京地検特捜部検事は私の無実を知りながら告発・起訴したと確信しています。それは当事者の感覚ですが、それが真実である以上、証拠に明らかになるということを代理人チームは証明してくれました。あとはその証拠を裁判官が見て見ぬ振りをするのかどうかだけです。是非、今後の展開にご注目下さい。

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (500) 「会社の源泉徴収義務再考~原告第4準備書面提出」

9/24/2015












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category: 国家賠償請求訴訟

2015/09/24 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (500) 「会社の源泉徴収義務再考~原告第4準備書面提出」 9/21/2015 

#検察なう (500) 「会社の源泉徴収義務再考~原告第4準備書面提出」 9/21/2015

私の国賠審は粛々と進み、来る9月28日に第7回口頭弁論が開かれます。それに先立ち、私の代理人チームはその主張を記した準備書面を提出しました。しかも第4~第7準備書面を一気に提出という気合いの入れようです。やはり真実を味方にしているという強みがあるというのはいいものです。刑事裁判では私もフル稼働しましたが、国賠審は重量級代理人チームに全権委任しており、思う存分彼らの実力を発揮してほしいと考えています。

提出した準備書面の一つに、会社の源泉徴収義務についての議論がありました。会社に源泉徴収義務があったのではないかという点に関しては、私も以前、ブログで取り扱っています。

ここをクリック→ #検察なう (321) 「そもそも会社に源泉徴収義務はなかったのか」

税務調査開始当初から、私は過少申告に関しては、自分の税務に関する認識不足・知識不足による過失であり、自分の責任であるとしていました。そして、国税局が主張する「私がわざとやった」という故意に関しては、事実とは異なり、所得税法違反という犯罪自体が存在しないと主張しました。そこでは私は、責任を他人に転嫁するつもりは毛頭ありませんでした。

しかし、私が刑事告発されると、会社は「適正な指導をしていた」と責任回避を図り、税務調査対象者約300人のうち約100人が私と同じ株式報酬の無申告でありながら、その責任を社員に押し付けたものです。

刑事告発後、検察特捜部の取調べが始まっても、私は会社が悪いという主張を一切していません。私を無実の罪に陥れようとするのは、国税局・検察という捜査権力であり、彼らと対峙しなければ活路は見出せないと理解していたからです。会社がしたような責任のなすりつけ合いこそが、捜査権力の思うつぼだと考えました。

結局裁判では、会社も自らその責任の一端を認め、「会社は指導していない。なぜなら会社にその義務はないから」としました。裁判の流れが大きく変わった瞬間でした。

ここをクリック→ #検察なう (147) 「第三回公判報告 検察の主張崩れる!」

しかしそれでも、会社はオフィシャルに源泉徴収義務があったと非を認めたわけではありませんでした。証人に立った法務・コンプライアンス本部長が「会社は源泉徴収すべきだと思った」とあくまで個人的見解を述べたまでです。

この会社の源泉徴収義務に関し、法律のプロである代理人チームの主張を、準備書面から拾ってみます。

準備書面では、租税刑法における誤信の扱いを過去の判例と照らし合わせた後、次のように述べます。

(以下引用)
株式報酬の法的性質は、雇用契約上の対価として支払われる「賞与」であることは疑いないところ、上記の見解(注:会社には源泉徴収義務はないとする見解)には少なからぬ問題があった。すなわち、雇用者とは別の法人格の外国法人が労務の対価を支払っているとすれば、その取扱いの根拠が問題とならざるを得ない。労働法その他関係法令上、雇用者ではない別法人(外国法人)が賞与を支払うという事態が適法視されるためには、法技術的には、その別法人が雇用者から委託を受けて賞与の支払い事務を行っているという構成を取るほかないとみられる。

しかし、そう構成した場合、別法人たる外国法人は委託を受けて支払い事務を行っているだけで、賞与の支払い主体は日本法人であるということになる(と言うより、ならざるを得ない)。反面、それだけ、賞与の支払い主体である日本法人に源泉徴収義務が生ずることに傾かざるを得ない。
(引用以上)

その後準備書面では、実際に株式報酬を源泉徴収していた二例を取り上げます。一つはドイツ証券、もう一つはゴールドマン・サックス証券です。その違いは、前者は「所轄税務署と協議をしたうえでの解釈」であり、後者は「源泉徴収義務の解釈にとらわれず」「自主的に会社側が源泉徴収」していたというものです。そして非常に重要なのは、これら両社の実状が明らかとなったのは、検察の証拠によるものであることです。それに対し、捜査当局のクレディ・スイス証券に対する調査は、証拠上明らかではありません。

