「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (102) 「マネージング・ディレクター」 2/14/2012 

#検察なう (102) 「マネージング・ディレクター」 2/14/2012

私は日本の企業で働いたことがないので、外人感覚で日本の企業文化を見ると、奇異に感じると共に、かなりうまくできてるなと思います。特に年次で横並びの給与報酬は、運動会で手をつないでゴールするゆとり教育的な印象を持ちます。優秀な人材をそれでも納得させるのが、日本の企業文化の特質性・優位性です。社会主義的な企業文化は、純粋な外人には(特に優秀な外人には)理解しずらいものかもしれません。

やる気を喚起するために構築されたシステムが幾層にも作られた役職だと思います。それを一段一段上がっていく達成度をその都度確認することが「やりがい」となっているのではないかと想像します。

「昇進」に対する思い入れは、サラリーマンにとって個人の哲学の問題で、美学・主義といってもいいものかもしれません。ただ、経済的な報酬をインセンティブとできない日本の会社において、もし昇進の欲がなければ、なかなか自己の達成度を確認する手段がないのも事実ではないでしょうか。

それと比較して外資系証券においては、経済的な報酬をインセンティブとすることができます。つまり会社での昇進はあまり興味がない、と言う人間もいるのかもしれません。「お金さえもらえばいい。会社でのポジションは関心がない」という人です。多分、日本の会社から移籍してきた人のメンタリティーは往々にしてそうである可能性があります。

ところが、外資系証券に新卒で入ってきて、外資系企業が終のすみかというような人間は(私もそうですが)、実は強烈に昇進を意識しています。外資系証券のカルチャーとして「MDになってナンボ」というのがあります。それを今回はご説明しようと思います。

日本の民間企業の役職は何段階なのでしょうか。部長、次長、課長、係長、主任に「上席」「補佐」「代理」「副」などがつき、部長の更に上にも延々と階層があるようです。外資系の場合は、非常にシンプル。一般的には、肩書なし、バイス・プレジデント(VP)、ディレクター(D)、マネージング・ディレクター(MD)の4階層です。

この「マネージング・ディレクター」、「MD(『エム・ディー』と読みます)」という響きは、外資系証券にどっぷりつかった人間であれば、夢のポジションであり、金は二の次です。それは間違いありません。私がそうでしたから。勿論、なりたくてもなれないという場合に、お金で自分を納得させるという人もいるかもしれません。そしてなりたいと思えば思うほど、なかなかなれないというのが人生のトリッキーなところです。

マネージング・ディレクターは全社員の約5%から7%くらいだと思います。私が在籍していた当時、クレディ・スイスの債券部は100人程度の規模でしたから、その中では6-7人というのがマネージング・ディレクターの割合です。

日本の企業の昇進がどのようなシステムで決定されるのかは、よく分かりませんが、外資系証券の場合は非常に明確です。それをご説明しようと思いますので、外資系証券で昇進したいという方は参考になさって下さい。

もし皆さんが、外資系証券で昇進するためには何が必要かと考えた場合、「パフォーマンス」「収益」と思われるかもしれません。しかしそれは必要条件ではありますが、決して十分条件ではありません。

私のソロモン・ブラザーズ時代の営業で、2年続けて全世界の営業の中で第2位の営業成績を上げた方がいました。全世界で2位というのが、どれくらいすごいかはぴんとこられないかもしれませんが、とにかくすごいことです。彼は文字通りスーパー・スター。NY本社でも彼に商品を売ってもらっているデスクではとにかく彼の評価はずば抜けて高かったものです。その彼でも結局、マネージング・ディレクターにはなれませんでした。その当時私には理解できませんでしたが、自分がマネージング・ディレクターになって、なぜ彼がなれなかったか、その理由がよく分かります。パフォーマンスだけを評価するのであれば、給料を上げればいいだけのことです。タイトル(役職)をその人間に与えるには、タイトルを与えることで会社にプラスがあるということがなければいけません。

例えば相撲の横綱を例にとるとこうなります。相撲は実力の世界ですから、例えば幕内全勝優勝を6場所続けて敵なしとなれば、横綱になることにあまり異論はないのではないでしょう。しかし、もし相撲界が外資系証券であったとしたら、彼を横綱=マネージング・ディレクターとするためには、彼が横綱としていかに相撲界に貢献できるか、彼が横綱としてどのようなポジティブな影響を後進に与えるかということが問われます。

