「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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経過報告 (26) 「3.11以降の日本」 6/21/2011 

経過報告 (26) 「3.11以降の日本」 6/21/2011

依然、検察特捜部の動きはありません。嘆願書は合計139通となりました。検察の取り調べが始まった後に、弁護士の意見書と共に全ての嘆願書をそのまま提出しようと思っております。それまで、最後の最後まで1通でも多く集めようと思っています。

手詰まり感のある中、国税局査察部の捜査官と統括官に手紙を出しました。最近届いた嘆願書も一緒に送っています。現在カナダ全域では、先週水曜から始まったストの影響で郵便事業が停止しており、スト解除の見込みが来週であるため、実際に彼らに届くのは7月始めだと思われます(日本で郵便事業が1週間半も停止すると大混乱のような気がします。その点、日本はサービスという点では高い水準にあると再認識した次第です)。

以下がその手紙の内容です。昨年、6月末に目黒税務署に行った重加算税の不服申立に対し、依然決定が行われていないことの是正を促す内容です。通常、3ヶ月以内で決定はなされますが、既に1年が経過しようとしている異常な状況です。


「xxxx殿

ご無沙汰しております。益々ご健勝のことと存じます。
本日はお願いがあってお便りさせて頂きました。

ご承知の通り、私は所得税法違反嫌疑に伴い悪質な仮装・隠蔽が認められるという事由により、目黒税務署に重加算税を昨年4月に賦課されております。一昨年11月の修正申告に先立つ5月に行った予定納税分から、その重加算税は充当されております。私は、悪質な仮装・隠蔽はもとより、そもそも脱税の意図は全くなかったことから、所得税法違反の告発そのものが不当であるとして、昨年6月に目黒税務署に対し、重加算税の不服申立をしております。

この不服申立に対して、この6月末で1年が経過しようとしておりますが、未だ決定処分がなされておりません。事態が更に異常であることは、昨年年末に目黒税務署より、「審査請求をすることができる旨の教示書」なるものが届きました。つまり目黒税務署では決定処分をすることなく、その次のステップの不服審判所に対する審査請求を促すものです。

しかし、私及び弁護人は、何をもって所得税法違反の要件である故意の認定としているのかを計り知ることができません。また、それは重加算税の要件の仮装・隠蔽に関しても全く同じです。ただ刑事告発されたという事実があるだけで、被疑者の私自身、全くその理由・根拠に関して推測すらできません。勿論、これだけ重要な判断を貴局がされたからには、貴局の相応の事実認定があるからに相違なく、その根拠となっているのは直接取調べを行った貴殿の判断が基になっているものと思われます。

それゆえ、なにとぞその故意の認定材料及び仮装・隠蔽の内容を目黒税務署にご提示頂き、彼らの決定を促して下さい。

私が思うところは、冤罪を完全になくすことはできないということです。それは、ひとえに国家及び捜査権力の正義と、私たち一般市民の正義が異なるということによります。しかし、冤罪を減らすことはできると思っています。それは無実の人間が罪に問われた場合に、彼や彼女が諦めないことによって道が開けます。私は、この国が正しい法治国家となることを強く望み、あきらめることをよしとしません。

私の両親は幸いに健在です。彼らは私の事件に関しては多くは語りませんが、彼らが検察の不祥事や冤罪に関する新聞記事をスクラップしているのを私は知っています。私のことを一番最初から信じてくれています。また私の息子は高校生になりますが、彼もまたこの件で深く傷ついています。貴殿も人の子、人の親であるならば、彼らの気持ちはお察し頂けると思います。私は彼らの為にも、あるいは私を信じて嘆願書を書いてくれた139名の親族・友人・知人の為にも今後も心を強くして事に当たりたいと思っています。

よろしくお願いします。」


最近、私が考え、Facebookで友人と意見を交換していることに、我々は3.11以前の日本には戻れないんじゃないかということがあります。「復興」という言葉は、以前の状況に戻ることをよしとするものですが、それを許さない状況にあるのではと考えています。

それはやはり原子力発電の問題が関係しています。今日、「脱・原発」「反・原発」の意見がかまびすしい状況ですが、それはあくまで被害者である視点しかありません。今後は一歩更に進んで我々が加害者であるという視点も必要になると思われます。日本は、世界で唯一核兵器の被害を受けた国として、散々被害者意識一杯の抗議活動をしてきました。しかし、高濃度の汚染水を世界の共有する海洋に廃棄した時点から、日本は核によって他国の人々の健康を害する責任を負ったことを意味しています。未だ顕在化してはいないものですが、時間の経過とともに、日本に対する評価が、震災の被害国から放射性物質廃棄国に変わることは避けられないように思います。そうなった時に、我々は「東電が悪い」「政府が悪い」と責任を彼らに押しつけるだけでよいとするのは、はなはだ疑問だと思っています。それが「3.11以前の日本に戻れない」と言った意味です。アメリカが9.11以前のアメリカに戻れないように。

9.11は日々の日常でイスラム圏の文化に接することのないアメリカ人の多くにとっては、全く「寝耳に水」の事件だったことでしょう。しかし、原罪であるはずの無差別大量殺戮を行いながらも、その行動理念が世界の一部では英雄的な行動と認識されていることをアメリカ人は受け止めなければいけない現実があります。

もう少し話を原発に近くすると、広島・長崎の原子爆弾の問題があります。大江健三郎は川端康成に次いで日本で二番目にノーベル文学賞を受賞した作家ですが、彼は、川端康成の「美しき日本の私」を受けて表題をつけた「あいまいな日本の私」という論考集の中で、原爆に関して「日本は、なぜ他国をして我が国に原子力爆弾を落とさしめたかという視点を持たねばならない」としています。

この原発の問題は、日本の民主主義を考え直すいい機会だと思っています。また考え直さなければ、変化が不可避な現状で、日本がいい方向に行くことは困難だと言わざるを得ないでしょう。

それは、日本においては、これまで民主主義といいながら、「お上に下駄を預ける」という状況が監視もされず放置されてきたことの弊害が露呈したということに総括されるのではないでしょうか。原発の問題もしかり、検察の問題もしかり。ちょっと「民主主義」というと大風呂敷を広げたようですが、先の「お上に全てお任せ」ということがよいのか、何か普段からできることはないのか、少なくとも世の中のことに関心を持って、理解に努め、問題意識を持つということから始めればいいと思います。

今後とも変わらぬご支援の程、よろしくお願いします。

6/21/2011










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2011/09/24 Sat. 19:02 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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