「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (525) 「大崎事件の真相に迫る (4) ~ 誰が死体を遺棄したのか」 12/31/2015 

#検察なう (525) 「大崎事件の真相に迫る (4) ~ 誰が死体を遺棄したのか」 12/31/2015

大崎事件の被害者が事故死であったことは前回のブログで述べたところです。

ここをクリック→ #検察なう (524) 「大崎事件の真相に迫る (3) ~ 被害者死因について」

それでは一体誰がその死体を遺棄したのでしょうか。そしてその動機は。それが大崎事件の最大のミステリーです。

死体遺棄罪(注1)の時効は3年であり、1979年の事件における死体遺棄罪の公訴時効は既に完成しています。また、大崎事件冤罪被害者の原口アヤ子さんの無罪の主張は、彼女が殺害に関与していないことが争点であり、誰が死体を遺棄したかという点は直接的に彼女に無罪性と関係するものではありません。しかし、このミステリーを解かずして、大崎事件の真相は明かされないと考えます。

大崎事件で、死体が発見されるまでの経緯を振り返ってみます。

死体発見の3日前の1979年10月12日、その日は、親類(原口アヤ子さんの夫であった長兄中村善三氏の甥)の結婚式が町の料亭で行われていました。四男の邦夫氏は、前日まで出席すると言っていながら、朝に善三氏が迎えに行くと、朝から飲んだくれていて行かないと言い出し、いくら諌めても聞かないので、皆は彼を置いて結婚式に行きました。

午後9時頃、アヤ子さん宅の南隣に住む部落の交通安全協会会長から電話が入りました。

「アヤ子ねえさんけ、いま小能部落の人から電話があってなあ、邦夫がまた酔っぱらって道で寝とるそうじゃ」

「じゃったですか、いつも迷惑ばかりおかけして、まこち、すみませんなあ。主人はもう寝とりますけん、すぐに私が行きもんで」

「よかよか、おまんさあも結婚式でだれやった(疲れた)ろで、あたいが行ってやるが、心配せんでもよかよか」

アヤ子さんは暫くして家を出て、迎えに行ってくれた人の家に行きました。彼は、近所の者と連れ立って軽トラックで邦夫氏を迎えに行った後でした。暫くの間、彼の奥さんと世間話をしていると、迎えに行った二人が連れ立って帰ってきました。

「アヤ子ねえさん来よったとな、わざわざ来んでもよかったとに」

「邦夫は家に下してきたで、心配せんでもよかよ」

という二人に、アヤ子さんは何度も頭を下げて礼を言い、

「それで邦夫の様子はどげんでしたか」

と尋ねました。

「金玉丸出しで、すっぽんぽんじゃ。溝にでもはまったとじゃろ。濡れたズボンが側にぬいじゃったど」

「まこちすまんことで」

「邦夫は土間に下してきた、濡れちょったで」

その後、アヤ子さんは邦夫氏の様子を見に行きます。

玄関の土間に下してきたと言われていた邦夫氏は土間にはいませんでした。アヤ子さんは「多分もう寝たのだろう」と思って、土間の小縁に手をつき、部屋の中を覗いてみました。二間続きの六畳の奥の間に布団が敷いてあり、薄暗い電灯の明りではっきりはしないものの、布団が微かに盛り上がり、こっち向きに頭らしいものが見えたので、アヤ子さんは、邦夫氏はもう寝たものと思いました。

その後、邦夫氏の姿を見た者はなく、3日後に邦夫氏宅の牛小屋の堆肥場の中から彼の死体が発見されます。

邦夫氏を迎えに行き、家に運び込んだ二人の検面調書は開示されています。家に戻って邦夫氏を運び込んだ際の、邦夫氏の様子に関する彼らの供述が全く食い違っていることは注目すべき点です。一人は、邦夫氏は意識が朦朧とし、受け答えもままならぬ状態だったとしたのに対し、もう一人は、邦夫氏は一人で歩いて家に入ったとしています。その食い違いは、彼らの少なくともいずれかは虚偽の供述をしていることを示しています。

また、邦夫氏が道端で酔っぱらって寝そべっていると目撃した者、そして彼からそのことを聞いて邦夫氏宅の近所の者(部落の交通安全協会会長)に電話をした両名のあるはずの員面調書は開示されていません。

これらはどのような意味があるのでしょうか。私は、大崎事件で起こったことは、映画『ハリーの災難』のようなものだと考えています。

映画『ハリーの災難』は1955年にアルフレッド・ヒッチコックが監督したもので、女優シャーリー・マクレーンのデビュー作として有名です。(注2)

『ハリーの災難』あらすじ (Wikipedia「ハリーの災難」より)
紅葉の季節を迎えたバーモント州のある小さな村。森の中でハリーという男の死体が見つかる。村では様々な理由で「自分がハリーを殺してしまったのでは?」と思い込む人物が何人もいたため、彼らはそれぞれの保身のためにハリーの死体を埋めたり掘り返したりすることになる。やがて村の保安官が動き出し、事態は意外な方向へ展開していく。

邦夫氏を迎えに行き、家に運び込んだ様子は誰にも目撃されていません。運び込んだ二人の供述は、邦夫氏の様子に関しては大きく食い違っているものの、「運び込んだ時には、邦夫氏はまだ生きていた」という点では一致しています。しかし、致命的な負傷をしていた邦夫氏が、もし家に到着していた時には、既に事切れていて、そして彼らがその死に直接的な関与があったと誤解したとしたら、パニックのうちに自分たちの関与を隠蔽するために死体を隠そうとしたという可能性は十分にあります。

死体を土間に放置した場合、彼らが最後に接触した人物であり、その死に関して疑われてしまう。それで死体を遺棄し、「自分たちが最後に見たのは、土間に置いた時であり、まだ邦夫氏は生きていた。自分たち以外の誰かが殺害し、死体を遺棄したのだ」と言い張れば、自分たちに嫌疑は掛からないと考えたというのは、冷静に考えれば愚かなことですが(土間に放置して自然死/事故死を装った方がより合理的)、人の死に際して、冷静な判断ができなかったと考えれば合点がいきます。

