「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (544) 「取調べ可視化の再々々・・考 ~何のための取調べ可視化なのか」 6/27/2016 

#検察なう (544) 「取調べ可視化の再々々・・考 ~何のための取調べ可視化なのか」 6/27/2016

取調べの可視化に関しては、これまで何度も書いてきているのですが、今一度ご一緒に考えて頂ければと思います。

まず、取調べ可視化の目的は何かと問われれば、多くの方が「適正な取調べを担保するため」と答えると思います。

「自白を取れば一丁上がり」という在り方そのものを変えない以上(自白の証拠力の減殺や客観証拠重視の取調べ手法に限定)、根本的な解決にはならないと感じますが、対症療法的に取調べの可視化にも一定の効果は期待できると考えられています。

それでは、「録画の際、カメラはどのように設置され何を映すべき?」という問いにはどのように答えるでしょうか。私も自問自答するまで、どのような画像が収録されるべきかを明確に意識することはありませんでした。

それを意識したのは、「#検察なう フェイスブック・コミュニティ」の管理人の一人にも参画して頂いている市川寛氏の「被疑者取調可視化の再考」と題するブログがきっかけでした。

ここをクリック→ 市川寛氏ブログ「被疑者取調可視化の再考」

「現在行われており、そして今後も行われるであろう取調の録音・録画では、取り調べる側と被疑者の両方が撮影されている。これは当然なのだろうか。」

「ひどい取調かどうかを後にチェックするために、被疑者の様子を記録する必要はないと思っている。なぜなら取調は取り調べる側の「質問」から始まるもので、その質問が違法・不当であれば、これに対して被疑者が何を言ったかを考慮する必要はない。」

取調べ可視化の本来の目的を考えれば、必ずしも被疑者の供述の様子を録音・録画する必要はないということは、それまで想像もしていなかったことであり、至極尤もだと思われます。

市川氏の意識の中には、今市市で起こった栃木小1女児殺害事件があったと想像します。その事件の裁判員裁判では、取調べの録画が証拠とされましたが、それは勝又被告が自白に転じたまさにその時の様子を録画したものではなく(最初の自白は別件逮捕の警察の取調べでなされたため録画されておらず)、しかも検察取調べの約80時間の録画のうち7時間が検察により編集されたものでした。

勝又被告の供述の様子を映し出した取調べの録画がなければ、判決は難しかったと裁判員自ら認めていることが判決後に報道されています。このように被疑者供述の様子の録画が実質証拠として使われることは、その録画の内容にかかわらず本来おかしいということが理解できます。

取調べの録音・録画を被告人の有罪立証の実質証拠として使うことは、本来の取調べ可視化の精神にもとるものであり、謙抑的であるべきだということです。我々が裁判員になった場合には、それは肝に銘ずる必要があると思います。

先般の刑事訴訟法一部改正では、法務・検察官僚の肉を切らせて骨を断つかのような戦略が功を奏しましたが(おこぼれ程度の取調べ可視化とバーターに、捜査権力は密告型司法取引と盗聴法拡大をゲット)、これでは肉どころか皮すら切っていないとも言えるものです。狡知にたけるという点では、さすが検察。他の法曹関係者、識者の一枚も二枚も上を行っていると感じさせます。

6/27/2016

















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2016/06/27 Mon. 08:08 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『裸足の季節』 『帰ってきたヒトラー』 『Born to Be Blue』 『デタッチメント 優しい無関心』 

フィルム・レビュー 『裸足の季節』 『帰ってきたヒトラー』 『Born to Be Blue (原題)』 『デタッチメント 優しい無関心』

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2016/06/26 Sun. 02:06 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (543) 「「査察の概要」に見る無謬性への拘泥」 6/20/2016 

