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「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (575) 「「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件」終結宣言。国賠審上告棄却」 12/31/2019 

#検察なう (575) 「「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件」終結宣言。国賠審上告棄却」 12/31/2019

2010年代も大詰めを迎えています。これまでご支援頂いた皆さんに、私の国賠審上告が棄却されたことをご報告します。

以下の三下り半が棄却決定書です。

ここをクリック→ 上告棄却決定書

決定があったのは今年の3月14日ですが、私が知ったのは数日前のことでした。代理人チームの一人であり、刑事裁判の一審から一緒に戦った小松正和弁護士に年末のご挨拶で「便りがないのはよい便り。来年もお願いします。」というメッセージを送りました。小松弁護士からの返信は「上告審ですが、本年3月14日に添付の決定が下され、終了しております。秘書よりお送りしたつもりでありましたが、お送りできていなかったようです。大変申し訳ございませんでした。」という「どひゃー!」というものでした。

特捜の取調べの前後や刑事裁判の最中は、文字通り毎日電話やメールでコミュニケイトしていた小松弁護士でしたが、「先生、電話くらいしてくださいよー」で始まる長電話を久々にしました。

国賠審の原告であり代理人チームの依頼主である私が、上告棄却という結果を知ったのが9ヵ月後というのは、まさに前例のないこの事件の大尾としてはふさわしいとも言える、これまた前例のないことではないでしょうか。これも、代理人として目的達成の可能性を高めるまでが関心事であり、次の一手がない上告棄却という結果にはさほど気にしていなかったという小松弁護士の合理性と、プロフェッショナルにアウトソーシングすればあとはマイクロマネジメントする必要はないという私の合理性の結合が生み出した結果と言えます。

「税理士に関連書類を渡せばそれで自分の確定申告は終わり」というメンタリティが、私の過少申告の最大の原因でしたが、それがまたもや実証されたのではないかと妙に納得しました。

2008年12月のマル査強制捜査から始まった「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件」。私がかつて在籍していたクレディ・スイス証券のみならず、外資系証券業界全体で数百人単位の過少申告が見つかりながらも、刑事告発されたのは私ただ一人という事件でした。

昭和23年(1948年)の国税査察部設置以来、彼らが告発し、検察特捜部が起訴した事案で、過去に無罪判決となった事例はただの一つもありませんでした。その歴史を塗り替える、日本史上初の無罪判決が私の一審の判決でした。2013年3月のことです。そして控訴審でも無罪判決。検察が上告を断念し、無罪が確定したのは2014年2月のことでした。

そして攻守を入れ替えて、私が国に賠償を求めたのが、国賠審(国家賠償請求訴訟)になります。

刑事裁判で弁護人を務めて頂いたツートップの喜田村洋一弁護士と小松弁護士に加え、元裁判官の森炎弁護士と元検察官の郷原信郎弁護士という最強の布陣を敷いて臨んだ国賠審でした。

代理人チームとの最初のミーティングでの思い出です。森弁護士が「国を負かせて、個人に勝たせようなんて裁判官はいませんよ」と言い、郷原弁護士が「賠償金なら、会社を訴えた方がはるかにハードルは低いですよ」と言った時のことです。「あれ、そうなの?」と思った私の返答を待たずして、小松弁護士が「それは八田さんのスタイルじゃないです。確かに賠償請求ですが、お金が欲しいわけではなく、とにかく捜査機関にお灸をすえたいと彼は思ってるんです」と間髪入れずに答えました。「おー、あぶねー。そうだった、そうだった。」と思ったものです(笑)。

そして始まった国賠審。「敗軍の将は兵を語らず」ですが、本当に善戦したと思います。何しろ、現職の検察官の証人尋問までこぎつけたわけですから。スタート時は可能性がほぼないと思われた国賠審でしたが、長引く審理の過程から、我々は勝訴を信じて判決に臨みました。しかし司法の壁は厚く、やはり森弁護士の最初の言葉通り、国を負かせて税金で個人に賠償しようなんて役人はいないということが実証されてしまいました。そして控訴審でも、上告でもそれが覆ることはありませんでした。

賠償金を得ることができたならば、その使い道として自分が考えていたのは憲法訴訟の軍資金でした。刑事司法改革にもし何か一つできることを選べるならば、迷わず検察官上訴の廃止を選びます。そもそも検察官上訴は、一事不再理を謳った憲法第三十九条に反しているもので、現在それがあたかも認められているように実務上扱われているのは、判例の拡大解釈によるものだと考えています。そして憲法訴訟を提起するには当事者適格のハードルがあるため、その憲法訴訟は、刑事裁判の控訴審でも無罪判決を得た自分の使命だと感じていました。

11年に亘る私と国家権力との戦いはこれで終結です。志半ばで終わることは誠に残念ですが、これも神が「ここまでよくやったな。もういいよ。」と言ってくれているのかもしれません(普段から、全く信心深い方ではありませんが)。

これまでのご支援本当に感謝しています。ここまでやってこれたのも、マラソンランナーが沿道の声援に力をもらうように、皆さんの応援があったからだと心から思っています。ありがとうございました。

12/31/2019











ここをクリック→ 「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件」 経緯説明 2017


ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1

ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

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category: 国家賠償請求訴訟

2019/12/31 Tue. 20:41 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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