「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

09« 2015 / 10 »11
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.

#検察なう (511) 「袴田事件におけるちゃぶ台返しは、刑事司法に対する信頼を失わせるのみ」 10/29/2015 

#検察なう (511) 「袴田事件におけるちゃぶ台返しは、刑事司法に対する信頼を失わせるのみ」 10/29/2015

冤罪に全く関心がない人でも、袴田事件と聞いて知らない人はいないと思います。しかし、関心がなければ、昨年3月の袴田巌氏の刑執行停止による釈放の映像を見て、「無罪放免になったんだ。48年も無実の罪で投獄なんてひどいよね」と思っている方も少なくないのではないでしょうか。

実際には、確定判決を再審理する再審はこれからで、しかも検察の即時抗告により、現時点では、再審開始決定が妥当かどうかの抗告審理が行われているという状況です。

静岡地裁(村山浩昭裁判長)の再審開始決定文の末尾はこう結ばれています。

「袴田は、捜査機関によりねつ造された疑いのある重要な証拠によって有罪とされ、極めて長期間死刑の恐怖の下で身体を拘束されてきた。無罪の蓋然性が相当程度あることが明らかになった現在、これ以上、袴田に対する拘置を続けるのは耐え難いほど正義に反する状況にある。」

不正義に対する裁判官の憤りが伝わってきます。

しかし、これほど明快に袴田氏の救済こそが正義であるという再審開始決定を受けながら、現在進行中の抗告審理の雲行きが怪しくなっているという状況が伝えられています。

そもそもDNA型鑑定は、袴田事件においては、袴田氏の無実を立証する証拠としてはダメ押しのダメ押しとして扱われるべきものですが(注1)、検察の論理は「DNA型鑑定こそが決定的証拠であり、それを崩せば袴田無罪の立証は崩れる」と意図するものです。

再審開始決定文では、DNA型鑑定に関しては、

「5点の衣類の血痕は、袴田のものでも、被害者4人のものでもない可能性が相当程度認められる」

「白半袖シャツ右肩の血痕は袴田のものではない蓋然性が高まった」

「検査方法としては弁護側鑑定の方がより信頼性の高い方法を用いているから、検察側鑑定の結果によって、弁護側鑑定の結果の信用性が問われることはない」

としています。

5点の着衣の中で、白半袖シャツ右肩の血痕が重視されているのは、そのほかの血痕は被害者が殺害された際の返り血とされていますが、この白半袖シャツ右肩の血痕だけは袴田氏のものとされている(彼は事件時の消火活動の際に、右上腕部に引っかき傷を作っています)からです(注2)。

袴田事件 白半袖シャツ

検察が問題にしているのは、弁護側鑑定の鑑定結果ではなく、裁判官が「より信頼性の高い」とした方法そのものの信頼性です(そもそも科学鑑定は、誰がやっても同じ結果になる再現性が重要視されるはずですが、「弁護側」「検察側」という時点で、お手盛り感一杯です。いっそのことアメリカのイノセンス・プロジェクトに依頼するとか、もっと誰もが納得するすっきりした方法にしてもらいたいものです)。

弁護側鑑定が取った方法は、複数種類の組織(唾液や皮脂、汗など)が付着していることが考えられる試料から、血液のDNAのみを選り分けて取り出す「選択的抽出方法」というものでした。その鑑定方法が適正であることを立証せよと検察が主張し、弁護側も容認したのは①科警研で保存している20年前の古い血痕だけの試料、②新しい血痕に別人の新しい唾液を混ぜた試料、からそれぞれ選択的抽出方法で血液のDNAだけを取り出せるかどうかというものでした。

そして今回の報道にあるように、弁護側が反対しながらも裁判所の職権で行うことになった実験とは、③20年前の古い血痕に別人の新しい唾液を混ぜた試料からでも血液のDNAのみが取り出せるかどうかというものです。

付着したDNAは、時間の経過とともに分解して減少します。それに新しい組織を混ぜ合わせた場合、古い組織のDNAを鑑定しようとして増幅すれば、当然新しい組織のDNAがより強く増幅され、古い組織のDNAは全く反応しなくなることが容易に考えられます。

異議を唱える弁護団に対し、裁判官は、「それなら加える新しい唾液をごく微量にすればいいじゃないか」として、この実験に踏み切った模様です。どれだけの微量が、新旧のDNAの混合試料に影響を与えないかといった科学的根拠の全くない「ごく微量」を裁判官が主張しているということです。これは、弁護側の取ったDNA型鑑定法が適正ではないという結論を導き出したいがための指揮ではないかと危惧されるものです。

そしてもしDNA型鑑定が信用ならないとされたなら、それを言い訳にして(ほかのより重要な無罪の証拠を無視して)、再審開始決定取消ということにもなりえます。そうなれば当然刑の執行停止は取り消され、袴田巌氏はまたもや塀の向こうへ押し込められるということになります。

袴田巌氏の残り限られた人生を更に踏みにじる不正義が許されるべきではないことは言うまでもありませんが、私が憂慮することは別にあります。

冒頭で述べた「無罪放免になったんだよね」と思っている人が、そうなった時にどう思うか。彼らの一部は「へー、やはり彼を犯人だとした警察・検察や有罪判決を出した方の裁判官がやっぱり正しかったんだ」と思うかもしれません。しかし少なからず、いやあれほど大々的に釈放が報じられ少しは事件の内容を知った人の多くは、「ひでー!また同じ過ちを繰り返して人の人生を台無しにすんのかよ。とんでもねえな。やはり日本の司法は中世並みだわ」と思うのではないでしょうか。