例えば、具体的にはこのようなことが必要とされるでしょう。若手の練習には積極的に付き合い、ちゃんこも一緒に作る。新弟子試験の試験官を買って出る。部屋の若い者を引き連れて東北震災のボランティアに行く。私財を投げ打って海外興業を企画し相撲の国際的認知度アップを図る。相撲の文化を研究し本を出版して相撲の伝統を維持し、また世に知らしめる。このようなことをすれば、「ふーむ、彼は他の力士の規範になるな。よし横綱に推挙しよう」となるわけです。

クレディ・スイス証券で私がマネージング・ディレクター(MD)になった実際のプロセスをご説明します。

まず1年の半ばを過ぎた頃、昇進の話が各部署のマネージャーの重要裁定事項として彼らの意識に上ります。まず彼らの部下の誰を今年推挙するかということが、プロセスの第一歩です。クレディ・スイス証券の大きな部署の分け方は債券部、株式部、投資銀行部、そして総務関連となりますが、債券部だけでも部署は10以上になります。そしてその各部署ごとに、MDの推挙をします。毎年各部署から一人ないし三人程度の推挙です。当然この時点ではパフォーマンスが非常に重要なファクターとなります。やはり収益度で貢献した者を昇進させたいと思うのはどのマネージャーも考えることだと思います。

そして候補となった者は、早くに候補となったことをマネージャーから知らされますが、そこから非常に重要な作業にかかります。それが「推薦状」の起草です。最終的にはマネージャーの名前で出される推薦状ですが、これは本人が書きます。この推薦状が非常に重要な参考資料となります。この推薦状はレポート用紙に何枚も書くことになりますが、パフォーマンスの部分で書くことはそれ程ありません。収益をどれだけ挙げたかというのはレポートの分量としてはそれほど稼げないからです。そして重要になるのが、どれだけ企業人・社会人として優れているかのアピールです。

どの会社でも倫理規定というものを制定していると思います。アメリカの会社でのそれは、Code of Conductと呼ばれますが、やはりアメリカらしく、非常に全人的な資質が問われます。そしてこのCode of Conduct に沿って推薦状を書くことがパターンとなっています。つまりその倫理規定に挙げられた項目を全てクリアしている人間だということのアピールをする必要があります。

例えば、「Inclusiveness & Diversification」という項目があります。日本語にすると難解なコンセプトなのですが、「人に疎外感を与えることなく、多様性を受け入れる人格である」ということでしょうか。私の場合、部下にアイルランド人や中国人がいました。彼らと人種を越えて密接な仕事をできるというのが一つのセールス・ポイントです。また私のビジネスの顧客は半分以上がアジアの投資家でしたから、彼らとのコミュニケーションがうまくいっていたからこそ成功していたということもポイントとして挙げられます。部下や他部署の人間との接し方も非常に重要になります。

そのほか多岐にわたる全人的な資質を網羅した推薦状を書き、それがMD審査委員会に提出されます。MD審査委員は現場のシニアのMDで、毎年入れ替わります。あくまで現場主義の人事であり、裁判でいう陪審員制度のようなものですが、審査委員の負担が非常に大きく、日常の業務をある程度犠牲にしなければならないため、毎年入れ替わるものです。

全推挙者が出そろった段階で、審査委員のそれぞれに、担当が振り当てられます。審査委員は討議をするだけではなく、自ら推挙者の代理人となって、審査委員会でプレゼンテーションをします。つまりMD候補の推薦プレゼンテーションを、委員会の場で実際に行うのは、その候補を良く知っている上司ではなく、全く見ず知らずの者がプレゼンテーションをするということになり、そこで大部分の恣意性が排除できるというしくみになっています(いわゆるオフィス内ポリティクスで昇進が決まらないようなシステムが取られているわけです)。

私は、担当となったMD審査委員2人と香港でインタビューをしました。彼らにすれば、私をまず推薦できるかどうかの見極めをし、そしてどのように推薦プレゼンテーションをするかという題材集めとなるインタビューです。先の推薦状の補強を、実際に候補者と話してするわけです。私は香港ベースの仕事もあったので、自分の仕事も入れましたが、多くのアジアのMD候補は、そのインタビューのためだけに香港に出張に行くものです。アメリカの候補者はNYに、ヨーロッパの候補者はロンドンに飛んで、そのインタビューを受けます。

