「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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フィルム・レビュー 『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』 『クー嶺街少年殺人事件』 『ミラーズ・クロッシング』 『オー・ブラザー!』 

フィルム・レビュー 『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』 『クー嶺街少年殺人事件』 『ミラーズ・クロッシング』 『オー・ブラザー!』

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2016/03/27 Sun. 06:55 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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冤罪ファイル その15 「豊川市男児連れ去り殺害事件」 

冤罪ファイル その15 「豊川市男児連れ去り殺害事件」

2002年に愛知県豊川市で起こったこの事件は、深夜、ゲームセンターで父親が遊んでいる間に、駐車場の車中から当時1歳10カ月の男児が何者かに連れ去られ、その4時間後に4キロ離れた海岸から遺体で発見されたものです。

事件発生直後、現場の駐車場に止めた車の車内で寝ていた男性、田辺雅樹さん(旧姓河瀬)が犯人とされ、後日逮捕。田辺さんは、一旦は自白したものの、以後一転して無罪を主張。一審は無罪、控訴審で逆転有罪となった事件です。

世の中には虚言癖という人がいます。但し、嘘をつくといっても、必ずしも虚栄心から自分をよく見せようとする人ばかりではありません。

心理学のサイトを見てみると次のような記述がありました。

「子供のころ、周囲に受け入れられず、人格や存在を否定することばかりを受けていたり、そのために孤立したり、いじめを受けていたりという成育歴を持っていると、おのずと、孤立を回避するために周囲に迎合するという処世術が身に付いてきます。根源に、人に拒絶されることへの恐れがあります。まだ社会性の乏しい、純粋だった子供時代に、基本的な自分の気質を受け入れることができなかったのです。根底にあるのは、疎外や孤立への怖れです。その原因は、自分の性格と処世術の悪さにあると、ずっと思ってきたのです。ですから、人間関係で失敗はできない、自分が嫌いな人からも好かれたいと、無意識に脅迫的に考えているところがあります。」

その「周囲に迎合する」ということが、その場限りの嘘をつくことにつながります。この事件で犯人とされている田辺さんは、そのような人物に思えます。彼の言っていることは、警察、検察の取調べや公判のみならず、弁護士や勾留時の同房の者に対しても二転三転しています。

私が裁判員であれば、まず彼の言っていることは除外して、客観的な事実は何を物語っているかを考えます。つまり、警察、検察の取調べで自白していても、あるいは公判でそれを翻して無実を主張しても(それは冤罪の典型的パターンなのですが)、それらのいずれにも引きずられるのではなく、何が客観的な証拠から推認できるかを考えたいと思うはずです。

この事件は、一審無罪でありながら、控訴審で逆転有罪(懲役17年)というものですが、それらの判決文を精査すると、その事実認定には驚かされます。

我々は法律の専門家ではありませんが、裁判員になることがあります。なぜ我々がその責任を果たせるかといえば、刑事裁判において重要なのは、専門的な法律的知識ではなく、一般常識に依拠した事実認定が重要だからです。

是非皆さんも、この事件を裁判員になったつもりで検討してみて下さい。

<事件経緯>
ここでは、控訴審裁判体が有罪判決において認定した事件の経緯を記します。

「被告人は、2002年7月27日午後9時前頃、軽自動車(あずき色のスズキ・ワゴンR)を運転して、WAVE豊川白鳥店の駐車場に向かった。

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スズキ・ワゴンR

それ以前より妻や義母と折り合いが悪く、自宅で寝泊まりすることを拒絶されるようになり、その日もいつものように夜を車中で過ごすためであった。建物から離れた場所には既に車両が駐車してあったことから、建物西側に沿った、北側から4、5台目の位置に駐車した。

ここをクリック→ Googleマップ WAVE豊川白鳥店

エンジンを切って、運転席側の窓を10センチメートルくらい下げて開け、運転シートを倒して横になった。その日、子供に宿題の答えを教えたことで妻から文句を言われたことが頭から離れず、なかなか眠れなかったが、しばらくすると眠っていた。

その後、突然「バリバリ」という大きなエンジンの音が聞こえてきたので目を覚まし、少し上体を起こしてみたところ、2人乗りの原付が3台走っていくのが見えた。時間は午前1時過ぎだった。原付を見た視線の先に、大きなワゴン車(白のシボレー・アストロ)があり、その右前の窓が全開になっていた。そして、その車内から、「うわーん、うわーん」と、甲高い赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

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シボレー・アストロ

(駐車場の状況及び2台の車の位置関係は非常に重要です。上のGoogleマップの写真で、WAVEと同じ駐車場敷地内に、北にコンビニエンス・ストア(ミニストップ、2016年7月現在は「かつさと」)、隣接した南に夜間はクローズする店舗(ユニクロ、2016年7月現在は「ビッグエムワン」)があります。連れ去られた男児が乗っていた白のアストラはWAVE建物から2列目、ミニストップから2台目の場所に止まっていました。あずき色のワゴンRが止まっていたとされるのは、その斜め向かい、建物に沿った北から4ないし5番目の位置でした。)

被告人は、再び眠ろうと思い、運転シートに横になったが、赤ん坊はいつまでたっても静かにならず、眠ることができなかった。赤ん坊の泣き声は、だんだん大きくなって、最後には力の限り泣き叫ぶというような泣き方になった。30分くらい、赤ん坊の泣き声を聞いていたが、腹が立ち、赤ん坊をどこかに連れて行って、置いてこようと考えた。

車から外に出て、被告人が車両に近づくと、赤ん坊は助手席側窓に寄ってきて、窓の下枠に両手をついて、上半身を窓の外に乗り出してきた。赤ん坊は泣き疲れているようだった。

車内や周囲に人が見当たらなかったことから、被告人は、赤ん坊を抱いて車に戻り、助手席に座らせると、すぐにエンジンをかけて車を発進させた。そのときの状況で、コンビニの横に3人くらいの若い男が立っていたことを覚えている。