「自分たちは間違っていない」と言い続ければ、それを真に受けて信じるというほど国民は愚かではありません。なぜ検察や一部裁判官にそのことが分からないのか。

百万歩譲って、検察と裁判官が神の目を持っていて、真実のところ袴田氏が真犯人だとしても、彼を再び投獄して、彼らが得るものと失うものを比べた場合、失うものの方がはるかに大きいという、なぜ長期的ヴィジョンに立った「ビジネス・ディシジョン」ができないかということを本当に残念に思います。そこで失うものとは、国民の信頼です。そして正義に与えられた力は、国民の信頼に裏打ちされたものであり、国民の信頼を失えば、いずれその力は彼らから奪われることになります。

せっかく勇気ある裁判官が再審開始というお膳立てをしたのに、それをちゃぶ台返しすることのリスクとリターンを検察・裁判官は重々理解すべきだと思います。

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (385) 「犯行着衣が捏造でないことと袴田巌氏が犯人であることは両立しない」

(注2)
犯人性に直接関係するのが5点の着衣の中の血痕でも、白半袖シャツ右肩の血痕だということです。

そのほかの血痕に関しては、もし被害者のものでなければ、5点の着衣は犯行着衣ではありえず、捏造の疑いが強くなり、捜査機関の主張は根底から覆って(結果として)袴田氏が犯人ではないということになります。

弁護側鑑定も検察側鑑定も、白半袖シャツ右肩の血痕に関しては、袴田氏と同一型のDNA型は検出できず。5点の着衣のほかの血痕に関しては、弁護側鑑定は被害者と同一型のDNA型は検出できずとしながら、検察側鑑定では、「緑色のブリーフについた血痕は、被害者由来のものであるという可能性を排除できず」という実に微妙な結果でした。

ちなみに、上半身の着衣が体を動かしてずれる場合には、常に上方にずれるため、もし体についた傷の血液が付着する場合、血痕の位置は傷より下(上方にずれた衣服と位置が一致する)にあるはずですが、白半袖シャツ右肩の血痕の位置は、袴田氏の右上腕部の傷より上にありました。

10/29/2015















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 袴田事件

2015/10/29 Thu. 08:27 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (510) 「東住吉放火殺人事件に思うこと Part2」 10/26/2015 

#検察なう (510) 「東住吉放火殺人事件に思うこと Part2」 10/26/2015

東住吉放火殺人事件について思うことを書いてみます。Part2の前篇であるブログを書いたのは2012年3月のことですから、それから既に3年半が経過しています。

ここをクリック→ #検察なう (112) 「東住吉放火殺人事件に思うこと」

実に長い時間(勿論、事件からは更に長い長い時間)が経過していますが、その間、実の娘を殺したとされた青木惠子氏や、その出自から依然罵詈雑言を浴びせられている朴龍ひろ氏、そして更に彼ら家族はさぞかし辛く悔しかったことだろうと思います。

事件は火の気のない場所での火災がきっかけになっています。そして入浴中の小6女児が、不幸にもその火災で命を落としました。

火災そのものには事件性(=放火)の可能性があると、捜査機関が推定したことは当然のことだと思います。実際に起こったであろう、駐車中の車のガソリンキャップからガソリンが漏れ出したことなど、誰が想像し得たでしょうか。

女児の死とその火災に関連があるのかどうか、それが事件と事故の見極めの分かれ目でした。

火の気のないところでの火災と女児の死を結び付ける想像力は、時には、犯罪を見出すことにもつながる捜査機関の重要な能力だと思います。そうした「嗅覚」を私は個人的には高く評価します。

そしてその見極め、筋立ての元に被疑者に自白を求めるというのは「残念ながら」今日の事件捜査では、至極当然のことです。

「残念ながら」と敢えて述べたのは、それが間違いであったと後講釈で批難することは簡単ですが、自白偏重主義の日本の刑事司法においては、それが最も有効な捜査手段と認められているからです。

今後、この事件が冤罪と明らかにされた時の議論として、なぜ虚偽自白が起こったかが問題とされるでしょうが、問題にすべきは、なぜ虚偽自白がなされたかではなく、もう一歩進んで、虚偽自白は回避できないという前提で、自白を偏重することの問題意識を持つ必要があります。

この事件の捜査においては、青木氏と朴氏の自白が取れた時点で、警察は大手柄だったと思われます。それは事故を偽装した保険金殺人という憎むべき犯罪を見出すことができたと思われたからです。いかに暴力的、高圧的な取調べがあったにせよ、あるいはなかったかにせよ(取調べ可視化がなされていない以上、それは永遠に闇の中です)、取調官は、冤罪と分かっていながら、シロと分かっていながら虚偽自白を強要したという可能性はゼロであるということを理解すべきです(注)。

彼らは、(物的裏付けがなかったにせよ)真正、彼ら二人を保険金殺人の犯人だと思って、「正義」のために取調べを行ったのだと私は信じています。憎むべき犯罪を摘発すべく、誠意と熱意を持って取調べを行った結果、虚偽自白が生まれたということは重要視されるべき事実です。

そしてこの冤罪が裁判所によって明らかにされたのは、科学実験によってアナザ―ストーリーが認められたからではないことも重要です。

科学実験は、火災が自然発火である可能性を示しましたが、それだけでは裁判所は動かなかったであろうと思われます。それが、日本の刑事司法の限界です。つまり、「疑わしきは罰せず」では無罪はありえないということです。科学実験により、朴氏の自白通りの犯行様態は不可能であるという、無罪の立証責任が依然弁護側には課されているということが、日本の刑事司法の問題点として依然挙げられるものです。