もし捜査当局が、クレディ・スイス証券の源泉徴収義務に関わる捜査をしていないのであれば、それは国賠違法の程度に捜査の懈怠、即ち、なすべき捜査をしていなかったということが言えます。そして、もし捜査をしたのであれば、クレディ・スイス証券に株式報酬の源泉徴収義務や源泉徴収実務について深刻な問題があることに尽き当たったに違いなく、やはり、その上で会社ではなく私個人に責任があるとした捜査には相当慎重さに欠け、その判断には重大な瑕疵があると言えます。

準備書面の結びです。

(以下引用)
翻って、社会的に見た場合、株式報酬制度は、日本の給与源泉徴収制度を知りながら、あえて外国法人が日本法人の頭越しに株式報酬を供与する形を取るものであり、しかも、会社側が、受取口座(株式入庫口座)として外国口座を指定するなど、極めて恣意性の強いものである。

そもそも、国際的に金融証券事業を展開する外資系企業が日本に進出し、勝手に外国法人が頭越しに株式報酬を供与する形にしておいて、「国内において支払をする者」でないからとの理由を持ち出し、日本の所得税法上の源泉徴収義務を回避する(それで日本国に源泉所得税を納めない)のは、日本の租税高権に対する軽視とも言える。

わが国の租税高権を軽視する外資系企業を当然のように不問に付し、日本国民たる個人に矛先を向けるのは、本末転倒、国税・検察の自己矛盾とも思える。それでも、そこで敢えて個人に矛先を向けるのだとすれば、慎重なうえにも慎重な捜査が求められるのは当然である。

本件刑事事件における検察捜査並びに本国国家賠償請求における被告指定代理人の主張は、「甘えの構造」「公権力の庇いあい」の抗弁にすぎないばかりか、日本国としての方向をはき違えたものである。
(引用以上)

ふざけた外資系企業をかばって、日本国民個人に矛先を向けるのは、捜査権力の大いなる勘違いであると糾弾した、力強い主張だと感じます。裁判所がこの「甘えの構造」「公権力の庇いあい」に与するのかどうか、是非ご注目頂ければと思います。

ここをクリック→ 原告第4準備書面


9/21/2015














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2015/09/21 Mon. 01:02 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『キングスマン』 

フィルム・レビュー 『キングスマン』

『キングスマン』 (2015) マシュー・ヴォーン監督

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2015/09/20 Sun. 21:32 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (499) 「再審制度運用の現状~恵庭OL殺人事件における弁護団特別抗告申立補充書より」 9/17/2015 

#検察なう (499) 「再審制度運用の現状~恵庭OL殺人事件における弁護団特別抗告申立補充書より」 9/17/2015

再審とは三審制で確定した判決をもう一度審理することです。再審は請求すれば必ず審理されるものではなく、その請求手続きは肥大化し、再審開始はそのまま逆転無罪を意味するというのが実態となっています(注1)。

そもそも無罪を取ることのハードルが相当高いことは、このブログをお読みの方は理解していると思いますが、そうした理解があれば、一旦最高裁まで行って確定した判決をひっくり返すことは、ほぼ不可能であると感じられるのではないでしょうか。

それでもその不可能を可能にするべく努力している人たちがいます。真実無実である冤罪被害者とその弁護団ならば、やはり不可能だからといって諦めきれず、人知を尽くして不可能を可能にしようとするものです。

恵庭OL殺人事件は、私が冤罪だと確信している事件ですが(注2)、その再審請求の手続きである特別抗告で弁護団が提出した申立補充書に、再審の実態を見ました。その一部を引用させて頂ければと思います。

(以下引用)
不利益再審を廃止した現行法の下で、再審が「無辜の救済のため」の制度であることを否定する者はいない。しかし、この制度が、法によって期待された「無辜の救済機能」を現実に果たしているかと問い直された場合、「十分に果たしている」と答える法曹は多くない筈である。特に、えん罪の救済に日夜各地を奔走している弁護人サイドからみると、再審制度は、「事実上ないに等しい」状態に陥っているように見える。