被告人は、駐車場の東側出口を出て右折した。最初の信号が赤だったので止まり(注:この信号は深夜0時以降、赤の点滅になることが弁護団の調査で判明しています。上告の際に、自白と矛盾する証拠として提出しましたが、最高裁で判決が覆ることはありませんでした)、赤ん坊の方を見ると、赤ん坊は眠りかけている様子だった。被告人は、赤ん坊が目を覚ましたときに動き回らないようにするため、助手席のシートベルトをかけた。この時、赤ん坊をどこに置いてくるかを考え、三河臨海緑地へ行くことにした。

被告人は信号が青に変わると、交差点を右折して直進し、豊橋バイパスの交差点を左折して、国道247号線を走行し、三河臨海緑地に向かう交差点を右折しようとしたところ、赤ん坊が目を覚まして泣き出した。

ここをクリック→ WAVE豊川白鳥店から三河臨海緑地へのルート

被告人が、交差点を右折してすぐの所にある三河臨海緑地の駐車場に入ると、駐車場には数台のトラックや普通乗用自動車が止まっており、奥の方にも車が止まっていた。そのため、赤ん坊を駐車場に置いておくことができなかった。被告人は、人気のない場所へ行こうと考え三河臨海緑地を出たが、その時、とっさに、赤ん坊を海に投げ捨ててしまおうと考え、岸壁に向かった。

岸壁に沿った道路に車を止め、ライトを消し、エンジンも止めた。赤ん坊は眠った様子で、静かになっていた。被告人は車から降り、助手席ドアを開け、赤ん坊を車の外に出した。

被告人は、海の方に正面を向いて、赤ん坊を持ち上げ、ガードレールを越えさせて、岸壁とガードレールの間に立たせた。赤ん坊は、完全に目が覚めていない様子だったが、自分の足で立っていた。そして、被告人もガードレールを越え、赤ん坊の頭が被告人の顔の前辺りにくるくらいまで身体を抱き上げ、一気に海の方に向かって投げた。赤ん坊は、頭から海面に落ちていき、白い水しぶきが上がったのが見えた。赤ん坊の身体は、一旦海面の下に沈んだが、すぐに頭が浮かんできたのが見えた。

その後、被告人は、赤ん坊を連れ去ったことが警察に発覚しているか気になったことから、WAVE豊川白鳥店の様子を見に行くことにした。駐車場に入ると、パトカーが3台くらい止まっているのが見えたため、赤ん坊がいなくなったことが警察に知られているのだと思い、車を駐車場に止めた。被告人は、シートを倒して横になり、「どうしよう、捕まったら死刑になる」などと考えていたが、30分から1時間くらいしてから、この場所にいることはできないと思って移動した。

<裁判経緯>
2002年7月28日 事件発生
2003年4月13日 この日も事件現場と同じ駐車場で寝ていた田辺雅樹を任意同行。取調べで犯行を自白したため、4月15日逮捕
2006年1月24日 一審名古屋地方裁判所は無罪判決(伊藤新一郎裁判長、伊藤裁判官は福井女子中学生殺人事件で再審開始を決定)

田辺雅樹

無罪判決後の田辺さん

2007年7月6日  控訴審名古屋高等裁判所は逆転有罪判決、懲役17年(前原捷一郎裁判長、主任坪井祐子裁判官、坪井裁判官は日野町事件一審で無期懲役を判決)

前原捷一郎

前原捷一郎裁判官

2008年9月30日 最高裁上告棄却
現在、大分刑務所に服役中

<争点>
この事件では、客観的事実を示す物証は皆無です。それゆえ事件から田辺さんの逮捕まで9ヶ月もあり、迷宮入りを危ぶまれた事件でした。それでは、なぜ警察が田辺さんを怪しいと思ったかから解き明かしていきたいと思います。

容疑者は田辺さん一人ではありませんでした。事件発生当時、駐車場は深夜営業のゲームセンターやコンビニエンス・ストアの敷地内とあって、相当数の車が駐車し、深夜にもかかわらず人の出入りもありました。

警察は男児が連れ去られたと通報があった後、現場駐車場で駐車している車のナンバーチェックをしています。しかし、その時点で田辺さんが車を止めていたのは、WAVE建物西側沿いではなく、ユニクロの前でした。これは後に非常に重要な意味を持ちます。

ユニクロ

警察は、事件発生後、ナンバーチェックに該当した車の所有者に事情聴取をしています。田辺さんが事情を聞かれたのは事件から1週間後でした。何をしていたかと聞かれた彼は、「友人とコンサートに行く予定で、待ち合わせをしていました」と答えます。彼は、その友人の勤務先と名前、コンサートの内容を告げましたが、警察の捜査で、勤務先には友人とされた人物はおらず、コンサートも存在しないものだということが分かりました。その嘘により警察は田辺さんをマークすることになります。

そして事件から2ヶ月後、田辺さんは乗っていたワゴンRを売却します(以前からのオイル漏れの修理費がかさむことを知らされたため)。それが証拠隠滅とみなされ、彼に対する嫌疑は一層強まりました。警察は、その車を押収し、徹底した鑑識を行い、車内から4人分の指紋、毛髪32本、繊維のかけらが検出されましたが、男児と結び付くものはありませんでした。

事件発生から9ヶ月が経過し、捜査が行き詰まり焦る警察は、田辺さんを任意同行し、「カマをかける」取調べをしました。事件現場と同じ駐車場に寝ている田辺さんを午前4時過ぎに警察署に連行し、その日の取調べは夜の9時まで約17時間も続きました。その後、2人の捜査員は田辺さんを近くのビジネスホテルに連れて行き、一緒に宿泊しています。翌日、午前8時から始まった取調べは、深夜まで続き、田辺さんは自白します。2日間で取調べは計32時間に及びました。

有罪判決における事件経緯の事実認定で、いくつかの疑問を感じた方もいらっしゃると思います。私が疑問に思った点を挙げます。

① これから車中で夜を過ごそうとする者が、人の往来が頻繁なコンビニエンス・ストアやゲームセンターの前に駐車するだろうか。(公判で否認後に主張しているように)夜間に閉店する店舗(ユニクロ)周辺に止める方がより自然な行動ではないだろうか。

