「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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外資系証券なるもの (3) 「就活 その2」 

外資系証券なるもの (3) 「就活 その2」

就職活動において、私の志望は第2志望以下のない電通志望だったということは前回書いたところです。

私は博報堂の面接すら受けていません。

「といっても、ほかのどこも面接しないってのもなあ。でもあまり日本のほかの会社の面接を受けてもなあ」と、私が電通のほかに面接を受けたのは外資系企業ばかりでした。

当時は、まだ日本の企業がイケイケドンドンで、外資系企業を就職先として学生が選ぶということは、非常にまれだったと思います。ましてや保守本流の東大生の選択肢としては、ほとんどありえない状況だったものです。

当時、学生をコンスタントに取っていた外資系企業の業態は、外銀とコンサルティング・ファームがメインでした。外資系証券は、依然中途採用によってその採用が占められ、学生をコンスタントに取っていたのは結局私が入社することになるソロモン・ブラザーズ証券が唯一だったのではないでしょうか。

広告会社の中で、私が訪問したのはマッキャンエリクソン博報堂でした。当時のコマーシャルでは、コカコーラの宣伝が彼ら製作によるものだったと思います。やはり親会社のリレーションでアメリカ企業関連の広告が多いのだろうと思ったものです。

企業は青田刈りの第一歩として、就職説明会を催します。説明会といっても、大概は質疑応答などを通して、めぼしい学生をチェックするというのがよくあるパターンです。そして就職説明会は、学校ごとに学生を分けて行われることが普通です。

「すいません。東大生が参加できる就職説明会はいつ行われますか」
「東大生向けの就職説明会というのはないので、いつの就職説明会でもいいのでご参加下さい」

これが先のマッキャンエリクソン博報堂の人事部との電話でのやり取りだったと思います。

そして就職説明会の当日。学生は数十人はいたでしょうか。アンケートみたいなものを書かされ、終了後、帰ろうとしてエレベーターを待っているときのことでした。

「あー、八田君っているかな。あ、君か。ちょっとこっちに来てくれない..........うちの副社長が会いたいって言ってるんだけど、時間あるかな」と言われ、突然、副社長と会うことになりました。

その副社長の方も東大の出身らしく、「いやあ、うちの会社に東大法学部の学生が来るっていうから、どんなかなと思ってさ」とのことでした。

ざっくばらんと会話し、別れ際に「そうか、電通志望か。やはり大手は強いよ、この業界では。頑張ってね」と言われました。勿論、その後、マッキャンエリクソン博報堂の面接に行くことはありませんでした。

私の就活で、常に意識したことは「自分を出す。結局は相性だから、自分を飾って自分と違う『八田隆』を採用してもらったところでいいことはない」というものと、「企業は学生を選ぶ。学生も企業を選ぶ。立場は対等」というものでした。

随分と青臭いことを考えていたと、今では思います。ただ立場が逆になって、採用する側になっても、結局同じことを考えていたものです。

就活は私にとっては、非常に大きな刺激でした。まず社会人の人たちが随分学生とは違うと感じました。それは例え1年目や2年目の新米社会人であっても、学生のぬるま湯状態とは違ってバイタリティーに溢れて見えたものです。

また外資系企業を中心に回っていたので、そこで接する学生たちもえらく自分の周りとは違うように思ったものです。彼らは、「帰国子女」というカテゴリーでした。

ある外銀の試験で、筆記試験がありました。英語の筆記試験ですが、こちらは試験はお手のもの。終了時間を待たずに完答して、退出しようかなと思った時に、さっと答案を提出して出て行った女子がいました。

「うへーっ。なんじゃ」と慌てて、後を追っかけて捕まえました。

「君、学校どこ?」「上智の比文ですが、何か」「いや、何かってことでもないんだけどさ。随分と早々と答案書き上げて出てったからさ。あー、俺の友達も試験受けてんだけど、もしよかったら喫茶店でみんなで情報交換しない」

こちらは純ジャパの日本の英語教育しか受けていない学生ですから、彼ら「帰国子女」の存在は、非常に新鮮で、素直にすげーっと思ったものです。

ちなみにこの彼女は、後日、男女雇用均等法元年の女子社員ということで、鳴り物入りで第一勧業銀行に総合職として入行しましたが、「全く旧態然」とする企業カルチャーに辟易してさっさとスチュワーデスに転身しました。

電通の面接もその間、進んでいきます。

確か第一次面接と第二次面接はグループ面接で、第三次以降個人面接だったように思います。

第一次面接は、学生4-5人に対し、一人一人の質問が一つ二つというもので、「おいおい、こんなんで学生を選別できんのかよ」と思ったものです。面接官もほかの企業に比較すると、なーんか学生の延長の雰囲気を持っていて、「何だかなあ」という違和感を感じてしまいました。

さすがに、第三次面接、第四次面接と進むにつれ、面接官も年次が進みパリッとした「電通マン」の印象でしたが。夏の時期なので、面接官がシアサッカ―のスーツだったりすると、「おー、さすが業界!」と感じたものです。ただ結局、最初の時点で感じた違和感をずっと引きずることになってしまいました。

他社の面接は、あっという間に「お引き取り願います」というところもあれば、随分と気に入ってもらって積極的に勧誘されたところもありました。しかし、内定をもらうのは電通だけ、と決めていたので、他社の面接は途中で全て断って、電通の最終面接となりました。

電通の最終面接は役員面接です。

(続く)


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category: 外資系証券なるもの

2012/03/28 Wed. 16:02 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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