更に邦夫氏の死因に関しては、側溝に落ちた際のけがと考えられますが(側溝の深さは80㎝と相当あり、自転車で転落して致命傷を負うことは不思議なことではありません)、その現場を目撃した者はいません。もし彼が「道に寝そべっていた」のは、交通事故にあったためだとしたらどうでしょうか。邦夫氏が道に寝そべっていると目撃した者、それを聞いて電話を掛けた者、その電話を受け取って彼を迎えに行った者は全て親戚縁者でした。

映画『ハリーの災難』では、結局、ハリーの死因は心臓麻痺で、誰も彼の死因に関与していないのに、複数の人間が自分が殺したと勘違いしていたというストーリーです。大崎事件でも、誰も関与していない死を隠蔽しようとしたという可能性も考えられますが、交通事故死を隠蔽しようとしたという可能性も(推認に推認を重ねたものではありますが)ないとは言い切れないものです。

(注1)
刑法第190条
「死体、遺骨、遺髪又は納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の懲役に処する」

刑事訴訟法第250条 
「時効は、人を死亡させた罪であって禁固以上の刑に当たるもの以外の罪については、次に掲げる期間を経過することによって完成する。
第6項 長期5年未満の懲役若しくは禁固又は罰金に当たる罪については3年」

(注2)
ここをクリック→ 『ハリーの災難』予告編

参考文献
鹿児島大学『法学論集』「再審の現在―大崎事件第三次再審請求で問われるもの―」中島宏
法学セミナー2012年3月号「大崎事件―つづら折りの事件史あるいは奮闘記」鴨志田祐美
法学セミナー2014年12月号「大崎事件第2次再審請求から見た刑事司法の課題」鴨志田祐美
『叫び 冤罪・大崎事件の真実』 入江秀子

12/31/2015












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2015/12/31 Thu. 01:24 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『杉原千畝 スギハラチウネ』 『ソークト・イン・ブリーチ』 『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』 

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2015/12/27 Sun. 02:02 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (524) 「大崎事件の真相に迫る (3) ~ 被害者死因について」 12/24/2015 

#検察なう (524) 「大崎事件の真相に迫る (3) ~ 被害者死因について」 12/24/2015

大崎事件の最大のポイントは、被害者の四男中村邦夫氏の死亡が他殺であるかどうか、そして死因が何かという点です。裁判所の認定では、彼は原口アヤ子さんの指示の下、長兄善三氏、次兄喜作氏により絞殺されたとされました。

確定判決の犯行様態は以下の通りです(敬称略)。

「アヤ子が「これで締めんや」と言って西洋タオルを善三に渡すとともに、仰向きに寝かせた邦夫の両足を両手で押さえつけ、喜作もまた、邦夫の上に馬乗りになってその両手を押さえつけ、善三において、西洋タオルを邦夫の頚部に1回巻いて交差させた上、アヤ子の「もっと力を入れんないかんぞ」との言葉に、両手でその両端を力一杯引いて締めつけ、よって、同人を窒息させて殺害した。」

この殺害の事実認定は、善三氏、喜作氏の自白を基礎としています。殺害方法も彼らの自白に基づくものです。彼らは、捜査段階の自白を自らの公判では否認することなく、刑にも服しましたが、アヤ子さんの再審請求審において証人として出廷した際、自白は虚偽であり、事件には一切関与していない旨証言しました。

善三氏、喜作氏には知的・精神的障害があり、捜査段階で獲得された自白の信用性には大きな疑問があります。

殺害方法は当初、「扼殺」(手で首を絞める)と思われていながら、善三氏、喜作氏の供述における殺害方法が「絞殺」であったことから、鑑定は「死因は頚部に外力が作用したことによる窒息死であり絞殺と矛盾しない」とされました。その鑑定をした城哲男鹿児島大医学部教授は、後にその鑑定が誤りであったことを認め、「頚椎前面の組織間出血はタオルによる絞殺では形成されない」と明言し,また「被害者が自転車ごと側溝に転落していたことは知らなかった」と述べています。

被害者の死体に、絞殺であれば認められるはずの索状痕がなかったことから、裁判所による鑑定解釈は、常に索状痕を生じさせない絞殺の可能性にバイアスがかかっており(例えば、「タオルのような幅の広い索状物では索溝を残さないケースもある」としたり「全く抵抗できないほどに身体を拘束すれば、あるいは被害者が全く抵抗しなければ、必ず索溝が形成されるとまでは言い難い」としたり)、かなり迷走しています。

この結論ありき的な裁判所の非科学的とも言える科学鑑定の解釈に引導を渡すのが、現在継続中の第三次再審請求において弁護側が新証拠として提出した吉田謙一東京医科大教授の法医学鑑定です。吉田鑑定は、「被害者の死体に死斑・血液就下が認められないことは、急性窒息死とは矛盾する」と指摘しています。死斑とは、血液就下により表皮から血液の色が確認できるようになったものを指しますが、「急性心臓病、窒息、脳出血などで死亡した場合、死斑は強く出現する」(Wikipedia「死斑」)とされています。死体写真のネガが再審請求に際して証拠開示されましたが、それからのより鮮明な画像の検証によって導き出されたものです。

死斑が生じにくい死因の一つとしては、失血死が挙げられます。それは邦夫氏が自転車で側溝に転落した際に、大量の内部出血を伴う致命的損傷を被ったことを意味しています。検死では、肋骨の骨折や大腿部に大きな打撲傷があったことが調べられていますが、その部位の開検まではされませんでした。吉田鑑定により邦夫氏の死因は、他殺ではなく事故死であることが決定的に明らかになったと言えます。