② 狭い空間(例えば飛行機内や列車内)で赤ん坊の泣き声にいらつくことはあっても、そもそも車外にもれる赤ん坊の泣き声は、ほかの車内にいる者がいらいらするだけの音量なのだろうか。そして、いくら赤ん坊の泣き声がうるさくても、窓を閉めたり移動したりすればいいだけのこと。赤ん坊の泣き声にいらついて、赤ん坊を連れ去ったり、殺害したりするというのは余りに短絡的かつ非常識ではないだろうか。

③ 赤ん坊を連れ去ったからには、車内に何らかの痕跡が残り、DNA型鑑定でその存在は証明されるはずなのではないか。

④ もし駐車場から赤ん坊を連れ去ったとして、そしてもしその現場に戻ったとしても、パトカーがいるのを見たら、駐車場に入ったりその場に留まったりすることはあり得るだろうか。その場で踵を返すのが不審に思われると感じたなら、敷地内のコンビニエンス・ストアに寄るなどして直ちに立ち去るのが自然な行動ではないか。

私と同じ疑問を感じたからこそ、一審は、客観的事実を裏付ける物証の全くないこの事件で無罪を判じたものです。

これを逆転有罪とした控訴審判決では、これらの疑問に対してどのように述べているでしょうか(控訴審判決文より)。

① (相当広い駐車場にもかかわらず)「建物から離れた場所には既に車両が駐車してあったため」

② 「(被告人は)普段から抑圧されているので、代償として弱い者に対して攻撃的になりやすいこと、一旦、パニックになると適切な行動がとれないことがあること、近年は妻や義母との関係がうまくいっておらず、わずかな小遣い以外は全部の収入を取り上げられる一方、自宅で寝泊まりすることを拒絶されて、車中で夜間を過ごすといった不自然な生活を強いられて不満が高まっていたこと、当日は、妻から一方的に怒鳴られてイライラしていたこと、そこに被害児の泣き声が重なって激高したこと、カッとなって被害児を連れ去ってみたものの、泣き出されてパニックになってしまったこと、そこで海中に投棄することが頭に浮かび、実行してしまったこと、などが述べられており、これらの付加的な情報も併せて動機を考えれば、一応、筋の通った説明になっている。」

③ 「ワゴンRに対する実況見分及び鑑識活動では、指紋検出や車内の微物採取のほか、尿や血液反応の有無が調べられたというのであるが、被告人の自白では、被害児が本件ワゴンRに乗車していた時間はせいぜい20分間程度で、この間、被害児は少しはぐずったり泣いたりしたとはいいながらも、おおむねはうつらうつらとしていたというのであるから、この様態では、被害児の尿や血液、毛髪などが本件ワゴンRに遺留される可能性は小さかったといわざるを得ない。また、指紋については、時間の経過とともに、その成分である水分や脂質が薄れていくものであるし、被告人が、本件ワゴンRを日常的に使用していたことを考えれば、そのことで指紋、毛髪などの資料が失われていくことは十分に考えられる。そうすると事件の発生から2か月余を経て実施された鑑識活動で被害児に結びつく資料が発見される可能性はもともと極めて小さく、まさに九牛の一毛を探し出すような作業であったと考えられる。」

④ 「重大事件を起こした犯人であれば犯行現場の様子や捜査機関の動きを知りたいと考えるのが当然であるし、事後の行動とも矛盾はなく、自然な理由付けになっている。」「警察の動きを確認するために現場に戻ってきた犯人が、パトカーを見てすぐにその場から引き揚げたのでは、かえって捜査機関の注意を引くことになってしまうのであり、駐車場の車内で寝たふりをしながらほとぼりがさめるのを待ち、しかる後に立ち去るというのは誠に合理的な行為で、疑問を差し挟む余地はない。」

あなたが裁判員だとした場合、これらの裁判官の主張は納得のいくものでしょうか。

一審無罪判決文の中で、私が感じ入ったのは、裁判官が実際に犯行時間に相当する深夜に現場検証を行ったことを伺わせる次の文でした。

「裁判所の検証結果によれば、被告人が被害児を投げ込んだとされる北側岸壁沖の海上は夜間には大変暗い状態にあることが認められ、海中に投げ込まれた被害児の頭部が岸壁から視認し得たというのには疑問がある。」

これに対しても、控訴審の判決は次のように述べます。

「公知の事実として、人がしばらく暗い場所にいると視覚の暗順応が生じ、わずかな光源でもある程度の視認は可能になることが認められるところ、夜間に北側岸壁が暗い場所であったとしても、月光などの光源があれば被害児の頭が浮かぶ様子が見えることは十分に考えられる。また、実際に被害児の頭を見ることはなかったとしても、罪もない幼児を殺害した直後の異常な精神状態の下では、波の上に被害児の頭が現れた光景が目に浮かんだとしてもおかしくはなく、少なくとも被告人の目にはそのように映り、被告人がそれを「見た」と供述したということもあり得る事態である。そうすると、この点の供述が不合理、不自然であると決めつけることはできない。」

真っ暗闇の中で物が見えたことは、幻想であっても不自然ではないと片付けています。結論ありきのこじつけのように聞こえます。

また、田辺さんの供述には重大な変遷がありました。それは男児を海に放り投げる動作に関するものです。

4月14日逮捕前の警察取調べ 「岸壁に立たせた男児の背中をどんと押して海に突き落とした」
4月15日検察取調べ 「バスケットボールを投げるようにして投げた」
4月30日検察取調べ 「男児の頭が自分の顔の前辺りまでくる程度に持ち上げてから投げた」

海岸1

なぜ、このような変遷が生じたかと言えば、犯行時間は丁度干潮であったため、海に突き落としただけでは、海面上に現れた岩場によって、遺体に損傷が生じるからです。そのような傷は遺体にはありませんでした。

