「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (122) 「検察のストーリーの不合理さ」 4/18/2012 

#検察なう (122) 「検察のストーリーの不合理さ」 4/18/2012

検察のストーリーは至ってシンプルです。

それは、「どうせバレないと思っていたんでしょ」というものと、「バレたら謝れば済むと思っていたんでしょ」というストーリーです。

それがいかに不合理かを説明させて頂きます。

まず前者の「バレないと思っていた」という場合、2つのケースが考えられます。1つは「バレるかどうかの可能性の検討を全くしていなかった」というもの。もう1つは「バレるかどうかの可能性の検討をした結果、バレないと判断した」というものです。しかし後者であることはありえません。

可能性の検討をした結果、バレないと判断するためには、「会社は税務当局に報告することは絶対ない」かつ「税務当局は会社を調査することはない」としなければならないのですが、証拠を吟味すれば、それは容易に否定できます。会社は株式の受け渡し通知に「会社はあなたの承諾なしに税務当局に株式受け渡しの情報を提供する」と明記していますし、実際に税務当局が捜査したように、それは当然ありうる可能性です。

つまり「どうせバレないと思っていた」ということは「バレるかどうかの可能性の検討を全くしていなかった」ということになります。

私は、脱税をしていたとすればしたであろう仮装・隠蔽(そしてその準備も含みます)を一切していません。会社の給与をどのように隠せば分かりにくさが増えるのか考えが及びませんが、例えば他人名義の口座やナンバー・アカウントを使うとか、資金移動は現金で行うとかということになるのでしょうか。その準備である、「脱税の研究・調査」の方が重要かもしれません。インターネット検索、税関係の本の渉猟、第三者への相談・依頼といったことです。

それらを一切しないで、「どうせバレないだろう」というのは、パラシュートの点検をしないで(あるいはパラシュートをつけないで)スカイダイビングをするようなものです。

後者の「バレたら謝れば済むと思っていたんでしょ」という場合はどうでしょう。バレたらどういう結果になるかということを考えればすぐに「謝って済む問題ではない」ということに思い至ります。犯罪の代償が高くつくことくらいは誰でも容易に想像できます。

つまり「バレたら謝れば済むと思っていた」ということは、「バレたらどういう結果になるかということを考えなかった」ということになります。

検察が彼らのストーリーを立証するためには、私が「バレるかどうかの可能性の検討を全くしておらず」「バレたらどういう結果になるかということを考えなかった」ということを証明する必要があります。

即ち、私が「発覚の可能性及び発覚した場合のダウンサイド・リスクの評価を全くしない、あるいはできない『間抜けな者』である」ということを検察は言っているわけです。

違う側面からも説明してみましょう。

脱税をすることで得られるものは、ほ脱税額(払うべき税金の金額)の経済的効果のみです。これに対し、それが発覚することで失うものは、過少申告加算税・延滞税・重加算税といった追徴課税以外に、社会的信頼(親の顔に泥を塗る、子供の将来に大きなハンデを背負わせるといったことも含みます)、名誉、そして将来の雇用といったものがあります。

失うもののうち、追徴課税以外はまさにプライスレスです。損得勘定の天秤の片方にどーんとそれが乗っている以上、普通の理性があれば、犯罪行為に及ぶということは想像できないものです。

私も普通の理性を持っており、そうした常軌を逸した反社会的な行動を取ることはありえないのですが、一旦、天秤の片方からプライスレスのものを取り除いて、経済効果のみに注目してみます。

私が脱税をしたとして得られた「利益」は、ほ脱税額の1億3,000万円です。そして私はその本税に加えて、追徴課税を5,500万円支払っています。脱税を検討する際には、それぞれの金額に発覚しない可能性、発覚する可能性を掛け合わせ、期待値を求めて天秤に乗せることになります。

発覚する可能性が高ければ高いほど、脱税をしたとして得られる利益は小さくなり、どんどん割に合わないことになります。

発覚する可能性を五分五分と評価した場合でも、得られる利益の方が多い(1.3 x 50% > 0.55 x 50%) 、脱税をした方が得だということになるでしょうか。

自動車保険を使って修理をしようかどうかを考える場合を考えてみます。保険を使わず修理をすれば10万円、保険を使って修理をすれば免責額5万円という場合に、保険を使って修理をする人はいないでしょう。なぜなら保険の等級が下がることで将来の保険料が高くなるからです。

脱税をした場合も同じです。発覚した場合に失われる側の天秤に乗せるものには「将来の給与」も含まれます。1-2年働けば得られるであろう利益のために、将来の給与をリスクにさらすことがどれだけばかげているか、経済的価値のみに注目しても言えるのではないでしょうか。金の卵を産むガチョウを殺すようなものです。

しかし、時に人は全く不合理な行動を取ることはあります。

お金に関して言えば、法外な金利を払ってもサラ金からお金を借りるように、もし何らかの危急の資金需要があれば、「とりあえず今お金が必要だから」と目先の利益を追求することもあるでしょう。私には、そうした事情は一切ありませんでした。脱税をしてお金を得ようとするには、動機がいかにも薄弱です。

そしてそもそも、私は、「経済的価値を一番のプライオリティーとして、それを得るためには反社会的行為も辞さない『悪人』や『守銭奴』」ではありません。

私が、「間抜けな者」でもなければ「悪人」や「守銭奴」でもないことは、146通の嘆願書を読めば、事実と異なることとして明々白々です。

嘆願書は、私自身が「私はこういう人物だ」と言ったところで全く信憑性に欠けるため(人間とは自己弁護を図る存在だと検察・裁判所は判断します)、私の友人・知人に「あなたの知っている八田隆という人物を文章にして下さい」と頼んだものです。

依頼する際には、嘆願書という名称にはなっていますが、何も嘆願する必要はない、私を弁護する必要はない、ましてや私が巻き込まれたクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件の内容を知ることすら必要ではない、と説明しています。「打ち合わせなし、検閲なし」の私の人物評を、小・中・高校の友人から、仕事での同僚・部下、趣味を通じて知り合った友人達が書いてくれました。

146通集まった嘆願書のうち、33通をブログで公開していますので、是非ご覧になって下さい(カテゴリで「嘆願書」に分類されています)。そしてそれらをお読み頂ければ、検察が言うところの私が間抜けな悪人・守銭奴であるというストーリーが不合理極まりないことがご理解頂けると思います。

検察の想像力の豊かさには驚かされますが、それが一般の経験則に照らし合わせて合致しておらず、ましてやその犯罪のプロファイリングは私という人物像に全く合っていないことは明らかです。

真実と異なることは不合理なものです。「嘘はばれる」と同じことです。検察のストーリーは真実と異なるがゆえに全く不合理なものです。

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category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2012/04/17 Tue. 13:55 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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