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冤罪ファイル その8 「大崎事件」
原口アヤ子さん(85歳) 「やっちょらんもんは、やっちょらんですからなあ。」

明日、3月6日に鹿児島地裁で再審請求審の決定がなされます。是非注目してほしいものです。大崎事件の冤罪被害者、原口アヤ子さんに対する再審請求審です。
この事件は冤罪としては、超ド級のとんでもなさです。
冤罪事件の典型的なパターンは、「物証が乏しいあるいは全くない+自白調書を取られている」というものです。これが冤罪事件の「王道」であり、いかに日本の刑事司法が自白偏重、調書至上主義であるかということを伺わせるものです。しかし、この大崎事件はその王道を外れるものです。
大崎事件での冤罪被害者原口アヤ子さんは、逮捕されてから今日に至るまでただの一度も犯行を認めたことはありません。逮捕直後の厳しい取調べ、服役中の刑務官からの「罪を認めれば仮釈放される」との誘いも拒否し、一貫して無実を訴え続けています。
物証はないに等しく、彼女の有罪の立証は、共犯者の証言のみによってなされているというものです。しかもその3人の共犯者とされる人たちはいずれも知的障害者。それだけでもとんでもないのに、既に死亡している1人を除く共犯者のうちの2人は、その後、証言を翻し、アヤ子さんが関与しているとする証言は嘘であったことを告げます。
<事件経緯>
1979年(昭和54年)10月15日、鹿児島県曽於郡大崎町で、中村邦夫さん(当時42歳)が自宅牛小屋の堆肥の中から死体となって発見されました。これが大崎事件の始まりです。邦夫さんは、3日前の夜泥酔して自宅から約1キロ離れた用水路の中に自転車とともに倒れているところを、通りがかった村人に引き上げられて家まで軽トラックで送り届けられた後、所在不明となり、捜索願が出されていました。
警察は、当初から近親者の犯行と見て捜査を開始し、10月18日、同一敷地内に住む長兄の中村善三さん(当時52歳。服役後93年病死)と次兄の中村喜作さん(当時50歳。服役後87年自殺)を逮捕。当初はこの「二人犯行説」に拠った調書が作られました。しかし、犯行当日とされる日は親戚の結婚式があり、二人とも酒に酔ってすぐに就寝したことから、邦夫さんが送り届けられたことに気付かないという不自然さがありました。
警察は、死亡した邦夫さんにとっては義理の姉に当たる、善三さんの妻であったアヤ子さん(当時52歳、中村姓、後に離婚し原口姓)を受取人とする郵便局の簡易保険が邦夫さんにかけられていたことを知ると、アヤ子さんを主犯とする「三人犯行説」に事件の構図を書き換えます。
警察のストーリーによる犯行の動機は、保険金目当てのほかに「酒癖の悪い義理の弟をやっかいに思った」というものでした(保険金に関しては、再三の勧誘にいやいや加入したことが分かり、後の検察の主張からは外されました)。
27日に喜作さんの息子の中村善則さん(当時25歳。服役後01年自殺)を死体遺棄を手伝ったとして逮捕し、新たなストーリーに沿った善三さん、喜作さん、善則さんの自白調書を取ります。アヤ子さんの指示で善三さん、喜作さんが絞殺し、善則さんと三人で死体遺棄をしたというものです。
そして30日にアヤ子さんを殺人と死体遺棄の容疑で逮捕しました。
この事件の不運なことは、死体遺棄のような状況があったために関係者全員が「殺人事件」だと思い込んでしまったことです。その予断は死体解剖した検死医にもありました。もし、検死医が予断を持たずに頸椎前面の皮下出血に注目して切開していたら、死因は絞殺ではなく事故死になっていたはずです(このことは再審請求審で解明されます)。
また、内部の人間の犯行と判断されたため、アヤ子さん、善三さん、喜作さん、善則さんは、それぞれが自分以外の人を犯人と疑うことになり、警察の構図に迎合する供述も生まれたのでした。
更に不幸なことは、共謀したとされる男三人は、知的障害があり、被暗示性が強く、脅しや強制に弱いという特徴がありました。警察はそれを最大限に利用して自白をさせたのです。
アヤ子さんは、懲役10年を服役し、刑期満了で出所後、再審を勝ち取るため闘っています。
<裁判経緯>
(80年3月) アヤ子さんに懲役10年、善三さんに懲役8年、喜作さんに懲役7年、善則さんに懲役1年の判決。アヤ子さんは即時控訴。そのほかの三人は控訴せず確定。→ (80年10月) 福岡高裁控訴棄却→ (81年1月) 最高裁判所上告棄却で確定→ 90年7月刑期満了まで仮出獄を拒否し服役→ (95年4月) 第一次再審請求→ (2002年3月) 再審開始決定、検察即時抗告→ (2004年12月) 福岡高裁宮崎支部が地裁決定を取り消し、再審請求を棄却→ (06年1月) 最高裁がアヤ子さんの特別抗告を棄却→ (2010年8月) 鹿児島地裁に第2次再審請求
<争点>
争点らしい争点はありません。それくらい物証に乏しい事件です。
再審開始決定となった際に提出された弁護側鑑定は、死因に関するものでした。死因はタオルによる絞殺というものでしたが、凶器であるところのタオルは発見されていません。そして鑑定は首に絞められた痕跡のないことを裏付け、「頸椎前面の著しい組織出血が、遺体に認められた所見の中で、死因を構成しうる唯一の損傷である」と判断されたのです。つまり、事故死であると。
懲役8年だった夫、善三さんは服役後、「警察の取り調べが厳しくて、『アヤ子がやったと言え』と言われたからうそをついてしまった」とアヤ子さんに告白します。
また同じく再審請求をした甥、善則さんは、再審請求時の尋問で「犯人と決めつけられて、仕方なく作り話をした」と、涙ながらに犯行を否定しました。
