「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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嘆願書 (27/146) 長裕陽 

嘆願書 (27/146) 長裕陽

犯罪の契機は、結局動機と人品に関わると思っています。その人品に関して、私の友人・知人に「あなたの知っている八田隆を文章にして下さい」と依頼しました。そして集まったのが146通の「嘆願書」です。検察特捜部に提出したものですが、本人の了承を得て実名公開します。

嘆願書の27通目はベアー・スターンズ証券の元部下からのものです。

以前のブログで、ベアー・スターンズ証券の半年は、私の人生において、この事件に巻き込まれるより辛い経験だったと書きました。しかし、ただ単に辛いだけではなく、私の仕事人としてのキャリアで最も充実していた半年でもありました。

ここをクリック→ #検察なう (100) 「人生の試練」

私の仕事をする上でのインセンティブは、会社からいかなる評価を受けているか(端的にはそれは給与の数字で表されますが、私にとってはその数字は経済的な意味よりは、通信簿の「5」とか「4」という評価としての意味の方が圧倒的に大きいものでした)、そしていかにハッピーにしたい上司と働いているか、というものでした。そしてベアー・スターンズ証券では東京及びニューヨークの上司の十分な信認を得、彼らと一緒に東京オフィスをほかの有力証券会社に伍することができるよう全力を尽くせたことが喜びでした。

そのベアー・スターンズ証券は、サブプライム危機の影響でJPモルガン証券に吸収合併されることになりました。

私はJPモルガン証券にはプレイヤーとして移籍を請われましたが、部下のほとんどがJPモルガン証券に再就職叶わない中、上司の私がのうのうと移籍するわけにもいかず、私と、同じく共同営業部長であったもう一人もその時点で勇退の道を選んだものです。

長は、会社が突然消滅する直前に新卒内定者として会社に来ていた者です。4月から入社という直前に会社がなくなったわけですから、相当不安だったと思います。私たち部下の中でも彼ともう一人の内定者の再雇用確保が私たち共同営業部長の最重要プライオリティーでした。それに関しては、私よりはもう一人の共同営業部長の尽力が大きく(JPモルガン証券は彼の古巣でした)、なんとか彼らの内定取り消しという最悪の状況は脱することができたものです。

彼はかなりハードコアなサーファーらしいのですが、実に真面目な奴で、これからの人生でも最初の蹉跌を糧に頑張って欲しいと思います。

<嘆願書>

八田氏は、私が2008年4月に新卒社員として入社を予定しておりましたベアー・スターンズ(ジャパン)証券会社東京支店での上司に当たる方でした。同社は2008年3月に消滅いたしますが、私は2007年5月より内定者インターンシップとして同債券本部にて業務のサポートのため勤務しておりました。

2007年9月に営業部長として同社にいらっしゃった八田氏と初めてご挨拶をいたしました。その際の印象は豪快な気質である一方自他ともに厳しい方のように思えましたが、雲の上のような存在で高く鎮座しているという部長ではありませんでした。

八田氏は、営業部長という高い職責にも関わらず、内定者という立場の私に対してもコピーのとり方から、Bloombergという情報端末システムの使い方、Microsoft Excelの関数といった社会人としての基本的な作業に至るまで、部長御自身自らご指導くださいました。そのことは、外資系の個人プレー集団を想像していた当時の私にとって非常に驚きであったと同時に、同氏に対して大変感謝したことを覚えています。

私自身、このころよりしばらくたった後に、八田氏が日本のモーゲージ債市場における第一人者であり、市場のプロが多く集まる各方面から意見を求められるような人物であることを知り、そのような方から直接ご指導いただけることに驚きと感謝を新たにしておりました。八田氏の人となりをご理解いただく上でのエピソードを以下に2点記させていただきます。

(エピソード1)
初めて、新聞記事のクリッピングの依頼をされた時のことです。新聞をそのままの印刷設定でコピーし、八田氏へお持ちしたところ早速ご指導を受けることとなってしまいました。

チーム全員が見やすいように、一度コピーをしたもので該当記事のみを切り取り日付と出所を補記したうえで再提出するようやり直しを命じられました。私は、言われた通りにやり直し、八田氏のもとへ再提出をいたしました。そうしたところ、文書・写真の別や濃度・明度等の印刷設定を工夫したかと問われました。私は言われたとおりにしか動いておらず、何も設定せずにそのままコピーした旨を伝えました。そうすると八田氏は従事されていたお仕事を一度中断され、私をコピー機の前まで導き、コピー機の設定をはじめ、チーム全員が見やすいような資料をつくるための方法を御自らご指導くださったのです。

多忙を極める部長というお立場にも関わらずこの際実に30分以上の時間を私に割いていただいたと記憶しております。

私は、八田氏に対して、立場・役職、単純作業・複雑な作業の別に関わらず、作業をきちんと処理するためには労を惜しまない方なのだろうと感じました。

(エピソード2)
在職中とその後も含め、八田氏と何度か食事会の席で同席させていただく機会がありました。八田氏は、仕事においては常に強いリーダーシップのもと、社員を率いている印象であった一方、酒宴の席では自分が中心ではなく常に聞き役に近い存在であったこともまた印象的でした。

新人・若手の宴会芸というものは多くの会社で一般的なイベントとしてあるかと思いますが、八田氏は上席者でありながら率先して滑稽な格好をして私たちを楽しませてくれたこともありました。結果、八田氏にお誘いいただく食事会ではいつも若手からベテランまで多くが参加し、全員が楽しい時間を過ごせたと口々にしておりました。

八田氏の価値観というものは、ご自身に対して以上に周りを楽しませる、喜ばせるということにあったのではないかと思います。そのスタイルこそが八田氏を業界での成功に導いたものであると感じております。

上述のとおり、私が考える八田氏という人物は、①どのような仕事・作業に対しても手を抜かず正しく処理することを重視しており、②自身の利益以上に他人の利益を優先することが全体の利益に繋がることを知っている方です。それは個人資産の取り扱いに対しても、私腹を肥やすために八田氏が故意に嘘や妥協を以て手続きを行ったとは考えにくいという小生の所感に繋がるものです。

常に正しさを求め、勤勉に生きてこられた八田氏にどうか寛大な処置をいただけますようここにお願い申し上げます。

長裕陽

<以上>


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category: 嘆願書

2012/02/05 Sun. 10:57 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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