一審判決はこの供述変遷を重視し、次のように判じています。

「その客観的事実に矛盾が生じないよう、捜査官が被告人の供述を誘導したという弁護人の指摘を直ちに排斥することはできない。」

しかし控訴審では、検察の「捜査官が、被告人に対し犯行様態を詳細に尋ねていった結果、被告人の供述が詳細になっていった」という主張をそのまま採用しました。

このように、一般常識に図ると非合理的であると思われる事柄を、控訴審判決では、可能性の論理で処理しています。それは有罪を導き出さんがためとも感じられるものです。

海岸2

あまりに脆弱な動機に、控訴審判決では更に、以下のように自白でも語られていないことを想像で補っています。

「被告人の目には、被害児の父が我が子をも顧みずにゲームセンターに入り浸るようないい加減な親にみえたであろうし、自らの生活(妻と不仲で軽自動車で寝泊まりしている)に引き比べて高級そうな外車を乗り回している被害児の父にやっかみを感じたことも十分にあり得るところ」「そうすると、そういった被告人の被害児の父への反感が、本件各犯行の動機の一端となっている可能性が相当にあると思われる。」

このように全く自白と異なることを挙げ、控訴審判決は、自白を「真の感情を吐露していない」と評価し、更に言い訳するかのように次の通り付け加えます。

「本件が全くの理不尽な行きずりの犯行で、犯人の動機が唖然とするような類のものであったとしても、それはこの事件の性質からみるとあり得ないことともいえない。」

<論評>
刑事訴訟上の法原理では、被告人を自白のみで有罪とすることはできません。これを「補強法則」と呼び、憲法で規定されています。

憲法第38条第3項
「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」

この事件でも、田辺さんの自白が最大の有罪の積極証拠でありながら、それだけでは有罪とできないため、控訴審の裁判体はほかの証拠を挙げています。それは何でしょうか。

それは判決の「結論」に如実に書き記されています。引用します。

「犯行当日に行われたナンバーチェックの結果によれば、平成14年7月27日午後10時30分ころには本件駐車場の西側部分に被告人が自家用車及び夜間のねぐらとして使用していた本件ワゴンRが駐車しており、翌日午前零時ころまではその場に停められていたにもかかわらず、午前3時10分ころには同じ駐車場の北側部分に駐車位置が変わっていたことが認められる。」

控訴審では、検察側の新証拠として、白のアストロの斜め向かいに、事件当時「あずき色のワゴンRが止まっていた」という2人の証言が採用されました。しかし、当該車に田辺さんが乗っていたことも、あるいは田辺さんの車のナンバーまで記憶していたわけではありません。目撃証言は、ただ単に「あずき色のワゴンRが止まっていた」というだけです。弁護団の調査では、豊橋ナンバーの同車は910台もあります。

有罪判決を煎じつめると、この駐車場内で、事件をまたぐ時間帯で、「あずき色のワゴンR」が駐車位置を移動したことが、男児殺害の自白以外のほぼ唯一の証拠となっています。この「あずき色のワゴンR」は田辺さん所有のものに間違いはなく、彼がその夜は当初からユニクロ前に車を止めていたということは嘘であり、嘘をつく理由は殺害を実行したからに違いないとする論法です。

冒頭述べたように、私は田辺さんの言葉を額面通り受け取れません。悲しいかな、彼は周りに同調し、その場を取り繕う傾向があるように感じるからです。そして弁護団が、「あずき色のワゴンR」は田辺さんのものではないと強弁しても、もしかするとそれは田辺さんの車であった可能性もあると考えています。

そうすると、田辺さんは嘘をついていることになりますが、嘘をついた理由は、控訴審裁判体が認定したような、彼が殺人を犯したからという荒唐無稽のものではないと考えます。彼がもし車を移動したとすれば、その理由は「それは赤ん坊がうるさかったから」だと考えます。それではなぜ、彼はそのように言わなかったか。それは、事件に巻き込まれるのが怖かったからです。事件直後の警察のナンバーチェックでは、ユニクロ前に車を止めていたことが確認されています。白のアストロの斜め向かいに止めていながら、それを移動したことを怪しまれないよう、「愚かにも」嘘をついた可能性があると考えます。

私は、もし彼が車を移動していたとしても、そうした理由で嘘をついた方が控訴審裁判体の認定よりもはるかに蓋然性の高い可能性だと考えます。

捜査段階での自白が必ずしも正しくないと感じるのは、それが合理性に欠けるというだけではありません。そこに犯人しか知り得ようがない「秘密の暴露」がないからです。「秘密の暴露」がない自白は、証明力を著しく低く評価する必要があります。裁判官であれば、そのことを知らないはずがなく、「秘密の暴露」がない自白を重要視した判決には、意図的なバイアスを感じます。

控訴審判決「結論」は、次のように結ばれます。

「被告人の犯人性についての消極的な情況事実としては、動機の自白が全面的に信用できず、明らかといえない点を挙げ得るものの決定的な要素とはいえず、その他には被告人が犯人でないことを指し示す事情は見当たらないといってよい。

これらを総合すると、被告人が本件各犯行の犯人でる旨の捜査段階の自白は、その根幹部分において十分な信用性が認められるのみならず、かつ、この自白の真実性を担保するとともに、それ自体被告人の犯人性を指し示す補強証拠(注:駐車位置の虚偽の供述)もあり、他方、被告人が犯人であるとの認定に合理的な疑いを差し挟むべき事情はないのであって、被告人が各公訴事実の犯人であることの証明は十分である。」

「被告人が犯人でないことを指し示す事情は見当たらない」とするのは、無罪立証責任を被告人・弁護人に押しつけるもので、推定無罪原則を唾棄した職業裁判官とは思えないレベルの判決です。

高圧的な取調べを行った警察・検察も迷宮入りを避けたかったのでしょうが、それは冤罪を生んでもよいということでないことは言うまでもありません。

自白偏重の捜査、裁判を続ける限り、このような冤罪は生み出され続けると思われます。もし皆さんが有罪の根拠が自白に基づく事件に遭遇した場合、そのことを思い出して下さい。

参考資料:
雑誌『冤罪File』No.16 2012年7月号 「<逆転有罪判決のウラにはあの女性裁判官の存在が...>愛知県豊川市の幼児誘拐殺害事件」一原知之

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2016/03/21 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『10 クローバーフィールド・レーン』 『クローバーフィールド/HAKAISHA』 『赫い髪の女』 

