「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (108) 「検察冒頭陳述」 3/2/2012 

#検察なう (108) 「検察冒頭陳述」 3/2/2012

初公判を終え、検察の主張が彼らの冒頭陳述(冒陳)で明らかになりました。検察が用意した冒陳のコピーを読み返してみて、その出来の悪さには驚くばかりです。そして非常に怖ろしく感じるのは、このような理由になっていない理由で起訴ができてしまうことです。これは、先日の報道にもあった、検察が裁判所の「あうんの呼吸」を期待していることの表れだと思います(注1)。

まず検察冒陳を一読して、検察官が全く金融の知識がないことが読み取れます。また、更に言えば外資系金融業界のカルチャーも全く理解していないということを感じます。

例えばそれは、クレディ・スイスの社員が株式を受け取るために会社から要請され開設した個人口座を「プライベート・バンク」と呼んでいることにも表れています。

「プライベート・バンク」とは最低預入残高が1億円程度、リスク・アセットに対し4-5%の手数料が科される代わりに、手厚いサービスが提供される特殊な業態を指すテクニカル・タームです。会社の社員口座が「プライベート・バンク」であるはずがありません。「プライベート・バンク」が何たるかを知らない者が誤解している「プライベート・バンク」という響きが醸し出す雰囲気を悪用しようというつもりなのでしょう。

それは単なる言葉の問題ですが、そのほかにも冒頭陳述では、私がクレディ・スイス証券を退社する際、保有株式を「移転先の会社に補填させようと考え」というように、私が意図したかのように述べています。未払い株式の買い取りが移籍の条件というのは、外資の世界では常識で、実際ベア―・スターンズ証券の方からその申し出があったものです。

これらのことは、ただ彼らの金融に関する知識のなさを露呈したものです。

私の税務調査は当初、国税局資料調査課(隠語「リョウチョウ」)が行いました。裁判所の令状を取って問答無用で強制捜査に入れる査察部(隠語「マル査」)と違い、彼らの捜査は全て任意調査です。そのため、有名なマル査よりもむしろ優秀な人材が集められているとも言われています。マル査の私に対する強制捜査直前に、修正申告で手打ちという感じのリョウチョウの取調べの最終段階では、「私たちには外資系金融に対する知識が欠けているため、是非ともいろいろなお話しを伺って学びたいところもあるんです」と捜査官が言い、実際に外資系金融業界のことも勉強しているようで、「さすが取調べのプロというのは違うもんだな」と感じ入ったのですが、剛腕・辣腕ぶりを笠に着るマル査には、そうしたシャープさは余り感じられませんでした。検察の冒陳も同様です。強大な権力を持つと、人は考えなくなり、全て自分が正しいと感じてしまうものなのでしょう。

初公判の報道でも取り上げられているように、検察の主張の骨子は、「会社の指導が十分であった」という、私が(株式報酬に対する所得税が源泉徴収されないことを)「知っていただろう」というものです。

ここをクリック→初公判の報道

検察冒陳では、「会社は源泉徴収の義務がない旨、すなわち会社が源泉徴収を行うことはない旨が明記されていた」とあります。「源泉徴収の義務がない」と「源泉徴収を行わない」が同じであるということには論理の飛躍があります。

クレディ・スイスの文書の中には、同じく株式報酬の源泉徴収に関する記述で「会社は源泉徴収の権利がある」と記したものもあります。「義務がない」と「権利がある」とは矛盾せず、そしていずれも「行わない」とは同義ではありません。源泉徴収の義務がなくても、現に、当時から株式報酬の源泉徴収を行っている会社もあります。

源泉徴収の義務がないからといって、それは必ずしも検察が主張する「源泉徴収を行っていない」ということを意味するものでないことは明らかです。

そして、検察の主張においては、「源泉徴収の義務がない」という文言を私が読み、かつそれを「源泉徴収していない」という誤った理解をして、その上で故意に過少申告をしたという立証が全く欠けています。もしそれが経験則上、誰にでも同じ行動・思考パターンが通用するのだということであれば、300人の税務調査対象者のうち100人もの職員が私と同じく完全無申告であるという事実は、彼らが全て故意犯であるということが前提になると思います。

クレディ・スイスの関係者に対して相当数の取調べを行っていながら、その関係者の供述調書がほとんど証拠調請求されずに隠されている点を勘案すると、むしろほとんど全ての者が故意ではなく、過失であることが強く推認されます。それはむしろ一般的な感覚に近いのではないでしょうか。