もう一度言います。この事件では、「自然発火という可能性がある」という疑わしきは罰せずという刑事司法の大原則に基づいてのみでは無罪とは成りえず、「自白通りの犯行様態は科学的に不可能である」という無罪立証がなされたことにより、ようやく再審開始(=事実上、無罪判決)が実現したということです。

この事件に関する私の以前のブログにも、冤罪説を否定するコメントは多く書き込まれています。それに対するリアクションとして、この「Yahoo!知恵袋」の回答は相当イカしています。

「貴方のお部屋で再現実験したら如何でしょうか」

ここをクリック→ Yahoo!知恵袋 「東住吉放火殺害事件、なんで冤罪にされたのですか」

この事件が冤罪であることが立証できたのは、幸運にも警察・検察の捜査官がガソリン燃焼に関する知識がなかったためです。もし捜査官にガソリン燃焼に関する科学的知識(密閉された車庫でガソリンを撒けば、車庫そのものが爆弾となる)があり、「朴氏は、(7.3リットルではなく)1リットル程度の少量のガソリンに着火して放火を図った」という自供を取ったなら、この冤罪は発覚しない完全犯罪ならぬ「完全冤罪」であったということは銘記すべき点です。

この事件の経緯を見ても、明らかにされた冤罪は氷山の一角であり、解明されていない冤罪の暗数は相当なものであると思われます。冤罪が国家の犯す絶対悪であることは、議論の余地がないことです。そしてその「国家の絶対悪」を減らすために、我々国民ができることは何かを日々意識する必要があるのではないでしょうか。日々とは言わないまでも、こうした事件が注目されたこの時だけでも。一緒に冤罪のない社会を目指しましょう。是非お願いします。

弁護団の再現実験に関しては、『季刊 刑事弁護 第71号』に詳説記事が掲載されています。
ここをクリック→ 『季刊 刑事弁護 第71号』特集「使おう!科学的証拠」事例報告 燃焼再現実験 東住吉事件

百聞は一見にしかず。テレ朝『ザ・スクープ』による再現実験を見て、あなたが裁判員だとして有罪を言い渡すことができますでしょうか。また、少なからずの人が疑問を持った「なぜ子供にそれだけの生命保険を掛けていたか」にも、担当保険外交員が直接取材に答えています。
ここをクリック→ 『ザ・スクープ』「「ママは犯人じゃない~火災実験が語る“放火殺人”の真相~」

(注)
その点では、捜査の早い段階からゴビンダさんが犯人ではないという証拠(遺体の乳房に付着していたゴビンダさんの血液型=B型とは違う血液型=O型の唾液)がありながら、それを隠して冤罪を作った東電OL殺人事件や、やはり捜査の早い段階で大越美奈子さんのアリバイが成立することが分かっていながら、それを示す証拠を隠して冤罪を作った恵庭OL殺人事件とは異なると言えます。

但し、この時点では検察も青木さんや朴さんが犯人ではない、そして事件そのものがないことは重々知っているはずで、この期に及んでの刑の執行停止に対する異議申立、再審開始決定に対する異議申立は犯罪行為以外の何物でもないものです。

東電OL殺人事件→ 
ここをクリック→ #検察なう (294) 「犯人血液型当てクイズ」

恵庭OL殺人事件→
ここをクリック→ #検察なう (489) 「恵庭OL殺人事件再検証 (4) ~アリバイ」

10/26/2015


















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 冤罪事件に関して

2015/10/26 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 1

go page top

フィルム・レビュー 『エベレスト』 『エベレスト 死の彷徨』 『メイズ・ランナー2 : 砂漠の迷宮』 『99 Homes』 

フィルム・レビュー 『エベレスト』 『エベレスト 死の彷徨』 『メイズ・ランナー2 : 砂漠の迷宮』 『99 Homes』

everest.jpg

ここをクリック→ フィルム・レビュー 『エベレスト』 (2015) バルタザール・コルマウクル監督

死の彷徨

ここをクリック→ フィルム・レビュー 『エベレスト 死の彷徨』 (1997) ロバート・マーコウィッツ監督

maze runner2

ここをクリック→ フィルム・レビュー 『メイズ・ランナー2: 砂漠の迷宮』 (2015) ウェス・ボール監督

99homes.jpg

ここをクリック→ フィルム・レビュー 『99 Homes』 (2014) ラミン・バーラニ監督















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: フィルム・レビュー

2015/10/25 Sun. 08:08 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (509) 「捜査官に「熱い正義感と使命感」は必要か」 10/22/2015 

#検察なう (509) 「捜査官に「熱い正義感と使命感」は必要か」 10/22/2015

先日、国税庁の資料を目にしました。彼らの採用関連の国税庁を志望する人向け(主には学生向け?)の資料のようです。

ここをクリック→ 国税庁調査査察部紹介

その中で、「調査査察部査察課」という名称がありました。「(東京)国税局査察部」というのは私が散々お世話になった部署だと理解していますが、「調査査察部査察課」という部署名に馴染みがなかったので、国税庁の組織図を見てみると、確かに国税庁直属にそうした名称の部署がありました。

ここをクリック→ 国税庁組織図

説明には「国税局査察部が行う国税犯則取締法に基づく査察調査に関する事務の指導及び監督を担当しています」とあります。どうも実動部隊ではなく、彼らを監督・管理する部署のようです。

私の目に留まったのは、査察課の「熱きマルサ」と題する紹介文でした。それは次のようなものです。

「厳正な査察調査に基づき、各国税局の査察官達と一丸となって、悪質な納税者の刑事責任を追及しています。熱い正義感と使命感を胸に、申告納税制度の「最後の砦」として日本を支えています。」