フィルム・レビュー 『10 クローバーフィールド・レーン』 『クローバーフィールド/HAKAISHA』 『赫い髪の女』

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2016/03/20 Sun. 00:19 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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無罪を勝ち得るために~冤罪と戦う方法 その15 「被疑者ノートの重要性」 

無罪を勝ち得るために~冤罪と戦う方法 その15 「被疑者ノートの重要性」

取調べが「事情聴取」でないことは以前述べたところです。

ここをクリック→ 無罪を勝ち得るために~冤罪と戦う方法 その7 「取調べに際して注意すべきこと」

捜査官が取調べをする目的はただ一つ。それは「起訴となった場合、公判で被告人を有罪に追い込むための証拠となる供述調書を作ること」です。

即ち、調書には被疑者に有利なことは書かれていないと考えるべきです。こちらがいくら自分に有利な事実を述べてもそれは調書に落とされることはなく、彼らが書きたいことだけが調書に書かれます。逐語的ではなく、恣意的に調書を作ることができるということが、捜査権力の最大の武器です。なぜなら、日本の刑事裁判では、調書(特に検察官の作成する検面調書)が最重要証拠とされるからです。

それでは、調書に盛り込まれなかったこちらに有利な事実はどうするべきでしょうか。それを自ら証拠化するのが「被疑者ノート」です。

日弁連「被疑者ノート活用マニュアル」(注)には違法・不当な取調べを抑止して、任意性を争うための資料として活用できるとしていますが、もっと積極的に被疑者ノートを活用すべきだと思います。

被疑者ノートと言っても、ノートである必要はありません。タイム・スタンプがあり、後に改竄できないという点で、メールの方がいいかもしれません(但し、在宅で任意の取調べに限りますが)。

私の場合、国税局査察部、検察特捜部、それぞれ100時間を越える取調べを経験しましたが、査察部の取調べに際しては担当税理士に、特捜部の取調べに際しては支持者の方々に、毎回の取調べが終わってからその日のうちに、「どんなことを聞かれたか」を中心に報告していました。

捜査官がぽろっとつぶやく言葉にヒントがある場合もあります。例えば、私は、競走馬の共同馬主でしたが、査察官が私に言ったことは「八田さんは、なぜ馬主としての賞金を税務申告してるんですかねえ」でした。私の税務申告とは「収入に関わる書類の一切合切を税理士に渡すこと」だったので、賞金を受け取った旨の書類を税理士に渡していました。捜査官に聞かれた時は「何を言ってるんだろう」としか思わなかったのですが、後から考えれば、それは脱税犯の行動論理に合致しないという査察官の疑問点だったものです。当然、それは調書にはなっていません。それ一つが決定的な証拠になるわけではありませんが、無罪を取るためには、そうした細かいことの積み重ねにより、1mmでも前に進むという努力がなければ到底成し得るものではありません。

調書主義に対抗する「被疑者ノート」の活用。是非、検討してみて下さい。

(注)
ここをクリック→ 日本弁護士連合会「被疑者ノート活用マニュアル」















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2016/03/14 Mon. 08:13 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『大地の抱擁』 『The Witch』 『Crushed』 『メトロマニア 世界で最も危険な街』 『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』 

フィルム・レビュー 『大地の抱擁』 『The Witch』 『Crushed』 『メトロマニア 世界で最も危険な街』 『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『大河の抱擁』 (2015) チロ・ゲーラ監督

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』 (1996) デニス・デューガン監督







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冤罪ファイル その14 「岩手17歳女性殺害事件」 

冤罪ファイル その14 「岩手17歳女性殺害事件」

このポスターを見たことがある人も多いのではないでしょうか。

公的懸賞金

岩手17歳女性殺害事件の容疑者として指名手配をされ、捜査特別報奨金(公的懸賞金)の対象にもなっている小原勝幸容疑者のポスターです。このポスターを見れば、ほとんどの人は、彼が犯人で間違いないという印象を持つと思います。

しかし、事件をつぶさに検証すると、この事件の犯人を小原容疑者とすることには強い疑念があります。しかも、彼は犯人どころか、犠牲になった被害者女性同様に被害者であり、もうこの世にはいない可能性すらあります。

一見、(犯人が誰かということを別にすれば)単純な殺人事件のようですが、その背景は非常に複雑です。そしてその複雑な背景を探ると、恐ろしい深淵を覗きこむように感じられます。

<事件経緯> 
2008年7月1日午後4時半頃、岩手県川井村の沢で17歳女性の他殺体が道路工事作業員に発見されました。その女性の名前は佐藤梢さん。遺体発見場所から約170キロ離れた宮城県登米市に住んでいました。

死亡推定時刻は、発見前日の6月30日頃から同日7月1日頃。死因は頚部圧迫による窒息もしくは外傷性脳障害とされました。

ここをクリック→ 「遺体検案書(写し)」

容疑者として浮かび上がったのが、小原勝幸でした。佐藤さんは、6月28日夜10時過ぎに知人男性といた時に、小原容疑者から電話で呼び出され、その知人男性に「友達の彼氏から恋愛相談のために呼び出されたから行ってくる」と言い残して別れました。午後11時頃に宮城県登米市内のコンビニで、一人で立ち読みする姿が防犯カメラに映っており、それが佐藤さんの姿が見かけられた最後でした。

佐藤さんと小原容疑者は友人でした。彼らの出会いまで時間を遡ると、実に不思議なことが分かります。事件から約1年半前の彼らが出会った2007年2月まで時間を巻き戻します。

2007年2月頃、小原容疑者と後輩の男性2人がゲームセンターで、2人の女性をナンパします。その女性の一人が、岩手17歳女性殺害事件の被害者となった佐藤梢さん。その時、佐藤梢さんと一緒にいて、この後小原容疑者と付き合うことになったもう一人の女性の名前も佐藤梢さんでした。2人は同姓同名だったのです。この同姓同名の高校同級生2人が小原容疑者と出会うことで、この後2人の運命は数奇な展開をすることになります。ここでは、小原容疑者の恋人になる佐藤さんを「梢A」、殺害されることになる佐藤さんを「梢B」と呼ぶことにします。