検察冒陳では、会社の文書には日本語訳が付けられ、日本語のみが読まれたために、認識しやすく感じられますが、会社の文書は英文オンリーです。そしてその英文の文書を一目見て、どうして「みんながこの文書を読み」「みんなが理解し」「そしてみんなが自分で別途申告・納税しなくてはいけないと気付いた」と言えるのか、私には全く理解できません。

英語だけで書かれた文書を「読まない者もいて」「理解しない者もいて」「自分で別途申告・納税しなくてはいけないと気付かない者もいた」という合理的な疑い(注2)が入って当然だと私は思います。

会社の税務に関する注意書きを抜き書きすると(それだけでも英文全文を読むよりは、はるかに理解が容易となることに留意してみて下さい)

“Please note that whilst there are no employer individual tax reporting or withholding requirements on the delivery of threse shares”
という一文が、検察の主張する「すなわち会社が源泉徴収を行うことはない旨が明記されていた」というものです。

こんなものを理由として私は起訴されてしまったわけです。

もし、私が脱税を意図していたのであれば、こうした会社の税務に関する記述は丁寧に読んだであろうことも想像できます。この文章は以下のように続きます。
“we will in all likelihood be asked by the Japanese tax authorities for details of this delivery at some point in the future. In such an event, we provide the information contained in this memorandum to them without further communication to you on this matter.”
その意味するところは「多分税務当局から、この株式報酬のことについて会社は聞かれるだろうから、その時はあなたに連絡しないで、この情報を渡します」と言っているわけです。先の文章を読んで会社が源泉徴収をしていないことに気付いて脱税しようとしたのであれば、それに続く文章を無視して犯行に至るというのは気違い沙汰としか言いようがありません。

また彼らが最重要証拠と考えているであろうものに、ストックオプションの行使指示書の設問に私が斜線を引いたというものがあります。これが脱税の故意の証拠だというのですから本当に驚愕してしまいます。むしろそれは、検察というのは悪知恵の働くところだという証しなのではないでしょうか。

私は、物事はよく分かっている人間に聞いてアドバイスを求める方が早い、というせっかちな人間なので、ストックオプションの権利行使をする際にも、知り合いの経理部の者に電話して、その電話口で指示を仰いだものです。その指示通りに記入をすることを考えていれば、その書面を前もって読むということは全く合理的ではないと思っています。

斜線は何も深く考えることなく、その経理部の者の指示でしたものですが、検察は、私がその質問の意味を分かっていてそれが自分に該当しないからこそ斜線を引いたのだと主張しています。

それは”only applicable if there is a tax withholding obligation on the exercise of Options”という設問を斜線を引いたことによって、「会社は株式報酬を源泉徴収をする義務がある場合のみ該当」を斜線で消す=「会社には源泉徴収をする義務がないことを認識していた」=「自分で別途申告・納税しなくてはいけないということを知っていた」という超ウルトラC級の牽強付会、こじつけです。

法律の世界では、「証拠の評価」ということがよく言われます。同じものを見ていても、その解釈が全く異なるということがありえます。

例えば東電OL事件。ゴビンダさんが犯人であるとする一番有力な証拠とされているのが、殺害現場の便器に捨てられたゴビンダさんの精液が入ったコンドームです。

精子のおたまじゃくしは、時間が経過すると尾っぽの部分が切れて消失し、頭の部分だけになるそうです。被害者の遺体は殺害から10日程経って発見されましたが、殺害現場に残されたコンドーム内の精液のおたまじゃくしはほとんど頭部だけの状態でした。弁護側の科学鑑定では、コンドーム内に残留した精液は20日程度経っており(ゴビンダさんの証言で、被害者と性行為をもった時期と一致)、犯行時のものではないとされました。ところが検察側の科学鑑定は、「便器内という不衛生な状況においては」、10日という早い時期にも尾っぽが消失する可能性がないとは言い切れないとして、このコンドームは犯行時に残されたものだとされました。

私がその証拠の評価をするならば、精液が10日経過しているとか20日経過しているとかは全く問題にならないと思います。

コンドームの外袋は現場からは発見されていません。検察は「証拠の隠滅のため、犯人が持ち去った」としています。犯行現場になければ、犯人以外の誰もそれを持ち出さないことは明らかなので、それは当然のことです。そのように用意周到な犯人が、自分の精液が入ったコンドームを便器内に残しておくわけがありません。いかに犯人がDNA鑑定の知識がなかったとしても、実に不自然な行動です。