死体が遺棄されていたことから、その死は他殺とされ、初見で疑われた急性窒息死という見立てに沿って「絞殺」という自白が取られたことがこの冤罪の始まりでした。

弁護団事務局長の鴨志田弁護士は次のように述べます。

「冤罪を生む原因のひとつに「ジャンクサイエンス」が挙げられていることはご存じだと思います。大崎事件の冤罪被害者たちも「ジャンクサイエンス」の犠牲者なのです。」

ここをクリック→ #検察なう (522) 「大崎事件の真相に迫る(1) ~大崎事件の概要」

ここをクリック→ #検察なう (523) 「大崎事件の真相に迫る(2) ~大崎事件の複雑性」

参考文献
鹿児島大学『法学論集』「再審の現在―大崎事件第三次再審請求で問われるもの―」中島宏
法学セミナー2012年3月号「大崎事件―つづら折りの事件史あるいは奮闘記」鴨志田祐美
法学セミナー2014年12月号「大崎事件第2次再審請求から見た刑事司法の課題」鴨志田祐美

12/24/2015










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2015/12/24 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『海難1890』 『ラヴェンダーの咲く庭で』 『プレステージ』 

フィルム・レビュー 『海難1890』 『ラヴェンダーの咲く庭で』 『プレステージ』

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2015/12/20 Sun. 00:28 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (523) 「大崎事件の真相に迫る(2)~大崎事件の複雑性」 12/17/2015 

#検察なう (523) 「大崎事件の真相に迫る(2)~大崎事件の複雑性」 12/17/2015

殺人事件の冤罪性には二類型あります。一つは、他殺で犯人を取り違えた「他殺犯人違い型」。そしてもう一つは、事故による死亡でそもそも事件そのものがない「事故死事件不存在型」です。

前者の例はごまんとありそうです。これまでブログで扱った中でも、鶴見事件(注1)や恵庭OL殺人事件(注2)はその類型に当てはまります。勿論、横綱級の冤罪である袴田事件や名張毒ぶどう酒事件も同様です。後者の例としては、北陵クリニック事件/仙台筋弛緩剤えん罪事件(注3)や東住吉放火殺人事件が挙げられます。

大崎事件の冤罪性は類型としては「事故死事件不存在型」に当たりますが、シンプルではありません。それは被害者の死体が発見された状況によるものです。

被害者の死体は、自宅牛小屋の堆肥に埋もれて発見されました。うつ伏せで両手を両側の股関節付近に置き、頚は極端に右向きに屈曲した不自然な恰好で、体のほとんど全体に20-40センチの深さの堆肥が覆いかぶさっていました。

誰かが堆肥の中に死体を遺棄したことは明らかです。死体遺棄の動機として一番有力なものは、言うまでもなく殺害の隠蔽です。

この死体遺棄の事実が、それに先立つ被害者の死亡の原因が他殺によるものではないかと推認させるものです。この事故死+死体遺棄という重層構造が、大崎事件の事実認定を複雑にしているものです。

つまり、被害者死亡の原因が事故によるものかあるいは他殺によるものかという判断の前に、死体遺棄の事実があることで、それに引きずられ、被害者の死因は他殺によるものだとする決めつけ、思い込みが生じ、それが冤罪の原因となっています。

次回以降のブログで、この事件の最重要ポイントである被害者の死因を探ってみたいと思います。

(注1)
ここをクリック→ 冤罪ファイル その12 「鶴見事件」

(注2)
ここをクリック→ 冤罪ファイル その13 「恵庭OL殺人事件」

(注3)
ここをクリック→ 冤罪ファイル その11 「北陵クリニック事件/仙台筋弛緩剤えん罪事件」 

12/17/2015
















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2015/12/17 Thu. 02:09 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (522) 「大崎事件の真相に迫る(1) ~大崎事件の概要」 12/14/2015 

#検察なう (522) 「大崎事件の真相に迫る(1) ~大崎事件の概要」 12/14/2015

先日、上京された大崎事件弁護団事務局長の鴨志田祐美弁護士(注1)とお会いする機会がありました。約2時間みっちりと事件についてお聞きすることができました。

大崎事件では、原口アヤ子さん(88歳)が請求人となって第3次再審請求が行われています。鴨志田氏のお話を聞き、有罪立証は首の皮一枚、そしてその首の皮が第3次再審請求によってばっさり断ち切られる確かな手応えを感じました。

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刑事弁護とは、検察の有罪立証の矛盾点を突き、裁判官に有罪立証に関して合理的な疑いを抱かせることにあります(その先、裁判官が無罪を書くかどうかは彼らの胸先三寸)。

そこでは、事件全体像の真相を必ずしも描く必要はありません。しかし、ここでは弁護団主張に囚われず、大胆に大崎事件のアナザ―・ストーリーを描いてみたいと思います。

まず事件の概要を、森炎氏著『教養としての冤罪論』冤罪ライン②「被害者家族が犯人とされる悲劇はなぜ起こる」と題された章(注2)から抜粋します。

「事故か事件かで争われたケースに、鹿児島・大崎の牛小屋殺人事件(1979年)がある。

このケースでは、有罪判決確定後に、いったんは事故の可能性を認めて再審開始が決定され、しかし、その後に、再び殺人事件とみなされて再審開始決定が取り消されるという経過があった。

鹿児島県の大崎町は、大隅半島の付け根に位置し、志布志湾に面する。蜜柑、メロンなどの果物栽培や黒毛和牛の畜産が盛んな土地柄である。その長閑な地域の裕福な農家の一族で起きた出来事だった。

一族の四男(40代)が自分の家の牛小屋の中で死亡しているのが見つかり、長男(50代)、長男の嫁(50代)、次男(50代)の3人が共謀して被害者である四男を殺害したとされた。また、次男の息子(20代)も死体遺棄を手伝ったとされた。