2007年5月1日、小原容疑者と佐藤梢Aさんは、恐喝事件に巻き込まれます。小原容疑者は知人男性Z氏(当時30代)の紹介で就職先をあっせんしてもらっていましたが、彼が数日で仕事場から逃亡していたことからその知人が腹を立てていると聞き、謝罪に行きました。Z氏の家には、小原容疑者と弟(三男)、そして佐藤梢Aさんが出向きましたが、佐藤梢Aさんは外の車で待っていました。

Z氏はメンツを潰されたことを理由に迷惑料120万円(10万円x12ヵ月)を要求します。Z氏は日本刀を小原容疑者に咥えさせ、さらに迷惑料が払えないなら指を詰めろと脅かしました。借用書の連帯保証人の欄に、弟の名前を書こうとしたところ、弟が拒否したため、小原容疑者が書いた名前は「佐藤梢」でした。

その後、小原容疑者はZ氏にお金を払うことなく逃げ回ることになります。しかし翌年、Z氏が「全国指名手配」という携帯サイトに小原容疑者の実名と顔写真を添付して「金を払わず逃げ回っているとんでもないやつです。見つけたら連絡下さい」と書き込みをしていたことから、逃げ切れないと観念した小原容疑者は、恐喝の届け出を佐藤梢Aさんと共に岩手県警久慈署に出します。2008年6月3日のことでした。

その後、事態は急展開を迎えます。6月28日昼過ぎ、小原容疑者は突然、恐喝の被害届を取り下げると言い出します。しばらく前から小原容疑者と別れたいと思っていた佐藤梢Aさんはこの日、実家に逃げ帰っていました。携帯電話の小原容疑者は緊迫した声で、「一緒に行かないと取り下げできないから」と食い下がりましたが、佐藤梢Aさんは自分を連れ戻す口実だろうと応じることはありませんでした。

その夜、小原容疑者は付き合っていた佐藤梢Aさんの代わりに、佐藤梢Bさんを呼び出しました。佐藤梢Bさんから実家にいた佐藤梢Aさんに電話があったほか、メールを6回交換しています。

佐藤梢Aさん
「あのとき、彼女(佐藤梢B)の横にはカッチ(小原容疑者)がいたんじゃないかな。まるで代わりに聞いているみたいな質問ばかりだったから」

最後のメールが届いたのは29日午前0時半頃でした。

佐藤梢Bさんの遺体が発見されたのは、その2日後のことでした。

<争点>
警察は、佐藤梢Bさんの殺害を小原容疑者の犯行とし、殺害現場を「小原容疑者の車の中」と断定しています。その物証は、「佐藤さんの毛髪と履き物が見つかったこと」。しかし、それは佐藤さんが車に乗った証拠にはなっても、そこで殺されたという根拠にはならないものです。しかも不思議なことに、車内から見つかったとされるのは、佐藤さんの遺族が娘のものではないという赤いパンプスでした。遺族は、あの日佐藤さんが履いて出かけたのはキティのサンダルだったと証言しています。そして車内のDNA型鑑定をしているという報道があったものの、その結果を警察は発表していません(即ち、失禁等の扼殺の痕跡は確認されていません)。

6月28日以降の小原容疑者の足取りを追ってみます。もし佐藤梢Bさんの死亡時間が、遺体検案書通り6月30日から7月1日にかけてであれば、小原容疑者には確実なアリバイがあります。

6月29日午前2時過ぎ
岩手県盛岡市内(佐藤梢Bさんが最後に目撃された宮城県登米市からは高速で約2時間)のガソリンスタンドの防犯カメラに、右手に白い布を巻いた小原容疑者の姿が映っていました。そして朝9時頃岩手県田野畑村(盛岡市から約100キロ)の弟(次男)の家に現れます。小原容疑者の様子は普段通りでしたが、右手に大けがをしていました。けがの原因を小原容疑者は「壁とけんかした」と言っていましたが、かなりひどい状態でした。

勝幸最後の写真

弟に付き添われてその日のうちに診察を受けます。完全に握力がない状態で、そのまま放置しておけば、一生手が動かないほどの機能障害が残るほどのけがだったため、大病院で再診察を受けるよう診察されました。

ここをクリック→ 小原容疑者の右手を診察した医師のインタビュー

右手の治療をした後、小原容疑者は弟の家に2泊します。6月29日と30日です。田野畑村から遺体が発見された川井村まで車で片道2時間近くかかります。弟の家にいる間、小原容疑者が4時間以上家を空けた事実はありません。

6月30日昼頃
小原容疑者は久慈署の担当の千葉警部補に恐喝の被害届の取り下げを申し出ていますが、断られています。その夜、小原容疑者の父も、千葉警部補に電話をして、取り下げを依願しますが、立件を狙っていた警察は取り合わず、被害届が取り下げられることはありませんでした。

7月1日の朝9時頃
小原容疑者は幼なじみの男性宅を訪問しました。訪れた時、小原容疑者に特に変わった様子はなかったと言います。小原容疑者は一旦、買い物のため5時過ぎに外出をします。そして7時半頃、小原容疑者が家に戻った時の様子の変貌ぶりに幼なじみの男性は驚いたといいます。彼が家に入るように言っても、小原容疑者は車の運転席に座ったまま取り乱して、「頑張っても頑張っても誰も認めてくれない」と言って泣いていたとされます。

小原容疑者が幼なじみ男性の家から外出する少し前の4時半頃、車で2時間離れた川井村の沢で、佐藤梢Bさんの遺体が発見されました。

ここをクリック→ 小原容疑者の幼なじみ男性インタビュー

7月1日夜9時頃
小原容疑者は田野畑村近くの県道で、自動車事故を起こしました。

自動車事故

その直後通りかかった男性が、小原容疑者を実家まで送って行きました。小原容疑者は酒に酔った様子で、「もう俺はおしまいだ。死ぬしかない」と言っていました。そしてその日、小原容疑者は実家に泊っています。