#検察なう (543) 「「査察の概要」に見る無謬性への拘泥」 6/20/2016

先日、札幌のインターネット新聞『北洋新聞』の記事に、私のコメントが掲載されました。タイトルは「有罪率100%復活 国税査察が変質 小粒案件重視へ」。

記事はこちらです。
ここをクリック→ 『北洋新聞』 6.6.2016

元ネタになっている「査察の概要」とは、国税庁が毎年公表しているもので、前年度の国税局査察部の査察調査についての報告です。

今月公表された平成27年度「査察の概要」はこちらです。
ここをクリック→ 平成27年度「査察の概要」

注目すべきは、この「査察の概要」p.6の「査察事件の一審判決の状況」です。平成27年度には133件の査察事案(国税局査察部が脱税事件として告発し、地検特捜部が起訴、公判の判決が下されたもの)の判決は全て有罪になったことが高らかに謳われています。

国税局査察部は、昭和23年7月に発足しましたが、平成24年度の私の一審無罪判決(2013年3月1日)まで、実に65年間、査察事案で一度も無罪判決が下されることはありませんでした。

それが私の無罪判決以降、平成25年度、平成26年度と立て続けに無罪判決が下されたことがこの「査察の概要」から読み取ることができます。

しかし、平成25年度の「史上2番目の無罪判決」は、検察控訴により、今年2月に地裁差し戻しになっています(地裁レベルでの公判のやり直しを高裁が判断したということ)。

この異常なまでに高い有罪率(これは刑事事件一般に見られることですが、査察事案に関しては特に顕著)は、日本の捜査機関の優秀さを証明するものとして、彼らは誇示していますが、私は当事者として、彼らが自分たちの「無謬神話」に拘泥し続けることに大きな危機感を覚えます。

それは二つの点においてです。

彼らが訴追する基準としては、勿論「違法性」が重要な物差しになることは言うまでもありません。しかし、全てを犯罪行為として処罰することは必ずしも正しいとは言えません。もう一つの基準として「悪質性」が重要です。そして実際に検察は、「起訴便宜主義」の名の下に、公訴を提起するか否かに広い裁量権を持ち、犯罪行為が認められても、公訴しない「起訴猶予」処分を下すことが許されています。

それが先ほど述べたように、「悪質性」(被疑者の性格や年齢、犯罪の軽重や情状を考慮)が物差しである以上は、起訴便宜主義もメリットがあると考えられます(注1)。しかし、彼らが高い有罪率を維持することを彼らの金科玉条とする限り、「確実に有罪にできなければ公訴しない」という、いわゆる「逆冤罪」のような状況が生じえます。彼らの事情で、正義がねじ曲げられる状況は、公訴権濫用と言える深刻な問題です。

また、私の公判でも見られたことですが、一旦、公訴した上は、何が何でも有罪にすることが彼らの至上使命になります。彼らは立件を「テイクオフ」と呼んでいますが、それはまさに飛行機がテイクオフ(離陸)したら、何が起ころうと引き返すことは許されず、乗客の安全などクソ食らえで着陸地にただひたすら飛び続ける状況に似ています。

そして彼らが誤っていたと判断された(それが無罪判決です)としても、自分たちの非を認めることなく、あくまで裁判所の判断が間違っているという態度を取り続けます。「反省なきところに更生なし」とは彼らの決まり文句ですが、彼ら捜査権力が一番反省していないというのは皮肉なものです。

私の控訴審に関して、最高裁の判例があっても「それは裁判所の判断の尺度であって、我々検察の判断の尺度ではない」という暴論を吐いている私の国賠審の状況(注2)を見ても、彼らが「無謬性の神話」に拘泥する状況は非常に危険なものです。

彼ら捜査権力が、高い有罪率の維持などという誤ったインセンティブに基づき業務遂行を行っていることの是正は、彼らの意識を変える以外にはありません。そして、それは一朝一夕にできるものではありません。その前にまず、我々国民が正しい認識を持って、彼らを監視することが必要だと思われます。

(注1)
起訴便宜主義のメリット
被疑者が刑事手続きから早期に解放され、公訴的によって受ける可能性のあるダメージを受けずに済むことで社会復帰への障害を最小化するということが考えられます。また刑事司法の効率化、資本の有効利用といったメリットも大きいと思われます。
`
(注2)
ここをクリック→ #検察なう (534) 「私の国賠審は、国民全体の利益のためにあると考えています」