私の取調べに際し、「証拠はありません。しかし、我々の仕事はあなたを告発することです」と面と向かって言ってのけ、実際に私を刑事告発した彼らのその言葉に、彼らの本音や「真の使命感」が表れているのであれば、ここで紹介されたものは、あくまで彼らの理想とするところであり、表向きの看板と言えるかもしれません。

とは言っても、私はこれが彼らの真意であるかないかということは余り問題にするつもりはありません。物事に裏と表があることはつきものです。そして、これを読んで「本当にそうなのか?」と思う人はいても、「それは間違っている」と思う人はあまりいないかもしれません。しかし、私はこれがそもそも間違っている、しかも大いに間違っていると感じます。彼らが「熱い正義感と使命感」を持たなければならないということに関してです。

勿論、仕事に熱意は必要です。私も、仕事には(特に脱税をしたと言われたタイミングのベア・スターンズ証券在籍時には、仕事以外のことは全く考えられないほど)熱意を持っていました。しかし民間企業の、同業他社が競争相手にいる状況と、役所仕事は必ずしも同じとは考えられません。

彼らには、正義の味方を標榜するよりまず、公益の代表者としての使命があるのではないかと強く感じます。

余計な正義感は、外形的にルールにもとるものを「悪」だと受け止める素地を生み、それを罰することが自分たちの使命だと思い込むきらいがあるのではないでしょうか。そうしたことが、国税局が私に対して誤った判断をしたことにつながったのだと私は感じています。

国家権力は個人にはない強大な権限を持っています。その権限の行使が、彼らの考えるところの「正義」という大義名分の下に、国民の一人である個人の権利を踏みにじるところに過ちが起こり得ます。

更に強大な権力を持った検察はどうでしょうか。彼らは日本のあらゆる権力組織において、最大の権力をもった組織です。彼らは、逮捕権と強制捜査権という、人の自由を奪い、人の人生を完全に葬り去る権限をもっています。そして、彼らを監査・監督して縛るものは事実上何も存在せず、「秋霜烈日」の気概という彼らの自律規範のみです。

そうした彼らが「熱い正義感と使命感」を持って職務を遂行することに、私は大きな危機感を持ちます。査察官も検察官も税金で禄を食む以上、まずは国民の利益を最優先し、謙虚に職務を遂行すべきではないでしょうか。

敢えて理解してもらおうとは思いません。彼らの「熱い正義感と使命感」の犠牲になった者の戯言と聞いて頂ければ結構です。

私は、同様の犠牲者を出さないように、何かできないかと考え行動するアクティヴィストでありたいと思っています。その直接的舞台が私の国賠審です。引き続きご支援頂ければ幸いです。

10/22/2015










ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 刑事司法改革への道

2015/10/22 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (508) 「前田恒彦氏寄稿『デイリー・ダイヤモンド』の記事が無料閲覧可」 10/19/2015 

#検察なう (508) 「前田恒彦氏寄稿『デイリー・ダイヤモンド』の記事が無料閲覧可」 10/19/2015

愛知弁護士会主催の講演でご一緒した(注1)元特捜検事前田恒彦氏(注2)が、主に寄稿している媒体は、『週刊ダイヤモンド』のインターネット版増刊の『デイリー・ダイヤモンド』です。これを購読するためには、『週刊ダイヤモンド』を購入し、本誌掲載のパスワードを入力する必要がありますが、前田氏寄稿の過去の記事が、今月末までパスワード入力なしで無料閲覧できます。

daily diamond

これがこれまでの記事一覧です。

ここをクリック→ 『デイリー・ダイヤモンド』「元特捜部主任検事のざわめき」

一覧の60本の記事のうち、「いいね!」と「ツイート」の合計数が今日現在で一番多い記事は、なんと彼が昨年2月、私の控訴審において検察官控訴棄却の後に、私に関して書いた記事です。

最後で彼が、「特捜検察が手がける事件の多くは、こうした被疑者や関係者の「あきらめ」で成り立っていると言っても過言ではない」とする指摘は、さすが最前線の現場にいた者だからこそ理解していることだと言えます。是非記事をご一読下さい。

ここをクリック→ 「クレディ・スイス証券元部長に再び無罪判決 当局が告発や起訴に至った背景とその問題点」

この機会に是非、ほかの記事にも目を通してほしいものですが、特に私が重要だと思った記事を3つピックアップします。

ここをクリック→ 2014年3月24日掲載 「開示証拠のネット投稿で有罪判決 法の初適用で問われる『証拠は誰のものか』」

ここをクリック→ 2015年6月29日掲載 「再犯必至の凶悪事件で注目される知られざる仮釈放の決まり方」

ここをクリック→ 2015年7月10日掲載 「安保法案の影で静かに審議が進む刑事司法改革法案に思うこと」

インサイダー、特に特捜という検察組織の中でも良くも悪くも最も「検察的」な部署にいた彼の見識を共有しない手はありません。刑事司法改革は他人事ではなく、我々国民の日常生活にダイレクトに影響を及ぼす事柄です。是非、関心を持って頂ければ幸いです。

(注1)
前田氏とご一緒した講演の模様がこちらです。

名古屋8

ここをクリック→ #検察なう (460) 「愛知県弁護士会主催「3・7取調べの可視化市民集会」講演全文」

(注2)
ここをクリック→ Wikipedia 前田恒彦

10/19/2015













ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2015/10/19 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

