「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (126) 「氷山の一角 パート2 『ロボスクエア贈賄冤罪事件』」 4/27/2012 

#検察なう (126) 「氷山の一角 パート2 『ロボスクエア贈賄冤罪事件』」 4/27/2012

失意のうちに福岡から戻りました。また冤罪の被害者が救われることなく、刑事裁判における有罪率99.9%という司法の矛盾を感じただけでした。

事件は「ロボスクエア贈賄冤罪事件」。

ロボスクエアとは福岡市博多区にあるロボット体験スペースです。この市が運営する施設にパソコンをリースする契約において贈収賄があったとするのが、警察・検察の主張するストーリーです。以前に私が#検察なう (115) 「氷山の一角」で紹介したものです。

ここをクリック→#検察なう (115) 「氷山の一角」

冤罪の被害者は永末康子さんとその上司の方で、彼らは逮捕・起訴の時点で実名報道されています。

ここをクリック→ロボスクエア贈賄冤罪事件報道

本日、一審判決があり、私は福岡地裁まで傍聴に行きました。裁判の前後に、永末さんとはかなりの時間話をすることができました。

裁判の前にはかなり緊張が見て取れましたが(そりゃそうです)、「私には有罪になるということは考えられないんです」と言っていたことが印象的でした。自分が無実であることは彼女自身が一番よく知っており、「有罪」ということが全く現実感を持って感じられないというのは、冤罪被害者に特徴的なものです。私は誰よりもその感覚が分かります。

判決は求刑通りの懲役1年6ヵ月(執行猶予3年)。判決理由は詭弁山盛りで、明らかに結論ありきのものでした。一般常識が司法の手にかかるとここまで歪められてしまうのか、と今更ながら理不尽かつ厳しい現実を再認識したものです。無罪を書ける能力・気力がある裁判官はそうそういないということも再確認しました。

事件は複数のリース契約を巡ってのもので、そのリース契約の内容に立ち入ると、一見複雑なように見えます。しかしその本質は至ってシンプルなものです。複雑に見えるものほど、その実、本質はシンプルであるというのはよくある話です。

この事件においても、「リース業者が市の施設に納入したはずのパソコンが市職員の家にあった」という争うことのない事実に関し、その市職員とリース会社営業の永末さんの主張が真っ向から相反します。片や「賄賂として受け取った」、片や「通常のリース契約で市の施設に納入した」というものです。

本日の判決においては、永末さんの主張は不合理であると全て排斥されたのに対し、市職員の主張は全面的に認められました。

被告本人の供述の信用性は全く無視され、第三者の供述内容は全面的に信用される、ということは裁判では一般的です。それは被告本人は罪を免れるため言い逃れをするものであり、第三者にはその被告を罪に陥れる必要性がない、とされるためです。

しかし、今回の場合、パソコンの利益供与=贈賄を受けたとされる市職員には、永末さんを陥れる利益がありました。それは業務上横領の場合懲役10年以下であるのに対し、収賄の場合懲役5年以下と刑が軽くなる可能性があるからです。それをもって弁護側も市職員の供述内容は信用できないと主張しました。

これに対する裁判官の判断は、「取り調べ当初より市職員は収賄を認めていたが、当時、彼には適用される罪状によって法定刑期が違うといった法律知識があったとは認めがたい」とするものでした。単純横領事件よりも、贈収賄事件の方が警察にとって「おいしい」事案であれば、警察が取り調べにおいてそれを示唆することを想像するのはそれ程難しくないにも関わらずなのにです。

想像してみて下さい。もし悪いことが発覚した場合に、「自分一人が悪かったんです」というより「ほかにも悪い人がいて、私はその中の一人なんです」と虚偽の供述をする方が気が楽だということはあるでしょう。そして、それは法律的な概念でも「ひっぱり込み」と呼ばれて、十分にありうるという認識は裁判官も持っているはずです。

また、判決では、今回の「贈収賄」が通常のリース契約と異なるとする理由には次のようなものが述べられました。

「市職員はリースしたはずのパソコンを家に持っていたが、『パソコンの調子が悪いので見てほしい』と被告人(永末さん)に話しており、市職員の家に当該パソコンがあることを被告人は不審に思わなかった」

「通常のリース契約の場合、保証書は会社が保管した上でメンテナンス契約をするものであるが、保証書は市職員にそのまま渡されていた」

「市職員が受け取ったパソコンには花柄のデザインのものもあり、市施設に提供されるパソコンとしてはありえない」

かなりこじつけもいいところの理由です。業者にすれば、リースしたパソコンを市職員が家に持って帰っても「仕事で持って帰ったのかな」と思ったところでそれほど不自然ではないと思います。保証書に関しては「箱を開けずにそのまま納入した」、花柄のパソコンに関しては「オープンスペースの施設であり、花柄であっても特段不自然ではない」というのが、永末さんの説明でした。納得できるものだと思います。

また利益供与とされる単年契約から複数年契約への変更に関しては、以前に説明したように、元々が市条例で複数年契約であっても契約上は、同じ内容の契約を毎年更改するだけで、ある時点の契約更改の際に、市条例が変更されて、実態通り複数年契約の契約書を交わしたものでした。何ら業者としての利益はなく、それが動機となることは考えられません。