6/20/2016













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2016/06/20 Mon. 04:44 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『The Man Who New Infinity』 『Into the Forest』 『オーバー・ザ・ブルー・スカイ』 『トムボーイ』 『グレート・ビューティー/追憶のローマ』 『赤ちゃん泥棒』  

フィルム・レビュー 『The Man Who New Infinity』 『Into the Forest』 『オーバー・ザ・ブルー・スカイ』 『トムボーイ』 『グレート・ビューティー/追憶のローマ』 『赤ちゃん泥棒』

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『赤ちゃん泥棒』 (1987) ジョエル・コーエン監督






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2016/06/19 Sun. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (542) 「恵庭OL殺人事件で再審請求棄却が確定」 6/16/2016 

#検察なう (542) 「恵庭OL殺人事件で再審請求棄却が確定」 6/16/2016

昨日6月15日の報道で、まことに残念なことに、恵庭OL殺人事件の再審請求棄却が確定したことが伝えられました。

2012年10月に再審開始を請求して以来争われてきた再審請求審でしたが、2014年4月に地裁レベルで棄却。以降、高裁へ即時抗告(棄却)、最高裁へと特別抗告が行われ、この13日付で最高裁第1小法廷(山浦善樹裁判長)が棄却決定したものです。

ここをクリック→ 産経ニュース「北海道・恵庭OL殺人事件、元同僚の再審請求棄却が決定」

この事件は、科学的事実を裁判所が完全に無視した冤罪です。わずか10Lの灯油で、人の遺体の内臓まで炭化するほど燃焼できるとする裁判所の判断は、ほとんど、電線の下を通る時に有害だからと扇子をかざした明治の人レベルのものだと感じます。

また、冤罪被害者である大越美奈子さんにはアリバイがありましたが、そのアリバイをかろうじて成立しなくするために、関係者の供述は捜査権力により次々変遷させられています。

裁判所の「受刑者を犯人と示す複数の間接事実がこれだけ偶然に重なることは考えがたい」とする「複数の間接事実」とは、具体的に何を指すのかは記事からは不明ですが、私の検証する限り、大越さんの犯行でないとするならば矛盾する事実は一切なく、逆に彼女の犯行であるとするならば矛盾する事実は多々あります。そうした消極証拠には目を向けず、「結論=有罪ありき」で、大越さんの犯行であっても矛盾がない積極証拠のみを拾い上げて裁判所が判断したことは明らかです。

大越さんと弁護団には、これからも心を強くして、真実を明らかにする努力を続けてほしいと強く思います。

ここをクリック→ 冤罪ファイル その13 「恵庭OL殺人事件」

ここをクリック→ #検察なう (486) 「恵庭OL殺人事件再検証(1)~再審請求で原告側即時抗告を棄却」

ここをクリック→ #検察なう (487) 「恵庭OL殺人事件再検証(2)~燃焼実験」

ここをクリック→ #検察なう (488) 「恵庭OL殺人事件再検証(3)~燃焼実験 その2」

ここをクリック→ #検察なう (489) 「恵庭OL殺人事件再検証 (4) ~アリバイ」

ここをクリック→ #検察なう (490) 「恵庭OL殺人事件再検証 (5) ~プロファイリングにより真犯人像に迫る」

6/16/2016














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2016/06/16 Thu. 07:39 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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フィルム・レビュー 『The Nice Guys』 『The Stoning of Soraya M.』 『アイ・アム・アリ』 『狼/男たちの挽歌・最終章』 『バトル・ロワイアル』 『テネイシャスD 運命のピックをさがせ!」 

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nice guys

ここをクリック→ 『The Nice Guys』 (2016) シェーン・ブラック監督

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ここをクリック→ 『The Stoning of Soraya M.』 (2008) C. ナウラステ監督

i am ali

ここをクリック→ 『アイ・アム・アリ』 (2014) クレア・リューウィンズ監督

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ここをクリック→ 『狼/男たちの挽歌・最終章』 (1989) ジョン・ウー監督