かつて、最高裁判所は、白鳥・財田川決定という画期的な決定を続けて出し、その後1980年代には、4人の死刑囚が次々に死刑台から生還するという劇的な場面もあった。しかし、最近の下級審におけるこの制度の運用は明らかに硬直化している。白鳥・財田川決定は、「『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判の鉄則」が再審事件においても適用されると宣明したが、現実の運用では、この鉄則が守られていない。むしろ、それは、白鳥決定以前に実務を支配していた「疑わしいときは確定判決の利益に」という考え方に先祖返りしてしまったようにすら見えるのである。

もっとも、21世紀に入ってから、足利事件、布川事件、東電OL殺害事件(以下「東電事件」)、富山氷見事件等一連の事件では、再審無罪判決が確定した。確かに、これも画期的なことには違いない。しかし、これらの再審無罪判決の大部分は、DNA鑑定とか真犯人の発見・逮捕のように、それ自体で請求人の無実を示す決定的証拠が存在する事案(つまり、「総合評価説」によらず「孤立評価説」によってでも再審開始が可能な事案)であった。そのような証拠が発見できないまま、旧証拠と新証拠を総合評価することにより確定判決の認定事実が「疑わしい」とされ無罪判決に至ったのは、布川事件だけである。

新たなDNA鑑定が可能となったり真犯人が逮捕されたりするのは、余程の幸運が重なった数少ない事件である。そういう幸運な事件ですらこれだけの誤判・えん罪(不正義)が明らかになったという事実は、そうでない多くの事件では、さらに多くの不正義が行われているという推測を可能とする。裁判所は、「その種の不運なえん罪者は、決定的な新証拠が発見されない以上、身の不運を我慢せよ」とでも言うのであろうか。

もちろん、そんな言い方が許される筈はない。

現に再審法の原点とも言うべき白鳥・財田川決定は、再審を開始するために、無実を証明する決定的証拠など要求していない。白鳥決定は、つとに、明白な証拠の意義を、「確定判決における事実認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠」であると定義した。その上で、同決定は、明白性の判断に当たっては、「(新証拠が)確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断」するべきである旨宣言したのである。この決定が出された時代には、DNA鑑定などまだ開発されていなかったのであるから、足利事件や東電事件のような形で再審が開始されることは全く想定されていなかった。現に、1980年代に死刑4事件で再審無罪に至ったのは、いずれも新旧全証拠の総合評価の結果である。

このように、判例は、新証拠の明白性の意義及びその判断方法について、明確な判断基準を示しているのである。これは、当時の最高裁判所が、誤判・えん罪の悲劇を直視した上で、不幸なえん罪者の救済に強い熱意を示していたことを示している。

それであるのに、近時の下級審実務では、「再審請求は棄却するべきもの」という相場が決まってしまったような印象を受ける。上記足利事件など以降の主要な裁判例では、福井女子中学生殺し事件、大崎事件第2次、飯塚事件、北陵クリニック事件、姫路郵便局事件、高知白バイ事件、名張毒ぶどう酒事件第8次、特急あずさ号事件などで、次々と再審請求が棄却された。珍しく再審が開始された袴田事件、東住吉事件では、検察官の即時抗告によって長期の延長戦に突入している。今回、本件でまた、再審請求棄却決定に対する即時抗告が棄却されたのである。

ところが、これらの棄却決定は、いずれも説得力皆無であって、決定を読んだだけで多くの疑問を抱かされる。

再審制度運用の現状は、以上のとおりである。せっかく立派な法制度と格調高い最高裁判例を持ちながら(なお、言わずもがなのことではあるが、白鳥・財田川決定の前記判示は、現在でも当然判例として拘束力がある)、再審制度が誤判・えん罪の救済にほとんど役に立っていないのは、無念極まりないことである。

白鳥・財田川決定及びその後の死刑4事件判例の後、再審に関する下級審の運用が再びこのように硬直化してしまった原因は何か。それには種々のことが考えられるが、その最大の原因が、刑事裁判官の多くにみられる「確定判決をできるだけ擁護したい」という意識であるように思われる。それは、白鳥決定以前に実務を支配していた「法的安定性の尊重」と同じ意識であり、それを具体的に示すのが「疑わしいときは確定判決の利益に」の考え方である。確かに、刑事裁判官にとって、多くの先輩が関与し最高裁まで争われて確定した有罪判決が誤りであったと認めるのは、気の重い作業であるに違いない。この意識に、「わが国の最高裁は、再審制度の活用に消極的であり、ごく一部の例外を除き、再審請求を棄却した決定が最高裁で覆った例はない」という現実が拍車をかける。下級審裁判官としては、先輩のした判決の誤りを指摘することなく、強引な論法によってでもこれを擁護する決定をしている限り、最高裁から誤りを指摘される危険がないのである。