フィルム・レビュー 『オデッセイ』 『楽園追放 -Expelled from Paradise-』 

フィルム・レビュー 『オデッセイ』 『楽園追放 -Expelled from Paradise-』

the martian1

ここをクリック→ フィルム・レビュー 『オデッセイ』 (2015) リドリー・スコット監督


楽園追放

ここをクリック→ フィルム・レビュー 『楽園追放 -Expelled from Paradise-』 (2014) 水島精二監督












ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: フィルム・レビュー

2015/10/18 Sun. 13:52 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (507) 「『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~各論 第四章「激変する「告発の正義」と「検察の正義」の関係」(下)」 10/15/2015 

#検察なう (507) 「『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~各論 第四章「激変する「告発の正義」と「検察の正義」の関係」(下)」 10/15/2015

前回ブログに引き続き、郷原信郎氏最新刊『告発の正義』よりクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件に関する各論的論述を引用します。

ここをクリック→ #検察なう (506) 「『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~各論 第四章「激変する「告発の正義」と「検察の正義」の関係」(上)」

告発の正義

(承前)
<当時の東京地検特捜部が置かれていた状況>

その事情として考えられるのは、八田氏の告発が行われた2009年12月頃に、東京地検特捜部が置かれていた状況である。

その頃、2009年8月末の衆議院議員総選挙で民主党が圧勝し、同党を中心とする連立政権が誕生し、小沢氏が政権与党の民主党の幹事長に就任した。特捜部は、その頃から小沢氏に政治的ダメージを与えるとともに、西松建設事件の失敗捜査の汚名を晴らすべく、陸山会の世田谷区の土地取得にかかる政治資金収支報告書虚偽記入事件の内偵捜査を進めていた。

2009年12月というのは、東京地検特捜部が、そのような陸山会事件の捜査に組織を挙げて取り組んでいた時期だった。

当時の特捜部の幹部は、小沢氏を起訴して、その政治生命を絶つという「妄想」に取りつかれており、関連する人物、団体等についての税務申告や資金の流れについて様々な情報を保有し、調査を行うことができる国税局との緊密な連携・協力関係を維持することが不可欠だった。

そのような状況において、国税当局の幹部から、八田氏の告発を何とかして受けてもらいたいとの強い要請を拒絶することができず、有罪判決を得る十分な見込みがない事件の告発を了承したとの推測も可能だ。

そして、その告発の約2年後の2011年12月7日に八田氏は在宅起訴されるが、その間、2010年9月、郵便不正事件で、村木厚子氏に対して無罪判決が出され、検察が猛烈な社会からの批判にさらされ、特捜部は捜査に対するチェック強化や組織見直しの影響下に置かれていた。

<検察不祥事が不当な告発・起訴・控訴の背景か>

従来は、脱税事件で被疑者が嫌疑事実を否認している場合には、逮捕・勾留したうえで起訴するのが一般的なやり方だった。しかし、特捜部は、八田氏を逮捕・勾留せず、否認のまま在宅起訴した。これは、当時の検察不祥事・特捜改革という検察をめぐる状況の下では、証拠が希薄で有罪判決の十分な見込みのない中で逮捕・勾留することが困難だったからだと考えられる。

しかし、そうであれば、起訴自体を差し控えるのが当然だ。ところが、そこには、「告発要否勘案協議会において検察官が了承したうえで国税局が告発した事件について、不起訴にすることは許されない」という国税当局の「告発の正義」と「検察の正義」のとの深い関係があった。

東京地検特捜部は、有罪判決を得る見込みがほとんどないことを承知のうえで起訴する、という「暴挙」に出ざるを得なかった。そして一審判決を覆す見込みもほとんどないのに、本来、無罪判決に対しては極力慎重であるべき検察官控訴が行われたのも、「告発の正義」と「検察の正義」の関係の下では、国税当局や検察の組織の面子を潰すことになる控訴断念という判断ができなかったということであろう。

検察が完全敗北を喫した八田氏の事件は、国税当局の「告発の正義」と「検察の正義」の歪んだ関係が、徴税という国家作用のための検察官の権限の濫用を招き、源泉徴収によって納税している多くの給与所得者の市民に対して重大な脅威を与えかねないことを示している。

八田氏は、脱税で告発され、起訴され、控訴までされたことで、長期間にわたって、脱税の被疑者、被告人の立場に立たされ、多くのものを失った。それによる損害の賠償を求める国家賠償訴訟を提起し、私も、その代理人に加わっている。

国側は、不当な告発、起訴、控訴に関する国側の過失を主張する八田氏側の請求に対して、一審判決、控訴審判決の「当然の判断」を前提にすると、過失を否定する余地がないと判断したためか、無罪判決が誤っているかのような「苦し紛れ」の主張を行って、必死に賠償責任を否定しようとしている。
(了)

私を刑事告発した国税局と、起訴・控訴をした検察に本当に正義があるのか、それを問う私の国賠審にこれからもご注目下さい。

10/15/2015
















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2015/10/15 Thu. 00:49 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (506) 「『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~各論 第四章「激変する「告発の正義」と「検察の正義」の関係」(上)」 10/12/2015 

#検察なう (506) 「『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~各論 第四章「激変する「告発の正義」と「検察の正義」の関係」(上)」 10/12/2015

郷原信郎氏最新刊『告発の正義』の第二章では、「法律上の告発」が論じられ、その中で「公務員の告発」としてクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件が概論的に述べられていました。

ここをクリック→ #検察なう (503) 『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~概論 第二章「「法律上の告発」の諸相」