7月2日早朝
親戚宅を訪れます。車が故障したから送ってくれと依頼した小原容疑者を、親戚の方が下したのは、鵜の巣断崖へと続く一本道でした。鵜の巣断崖は、自殺の名所としても有名なところです。

ここをクリック→ 岩手県田野畑村ホームページ「鵜の巣断崖」

そこから小原容疑者は、前日に訪れた幼なじみ男性に自殺をほのめかすメールをします。彼がスクーターで駆けつけたところ、小原容疑者は誰かと携帯電話をしており、普段通り会話をしていた様子から自殺する雰囲気はないと見た幼なじみ男性は缶コーヒーを置いて去りました。そしてその幼なじみ男性は、小原容疑者の電話の相手は、会話の内容が前日話していた内容と同じであったため、前日の電話の相手だった恐喝事件担当の岩手県警久慈署千葉警部補だと思ったと言います。それが、小原容疑者が目撃された最後でした。

7月3日
小原容疑者の遺留品が鵜の巣断崖から見つかりましたが、見つけたのは警察ではなく、鵜の巣断崖の掃除に来ていた田野畑村の職員でした。前日、その場に小原容疑者がいたことは、やはり自殺をほのめかすメールを受けて心配した佐藤梢Aさんが警察に通報しています。それでありながら「(もし警察が隠していないのであれば)警察は現場に向かっていなかった」ということになります。不思議なことに残されていたサンダルは、彼が履いていた白いサンダルではなく、青地に赤い縞模様のサンダルでした。

このように小原容疑者には、もし佐藤梢Bさんの殺害が6月30日から7月1日であったとすれば、遺体発見現場の川井村から車で片道2時間離れた田野畑村に、弟あるいは幼なじみ男性と一緒にいたというアリバイがあります(その弟あるいは幼なじみ男性が共犯という可能性が残るはずですが、警察はあくまで小原容疑者の単独犯という筋立てです)。

アリバイのほかにも、小原容疑者の無実を裏付ける状況証拠があります。その最大のものは、彼には佐藤梢Bさんを殺害する動機が全くないことです。佐藤梢Bさんは、自分と別れようとしている彼女の友人です。彼女とよりを戻すための橋渡しになることはあっても、その佐藤梢Bさんを殺害するという理由は存在しようがありません。

また右手のけがは非常にシリアスなものであり、利き腕の右手の握力が全くない状態で扼殺したり、遺体を欄干越しに投下することを一人で行うのはほぼ不可能だと思われます。

警察は当初、死亡推定時刻を遺体検案書にある「6月30日から7月1日」としていましたが、29日に右手の診察が行われた事実を知った後、佐藤梢Bさんが失踪した28日以降と死亡推定時刻の範囲を拡大しています。その理由が、小原容疑者の右手のけがでは、彼の犯行が不可能であることを警察は十分理解していたためということは明らかです。

勿論、犯行時刻と死亡推定時刻の間に相当間隔があったと推定することは可能です。即ち、佐藤梢Bさんが首を絞められ、沢に落とされた時にはまだ息があり、その後1日以上時間が経ってから死亡したと仮定することで、小原容疑者のアリバイは崩れるということになります。しかし、その場合でも、小原容疑者に動機がないことには変わりなく、動機の不在は彼の無実を示す重要な意味を持っていると思います。

また犯行が行われたであろう6月30日以降、小原容疑者は、恐喝事件担当の久慈署千葉警部補と何度も電話で会話していました。殺人を犯した者が、警察と積極的に連絡を取り合うというのは、常識から考えてあり得ないことだと思われます。

小原容疑者が無実である有力な事実がいくつもあるのに対し、彼が殺害に及んだと示す証拠はほとんどないに等しいものです。小原容疑者家族のみならず、殺害された佐藤梢Bさんの家族も共に、警察には徹底した捜査を求めています。加害者(容疑者ですが)家族と被害者家族が共に警察に不信を抱いているというのは異常な事態だと言えます。

<論評>
政府広報オンラインに、指名手配、小原容疑者が指定されている警察庁指定重要指名手配被疑者及び捜査特別報奨金制度が分かりやすくまとめられています。

ここをクリック→ 政府広報オンライン「あなたの通報が検挙につながる 指名手配被疑者の捜査にご協力を」

これによれば、2014年12月時点で指名手配者は約700人に上り、そのうち「警察庁が、凶悪犯罪または広域犯罪の指名手配被疑者のうち、全国警察を挙げて捜査をする必要性の高い者」を「警察庁指定重要指名手配被疑者」としており、2014年12月時点では14人、そしてそのうち報奨金の支払い対象になっているのは3人です。小原容疑者はその3人のうちの1人です。

ここをクリック→ 警察庁指定重要指名手配被疑者

3人のほかの2人の罪状を見てみると、一人はストーカー行為の末、相手家族の3人を殺害した者(群馬一家3人殺害事件/小暮洋史容疑者)と、もう一人は、居候をさせてもらっていた知人男性の金を奪った上で殺害したとされる元暴力団関係者の男(三鷹市居酒屋副店長強盗殺人事件/上地恵栄容疑者)です。罪状も悪く、更に重要なことに、犯人性の確度が高い容疑者という共通点があります。

小原容疑者に報奨金が懸けられたのは、事件からわずか4ヵ月足らずでした。報奨金の対象となっているほかの2人は、小暮容疑者は事件発生から9年10カ月、上地容疑者が事件発生から2年経ってから報奨金が懸けられています。報奨金制度は市民からの情報提供を促すためにあるものですが、それは警察が独力で情報収集することを諦めたことを意味します。

公判で有罪にもなっていない者を「犯人です」と断定するほど警察を前のめりにしている理由はなんでしょうか。そして、警察が早々と捜査を諦め、小原容疑者をこのように大々的に犯人視していることを宣伝している理由はなんでしょうか。その背景を探ると、それが警察の失態の隠蔽工作であるとの疑いが浮上してきます。

