「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

05« 2017 / 06 »07
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.

#検察なう (225) 「検察論告の欠陥 Part 2」 11/30/2012 

#検察なう (225) 「検察論告の欠陥 Part 2」 11/30/2012

(強制捜査から1445日)

検察論告について、もう少し掘り下げてみたいと思います。論告に透けて見える「無罪方向の証拠は一顧だにしない」という精神が、現在の検察の在り方を如実に表していると思うからです。

再び具体例を挙げます。更に規模の大きなものです。

税務調査対象年度であった2005年から2007年のうち、私は、2005年分の過年度申告と2007年分の申告を、税理士の先生にお願いしています。

今回の事案で、一つの大きな鍵が、この税理士の存在です。

私は、2008年8月に海外に移住する際、この税理士からの申し出で、彼を納税管理人としてました。そのため、税務調査開始に際しては、国税局資料調査課から彼のところに連絡が入り、私は税務調査開始の第一報を彼から受け取っています。その後、査察部の強制捜査が突然入るまでの約1ヶ月の間、二人でてんてこまいで国税局に対応していました。

つまり彼は、この件に関し一番最初から、しかも非常に深く関与していた唯一の人物です。

検察も、彼が最重要関係者であるという認識から、私の取調べ開始後に、彼の事務所に強制捜査に入っています。

既に刑事告発がされているにも関わらず、検察が強制捜査を行うというのは、異例のことであると思われます。なぜなら、それは刑事告発が不十分な証拠でなされたということを自ら認めているようなもので、国税局査察部の威信を落としてまで、検察自ら強制捜査を行わなければいけないほど切羽詰まっていたのだという事情が伺えます。

確定申告に株式報酬の金額を記載しないという「超単純な手口の脱税」であれば、自分一人でやることが当然のように思えます。それを敢えて税理士を使っているからには、税理士が脱税に何らかの関与、少なくともある程度の認識はあったのではないかと疑ったことは想像に難くありません。

そしてそのなりふり構わぬ強制捜査で何ら故意を立証する証拠が見つからなかったとしても、自分たちの筋立てを見直そうと思わないことは、結論ありきの捜査である以上、驚くことではないのでしょう。

税理士が全く脱税に関与していないとすると、検察の取りうるストーリーは唯一、「私が彼を完全に欺いた」というもので、論告でもそのように述べられています。

私は、税務調査が入った後、もし申告漏れがあったのであれば、自分から申し出るべきだという考えに基づいて、この税理士の多大な協力を得て、事実関係の把握に努めました。税務調査開始から、強制捜査が入るまでの約一カ月の間に、私たちが交わしたメールの数は、実に200通近く(確認できただけで192通)に達しています。

さすがに200通ものメールをやり取りすれば、相手が本当のことを言っているのか、嘘をついているのか分かろうというものです。またこのメールを時系列順に追って行けば、最初は全く申告もれの認識がなく、まったくのほほんとしていましたが、その後、株式報酬の申告漏れを知らされても、金額の想定すらつかず、そして全容が明らかになるにつれ自分でも驚き、金額の大きさに打ちひしがれている様子が手に取るように分かるものです。

検察論告においては、これらのメールに言及されることは一切ありませんでした。

もし私が税理士を欺いているならば、税務調査開始の第一報から始まる200通ものメールは、巧妙に欺く壮大な虚偽事実の工作というものでなくてはなりません。一般常識のある者が読めば、まさかそのようなことはあり得ないということが明白な一連のメールです。

強制捜査でも、査察官が真っ先にやったことは、パソコンを目の前で起動させ、税務調査開始の第一報を受けた直後のメールをチェックすることでした。それだけ、初動時のメールの内容は重要なものです。

「ベスト・エビデンス」という言葉があります。それは、裁判官が使えば、有罪・無罪を見極めるために有効である主要な証拠ということになるのでしょうが、我々が聞く場合は、往々にして、検察が強大な捜査権力を行使してかき集めた証拠のうち、自分たちに都合のよい有罪方向の証拠を指すことが多いと思います。

この言葉に関して、前田元検事のコメントを引用します。

「検察は、長年、『ベスト・エビデンス』と呼ばれる建前の下、『提出記録』と『不提出記録』という2つの概念を構築し、公訴事実・情状を立証する最良の証拠を選別して公判に提出する一方、マイナス証拠は当然のこと、検察にとってプラスにならない証拠についても、あえて公判には出さず、被告・弁護側にその存在を知らせないといった姿勢をとってきた。

その結果、公判の前提をなす捜査においても、供述調書や捜査報告書、電話聴取書などの作成場面において、都合のいい『摘み食い』が行われる傾向にあった。こうした事態は、訴追側に立つ検察の論理では『当たり前』でも、訴追される被告にとっては明らかな『証拠隠し』にほかならない。公判前整理手続の導入で改善されてはきたが、まだまだ不十分だ。

証拠は多面的な見方ができるものであり、警察・検察とは違った別の角度から見ると、全く別の姿を描くこともあり得る。警察・検察が万能でない以上、多くの目による証拠のチェックは不可欠だ。

捜査の結果判明した事実は、捜査官による恣意的な『摘み食い』を許さず、全て証拠化されるべきだし、起訴後の証拠開示も積極的に進め、プラス・マイナスを全部出し、正々堂々とフェアに勝負した方がいい。」

今回の検察論告も、都合のいい証拠の「摘み食い」により、検察にとって不利な証拠を全て隠した、真実の追求とは程遠い内容となっています。

郵便不正事件では、証拠の捏造が行われていたことが明らかとなり、検察の在り方が問題視されたのは記憶に新しいところです。しかし、被告人に有利な証拠を隠すことも、証拠の捏造と何ら変わるところはありません。

検察は公益の代表者であるという立場を再認識して、本来の「正義の擁護者」としての在り方を取り戻すべきです。それができない以上、今、彼らに与えられている逮捕権や強制捜査権といった強大な権力は、我々国民にとっては、人権を脅かす恐怖の武器以外の何物でもないということになります。

P.S.
会計士を本業とする私の担当税理士は、パリッとした試験組で、ヨレヨレの税務署上がりではありません(税務署員として23年務め上げると、無試験で税理士になれるという天下りの構造が厳然としてあります)。もし優秀な会計士・税理士をお探しであれば、紹介できるかもしれませんので、ご一報下さい。今回の件で、対国税局、特に対査察部のノウハウをかなり吸収していると思われます。但し、非常にまじめな先生ですので、脱税のお手伝いをすることは全く考えられないので、その点はご了承下さい。

ここをクリック→ 検察なう (188) 「第五回公判トゥギャッタ― & 法廷画」

11/30/2012









ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会動画ダイジェスト版」


ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

ここをクリック→ 過去のお勧めブログ記事


ここをクリック→ 過去のお勧めブログ記事 Part2

ここをクリック→ 過去のお勧めブログ記事 Part 3

ここをクリック→ 嘆願書まとめ

ここをクリック→ 上申書まとめ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします
↓ 

category: 訴訟記録等

2012/11/30 Fri. 08:16 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

この記事に対するコメント

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://fugathegameplayer.blog51.fc2.com/tb.php/453-e5a3a652
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top