<論評>
再審請求をしてから7年後の2002年3月、鹿児島地裁は再審開始を決定しました。事件から23年目のことでした。
しかし、検察の即時抗告を受けた福岡高裁宮崎支部は2004年、鹿児島地裁の再審開始決定を破棄しました。1回の事実審理もしないで、事故死に関しては、推測に過ぎないと断定し、さらに「判決が確定して動かないものとなった事実関係を事後になって、それ自体としては証拠価値の乏しい新証拠を提出することにより安易に動揺させることになるのであり、確定判決の安定を損ない、ひいては三審制を事実上崩すことに連なるものである」としました。
再審を認めることが三審制を脅かすというのであれば、何のための再審制度なのか。再審制度を真っ向から否定するものです。
この事件の特徴の一つが、裁判所の責任が大きいことです。再審開始決定破棄もそうです。そして現在請求中の第二次再審請求でも、裁判所の責任が追及されるべき状況となっています。
弁護団は、鹿児島地裁に「是非検察側にこれまで明らかにされていない証拠の開示や命令をしてほしい」と再三にわたって要請しました。
検察側も証拠リストの存在を認めて「地裁の要請があれば開示に応じる」との姿勢を見せていました。ところが事件を担当する中牟田博章裁判長は、これらの要請に全く応じませんでした。
そして明日の決定を迎えます。
この2月27日の東京新聞朝刊に、大崎事件のことが取り上げられましたが、記者の論評は以下の通りです。
「中牟田裁判長は、富山地裁高岡支部時代、その後、再審無罪となる氷見事件の有罪判決に関与している。二度と冤罪事件をつくってはいけないという思いはないのか。とことん審理を尽くすことが、裁判所の義務だと思う。
良心の呵責。裁判官に市民感覚がまったくないとは思いたくない。」
今年1月、木谷明氏(元東京高裁部総括判事、30件を超す無罪判決を言い渡す、一審無罪直後のゴビンダさんの勾留を認めなかった)と佐藤博史氏(足利事件主任弁護人、最近ではPC遠隔操作事件でも弁護人を務める)という超ヘビー級のお二方が弁護団に加わったことでも注目されています。
木谷明弁護士「無罪で当然の事件なのに、きちんと調べないのはおかしい。」
佐藤博史弁護士「他の再審請求事件と比べ、裁判所が旧態依然すぎる。」
またこの事件の最新情報は、地元紙南日本新聞が追っています。地元の事件に強い地方紙のあるべき姿かと。
ここをクリック→ 南日本新聞「大崎事件」
明日の決定には注目します。
P.S.
私と大崎事件の関わりは、「桜井・杉山さんを守る会解散集会」に参加した際の二次会でお隣になった方が大崎事件の支援者でした。
ここをクリック→ #検察なう (142) 「『明るく楽しい布川事件』 桜井・杉山さんを守る会解散集会」
当時、私はこの事件に関しての知識を持ち合わせていませんでしたが、冤罪は多くの支援者がいるからこそ闘えるものだと理解しました。
3/5/2013
このブログ掲載後、2013年4月8日に放映された、NNNドキュメント'13 『あたいはやっちょらん!鹿児島大崎事件「再審格差」』です。
ここをクリック→ 、NNNドキュメント'13 『あたいはやちょらん!鹿児島大崎事件「再審格差」』
追記:
再審請求は棄却されました。
ここをクリック→ 大崎事件再審請求審判決文
ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件
ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―


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この記事に対するコメント
鹿児島市の中俣さんに教えたいです。
とても勉強になりました。
高原純子 #- | URL | 2014/12/23 Tue. 20:48 * edit *
杜撰すぎる
これがまかり通ってた昔の日本って一体…
今やっているあたいはやっちょらん、特番知りました
遺憾に思います #- | URL | 2018/02/19 Mon. 01:14 * edit *
NNNドキュメントでこの事件を知りました。
こんな、事件か事故かはっきりしないのに
勝手にストーリーを組み立てて…恐ろしい…
それにしても関係がちと複雑でわかりにくいです。
長兄が中村善三さん、次兄が喜作さん、
被害者の邦夫さんは三男ってことかしら。
で、長兄の嫁さんのアヤ子さん、
次兄の息子の善則さんまで犯人扱い、ですか?
物証もないのになんという強引な…
男性は全員知的・精神障害あり?
喜作さん・善則さんは自殺?
全てめちゃくちゃ…
自殺なさった方はさぞ辛かったんでしょうね。
ご高齢になっても戦い続けるアヤ子さんも、
どんなにか諦めてしまおうと思ったでしょうに…
全てが白日の下にさらされることを望みます。
トミー #xieUBcnI | URL | 2018/02/19 Mon. 02:19 * edit *
検察官は悪人ばかりなのか?
テレビを拝見しました。
酷い冤罪事件だと心より感じました。
事故を殺人事件と思い込んで捜査がスタートした時点で
間違いが始まっていたということですね。
検察は、真摯に自らのミスを認め、謝罪すべき。
それができないようなクズ集団は日本にはいらない。
誠実な検察官もいると信じたいが、皆無なのか?
aikawa #mQop/nM. | URL | 2018/02/21 Wed. 18:37 * edit *
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