「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (549) 「大崎事件現地調査会に参加しました」 10/23/2016  

#検察なう (549) 「大崎事件現地調査会に参加しました」 10/23/2016

1979年10月15日に大崎事件は起こりました。毎年、その日前後の週末に鹿児島県曽於郡大崎町の事件現場で現地調査会が行われています。佳境を迎えた第三次再審請求にはかなりの手応えが感じられ、再審開始前に現地調査会に参加するのも最後のチャンスではないかと思い、鹿児島入りしました。

大崎町は鹿児島市から高速で約2時間。かなりの田舎町です。近くの大きな町と言えば、車で15分の志布志市(「志布志事件で有名」というのは、現地の人にとっては不名誉なことかもしれません)。志布志に行ったら、ビアマーレでパスタを食べなければと足を運びました。冤罪関係者(だけ)には有名な店です(注)。ちなみに、この店の住所は「鹿児島県志布志市志布志町志布志2-25-1」とシブシブ何回言えばいいんだというものです。

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集合後、まず会議室で弁護団団長の森雅美弁護士による挨拶。

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再審請求のポイントは、大崎事件被害者中村邦夫の死因と、検察有罪立証の大きな柱である中村家次男妻のちり氏の供述の信用性です。

前者に関して、元東京大学大学院医学系研究科教授の吉田謙一氏の鑑定を基に、弁護団の増山洋平弁護士が解説をしてくれました。

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確定判決では、邦夫氏の死因はタオルによる絞殺とされていますが、遺体の状況がそれと矛盾することを法医学の専門用語が分からない素人であっても理解できるよう、実に丁寧に説明してくれました。絞殺であれば頭部にうっ血が生じる理由を、動脈が体の内側にあって絞められても血流が止まらないのに、静脈は体の外側にあって絞められれば止まると説明された時には「なるほろー。」と感じました。

そして、うっ血した状態で腐敗が進めば、見た目の色はどす黒くなるのに、邦夫氏の遺体は白かったということを実際の画像を示して説明していました。

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(当日、プロジェクターの不具合でパワーポイントのプレゼンテーションが使えなかったのですが、この写真だけは是非見てほしいと画像を示してくれました。パソコンの画像の黒い色と白い色がそれです)

また絞殺のような「一般急性死」の場合、死斑あるいは血液就下(死後、血液が重力に従って沈んでいき、体表から見えるものが「死斑」、体内で起こり解剖の結果分かるものを「血液就下」と言います)が顕著に見られるのが特徴ですが、遺体にはそれらがなかったことから、死因は絞殺とは矛盾し、体内出血による出血性ショック死が強く疑われるということが説明されました。

これは以前に、私もブログで触れたところです。

ここをクリック→ #検察なう (524) 「大崎事件の真相に迫る (3) ~ 被害者死因について」

私は2点質問しました。1点目は「出血多量の失血死はイメージしやすいが(血液は体重の約8%で、その半量を失えば死に至るといわれています)、出血性ショック死の場合にはどれだけの血液が失われると起こるのか」と、2点目は「検死を担当した法医学の専門家が、出血性ショック死を起こすような大量の内出血を見逃すことがあり得るのか」でした。

1点目に関しては、増山弁護士も同じ質問を吉田氏にしたそうですが、ショック死には複雑な要因がからむため、全くのケースバイケースで、量は特定しずらいということでした。また2点目に関しては、「後腹膜下内出血が疑われるが、それを確認するには臓器を取り出す必要があり、本件の1時間程度の検死では見逃す可能性が高い」との説明でした。そして、森弁護士が付け加えた「最初の鑑定の際には、『犯行によって殺害された遺体』と警察から知らされていたため、予断があった」には説得力がありました。

その後、2番目のポイントである中村家次男妻のちり氏の供述の信用性に関し、弁護団事務局長も務める鴨志田祐美弁護士から説明がありました。

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この件には関しては、弁護側から供述心理学鑑定人(大橋靖史・高木光太郎氏)の鑑定書が裁判所に提出されていますが、再審審理で彼らの証人尋問もされたそうです。供述心理学鑑定の証人尋問が行われたのは、日本の再審審理で初めてのことのようです。証拠開示に全く無関心で、門前払いにした第二回再審請求審の中牟田博章裁判体との大きな違いを感じます。

この件に関しても、以前、ブログで触れたところです。

ここをクリック→ #検察なう (526) 「大崎事件の真相に迫る (5) ~ 関係者供述の信用性」

その後、バスを連ねて、現場に移動しました。

最初の現場は、中村邦夫氏が落ちた側溝の場所です。

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その場では、邦夫氏が側溝に落ちる模様の再現をデモンストレーションしました。

ここをクリック→ 動画「邦夫氏が側溝に落ちる模様を再現」

その後、遺体の発見現場である、中村家の居宅跡に移動しました。今は誰も住んでおらず、竹藪と化して一部残った建物も朽ち果てていました。

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やはり現場に足を運ぶと、臨場感が違います。そしてそれで分かることもあれば、想像とは違って、更に真実が遠くなったと感じることもありました。

例えば、酔って自転車に乗っていた邦夫氏が、自ら側溝に落ちたか、あるいは自動車にはねられ側溝に落ちた(しかし、自転車に大きな損傷は認められなかったようなので、自動車との衝突の衝撃ではなく)、その衝撃で出血性ショック死が死因であると疑われています。想像では、両側コンクリートで幅の広い側溝をイメージしていたのですが、現場は片側が雑草に覆われた土手であり、そこに落ちて、それほどの衝撃があるのだろうかと感じました。

しかし、落ちた時刻は午後6時頃であり、その場で邦夫氏が臨家の知人に拾われるのが約3時間後ですから、いくら酔っていたとはいえ、3時間も動けないというのは、相当重篤であったと考えられます。10月のこの季節に濡れ落ち葉で3時間も夕方から夜にかけて放置されていれば、具合が悪化するのは明らかです。

また、落ちた側溝から自宅までの距離が思いのほか近かったことにも驚きました。臨家の知人が邦夫氏を拾った時には虫の息だった邦夫氏が、運ばれた時には息を引き取っていたとするには、あまりにもタイミングがよすぎるように感じました。

しかし、これに関しても、拾った時には既に息を引き取っていたが、酔いつぶれているだけだと誤認しても矛盾はないと言えます。

これに関して、以前のブログで考察を加えています。

ここをクリック→ #検察なう (525) 「大崎事件の真相に迫る (4) ~ 誰が死体を遺棄したのか」

地元紙が現地調査会を報じた記事の写真に、側溝を見下ろす私の姿がばっちり納まっていました。

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翌日、鹿児島観光をして帰ってきました。加治木まんじゅうと龍門滝がお勧めです。

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第二次再審請求審の裁判体とは異なり、今回の裁判体(冨田敦史裁判長)は証拠開示にも積極的であり、検察が37年間「ない」と言い続けてきたネガが新たに18本開示されたというニュースも入っています。

ここをクリック→ NHK動画ニュース「大崎事件 検察新たな証拠開示」10.21.2016

今年89歳を迎えた原口アヤ子氏の無罪に期待を持って、支援し続けようと思っています。

(注)
桜井昌司氏ブログ『獄外記』に何度となく登場。獄中で「パスタと言えば、不味いもの」という思い出しかなかった彼が、志布志のこの店を訪れて以来のファン。

ここをクリック→ 桜井昌司氏ブログ『獄外記』

10/23/2016







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表紙1


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category: 大崎事件

2016/10/22 Sat. 11:04 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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