続けて第四章から各論的な論述を、二回に分けて抜粋引用します。

告発の正義

<国税局と特捜検察の完全敗北>

2013年3月1日東京地裁刑事8部は、元クレディ・スイス証券の八田隆氏に対して無罪の判決を言い渡した。検察は控訴を申し立てたが、控訴審での検察官の証拠請求はすべて却下され、第一回期日で結審、2014年1月31日に控訴棄却の判決が言い渡され、八田氏の無罪が確定した。

東京国税局に告発され、東京地検特捜部に起訴される脱税事件では、起訴された脱税額が一部変更されることはあっても、無罪となった例はなかった。

国税局の税法違反の告発については、国税局の査察部門と検察庁の担当検察官との間で「告発要否勘案協議会」と称する事前協議が行われ、検察官の了解を得たうえで告発が行われることになっている。その協議会の枠組みの中で、告発の対象事件を、確実に有罪判決が得られる事件に絞り込むことになっているので、告発された事件は100パーセント起訴され、有罪率も100パーセントだった。

国税局という税の専門機関が調査したうえ、告発すべきと判断し、検察も有罪判決が得られると判断したうえで、告発・起訴が行われた事件、つまり、国税の「告発の正義」と「検察の正義」が一致して「有罪の判断」を示しているのであるから、裁判所が、その判断を否定して無罪判決を言い渡す余地はあり得なかった。

国家が個人から税を徴収するに当たって、自ら所得を申告して納税させるという「申告納税制度」の下では、当局による所得の把握を困難にするような仮装・隠蔽行為が行われると、制度の運用に支障が生じる。そこで、そのような行為を罰することで、納税者の正直な所得申告を確保しようというのが脱税犯処罰の趣旨であり、まさに、税を徴収する国の側の事情による処罰である。

そうである以上、脱税による処罰の対象は、結果的に申告すべき所得が申告されていかったとか、過少だったという「申告漏れ」ではなく、所得を隠蔽する工作を行ったことや意図的に所得を過少申告して税を免れようとしたことが客観的に明らかな場合に限定されなければならないのは当然である。

八田氏は、高額納税者ではあったが、「給与所得者」だった。本来は、会社からの給与支払については、株式報酬についてもすべて源泉徴収が行われるべきであった。八田氏は、2006~07年にかけて勤務していたクレディ・スイス証券から現金の代わりに現物支給されていた株式報酬について無申告であったとして、2009年12月22日に、脱税(所得税法違反)で東京国税局に告発されたが、捜査段階から、株式報酬は源泉徴収されていると認識していたもので、脱税の犯意はなかったとして全面否認した。

しかも、同社において税務調査の対象とされた約300人のうち、約100人が株式報酬について無申告であったこと、ゴールドマン・サックス証券会社など、クレディ・スイス証券会社と同様の立場にある外国証券会社では、株式報酬について源泉徴収を行っていたことも明らかになった。

給与所得者の場合、所得税が給与から源泉徴収されることで、「申告納税制度」によらず、国家も徴税コストをかけず、多くの国民から税を徴収しているのであり、そのような給与所得者に、源泉徴収されていない「納税申告すべき所得」があり、申告が行われていなかったとしても、その不申告ないし過少申告が意図的なものでなければ、税務当局がそれを指摘して納税申告を求めればよいのであり、脱税犯として処罰の対象とすることなど、絶対にあってはならない。

そういう意味では、給与所得者だった八田氏が、結果的に過少申告であったことは認めつつも、源泉徴収が行われていたと認識していて脱税の意図はまったくなかったと一貫して主張し、それを裏付ける十分な証拠もあったのに、脱税で告発を行うというのはおよそ考えられないことだ。

<「見せしめ」としての脱税告発>

ところが八田氏は脱税で告発され、東京地検特捜部によって起訴された。そして、一審の公判審理の結果、「当然の無罪判決」が出された。検察は、その当然の結果をも受け入れずに控訴を申し立てたが、控訴は棄却され無罪が確定した。

基本的な証拠関係は、起訴の時点から、いや告発の時点から変わっていない。公判での「全面敗北」の可能性が高いことは、告発の時点で十分予想できたはずだ。

このような事件については「不告発」という結論を出すことが、「告発の正義」と「検察の正義」が合体した酷要否勘案協議会の枠組みの下では当然だったはずだ。それが、なぜ告発されたのか。

まず、国税当局が、八田氏を所得税の脱税で告発しようとし、それにこだわった背景に、2008年秋のリーマンショックまでの数年間、世界的な株高、金融市場の活況という状況の下で、億単位の高額給与の支給を受ける証券マンが多数に上っていたことがあったものと考えられる。その報酬には株式報酬も含まれており、現金給与のように、金額や支給の事実は単純なものではない。

そのような証券マンの高額の所得について、漏れなく所得税を徴収するためのアプローチとしては、二つの方向が考えられる。

一つは、給与所得者の所得税徴収のための源泉徴収を徹底させる方向である。源泉徴収によって給与から控除して徴収するのが給与所得者の所得税徴収の原則であり、給与支給の際に、事業者が所定の源泉徴収を間違いなく行うことは「企業のコンプライアンス」である。そこで、給与支払者である証券会社にコンプライアンス強化を要請していくのが、本来の原則に沿ったアプローチである。

もう一つのアプローチとして考えられるのが、給与支払を受ける側に、株式報酬を含めて、自らの所得金額を正確に把握して申告納税させる方向である。このような方向で、所得者側の義務を徹底していくうえで最も効果的な方法は、その義務を怠った場合に厳しいペナルティが科されることを認識させることである。

そこで、高額所得者の一人であった八田氏の過少申告の問題を取り上げて、「見せしめ」として脱税で告発し、所得者側が申告義務を怠ると、刑事処罰を受けることもあり得ると世の中に示そうとしたのが、国税当局が八田氏を告発しようとした事情だったのではないかと考えられる。