この一族は、広大な田畑を所有し、広い敷地にそれぞれ一戸を構えて住んでいた。屋敷は隣り合っていて、一つつながりの大きな敷地に長男、次男、四男各家族の三戸が建てられ、それぞれ牛小屋や倉庫を持っていた。

当時は、四男だけは、妻と離婚して一人暮らしだった。被害者の四男は酒乱で、たびたび兄弟に迷惑をかけており、妻が子を連れて被害者の元を去ったのも、酒を飲んで暴力を振るうのが原因だった。

事件は一族の婚礼の日に発生した。その日は、被害者の甥に当たる若者の結婚式が街中の料亭でおこなわれた。だが、被害者は、朝9時ころ、自宅で飲酒して婚礼には行かないと言い出し、被害者一人だけが欠席、親族が欠けた婚礼になってしまった。

甥の婚礼の席に出ないで被害者はどうしていたのか。後の捜査によって、その日の被害者の行動は、およそ次のとおりだったことが判明している。

午後3時ころに、近くの酒店で焼酎2本を購入した。3時半ころには、酒気を帯びて軽トラックを運転しているところを警官に停止させられた。5時ころ、自宅近くの農道を自転車に乗っている姿が目撃された。5時半ころ、前と同じ酒店でまた焼酎2本を購入した。午後6時ころ、自宅から離れた路上で半裸で寝そべっているのを通りがかりの知り合いに発見された。傍らには自転車があった。そのとき、服は濡れており、道の傍の用水路の中から焼酎の瓶が2本見つかった。1本は、中身がおおかた無くなっていた。酔って自転車ごと用水路に転落し、誰かに助け上げられ、そこに寝かされたものとみられた。

そして、その後は、路上で寝転がっている四男を発見した知人と連絡を受けた近所の人が協力して自宅に運び込んでいた。

被害者は、自宅に運び込まれた後、その晩から行方不明となり、3日後に、自宅の牛小屋で死体となって発見された。死体は堆肥に埋まっていた。発見者は、捜索に当たっていた親族の女性たちだった(被害者の実姉妹)。

この出来事は、絞殺による殺人事件として捜査され、前記のように、長男夫婦、次男、次男の息子が犯人として起訴された。

犯人とされた4人のうち、長男の嫁だけは捜査・公判を通じて犯行を否認した。その主張は認められなかったが、有罪判決(懲役10年)確定後も、冤罪を主張して再審請求を繰り返し、現在に至っている。

その再審請求の過程では、前述のように、いったんは再審開始決定が出るという経緯もあった。

後に取り消されたものの一度は裁判所が再審開始決定を出したのは、死因の点に疑問が出てきたからである。当初は絞殺と考えられていたが、頸椎の損傷が死因である可能性が濃厚となった。自転車ごと用水路に転落した際に致命傷を負ったのではないかという疑念が出てきた。

しかし、この事件の冤罪性は、典型的な事故死冤罪性とは異なる。

事故か事件かということで言えば、被害者の死体は牛小屋の堆肥の中に埋められていた。死体は完全に堆肥に覆われ、20センチから40センチの厚さで堆肥が体表面に被せられていた。単純な事故でないことは明らかだった。

また、犯行についての証言者がいた。次男の嫁が、長男の嫁と次男の間で取り交わされた殺害謀議を聞いたと証言していた。この証言の意味は重い。通常の目撃証言というにとどまらず、自分の夫が罪になるのを承知で敢えて証言しているからである。そして、その次男の嫁の証言は、最後まで変わらなかった。

そのため、事件の理解としては、どうしても、次のような見方が払拭できない。

すなわち、被害者の長兄や次兄や長男の嫁が、それまでも酒乱の被害者からたびたび迷惑を掛けられてきたうえに、その日は、甥の婚礼にも出ずに飲んだくれ、夜になって近所の人によって運び込まれてきた情けない被害者の姿を見て、もう完全に愛想を尽かすとともに、いっそのことそんな兄弟はいない方がましだと考え、とっさに殺意を生じ、順次、その意を通じたのではないかと。

もちろん、ここで、「大崎事件は冤罪ではない」などということが言いたいのではない。

死因について直前の用水路転落事件が影響しているとすれば、典型的な殺人ではなく、死体遺棄あるいは遺棄致死型犯罪の余地が生じる(その場合、堆肥の中に埋めたとしても殺人とは言えず、あるいは殺意ありとは言えない)。何らかの動機によりおこなわれた死体遺棄あるいは遺棄致死型犯罪だとすれば、内部者がおこなったとみる必然性は必ずしもない。被害者は、用水路へ転落した後、知人や近所の人によって一族の敷地内に運び込まれているわけであるが、当時一人暮らしであり、家屋内に運び込まれたところまで周囲の者が確認しているわけではない。

ここで言っているのは、冤罪実相ではなく、理念型としての冤罪性である。あくまで、それについての分析である。そして、冤罪性の様相がちがうということである。」

さすが元判事だけに、通常の事故死冤罪性とはパターンが異なるという鋭い分析がこの短い文章の中でなされていると思います。また「遊び」を残した言い回しになっていますが、読む人が読めば、森氏は真実に至っていると思わせる書きぶりです。

事件概要に関しては、こちらも参照下さい。
ここをクリック→ 冤罪ファイル その8 「大崎事件」

次回以降のブログで、大崎事件の真相に迫るべく、証拠に基づく推認を持ってアナザ―・ストーリーを構築してみたいと思います。

(注1)
ここをクリック→ 鴨志田祐美弁護士(えがりて法律事務所HPより)

(注2)
ここをクリック→ #検察なう (430) 「森炎氏著『教養としての冤罪論』解題(3)~冤罪ライン② 「被害者家族が犯人とされる悲劇はなぜ起こる」」

12/14/2015















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2015/12/14 Mon. 23:57 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『黄金のアデーレ 名画の帰還』 『サヨナラの代わりに』 『コードネーム U.N.C.L.E.』 『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』 『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』 『イニシエーション・ラブ』 『復讐するは我にあり』  