これに関して、裁判所の判決内容は「利益がなくても、『契約をしてほしい』ということ自体、動機となりうる」という訳の分からないものでした。私も金融というサービス業に従事していたので、顧客の取り込みには随分努力したものです。私が永末さんに聞いたのは、「競合する相手がいたのですか」でした。もし蹴落としたい商売敵がいるのであれば、少し無理をすることもあるだろうと思ったからです。彼女の答えは「特にいません。うちの会社のサービスの良さを先方も理解していたので」でした。

更に私が決定的な証拠として考えていたことに、パソコンの受取場所に関しての市職員の供述内容の変遷があります。市職員は、当初自宅でパソコンを受け取ったと主張していましたが、施設から市職員自宅へのパソコンの送り状が証拠として見つかり、その主張内容を変更しています。こうした「供述の変遷」は、市職員の主張内容が事実とは異なることを強く示唆するものです。

小沢氏の無罪判決でも、裁判官の判決の中に小沢氏を批判するものとして、「供述に変遷や不自然な点があり、信用性に乏しい」としていたところは記憶に新しいところです。

ところが、今日の判決では、「時間が経過していることもあり、記憶の違いから供述が変遷することも不自然ではない」として、パソコンの納入場所が市施設であったことすら問題とされませんでした。驚くばかりです。

市職員は既に収賄で刑が確定しており、想像するに、その時点で裁判所としては、贈賄も新たな証拠を丹念に検討することなく決めていたというものだったと思います。

永末さんからは、彼女が友人に送った事件に関する一連のミクシィのメッセージと、公判の度に書き綴った公判日記をUSBメモリーでもらい(なぜかスタバのアクセサリ付)、帰りの飛行機+電車と家に帰ってから全て読みました。これまでメールをやり取りして、また、今日数時間話すことができた内容と変わらないものでした。

普通のOLが会社の仕事をしていただけなのに、突然犯罪者とされ、7か月も勾留された恐怖とご家族の方々の苦悩には計り知れないものがあります。

彼女は判決を聞いた後も前を見据えていました。彼女の精一杯の頑張りだったと思います。

今日、彼女のご両親と挨拶させて頂きましたが、実に心やさしい方々という印象を受けました。法廷では私は彼らより後ろに座っていたため、彼らの姿が目に入りましたが、不当な判決を受け止める姿が目に焼き付いています。私にはどうすることもできずに本当に残念でした。

彼女の前回の公判で行った最終弁論を引用させて頂きます。

「私はxxxx(会社名)での営業が好きでした。

一番下っ端ではありましたが、上司・先輩ともに上下関係など関係なく、仲間として一緒に仕事していました。 給料は安かったし、毎晩夜遅い上、時には土日まで、自分の時間を削って仕事をすることがあっても、好きだからこそやっていけたと思います。

今回、私が担当した契約でこのような事件となってしまい、本当に皆様にもご迷惑をおかけしたことを、深くお詫びしたいと思います。 私の仕事の記録があまりなかったため、会社の皆が散々な取調べをされていることも聞いて、本当に申し訳なかったと思います。

ただ私は、警察や検察が言うような、賄賂としてパソコンを渡してはいません。

警察や検察には、法廷で証言したとおりの話をしてまいりました。しかし、彼らは何度もxx氏(収賄したとされる市職員)の証言に沿う調書に署名するよう求めてきました。その都度私が拒否すると、『あなたは反省していない。どうやって責任をとるんだ』と言われました。

論告でも検察官は『否認し続け、反省の情は皆無である』と言いました。 否認することは悪いことなのでしょうか。

『反省していない』と言われ続けることは、本当に辛かったです。一体、何を反省すれば良かったのでしょう。

皆様にご迷惑をおかけしたことは、本当に申し訳なかったと思います。特に両親には、散々迷惑をかけてしまいました。でも、私は両親の前で嘘をつくことはしません。

私は、賄賂としてパソコンを渡してはいません。

公正かつ適切なご判断をお願い申し上げます。 」

彼女と弁護団は即日控訴しました。新たな戦いの幕開けです。裁判後に話した彼女からは、「やるしかない」という決意が感じられました。

認めてしまえば勾留されることなく、裁判も早く終わるとする捜査権力の甘言に屈することは冤罪の温床となります。

「冤罪に関心を持たない者は、冤罪の加害者と同じだ」とするのは、フランスのエミール・ゾラです。是非、こうした現実を認識して頂き、永末さんの勇気が無駄にならないようにしないといけないと思います。

4/27/2012












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category: 冤罪事件に関して

2012/04/27 Fri. 10:20 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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この記事に対するコメント

無罪信じます

普通のOLさんが7か月も勾留に耐えられたのは「やってない」という理由以外には考えられません。「ひっぱり込み」されそうになった方の勾留理由開示での涙の訴え思い出しました。

おそ松 #8l8tEjwk | URL | 2012/04/30 Mon. 21:28 * edit *

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