「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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冤罪ファイル その3 「飯塚事件」 

冤罪ファイル その3 「飯塚事件」

冤罪ファイルと題して、過去の冤罪を紹介するべく書き始めましたが、今回紹介する事件は、冤罪かどうかは、私には分からないものです(冤罪の疑いは強く持っていますが)。

その真実は闇に葬られることとなりました。それはこの事件で死刑宣告を受けた受刑者の久間三千年(くまみちとし)氏が処刑されてしまったからです。この事件の再審手続きは今後取られるようですが、今回はこの事件が教える捜査の問題点と教訓を中心に論じてみたいと思います。

無罪確定の冤罪として、足利事件は皆さんご存知だと思います。精度の低いDNA鑑定と強要された自白によって無期懲役とされた菅家利和氏が逮捕以来17年半の服役後、DNA鑑定の誤りが分かり、再審で無罪が認められたものです。

この飯塚事件でも、足利事件と同時期に同じ科学警察研究所(科警研)の鑑定チームが行ったDNA型鑑定が証拠として提出され、被告人の久間氏は死刑を宣告されました。

足利事件の再審請求に基づきDNA型検査の再鑑定が行われるという報道があったため、飯塚事件の弁護団も再審の準備を始めようとしたところ突然死刑が執行されたものです。

死刑受刑者の執行の順番は公開されていません。久間氏が死刑執行された時、判決確定順だけで言えば、彼は100人の死刑囚中61番目でした。2008年には彼を含め15人の死刑が執行されましたが、彼と、同日に執行された者を除く13人の死刑確定から死刑執行までの平均期間は4年6ヶ月です。彼は確定後から2年1ヶ月で死刑が執行されました。

宮台真司氏の番組に収録された足利事件主任弁護士の佐藤博史氏のコメントをお聞き下さい。

ここをクリック→ 足利事件DNA再鑑定と飯塚事件死刑執行の接点

<事件経緯>

1992年2月20日、福岡県飯塚市の小学校1年生だった女児2人が登校中に行方不明になった。翌21日、山中で両児童が性的暴行を受けたと見られる状態で殺害・遺棄されているのが発見された。両児童の死因は頸部圧迫による窒息。

数日後、福岡県警察は久間氏(当時54歳)を事情聴取した。事件から2年後、本件で久間氏逮捕、同年11月5日に殺人・略取誘拐・死体遺棄で起訴。

<裁判経緯>

一審死刑判決(1999年)→ 弁護側控訴→ 控訴棄却(2001年)→ 弁護側上告 → 上告棄却(2006年)→ 死刑執行(2008年)

取調べ当初から、久間氏は一貫して犯行を否認していました。

<争点>

足利事件との大きな相違は、足利事件の場合、自供のほかにはDNA型鑑定がほぼ唯一の証拠であり、その証拠能力が最大の争点となったのに対し、本事件では、複数の状況証拠が存在している点です(詳しくは論評に)。

ここでは、足利事件及び飯塚事件で用いられたDNA型鑑定について説明を加えます。

DNA型鑑定が何であるかはあまり面白くないので、ここでは端折ります(ネットで検索すれば山ほど出てきます)。

重要な点は、一般には「DNA鑑定」と呼ばれるものは、DNA「型」鑑定であることです。つまりDNA型が一致したから同一人物であるというものではなく、「一致した場合、同一人物である可能性が高い」というものです。そして逆に一致しない場合には、確実に他人であることが裏付けられます。

血液型で言えば分かりやすいでしょう。例えば、犯人の血液型がB型である場合、被疑者の血液型がB型だからといって、即ち犯人となるわけではありません。B型の血液型の人はほかにも大勢いるからです。しかし、被疑者の血液型がA型であれば、犯人ではないということが言えます。

現在では、足利事件・飯塚事件で用いられたDNA型鑑定より、はるかに精度の高い鑑定が行われていますが、アメリカのメリーランド州では、2007年に3万人のデータベースで、理論的には1000兆分の1の確率とされるDNA型の偶然の一致があったことが裁判で明らかになっています。

かつてのDNA型鑑定の方法(MCT118法)は、どういったものかというと、DNAの中の塩基の配列で、同じ塩基配列が繰り返して存在する特殊な「縦列反復配列」と呼ばれる部分を検査するものです。

その部分では、同じ順序で並ぶ一まとまりの16個の塩基が繰り返す回数は人それぞれ異なっており、14回から42回の29通りなのだそうです。染色体は母親由来のものと父親由来のものを一本ずつ受け継ぎますから、それぞれの組み合わせだけパターンがあることになります。

29通り同士の組み合わせなら29x28/2=406通りかと思ったのですが、「一番染色体は1本で1組」なので406+29=435通りだそうです(ここは私の理解を越えています)。

いずれにせよかつての鑑定方法では、たかだか400人程度に一人ですから、マンモス校なら一学年に同じDNA型をもつ人間がもう一人いても不思議はないくらいなことになります。

しかも当時、その回数をカウントする技術も低いものでした。何回繰り返しているかをカウントするためには、もし16個の塩基の長さが16cmならば、16cmの物差しを持ってきて、その物差しいくつ分と数えれば何回繰り返しているかを容易かつ正確に数えることができるはずです。

ところがかつての物差しは「123塩基ラダ―マーカー」といって、16cmの塩基の長さに対し123cmもある物差しでした。16cmが何個あるかを計る物差しが1m以上であれば、それはかなり不正確にならざるをえないということになります。

その後、16cmの物差しに相当する「アレリックラダ―マーカー」が開発され、それで計ったところ、足利事件においては、菅家氏と犯人のDNA型が違っていることが分かったものです。