フィルム・レビュー 『黄金のアデーレ 名画の帰還』 『サヨナラの代わりに』 『コードネーム U.N.C.L.E.』 『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』 『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』 『イニシエーション・ラブ』 『復讐するは我にあり』

woman in gold

ここをクリック→ 『黄金のアデーレ 名画の帰還』 (2015) サイモン・カーティス監督

youre-not-you-cover.jpg

ここをクリック→ 『サヨナラの代わりに』 (2014) ジョージ・C・ウルフ監督

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ここをクリック→ 『コードネーム U.N.C.L.E.』 (2015) ガイ・リッチー監督

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ここをクリック→ 『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』 (2013) スティーヴン・ナイト監督

white god

ここをクリック→ 『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』 (2014) コルネル・ムンドルッツォ監督

initiation love

ここをクリック→ 『イニシエーション・ラブ』 (2015) 堤幸彦監督

復讐するは我にあり

ここをクリック→ 『復讐するは我にあり』 (1979) 今村昌平監督














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2015/12/13 Sun. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (521) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (7) ~風間博子死刑囚の無罪性に関する疑問」 12/10/2015 

#検察なう (521) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (7) ~風間博子死刑囚の無罪性に関する疑問」 12/10/2015

これまで埼玉愛犬家連続殺人事件で死刑判決を受けた2人のうちの一人、風間博子死刑囚の無罪性を検証してきました。

ここをクリック→ #検察なう (512) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (1) ~風間博子死刑囚は殺人犯なのか」

ここをクリック→ #検察なう (513) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (2) ~山崎永幸氏供述の経緯」 

ここをクリック→ #検察なう (516) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (3) ~山崎永幸氏供述の信用性」

ここをクリック→ #検察なう (517) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (4) ~山崎氏が風間博子被告人の公判で無実の証言」

ここをクリック→ #検察なう (518) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (5) ~風間博子死刑囚の無罪性の検証 (1)」

ここをクリック→ #検察なう (519) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (6) ~風間博子死刑囚の無罪性の検証 (2)」

ここまで検証した通り、私は風間博子死刑囚の有罪立証には合理的な疑いが入ると感じていますが、疑問が全くないわけではありません。それは、もし私が裁判員であれば、必ず質問するであろう事柄です。公判の資料を全て閲覧したわけではないので、つぶれた論点かもしれませんが、ここで私の感ずる疑問点をもって、このシリーズは一旦終わりとしたいと思います。

まず、山崎氏に関しても全く同じことが言えるのですが、なぜ関根元死刑囚の殺人行為の事実を知った時に、警察に届けたり、彼から逃げようとしたりしなかったのかという点です。

風間死刑囚が関与したとされる第一の殺人である川崎明男氏殺害後、風間死刑囚は、山崎氏と共に彼所有の車を、「川崎氏が殺害されたことを知った上で」東京駅地下の駐車場に「捨て」に行ったと裁判所に認定されています。

それに対し、風間死刑囚は、車を東京駅地下駐車場に「置き」に行った時に「川崎氏が殺害されていたことは知らなかった」と供述しています。

彼女が川崎氏の殺害を知らされたのは、殺害のあった翌日の午後6時頃、関根死刑囚と山崎氏がペットショップに現れ、関根死刑囚が次のように言ったことによるものだとしています。

「夕べ持っていった車は川崎の車だ。川崎は車庫で山崎に殺らせた。お前も川崎の車を運んだのだから、殺人の共犯だ。お前さえ黙っていれば大丈夫だ。一切何も言うな」

何の事情も知らされず、車の移動を手伝っただけで「殺人の共犯」であることをにわかに信ずることには疑問が生じます。

それ以前から、風間死刑囚は、関根死刑囚のDV、特に彼女の連れ子に対する凄まじい虐待(注)から逃れるべく、離婚し別居していました(裁判所の認定は「税金対策の偽装離婚」)。関根死刑囚から逃れるためには、彼の殺人の事実を警察に届けることが最も有効であると考えなかったのでしょうか。

彼女が関根死刑囚を警察に差し出すチャンスはいつでもあったと思われます。その最大のチャンスは、彼女が関与したとされる第二・第三の遠藤安亘氏・和久井奨氏の殺害の後に訪れます。2人の遺体を車に積み、殺害現場から片品村の死体損壊現場に運搬する途中です。

車は2台。1台を運転していたのは山崎氏。2人の遺体と関根死刑囚を乗せた車を運転していたのは風間死刑囚であったとされます。そして片品村に向かう途中の関越自動車道の沼田インターチェンジで彼らは検問に出遭わせます。

先を走っていた山崎氏はとっさに車を料金所の手前で転回させ、反対車線のランプに合流します。私が、山崎氏の行動に関して一番不審に感じた場面ですが、同じことは風間死刑囚に関しても言えます。まして彼女の運転する車には、遺体という殺人の絶対的証拠があります。なぜ山崎氏の後を追ってその場から逃げ去ったのでしょうか。

その後、片品村に着いてから風間死刑囚は、呆然自失の体で別室にへたり込み死体解体は見てもいないとしていますが、おぞましい死体解体が行われている現場に(その場面を直視していないとしても)居合わせる感覚は理解できないものです。

また私が、異常だと感じ、大きな違和感を持つのは、和久井氏殺害の場面です。風間死刑囚の供述では、第一の川崎氏、第二の遠藤氏の殺害現場には居合わせていないとしていますが、和久井氏殺害の現場は、彼女が運転する車の助手席で絞殺されたとしています。

後部座席に座る関根死刑囚と山崎氏が、助手席に座る和久井氏の首に縄をかけ、「せーの」と声を合わせて引っ張ったと風間死刑囚は供述しています。どこの世の中に、通常の感覚の人間が、自分のすぐそばでまさに人が殺されようとしている時に傍観しているのでしょうか。泣き叫んでもそれを止めようとするのが普通の行動ではないでしょうか。