即ち、その精液が入ったコンドームの存在そのものがゴビンダさんの無実の証明なのです。

先のストックオプションの行使指示書に斜線を引いたことに関して言えば、私の主張は「経理部の者の指示に従っただけ」というもので、検察の主張は「斜線を引かせる際に、経理部の者はなぜ斜線を引かなければならないか、会社が源泉徴収をしていないことを説明したため私はその設問の意図するところを十分に理解していた」というものです。

私の証拠の評価は「説明した」「説明は聞いていない」というレベルのものではありません。もし私が理解していたのであれば、設問上にそうした指示のない斜線をわざわざ引く必要もないからです。経理部の者が私に斜線を引かせたのは、電話口で説明をする際に誤記入を防ぐために親切で指示したというものです。そうでなければ、斜線を引くという行為の合理的な説明がつかないと思います。

同じく証拠の評価で分かれることは、検察冒陳にある私のメールです。

税務調査の一番の最初は、2008年11月6日に国税局資料調査課が、私が確定申告をお願いしていた会計・税理士に連絡してきたことが発端です。そして検察の冒陳では、税務調査開始直後の11月8日に私が、「俺の場合海外のアカウントの利子収入とかに課税されると痛い」と友人にメールしたことが述べられています。そのメール全文を引用します。

「『ポルシェとBMWをお持ちのようですが使用状況を教えて下さい』とか『シンガポールの口座の運用内容を教えて下さい』とか、既にかなり調べ上げてきてる。かなり真剣モード。調査員3人が税理士のところまで乗り込んでくるってのもやりすぎちゃうかって感じだけど。俺の場合海外のアカウントの利子収入とかに課税されると痛い。過去8年分の海外口座の全ての取引内容を開示せよだってよ。まじかよ、って感じだけど。国内の口座はもう勝手に調べてるみたい。取れるところからはむしり取る作戦が露骨。」

これが脱税の故意の立証になると彼らは主張し、敢えて冒陳でも言及したのだと想像しますが、私の証拠の評価は全く逆で、このメールは私の無実の証拠となるものです。

私は、税務調査が始まると直ちに、自分の見落としや過失で申告漏れがないかを自ら調べました。最初は何もないだろうと思っていたのですが、調べるとやはり少しはあるものです。それがこのメールに書かれている海外口座の利子収入でした。私はシンガポールの口座で米国債を保有していましたが、国内の金融機関で保有している場合には分離課税で20%の税金が利子から自動的に引かれるところが、同じ商品であっても海外口座で保有している場合、その限りではない(総合課税で他の所得と合算し、自己申告の必要あり)ということが分かりました。それを受けての発言がこのメールのものです。

税務調査が入った直後に、私が億を越える株式報酬の申告もれに全く気付かず、たかだか数百万の利子収入の追徴課税に「痛い」と言っているというのは、株式報酬の申告もれを故意にしたことではない有力な証拠だと思っています。

こうした一般的な常識にかからないというのが法律の世界なのでしょうか。おかしいことがまかり通っているようで、本当に怖くなってしまいます。

引き続き応援の程(ツイッター、フェイスブックでの拡散)お願いします。

3/2/2012

(注1)
検察幹部「裁判官との『あうんの呼吸』はもうない」
ここをクリック→あうんの呼吸

(注2)
「合理的な疑い」というのは法律的なテクニカルタームで、「有罪にするには『合理的な疑い』を超えた証明が必要」という様に使われます。つまり、推定無罪の原則が働く法律の世界では、真っ黒でないと人を罰してはいけないという基本原理があります。「うーん、多分クロなんだけど、100%そうとも言えないかもしれないな」では、絶対に有罪としてはいけないというものです。検察も本来はそのハードルを起訴のハードルとするべきですが、彼らの起訴のありようを見ているとむしろ「推定有罪」ということがままあります。そして、私のケースはもっとひどい、確信犯で犯罪を捏造していると思っています。それが我々の「公訴権濫用」の訴えとなっています。

ここをクリック→合理的な疑い


category: 訴訟記録等

2012/03/01 Thu. 19:07 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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