「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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経過報告 (40) 「検察取り調べ室は四角いジャングル」 9/16/2011 

経過報告 (40) 「検察取り調べ室は四角いジャングル」 9/16/2011

皆さま、連休いかがお過ごしでしょうか。私は、ランナーズハイの状況で取調べを乗り切りましたが、さすがにその反動が来たのか、昨日、今日とぐったり弛緩しております。

本日、弁護士が検察に皆さまの嘆願書を提出しました。昨日最後の嘆願書が、フェースブックで再会した大学友人から滑り込みで届き、合計146通となりました。検察は「全て目を通す」と約束したそうです。これまでのお礼に重ねて感謝させて頂きます。嘆願書を書いて頂く経過で、人の優しさというものが本当に分かったような気がします。また嘆願書を書いてくれないのが当たり前という状況の中で、皆さまの勇気にはこちらも力づけられたものです。本当にありがとうございました。

その際に弁護士が添えた上申書を添付しました。146通全てを読むと、世の中にこんな素晴らしい人物がいるもんかと思うほどですが、その辺りは皆さまのご厚意だと思い、面映ゆい気持ちで一杯です。

取調べを振り返ってみると、初日はかなりきつかったなあと思います。ロープを背にして亀の子状態で、セコンドに丹下のおっちゃんやマンモス西がいればおろおろするだけという状況だったと思います。しかし二日目の朝イチの激論でアドレナリンを大放出した結果、眠っていた脳の一部が覚醒したような気がします。自分の間合いが取れ、相手の繰り出すパンチが見え始めたのです。

例えば、否定する場合、全否定と部分否定がありますが、全否定する場合、それが本当であっても相手の不審感を招きかねません。「本当か~?」ってやつです。そうした場合の多くで、検事は「もう一度尋ねますが、本当に知らなかったというのですか」といった質問を畳み掛けてきます。例の「繰り返しパターン」です。それゆえ全否定する場合には、単に否定するだけではなく、それが合理的である理由を述べるようにしました。「業界の慣習としてそうした議論は全くなされてなかったため......」といったようなものです。つまり単発のパンチではなく、ワン・ツーあるいはワン・ツー・スリーと連打することで相手の動きを止めるものです。

また部分否定する場合は、必ず検事はその部分の範囲を特定してこようとします。例えば金額に関して聞かれたとき「ぼんやりとした認識はあったと思います」と答えれば、必ず「そのぼんやりというのはどのようなものですか。具体的に最低いくら最高いくらの範囲と言えますか」とくるのです。ですから、「ぼんやりと」とか「大体の」と答える際には必ずそのぼんやりとした大体の範囲を示すようにしました。

その中で私が使ったテクニックの一つは、全否定をする場合に、一旦部分否定するものです。「全く分からない」と答えると相手のつけ入る隙を作りますので、一旦「大体の」と答えれば、必ず相手はそこに突っ込んできます。そこで「その範囲が特定できないため、むしろ全く分からなかったという方が適当だと思います」と切り返すのです。これはこちらの軽いパンチに相手が応酬したのを待ち構えてカウンターを放つようなものです。

また検事は過去の時点の認識に関し、二者択一を求めることが多いのです。例えば、「報酬の数字の提示があった時に、それが税引前と思ったか手取りと思ったか」とか「給与の支払いがあった時、それが日本法人から支払われたと思ったか、海外法人から支払われたと思ったか」とするものです。

つまりAとBしかないものに、そのどちらかであったかと問うているわけですが、そうした時に、私は「どちらでもなかった」と答えることがあります。当然、相手は困惑します。AとBしかないわけですから、なぜそれ以外のものがあるのかということです。しかし、皆さんも考えてもらえば分かるのですが、全ての物事の認識でなんでもクリスタルクリアに答えを常に持っているわけではありません。私の答えは「その当時そうした認識の差異はなかった。もし当時そのように問われたらBであると思うことはなかったであろうが、その当時Aと思っていたとはいえない」となります。右のストレートか左のフックかと思っている相手にアッパーカットを放つようなものです。

明らかなダウンもいくつか奪うことができました。

例えば、株をもらった時の金額の認識がなかったとした後で、検事の問いは「その金額に関心がなかったのですか」でした。関心がなかったというと簡単なのですが(実際そんなものはどうでもいいと思ってました)、それは不審感を招く格好の機会となるので、私の答えは「関心があるというのが普通なのでしょうが、あったかどうかは分かりません」。問い「それはどういう意味ですか」。答え「関心の程度が数字を算定する手間を越えていたかどうか分からないという意味です」。問い「株式の受取金額はわざわざ算定しなくても、メモランダム(株式の受け渡し通知)に載っていますよね」。それ以前の受け答えでメモランダムの中で、数字までは見ていなかったというのは調書に取られています。答え「それでは論理的には、関心は著しく低かったということになります」。完全に検事が墓穴を掘った瞬間でした。全て調書化しています。

また、メモランダム(株式の受け渡し通知)には税務に関する記載があるため、国税局が極端にこだわった物証です。英文で「この文書は会社が源泉徴収をするものを示したものではない」と一文が添えてあります。読むかどうか(そして普通は絶対に読まない)英文の一文をもって会社が主張する「指導をしていた」というのも誠にお粗末な言い逃れですが、国税局のみならず検察もそこにこだわってきました。