しかし、国税当局が、そのような理由で八田氏を告発しようとしても、刑事処罰を行うためには、脱税の犯意がなければならない、というのが大前提である。給与所得者のほとんどは、所得税は源泉徴収されていると思っており、そう思って、株式報酬を申告しなかったのであれば脱税の犯意はない。告発しても有罪判決を得る見込みはないのであるから、当然、告発要否勘案協議会の枠組みの下で、検察が告発すべきではないという意見を述べるはずである。

しかし、八田氏の事件については、検察には、そのような国税当局としての政策判断に基づく、無理筋の脱税告発を受け入れた。そこにはそうせざるを得ない事情があったはずである。
(続く)

10/12/2015



















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2015/10/12 Mon. 01:50 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

フィルム・レビュー 『悼む人』『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』『トゥモローランド』『The Drop』 

フィルム・レビュー 『悼む人』『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』『トゥモローランド』『The Drop』

悼む人

ここをクリック→ フィルム・レビュー『悼む人』

MI4.jpg

ここをクリック→ フィルム・レビュー『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』

tomorrowland.jpg

ここをクリック→ フィルム・レビュー『トゥモローランド』

the drop

ここをクリック→ フィルム・レビュー『The Drop』















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: フィルム・レビュー

2015/10/11 Sun. 14:26 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (505) 「「名張毒ぶどう酒事件」再審請求継続へ」 10/8/2015 

#検察なう (505) 「「名張毒ぶどう酒事件」再審請求継続へ」 10/8/2015

名張毒ぶどう酒事件では奥西勝氏が逝去される前に第9次再審請求がなされていましたが(注1)、彼の逝去後も奥西氏の妹を代理人として継続されることになりました。

ここをクリック→ 日テレ「奥西勝死刑囚死亡 妹が再審請求“継続”へ」

名張毒ぶどう酒事件を題材として扱った映画『約束』(注2)には奥西氏の妹は登場しませんが、それは本人の意向を汲んでのことだと聞いていました。それが、今回、表に出てきたのはやはり肉親を思う情のためだと想像します。

冤罪被害者の再審請求が、その死後、開始決定された例としては、徳島ラジオ商殺し事件(注3)がありますが、昨年3月に福岡地裁でその再審請求が棄却された飯塚事件(注4)の例を見ても、ただでさえ厳しい再審開始がさらに厳しくなる印象を受けます。

奥西氏の逝去に際し書かれた、名張毒ぶどう酒事件を扱った著書のある江川紹子氏の以下の記事を、是非お読み下さい。

ここをクリック→ 江川紹子氏記事「それでも名張毒ぶどう酒事件は終わらない」

名張毒ぶどう酒事件を深く知りたい人に、2冊ご紹介します。

nabari dokubudoshu

ここをクリック→ ブック・レビュー 『名張毒ブドウ酒殺人事件-六人目の犠牲者』江川紹子氏著

toukai tv nabari

ここをクリック→ ブック・レビュー 『名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の半世紀』東海テレビ取材班著

また、これまで名張毒ぶどう酒事件を扱った私のブログ記事を紹介します。

ここをクリック→ 冤罪ファイル その1 「名張毒ぶどう酒殺人事件」

ここをクリック→ #検察なう (278) 「映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』鑑賞」

ここをクリック→ #検察なう (339) 「司法の自殺~名張毒ぶどう酒事件で第7次再審請求棄却決定」

ここをクリック→ #検察なう (342) 「「人一人の命は地球より重い」~名張毒ぶどう酒事件・最高裁不当決定抗議集会に参加して」

ここをクリック→ #検察なう (473) 「名張毒ぶどう酒事件第9次再審請求と6・25集会」

奥西氏の死を無駄にすることなく、冤罪がいかに不正義であるかの代表例として語り継ぎ、再審請求の支援の輪を広めることに努めたいと思います。

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (478) 「名張毒ぶどう酒事件弁護団、第9次再審請求で新証拠を提出」

(注2)
ここをクリック→ 映画『約束』公式HP

(注3)
ここをクリック→ Wikipedia 徳島ラジオ商殺し事件

(注4)
ここをクリック→ 冤罪ファイル その3 「飯塚事件」

10/8/2015












ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 名張毒ぶどう酒事件

2015/10/07 Wed. 23:53 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (504) 「巨星墜つ、奥西勝氏逝去」 10/5/2015 

#検察なう (504) 「巨星墜つ、奥西勝氏逝去」 10/5/2015

昨日、インターネット環境のない外出先から戻って悲報に触れたのは、友人から彼の死を知らせるメールでした。

単なる偶然ですが、郵便受けには10月1日付の「名張毒ぶどう酒事件・東京守る会ニュース」の封書が届いていました(注)。

私にとっての奥西氏の存在は、私が冤罪の暗闇の中でのたうち回っていた時に射し込んできた一筋の光でした。自分よりはるかに苛酷な状況の中でも、尊厳を失わずに生きて行こうとする人がいるということは私に勇気を与えてくれました。私にとっての恩人です。

彼の健康状態を知っていたため、訃報に触れても、驚きはなく、ただただ自分が恩人に対してその恩を返せなかったという虚脱感しかありませんでした。

そして、正しいものが正しくあり続けようと努力することが、我々国民の幸福につながると強く信じている自分にとって、数多くの人が、この事件のこの一旦の結末(再審請求は続くものと思いますが)によって、やはり捜査権力は正しくない、裁判所は正しくないと思ってしまうことが残念です。

最後の意識の中で、司法に裏切られ続けながらも、その司法に救いの手を求めるしかなかった奥西氏の胸に去来したものは何だったのか、うかがい知る由もありませんが、やはり無念だったのだろうと想像します。

彼には直接返せなかった恩を返すべく、これからも刑事司法と向き合って行こうと静かに思います。

R.I.P.

