「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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嘆願書 (26/146) 永井恵子 

嘆願書 (26/146) 永井恵子

犯罪の契機は、結局動機と人品に関わると思っています。その人品に関して、私の友人・知人に「あなたの知っている八田隆を文章にして下さい」と依頼しました。そして集まったのが146通の「嘆願書」です。検察特捜部に提出したものですが、本人の了承を得て実名公開します。

26通目の嘆願書は小学校の同級生のものです。私はなぜか小学校、それに中学校のクラス同窓会幹事なのですが、彼女は私と一緒に小学校の同窓会幹事です。

同窓会というと恩師を呼んで、ということになるのでしょうが、私は親に反抗する反抗期が全くなかった反動なのか、とにかく先生というのは嫌いでした。高校の亀田先生は例外中の例外で、「先生といっても文字通り先に生まれただけのことで何を威張ることがあるんだ」と子供の頃からずっと反発していました。今でも、「先生」と呼ばれてふんぞり返っている人に対して、そう呼ぶことで人間関係を円滑にすればいい、という処世訓はあるのでしょうが、私はそれに従うことが全くできません。プロフェッショナルな関係で、資格試験を通った医師、弁護士、会計士の方を先生と呼ぶことには勿論抵抗はありませんが、ことプライベートな関係でも、そうした職業にある人を「先生」と呼ぶ感覚が私には理解できません。多分、小学生の頃が一番、先生とバトルしたかなあ。向こうもこちらをガキだと思って高圧的な態度を取ることが多かったですから。

彼女は嘆願書に、紙相撲大会の思い出として「彼は力学を駆使した素晴らしい紙力士を作り上げ、勝ち進んでいった」と書いていますが、よく覚えていたなあと思います。自分でもこの嘆願書を目にするまで忘れていました。紙で作った力士を戦わせ、といってもただ周りをとんとん叩いて倒れた方が負け、という昔ながらの単純な遊びでした。そこで私が参考にしたのは1972年(昭和47年)初場所の北の富士vs初代貴乃花戦です。とりあえずその対戦をビデオで観て下さい。

ここをクリック→ 昭和47年初場所 北の富士vs貴乃花戦

結果は行司差し違えで、先に手をついた北の富士の勝ちというものです。これは投げを打つ貴乃花に北の富士が浴びせ倒して対抗しますが、北の富士は先に手をついています。しかし、それは下になった貴乃花をかばうためであったという物言いの結果の判定でした。「かばい手」というものです。

私が作った紙力士は腕が異様に大きく相手に寄りかからせないと立たないものでした。そして、勝負が始まるとそのまま相手を押し倒しますが、自分の手が先に着きます。それを「かばい手!」と言って、勝ちを宣言したものです。今思えば、それでよく相手が文句を言わなかったな、と思いますが、あまりの奇策と私の勢いに押されたんでしょう。とにかくそれが彼女の記憶に残っていたほどだったということです。

ちなみに私の祖父母が大の相撲好きだったので、私も自然と好きになり、「相撲」や「大相撲」といった月刊相撲専門雑誌を買うほどでした。郷土力士の輪島が全盛の頃で、今でも金沢の自分の部屋の鴨居の上には、輪島と初代貴乃花の手形を額装して飾っています。

私の彼女の当時の印象といえば、色白で細くて、ほかの女の子のようにがさつではなくて、とにかくかわいいという感じでした。遠足の日の朝、髪をばっさり切って現れた時は、6年2組のクラス男子全員が恋に落ちたものです。私はその時彼女が背負っていたてんとう虫のリュックを今でも覚えています。

<嘆願書>

私は八田君と小・中学校で同級生だった者です。中学卒業後は、小学校のクラスの同窓会役員同士というご縁のためか、電話で数回話したことのあるお付き合いです。

先日八田君からの電話で今回の話を知ったのですが、ニュースで時々耳にする申告漏れと同様に、追加納税で解決する問題だと思っていました。しかし現状が厳しいことを知り、少しでもお力になれればと思い、八田君について書かせていただきます。

少年時代の彼は、スポーツマンで話術があり、がり勉ではない明るい天才というイメージです。

ある日突然電話がかかってきた時も、金沢弁が抜けていた以外は昔と変わらず、小学校時代の様に会話がはずみました。東大を卒業し外資系企業で難しい仕事をしているということでしたが、特に自慢話をするわけでなく、今回の話を聞くまでこんなに大きな仕事で高収入を得ていたとは知りませんでした。

人生を楽しんでいる様な話はありましたが、家族をおいてサーフィンを楽しんで帰宅した時家事が残されていて、それは自分のすべき仕事と察してしていた、という話もありました。

また、今回の話を聞いて思ったのは、もし仮に彼に脱税の意思があったとしても、今回の様な調べてすぐわかる方法をとるだろうか?ということです。

小学校で紙相撲大会があった時も、各自好きなキャラクター等それぞれの思いで紙力士を作った中、彼は力学を駆使した素晴らしい紙力士を作り上げ、勝ち進んでいったと記憶しています。

最後に、八田隆という人間を少しでも理解していただき、公正な判断をしていただけることを願っております。

永井恵子

<以上>


ここをクリック→永井恵子嘆願書


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category: 嘆願書

2012/02/04 Sat. 10:49 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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