再審請求の行方も含め、今後もこの事件に注目し、新たな展開があればお伝えしたいと思います。

(注)
一審第96回公判 風間死刑囚の長男の証言
「関根を実の父と思ったことはない。小さい頃からお前は俺の子供じゃないと何回も言われ続け」「ボールペンで腹を刺され、血が少し出たこともあるし、竹刀や木刀でぶたれたり、服を説がされて玄関の外に出され、正座させられて足の上にブロックを乗せられたこともある、機嫌が悪いと頻繁に殴られた、橋の上から飛び降りて自殺しろと言われ、橋の所に連れて行かれたこともあり、すごく怖い人で父親になろうとしている感じはなく、関根との楽しい思い出は何もない」

控訴審第12回公判 風間死刑囚の供述
「離婚を切り出すときは命がけでした」「暴行を受けるかもしれない。しかし、ここで切り出さなければと思い、離婚届にハンを押してもらうことだけを考え、「別れてください。子供の親権は私にください」と言いました」「離婚するときには、私、初めて一生懸命頑張ったんですけど、その後事件に巻き込まれてしまってから、頑張った分が無力感というか敗北感みたいなのを感じてしまって、気持ちがなえてしまったというか、考えることを放棄してしまったというか、そういう感じで、言われるままに何も言わないで生きてきてしまいました」「もう、すごい自分で頑張って離婚できたと思っていたんですけど、それが一瞬で崩れちゃったという感じで、考えようがなくなってしまったという感じだったと思います」

参考文献
『冤罪File』第20号「冤罪疑惑が黙殺され続けた「埼玉愛犬家連続殺人事件」共犯者が被告人の無罪を証言!」 片岡健

『冤罪File』第21号「埼玉愛犬家連続殺人事件 女性死刑囚の子供たちが、知られざる事件の内幕を明かす!「それでも母はやっていない」」 片岡健

『女性死刑囚』 深笛義也

『悪魔を憐れむ歌』 蓮見圭一

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12/10/2015














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2015/12/10 Thu. 11:16 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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#検察なう (520) 「堀江貴文氏講演 ~ホリエモンがモノ申す~「これでいいのか刑事司法」」 12/7/2015 

#検察なう (520) 「堀江貴文氏講演 ~ホリエモンがモノ申す~「これでいいのか刑事司法」」 12/7/2015

先日、自由人権協会主催の堀江貴文氏の講演があり、参加しました。講演の紹介文は「刑務所内の人権から更生保護支援、そして刑事司法改革まで、“ホリエモン”が持論、提言を本音で語ります」というものでした。

ここをクリック→ ~ホリエモンがモノ申す~「これでいいのか刑事司法」チラシ

始まりの挨拶が弘中惇一郎弁護士、終わりの挨拶が喜田村洋一弁護士(注1)という日本を代表する超重量「無罪請負人」弁護士コンビという豪華な顔ぶれでした。

弘中惇一郎 12-2-15

弘中惇一郎弁護士

喜田村洋一 12-2-15

喜田村洋一弁護士

前半約2/3は、堀江氏自身が収監された実体験に基づく「監獄論」。それは実にプラクティカルで、説得力がありました。

彼の意見は、ある類型に当てはまる犯罪者を現状の運営の刑務所に送り込むことはむしろ犯罪を増やし、社会を不安定にしているというものです。

彼の意見が説得力をもって響くのは、それが犯罪者の人権擁護(もしかすると主催者の立ち位置はそうかもしれませんが)という立場から語られているわけではないからです。彼の視点は常に、当事者以外の我々一般社会の利益を優先しています。

なぜ犯罪者を罰するかということを考える場合、彼らを罰することにより、我々にメリットがなければ、意味がないというのが彼の主張の大前提です。悪いことをすれば罰せられて当然だとは誰しも考えるところですが、彼はその先を考えています。

それら犯罪者を収監することによりなぜ犯罪が増えるのでしょうか。まず前科者を差別することが問題になります。そして少なからずの犯罪者は親族からも離縁され、収監されることにより社会から隔絶され、社会と決定的に疎遠になります。現在、刑務所で行われている刑務作業=職業訓練は時代遅れで、社会に出て役に立つものではありません。全く職能もない人間が、疎遠になっている社会に突然放り出され、差別されれば、彼らが再犯に走らざるを得ないということは想像に難くありません。

堀江氏の提言は、収監せずに社会にいながら更生させる方法を模索する必要があり、また刑務作業=職業訓練はより実践的であるべきだというものです。具体的には、再犯率の高い薬物犯罪には、化学療法を施して薬物依存を解消したり、同じく再犯率の高い性犯罪には、GPS監視を義務付けたり、ホルモン治療といった可能性も考えられるのではないかとします。

また刑務作業=職業訓練に関しては、社会に出てすぐ役に立ち、お金になり、そして人と接する機会が少ないものが有力だとしています。例えば、スマホ向けのアプリ開発や、付加価値を付けた作物を栽培する小規模農業といったものです。

犯罪者をただ刑務所にぶち込んでそれで終わりとするのではなく、結局、彼らは(死刑囚を除き)いずれは社会に還元されるのですから、再犯率の低下を目標とすることが、社会的コストの軽減に役立つとするものです。まさに慧眼だと感じました。

なぜ犯罪者を罰するかを、何が我々のメリットかという観点から考えてみる必要があるのではないでしょうか。

堀江貴文 12-2-15

堀江氏の講演の後半約1/3は、刑事司法の問題点に関する議論でした。

彼が強調したことは2点。一つは権力を持ち過ぎる検察改革の必要性、もう一つは冤罪の温床でもあり、あまりに不当な人質司法の是正の必要性でした。

時間の制約もあり、この刑事司法の問題点に関しては、具体的な方策の細かな議論が限定的だったことは若干残念でした。彼ほどの見識があれば、このテーマにおいても一家言あることは言うまでもありません(注2)。

