「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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嘆願書 (3/146) 八田順子 

嘆願書 (3/146) 八田順子

犯罪の契機は、結局動機と人品に関わると思っています。その人品に関して、私の友人・知人に「あなたの知っている八田隆を文章にして下さい」と依頼しました。そして集まったのが146通の「嘆願書」です。検察特捜部に提出したものですが、それを実名公開します。

母の嘆願書です。

もし私に努力家で心優しい気質があるなら、それは父から受け継いだものです。もし私に豪胆で一本気な気質があるなら、それは母から受け継いだものです。

子供の頃、兄弟喧嘩する一つ下の弟と私を叱るのは母でした。余りの剣幕に、弟と二人で一目散に逃げて、喧嘩してたことなどすっかり忘れたものです。

実家で女子学生専用のアパートを貸していた頃、そのアパートに泥棒が入って大騒ぎになった時に、泥棒を撃退しようとほうきを手にして一番先に飛び出して行ったのは母でした。

私が大学時代、帰省中に家の車を借りて乗っていた時に、地元私立医科歯科大の学生のBMWにぶつけたことがありました。こちらが悪かったので、謝りに母と二人で行ったのですが、余りにその学生の態度が悪かったので、逆に喧嘩して帰って来たのは母でした。私は平謝りでした。

3年前に股関節疲労骨折でボルトを入れてから、歩くのが不自由になりましたが、それでも私が帰省する度に父とのゴルフに付いてきて、練習を全くしていないくせに父や私よりいいショットをします(ドライバーでもやっと100ヤード越える程度ですが)。

そんな母も随分と年老いてしまいました。とんがってた分、随分と丸くなりました。そういうもんなんでしょうね。

検察の取調べが始まる時、「日本では人質司法といって、自分が無実であっても、認めないと逮捕されるんや。わしはやってないもんはやったとは言えんから、拘置所に行くで。拘置所では行動が随分制限されとって、立ったり寝転んだりっちゅうのは自由にできんみたいや」と母に言ったところ、随分と厚手の座布団を縫ってくれました。私は、取調べにはいつ逮捕されてもいいように、その座布団を毎回持参していました。結局、その座布団が、逮捕除けのお守りになったのだと思っています。

母親の乱文の嘆願書をご容赦下さい。多分、生まれてこのかた書いた一番長い文章なのではないでしょうか。

<嘆願書>

八田隆の母、順子です。

隆が生まれた昭和三十八年は、北陸地方は豪雪に見舞われ、三日に一度の屋根の雪下ろしで、二階の窓から出入りしておりました。丁度知事選の時期に当たり、春の雪解け時には電柱の街灯の上にポスターが貼られていました。

小学校から高校まで金沢大学の附属校に通っておりましたが、勉強しなさいと言った記憶がありません。むしろ高校の運動会では、先生を含めクラス全員でユニフォームを揃え、その中でリーダーとして張り切っていたことを思い出します。その先生には今でも時々交流をもっていると聞いております。卒業式後には、クラス全員が我が家に集まりお祝いをする程仲良しでした。

大学の入学式は祖父母に出席してもらい大変喜んで貰いました。会社就職後の初任給をその祖父母に送って来ましたが、祖母の死後、遺品の整理をしていたところ、その現金書留の封筒を大切にとってあり、どんなに喜んでいたこと思ったものです。

仕事を始めてから、毎年ボーナスの度、今まで育ててくれた費用を返すのだといつもまとまった金額のお金を私たち両親に渡してくれました。その律義さには我が子ながら感心させられます。

祖母が脳幹梗塞で倒れた時には、意識がなく会っても分からないにも関わらず、仕事で忙しい中、毎月のように東京から帰ってくれました。一時期離職して、金沢から車で4時間の白馬に住んでいた半年間は、毎週必ず意識不明の祖母の見舞に来て、祖父とその祖母のそばで時間を過ごしていました。

今思うと、祖母のためというよりも、伴侶が死地をさまよっている祖父のために帰ってきていたのかもしれません。

人さまより高い収入を得ていたようですが、田舎に帰ってくる様子では、学生時代から何も変わるところはございませんでした。ただ一度驚かされたのは、最初に働いていた会社を辞めた時のことです。次の就職先を決めずに会社を辞めたため、私たち親は随分心配したものですが、その心配を吹き飛ばすためにと、無職のその時に、私たち両親に新車を買ってくれたことです。もしかしたら無理をしたのかもしれません。

税金を納めなかったことは悪いことだと思います。ただ私たち家族には、彼がわざとやったとは思えませんし、思ってもおりません。

私にとっては掛けがえのない良き子供の一人です。何分にも宜しくお願いします。

八田順子

<以上>

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2012/01/10 Tue. 05:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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