「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (111) 「証拠開示 Part 2 『当事者主義』」 3/10/2012 

#検察なう (111) 「証拠開示 Part 2 『当事者主義』」 3/10/2012

ボブ・ディランが歌う「ハリケーン」という曲をお聴きになったことはあるでしょうか。この曲は1966年、黒人プロボクサー、ルービン”ハリケーン”カーターの冤罪を訴えたものです。

事件はデンゼル・ワシントン主演で映画化もされたため(映画「ザ・ハリケーン」)、ご存知の方も多いかもしれません。終身刑に処せられたカーター氏は無罪を訴え続け、19年目に釈放・無罪となりました。その無罪判決の判決文の一部を引用します。

「検察側は、普通の被告人であれば手に入らないような資料を持っている。それゆえ、弁護にとって核心となる情報が検察の手中にある場合、それを被告人にも利用できるようにすることは絶対に必要である。もし裁判が、真実を隠すための努力ではなく真実の探索であるというのなら、全面的かつ公正な情報開示は、訴追側の恐ろしい権力に対して、被告人の権利を保護するために欠くべからざるものとなる」

このように証拠開示は、真実の追求には欠かすことのできない重要な要件です。そしてアメリカで検察が収集した証拠開示が日本より進んでいるのは、背景として早くから被告に有利な可能性のある証拠を開示する義務が判例として確立していることがあります(注)。

片や日本においては、検察は、彼らが収集した証拠のうち、自分たちに都合のよい証拠、即ち被告にとって不利な証拠のみを裁判に提出してよしとします。その問題点をNHKが番組で指摘しています。

「NHK クローズアップ現代 『証拠は誰のものか』」。8分のダイジェスト版の映像がありますので、是非ご覧になって下さい。

ここをクリック→NHKクローズアップ現代「証拠は誰のものか」

なぜこのようなことがまかり通っているのでしょう。それは日本の刑事訴訟法の建て付けが、「当事者主義」を前提としているからです。

当事者主義とは、事案の解明や証拠の提出に関する主導権を当事者に委ねる原則をいいます。刑事裁判では、この当事者というのは、被告・弁護側と、検察ということになります。

そしてこの当事者主義においては、裁判官の役割は「立証活動はあなた方当事者でお願いします。私たちはレフリーに徹しますんで」ということになります。

「え?それって何?検察って捜査して真実を追求するところじゃないの?だから彼らは無罪は負けと思っちゃうわけ?」と思ったあなた。正解です。

そして、ご存知のように検察は強制捜査権や逮捕権といった強大な権力を持っています。中世の決闘で言えば、背中合わせに立って、1、2、3で振り向いたところ、こちらの手にしてるのは果物ナイフ、相手が手にしてるのはマシンガンくらいの差があるわけです。

ところが実は、アメリカも日本と同じく当事者主義を取っています。そして上に述べたように当事者主義と証拠開示義務とは矛盾するものではありません。それは当事者は公平であるべきだという基本原則に従っているからです。

日本のように、当事者主義を取りながらその当事者間に不公平を許している司法の在り方は正しいとは思えません。検察は、公平な正義の遂行者であることを国民が期待しているにも関わらず、そして彼ら自身もそれを装いながら、実態はそうではありません。

実際のところ、検察は、この当事者主義を笠に着て証拠開示をしようとしません。

これは、検察が「公益の代表者」(検察庁法4条)としての立場を忘れ、「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現」(刑事訴訟法1条)されることを阻んでいると言えます。

これをまとめると

(共通点)
アメリカも日本も、当事者主義をとっている。

(相違点)
アメリカは対等主義を重視し、証拠開示が判例法理により確立している。
日本では、ここまで踏み込んだ判例はまだ出されておらず、検察は、それをよいことに当事者主義を笠に着て、積極的な証拠開示に応じない。

お分かりになりましたでしょうか。

ちなみに、ドイツやフランスでは、事案の解明や証拠の提出に関する主導権を当事者に委ねない「職権主義」を取っていて、証拠は裁判所が管理するため、被告・弁護側は制限なく証拠にアクセスできます。

証拠開示が真実追究、冤罪の回避に必要だということは明白なのですが、なぜ正しい方向に物事が進まないのでしょうか。

証拠開示を法で整備する場合、企画・立案を担当するのは法務省刑事局ですが、法務省の主要ポストが検事出身者で占められているため、官僚サイドから改正の動きが有るとは思えません。

ここをクリック→法務省・検察人事

やはり当面はお上を頼むのではなく、国民一人一人が問題意識を持って、捜査権力の不当な行動にNOを言い続けるしかないのではないかと思います。そして国民が無知でないと知れば、さすがに役所も重い腰を上げるのではないでしょうか。そうあることを願っています。

そして、いずれはこうした間違ったことは正され、証拠開示の方向に進んでいくものと思います。そして未来の検事が、今の暗黒時代を振り返って「何で、昔はあんな非人道的なことがまかり通っていたんだろう」といぶかしがることだと思います。

今の時点では、まずは何が起こっているか、現状を把握することです。知らないことって一杯あるんです。そして知らないまま放置しておくと、物事は間違った方向に突き進んでいきます。自分は関係ないと思っているあなた。私もその一人でしたから理解できます。でも冤罪は他人事ではありません。それも私は今ではよく分かっています。

こうした問題点を正しく認識すること、それが世の中を変えていきます。

3/10/2012

(注)
1963年Brady v. Maryland事件最高裁判決
「検察官たちは、証拠が有罪又は懲罰の判決に影響する重要な証拠(material evidence)である場合に、被告人に有利な証拠を提出する憲法上の義務を有する」
「社会は、有罪判決が下されたときだけでなく、犯罪の審判が公正であるときに勝利する。いかなる被告人も不公正に扱われるとき、私たちの司法システムは損なわれるのだ。検察官が、被告人の要請により、それが開示されたならば、被告人の無罪を証明しているか刑罰を軽減するような重要な証拠を隠蔽することは、被告人に大きく負担を与える裁判を作り上げることを補助していることになる」


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category: 刑事司法改革への道

2012/03/10 Sat. 00:23 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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