「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (92) 「名張毒ブドウ酒殺人事件」 1/23/2012 

#検察なう (92) 「名張毒ブドウ酒殺人事件」 1/23/2012

「事件は山間の小さな集落で起きた。世帯数にして25戸、人口140人足らずの、事件以前は全く無名の部落であった。

村は三重県と奈良県にまたがり、村の寄り合いはそれぞれの県名の頭を取って『三奈の会』と名付けられたが、住民の仲のよさを象徴するように「みんなの会」とも呼ばれていた。村では、娯楽らしい娯楽はなく、楽しみといえば年に一度開催される村の総会の後の宴であった。この時ばかりは、女たちはめずらしく口紅を塗り、いつもより小奇麗な着物を着ていそいそと公民館に集まる。

そして例年通りの総会。楽しい宴となるはずが、一転地獄絵図そのままの惨状となる。ブドウ酒(ワイン)に混入された農薬の中毒で、ブドウ酒を飲んだ17人の女性のうち5人が死亡。それが名張毒ブドウ酒殺人事件である。時は昭和36年3月28日のことであった」

私は以前からこの事件の名前だけは知っていました。それはアムネスティの「世界でもっとも危機に瀕する人権状況にある人10人」に日本の事件として取り上げられていたのを以前目にしていたからです。しかし、私の生まれる前の事件でもあり、事実関係も複雑そうな印象で、詳しいことは知りませんでした。

ここをクリック→世界でもっとも危機に瀕する人権状況にある人10人

江川紹子氏著の『名張毒ブドウ酒殺人事件 六人目の犠牲者』を読んでみました。事件に関し、私が非常に関心を惹かれたのは、事件の舞台となったこの小さな集落の人間模様、心の葛藤です。そして犯人とされた奥西勝氏は、今も冤罪を訴えて獄中にいます。昔話ではない、今も続いている事件なのです。

死亡した5人の中には奥西勝氏の妻と愛人がいました。そして彼が犯人であるとされた動機は、その三角関係を清算しようとしたものというものです。

人口140人足らずの集落はほとんどが親戚関係と言ってもいいほど閉じた社会だったようです。そしてこの近隣の村々は「たらいころがし」の地方としても知られていたそうです。

「たらいころがし」とは「洗濯をしている女房が、たらいをころがす。傾斜地を、たらいがどこまでも落ちて行く。亭主にそれを拾いに行かせている間に、十分ほかの男と情事が持てる。亭主がそれを承知していて、諾々とたらいを拾いに行くのは、拾いに行く亭主がまたそのままよその女房の情事の相手だからである」というものだそうです。

実際にこの地域の人たちがそれほど貞操観念がなかったかどうかは分かりかねますが、捜査権力が、その地域でよく知られたこの話から、「三角関係の清算」といういかにも貞操観念の欠落からイメージしやすい動機に結び付けたことは確かだと思います。

そして興味深いのは、奥西勝氏が犯人として逮捕された時には、村の誰も彼や彼の家族を責めなかったことです。むしろ彼らをいたわることさえあったようです。そしてそれが一変するのは、奥西勝氏が否認に転じてから。検察の取調べでは容疑を認めていた奥西勝氏は、裁判で罪状を否認。すると村人は手を返したように、家族には一切口をきかず、家には投石されました。果ては夕食中の奥西家族宅に被害者遺族が押しかけ「土下座して謝れ」と詰め寄る事もあったといいます。こうした村八分の結果、家族が村を去ると、何者かによって共同墓地にあった奥西家の墓が暴かれ、墓地の外にうち捨てられたといいます。

もし奥西勝氏が犯人でなければ、村の中に真犯人がいるかもという疑心暗鬼が、そうした屈折した行動を村人たちに取らせたのだと思います。そして、それは奥西勝氏を犯人としたい捜査権力との利害の一致を見て、関係者が奥西勝氏を犯人とするために都合がいいよう証言を変遷するという事態まで招きます。

事件のことを詳しく知ると、事件以降今日までの長期間の法廷闘争の間に、奥西勝氏を犯人とする捜査権力の挙げた証拠を、弁護団が懸命にくつがえしてきた状況が分かります(それでも依然再審開始には至っていません)。ここではその物証、あるいは状況証拠に踏み入る代わりに、私が奥西勝氏が犯人でないと思う理由を二点だけ挙げておきます。

奥西勝氏は、取調べ当初より、犯行に使われたとされものと同種の農薬を薬局で買い求めていたことを認めていました。しかし、その農薬を売った薬局の者が、事件と関わり合いになりたくないために、奥西勝氏には売っていないと証言をしました。奥西勝氏は、自分は農薬を買っていないと言えばいいものを(彼の家からは農薬は見つかっていません)わざわざ、その薬局の店員を警察まで呼び出して、売ったという真実を説得の上証言させています。

奥西勝氏が死刑確定後、拘置所内で死刑廃止の署名運動が起こりました。そして署名を求められた彼は、死刑そのものには反対するものではない、と署名を辞退しています。彼が、無実を訴えているのは、単に死刑になりたくないためではなく、それが真実だからです。

以上の二点です。

裁判では、一審で奥西勝氏は無罪を獲得しています。これがどれだけ珍しいかというと、最高裁判所の記録が残る戦後、検察死刑求刑で一審無罪になった最初の事件がこの事件で、以降2005年の北方事件まで、40年間も検察死刑求刑一審無罪という事件はありませんでした。

先程述べた、検察のストーリーに合わせた関係者の証言の変遷を一審の裁判官は「検察官のなみなみならぬ努力の所産である」と厳しく非難しています。

しかし、この一審無罪も検察控訴の後、高裁で有罪になってしまいます。

以前、私が「司法改革」で述べた「二重の危険」論が日本においても機能し、検察上訴を認めなければ、名張毒ブドウ酒殺人事件は起こっていません。これは東電OL殺人事件しかり、福井女子中学生殺人事件しかり。これらは一審無罪の後、「合理的な疑い」が十分認められているにも関わらず、犯罪を作りださんばかりの検察の横暴によって、有罪に追い込まれた事件の数々だと言えると思います。

私が生まれる前の事件でいまだに冤罪を訴えて獄中につながれている奥西勝氏のような犠牲者、ネパール人に対する人種差別が根底にある事件でのゴビンダ氏のような犠牲者、物証もなく関係者証言のみで実刑に問われた前川彰司氏のような犠牲者を出さないためにも検察上訴は認めるべきではありません。

「起訴をして被告を有罪にすることが仕事」だと言わんばかりの検察に上訴権を認めるのは、私たち国民にとって、私たちの人権を脅かす脅威以外の何物でもないということをもっと理解するべきだと思います。

それが今日の結論です。

名張毒ブドウ酒殺人事件に関しては、是非、江川紹子氏著の『名張毒ブドウ酒殺人事件 六人目の犠牲者』をお読み下さい。冤罪の問題はまず我々国民が事実を知ること、そしてそれに関して考えることが第一歩です。

ここをクリック→ Amazon 『名張毒ブドウ酒殺人事件 六人目の犠牲者』

P.S.
「二重の危険」論に関し参考になるブログがありましたので、添付しておきます。

ここをクリック→二重の危険

これによると、一審無罪→検察控訴では75.9%が原判決破棄(=有罪)ですが、一審有罪→被告人控訴ではわずか12.0%が原判決破棄(=無罪)だそうです。

1/23/2012








ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―





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category: 名張毒ぶどう酒事件

2012/01/23 Mon. 20:51 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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