講演の中で彼が指摘したことは、前者に関しては、地検特捜部の独自捜査権の廃止、判検交流の廃止(注3)、後者に関しては、保釈の要件を定めた刑事訴訟法第89条第4項の廃止(注4)でした。

郵便不正事件以降の検察改革が完全に失敗(法務・検察官僚にとっては大成功)に終わったのは、官僚主導では既得権の制約につながるはずもなく、官僚以外の第三者に委ねなければ刑事司法改革(それは即ち検察改革と言ってもよい)は立ち行かないという考えは、堀江氏も私も共有するところです。刑事司法の問題は、我々の生活に直結する問題だけに、是非とも一緒に考えて頂ければと思います。

別れ際に、拙著の帯を書いてもらったお礼を言って帰ってきました。

ホリエモン 12-2-15

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (313) 「レペタ裁判&刑事司法を喜田村洋一弁護士に聞く」

ここをクリック→ #検察なう (393) 「国家賠償訴訟に関して (2) ~代理人ドリーム・チーム結成!」

(注2)
ここをクリック→ #検察なう (483) 「法務委員会で審議される「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」 (3) 堀江貴文氏登場!」

(注3)
刑事裁判部門の判検交流は2012年以降廃止されたとされていますが、民事裁判部門のそれは依然行われているようです。

(注4)
刑事訴訟法第89条
「保釈の請求があったときは次の場合を除いては、これを許さなければならない」
第4項の「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」があまりに広範囲に適用されるため、原則と例外が逆転しているというのが堀江氏の主張です。

人質司法に関しては、裁判所(令状部)の運用が、より謙抑的であれば是正されうるものですが、法律を変えることにより決定的となります。

12/7/2015

















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category: 刑事事件一般

2015/12/07 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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2015/12/06 Sun. 02:21 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (519) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (6) ~ 風間博子死刑囚の無罪性の検証(2)」 12/3/2015 

#検察なう (519) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (6) ~ 風間博子死刑囚の無罪性の検証(2)」 12/3/2015

前回ブログでは、風間死刑囚が関与したとされる第一の殺人に関し、彼女の無罪性を検証しました。

ここをクリック→ #検察なう (518) 「埼玉愛犬家連続殺人事件 (5) ~ 風間博子死刑囚の無罪性の検証(1)」

今回のブログでは、彼女が関与したとされる連続する第二・第三の殺人に関し、彼女の無罪性を検証します。

第二・第三の殺人の犠牲となったのは、関根元(はじめ)死刑囚の用心棒とでも言うべき稲川系高田組組長代行遠藤安亘氏と、その運転手であった和久井奨氏です。遠藤氏は、第一の殺人の川崎氏殺害に気付き、関根死刑囚を強請っていたところ、最後は殺されてしまったものです。

この第二・第三の殺人に関して、判決で採用されたところの山崎氏の供述と、風間死刑囚の供述は大きく食い違っています。それらを並べてみます(以下、敬称略。と書いたところで「死刑囚」が敬称であるのかよく分からんと気付きました)。

<山崎バージョン>

1993年7月21日の夜。山崎は運転手を務め、関根の車が修理中だったため代車のトヨタ・カリーナバンで関根と風間を遠藤宅へ送った。関根と風間が遠藤宅へ入って行くのを、山崎は車の中から見送った。

30分ほどして、遠藤の付き人の和久井が家から出てきて、県道方向に走って行った。風間が出てきて、「代行の具合が悪くなって、救急車を呼んだ」と言う。和久井は救急車を迎えるために行ったのかと、山崎は思う。

続いて出てきた関根は、車を出せ、と山崎に言う。愛人を呼べと遠藤が言っているのだという。戻ってきた和久井が助手席に座り、後ろに関根と風間が乗り、山崎は車を走らせた。しばらくして、和久井が腹を押さえて、「病院に連れて行ってくれ」と呻き始める。和久井は唸りながら、ダッシュボードに足を乗せた。苦しみで脚を突っ張り、ミシッという音とともに、フロントガラスの二ヶ所にヒビが入り、みるみる蜘蛛の巣のように亀裂が広がる。

和久井が動かなくなると、関根と風間は、彼を引きずり出し、荷台に押し込んだ。体の上に、毛布を掛ける。

車は遠藤宅に戻った。3人が入っていくと、遠藤は一階の居間で、仰向けに大の字になって絶命している。3人がかりで遠藤を運び、車の荷台に押し込む。

そして彼らは埼玉県熊谷市万吉にある犬舎に寄り、駐車場に停めてあった風間のマツダ・クレフに分乗した。遺体を積んだカリーナバンに乗ったのは関根と風間、山崎はクレフを運転し、その後遺体を解体することになる群馬県片品村の山崎の家に向かった。

<風間バージョン>

1993年7月21日。午後6時半頃、関根と山崎がペットショップに来た。「遠藤んちに行ってるから、10時頃迎えに来てくれ」と関根が風間に言った。

午後10時半頃、遠藤宅前の路上にクレフを停車し、玄関から「こんばんわ」と声を掛けると、「おう入れよ」と遠藤に呼ばれ、風間は部屋に上がった。遠藤はソファに、関根と山崎は床に座り、和久井は立って動き回っている。

5分ほどして、「気持ち悪い」と遠藤が言って、ソファの背にもたれかかった。関根と和久井が「代行、大丈夫ですか」と声を掛ける。風間の知るところではなかったが、すでに硝酸ストリキニーネを飲まされていたのだ。

1、2分して和久井が玄関から外に出ていき、山崎も続いて出ていく。後で分かったことだが、山崎は、近くに停めたカリーナバンを取りに行ったのだ。遠藤が「水をくれ」と言うと、関根はコップに水を汲んで渡した。

