「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (104) 「『狭山事件』ほか」 2/18/2012 

#検察なう (104) 「『狭山事件』ほか」 2/18/2012

受験勉強をされた方の共通経験として、勉強しなければいけないのに、なぜか部屋の片づけを始めて「プチ現実逃避」をなさったことがあるのではないでしょうか。私は、今まさにそんな気分です。初公判を4日後に控え、第5の弁護人として、検察資料を読みこまなければいけないのに、どうも資料を開く気になれません。

そして現実逃避が冤罪関係の読書です。「過去に冤罪と戦ってきた人の生き様を知って勇気をもらおう」作戦というわけです。この忙しい時に関わらず、鎌田慧著「狭山事件―石川一雄、四十一年目の真実」というハードカバー450ページの大作を読み切ってしまいました。

私が生まれた1963年に起こった女子高生強姦殺人事件の狭山事件も、冤罪事件の一つとして有名なもので、被害者の石川一雄さんは無期懲役の確定の後、31年間服役を経て仮釈放され、今日現在も再審を求めて戦っています。

狭山事件が有名なことの理由の一つに、この事件が部落問題と非常に密接していることが挙げられます。石川一雄さんは部落出身であるがゆえに犯人とされたと言ってもいいものです。

皆さんはあまり差別を意識したことはないかもしれません。私が外資系企業に勤めてよかったと思うことの一つが差別(人種差別)を意識し、自分ではそれを人に対して感じないと自信を持って言えることです。そして差別について考えることができるのは、やはり差別される「被差別」の経験がないと難しいのではないかと思います。社会人になったばかりのニューヨーク研修時代、衆目の中で「黄色いサル」と罵られたり、12/7(真珠湾攻撃の日)にバーでビールを浴びせかけられたりした経験があれば、いやでも差別と向き合うことになります。

また、高校時代の思い出にも、心に残ることがあります。仲のいい友人の一人に身体障害者がいたのですが、彼とはよく文学の話をしました。彼の家に遊びに行った時に、私に負けない程の蔵書を見て、いろいろ語りあったのですが、一番好きな作品は何かという問いに、彼は島崎藤村の「破戒」を挙げました(私は芥川龍之介の「舞踏会」を挙げたと思います)。その時点では、私も既に「破戒」を読んでいましたが、やはり健常者の私より、多分感じ方がディープなんだろうな、と思った記憶があります。

狭山事件の発端は、女子高生が誘拐され、脅迫状が家に届いたことから始まります。そして身代金の受け渡しに失敗し、警察の大失策が非難される中、女子高生が遺体で発見されるという最悪な状況を迎えます。功を焦る警察が、別件逮捕で検挙したのが、部落出身の石川一雄さん(当時24歳)でした。

ところが文房具すら買えない極貧であった石川さんは、小学校も行っていなかったため、実は文盲で漢字交じりの脅迫状など書けるはずもありませんでした。それを、その脅迫状を手本に何度も書き写しをさせられ、その結果、筆跡鑑定で同じ筆跡とされたものが証拠となりました。

また、狭山事件での有力な物証の一つ「鴨居の万年筆」は、数ある冤罪事件の中でも、袴田事件の「味噌樽の中の血染め着衣」と並ぶほど有名な「捏造証拠」です。2度の徹底した家宅捜査で、出てこなかったものが、事件から2ヶ月近くたって、忽然と目につく鴨居に置かれていたというものです。それが女性用の万年筆で、検察は被害者女子高生のものだと主張し、有力証拠となりました。ところが、被害者の女子高生が(事件当日も)使っていたインクはライトブルーであることが分かっていますが、万年筆の中のインクはブルーブラック。そして万年筆には石川さんの指紋はついていません。文盲の石川さんが、筆記用具に特段の関心を示すとも思えません。

結局、決め手は自白でした。それもやはり警察・検察の画策にはめられたものです。犯人の足跡が、石川さんの兄のものであると信じさせられ、一家の大黒柱である兄の身代わりとして、取調べを担当した刑事との「自白したら、10年で出してやる。男の約束だ」という口約束を信じて、否認を自白に転じ、一審では罪を認めたものです。そして、その兄にアリバイがあるということを知ったのは、彼の死刑の判決が下された後でした。

私が、本を読んで勇気づけられたことは、石川さんは獄中で文字を学び、裁判所に上申書を出したり、公判でも弁護士と一緒になって証人喚問で質問をしたり、能動的に自らの弁護活動を行ったことです。

著者はあとがきで述べています。
「貧困と無知、そして非識字が、冤罪を押しつけさせた。その恨みを、石川一雄は、奪われた文字を獲得し、刑事や検事や判事の論理を批判することによって果たした。それをわたしは、学ぶことの勝利と考えている」

私もそうありたいと思っています。

狭山事件に関しては、これら画像をご覧になるとよいかと思います。

ここをクリック→狭山事件 (1)

ここをクリック→狭山事件 (2)


私の公判の行方を弁護士と議論する際、彼らが強調する公判の鍵は、いかに検察に手持ちの証拠を出させるかということです。私は、素人感覚で、被告に不利な証拠しか提出しない検察の態度に非常に違和感を感じます。「それでいいんかい?」と素朴に感じます。そして実際に、検察が自分にとって有利な証拠しか出さないというのは、先進国の中では唯一日本だけです。他の国では、倫理規定として、検察には全ての証拠開示が義務付けられています(あくまで検察の良心に頼る倫理規定ではありますが)。

捜査は国民の税金を使ってなされている以上、証拠は彼ら捜査当局の私有財産ではなく、国民の共有財産であるにも関わらず、こうした理不尽なことがまかり通っています。

クレディ・スイスの現職員・元職員の取調べは相当数行われたと想像しますが、検察が現時点で証拠調請求予定の関係者供述調書は、給与プログラム等を説明する人事や経理の人間を除けば、わずか3人の調書のみで、いずれも私のことを悪し様に言っているものだけです。

私は、取調べ可視化にはそれほど積極的に同意する立場を取っていませんが、関係者の取調べだけは絶対に可視化すべきだと思います。調書は一人称で、検察がなり変わって書きますが、その「検察の作文」の訂正を根気よくやる関係者はいないと思います。少々(あるいは大幅に)ニュアンスが違っていても、「間違いではないだろ」と押し切られて、それまでだからです。

村木氏の郵便不正事件では、証拠の改竄が問題とされました。しかし、それも上に挙げた、被告に不利な証拠のみを開示するであるとか、恣意的に調書を被告に不利に作文するといったことの延長線上でしかありません。

フロッピーディスクを改竄した前田元検事は次のように言っています。
「検察官は裁判の一方当事者。10枚カードがあったとして、3枚が自分に有利、7枚が不利だとしたら、相手にいいカードは出さない。そういうことをずっとやっていて、感覚がずれてしまった」

検察は、郵便不正事件を、「証拠の改竄」という特異な事象が、個人(+2人の上司)によって起こされたものと矮小化して、まったく検察のカルチャー、組織そのものが問題であるということを認めようとしていません。

そのような機関が、何の監査も受けず、強大な権力を与えられているという状況を国民はきちんと理解すべきだと思います。そしてその責任をマスコミに期待するのは若干酷であると言わざるを得ません。彼らもビジネスですから、商売において「仕入れをストップされたら売るものがない」という状況に陥るリスクがあるからです。やはり国民一人一人が関心をもって、現実を理解するしか手立てはなさそうです。

私は、当事者として、これからも情報を発信し続けるつもりです。情報の拡散が支援につながります。よろしくお願いします。

2/18/2012


category: 冤罪事件に関して

2012/02/18 Sat. 05:27 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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