ただ彼らも国税局の取調べで散々私が「その文書を読むことはなかった」と主張していますので、無理に突っ込まずそのまま次に移ろうとしました。ただこれは私にとっては好機でした。「目にしたことははっきりと記憶しているが、認識の程度は記憶にとどまる程度であり、その内容を読んだわけではなかった。読めば過少申告になることはなかっただろうし、また十分に理解していたならば、脱税に問われることはありえなかっただろう」と答えました。検事は当然、困惑して「それはどういう意味ですか」と問うてきます。その同じ文書に、「会社は税務当局の要請があれば、あなたの承諾なしにこの文書を彼らに提出するものである」という文言があります。それを指して、私は「脱税は、所得そのものを隠して初めて可能な犯罪です。会社の給与のように、所得の出所が明らかなものの脱税は基本的に不可能です」と答えました。

かなりの間沈黙があった後、検事の質問は「それではあなたは会社がその報告を税務当局にすると思っていたのですか」でした。私は即座に「会社がそうしないことに私の人生を賭けることはできません」と答えました。これはかなり応えたようです。その後も長い沈黙が続きました。検事の「ま、いっか」で次の話題に進みましたが、一瞬見せた苦渋の表情にはリバーブローが足に来ている感触がありました。全て調書化しています。

最後の例にあるように、こちらに有利な主張を調書に盛り込むのはそれ程簡単なことではありません。今回の事案でも、脱税をしていれば不合理な行動は山ほどあるのですが、それは検事が問うことはないので、調書にならないのです。必ず検事はあやしいと思うことのみを質問してきますので、通常の努力ではそれを「あやしいとは言えない」レベルまで押し戻すだけです。それをなんとか私に有利な主張を調書に盛り込むべく答えの中に引っ掛けて、向こうを誘わなければなりません。これはなかなか一筋縄ではいかないものです。調書というものが、必ず検事の問いから始まり、被疑者がそれに答えるという決まりがある以上、やはり真実から遠くなってしまいます。裁判所がそれを一番(そしてほぼ唯一)の証拠とすることには大きな危惧を感じます。

検察の上層部がこの事件に関心をもっているというのは非常に重要なものです。それはこの時点では検察の方針が起訴に一本化しているわけではないということを示しているからです。国税局の事案は告発の時点で、既に検察が起訴をすることを了承しており、後は検察の取調べでは証拠固めをするだけ、というのはこの世界の常識でした。告発の瞬間がテイクオフ(離陸)の瞬間で、後は起訴という目的地に着陸するのみです。途中で引き返すとか、予定と異なる空港に降り立つことはありません。そして管制塔である上層部の関与はテイクオフまでで、あとは現場のパイロットである検事に任せられるものです。

それが、この時点で上層部が関心を持っているということは、まだ管制塔が指令を出す余地があるということです。検察歴史上、初めてテイクオフ後に、引き返すあるいは予定地以外に着陸の可能性があるということです。勿論、この時点でも彼らの意志は強く「目的地に着陸」です。それは途中で燃料漏れが見つかったら空中給油をしてでも、あるいはハイジャック犯がほかの空港に着陸しろと言ったら乗客が殺されても、目的地の空港に到達しようとします。少なくとも過去ではそうでした。それがいかにナンセンスかは分かって頂けるかと思います。

組織の硬直化が大事故となった例としては100人以上の死者を出した福知山線の脱線事故が思い出されます。それは朝のラッシュ時の過密ダイヤを遵守することを優先するあまり、スピードを出し過ぎてカーブを曲がり切れなかったことが直接の原因だと記憶しています。もしあの事故後、ダイヤをスケジュール通りに走行するということがなぜそれほどまで遵守されなければならなかったかという事故の背景が検証されなければ、同様の事故が再発することは明らかです。郵便不正事件の後、検察に求めれれているのはそうした事故の検証であり、テイクオフの後は絶対目的地にそのまま到達しなければならないという硬直性が事故を起こしたということがいえます。今後の彼らに求められているのは、「引く勇気」です。

また今回の事案以降「一罰百戒」に関して国税局と検察はその意義をもう一度再確認する必要があると思っています。

国税庁はそのホームページで査察制度に関して、「査察制度は、悪質な脱税者に対して刑事責任を追及し、その一罰百戒の効果を通じて、適正公平な課税の実現と申告納税制度の維持に資することを目的としています」とうたっています。

ここをクリック→国税庁HP (4)査察


これに関して、「検察の正義」(ちくま新書)の中での郷原信郎氏の一節を引用させて頂き、私の意見を代弁してもらうこととします。

「一罰百戒は『一罰一戒百戒』でなければいけないと言ってきた。100人が法に違反しているときに、そのうちの一人を罰することが、常に残りの99人を戒めることにつながるとは限らない。罰する対象行為の選定、罰する手続きなどが、罰せられる側に納得できる場合には、その『一罰』は、罰せられる一人に受け入れられ、それが他の99人を戒めることにつながる。しかし、その『一罰』について、なぜそれだけ罰せられるのかが理解されず、罰する手続きも不公正であれば、罰せられる一人は納得せず徹底的に争い続ける。争う側の主張にそれなりの合理性がある場合は、他の99人を戒めることにはならない」

次の取調べは連休明けの来週火曜の朝10時です。それまでは鋭気を養うべく、ほげーっとするつもりです。

歴史を変える挑戦は続きます。引き続き応援お願いします。

嘆願書添付の上申書

9/16/2011




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category: 地検特捜部との死闘実況

2011/09/26 Mon. 17:47 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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