しかし、これではえん罪者はたまらない。人間のする裁判に誤りはつきものである。不運にもえん罪の陥穽に落ちた者に対し、「お前は運が悪かったと思って諦めよ。」と言うのでは、「何のための裁判所か。」と言われても反論できないではないか。裁判所としては、再審制度をできるだけ柔軟かつ積極的に活用して、不運なえん罪者を一人でも多く救済するべきである。

「裁判所の誤りで生じたえん罪を救済できるのは裁判所だけである」ことを、十分意識していただきたい。
(引用以上)

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (296) 「再審制度の問題点再考」

(注2)
ここをクリック→ 冤罪ファイル その13 「恵庭OL殺人事件」

ここをクリック→ #検察なう (486) 「恵庭OL殺人事件再検証 (1) ~ 再審請求で原告側即時抗告を棄却」

ここをクリック→ #検察なう (487) 「恵庭OL殺人事件再検証 (2) ~ 燃焼実験」

ここをクリック→ #検察なう (488) 「恵庭OL殺人事件再検証 (3) ~ 燃焼実験 その2」

ここをクリック→ #検察なう (489) 「恵庭OL殺人事件再検証 (4) ~ アリバイ」

ここをクリック→ #検察なう (490) 「恵庭OL殺人事件再検証 (5) ~ プロファイリングにより真犯人像に迫る」

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2015/09/17 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (498) 「刑事司法改革法案、賛成すべき?反対すべき?」 9/14/2015 

#検察なう (498) 「刑事司法改革法案、賛成すべき?反対すべき?」 9/14/2015

今国会での成立は先送り、秋の臨時国会で継続審議される刑事司法改革法案について、人に問われました。

「八田さんは賛成してるの?それとも反対しているの?」

私の答えは「分からない」でした。そして「いかなる結果になろうとも、注視し続けることが必要なんだけどね」と付け加えました。

昨日9月13日にも冤罪被害者を中心にした市民集会が開かれ、この法案の廃案が訴えられました。
ここをクリック→ 「9.13 ニセ可視化・司法取引・盗聴拡大を許さない市民集会」。

これに対し、ジャーナリストの江川紹子氏は、廃案に疑問を呈しています。
ここをクリック→ 『江川紹子の事件簿』「可視化実現の意義は大きい、参議院民主党の体たらく」

この刑事司法改革法案を支持するか、支持しないかという問題の複雑さは、単に、現時点の改革案のメリット・デメリットを天秤に掛けて、将来の冤罪抑止につながるのかどうかの評価の問題ではないからです。

この刑事司法改革法案に盛り込まれた司法取引の危険性については、これまで度々論じてきました。最近放送されたNHK『クローズアップ現代』でも特集され、かなり要点をまとめていたと思います(注1)。導入が見込まれる「捜査協力型」(その実態は「密告型」)司法取引により、自分の罪を軽くするために無実の他人を引っ張り込む新たな冤罪が増えることは必至だと思われます。

自分たちの筋立てで有罪立証ができれば、それで一件落着とする捜査権力ならまだしも、なぜ日弁連ですらこの新たな冤罪を生みかねない刑事司法改革法案を推し進めようとするのでしょうか(注2)。

支持する、支持しないの違いは、この刑事司法改革法案が「最初の一歩」であると考えるのか、それとも「最初で最後の一歩」であると考えるのか、という違いから生まれていると言ってもいいと思います。

「捜査協力型」司法取引導入+盗聴法対象事件拡大とのバーターで、実現にこぎつけた取調べの可視化は、全刑事事件のわずか2-3%に過ぎず、その運用には捜査官の恣意性に委ねられる重大な抜け道もあると指摘されています。

捜査権力側と被疑者・被告人・弁護人側の相反するメリット・デメリットをギブ・アンド・テイクで考えると、捜査権力側がテイクするものは100%であるのに対し、ギブアップしているのは数%というのが、この刑事司法改革法案のイメージです。

