「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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上申書 (11/60) 塩谷和彦 

上申書 (11/60) 塩谷和彦

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

外資系金融の給与は年棒制です。毎年1月に行われる、上司との10-15分程度の給与更改のミーティングが、一年の大イベントです。

その際に提示される金額は会社の評価であるがゆえに、非常に気にしてはいましたが、外資金融に勤務していた20数年の間、一度たりとも金額に不満を言うことはなかったと思います。

なぜなら、その金額は通信簿の成績のようなものであり、通信簿をもらってその成績をつけた先生に文句を言うことはナンセンスだからです。

私が最初に会社勤めをしたソロモン・ブラザーズの東京オフィスは、事実上能力給ではなく、外資系証券の水準からするとかなり低い水準で上限が決められていました。単純なトレーダーとしての業績は入社後4-5年目がピークだったので、それ以降10年間は毎年ほぼ同じ給与でした。他社に移籍すれば即時に倍以上の給与がもらえることは分かっていましたが、給与よりも大切なものがあの会社にはあったので、結局14年もいることになりました。給与よりも大切なものとは仲間、特に一緒に仕事をした同僚、後輩でした。彼らの多くが、今回、嘆願書・上申書を書いてくれました。

クレディ・スイスに入社して、いわゆる外資系証券の大きく変動する給与体系になったものですが、そこでも給与水準に不満は全くありませんでした。

マネージャーになって、部下が給与に不満をもらすのを耳にして、やはり人の価値観というのは違うものだと実感しました。勿論、私の場合は、自分が会社にとって絶対的に必要な人材だという自負があり、その人材にたかが給与のことなどで不満を持たせるようなことをするほど会社は愚かではないという見切りがあったことも確かです。

今回紹介する上申書は、ソロモン・ブラザーズの先輩からのものです。会社入社後の社員研修を経て、私の最初の配属先はニューヨークのトレーディングデスクでしたが、彼はその同時期にニューヨークの日本人担当デスクの営業に配属になりました。お互い社内でニューヨーク残留孤児とされたため、随分懇意にしてもらったものです。彼は、中近東出身の母親をもつハーフで(その国をいつまでたっても覚えられないので、いつも怒られます。敵対国の名前を挙げようものなら大変です。そして今もその国がどこか分かっていません)、日本人としては非常にドライなところがあり、気を遣わない私と気があったものです。

ここでのエピソードの一つに給与明細の話があります。外資系証券においては、給与明細は全く意味がないものです。それは、年棒の9割以上が賞与であり、基本給はタイトルによって決められた毎年同じ金額が支給されるからです。

今回も、弁護士がいろいろ調べる中で、「八田さん、住民税の調整で、毎月支払いの給与の手取りがある時期極端に減ったことを知っていましたか」と聞かれましたが、何のことか全く理解できませんでした。

私は例によって、「会社関係の書類は見返すことはないと分かっていても取っておく(そして実際見返すことは全くない)」という独自のファイリングシステム(?)を取っていましたので、査察部の押収物件には過去の給与明細がありました。

クレディ・スイスの給与明細について、検察特捜部の取調べで、「八田さん、ある時期まで保存していた給与明細が、それ以降ないのですが、なぜですか」と聞かれました。私は、「仕事が忙しかったので、面倒になってある時期から見ずに捨てるようになったのではないですか」と答えました。それに対する検事の答えは驚くものでした、「八田さん、それは違います。その時点から会社の給与明細はペーパーレスになって、紙の給与明細は支給されなくなったんですよ」でした。検察の取調べのその時まで、給与明細が配られなくなったことなど全く知らずに、受け取っていなかったことすら気にしていませんでした。

敢えて答えを知りながら、質問をして、答えが事実と異なるとそこから攻め込んでくるというのは検察取調べの常套手段です。能力の劣る検事であれば、そこで「虚偽の供述をしている」というストーリーを作るところですが、さすがに私を取り調べた特捜検事は優秀な方でしたので、調べればすぐ分かることの嘘をつくことはない、と思ったのだと思います。

私は人の給与明細がそこにあっても、何の関心も持たなかったと思いますので、他人も同じだろうと、この上申書にあるエピソードになったものです。人の給与って気になるもんなんですか?何のために?私には全く理解不能な発想です。

「上申書

私は、八田隆さんとソロモン・ブラザーズ・アジア証券で1987年から十数年間ともに働きました。以下で、八田さんに関する幾つかの印象、エピソードをご紹介したいと思います。

① 八田さんとの仕事上の経験

八田さんは、共に働いた十数年間、仕事上のやりとりにおいて、私に対し不誠実な行動をとったという記憶はありません。

② 八田さんは税金に明るいとは限らない

「金融のプロ」と一口に言いましても、それは、特定の商品や市場に対する知識の事をさします。米国債券市場の一商品であるモーゲージ証券のスペシャリストというのは、業界ではある種「おたく」であり、特に機関投資家の方々を相手とする場合は税金に関する知識は必要ありません。以前、八田さんから嘆願書を書いて欲しいとの連絡を受けた電話の中でたまたま聞いたことのある米国の税制に関する話をしましたら、八田さんは、「どうしてその様なことを知っているのですか?」と少し驚いていたのがとても印象的でした。八田さんが「金融のプロ」であるからと言って税制について詳しくなければならない、という強い理由はないと思います。

③ 八田さんは、「ざっくばらん」なところがある

同じ職場で働いていた時に、八田さんは自分の給与明細の封をあけたまま、何週間も自分の机の上に置いたままにしていたという事がありました。「人に見られるよ」と注意したところ、「こんなの、誰も見ないでしょう?」と軽く笑ってそのままにしていました。

最後に

八田さんの心の中を知ることが出来るのは八田さんだけです。しかし、上にまとめました通り、私にとっては、八田さんを疑う理由はありませんので、その気持ちを共有した次第です。

塩谷和彦」

ここをクリック→ 塩谷和彦上申書










ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―





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category: 上申書

2012/09/09 Sun. 07:53 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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