遺体発見の翌朝5時頃という早朝に、岩手県警宮古署から身元照会の電話がかかってきました。

「お嬢さんは無事ですか?いますか?」

しかし、警察が電話をしたのは、殺害された佐藤梢Bさんではなく、佐藤梢Aさんの家でした。佐藤梢Aさんの連絡先は、恐喝事件の件で久慈署に届けてあります。つまり、警察は遺体発見後の早い段階から、殺人事件と恐喝事件の関連性を認識していたということです。但し、彼らは同姓同名の「佐藤梢」が2人いるということは理解していませんでした。

そして遺体の身元が判明するのはそれから12時間後の、7月2日の午後5時頃のことでした。

小原容疑者が鵜の巣断崖から姿を消してからの足取りは、彼が容疑者である以上、殺害事件の捜査の最重要事項だと思われます。しかし、警察は周辺道路の検問や地元住民への聞き込みといった捜査を一切していません。

鵜の巣断崖は人気も少なく、事件後は晴天の日が続いていたため、もし小原容疑者がサンダルを脱ぎ捨て、裸足でその場を去ったのであれば、警察犬での捜索は非常に効果が高かったと思われます。小原容疑者の父親が、事件直後、警察に警察犬での捜索を依頼した時の警察の返答は以下の通りでした。

「お父さん、警察犬は数十分単位でお金がかかりますよ。高いですけど、お父さん払えますか」

警察犬による捜査に、市民がお金を払わなければならないなどということはありえません。これも警察が、捜査に消極的どころか全くする気がなかったことの表れです。

これらのことから、次のようなことが推定されます。

「警察は、佐藤梢Bさん殺害の早い段階で、以前から届け出のあった恐喝事件との関連性を認識していた。しかし、その恐喝事件の着手がもう少し早ければ、佐藤梢Bさんは事件に巻き込まれなかった可能性がある。しかも、もう一人の関係者である小原勝幸まで行方不明になってしまった。もし一連の失態が表ざたになれば、警察に対する批判は避けられない。かくなる上は、行方不明の小原勝幸を容疑者として、犯人の汚名を着せれば、警察の責任は回避でき、事は丸く収まるだろうと警察は考えた。」

警察はやるべき捜査をせず、ただ税金を使って、小原容疑者が犯人だという刷り込みをするためのポスターをばらまいているだけです。そのポスターは、現在でも全国のいたるところに貼られています。

ここをクリック→ 佐藤梢Aさんインタビュー

冤罪は、無実の罪を罪のない人に着せるだけではなく、真犯人を逃がすことにもなります。しかし、この事件で真犯人を見つけるのは容易ではなさそうです(だからこそ、警察は小原勝幸を容疑者として手打ちにしたのでしょうが)。

小原容疑者が、幼なじみ男性の家から一時外出をして、帰宅後に非常に取り乱していたというのは何を意味するのでしょうか。彼は何らかの方法で佐藤梢Bさん殺害を知ったと考えるのが合理的です。その外出の時間は、遺体発見の時間とほぼ重なります。しかし、その時点ではまだ遺体発見の報道がなされていない以上、殺害の事実を小原容疑者に知らせることができるのは、ごく限られた人間になります。

それは佐藤梢Bさんを殺した犯人でしょうか。私は違うと考えます。犯人が佐藤梢Bさん殺害をもって、小原容疑者を脅かすのであれば、殺害直後にその事実を知らせればよいということになり、何も遺体発見を待つ必要はありません。とすれば、「佐藤梢」さん殺害を小原容疑者に知らせることができるのは、唯一、警察です。しかし、警察は殺害されたのは佐藤梢Aさんだと思い込んでいたと思われます。殺害現場の管轄警察署は宮古署です。恐喝事件の担当の久慈署への照会は電話であったと思われ、人相の照合まではしていなかったはずです。

殺害された佐藤梢Bさんと小原容疑者を結ぶ線は、(それこそ警察が隠したがっている)恐喝事件です。しかし、その線上にいる恐喝をしたZ氏が真犯人であるというのは、少し飛躍があるように感じます。あまりにも物証が少な過ぎ、その男性が真犯人であるという確信は持ちようがありません。

佐藤梢Bさんが単独で何らかの事件に巻き込まれ、その殺害が恐喝事件と関係があると警察は考えて小原容疑者に伝え、殺されたのは佐藤梢Aさんであり自分も次に狙われると小原容疑者が誤解したとする可能性は多分にあると考えます。

しかし、その場合、小原容疑者の身に何が起こったのか。本当に自殺してただ遺体が見つかっていないだけなのか、自殺は自分を狙う者への目をくらませるための偽装で現在も逃亡中なのか、あるいは失踪時にどこかに連れ去られて殺害されたのか。

警察の犯罪的なサボタージュにより、事件は今も闇の中です。警察には徹底した捜査を望みます。そして、小原容疑者の公開捜査という小原容疑者の家族に対する極めて深刻な人権侵害を即刻やめるべきです。佐藤梢さんのご冥福をお祈りします。

参考資料
ここをクリック→ 黒木昭雄ブログ「黒木昭雄のたった1人の捜査本部」(注)

ここをクリック→ 『週刊朝日』「少女殺人事件の陰に隠された真相」黒木昭雄 その1 (2009年7月3日号)

ここをクリック→ 『週刊朝日』「少女殺人事件の陰に隠された真相」黒木昭雄 その2 (2009年7月10日号)

ここをクリック→ 『週刊朝日』「少女殺人事件の陰に隠された真相」黒木昭雄 その3 (2009年7月24日号)

テレビ朝日『ザ・スクープ』「岩手少女殺害事件の真相」2010年5月16日放送

ここをクリック→ その1

ここをクリック→ その2 

ここをクリック→ その3

ここをクリック→ その4

ここをクリック→ その5 

(注)
この事件を追い続けたのが、元警察官のジャーナリスト黒木昭雄氏でした。彼は、小原容疑者の報奨金が100万円から300万円に上げられた日に以下のようなツイートをし、その2日後に千葉県の駐車した車中で死亡しているのが発見されました。警察の発表は自殺というものでした。

ここをクリック→ 黒木昭雄氏最後のツイート 

ここをクリック→ Wikipedia 「黒木昭雄」

ここをクリック→ テレビ朝日『ザ・スクープ』「黒木昭雄 自殺の真相」















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

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