「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (553) 「私の国賠審のこれまでのおさらいと第16回口頭弁論報告」 3/31/2017 

#検察なう (553) 「私の国賠審のこれまでのおさらいと第16回口頭弁論報告」 3/31/2017

先の月曜日、3月27日、私を原告とする国賠審の第16回口頭弁論が行われました。国賠審が始まってから、もう既に2年半が経過していますが、ここまで大した進捗もなく時間のみが経過したかのようです。

ここまでのところを一度整理してみます。

国賠審は、私が受けた経済的不利益の補償を求めるものですが(私は国に5億円を請求しています)、経済的利得が目的ではありません。国賠審のコストも勘案すると、1億円が経費のブレイクイーブン・ポイントと思われますが、それ以上勝ち得た場合には、私のポケットに入れずに、刑事司法改革の基金設立の資金として提供することを約束しています。

また、もしお金が欲しいのであれば、社員の税務調査対象者約300人のほとんどが申告漏れであり、そのうち約100人が私と同じく株式報酬の無申告だった状況を生み出した会社をコンプライアンス違反として訴えれば、脛に傷をもつ彼らから和解金を得ることは容易です。ただ、それは弱い者いじめにしか過ぎません。

私が「強い者いじめ」にこだわる理由があります。それは、私のような冤罪被害者を生まないためです。

日本の刑事司法においては、警察あるいは国税局が告発し、検察が起訴をし、一般市民を刑事被告人としますが、裁判の結果無罪となっても、告発した警察・国税局、起訴をした検察は全くお咎めなしです。

私は刑事被告人とされ、その結果、失職し再就職の道を閉ざされましたが、それが補償されることはなく、「無罪になったんだから、それでいいだろ」というのが国のスタンスです。

それに対し経済補償を求めるのが国賠審です。しかし、そのハードルは著しく高く、それゆえ過去の冤罪被害者の、足利事件の菅谷利和さんや布川事件の杉山卓男さん、東電OL殺人事件のゴビンダ・マイナリさんは国賠審を諦めています。それはいかに不利益を被ろうとも、それが国の違法行為によるものという認定が必要だからです。

それは例えば交通事故で、人を轢き殺したとしても、殺すつもりがなかったとすれば、全くお咎めなしということと同じものです。そして国賠審で、裁判所が国の違法行為を認定することはほとんどありません。

しかし、私がそれでも諦めきれないのは、「無罪になったからいいだろ」と捜査権力の反省のないところから冤罪が生み出され続けるからです。

私は、私が無罪になったからといって国を訴えているのではありません。私が確信しているところは、国税局査察部は私がシロであることを理解しながら告発し、検察特捜部は私がシロであることを理解しながら起訴・控訴をしたというものです。それは明らかな違法行為です。

取調べを受けた私は、肌をもってそのことを確信していますが、合理的に考えてもそれは確かです。国税局査察部や検察特捜部といった日本のエリート捜査権力は、極めて優秀です。その優秀な彼らが、長期間に及び執拗な捜査の結果、真実に到達しないはずはなく、合理的な帰結は「真実を知りながらも、それに目をつぶった」というものです。

そうして始まった国賠審ですが、この2年半、ほとんど進捗はありませんでした。国賠審のハードルの高さは、私の代理人チームの一人、元裁判官森炎氏の「国を負かして、個人を勝たせようなんて裁判官はいませんよ」という言葉に表れています。そして通常門前払いの国賠審を、ここまで我々が押せ押せムードできているのは、被告の国の主張があまりにも弱いためです。

それのみならず、被告の国はとんでもない主張をしています。それは、控訴違法に関する彼らの主張ですが、煎じ詰めれば「有罪の可能性がなかろうが、我々(=検察)が怪しいと思えば控訴してもいい」というものです。

平成24年2月13日最高裁判例は、一審の判決を不服とする控訴のハードルを格段に厳しくしたものです(注)。我々の主張は、私の一審無罪に対する検察官控訴はこの最高裁判例に反するものというものですが、国(そしてその背後にいるのは検察です)の主張は、「それは裁判所が勝手に言ってることであり、検察は、自分たちが怪しいと思えば、控訴も起訴と同じハードルで控訴していいんだ」というものです。

裁判所が上げたハードルを越える可能性がなかったとしても検察は控訴してもいいということは、有罪を得る可能性がない事案でも彼らの恣意的判断で控訴していいことになります。これが刑事被告人としての立場を、不必要に長引かせることになることは明らかです。

法務・検察官僚は、圧倒的に有利な国賠審を利用して、最高裁判例を骨抜きにする狙いだと思われます。郵便不正事件を発端とした刑事司法改革で、密告型司法取引導入や盗聴対象拡大という焼け太りを成し得た彼らの狡猾な戦略が透けて見えます。

こうした横紙破りの主張をする国に我々が負けるわけにはいきません。

2年半、大した進捗がなかったかに見えた私の国賠審ですが、先の第16回口頭弁論で動きが見えました。裁判長が次回期日(5月8日)で証人採用の可否の判断をすると宣言したからです。

国賠審で個人が勝つためには、関係者を証人として呼び実質的な審理を始めることが必須です。逆に国が勝つパターンは、原告が請求する証人尋問を裁判所が認めず、門前払いとするものです。次回期日で、私の国賠審が大きく動き出すことになります。

私の目的は、正しくあるべき捜査権力は正しくなければならないという社会正義の実現のためです。自己満足ではありますが、意義を感じています。是非ともご注目頂き、ご支援のほどよろしくお願いします。

(注)
ここをクリック→ #検察なう (318) 「「チョコレート缶事件」と論理則・経験則違背」

3/31/2017













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category: 国家賠償請求訴訟

2017/03/31 Fri. 13:15 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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