この刑事司法改革法案が「最初で最後の一歩」であるなら、到底許容できないと考えるのもむべなるかなと感じます。

最初の私が受けた質問に戻ります。

「八田さんは賛成してるの?それとも反対しているの?」

この質問は、私にとっては、「この刑事司法改革法案は「最初の一歩」なの?それとも「最初で最後の一歩」なの?」と同じ意味を持ちます。

そしてそれに対する答えが「分からない」というものです。

実際のところ、この刑事司法改革法案が「最初の一歩」であるのか、それとも「最初で最後の一歩」であるのかは、誰にも分からないと思います。そしてそれを「最初の一歩」にするのか、それとも「最初で最後の一歩」にするのかは、我々国民の今後の意識・活動によるところが大きいと考えています。いかなる結論になろうとも、現時点においては、それは好ましい完全な状態ではなく、捜査権力の運用を常に批判精神を持って注視し、よりよい状況を目指さなければならないということです。

まず法案成立に際しては、現時点の刑事司法改革法案は通過点であり、到達点ではないと明文化し、それを周知徹底することが重要であると考えます。

それでは到達点は、何を目標にすればいいのでしょうか。私個人は別の考えを持っていますが(注3)、そのお題目は、「全刑事事件の完全可視化」と、「証拠の全面開示」でいいと思います。

これら最終到達点にどのようにして辿り着くか、そしてもし一気に辿り着くのが不可能であれば、どうすればよいかを考え続ける必要があります。是非、一緒に考えてみて下さい。

(注1)
ここをクリック→ NHK『クローズアップ現代』「えん罪は防げるか 司法取引で変わる捜査」

(注2)
ここをクリック→ 日本弁護士連合会「取調べの可視化の義務付け等を含む「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」の早期成立を求める会長声明」

(注3)
ここをクリック→ #検察なう (267) 「刑事司法改革のためにすべきこと」

9/14/2015















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2015/09/14 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『Dearダニー 君へのうた』 

フィルム・レビュー 『Dearダニー 君へのうた』

『Dearダニー 君へのうた』 (2015) ダン・フォーゲルマン監督

ここをクリック→ 『Dearダニー 君へのうた』









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2015/09/13 Sun. 00:42 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (497) 「刑事司法改革法案、今国会での成立見送り」 9/10/2015 

#検察なう (497) 「刑事司法改革法案、今国会での成立見送り」 9/10/2015

今国会で審議されており、衆議院で可決された刑事司法改革法案(「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」)は、参議院での審議の時間が十分でないとの理由から今国会での成立が見送られる見込みです。

ここをクリック→ 毎日新聞「刑事司法改革法案:可視化導入見送り 自公が方針」

この刑事司法改革法案は、取調べの可視化と引き換えに、捜査協力型司法取引導入と通信傍受法対象拡大(注1)が抱き合わせとなっていたものです。

取調べの可視化の対象事件が、裁判員裁判対象事件と検察の独自捜査事件という非常に限られたもの(年間約9万件の刑事事件の2%ないし3%、注2)であるのに対し、捜査権力が得たものは相当強力なものであり、郵便不正事件という検察不祥事がこの刑事司法改革の契機となったにもかかわらず、捜査権力の焼け太りと言われています。

複数別々の改革案を一括採択としてパッケージ化したところが、法務・検察官僚の実にしたたかなところです。

特に、この改革法案で導入が見込まれる司法取引は、司法取引の本場アメリカにおいても、冤罪の温床になっていると警鐘が鳴らされているものです。

自分の罪を認める代わりに量刑の軽減を求める「自己負罪型」司法取引ではなく、他人の罪を供述することで自分の罪の量刑軽減を求めるのが「捜査協力型」司法取引です。自分の保身のために無実の他人を引っ張り込む危険性があることは容易に想像できます。

これまでのブログでもその危険性について論じてきましたが(注3)、最近放送されたNHK『クローズアップ現代』で特集されましたので、それを紹介します。

放送の内容の全文書き起こしがこちらのリンクで読め、ダイジェスト動画もあります。

ここをクリック→ NHK『クローズアップ現代』「えん罪は防げるか 司法取引で変わる捜査」

今回の司法取引導入に際し、法務・検察官僚が冤罪の抑止力となると述べている虚偽供述の罰則規定、司法取引の協議における弁護士の同席、司法取引による供述の裏付け捜査といったものは、必ずしも十分ではなく、司法取引の全過程の録音・録画による記録化(可視化)が非常に重要であるということが、アメリカの実例を元に検証されています。

