「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (175) 「死刑執行の報道」 8/4/2012 

#検察なう (175) 「死刑執行の報道」 8/4/2012

先日来、死刑に関してブログに書いてきましたが、昨日、死刑執行の報道がありました。

この死刑執行に関し、日本弁護士連合会やアムネスティなどの団体が抗議を行っています。

日弁連の会長名で出された抗議文は以下の通りです。
「本日、東京、大阪の各拘置所において、それぞれ1名に対する死刑の執行が行われた。極めて遺憾な事態であり、死刑執行に強く抗議する。

当連合会は、本年6月18日、滝実法務大臣に対し、『死刑制度の廃止について全社会的議論を開始し、死刑の執行を停止するとともに、死刑えん罪事件を未然に防ぐ措置を直ちに講じることを求める要請書』を提出して、国に対し、直ちに死刑の廃止について全社会的な議論を開始し、その議論の間、死刑の執行を停止することを改めて求めたところである。

死刑の廃止は国際的な趨勢であり、日本政府は、国連関係機関からも繰り返し、死刑の執行を停止し、死刑制度の廃止に向けた措置をとるよう勧告を受けてきた。しかし、本年3月、小川敏夫法務大臣(当時)は、『死刑制度の在り方についての勉強会』を終了させたのに続き、同月29日には、1年8か月ぶりとなる死刑の執行を3名に対して行った。その後、政務三役による絞首刑の在り方に関する検討が開始されたと報道されたものの、その議論状況は一切公開されないままであり、本年6月4日に滝法務大臣が就任した後もその状況は変わっていない。その一方で滝法務大臣からは『一つ一つの案件をどう判断するか考えて、職責を果たす』との死刑執行に前向きな発言がなされていた。

しかし、死刑をめぐる議論と切り離して死刑執行がなされるべきではなく、ましてや死刑に関する議論を明らかにしないまま執行すべきではない。今こそ、死刑の執行を停止した上で、政府が中心となって、死刑に関する情報を広く国民に公開し、国会に死刑問題調査会を設置し、法務省に有識者会議を設置する等の方策をとることによって広く国民的な議論を行うべきである。

よって、当連合会は、死刑執行に対し強く抗議するとともに、死刑執行を停止し、死刑制度の廃止について全社会的議論を直ちに開始することを求めるものである。」

文中にある要請書を添付します。大体、法律家の書く文章は要点が見えない悪文が多いのですが、これは一般の人の目に触れることを意識したのか、比較的読みやすい文章になっています。

ここをクリック→ 日弁連要請書

また、国際的な人権擁護団体であるアムネスティも抗議を行っています。

ここをクリック→ アムネスティ抗議文

よく知らない人は連鎖販売取引の化粧品・日用品販売会社と間違えているかもしれませんが、アムネスティは国際連合と協議資格を持つ、相当に国際影響力の大きいNGOです。

死刑の存置に関しては、感情的に賛成・反対という気持ちが起きやすいものですが、是非アムネスティの「なぜ死刑に反対するのか」と「死刑に関するQ&A」をご一読下さい。その上でご自分の意見を考えてもいいと思います。情報が限定されている中で、誤解も多いのがこの問題だと思います。

ここをクリック→ 「なぜ、アムネスティは死刑に反対するのか?」

ここをクリック→ 死刑に関するQ&A

ただこの死刑の議論には遺族感情という非常にセンシティブな問題があります。更に言えば、「遺族感情を思い図る」当事者以外の感情という問題もあります。

例えばこのアムネスティの「被害者の遺族の気持ち」という部分に書かれた、「寛容は復讐に勝る」とする被害者の方や、娘を殺害された遺族の「自分の娘の名において、もう一つの殺人が行われることを、娘が望んでいるとは思えない」というのは非常に崇高な考えだと思いますが、さがない人からは「自分の子供がかわいくないのか」という中傷があることを心配してしまいます。

逆に、今の日本には、「極刑を望みます」という言葉を遺族が語った時に、無批判で受け入れる雰囲気があるような気がします。先日も、これまでの死刑の基準とされていた永山基準や「死刑適用は例外的」を大幅に引き下げる最高裁の判断が光市母子殺人事件でなされましたが、「よかったね」という友人に「そうかなあ」と言ったところドン引きされてしまいました。

私は、仇討ちが非合法である以上、余り過度に被害者感情によった議論は避けるべきだと思っています。ただ、「罪を憎んで人を憎まず」という論調より、「罪を憎んで人も憎む」という論調の方が一般に受け入れられやすいのは事実です。報道も、彼らのビジネスセンスでそうしたところに依拠している所が少なからずあると思われます。

いかに死刑相当の重罪を罰するかの議論には、いかにそうした犯罪を少なくするかという観点が必要で、死刑はその解決ではないとするところから議論が始まると思います。

それでも難しい問題なんですが。

8/4/2012





ここをクリック→「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会動画ダイジェスト版」

ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」 改訂版

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ここをクリック→ 嘆願書まとめ





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category: 刑事司法改革への道

2012/08/04 Sat. 07:31 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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この記事に対するコメント

死刑制度に反対です。

常に冤罪の可能性があり、死刑が不可逆性の罰則であるので、死刑制度は反対です。裁判が100%公平に有罪・無罪を決める場でありえるなんてことはないはずです。

谷口郁夫 #6q7k8Vps | URL | 2012/08/04 Sat. 10:01 * edit *

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