そして私を担当する審査委員は、プレゼンテーションの期日までに、いろいろな聞き取りを行います。人の評判のチェックです。実はこれが影響度が大きく、私は候補一年目の時は、この聞き取りでネガティブな意見を言う者がいたため、MDとなることができませんでした。私はあまりの多忙さで、ある商品のデスクに、「人手が全く足りないから、あなた方の商品に注力することはできない。人手を増やす以外にアジアであなたたちの商品をマーケティングすることはかなわないから、その件はマネージャーと話してくれ」とはっきり伝えていたのですが、それをもって、「自分の好き勝手でビジネスを選んでいる」というように評価されたためです。私も適当にごまかして、やった振りをしていればよかったのですが、それでは全く解決にならないと思い、そう正直に言っていたことが仇となったものです。その理由を聞いた二年目は、どの商品もまんべんなくアジアでマーケティングすることを心がけ、なるべく敵を作らないようにしました。

幅広くサウンディングして人の評判をベースに人事を図るということは、絶対的なファンを作ることも必要ですが、それ以上に誰一人ネガティブなことを言う者を作ってはいけないということになります。

そうしたプロセスを経て、審査委員会がニューヨーク本社で開かれ、推薦状を叩き台として、数日かけて全員のプレゼンテーションが行われた後、投票となります。投票は4段階、1「絶対にMDとすべき」、2「MDとするのは問題がない」、3「今回は保留」、4「MDにはできない」です。そしてMD当選のボーダーラインは、毎年、1.6ないし1.7と言われています。そして審査委員会でMDに昇進させるべしという候補のリストができると、それを役員会にかけて最終採決という手順をとります。

このようにマネージング・ディレクターの審査には大変な手間と時間がかけられ、毎年新しいマネージング・ディレクターが選ばれるということになります。

やはりマネージング・ディレクターになった時はうれしかったですね。まさにプライスレスです。なかなか外資系証券に働いていないとマネージング・ディレクターの価値ってのは分かってもらえないんですけどね。

2/14/2012


category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2012/02/13 Mon. 23:03 [edit]   TB: 0 | CM: 3

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この記事に対するコメント

人事面接

当該プレゼンテーション以外に人事面接というのはございますか。
どのようなことを聞かれるのかと知りたいです。

SS #Hv5ieJQ. | URL | 2014/09/20 Sat. 15:45 * edit *

Re: 人事面接

人事部の面接はないですね。外資系証券では、採用から内部昇進まで面接は全て現場の人間が行うのが特徴です。

聞かれる内容は「MDとしての"comptency"」です。会社の規定で、MDたる者の資質のガイドラインというのが明文化されています。そのガイドラインの各項目に関して、自分はいかに適合しているかを具体的な例を挙げてプレゼンするというのが面接の内容になります。

例えば、その項目には"inclusiveness"とか"diversification"といったものがあります。前者は日本語では「包容力」、後者は「多様性」でしょうか。前者は、自分のケースで言えば、日常業務以外に、採用活動にも積極的に参加したり、日々他部署の後進の指導に気を配っていたりとか。後者は、部署の部下にはいろいろな国籍の者がいたが、彼らの文化的な背景を重んじながら人事に当たったことか。そうしたガイドラインが10ほどあるので、事前に質問に対応できるよう準備しました。勿論、面接官は、人物性を推し量るため多様な質問をしてきます。「企業価値を高めることができる人間か。会社を代表するに値する人間か」ということがテーマだと思います。

八田隆 #- | URL | 2014/09/20 Sat. 17:36 * edit *

御礼

このたびはお忙しいなかご回答いただき有難うございました。
入社9年目でSenior Director職へ特別昇格させていただくチャンスを貰いました。
弊社は職別に規定されたガイドラインというのは明示的にございませんが、
業績評価以外(確実に成果を出して当り前)にソフト面での成長性と将来性を
求めらているものと推測しています。(一番チャレンジしたこと)、一番の反省点、一番自信を持っているスペシャリティなど、上司からは、かなりの圧迫面接であると聞いています。面接の一時を捉えられ、判断されてしまうため、面接官には、自身の普段の頑張りと将来性を十分に分かってもらえるように入念な準備をしています。
ありがとうございました。

SS #Hv5ieJQ. | URL | 2014/09/20 Sat. 21:23 * edit *

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