遠藤が落ち着いたようなので、ヤクザの家に長居したくないと思い、「車の中で待っている」と言い置いて、風間はクレフに戻った。

5分くらいすると対向車が来たので、すれ違えるようにと、風間はクレフを動かした。その車はカリーナバンで、見ると運転しているのは山崎だった。山崎は、車を遠藤宅前に停める。

山崎が車で来ているのなら、帰りの足はあるのだから、自分は帰っていい、と風間は思った。関根にそれを伝えようと遠藤宅前に戻ると、関根と山崎が重そうなものを運びながら、出てきた。上には毛布が掛かっている。手伝おうと、荷物の下の真ん中あたりに手を入れると、人の尻と背中の感触があり、風間は「人間の体だ、死体だ」と思った。

カリーナバンの荷台にそれを積み終えると、関根に「おまえが運転しろ」と言われ、わけも分からず、「ハイ」と言って、風間は運転席に乗った。助手席には、背もたれを半分くらい倒して、和久井が寝ているような感じで横たわっている。和久井に続いて外に出た山崎が和久井を拾ったのだろう。関根に車を出せと言われて、風間は車を走らせる。

和久井は「気持ちが悪いから医者に行ってくれ」と言い、「すぐ行くから待っててね」と風間は答えた。

暗い道に入ったところで、3人がバタバタと動き出したので、風間は車を停めようとした。関根が「停めるな」と怒鳴ったので、そのまま車を走らせる。関根の「かかったか」、山崎の「うん」という声がし、「せーの」と2人の声が合わさった。和久井は全身が突っ張るように伸び、脚がダッシュボードの上に乗っかった。突っ張った脚で、フロントガラスに蜘蛛の巣状にひびが広がっていく。風間が見ると、和久井の首にはロープのようなものがかかっていた。

和久井の死体を荷台に移し、遠藤宅に戻った。風間のクレフを拾うためである。「後についてこい」と山崎が言ってクレフに乗り、風間はカリーナバンを運転して片品村に向かった。
(以上)

この2人の供述で大きく食い違っているのは何でしょうか。勿論、風間死刑囚が殺害に関与しているかどうか、殺害方法など重要な相違点がありますが、そのほかに「遠藤氏・和久井氏殺害時に、遠藤氏宅前に車はカリーナバンの1台だけだったか、それともクレフと2台あったか」という点が挙げられます。

それがなぜ重要かと言えば、「殺害時車は1台であり、犬舎にもう1台車を取りに行った」ということは全く不合理だからです。犬舎に向かうまで、カリーナバンに2人の死体を積み、3人が乗っているわけですから、そのまま片品村に向かえばいいだけです。わざわざ犬舎に寄って、もう1台の車を拾う必然性は全くありません。

なぜ不合理にももう1台の車を拾うというストーリーにせざるを得なかったのでしょうか。それは、片品村に向かったのは2台であり、真実は「遠藤宅前から、最初から2台だった」ということだと思われます。

それを裏付ける重要な証拠が、警察官による行動確認捜査日誌です。当時警察は、関根死刑囚に第一の川崎氏殺害の疑いをかけ、万吉にあった犬舎を監視していました。事件当日、2人の捜査官による視認が行われていたのは、午後2時47分から午後11時20分まで。

山崎氏の供述では、遠藤氏宅から、午後11時15分頃、カリーナバンで犬舎に戻り、クレフに分乗したとなっています。捜査官は、犯行現場から戻ってきたカリーナバンを見ることはありませんでした。もしそれがわずかな時間の差で、捜査官が引き揚げた後だったとしても、更に重要なことは、捜査官はその日、犬舎の駐車場にクレフがあったという事実を一度も確認していないことです。もし山崎氏供述が正しければ、昼頃からずっと駐車場にクレフがあったはずにもかかわらず。

風間死刑囚の供述では、当日の昼間、クレフは犬舎の駐車場ではなく、ペットショップの駐車場に停めていました。そして夜に一旦クレフで自宅に戻った後、遠藤氏宅に向かったとしています。それであれば、捜査官が犬舎の駐車場でクレフを見ていないとしても何ら不思議はありません。

この事実を争う重要部分について、判決では以下のようになっています。

「当日の万吉犬舎に対する監視は、概ね万吉犬舎から離れた定点から被告人らに気付かれないようにしつつ行われていたのであって、犬舎周辺の空き地等も含め隈無く監視しそこに生起ないし存在した事象の全てを把握しかつこれを右日誌に記載していたとはいい難い」

つまりクレフが視認されていないのは、捜査官の見落としだとしているのです。

行動確認捜査日誌には、人物の出入りの記載に伴って、服の縞模様やヒゲ、メガネなどの細かなことまで書き込まれています。それでいて、クレフを見落としていたというのはあまりにも不自然です。

事件当時、約120メートルの距離にある監視地点から、犬舎駐車場までは田畑ばかりで、見晴しはよかったとされています。風間死刑囚による再審請求に際し、新証拠として提出されたのは、航空写真や動画によって、犬舎駐車場周辺がどれだけ見通しのよい場所にあったかということを実証するDVDでした。

それでも結論ありきで、捜査官の見落としという主張を裁判所は固持するのでしょうか。今後の展開に注目したいと思います。

参考文献
『冤罪File』第20号「冤罪疑惑が黙殺され続けた「埼玉愛犬家連続殺人事件」共犯者が被告人の無罪を証言!」 片岡健

『冤罪File』第21号「埼玉愛犬家連続殺人事件 女性死刑囚の子供たちが、知られざる事件の内幕を明かす!「それでも母はやっていない」」 片岡健

『女性死刑囚』 深笛義也

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2015/12/03 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『別離』 (2011) アスガル・ファルハーディー監督

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『私の中のあなた』 (2009) ニック・カサヴェテス監督

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『きみに読む物語』 (2004) ニック・カサヴェテス監督

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半落ち

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2015/12/01 Tue. 11:15 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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