「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (196) 「第六回公判法廷画」 10/9/2012 

#検察なう (196) 「第六回公判法廷画」 10/9/2012

(強制捜査から1393日)

皆様お待ちかねの高杉ナツメ作公判法廷画です。

今回は、クライマックスシリーズ第一弾の被告人質問に相応しい、二部構成の超大作となっております。

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おまけ「テリー劇場」。

Part I

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Part II

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是非、次回以降も傍聴頂き、休憩時には廊下でリフレッシュ運動をしている画家をその目でご覧下さい。

10/9/2012












ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

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category: 刑事裁判公判報告

2012/10/09 Tue. 06:26 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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この記事に対するコメント

『ショージとタカオ』を観てまいりました。

 八田隆氏の第三回公判のとき、私は初めて井手監督に出会い、彼女と話す機会を得た。

「カメラは嘘をつかないから」。
 井手監督はきっぱり、はっきりとそう言った。
「『ショージとタカオ』を撮ろうと思ったのは、カメラを向けたとき、彼らは嘘をついていない、と直感したから」
 と彼女は言った。

 厳しいことも言うけれど、そんな彼女に、どこか、ものすごく共感できるものを、私は感じた。

 そして先日(10月12日)、私は、ようやくにして問題の映画『ショージとタカオ』を観た。
 謙虚でストイックな井手監督。彼女が撮ったのは、どういう映画なのか。
 ――ドキュメンタリーだから、少し退屈かも。難しくて深刻で、重苦しい気分になるかも。――

 覚悟して見に行ったのだが、そんな私の妙な覚悟は、良い意味で裏切られた。
 意外なくらい、明るく、そして「軽み」のあるドキュメンタリー映画だったのだ。
 難を言えば、いささか長いフィルムなので、眼精疲労を患っている私には、少々辛かった程度だ。

 幸運なことに、私が見た回の上映会では、映画を観終わった後に、井手監督と桜井昌司氏の舞台挨拶があった。
 そこで、生の「ショージさん」こと桜井氏を見て、井手監督がこの人を撮った理由が薄っすら解った気がした。

 当然のことかも知れないが、映画の中の「ショージさん」と生の桜井氏の間には、ほとんどギャップがない。齟齬がない。つまり、ドキュメンタリー映画の中に、「つくりごと」がないのだ。

 舞台に立った桜井氏は、映画の中の「ショージさん」と同じく、ちょいワルで口の上手い愉快な人だった。まったく、布川事件などというものに巻き込まれなければ、どこにでもいそうな、「こっそりミニマムな悪事は働くけれど大それたことはしない、できない」たとえばダフ屋やポン引きのような、ごく普通の薄ら灰色い世界に生きる人だったのだろうと思われた。

 実物を見なければ信じられなかったことだが、桜井氏は「絵になる」人だった。もしも、私自身が映画を撮る人間だったなら、私もまた彼を題材にメガホンを取り、カメラを向けたくなったことだろう。

 すでに映画になっているから敢えて後付けになる意見を言わせてもらえば、桜井氏は白黒のフランス映画に出てくる小悪党のような人だ。「ちょい悪」程度のことはするが、人殺しのような極悪非道なことはしない。どこにでもいそうな、愛すべき人物。

 その彼が、声を大にして、大勢の人を前にして言う。
「警察は嘘をつきます。私とタカオは検察と裁判官に騙されたのです。あいつらこそ詐欺師です。」

 「ショージさん」も「タカオちゃん」も清廉潔白な人間ではなかった。しかし彼らにとっては全く身に覚えのない事件に巻き込まれて、ごく普通の人間がするように、警察を信じ、裁判官を信じて、本当のことを話し、「自分はそんなことはやっていない」と訴え続けた。
 ――その結果、三十年も刑務所に入ることになったのである。…

 この奇怪さは何だろう。
 私たちは、いったい、どういう国に暮らしているのだろう?

「彼らは無実だ」とは、井手監督は言わない。
 けれども、彼女の回すカメラの映像を追って、彼らの話、彼らの行動を見ていると、たしかに考えずにはいられないのだ。
「その裁判、その判決は、ほんとうに自信をもって判決文を書かれたものなのですか」。

 非常に面白い映画だった、とは、私も言わない。
 けれども、何度でも思い出し、手のひらの中で幾度も転がして考えてみたくなる。
 そういう意味では、間違いなく、一見の価値があるフィルムである。

『ショージとタカオ』は、そういう映画であった。

高杉ナツメ #- | URL | 2012/10/14 Sun. 14:17 * edit *

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