足利事件では、DNA型再鑑定を求めて再審請求をしていましたが、飯塚事件では、試料を全量消費して再鑑定ができないという事情があり、再審請求をしていなかったものです。

現在の法医学で一般的に行われるDNA型鑑定(STR法)は、かつての目分量だったMCT118法とは異なり、精度も各段に向上し、同じ型の別人が現れる確率は4兆7000億分の1とされています。

しかし、いかに鑑定の精度が上がっても、試料に何らかの事故で被疑者のサンプルが紛れこまないとも限らず、また最近流行りの捜査権力による証拠捏造という可能性は常に残ります。精度が上がれば、それさえあれば有無を言わさず有罪に追い込めることが分かっているからです。

また試料の全量消費で再検査ができないという場合には、その鑑定の信頼度ははるかに下がると言わざるを得ないと思います。検査結果が、ほかの状況証拠と明らかな矛盾があっても、再検査ができないのは大問題です。再検査できないDNA鑑定だけで、有罪となる可能性も出てきます。

そのためDNA型鑑定には以下のことが必要とされもので、法制化されるべきだと思います。

1) 採取から鑑定まで全面可視化

2) 検査資料の保存義務付け

3) 再鑑定を法律で保証

<論評>

飯塚事件一審の判決文を読めば、判決がDNA型鑑定のみに依拠しているものではないことが分かります。また飯塚事件では、科警研によってではありますがMCT118法以外の鑑定(HLADQα法)も行われ、久間氏を犯人とするのに矛盾のない結果も出ています。

判決文抜粋

「しかしながら、出現頻度は、そのデータ-ベースとなった資料からの統計学による確率に過ぎないのであって、データーベースが変動するにつれて出現頻度もある程度変わるのであるから、犯人絞り込みの程度の参考になるに過ぎない。のみならず、本件においては、前記のとおり犯人のHLADQα型を特定することができないのであるから、犯人が1人であると仮定した場合の犯人の血液型とDNA型を併せた出現頻度は約266人に1人の割合という程度であるに過ぎず、血液型とDNA型の出現頻度のみでは、犯人と被告人とを結びつける決定的な積極的間接事実とはなりえない。」

また科警研以外の鑑定で、久間氏と犯人のDNA型が一致しないという鑑定(帝京大学鑑定)もあり、一部には検察はそれを証拠調請求していないと言われているようですが、それは間違いのようです。判決文の中にそうした鑑定の存在が言及されています。

しかし、裁判所の過ちの一つは、矛盾するDNA型鑑定を同レベルで扱っていることです。先に述べたように、一致しているからといって同一人であることは確実ではないのに、一致していない場合には他人であることは確実だからです。矛盾する二つの証拠を並べて有罪方向に積極的な証拠だけ取り上げ、裁判所お得意の「~という可能性も否定できない」という論法で消極証拠を排除するのは、DNA型鑑定においては失当です。

飯塚事件で、有罪方向の状況証拠には以下のものがあります。

(a) 犯行現場と思われる場所近辺で、被告人が所有する車両と同一と見られる車両の目撃証言

(b) 被害者の衣服にあった繊維片の一部が被告人の車両の座席シートの繊維片と同一である可能性が極めて高いと認定されたこと

(c) 被告人の車両に血痕および尿痕が残っており、これらは被害者の血液型と一致するが(DNA型鑑定はできず)、被告人はそれらの付着の原因に関してなんら合理的な説明ができなかったこと

ただいずれも殺人の証拠とするにはいかにも弱いものであり、やはりDNA型鑑定に依拠していないといいながら、相当重視していることは明らかです。

あと、私が納得いかない(有罪とも無罪とも判断できない)のは、犯行の動機です。

久間氏は事件当時、糖尿病由来の亀頭包皮炎でした。取調べでは、「シンボル(陰茎)の皮がやぶけてパンツ等にくっついて歩けないほど血がにじんでしまう。オキシドールをかけたら飛び上がるほど痛かった。シンボルが赤く腫れ上がった。事件当時ごろも挿入できない状態で、食事療法のため体力的にもセックスに対する興味もなかった」と答えています。

被害者の股間近辺に犯人由来のものと思われる血液が検出され、被害者の衣服や体のほかの部位にはそうした血液が付いていないため、「犯人は陰茎から出血していた」と見られました。また検察は、犯行動機を「妻と性交ができなかったため、小児にわいせつ行為をすることで性的欲求を満たそうとした」と主張しました。

公判途中で、久間氏は事件当時には亀頭包皮炎は完治していたと証言を翻します。この証言の変遷自体は有罪方向の状況証拠です。

しかし性的趣向というのは、特殊なものではないでしょうか。つまり小児性愛者(ペドフィリア)は性癖としてその傾向があるものです。ところが久間氏には小児性愛の傾向は全く認められませんでした。この点は裁判所の認定が甘いのではと、私の納得できない部分です。

死刑執行の順序を大幅に繰り上げて久間氏を死刑に処したことには、足利事件での再審請求が認められそうだということの影響があったことは想像に難くありません。冤罪の可能性をほじくられる前に、最大の証拠である死刑囚本人を抹消して、法務官僚が「臭い物にフタ」をしようとしたのではないかということが強く疑われます。

この事件が真実のところ冤罪かどうかは分かりませんが、死刑には、真実解明のチャンスを永久に奪ってしまうリスクがあることを考えるべきだと思います。

2010年11月22日に放送された、NNNドキュメント’10 「検察…もう一つの疑惑 ~封印された真犯人~」。

ここをクリック→ NNNドキュメント’10 「検察…もう一つの疑惑 ~封印された真犯人~」











ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

ここをクリック→ 被告人最終陳述

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―





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category: 冤罪ファイル

2012/08/09 Thu. 07:05 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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