「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (84) 「一罰百戒」 1/12/2012 

#検察なう (84) 「一罰百戒」 1/12/2012

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件に巻き込まれた私の状況を理解するためには、「一罰百戒」というコンセプトの評価が必要です。

あまり日常では使うことのない言葉ですが、読んで字のごとく「百人(ここでは『多く』という意味です)の犯罪行為を戒めることを、一人を罰することによって達成する」というものです。

国税庁のホームページの活動報告の項目に、「適正・公平な税務行政の推進」とあります(私にとっては、どう考えても彼らの行為は「不適正・不公平な税務行政」としか取れませんが)。その「査察」の報告に以下の文章が記載されています。

「査察制度は、悪質な脱税者に対して刑事責任を追及し、その一罰百戒の効果を通じて、適正公平な課税の実現と申告納税制度の維持に資することを目的としています」

ここをクリック→国税庁HP (4) 査察

「おめえら、悪いことすっとこんな目に会うんだぞ」としばり首にするのがマル査の役目ということです。「一罰百戒」を「見せしめ」と言い換えると分かり易いかもしれません。

そして、アナウンスメント効果を最大化するために行われるのが公開処刑です。建物の奥でひっそりとしばり首にするよりは、広場で衆人環視の元でやる方がその「一罰百戒」の効果が高いからです。

この場合、処刑人は捜査当局ではありません。メディアです。捜査当局は「こいつが悪者だ」といって道に放り出すだけ。その人間の首に縄を掛け、木に吊るすのがメディアの仕事というわけです。

しかし、メディアも多分に被害者ということが言えます。クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件を収録した田中周紀氏著の「国税記者 実録マルサの世界」をお読み頂けるとビビッドに分かって頂けるところですが、国税局というところはメディアへの公式発表を行わず、記者へのリークで情報をコントロールします。そしてメディアは国税局の告発前に十分に情報を刷り込まれていますが、告発前には被疑者との接触はできないルールとなっています。私も、一昨年2月の告発に先立つ事15ヶ月も国税局と対峙していましたが、その間メディアの接触は全くありませんでした。つまり欠席裁判で悪人とされるようなものです。処刑に手を下すメディアも捜査当局にいいように利用されてるということです。

「一罰百戒」についてもう少し考えてみましょう。

私が私淑する郷原信郎氏は、「一罰百戒」についてこのように述べています。

「私はかねがね、一罰百戒は『一罰一戒百戒』でなければいけないと言ってきた。100人が法に違反しているときに、そのうちの一人を罰することが、常に残りの99人を戒めることにつながるとは限らない。罰する対象行為の選定、罰する手続などが、罰せられる側に納得できる場合には、その『一罰』は、罰せられる一人に受け入れられ、それが他の99人を戒めることにつながる。しかし、その『一罰』について、なぜそれだけ罰せられるのかが理解されず、罰する手続も不公正であれば、罰せられる一人は納得せず徹底的に争い続ける。争う側の主張にそれなりの合理性がある場合、他の99人を戒めることにはならない」(ちくま新書「検察の正義」より)

つまり罰せられるその一人が本物の悪人でなければ、百戒の効果は得られないということです。それは当然です。そして、逆に、「99人を戒めるため」ということが、悪人でない一人を罰することを正当化しないことは言うまでもありません。

そして「一罰百戒」という「大義」は往々にして、必要以上に過酷なペナルティーをその一人に科すことを正当化してしまいます。ホリエモンがそのいい例かもしれません。

いかに「一罰百戒」を目的としたとしても、その一罰は適正な水準にとどまるべきです。もし、多くの者を戒めるために、一人がより過酷に罰せられるとすれば、その思考回路は、戦前の右翼団体の血盟団が唱えた「一人一殺(団員一人一人が標的を定めて、政財界の要人を一人暗殺する)は一殺多生(要人一人を殺すことで、その他大勢の一般国民が救われる)に通ずる」と論じたテロ思想と五十歩百歩だと言えると思います。

また、私はクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件では、戒める百の犯罪行為もなかったとすら思っています。以前、私に励ましのメッセージをくれた会社元先輩の言葉を再度引用させて頂きます(倉さん、ありがとうございます)。

「会社側『納税義務について社員に対して適切な通知をしている』という報道には大きな疑問を持ちます。例えるなら、高速道路で1台の車が追突事故を起こしたならば、それはそのドライバーの運転の未熟さが原因とする所でしょうが、100台の車が同時に玉つき追突を起こしたならば、それは運転の未熟なドライバーがたまたま100人居合わせたというよりも、路面が凍結していたとか、豪雨で視界が不十分であったとか、事故が起こる外的要因が十分備わっていた結果だと思いますね。その中で、一番ひどい損傷を与えたドライバーだけを送検しようというのは理解できません。

今回八田さんに降りかかった災難も、まさに会社側の数行の通知という外的要因が本当に十分であるならば、結果として100人以上の社員が申告漏れを指摘されるこという事故には至らなかったのではと思います。言葉を代えれば、事故が起こる外的要因が十分備わっていたからこそ、事故は起こるべきして起こったと思います。親会社の株式の取得や売却の税務について、知っている人は知っているが、知らない人は全く知らない、というのが実情で、万人が理解している事実だとは思いません。会社側はそのプログラムを提供している以上、社員に税務知識を周知徹底させるのがプロフェショナル・マナーだと思います」

そしてこの状況はクレディ・スイス証券だけではありません。外資系証券各社は、給与プログラムが異なり、また会社の税務業務、税務指導もまちまち、会社によっては株式による海外給与も源泉徴収していたところも少なからずあります。それでも申告漏れはほかの複数の会社でも100人単位で出ています。

JPモルガン証券で120人の申告漏れがあった記事を添付します。

ここをクリック→「JPモルガン証券集団申告漏れ事件」報道

私も国税局の取調べに際し、「ほかに多数の申告漏れが出てる状況をどうお考えですか」と査察官に問いましたが、査察官は「八田さん、皆さんそうおっしゃるんですよ。『みんな脱税してるのに、何で俺だけがつかまるんだ』って」と言いました。

私は、「違います。私はそんな下等な考えは持ち合わせていません。私はクレディ・スイス証券で申告漏れだった他の約100人も私と同じく過失だと思っています。300人の税務調査対象者のうちほとんどが申告漏れ、そして100人私と同じ株式報酬の無申告という状況ですが、その無申告の者全員が脱税したというのは余りにも非現実的なのではないですか。例えば道を歩いている人300人に『万引きをしたことがありますか』と聞いて、そのうち100人が『ある』と答えるより、更に異常な状態です。その状況が起こった背景を考慮すべきなのではないですか」と答えました。勿論、彼の答えはなく、調書にも書かれることはありませんでした。

私は、クレディ・スイス証券を始め外資系証券で多くの申告漏れの人たちが脱税したとみなされている状況に、断固としてそれを否定し、彼らのためにも真実を貫くつもりです。

1/12/2012

category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2012/01/11 Wed. 09:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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