「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (116) 「みなさんのコメント紹介」 

#検察なう (116) 「みなさんのコメント紹介」

#検察なう (114) 「可視化について」と(115) 「氷山の一角」に対して、読んで頂いた方から頂いたコメントを紹介します。

#検察なう (114) 「可視化について」

ここをクリック→#検察なう (114) 「可視化について」

「検察のあり方検討会議は私もずっとフォローし続けていましたが、ひどい終わり方でしたね。
八田さんも指摘された『1年後』の部分は、当局側は逃げる気マンマンかもしれませんが、追求し続けないといけないですね。」
(by K.T)

「検察在り方検討会議は私も興味を持って成り行きを見ていましたが、終わって『は?』という気持ちだったのを覚えてます。その後…可視化に関しても進んでいるんだかいないんだか。『一部』をつけたり『ここは削除』としてみたり。『被疑者本人は自分のことですから、何とか踏ん張れても、参考人はいとも簡単に取調べ官の誘導・誤導に屈すると思っていました。』私も同意です。」
(by Y.J)

「 前回ブログに書かれた『大阪東住吉放火事件』でも、犯人とされた母親が検察官の執拗な取調べと精神的追及に耐えかね、『やってないです、でももういいんです』と犯行を行っていない旨を明確に述べたうえ、それでもやったことにすると告げた、とあります。こういった冤罪を防ぐにためにも取り調べの可視化に対する性急な法整備が必要だと思います。
また、事件を取り巻く参考人が捜査機関によって被疑者に不利になるような発言を誘導されるような尋問を防ぐ意味でも、被疑者だけでなく参考人の取り調べも可視化すべき、という意見もありますが、私もそれに同意です。

これに加え、日本では取り調べにおいて、弁護士の立会いすら認められていないという現状に驚きました。冤罪でなく、本当に罪を犯してしまった場合でも、捜査のプロの警察や検察に被疑者が一人で臨んでいかなければならないのはフェアじゃない、と思うのは私だけでしょうか?」
(by H.P)

「公正な裁判を実現するためには、証拠の全面開示(警察・検察が持っている証拠を全て弁護側に開示すること)が必要だと思います。そして、証拠の全面開示には、取調べの可視化も含まれていると私個人としては思います。

取調べはその中で作成された”調書”が証拠となります。
何かについて意見を述べる文章を書いたことがあれば分かると思いますが、どのような”事実”を文中に取り上げるかで全く異なる結論になります。
調書も同じです。
調書を作成したとしても、重要な何かが漏れていないかチェックできるよう、取調べの全面可視化(一部だと全く意味をなしません)が必要だと思います。

また、代用監獄が当たり前に使われている日本では、取調べ中に自白を強要することも容易に想定されます。
自分がやってもいないのに、何故自白をしてしまうのか?
それは、以下の『自白と冤罪の心理学』を読んで頂ければ分かります。

ここをクリック→自白と冤罪の心理学

人間の心はそんなに強くありません。環境によってすぐに”折れて”しまうのです。
嘘の自白(やってないものをやったと言わせる)を防ぐため、もしくは後から自白が強要されていないかチェックするためにも取調べの可視化が必要だと思う理由です。

可視化に反対する理由は何でしょう?

ここをクリック→取調べ可視化の問題点

大きく分けると以下がありそうです。
・被害者を含む関係者のプライバシーが害される可能性がある
・コストが嵩む
・取調べが緩くなり真相解明が遠くなる(”取調官と被疑者の人間的信頼関係構築を阻害する”というよく言われる点も含め)

可視化には当然、メリットもデメリットもあるでしょう。
どのメリット・デメリットに重きを置くかは、視点によって異なってくると思います。
無実の人を罰する(死刑も含めて)可能性を出来るだけ排除したいか、罪を犯した人を見逃す可能性を排除したいか、のどちらに立つかによってです。

私は前者です。」
(by K.W)

#検察なう (115) 「氷山の一角」

ここをクリック→#検察なう (115) 「氷山の一角」

「―検察の無理筋で賄賂罪で起訴された(とされる)OL女性のケースが紹介されています。かくも冤罪とは多いものかと思うと同時に、それを社会に発信する力・検察と戦う力は今の所限られた人間だけが持つ物なのかもしれないと感じます。冤罪駆け込み寺となった八田さんブログ、『能力を持ったものには、それを正しく行使する責務がある(白い巨塔)』という言葉もありますね。 」
(by R.M)

「クレディ・スイス事件を知らなかった当初、『冤罪』というと、科学的捜査が発達していなかった昭和の時代の殺人事件などのことだと認識していました。ですから八田氏の状況を聞いた時も、こんなことが起こるものなのか?と耳を疑ったものです。その後いろいろと情報を得るにつれ、『冤罪』とは実はもっと身近にあるものだと知り、言いようのない恐怖を感じました。
このOLさんのケースのように、こういった事件がどんどん表に出て、日本の司法を変えられればと願いますが、実際は冤罪ということ自体が表に出ない(逮捕・拘留を恐れて無実の罪を認めてしまう)ケースと、冤罪でも、それ以上のダメージを避けるために公にしないケースも多いのだと思います。その場合は負のスパイラルというか、ますます検察の横暴を助長させることになるのかと思うと、やりきれない思いでいっぱいです。

