「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (195) 「検察官一体の原則と『とかげのしっぽ切り』」 10/5/2012 

#検察なう (195) 「検察官一体の原則と『とかげのしっぽ切り』」 10/5/2012

(強制捜査から1389日)

先日、ブログのコメント欄に以下のような質問を頂きました。

「ひとつうかがいたいのは、裁判のさい、裁判官は、名前がわかりますが、検察官は、匿名ですか?」

私は次のように答えさせて頂きました。

「私の理解では、裁判官は個人で責任を取るのに対し、検察は結局のところ組織の論理なのかなと。なので、あまり検事個人の責任を追及するのもどうなのかなーと思ってます。

組織としての検察の論理は打破したいものです。但し、そこで検事個人の責任追及を敢えてしないのは、検察が郵便不正事件や、陸山会事件でしたように、とかげのしっぽ切りにつながるからです。

本来、組織は人なりですから、検事一人一人が秋霜烈日の気概で臨んでもらえばいいはずです。しかし、組織全体のあり方が正しければ、そもそも正義感の強い人たちなので、もっと簡単にそして根本的に解決が図られる問題だと思ってます。 」

「検察官一体の原則」という概念があります。

検察官は一人一人が独立して検察権を行使することができます。これを「独任官庁」といいます。代表的な独任官庁にはアメリカの大統領があります。とはいいながら、それは建前で、実質的には検察官は検事総長を頂点とした指揮命令系統に服します(検察庁法第八条「検事長は、高等検察庁の長として、庁務を掌理し、且つ、その庁並びにその庁の対応する裁判所の管轄区域内に在る地方検察庁及び区検察庁の職員を指揮監督する」)。

以前にもこのブログで紹介した、季刊「刑事弁護」2012年秋号に掲載された木谷明氏の記事「強すぎる検察(「検察官司法」)と裁判員制度(上)」に書かれたエピソードを再掲します。

「私が名古屋高裁に勤務していた当時のことです。ある検察官の友人(N検事)から次のようなアドバイスを受けました。

すなわち、『裁判官は、検事の主張とあまり違った判断をしないほうがよい。なぜかと言うと、われわれは、難しい問題については、常に庁全体で相談しながらやっているし、場合によっては高検、最高検まで巻き込んであらゆる角度から検討する。それに比べあんたたちはたった1人かせいぜい3人じゃないか。そんな体制で検事に勝てるはずがない。仮に第一審で無罪にしても、検事が控訴すれば大抵破棄される」

奴らは束になってやってくる、バイオハザード状態だということです。

彼らの意思は組織の意思です。長らく組織に帰属して、その文化が骨身に浸透しています。

先日の公判でも、公判検事が「強制捜査が入れば刑事事件になることは分かってたでしょ」と、まさに私の捜査が結論ありきで、実際の捜査に着手する前の時点で既に今日までの結論、即ち起訴まで既定路線だという発言がありましたが、私はこれも彼ら組織の意思の発露だと思っています。

ところが郵便不正事件、陸山会事件における虚偽捜査報告書問題の処分を見る限り、彼らは組織として責任を取るというつもりは全くありません。

そこで繰り返されるのは「とかげのしっぽ切り」です。

郷原信郎氏の近著「検察崩壊 失われた正義」は、郷原氏と検察問題の識者との対談を集めたものですが、その対談の中に小沢元秘書の石川知裕氏とのものがあります。陸山会事件での虚偽捜査報告書問題の調査結果に関する彼の言葉を引用します。

石川 「やはり『とかげのしっぽ切り』というのが第一印象です。そして、組織を守るために知恵をしぼって、自分たちでこの調査結果を練り上げたんだな、という印象です。また、私が田代検事に多少同情的なのは、彼一人で考え、彼一人のみで、問題となった捜査報告書が作られていないということは、取り調べられた私自身がはっきりとわかっています。上の検事はみんな逃げて、田代検事だけが責任をかぶせられてしまった。田代検事には非常に同情しています」

9/22朝日新聞に掲載された「『再生』の行方 証拠改ざん2年」と題された論考では、陸山会事件の虚偽捜査報告書問題に関し、郷原氏、さらに「とかげのしっぽ」の大坪弘道元大阪地検特捜部長はこう語ります。

「大坪弁護団の一員で元東京高検検事の郷原信郎(57)は、二つの不祥事で対応が分かれた理由を『大阪では、一部を切って組織に影響が及ぶのを避けた。東京では、一人を切ると、組織全体の責任が問われかねなかった』とみる。大坪も『組織防衛という根っこは同じ』と主張する。」

それは私も以前にブログで書いたところです。

ここをクリック→ #検察なう (134) 「郵便不正事件より重大な検察の犯罪 田代検事報告書の検証」

こうした「とかげのしっぽ切り」は対症療法ですらなく、検察組織の病巣を取り除くことができないのは明らかです。今こそ根源から治癒を図る原因療法が必要です。

私のブログの質問の回答の背景にはそういうことがあるものです。勿論、検事一人一人が秋霜烈日の気概を持って、真摯に被疑者、被告人と向き合ってほしいことは言うまでもありません。しかし私のターゲットは検察組織そのものです。検察に正義なくして、日本に正義はありません。過渡期の今、変化の期待を持って注目したいと思っています。

10/5/2012







ここをクリック→「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会動画ダイジェスト版」

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category: 刑事司法改革への道

2012/10/05 Fri. 06:46 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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