(注)
ここをクリック→ 2015年10月1日発行「NABARI News」表紙

ここをクリック→ 2015年10月1日発行「NABARI News」弁護団紹介「証拠開示実現に向けて」

10/5/2015













ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 名張毒ぶどう酒事件

2015/10/05 Mon. 08:32 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

フィルム・レビュー 『そこのみにて光輝く』『海炭市叙景』 

フィルム・レビュー 『そこのみにて光輝く』『海炭市叙景』

そこのみにて光輝く1

ここをクリック→ 『そこのみにて光輝く』レビュー

海炭市叙景1

ここをクリック→ 『海炭市叙景』レビュー












ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: フィルム・レビュー

2015/10/04 Sun. 05:13 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

#検察なう (503) 「『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~概論 第二章 「法律上の告発」の諸相」 10/1/2015  

#検察なう (503) 「『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~概論 第二章 「法律上の告発」の諸相」 10/1/2015

私の国賠審代理人チームのメンバーでもある郷原信郎の最新刊『告発の正義』が、9月初めに上梓されました。

告発の正義

「告発」とは、広い意味では「悪事を暴くこと」です。それはただ単に「悪事や不正を世間に知らせること」という場合もあるでしょうし、捜査機関に対して犯罪事実を申告して処罰を求めるという場合もあるでしょう。

そして本書では、前者を「社会的事象としての告発」、後者を「法律上の行為としての告発」としています。

本書第一章「社会的事象としての告発」をめぐる構図」では、企業内・組織内で発生した不正、不祥事が内部告発によって表面化した事例を取り上げ、その功罪を論じています。

第一章の結びです。

「組織の内部者である告発者は、通常、不正行為の一部を認識しているに過ぎない。問題を一面的、局所的にしか理解しないままに行われる「告発」が、マスメディアにとっては格好のネタになり、告発の対象となった問題がセンセーショナルに取り上げられることで、実態が歪曲されて伝えられることになる。

内部告発等の「社会的事象としての告発」は、潜在化している不正行為を表面化させ、それを正すことに関して極めて重要な行動である。しかし、それを受け止める側の姿勢や取り上げ方によっては、それが、かえって社会的弊害につながってしまうことにもなりかねないのである。」

第二章以降が、「法律上の行為としての告発」に関する議論ですが、そこでは、『告発の正義』というタイトルの後に、『と検察の正義』という文言が隠されています。そして、「検察の正義」の主体は勿論検察なのですが、「告発の正義」の主体にはいろいろなケースがあり、また『告発の正義「と」検察の正義』の「と」には、「and」というケースもあれば、「vs」というケースもあるというところが第二章以降のポイントです。

第二章では、刑事訴訟法上の告発や、それ以外の法律に規定された官公庁による告発が、どのような法律上の効果を生じ、どのように取り扱われ、どのような責任を生じさせるのかについて述べられています。そこでは「告発の正義」と「検察の正義」の方向性は基本的に一致しています。概論的な第二章を受けて、第四章では各論的に具体的なケースを詳説しています。

第三章では、「告発の正義」と「検察の正義」が対立しているケースとして、「対立の系譜」と題し、談合事件の告発をめざす公正取引委員会と告発を断念させようとする検察の確執を述べています。

そして第四章では、著者自ら告発者となり、弁護人による「告発の正義」が「検察の正義」に勝利したケースとして、美濃加茂市長事件を取り上げています。

第二章及び第四章に私の巻き込まれたクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件が取り上げられていますが、まずその概論的な文章を第二章から引用します。

「国税の脱税事件は各国税局の査察部が担当している。脱税事件は、その内容・程度により、その多くは、税務署の段階で、納税義務者に修正申告をさせ、加算税・重加算税等のペナルティを科すことで処理されている。

しかし、査察部は国税犯則取締法により、臨検、捜索及び差押えといった強制調査権を行使できる犯則調査権が認められており、脱税額が大きく悪質性の高い脱税事件では、犯則調査を行って犯則の心証を得た(脱税と判断した)場合には、その事件を検察庁に告発することとされている。

国税査察官は、脱税の調査については所属する国税局長の指揮の下にあり、直接検察官の指揮は受けない。しかし、国税が脱税事件を検察官に告発するに当たっては、事前に、国税局査察部(調査査察部)と検察庁の担当検事との間で告発要否勘案協議会を行って検討・協議がなされて告発を行う慣行になっている。国税と検察は、脱税事件の処理を通じて、長年にわたり緊密な協力・連携と信頼関係を築いてきた。」

「極めて緊密な協力関係にあり、「告発の正義」と「検察の正義」の方向性が基本的に一致していた国税と検察との関係にも、様々な紆余曲折があった。そして、21世紀に入り、特捜検察の不振が続き、ライブドア事件、村上ファンド事件等の経済事件への展開でも大きな失敗を繰り返した特捜検察にとって、国税からの告発は、貴重な事件の供給源になっていると考えられる。

そのように、「検察の正義」が、国税の「告発の正義」に大きく依存する状況を端的に表しているのが、第四章で詳述する控訴審で無罪が確定した八田隆氏の所得税法違反事件である。」

次回(以降)のブログで、『告発の正義』に述べられた、クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件の各論的な論述を紹介します。

10/1/2015










ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2015/10/01 Thu. 00:04 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top