「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (155) 「東電OL殺人事件と証拠の評価」 6/19/2012 

#検察なう (155) 「東電OL殺人事件と証拠の評価」 6/19/2012

ある事実から導き出される結論は一つではありません。同じ証拠でも、見方を変えれば、その評価が全く正反対になることもしばしばあります。

東電OL殺人事件で、再審開始が東京高裁で決定し、それに対し検察が異議申し立てをしたことは記憶に新しいところです。

15年前の事件に関して、昨年行われたDNA鑑定が再審開始の決定打になったことは確かですが、検察が主張していたのは、「新証拠があってもこれまでの状況証拠から有罪は揺るがない」というものでした。

私はむしろ、新証拠以前の状況証拠でも無罪は揺るがないと思っています。この事件に関していくつかの鍵となる証拠を評価してみたいと思います。

1. 殺害現場に遺留されたコンドーム内の精子の経過日数

遺体は殺害後10日間を経過して発見されています。殺害現場の部屋のトイレに捨てられたコンドーム内の精子が、弁護側の主張する20日間以前のものであるか(ゴビンダさんは殺害当日以前に同室で被害者と性交渉をもったことを供述しています)、検察側の主張する10日間であるのか、科学鑑定の結果も分かれました。

精子は時間の経過と共に尾部が切れ消失してしまいます。弁護側の依拠する科学鑑定では、通常10日間で平均35%頭部と尾部が分離、20日間で平均80%が分離するとされました。発見されたコンドーム内の精子は、確認された200個の精子ほとんど全てが頭部だけになっていました。

検察の依拠する鑑定では、便器の中のような不衛生な環境では、短期間で頭部と尾部が分離する可能性もないとは言えないとされ、二審有罪判決ではその鑑定に基づく検察の主張が認められました。

精子はコンドーム内に残留しており、便器の中の水と触れることはなかったので、どこが「不衛生な環境」なんだろうとも思います。また、弁護側がその後ブルーレット水と混合した実験でも、頭部と尾部が早期に分離するという結果は得られませんでした。

検察の依拠する鑑定は、類推に基づく全く非科学的なものだと言えます。

ここをクリック→ 「裁判官の無知に警鐘 法医学の押田教授」

しかし、私は、この精子の経過日数が10日間だろうが、20日間以上だろうが、問題ではないと思います。

「ゴビンダさんの精子がはいったコンドームがトイレに残留されている」という事実自体が、ゴビンダさんの無実を示すものだからです。

遺体発見時に、部屋の中からコンドームの外袋は発見されていません。検察の主張は、犯人が証拠隠滅のため持ち去ったとしています。そのような周到な犯人が、なぜ自分のDNAを含む精子の入ったコンドームを殺害現場に残していくのでしょうか。証拠隠滅にはトイレを流せばいいだけです。

2.殺害現場の鍵を返した日付

ゴビンダさんの主張では、鍵を殺害当日以前に、部屋のオーナーに返すよう友人に委ねています。

鍵を返された部屋のオーナーは、当初、誰からいつ返してもらったか記憶がないとしていながら、その後の供述変遷で、殺害当日以降にゴビンダさんから返してもらったと証言します。鍵の返還を仲介された友人も、警察による執拗な取調べと利益供与により、一旦は殺害当日以降にゴビンダさんが鍵を返したと供述します。

検察の「殺害当日、部屋の鍵はゴビンダが所持しており、ほかの誰もその部屋に入ることができなかった」という主張を、二審の有罪判決では重要な証拠として認めています。

しかし、私は、鍵を(友人に)返した日付が殺害当日の前であろうが、後であろうが、問題ではないと思います。

「ゴビンダさんが鍵を返した」という事実自体が、ゴビンダさんの無実を示すものだからです。

まず、ゴビンダさんは、「以前に使った時に再度使うことを想定して、部屋の鍵をかけなかった」と証言しています(遺体発見時に部屋の鍵は開いていました)。

もしゴビンダさんの証言通り、以前から鍵が開いていたのであれば、誰でも部屋に入れるので、鍵を返すタイミングは問題となりません。そして、この証言が偽証でない理由は、もし偽証であれば、それは「鍵は殺害当日以前に返却した」+「鍵は掛けていた」=「自分は入れなかった」という、自分が殺害できない状況を作らなければ意味がないからです。

「鍵をかけていない」という証言は、鍵がなくても誰でも入れる状況を指していますから、わざわざ「鍵は殺害当日以前に返却した」と「偽証」することとは矛盾しています。

そして更に私が重視するのは、殺害現場から5Mと離れていないアパートに暮らしていたゴビンダさんが、わざわざ鍵を返したのは、もし犯人であればありえない行動だという点です。これは鍵を返したのがいつかということは関係ありません。鍵の返却が、たとえ検察が主張する殺害当日以降であったとしても、遺体がいつ何時見つかもしれないという状況の中で10日近く、ゴビンダさんは逃亡することなく、普段と同じ生活をしていたことはあまりに不自然です。

3.被害者のハンドバッグの取っ手についたB型皮膚片

被害者のハンドバッグは遺体が発見された時、取っ手が引きちぎられた状態で発見されました。犯行に際し、犯人は約4万円を盗んだとされていますが、その時に揉み合い、取っ手が引きちぎられたものだと思われます。

この取っ手には血液型B型の皮膚片が検出され、検察はこれをゴビンダさんの皮膚片だと主張しています(弁護側のDNA型鑑定では不一致とされましたが、それは証拠採用されませんでした)。