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ここをクリック→ 『バトル・ロワイアル』 (2000) 深作欣二監督

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ここをクリック→ 『テネイシャスD 運命のピックをさがせ!』 (2006) リアム・リンチ監督








category: フィルム・レビュー

2016/06/12 Sun. 02:40 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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#検察なう (541) 「冤罪が確実に増える刑訴法改正をどう捉えるか Part2~前田恒彦氏による論説」 6/6/2016 

#検察なう (541) 「冤罪が確実に増える刑訴法改正をどう捉えるか Part2~前田恒彦氏による論説」 6/6/2016

前回のブログでは、今までフォローしてきた刑事司法制度改革について私なりに総括し、方向性を示させて頂きました。

ここをクリック→ #検察なう (540) 「冤罪が確実に増える刑訴法改正をどう捉えるか」

先週、この問題に関して語らせれば間違いなく適任者の一人であり、私も講演でご一緒させて頂いた(注1)前田恒彦氏の論説が掲載されました。彼が適任であることについては、それもそのはず、彼こそが全ての出発点の中心にいた人物であり、インサイダーの論理で語れるからです。

その中で、私が個人的に注目したい一文は、

「特に裁判所の意識が変わることが重要だ。」

そこに、不完全な(即ち訴追側に圧倒的有利な)刑事司法制度の下で、特捜部にとってみればあり得ないはずの私の無罪判決が生まれた鍵があるからです。(注2)

そして締めがいい。引用させて頂きます。

「刑事司法制度の「あるべき姿」とは何か―

証拠開示や取調べの可視化、司法取引など、あくまで方法論にしかすぎない。

制度改革にあたっては、各制度のメリットやデメリットを踏まえ、わが国におけるこれからの刑事司法制度の「あるべき姿」まで見据えた議論を行う必要がある。

結局のところ、その方向性を決めるのは、熱心に活動する一部の法曹関係者や学者、ジャーナリストではなく、読者を含めた国民一人ひとりにほかならない。

刑事司法制度は、地味だが国民の生活に重大な影響を与えるものだし、何よりも国民のためにあるものだから。」

全くもってその通りだと思います。皆さんも同じ気持ちを共有して頂ければ幸いです。

是非ともリンクの論説を熟読下さい。これまでも少なからずの識者の方々が指摘してきた点に関し、彼の経験に基づいて議論を深め、過不足なく丹念にまとめています。

ここをクリック→ 前田恒彦氏「中途半端な形で終わった刑事司法制度改革議論の発端となった張本人として思うこと」

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (460) 「愛知弁護士会主催「3・7取調べの可視化市民集会」講演全文」

(注2)
この点に関しては、何度もブログに書いてきました。その一つを是非お読み下さい。
ここをクリック→ #検察なう (279) 「時代が判決を導き、判決が実務を変える」

6/6/2016













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2016/06/06 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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フィルム・レビュー 『シング・ストリート 未来へのうた』 『ズートピア』 『ジャングル・ブック』 『顔のないヒトラーたち』 『めぐり逢わせのお弁当』 『最高の人生の見つけ方』 『プリンセス・ブライド・ストーリー』 

フィルム・レビュー 『シング・ストリート 未来へのうた』 『ズートピア』 『ジャングル・ブック』 『顔のないヒトラーたち』 『めぐり逢わせのお弁当』 『最高の人生の見つけ方』 『プリンセス・ブライド・ストーリー』

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『シング・ストリート 未来へのうた』 (2016) ジョン・カーニー監督

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『ズートピア』 (2016) リッチ・ムーア/バイロン・ハワード監督

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『ジャングル・ブック』 (2016) ジョン・ファヴロー監督

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『顔のないヒトラーたち』 (2014) ジュリオ・リッチャレッリ監督

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『めぐり逢わせのお弁当』 (2013) リテーシュ・バトラ監督

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『最高の人生の見つけ方』 (2007) ロブ・ライナー監督

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ここをクリック→ フィルム・レビュー 『プリンセス・ブライド・ストーリー』 (1987) ロブ・ライナー監督






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2016/06/05 Sun. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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