検察が『警察が捜査した事件を受理し、その疑われている人が本当に犯人かどうか確かめて、刑罰を与えるための裁判を起こすかどうかを決める』という本来の仕事に専念し、裁判所が本来の機能を取り戻すには、私たちは何をすべきなのでしょうか。問題の根は深いです」
(by H.P)

「朝から驚き。彼の冤罪事件は『氷山の一角』なのか。確かに普通の人が突然嫌疑をかけられて、突然逮捕拘留された場合を想像すると…背筋が凍る思い。八田氏の場合、金銭的にも精神的にも逮捕の恐怖と戦いながらも、聴取の間否認を続ける力があったけれども、それは本当にレアケースだろう。」
(by Y.J)

「いったいなんでこんなことに?
仮説A) 業務上横領は10年以下、収賄は5年以下。前者ならまず実刑は免れないが、後者なら初犯で3年以下だと執行猶予の可能性も。ということで、容疑者A氏かその助言者が贈収賄ストーリーを考えた可能性がある。

その上で、
a-1.上記ストーリーを善良で人の言うことをよく信じる捜査当局者(担当の警察官と検察官)が信じ、女性社員氏とその上司を拘束した。
a-2.業務上横領より贈収賄事件の摘発のほうがポイント高いなと考えた捜査当局者が、上記ストーリーに乗った。
a-3.上記ストーリーそのものが、捜査当局側からヒントとして容疑者A氏に提供された。

さてどれでしょう。いずれにしてもめちゃくちゃな話で、全力で叩きに入らないと善良なる社会人は安心して仕事もできないわけだが。」
(by M.K)

「 CS事件の冤罪被害者は、億単位の年収を得ていた外資系証券マン、自分とは関係ない世界のことだと思う方も多いでしょう。
でも、違うんです。誰にでも起こりうることなんです。

今回のブログは、彼に届いた一通のメールから明らかになった、世の中に知られざる冤罪について触れています。
普通のOLの方からのメールだったそうです。
... 彼女は、事務機器の販売・リース会社に勤務していました。
ある時突然、逮捕され、7か月間も勾留されて取調べを受けたそうです。

事件(リース事件)の概略は簡単です。
”彼女の働く会社がパソコンをリースしている市の職員が、リースのパソコンを自分のものにした。その職員は、リース会社が何らかの便宜を図ってもらうために自分に賄賂として提供したものだと証言した。当該職員は収賄罪に問われ、リース会社の営業担当であった彼女と上司が贈賄罪に問われた”

職員の証言しか贈賄罪である証拠はないそうです。
冤罪の構図としては、業務上横領罪より軽い刑で済む収賄罪を選んだ職員と贈収賄を挙げたい検察。

私は、全ての証拠に目を通したわけでもないし、彼女に面識もありません。
だから、上に書いた冤罪の図式が本当かどうかは分かりません。

でも、彼女が無実であると信じてます。
その理由は、7か月間も勾留されて否認を続ける、というのは、”やってないものをやったとは言えない”という非常にシンプルな、シンプルだからこそ強い、自分の良心に従った行動の結果であろうと思うからです。

ごくごく普通に暮らしていた年収300万円のOLが接見禁止で7か月間も勾留される!
罪も確定していない人間を長期間勾留する日本のシステムは代用監獄や人質司法と言われます。そして、”daiyoukangoku”は恥ずかしくも世界に通じる言葉なんです。
その代用監獄や警察・検察と戦って否認を続けた彼女の姿勢には感動します。あとは裁判所が公正な判断を下してくれ、無罪を勝ち取ってくれることを祈るばかりです(無実なんだから、無罪を勝ち取るって言葉自体がおかしいのですが。)

というように、冤罪は誰にでも降りかかることなんです。

冤罪と言う理不尽に向かわなければならない冤罪の直接被害者の怒り、悔しさ、辛さは、悲しさは、想像することしかできませんが、その想像すら超えているものと思います。

そして、周りの人にも大きな影響があります。身近な人が冤罪被害にあった場合の、怒り、悔しさ、少しでも肩代わりできないことのやるせなさと悲しみ、完全には分かることができない自責の念。

そんな思いをする人がこれ以上増えてほしくありません。」
(by K.W)

そして私の紹介した冤罪被害者の友人の方からもメッセージ頂きました。

「はじめまして
この記事の彼女の友人です。
彼女からメールをもらい拝読させていただきました。
八田さんの活動が彼女の心の支えになったことに私からも感謝申し上げます。
不慮の事故みたいなものだからと謙虚に戦い続ける彼女の姿を見るたびに、『こんなことに巻き込まれる人じゃないのに』と心が痛むとともに、負けずに戦う彼女に人間的な尊敬を感じています。
罪のない方の届かない声が少しでも社会に出るように活動されることは、私には想像できない大変さもあるかと思いますが、ぜひこれからも私たちではわからない真実や大切なことを伝え続けてほしいです。」

この友人の方を始め、冤罪被害者を応援・支援されている方々に、私が僭越ながら冤罪被害者を代表して感謝の気持ちを述べさせていただきます。冤罪被害者は応援・支援の声で救われ、勇気づけられ、前向きになれるものです。ありがとうございます。

3/26/2012


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category: 支援者の方へ、支援者の方から

2012/03/26 Mon. 02:23 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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