しかし、私は、ハンドバッグの取っ手についた皮膚片が誰のものであろうが、問題ではないと思います。

「ハンドバッグを取ろうと犯人が争った」という事実自体が、ゴビンダさんの無実を示すものだからです。

被害者は、ゴビンダさんと以前から顔見知りでした。ゴビンダさんの住んでいる部屋でも以前に性交渉を行っていることから、彼の住んでいる場所も被害者は知っていました。その顔見知りの被害者からハンドバッグを盗んで、どう逃げおおせるというのでしょう。そして、もし初めから殺害するつもりなら、ハンドバッグを奪うために争う必要もありません。

これは顔見知りの犯行ではなく、一見の流しの犯行であることを示すものです。

このように、裁判で真偽が争われている証拠でも、見方を変えると全く違う側面を見せてくれます。そしてより真実に近い評価に必要とされるのは、日常的な感覚、常識というものです。どうも検察や裁判官というのは、そうした我々一般人が持っている日常の感覚、常識を持ち合わせていないのではないかと思わせます。

証拠の評価という点に関して、私の事件に関しても例を挙げます。

私の初公判の後、記者会見の機会を持ちました。その時、参加された記者の多くは以前から私の事件をフォローされていたため、冒頭陳述での検察の主張や弁護側の主張にそれ程目新しいものはありませんでした。

しかしその中で、TV局記者の方(今回のゴビンダさんの報道でもよくお見かけしました)が検察の冒頭陳述に引っ掛かるところがあって、ある質問をしました。

その部分とは、「被告人は、元クレディ・スイス証券社員である知人に対し、調査開始直後、『俺の場合海外アカウントの利子収入とかに課税されると痛い』など記載したメールを送付した」というものです。

税務調査開始は2008年11月6日でしたが、検察の意図は、そのわずか2日後のメールの記述を引用して、脱税の故意があったかのように印象付けたかったのだと思います。

その記者の質問に私が答えたのは、「検察が証拠として指摘したそのメールこそが、私が株式報酬を故意に過少申告したのではない確たる証拠です」ということでした。

私は、税務調査が入ったことで、もし自分の申告に不備があったのであれば自ら訂正しようと、過去の申告をチェックしました。そこで申告漏れの可能性が見つかったのが、このメールにある海外口座で保有していた米国債の利子収入でした。国内金融機関で同じ商品を保有していた場合、分離課税で源泉徴収されますが、私は海外口座でも同じ扱いだと思っていたものです。しかし実際には、その利子収入は源泉徴収されていませんでした。これは税務に関する知識でもかなりハイレベルなもので、税務に無頓着な私が知るところではありませんでした。この数百万の収入に対する税金を「痛い」と言ったものです。

これはまさに税務調査開始当初には、3億5000万円の株式報酬に関する過少申告を全く認識していないことの証明です。

このように同じ証拠を取り上げても評価は全く異なるものですが、並べてみるとどちらが真実に近いかは自ずと分かるものです。真実に近い評価は、やはり説得力という点で圧倒的に他方を凌駕しています。こじつけは所詮こじつけにしか過ぎません。

「起訴をする」と決めたものに関してはとにかく黒く塗りつぶすということが自分たちの責任であると、検察は大きな勘違いをしています。これが日本の最強捜査権力のモラルかと思うと、国民として全く嘆かわしい限りだと言わざるをえません。彼らがそれは大きな間違いであると気付いて自ら正すまで、我々は訴え続けるしかないと思っています。諦めるのは簡単ですが、諦めてしまっては何も変わりません。

6/19/2012

P.S.
東電OL事件の捜査に関して、私が思うところを更に付け加えます。

再審開始の決定打となったDNA鑑定(被害者の膣内に残された精液と部屋に残された陰毛、更に被害者のコートに付着した血液及び被害者の胸に付着した唾液のDNAが一致)をなぜ捜査当初しなかったのか、捜査の杜撰さが指摘されています。

その言い訳として、殺害当日に性交渉をもった常連客の血液型がO型で、彼が「コンドームを付けずに性交渉をもった」と証言したため、被害者の膣内に残された精液はその常連客のものと思い込んだという説明がされています。

私は、この常連客の証言はかなりの確度で偽証であり、その偽証は警察の強要・教唆によってなされたものと思っています。

被害者の膣内に残された精液は複数人のものではなく、一人のものです。そうすると、常連客以外の精液が見つかった事実と常連客の「コンドームを付けずに性交渉をもった」という証言とは矛盾します。

そもそも、殺害現場のトイレに捨てられたコンドームの中の精液のDNA鑑定までしていながら、一番重要な、犯人に直結する膣内の精液のDNA鑑定をしなかったというのは余りにも不自然です。

つまり警察・検察は過ちでDNA鑑定をしなかったのではなく、精液の血液型がO型であることを判別した段階で、精液が常連客のものであるというストーリーを作って、彼にそうした証言をさせ、故意にDNA鑑定をしなかったのだと思います。

これはゴビンダさんを初めから犯人と決め付け、それ以外の証拠を全て排除する捜査がなされたことを物語っています。これがネパール国籍の不法滞在者に対する差別によって生み出されたことであることは言うまでもありません。

私は自分の経験から、検察が優秀な集団であることは身に沁みて理解しています。その優秀な集団が、東電OL事件の証拠の評価に関して、私と同じ結論に至らないわけがありません。それでも自ら過ちを正すことなく、再審決定に対し異議申し立てをするという悪質さには本当に憤りを感じます。




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2012/06/18 Mon. 18:27 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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