今国会での成立が見送りになったといっても、これは廃案になったわけではなく、秋の臨時国会での継続審議が予定されています。我々国民の生活に直結する可能性がある刑事訴訟法の改正に、より深い理解が必要であり、議論を深めていかなければならないと考えます。

(注1)
ここをクリック→ TBSラジオ『デイキャッチ!』「取調べ全過程の録音・録画を義務付けへ。法制審議会が試案。(青木理)」

ここをクリック→ NHK時論公論「通信傍受拡大へ 解かれる封印」

(注2)
ここをクリック→ 裁判員制度の対象となる事件の数(最高裁判所資料)

(注3)
ここをクリック→ #検察なう (491) 「捜査協力型司法取引のリスク~法務委員会における笹倉香奈参考人の意見より」

ここをクリック→ #検察なう (492) 「捜査協力型司法取引のリスク その2~市川寛氏ブログより」

9/10/2015











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2015/09/10 Thu. 01:29 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (496) 「もう一人の『勝率ゼロへの挑戦』」 9/7/2015  

#検察なう (496) 「もう一人の『勝率ゼロへの挑戦』」 9/7/2015

冤罪被害者の心情というのは、非常に特殊なものであり、人にはなかなか説明しきれないものがあります。敢えて一言で言えば、それは怒り・悔しさと恐怖・不安がないまぜになったものです。

自分を底なし沼に引きずり込もうとする何か得体のしれないものが、国家権力という一個人では到底太刀打ちができないものであると知れば知るほど、それは絶望となります。

濡れ衣を着せられる理不尽さが怒り・悔しさの要因ですが、それを除けば、恐怖・不安そして絶望というものは、冤罪被害者でなくても、例えば不治の病と闘う人でも経験するものだと思います。

先週初め、私の刑事裁判の主任弁護人であり、国賠審の代理人チームのメンバーでもある小松弁護士から電話がありました。国賠審の経過報告と今後の方針を簡単にブリーフィングした後、小松弁護士は切り出しました。

「八田さんにお願いがあるんです。実は、、、、親父が余命3ヵ月の宣告を受けまして。親父は八田さんのブログの大ファンだったものですから、手紙を書いてもらえないでしょうか。大喜びすると思うんです」

私は言葉を失いました。私にも「棺桶に片足突っ込んだ」といつもネタにしている両親がいます。親を思う子の気持ちは皆同じです。

「先生、手紙は勿論書きますが、それだけじゃなくてお見舞いに行かせて下さい」
「遠いですよ。西宮ですから」
「先生に受けた恩義からすれば、地球の裏側でも飛んでいきますよ」

数日後、私は小松弁護士の父である小松義明氏の入院する病院を訪ねました。病院の玄関先で私を迎えてくれた小松氏は、私の顔を見るなり晴れやかに破顔し、とてもうれしそうでした。病魔に襲われ憔悴した様子を想像していた私は、その元気な姿にほっとしたものです。

それから小一時間病棟の休憩室で、事件のことや小松弁護士の子供の頃の話など、小松氏といろいろなことを語り合いました。話し始めてすぐに私が感じたのは、性格的に私と似た部分でした。

「私は、権力におもねらずその理不尽さと闘う人を、自分の息子が助けたということが誇りなんです」

彼の、弱きを助け強きを挫く正義感には強く共感を覚え、それを貫き通そうとするあまり、ともすると不器用な生き方をしてしまうところもよく理解できました。そういう父を見て育った小松弁護士が、彼からのいい影響を受けながらも同時に彼を反面教師として成功したであろうことを想像しました。

私が最初に小松弁護士と電話で話した時に、「いい補完関係ができる」と直観したのも、納得がいったと感じました。小松弁護士の方でも、父と近い長所、弱点を持った人間のサポートはしやすかったに違いありません。

守秘義務があるからとあまり事件のことを話さない息子の活躍を、私のブログでずっとリアルタイムで追っかけてくれ、私は知らなかったのですが、一度私の刑事裁判を傍聴にもきてくれたそうです。そして、「是非サインお願いします」と私の本を3冊も持ってきてくれました。近々、セカンドオピニオンでより積極的な治療方針を提示した千葉の病院に転院されるそうです。

「私は、余命3ヵ月と聞いて、覚悟はできたんですわ。でも、八田さんから手紙をもろうて、そして今日、こうしてわざわざ来てもろうて、なんか生きる勇気をもらったような気がしてるんです。八田さんも勝率ゼロに挑戦したんやから、自分もやってみようかなって。自分もその勝率ゼロに挑戦ちゅうやつを」

私にできることは限られていると思いますが、勝率ゼロに挑戦する小松義明氏を心の中で応援したいと思います。

小松義明

9/7/2015
















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2015/09/07 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『日本のいちばん長い日』 1967 & 2015  

フィルム・レビュー 『日本のいちばん長い日』 1967 & 2015

『日本のいちばん長い日』 1967
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『日本のいちばん長い日』 2015
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2015/09/06 Sun. 02:23 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (495) 「映画『HERO』を観て感じる違和感」 9/3/2015 

#検察なう (495) 「映画『HERO』を観て感じる違和感」 9/3/2015

hero.png

ドラマシリーズ『HERO』は正直言って好きです。「~ないの?」と聞かれて、シブく「あるよ」と答えてウケないとがっかりします。

家にテレビがないので、普段はテレビを全く見ない生活がもう何十年にもなり、勿論テレビドラマを見る機会もあまりないのですが、自分が冤罪に巻き込まれてからは、読むもの全て刑事司法物、見るものも好んで刑事司法物を選ぶようになりました。『HERO』も私が事件に巻き込まれる前の第1期(2001年)は、その存在すら知らなかったのですが、第2期(2014年)は友人に録画してもらいフォローしていました。

今年映画化された作品は、残念ながら映画としての出来栄えは今イチでしたが、日本に一時帰国してまっ先に観たものです。

ここをクリック→ 『HERO』 (2015) 鈴木雅之監督

実際には99.9%デスクワークの検察官が、常に現場検証をする時点で『HERO』の設定は現実離れしており、これは「そういう検察官がいたらいいなあ」という夢物語です。そのことを理解しながらも、やはり実際に検察官と切羽詰まったやり取りをし、彼らの行動原理をとことん考え抜いた者として、やはり違和感を感じる部分があります。

その最たるものが、久利生検事の口ぐせである「俺は真実が知りたいだけなんです」というものです。

それは「検察の理念」(注1)でも前文で、「真実を希求し(知力を尽くして真相解明に当たらなければならない)」と謳われていますが、「検察の理念」は実態がそうでないからこその訓示であり、検察官の実態とはかけ離れていると理解しています。

一部の検事あるいは裁判官は「自分は真実を知り得る」という傲慢かつ尊大な思想を持っていると想像しますが、同時に私が想像するのは、大部分の検事あるいは裁判官は、「真実を知り得ることは到底叶わない」という不可知論に立っているというものです。

真実に辿り着くことは、所詮は神以外にはできず(「自分は真実を知り得る」と信ずる者は、自分を神に擬する所作です)、証拠により何が「真実らしいか」という検証作業を淡々と遂行しているという感覚だと想像します。

勿論、結論ありきで証拠をその筋立てに当てはめる行為や、証拠の合理的な評価を放棄する行為は法曹の道に携わる者として下の下の存在ですが、それは例外だと思います(但し、そうした者がいるのも悲しいかな現実です)。

一人一人の検察官の心持ちとしては、少しでも真実に近づきたいという希望はありながら、それは所詮実現不可能であり、しかも組織の論理はむしろそれを否定する方向にあると思います。それは三浦友和演ずる特捜部副部長が、有罪立証に消極的な証拠を「そんなもの集めても何の役にも立たない」と切り捨てたドラマ『トクソウ』(注2)の方がより検察の実態に近いと思われます。

それは彼ら捜査当局、そして判決を下す裁判官の判断基準はあくまで証拠に基づくものであり、必ず犯人を見つけなければならないプレッシャーの下にある捜査当局や、シロクロをはっきり判じなければならない(「シロかクロか分かりません」という解答が許されない)裁判官にとっては、恣意的な判断による「真実」よりも証拠による「真実らしさ」の方が絶対であるということです。非常に微妙なところなので、私の考えるところがこの文章でうまく伝わるかは分かりませんが。

引き続きこの問題は考えていきたいと思っています。

(注1) 
ここをクリック→ 「検察の理念」

ここをクリック→ 経過報告 (51) 「『検察の理念』発表」

ここをクリック→ #検察なう (248) 「新・検察の理念」

(注2)
ここをクリック→ ドラマ『トクソウ』

9/3/2015
















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2015/09/03 Thu. 00:03 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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